関東のある場所に『桜坂(さくらざか)』という町がある。

街を見下ろすように丘がそびえ、都会的な街並が広がる場所。

活気に溢れ、人々の生活が垣間見えるかのような場所。

ここには日本三大DDE養成校の一つ、『桜坂学園』が存在する。

 

そして当然のように誰にも知られず、神器もここに存在していた。

 

 

 

Eternal Snow

32/彼の人の名は、大蛇

 

 

 

 「この俺が頭痛とは……いかなる者の陰謀だ?」

 

 

 

端正で中性的な顔立ちと容姿を持つ少年。

だがどこか斜に構えた雰囲気が漂っている。

本年度の3月3日に17歳を迎える彼の名前は『桜井 舞人』。

生まれた頃から桜坂に住む典型的な地元人間。

そして彼こそ、この地の守護を担当する神器『大蛇』である。

語るべくもなく正体は知られていない。

この町にも数名ほどそれを知っている者はいるが。

 

舞人はそう言うとおもむろに携帯電話を出し、リストの「メスブタ」に電話をかける。

メスブタ?と思う方もいらっしゃるだろうが、つっこまないで欲しい。

数回のコールの後、ピッという電子音が聞こえてくる。

 

 

 

 「はい。雪村です。ただいま留守にしていますので電話にでることはできません。

  と普通なら言うのですが相手がせんぱいなら話は別です。

  たとえ寝ていようが食事中だろうがバイト中だろうが電車でお年よりが

  近くに居る状況だろうが貴方の愛しい雪村が即座に応対致します」

 

 

 

と、一息に喋りだす舌足らずな声。

どうでもいいがせめて公共の場ではマナーを守ったほうがいいと思う。

冗談だと信じているが、彼女ならやりかねない。

 

 

とにかく、その声の主は舞人の後輩の『雪村 小町』。

彼の一学年下に当たる少女で、幼馴染。

嫌味にならない程度に淡く染めた髪、

水玉がデザインされたボール型の髪留めで左側に髪房を作っている。

舞人は早生まれなため、彼女の誕生日とは一ヶ月程しか離れていない(4月7日)。

ちなみに副管理人の言では『髪房』がポイントらしい。

 

 

 

 「はっ。なにをとぼけたことを仰っておりますかこの淫乱肉奴隷は! 

  このクールでニヒルなハードボイルドMAITO=SAKURAIの寵愛を

  受けようなどとは7兆年早いのですよ! 

  我が相方を務めてきた貴様ならば当然知っていることだと思っていましたが

  どうやら私の方が甘く見ていたようですね。そんな君に命令だ。

  時代は海! マリンブルー! それすなわちダイブ! 

  ゆきむらこまねち! 理解したかね? 理解したなら即刻オホーツク海に

  ボンベを持たず裸でダイビングするがいい!」

 

 

 

なんとまぁつっこみどころの多い会話であろうか。

現役の高校生の会話か? これは。

 

 

 

 「はや〜、せんぱいのご提案はまことにもって画期的であり新鮮で実行する価値は

  非常に高いと思われるのですが、雪村のような無能で頭にコンニャクが詰まってる

  程度の女ではセイウチやアザラシを惹きつけることさえ出来ないかと。

  ですが先輩の愛を受け止めるだけの器量は備えておりますのでいつでも夜這いに

  来て下さって構いません。で、でも出来れば事前に『行く』と告げておいて

  頂けますと心の準備が出来ますので、よ、宜しくお願いし」

 

 

 「あ〜、んなこたどうでもいい。貴様、俺に毒電波送ってるのではあるまいな? 

  さっきから頭痛がしている。これはどう考えても何者かの陰謀に違いない。

  俺の知り合いでそんなことが出来るのは雪村だけだ、さぁ詫びろ」

 

 

 

断定及び確定事項、といった雰囲気で口上を垂れる舞人。

 

 

 

 「確かに雪村は毎朝毎夜、それこそ日昼夜かかさず電波を送信しています、が。

  それは愛情によるラブ電波であって決してせんぱいを害するものではありません。

  それだけは断言しておきます……ってせんぱい大丈夫なんですか!? 

