Eternal Snow

37/昼食は戦争なり

 

 

 

さて、学生の唯一の楽しみ、昼ごはんのお時間。

勿論舞人も楽しみにしている。

 

 

 

 「さくっち〜、お昼にしよ〜」

 

 

 「うむ。で、どこに行くのだマイフレンド」

 

 

 

希望が舞人の元へとやってくる。

舞人は珍しく弁当を持って来ていた。

母が『珍しく』作ってくれたのだ。

今朝あのような目に遭わされた割には、ありがたいことである。

やはり良い母親なのだろう。

 

 

 

 「学食〜」

 

 

 「何故」

 

 

 「だって私お弁当持ってきてないもん」

 

 

 「珍しいこともあるのだな」

 

 

 「うん、材料用意しとくの忘れちゃって」

 

 

 「……うちのおふくろが作ってきたというのに、星崎がないのでは仕方ないか」

 

 

 「ごめんね」

 

 

 

二人はそのまま教室を出て行くのであった。

刺さるような視線の数々は無視しよう。

 

 

 

 「相変わらず幸せなやつだな、舞人の野郎は」

 

 

 

そんな山彦の呟きが聞こえた。

本人に自覚があるのかはあえて確認することもないだろう。

 

 

 

 


 

 

 

 

さて、学校の常として学食は混むものだ。

よって

 

 

 

 「うーん。せんぱい、どうやって席を取りましょう?」

 

 

 

との後輩の疑問に対して、彼はこう答えた。

 

 

 

 「よし! 雪村、どこか適当な男子どものテーブルへ行き、席を奪って来い。

  場合によっては色仕掛けも許可する! さぁいざ戦場へ逝かん!」

 

 

 

何故か命令口調。

 

 

 

 「……ってさくっち何言ってるの! そもそも小町ちゃん、いつからそこにいたの?」

 

 

 「いつからと仰られましても、先ほどから居ましたが?」

 

 

 「そんなことにも気がつかんのか。全くこれだから女狐は……」

 

 

 「むきー! メギツネ言うなーーぁぁぁ!!」

 

 

 「せんぱい、希望先輩はともかく。雪村の魅力では通じないかと。

  雪村の魅力はせんぱい限定でしか効果がありませんからね」

 

 

 「馬鹿なことをほざくな。貴様の魅力? そんなもので腹が膨れるとは思えん。

  どうしてもというのなら、ナマズにでも食わせてなさい」

 

 

 「うう、せんぱいってばつれないべさ……」

 

 

 

ともかくって酷いー、という希望の抗議は掛け合い漫才で無視する舞人と小町。

自分をネタにした小町と、見事に応対した舞人、流石に考えることは似ていた。

 

 

 

 「ふん、その程度でこの俺を魅了しようなどと百年早いわ。

  しかし、やはりメスブタでは駄目か。となるとこいつでも無理だな」

 

 

 

憐れむかのような視線で隣の希望を見る。

彼の美意識は狂ってるかもしれない。

言っておくが小町と希望は文句なしの美少女である。

舞人とて二人を美少女と認めるのにやぶさかではないが、

幼馴染というだけで彼女達の見方が変わっている彼は不憫だ。

 

 

 

 「誰か知り合いでも居ればいいんですけどね……これだけ混んでいると」

 

 

 

無理ですね、と小町が続けようとした瞬間、舞人がにやりと笑った。

 

 

 

 「さくっち?」

 

 

 「せんぱい?」

 

 

 「俺はツイている。お前達、うやうやしく付いて来るがいい」

 

 

 

ある一点を見定め、ずんずんと進みだす舞人。

そこにはこの場に見合わない子供がいた。

違った、こどもがいた。

失礼、こだまがいた。

 

 

 

 「こだま、あんたまたそれなの?」

 

 

 「だって好きなんだもん」

 

 

 

彼女は相席するひかりの前でカレーうどんを啜っていた。

それはもう美味しそうに。

幸せそうなその顔はまさにクイーン・オブ・KODOMO!

 

 

 

 「ひかり姐さん、ここいいっすか? ていうか座ります」

 

 

 「桜井……。まぁいいけど」

 

 

 「あ、桜井くんこんにちは」

 

 

 「こんちはっすこだま先輩」

 

 

 「朝ぶりです先輩方」

 

 

 「こんにちは〜、里見先輩に結城先輩」

 

 

 

朝の登校時のメンツが揃ってしまった。

女性4人に男性1人……まあなんと羨ましいことか!

