Eternal Snow

35/学園名物? ハングドキャットの怪!

 

 

 

基本的に桜井舞人という男は遅刻をしたことがない。

いとこに付き合って遅刻寸前で登校する剣士とか、

遅刻の原因が全くもって自業自得であるスナイパーとか、

朝起きるのでさえ面倒だとほざく斧使いとは違う。

 

答えは単純、妹や母親、果ては幼馴染がいるおかげ。

一度たりとて感謝したことはないが。

いや、妹にだけは感謝していた。

理由? そんなものは決まってる、シスコンだからだ。

 

ともかく、遅刻をしない桜井舞人は他の神器たちと違い登校にも余裕がある。

したがって

 

 

 

 「あら、桜井じゃない」

 

 

 「あ、桜井くん。おはよー」

 

 

 

このように校門前で先輩と会うこともある。

かけられた声の方を見るとこれでもかというほど

「大・小」を強調する二人組が立っていた。

 

希望や小町と同じ目に映えるストライプカラーの制服。

胸元に結わえられたネクタイは黒に近い灰色。

その色は桜坂学園三年生を表している。

 

背が高くロングヘアのメガネを掛けた女性は『結城 ひかり』。

茶色の髪に若干のウエーブ、彼女には実に似合っている。

舞人が(一応)所属している文芸部の部長である。

 

そして反対に背が低くショートカットで

見るからに「こども」な女の子は『里見 こだま』。

はっきりとした水色の髪、醸し出す雰囲気はどこか幼い。

 

同じく文芸部所属で、幽霊部員だった舞人を

知らぬまま連れてきて復帰させた張本人である。

元々はそれなりに髪が長かったのだが、学食の好物であるカレーうどんの

汁が髪にかかって困るという理由と、先輩なんだから気合入れないと、という

理由から髪を切った猛者。

 

ちなみに二人とも触覚を持っており、

同じく文芸部の二人の先輩も触覚持ちである。

 

…………文芸部は触覚人間の巣窟なのだろうか?

 

閑話休題。

 

 

 

 

この二人は意外に学園でも有名なのだ。

 

まず、ひかり。

彼女は学園でもかなりの実力を誇り、学園生徒では最高位であるランクA1を拝命。

文芸部所属の最強剣士とは彼女のこと。

舞人曰く「にっこり笑顔でバイオレンス」だそうだ。

 

次にこだま。

彼女のランクはB2と、平均的であまり実力があるとはいえない。

こだまを有名にしているのはその幼すぎる容姿である。

外見年齢12〜3歳、大人ぶっているわりには精神年齢も大差なし。

しかも極めつけは彼女の使っているカバンだ。

桜坂学園には指定カバンというものがない。

推奨のカバンはあるのだが、基本的に自由。

そんなわけだから何を使っても問題はないのだが、こだまのは凄い。

 

 

 

 『猫リュック』

 

 

 

である。

 

つぶらな瞳の猫リュック(ちなみに三毛猫)……似合い過ぎていて怖い。

幼い外見の彼女が動くたびにぴょこぴょこ動くそのリュックは

『ハングドキャットの怪』として七不思議になりかけている。

 

 

 

原因は舞人にある。

一年前の彼女の誕生日。

 

 

 

 『せっかくなんでプレゼントしますよ』

 

 

 

という日頃の感謝(?)を込めてこだまにプレゼントした。

そりゃあいくらこだまでも反対した。

 

誕生日の翌日から

 

 

 

 『せっかく桜井くんがくれたんだし』

 

 

 

などと言いながら堂々と使っているわけだが。

正直言って、説得力がない。

 

 

彼女は知らない。

こだまのためにあるかのような、あまりに似合いすぎた『猫リュック』。

舞人の『1000円くらいでしたから』という言葉が全くの嘘であることを。

 

