Eternal Snow

33/閉ざされた記憶のヒトカケラ

 

 

 

――――まもりたいもの、かげかえのないもの。

――――うしないたくないもの。

――――どうしようもなく、てばなしたくないもの。

 

 

 

幼い頃から夢で聞く言葉。

 

忘れられない言葉。

覚えがない言葉。

誰かの笑顔。

誰かの泣き顔。

 

 

夢を見ている。

何度も見てきた夢。

まるで現実のような夢。

本当にあったかのような鮮明な夢。

記憶にない夢。

 

 

 

少女の声。

胸に刺す心地よさと苦しみ。

 

 

 

 『つまり、その……ふ、ふつつか者ですが、末永く可愛がってください』

 

 

 『ね、もう少しだけ、寄り道していかない? 一緒に行きたいとこがあるの』

 

 

 『――君……私たちって、いつから始まってたんだろうね』

 

 

 『謝らないでよ! 謝ってる暇があったら、もっと私を好きになってよ! 

  私がどっかに行っちゃわないよう、いっぱい、いっぱい抱きしめてよぉ!』

 

 

 

 『だって……、――、私がここに引っ越してきた日に言いました……

  学校とアパートでは近づくなって……だから、私……』

 

 

 『――、……そういうことって言われても……分かんないべさ』

 

 

 『……あは、あはは……恋なんてするものじゃないですね。どうしてくれるんですか……』

 

 

 『やったー! ――は――に褒めてもらうとすごく嬉しいんです。

  だから、どんなことだって――が褒めてくれるなら……私のこと、

  もっと好きになってくれるなら……』

 

 

 

 『誰だって最初はそう言うよ。それが恋ってやつの怖さだけど』

 

 

 『今ここにある感情なんて一時的なもの、気の迷いとかにすぎないんだから』

 

 

 『や、も、負けを認めるわ。私も――が好きだよ。うん、大好き』

 

 

 『恋の魔法はおしまい。見事に魔法は解けちゃうってわけ』

 

 

 

 『――、――! 朝だよ。起きてー!』

 

 

 『こ、これから一週間、お世話になりますっ、――』

 

 

 『――を待ってるこの明かりが、きっと恋のしるしなんだね』

 

 

 『――、……私たち、ずっと一緒なんだよね』

 

 

 

 『実はね……、――君って似てるの。私の目標としている人に』

 

 

 『――、くん? うわぁ、来てくれたんだぁ、ありがとう』

 

 

 『恋をするとね、何気ない一言が宝石みたいに光り輝くんだよ』

 

 

 『どんなに美しく満開に咲きみだれても、いつかは必ず舞い散る運命なのかな……』

 

 

 

 『――さんは癒しを求めている、と……メモメモ』

 

 

 『多分……私にとって色々なものが終わっちゃったと思うんです』

 

 

 『好きです。子供のころからずっと。もちろん今も』

 

 

 『……怖いんです。不安が止まってくれないんです。

  この瞬間にも――さんを忘れてしまいそうな自分がいるんです!』

 

 

 

 『あんたね〜、いい加減その呼び方止めなさいよ。仮にも付き合ってるんだから』

 

 

 『いつから――を気にしてたって? そんなの決まってるじゃない……最初からよ』

 

 

 『陳腐な言葉だけど、あたしは――を愛してる。これから先も、ずっと』

 

 

 『太陽に近づき過ぎた英雄は翼をもがれて地に落とされる、か。

  それってあたし達の恋と同じなのかもね……あたしってこんなに弱かったんだ』

 

 

 

 『まったく、もうっ。本当に放っておけない人ですね』

 

 

 『わたしにとっては初恋ですよ。今までは兄さんの所為で

  異性の方と話するのすら難しかったんですから』

 

 

 『桜ってなんであんなに美しいか知ってます? 

  亡くなった人が眠っているからとも言いますけど、わたしはこうだと思うんです。

  恋人同士の幸せが力になっているからだって……もぅ! 笑わないでくださいよぉ』

 

 

 『これは悪い夢なんですよね? お願いです、“そうだ”って言ってください! 

  “目が覚めても俺は――の傍にいる”って言ってくださいっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

幾人もの誰かの顔。

それは恋人だった人の顔。

誰かが自分を愛してくれている。

だけど自分はその誰かの顔がわからない。

声もわからない。

いくら手を伸ばしても、いくら声を上げても

自分はただ流れる光景を享受するしかなくて。

 

 

忘却の罪を抱えた夢の中の自分を悲しんでやることしか出来なくて。

 

 

大きな穴が開いている。

自分の心にぽっかりと穴が開いている。

 

夢は続く。

ぐるぐる廻る。

 

 

 

 『……何故あなたはヒトであることを望むのですか?』

 

 

 『そんなこと……わたしにはできません。あなたのようにはなれない』

 

 

 『好き?……わたしがあのヒトを好き?』

 

 

 

小さな女の子がいた。

勿論顔も声もわからない。

でも一つだけわかることがある。

自分はその女の子を守らなきゃいけないと。

その小さな願いを叶えてあげなければならない、と。

 

 

夢は続く。

ぐるぐる廻る。

 

 

 

 『なんのつもりだい、――? 僕が望むのは唯一つ、彼女を手に入れること』

 

 

 『邪魔をする気か? ふざけるなよ! ヒトに堕落した君が何を言う!』

 

 

 『絶対に消してやる……永劫の時間を掛けてでも、君をこの世界から消滅させる!』

 

 

 

 

桜が咲いていた。

自分と誰かが立っていた。

その誰かは少年だった。

自分は彼を止めなければならない。

彼は『女の子』を不幸にするから。

奪わせないために……自分は戦わなければならない。

 

 

夢は続く。

ぐるぐる廻る。

幸せと絶望が混じり合った幸福な悪夢。

 

最後に見えたのは誰の顔だったのか。

幼い頃から続く無限迷宮。

一筋の光さえ射さない悪夢。

 

助けなどない。

ただ、心が慟哭し続けるだけ。

ただ、彼女達に謝りたいだけ。

 

 

……過去の自分が抱えた忘却の罪を。

償いたい、何よりもあの子達のために。

 

 

 

 『また逢おう、桜舞うこの丘で――』

 

 

 

ああ、ようやくこの夢も終わる。

悪夢は常にこの言葉で終焉を迎えるのだから――。

 

 

 


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