Eternal Snow

38/放課後の惨事?

 

 

 

舞人は文芸部員である。

入部した経緯はあまりにもアホらしいので割愛するが、

とにかく舞人は文芸部員だった。

活動日は月・水・金の週三回。

今日は月曜日、活動日だ。

 

舞人は文芸部員である。

経緯はともかくとして間違いなく部員である。

一時期幽霊部員であったが、今は普通に部員している。

 

意外にも舞人は文芸部で重宝している。

数少ない……というか唯一の男子部員であり、小間使いにはうってつけ。

何より――その奇抜な性格は部に活気を与える力があった。

知らぬは本人だけで、文芸部での舞人の評価は高いのである。

 

昨年度のバレンタインデーでは他の文芸部員全員からチョコレートを貰っている。

当然義理であり、一ヶ月後のホワイトデーでお返しに苦労したわけだが。

 

舞人は文芸部員である。

部内一の怠け者だったりするが、これでも部員である。

故に本来なら参加するべきだろう、なんといっても今日は活動日なのだから。

しかし、彼は今日サボることにした。

理由なぞない。

強いて言うなら気が向かなかったから。

 

 

――それが彼の不運であることなど、このときはまだ本人さえも知らなかった。

 

 

もしこの場に、北国に住む青龍の幼馴染である少女がいてくれたなら

きっと止めてくれただろうになぁ……などと思う今日この頃。

 

彼はなんとなく校庭にいた。

特別理由はない。

買って帰ることになった酒の銘柄を考えていた。

 

 

 

 (無難にいいちこ……だがどうせ俺もお相伴するしなぁ……財布の中身は、と)

 

 

 

いそいそと財布の中身を確かめる。

最悪貯金を引き出せないこともないから、少しくらい良い酒を買って帰ることにする。

――と、そこで彼は面白いものを見た。

 

 

桜坂学園は部活動の活発な学校である。

運動部も文化部も校内のイメージアップに大いに貢献している。

その中でも有名なのがサッカー部だ。

今時珍しい熱血教師、舞人の担任である『浅間 弥太郎』男28歳独身、

通称『鬼浅間』を顧問とし、様々な大会にて名を残している。

 

 

 

 「くぉら牧島! なんだその動きは! 今のボールなら取れるだろう! 

  それでもレギュラーかぁっ!! 今すぐ走りこんでこい!!」

 

 

 

浅間がある生徒を叱っていたのである。

 

叱られていた生徒は『牧島 麦兵衛』という一年生。

桜坂学園美男子五傑に名を連ねる、通称『牧島ハンサム之介』……もとい『かみそりマックス』である。

前者は舞人、後者はつばさが命名した。

 

背は180cm近い長身で赤茶けた髪がなかなかに似合う好青年だ。

顔がいいのも勿論だが、根っからのスポーツマンで

誰にでも優しく、性格も問題なし……故に校内の女生徒にはかなりの人気がある。

 

そんな彼は舞人の知り合いである。

本人達の関係を表す言葉は犬猿の仲というのが相応しいだろう。

牧島は雪村に惚れている。

それが舞人と牧島が揉める理由だった。

 

今更だが、学園での舞人の評価はあまりにも低い。

性格面・能力面においても彼は低い。

彼を擁護するのは、舞人という男の本質を少なからず知っている者達だけ。

 

対する牧島は一年生とは思えぬほどの実力を持つ。

部活においては一年生でありながらレギュラー入りを果たし、

学園で最も重要視される能力面ではランクB2を誇る。

それは努力に裏打ちされた才能と言って差し支えない。

 

普通に見れば舞人よりも牧島の方がいい男だろう。

実際舞人よりも牧島の方が人気あるわけだし。

しかし小町が惚れているのは舞人である、舞人本人はともかく。

要するに舞人と牧島は小町を巡る三角関係にあるのだ。

 

 

 

 「は、はいっ!」

 

 

 

牧島は自分の不甲斐なさがわかっているのか、文句を言うこともなく走り出す。

 

――気が付いてないが丁度舞人の居る辺りに。

 

 

 

 「おう牧島。気の毒にな……鬼浅間の檄を浴びるとは」

 

 

 

