Eternal Snow

39/街中の遭遇

 

 

 

さて、無事に学園を脱出した舞人であったが。

彼には新たな試練が訪れていた。

 

 

 

 「あらは〜、坊じゃない。こんなところで会うなんて奇遇よねぇ〜」

 

 

 「こんにちは、舞人にい」

 

 

 「こんにちは、舞人お兄さん」

 

 

 「舞人お兄様、ほんじつはお日柄もよくご健康そうでなによりです」

 

 

 「えと、こんにちは。お兄さん」

 

 

 「これはこれはどうもです、舞人さん」

 

 

 「兄様、お帰りなさい」

 

 

 

暴走特急和観号と桜坂チビッコ軍団に遭遇していたのだった。

 

 

 

 「どうもっす和観さん、相変わらず羨ましいやつだな和人、元気そうでなによりだね

  瑛ちゃん、丁寧な挨拶ありがとう瑞音ちゃん、いつも綺麗だねこんにちは椿ちゃん

  やっぱり姉貴に似なくて良かったね郁奈ちゃん、ただいま桜香」

 

 

 

まずはこの大人の女性、名を『佐伯 和観(かずみ)』。

身長164cm、B88W64H80という一児の母とは思えないスタイルの美人。

だが良いのは顔だけというかなんというか。

建築デザイナーという彼女だが、なんと学生時代の舞子の後輩。

舞人が母親の次に恐れる人物。

 

子供達のトップバッターはこの場で舞人を除く唯一の男の子、『佐伯 和人(かずと)』。

女の子っぽい顔立ちの男の子で、和観の一人息子。

舞人にとっては弟みたいなもので、丁度祐一と一弥の関係に近い。

桜香の幼馴染である彼は、舞人にこう賞賛される。

 

『人生で最初の賭に勝利した男』と。

もしくは『ペドフィリアハンター』。

理由は彼の周囲を固める幼馴染達、その誰もが負けず劣らず将来有望視される美少女。

色々な意味で将来が楽しみである。

 

二人目は白いリボンが特徴的な薄赤色のロングヘアーの女の子、『水無月 瑛(えい)』

将来は希望お姉さんみたいになる! と目標を立て、日々たゆまぬ努力を重ねる。

外見はともかく中身はまだまだといった感じ。

しかし彼女は既にスマッシュを会得したハードパンチャー、威力は推して知るべし。

 

三人目は蒼く澄んだサラサラヘアーがポイントの女の子、『川原 瑞音(みずね)』

言葉遣い、立ち振る舞い共に10歳とは思えぬほど出来た子。

その年にして既に主婦業を嗜み、小町から料理を教わる日々。

舞人に「第一回大和撫子選手権最有力優勝候補」と言わせるほどの逸材。

 

四人目はきめ細やかなシーグリーンのセミロングヘアーの女の子、『恵美 椿(えみ つばき)』

童話が好きな女の子で、こだまがバイトする宮川書店の常連さん。

精神年齢が酷似しているのか実に仲がよく、二人で遊びに行くことも多いようだ。

「こども先輩の真似をし過ぎちゃいけないよ」とは舞人の弁。

 

五人目はブラウンカラーの髪に青色の紐リボンをつけた女の子、『八重樫 郁奈(いくな)』

先だって説明をしたが、八重樫つばさの実妹である。

外見はつばさに似ていないだろう、口調・性格等は似ているっぽいが。

「八重樫に似てはならぬ! 似ては成らぬ!」が舞人の口癖。

 

六人目は黒曜石のような髪と薄紫の紐リボンをつけた女の子、『桜井 桜香(おうか)』

彼女も先だって説明済だが、舞人の妹である。

娘には甘い母親、妹に甘い兄を持ちながらも清く正しく育つ立派な子。

その成果か、彼女達五人の中では割とまとめ役をすることが多い。

 

 

 

 「ところで皆揃って何してんです?」

 

 

 

子供達だけが集まっていたというのならさほど珍しくもない。

和観と和人がいるというのもさして珍しくもない。

それが合わさっているのが珍しい。

 

 

 

 「大したことじゃないわよ? 私がスーパー寄ろうと思って出かけたら

  偶然近くで和人達に会ってね、あらはーまぁなんとタイムサービスじゃないの。

  これはもう連れて行くしかないでしょう?」

 

 

 「か、和観さん。まさかこの子たちを引き連れて……?」

 

 

 「おかげで助かっちゃったわ〜。今日はお一人様卵Sサイズ8個33円だったのよ〜。もう大儲け♪」

 

