Eternal Snow

40/もう一つの仮面

 

 

 

夜。

辺りの音は静まりかえり、人々の往来すらなくなる時間。

闇。

光の射さない、無音の世界。

 

平行世界。

それはこの世界と隣接する別世界。

隣り合わせの異世界。

繋がっていても常人には行くことができない次元世界。

 

平行世界別世界異世界次元世界――『永遠』

 

絆を求める者がいる。

絶望の果てに現実を否定した者がいる。

永劫の道標、永久の空間、永遠の時間。

 

狂気狂乱狂想狂気狂乱狂想凶気恐怖絶望。

消失失望忘却消滅滅亡亡亡亡くなる亡亡亡亡くなる存在が無くなる。

 

 

 

 

 

 

                                『何が無くなる?』

 

無くなるならどうすればいい?                  『心が無くなる』

 

失われるならどうすればいい?                  『失いたくない?』

 

元に戻るならどうすればいい?                  『失いたくない』

 

救われるならどうすればいい?                  『ならば』

 

 

 

              『答えは簡単――奪えばいい』

 

 

 

 

 

 

 

 

絆こそが現実の繋がり。

永遠を求めし獣の願いは皮肉。

心を失い、姿を変えて求めるものはかつての自分。

自ら求めたものを捨て、本来あるべきものを求める。

 

愚か、愚か、愚かなり。

 

過去を変えることなど不可、無くすことなど無理。

 

自分の下した決断を否定することは自己の存在を否定することと同義。

 

生きることは無自覚の中にある選択の繰り返し。

朝起きるか起きないかの選択、朝食を摂るか摂らないかの選択。

学校へ行くか行かないかの選択、挨拶するかしないかの選択。

突き詰めていくのなら、生きるか死ぬかすら選択である。

 

 

永遠を求めし者『帰還者』は生きながらにして死の選択を自らに下す。

後悔をしても報われず、『奪った』ところで何も変わらず、

『求めた』ところで救われず、彼らの存在はすなわち人への侮辱。

 

 

故に殺す。

 

『殺す』という定義が正しいかどうかはわからない。

『生きている』というカテゴリーすら相応しいのかどうか。

だが現実に人々は絆を奪われる。

生きることを選択する者達が、生きながらの死を選択した者達に殺される。

なんという不条理。

 

 

正義などない、悪すらない。

人はただ『生きる』ために戦い、帰還者は『永遠の生ある死』のために奪う。

 

 

食物連鎖に似た螺旋の巡り。

断ち切る力が必要不可欠。

 

 

 

――――故に彼は戦いを選択する。

 

 

 

まもるべきもののために。

かけがえのないもののために。

うしないたくないもののために。

てばなしたくないもののために。

 

 

 

――其は神の器

――最強を冠する者の名

――絶望を祓う希望の刃

――汝が名こそ『神器』なり

 

 

 

桜井舞人は宵闇の中にいた。

人知れず戦いに赴くその姿は雄々しく、荘厳。

白を基調とし、紫のラインカラーに彩られた戦闘服を纏う。

仮面をつける必要はない。

誰もいないのだからつける必要はない。

 

 

 

 「ったく。今日は一日平和で終わるはずだったというのに」

 

 

 

彼は不機嫌だった。

今日は色々大変だったが、それでも楽しかった。

朝はいきなり蹴られたが、弁当の金は支払わされたが、土産に酒は買わされたが、

それでも楽しい一日だった。

平凡で平和で穏やかな日常で終わってくれるはずだったから。

現実は違った。

 

 

 

 「一日の終わりに帰還者と出くわしちまったら、それまでの気分も萎えるわい。

  折角おふくろと機嫌よく酒飲んでいたというのに、全く失礼な奴め、ぷんぷん」

 

 

 

軽薄な口調で斜に構えている男、舞人は怒っていた。

つい30分前まで母と酒を飲み交わしていたというのに

帰還者の反応が出たというDDの連絡を受け、地区を担当するエージェントとして

殲滅に当たらねばならないから。

 

 

そこに『それ』はいた。

帰還者と呼ばれる人ならざるもの。

黒き皮膚、人であったことを辛うじて判別できる程度の貌。

舞人を睨みつける瞳は赤く染まり、理性のカケラすら見せない。

崩れ始めた体は永遠を求めた故の代償。

殺気を放つ帰還者の姿は『悪』を具現化させていた。

 

 

 

 『――死ニタクナイ……消エタクナイ。ダかラ奪う……消エロ』

 

 

 「あ〜、その口上なら聞き飽きたって。だから相手すんの嫌なんだよな〜。

  自我持ちの連中ならまだ話せるだけ相手のし甲斐もあるんだが」

 