当然ながら接近に気付いている舞人は普通に挨拶をした。

これでも本人的には挨拶である。

牧島は舞人を目の仇のように扱うが、舞人自身は牧島がさほど嫌いではない。

小町のことをネタにからかう、悪戯のしがいある後輩と認識している。

 

 

 

 「なっ、桜井舞人。何の用だ?」

 

 

 

嫌っているくせに律儀に挨拶を返す牧島。

やっぱり人情味に溢れる男だ。

 

 

 

 「いや、別に用事はない。ふと校庭を見てみれば貴様が叱られていただけのことよ。

  うむうむ、良いものを見させて頂きました。カッカッカッカッカッ」

 

 

 

悪代官さながらに高笑い。

苦虫を噛み潰したような表情の牧島。

 

 

 

 「くっ! やはり貴様は最低な男だな。人の醜態を見て笑うとは。

  それでも貴様は日本男児か!」

 

 

 「とりあえず両親ともに日本人だ」

 

 

 

牧島の怒号をさらっと受け流す舞人、この辺りは流石と言った所か。

やってられるか、とばかりにかぶりを振る牧島。

 

 

 

 「用事がないのならば俺は行くぞ。貴様のおちゃらけに構っていられる暇はない」

 

 

 

その言葉を残し、去ろうとしたところでふと舞人の頭にひらめくものがあった。

 

 

 

 「いや、待て。少しばかり汝の知恵を借りようではないか」

 

 

 「知恵だと?」

 

 

 「うむ」

 

 

 

そこでその場を去らない所が牧島の良い所だ。

この二人、いがみ合っている割にはその実、気が合うのかもしれない。

 

彼らの共通の友人たる相良山彦の言によると

 

 

 

 『あ、舞人と牧島? あいつら結構仲良いぜ。本人達は否定するだろうけどな』

 

 

 

ということらしい。

やっぱり。

 

 

 

 「困っているのであればいくら仇敵とて助けねば俺の信条に反する。

  聞くだけなら聞いてやる。何だ、言ってみろ」

 

 

 「実は今日の帰りに酒を買って帰るのだが、何を買えばよいだろうか?」

 

 

 「貴様っ、学生の分際で酒を買って帰るだと!? つくづく見下げ果てた奴だな。

  やはり貴様に小町さんは相応しくない!」

 

 

 

ただの質問で逆上する牧島、良いも悪いも真っ直ぐな青年だった。

そもそも何故酒を買っていくということから小町の話題になるのか、不思議だ。

 

 

 

 「雪村は関係あるまい。まぁ落ち着け。俺の母上様への土産だ」

 

 

 「む……。そうか、声を荒げたりして悪かった」

 

 

 「気にするでない。それに言われてみれば雪村も無関係というわけではないからな」

 

 

 

牧島の眉がぴくりと反応する。

……それにしても舞子への土産と小町とどういう関係があるのだろうか?

 

牧島の反応に気を良くした舞人は、心の中でにやりと笑った。

 

 

 

 「今日の昼休みのことだ。うちの母親が弁当を作ってくれたのだ」

 

 

 「ほう、良き母親だな」

 

 

 「ああ。なので感謝の印にと、好物の酒を送ることにしたのだ」

 

 

 

事実が曲解されている。

実際のところは今朝の出来事が原因のはずなのだが……。

 

 

 

 「……桜井舞人。虫唾が走るが素直に褒めよう。

  母親のためにとは、なかなか出来ることではないぞ」

 

 

 

少しばかり舞人を見直したかのような牧島の発言。

 

 

 

 「礼を言わんでもない、だがな……うちの母親は俺を裏切ったのだ!」

 

 

 

拳を振り上げ熱弁する、それを見つめる観客は牧島のみ。

結構シュールだ、本人達が真剣であればあるほど。

 

 

 

 「裏切ったとは随分な言い方だな。訊いても構わんのか?」

 

 

 「ここまで聞いておいて無視というのは男として恥ではないのか、牧島よ」

 

 

 「……貴様の言い分ももっともではあるな、訊いてやろう」

 

 

 

ところで牧島よ、走りこみは良いのか? と、些細な疑問。

 

 

 

 「俺が言うのもなんだが、弁当の出来は良かったのだ」

 