 

 

 

女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、談義に花が咲き続ける。

校内の実力者であるひかりがいるためだろうか、話題はDDEのことらしい。

 

 

 

 「そういえば、なすのさんは今日来てるんですか?」

 

 

 

希望が話題を振る。

『なすの』――本名、『谷河 なすの』。

桜坂学園の保険医、『谷河 浩暉』の妹で学園の戦術顧問を担当している現役DDEである。

ひょんなことから彼女たちとは仲が良かったりする。

 

 

 

 「いや、今日は来てないみたいよ。あの人も忙しいから」

 

 

 「あ、そうなんですか。そうですよね〜、なんといっても

  あの神器『大蛇』の教え子さんなんですもんね」

 

 

 

小町があえて触れて欲しくないほうへと膨らまし始める。

 

 

 

 「げほんげほん」

 

 

 「あれ、桜井くん風邪?」

 

 

 「いえ、違います」

 

 

 

舞人の誰にも判らない抗議は意味をなさなかった。

 

 

 

 「いいな〜なすのさん。私も会ってみたいな、神器さんに」

 

 

 「まね、あたしも同意見。全然正体がわからないっていうのが気になるわ」

 

 

 「なすのさんは見たことあるんでしょ?」

 

 

 「でも、男の人ってことくらいしか教えて頂けないですからね」

 

 

 『はぁ……』

 

 

三者三様の溜息。

目の前の男が張本人なのだが……知るはずも無い。

なんとなく居心地の悪い舞人は黙って弁当箱を開ける。

 

 

 

 「……………………………………」

 

 

 

4人を無視して一人時間が止まる。

弁当は美味しそうだった。

栄養バランスを考えた色とりどりのおかず、とてもとても朝、舞人を虐待した

母親とは思えなかった。

 

卵で彩られたご飯に、ご丁寧にも鳥そぼろで『有料』と細工されていなければ。

いい(性格をした)母親である。

 

 

 

 「あ…………あの…………くそばばあああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」

 

 

 

吼える。

 

怒りを込めて吼える。

 

 

 

さりげなく隣に座っていた小町の鼓膜にダメージを与えようと気にならない。

学食中に響き渡っても気にならない。

それだけ頭に来た。

 

 

 

 「なにが悲しくて家の弁当に金出せと!? がっでむ! おう、じーざす! 

  神は死んだあぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

 

 

 

弁当箱片手に学食中の視線を集める舞人。

 

 

 

 「せ、せんぱい!? お、落ち着いてください! 何があったんですか!?」

 

 

 「さくっち! 座ってよ!」

 

 

 

必死で舞人の凶行を止める幼馴染二人。

ひかりとこだまは周囲に頭を下げている。

迷惑な男だ。

 

 

 

 


 

 

 

 

で、きっかり一分後、ようやく彼は黙った。

 

 

 

 「桜井! 何考えてんだあんたは!」

 

 

 「舞人君! 周りの迷惑も考えなきゃ駄目だよ!」

 

 

 「さくっち、私たちの苦労を考えなさい!」

 

 

 「せんぱい、いささか改めるべきかと思われます」

 

 

 

四人が非難する。

周囲の生徒たちも迷惑そうにそれを見つめる。

 

 

 

 「む……そ、そりゃあ俺にも責任の一端があったりすることを認めるのも

  やぶさかではないかもしれないが。だが俺を追及する前にこれを見ろ!」

 

 

 

そう言って弁当を突き出す。

近くの生徒も覗き見る。

 

 

 

 『……………………………………』

 

 

 

そして絶句した。

『有料』と細工を施された弁当の中身を見て。

学食にいた誰もが彼に同情した。

特に舞子の性格を知る希望と小町はこれが本気であると分かっていた。

 

泣きながら弁当を味わう舞人の姿を見て、彼に何か言うのは憚られた。

 

 

 

 「うう……帰り酒買っていかんとならんのに……」

 

 

 

何を言っても慰めにはならないだろう。

ここで一つ注釈、舞人は本来なら金持ちだ。

他の神器と同じようにお金は稼いでいるのだが、母である舞子がその全てを

管理しているために、舞人の自由になるお金は毎月5千円である。

いざとなったら引き出せなくもないし。

……少ないと思う方もいらっしゃるかもしれないが、携帯料金がここから

引かれているわけではないので、結構どうにかやっていける。

贅沢も少しくらいならできる。

 

 

そんな舞人を見かねたのか好機と受け取ったのか(おそらく後者)

二人の少女がある提案をした。

無論、希望と小町である。

 

 

 

 「あ、あのさ、さくっち。よければ明日から私がお弁当作ってあげるよ?」

 

 

 「せ、せんぱい。ご迷惑でなければ雪村が、あ、明日からお弁当作ってきます」

 

 

 

二人は真っ赤になりながら同時に言った。

学食中の男子生徒が血涙を流したがこの際放っておこう。

ひかりとこだまは意外な申し出に驚きを隠せない。

 

神器である舞人もそれを聞き逃すことなく、返答する。

 

 

 

 「くっ……貴様らに弱みを与えるのは清廉潔白弱点皆無素敵少年たる

  俺のポリシーを著しく傷つけることになるが飯には代えられん。

  だが金は出さんぞ! それで構わんのなら作らせてやらなくもない!」

 

 

 

普通こういう場合「材料費くらい出すよ」というのがエチケットだろうに。

生憎彼にそういう思考はなかった。

 

けれども彼女たちも舞人の人となりは知っている、そんなことを気にするわけがない。

伊達に舞人と十年来の幼馴染をやってない。

そもそも折角舞い込んできたチャンス、恋する少女が見逃すはずがあろうか。

 

二人は真っ赤になりながらも揃って

 

 

 

 「はいっ!」

 

 

 

と頷いたのだった。

 

 

桜井舞人――やはりこいつは幸せ者である。

 

 

 


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