 

 

のっそりと動き、血を吐くかのように言葉を放つ帰還者。

本能で生きているために、知能を使うのが難しいのだろう。

 

舞人は臆することもなく、首をゴキゴキと鳴らす。

程よく回った酒が心地よい。

正直言って面倒くさいが致し方ない。

 

彼はどこからともなく槍を取り出した。

全長は2mを軽く超えているだろう。彼の身の丈よりも幾分も長い。

一種の美すら漂う完成された彫像の様。

白一色で染まった2mを誇る柄は真冬の雪の如く透明。

 

 

 

銘を『雫(しずく)』――舞人の愛用の武器。

 

 

 

槍術の基本は『受け』・『突き』・『払い』の三種類。

相手の攻撃を受け防御をとり、払うことによって流し、突くことによって急所を穿つ。

様々な形に派生する槍術だが、その根底は共通。

その三種しかないのだから素人が扱うものとしては一番容易。

故に、真に槍を修得するのは数多の武具の中でも最も困難である。

『単純』であるがために『複雑』。

 

武芸に秀でた者が最も扱いを困難とする槍、それを彼は会得した。

槍の扱いにかけて舞人は神器一。

もっとも、五人それぞれに特性が違うので一長一短なのだが。

 

 

舞人の周辺の空気が変わる。

形無き殺気とでも言おうか、間違い無く、彼と相対する帰還者が

今までに味わったことのない、強烈な『気配』。

 

……“最後に待つのは『滅び』しか有り得ないのだ”と

本能という名の思考に叩きつけられる得体のしれない恐怖。

 

 

 

 「今まで何人喰ったか知らんが、せめてもの慈悲だ……一瞬で消してやる。

  無い脳味噌使ってせいぜい詫びて死にな!」

 

 

 

殺気が形を成した。

槍を地面に突き立てるように下に向けて構える。

特殊な構えは舞人だけが使いこなせる証拠。

槍が桜の輝きを生み、柄に宿る雪が無を奏でる。

 

刮目せよ。

殺気を纏いし破壊の神器を見よ。

 

 

 

――其は神の器

――最強を冠する者の名

――絶望を祓う希望の刃

――汝が名こそ『神器』なり

 

 

 

 

 「それは舞い散る桜のように――」

 

 

 

紡ぐ言葉は力を引き出す為の自己暗示。

 

 

 

 「――雄々しく、故に強く」

 

 

 

呪を締める言葉は技を生む。

 

 

 

ズバアアアアアァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!

 

 

 

直線の軌跡を経て繰り出される槍の一撃。

巨大な破壊の質量、鋼鉄すら容易に貫く桜刃の輝き。

この一撃に悲鳴なぞ残さない、存在すら許されない。

槍技――【剛破槍】。

 

 

 

 「あまりに虚しい……」

 

 

 

彼は槍を空に向けて一回転させると、掴み上げるように手を伸ばす。

輝きと共に槍の姿は消え、同時に神衣も消えていた。

 

 

 

 「…………ふ、流石はハードボイルド系の俺様、格好いいぜ」

 

 

 

誰もいないのに、ポーズを決める馬鹿一人。

 

 

 

 「さて、帰るか」

 

 

 

エージェントの顔から平凡な学生の顔へと戻る。

 

 

 

 「おれっさま〜は〜舞人〜♪ 誰もが〜認めるクールな紳士〜♪

 

 

 

鼻歌混じりに歌を口ずさみ、家を目指す舞人。

これは酒が回っているからではない、地である。

 

 

 

 


 

 

 

 

家に到着した舞人を待っていた人がいた。

彼の母親、舞子である。

 

 

 

 「おかえり、舞人」

 

 

 「む、母親。起きていたのか」

 

 

 「一人で酒飲んでも美味くないからねぇ」

 

 

 

舞子は一人、リビングでつまみをかじっていた。

舞人も負けじと言い返す。

 

 

 

 「勝手に言ってろ、この飲んだくれ」

 

 

 「やかましい、とっとと酌しな」

 

 

 

無造作に突き出されたコップ。

傍らには酒瓶。

 

 

 

 「断る」

 

 

 「業務用ガスストーブで殴るよ?」

 

 

 

舞人の言葉に即答、彼女の目は据わっていた。

こいつならやる、神器である舞人に実感させる瞳だった。

 

 

 

 「すみませんでした、お注ぎしますお母上様」

 

 

 「よろしい」

 

 

 

半分脅し、けれど仕方ないなぁ、と彼女のコップに酒を注ぐ。

その顔は笑みを浮かべていた。

 

戦いというもう一つの日常を癒すもの、それもまた平凡な日常なのだ。

 

 

 


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