 

 「母の愛情か、幸せではないか」

 

 

 「……確かにな。卵でんぶと鳥そぼろで彩られたごはんに

  『有料』と細工されていなければ俺も手放しで喜んだだろう」

 

 

 

しみじみと頷く舞人。

牧島はきょとんとしている。

 

 

 

 「…………どういうことだ?」

 

 

 「どうもこうもない。弁当作ってやったから金を出せ、という意思表示だ」

 

 

 「………………俺が言うのもなんだが、苦労しているな」

 

 

 「ああ、よって酒を買うかどうか迷っているのだ」

 

 

 

嘘をつけ、忘れていったら命がないくせに。

 

 

 

 「だが、買っていくというのは良いことだ。

  たまには親孝行しろ……ところでそれと小町さんと何の関係がある?」

 

 

 

そのとき舞人は思った。

カモがネギしょってやってきた、と。

まんまと術中に嵌めた。

 

 

 

 「単純なことだ。昼に雪村のやつと学食で会ってな。

  弁当の中身見て明日から俺の分の弁当を雪村が手作りしてくれることになった」

 

 

妙に『俺の分の弁当を雪村が手作りしてくれる』の所を強調する。

それがどれだけ目の前の青年にダメージを与えるか判っているから。

桜井舞人、彼は蛇の様に狡猾であった。

いや、『大蛇』だから仕方が無いのかもしれない。

 

 

 

 「………………………………………………………………………………

  …………………………………………な、何ぃっっっっっ!!!???」

 

 

 

ふりーず、さいきどうかいし、かくぶちぇっくかいし、はーどでぃすくにそんしょうなし。

たちあげしゅうりょう、こんぴゅーたーめい、むぎべえ=まきしま。

 

 

 

 

 

その驚愕の顔は正に『つうこんのいちげき! むぎべえに500のダメージ』である。

舞人のしてやったり、という顔を最後に、牧島は失神した。

どうやら脳が認識を拒否したらしい。

 

 

 

 「ふ。牧島よ、まだまだ甘いな」

 

 

 「…………何が甘いんだ、桜井」

 

 

 

はっ、として後ろを振り向いた舞人の目の前には『鬼浅間』がいた。

年中ジャージのこの男、学園では舞人が恐れる稀少な存在だった。

 

 

 

 「な!? ……ティーチャーアサマではありませんか。

  この超模範的優等生の桜井舞人君になにか御用ですか?」

 

 

 

牧島を嵌めたことで満足していた舞人は、浅間の接近に気が付かなかったらしい。

普段の彼はどこか抜けている。

ひとたび戦いに赴けば一変するのだが。

 

 

 

 「なにが超模範的優等生だ……お前が優等生なら校内の生徒全員がそうだ」

 

 

 「あーっ、教師のくせに差別的発言いっけないんだー」

 

 

 「そう言われたくないのならもう少し真面目に学業に専念せんか。

  仮にもこのDDE養成校にいるのなら神器を見習うとかだなぁ……」

 

 

 

思わずここで突っ込みたくなった。

それならば貴方は神器を尊敬しているのですか? と。

まぁ肯定的発言が返ってくるのは明白だが。

目の前の教え子がその神器だとも知らずに……。

 

 

 

 「だいたいお前はたるんでいる。学級委員であるならクラスをもっと纏めるなり

  学業に打ち込みづらいのなら得意なものを探すなり。

  戦術授業のお前の態度も俺は気に食わん、谷河顧問がわざわざ来てくださっている

  というのに、いっつもいっつも寝てばかり居おって。

  少しは恥を知ったらどうだ。このままの態度が続くのなら

  親御さんとお話しなければならないな。いや、いっそのこと近いうちに

  機会を作るとしようか。うん、なかなかいい考えだ……桜井?」

 

 

 

浅間の説教が始まることを察知した舞人は、瞬時に気配を遮断。

説教に身が入り始めた浅間の隙を付いてその空間を脱出。

こういうことで本気になられるのも困りものだ。

 

 

舞人はその足で学園を出て、酒屋へと足を運んだのだった。

本日の被害者……牧島麦兵衛、学食にいた人達、バッくれられた文芸部員の皆さん。

 

 

 


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