 

 

彼らはそれぞれに卵を持っていた。

少なくとも一回の来店では効きそうにない。

和人・瑛・瑞音・椿・郁奈・桜香、彼らはきょとんとしている。

既にそれが当たり前だと思っている。

神経が図太いというかなんというか。

……将来揃って良い家庭を作ってくれるだろう。

 

 

 

 「ところで坊、何持ってるの?」

 

 

 

舞人が持つ袋を指さす。

 

 

 

 「ああ、これですか。おふくろが土産に買って来いとのお達しで、酒っす」

 

 

 「あらはー、なるほどね〜、先輩お酒好きだもんね〜」

 

 

 

時々舞子と杯を交わす間柄の和観は、笑ってそれを理解した。

 

 

 

 「ま、とりあえず早く持ってかないとご母堂様がお怒りになられるので

  これにて失礼つかまつります……桜香はどうする?」

 

 

 「あ、わたしも一緒に帰ります。卵持っていかないといけませんし」

 

 

 「よし、兄ちゃんが持ってやろう」

 

 

 

舞人と桜香は和観やちびっこ達に挨拶をしてから

両手に酒と卵を入れた袋を下げ、二人仲良く帰路へと着く。

仲睦まじい兄妹でよきかなよきかな。

 

 

 

 「ところで今日は何してたんだ?」

 

 

 「今日ですか? 学校帰りに皆で公園に行きました」

 

 

 「そっか、楽しかったか?」

 

 

 「はい」

 

 

 

笑顔を浮かべる桜香を見て、ふっ、と笑い優しい気持ちになる舞人。

なんだかんだで妹思い。

 

 

 

 

遠く見える夕日が赤く煌めく。

朱色に染まった空を見上げると、雲がゆっくりと動いていた。

道には二人の影。

桜香に歩調を合わせる舞人。

仲良く連れ添う兄妹の暖かさが伝わるかのように。

 

 

 

 「さて、母さんの機嫌が良くなってるといいんだが」

 

 

 「兄様がちゃんと起きれば怒られないんですよ」

 

 

 

舞人は妹の手厳しいご意見に苦笑する。

桜井桜香、伊達に舞子の娘兼、舞人の妹ではない。

言うべきことはしっかりと言ってくる。

 

 

 

 「ばっ、今日のは不可抗力……どっちかっていうとおふくろの方が悪い」

 

 

 「そうなのですか?」

 

 

 「いや、そう邪気なく言われるとなんとも言えないが……」

 

 

 「? やっぱり兄様が悪いんですね」

 

 

 「だから違うって……」

 

 

 

頭ごなしに否定できないのが力関係の表れか。

軍配は桜香に上がった。

 

 

 

 

 

――まもりたいひとのえがおがある。

――うしないたくないひとのすがたがある。

――てばなしたくないひとがここにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 「―――っ」

 

 

 「兄様?」

 

 

 

頭に浮かんだその言葉に反応する舞人。

決して嫌なものではない。

かけがえのないたいせつなもの。

心に響く優しいメロディー。

瞬間に驚いただけ、それが顔に出ていたらしい。

桜香は気遣う様に舞人の顔を見上げる。

 

 

 

 「あ、いいや。大丈夫、ちょっと夕日の光が目に入っただけだ」

 

 

 「そうですか」

 

 

 

いらぬ杞憂と微笑む桜香。

確固たる想いが舞人の中を満たしていく。

 

 

 

 (この子の笑顔を失わせてはいけない)

 

 

 

それだけは何があっても破ってはいけないという誓い。

いずれ妹の幼馴染の少年が引き継ぐことになるであろう誓い。

時が来るまではそれはまだ自分の了見。

 

 

 

――――見守るのは自分の役目……彼女と元を同じくした『 』である自分の――――

 

 

 

その一文は本人すら知らぬ心の奥底に流れた言葉。

『桜井舞人』が失った記憶のヒトカケラ。

 

 

 

 「兄様、今日の夕食なんでしょうね?」

 

 

 「う〜ん、残ってた冷蔵庫の中身から考えるにキンメの煮付けじゃないか?」

 

 

 「キンメのお煮付け、美味しいから好きです」

 

 

 「……あんまり母さんに言うなよ。毎日それに為りかねないからな」

 

 

 

平和な一日が過ぎていく。

神器としての殺伐とした一面を忘れさせてくれる平凡な一日が。

 

 

 


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