  ご無事ですか!? 頭痛酷いんですか!? ちゃんと寝てらっしゃいますか!? 

  あ、あのあのあのっ、今どちらにいらっしゃいますか!? 

  今すぐ雪村が看病に行かせて頂きますのでっ!!」

 

 

 

早口で捲くし立てる小町、マシンガントーク炸裂。

電話口の遠くで「次は桜坂〜桜坂〜」などという電車のアナウンスに

酷似した声が聞こえてくるのだが気にしないことにしよう。

一応彼女の代わりに謝っておく……乗客の皆様ごめんなさいm(_ _)m

 

 

 

舞人は電話口に向かって

 

 

 

 「あ〜、珍しくお前の申し出には感謝するが今は外出中だ。

  だが体調不良は厳然たる事実なので帰ったら寝る。

  今は家におふくろも桜香も居ないが雪村のことだ、どうせ合鍵持っているのだろう。

  ったく、星崎といい雪村といい、俺様の許可を貰うが筋だろうに……まぁいい。

  今回だけは許してやるからなんか作っておけ、帰ったら食う」

 

 

 「りょ、了解ですせんぱい! 不肖雪村、今すぐせんぱいの家に向かいます。

  あ、あの……せんぱい、無理せず帰ってきてくださいね……」

 

 

 

マシンガントークを続けていた雪村だったが、最後の声は消え入りそうだった。

これが彼女の優しさである。

それだけ彼を大切に思っているのだろう。

 

 

 

 「ふっ、俺が無理などするわけがない」

 

 

 

……それだけを告げ、彼は携帯電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で? 用事とはなんだ?」

 

 

 

デスクに座る男――DDE桜坂支部長官にそう言う舞人。

長官は呆れきって溜息をついた。

 

 

 

 「もはや何も言わん……。何故君のような男が神器なのか……全く」

 

 

 「おい、わざわざこの俺を呼んだんだ、つまらん用事なら怒るぞ」

 

 

 

デスクに肘を置き、額に手を当て心底辛そうな長官。

その内心は推して知るべし。

 

 

 

 「先だって賢者が守護・管理していた月の宝珠が何者かに奪取、破壊され返還された」

 

 

 「?……ってことは俺らが命令されてた冬実への出向は」

 

 

 「ああ。その必要はなくなった、現在あそこには青龍・白虎・朱雀がいる。

  玄武・大蛇両名はそれぞれの着任地にて現状維持。今日はその通達だ」

 

 

 「ふ、ん。りょ〜かい。んじゃ俺は帰るわ」

 

 

 

手をヒラヒラと振り、敬意など全く払わずに部屋を出て行く舞人。

もうお分かりだろう、彼が居たのはDD桜坂支部、その長官室である。

彼の『敬うという行為』は、玄武とは違った意味でタチが悪い。

もはや多少の非礼は諦めているのが現状だ。

 

 

 

 「あ! ちょっと待て……くっ、行くのが早すぎるぞ。

  相変わらず判らない奴だな、桜井舞人という男は。

  仮にもあの二人の息子だというのに……いや、だからこそか……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DDきっての問題児、桜井舞人。

彼はこれでも神器だった。

 

彼が通う桜坂学園でのランクはC3。

最弱のレッテルを貼られた大馬鹿の変わり者。

それが彼の代名詞。

 

しかし彼は神器だった。

しつこいようだが本物の神器だった。

仮に言った所で誰も信用する『わけない』が神器だった。

 

彼の称号は大蛇。

“異端なりし破壊の蛇王”

神器最強の能力保持者、神器『大蛇』――桜井 舞人。

それこそが彼の本当の代名詞。

 

 

 

 「む! しまった、雪村に飯のリクエストしておくべきだった。

  ………………ま、いいか。早く帰って寝よう……ふえっくし!」

 

 

 

ドガッ

 

 

 

くしゃみと共に曲がり角の壁にぶつかった彼こそ神器である。

 

…………ほ、ホントだよ?

 

 

 


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