そのリュックは『本当に』こだまのために作られたものであることを。

製作者は、DDの業界では超有名人である機工術師『上代 蒼司』。

彼にオーダーメイドを頼めばその費用なぞ数十万単位である。

まぁ知り合い価格で安く上げたらしいけれども。

 

彼女は気付いていない。

お気に入りのリュックが、あまりにもレアな一品であることを。

 

 

 

 「ひかり姐さん、こだま先輩。おはようさんです」

 

 

 

舞人はこともなげに挨拶を返す。

『ひかり姐さん』……深くは追求してもらいたくないが、

舞人がひかりを呼ぶときの呼称である。

初めの頃はひかり本人も文句を言っていたが、もう諦めていた。

 

 

 

 「ん? 星崎さんに雪村さん、おはよ。……相変わらず両手に花だね、あんたは」

 

 

 「おはよう。ふふっ、希望ちゃんに小町ちゃんだもんね」

 

 

 

的確なご意見感謝する。

見ての通り、舞人の傍には星崎希望と雪村小町がいる。

男一人に女二人、ひかりの言葉は如実に今の現実を述べていた。

 

 

 

 「そ、そんな……いや、ほら、あの……幼馴染ですからっ」

 

 

 「お、おはようございます……いや、その、希望先輩はともかく雪村はとてもとても」

 

 

 

先輩の言葉にあたふたしながら挨拶を返す。

二人して顔が真っ赤だったり。

 

 

 

 「……姐さん、花は花でも、俺の傍で咲いてるのはウツボカズラにラフレシアっすよ。

  どこの誰が喜んで食虫植物を愛でますか。俺はそんな奇特な人種じゃありません。

  嬉しくも何ともないです。むしろ何故外見だけがいいのか謎。

  こいつらが構え構えと五月蝿いから仕方なしに傍にいさせるだけのこと」

 

 

 

露骨に嫌そうな顔で隣の幼馴染達に目をやる舞人。

明らかに希望と小町は面白くなさそうだ。

しかし外見は良い、と言って貰えて内心嬉しかったりもする。

乙女心は複雑だ。

 

 

 

 「桜井くん! そんなこと言っちゃ駄目でしょ! 女の子は繊細なんだよ。

  男の子だったら気を遣うのは当たり前! ほら、二人に謝りなさい!!」

 

 

 

腰に手をあて、人差し指を立て舞人に注意するその姿はあまりにも先輩らしかった。

……外見を除けば。

 

娘の成長を見守るかの如く優しい眼差しを向ける舞人とひかり。

この二人、ことこだまをからかうのにかけては絶妙なまでのコンビネーションを発揮する。

 

 

 

 「はい、すみませんでしたこだま先輩。悪かったな、二人とも」

 

 

 

殊勝な態度ではあるが、内心大笑いしていた。

それが分かる希望と小町も苦笑する。

舞人の言葉そのものに今更傷つくようなことはない。

繊細な心はあるけれど、舞人の言葉に温かみが無いと思った事はないから。

実はこう見えて彼は相当に優しい。

別に謝って貰う必要なんて無いのだが、ここは先輩の顔を立てる。

 

こだまの隣にいるひかりは声を殺すので精一杯だった。

それでもなんとか舞人に向かってサムズアップを送る。

舞人も笑顔でそれを返した、何だかんだで息の合ったいいコンビである。

当事者のこだまは機嫌よく5人の先頭を歩いていた。

 

 

 

ぴょこぴょこ動く猫リュックが異常なまでに可愛かった。

里見こだま――別名、里見こども。

文芸部にはこんな不文律がある。

こどもは大切にしましょう、と。

 

 

 

里見こども、彼女の脳裏には既に今日の学食メニューが並んでいた。

 

ちなみに好物はカレーうどん。

髪にかかるから、という理由(他にもいくつかあるらしい、ちなみに髪は9番目だとか)

で、セミロングをショートにしたのは伊達ではないらしい。

 

 

 


inserted by FC2 system