Eternal Snow

31/閑話・交錯する想い

 

 

 

戦いは終わった。

神器の二人は名乗ることもなく、その場から立ち去った。

後に残ったのは生徒や講師達の驚愕だけ。

幸いさやかは純一が水の癒しの力を使ったおかげで

外傷すら残らず、元気でピンピンしていた。

純一はその正体を誰にも悟られることはなかった。

 

 

 

全てが片付いた後の朝倉家では――

音夢とさくらが怒涛の一日をさやか相手に述べ続けていた。

それはほっといて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日はご苦労様だったね、純一君」

 

 

 「いえ、別に何もしてませんよ」

 

 

 

ここは純一の部屋。

純一と蒼司は事情を知るもの同士、語り合っていたのだった。

 

 

 

 「そんなことはないさ、さやか先輩も無事だった。

  奴にやられた生徒くんも後遺症は残らない、君のおかげでね。

  闇の宝珠に関しては舞人君が持って行ってくれたおかげで

  奴の思い通りにならずに済んだ……これをご苦労様と言わずになんて言うんだい?」

 

 

 「俺はただあいつに一撃をくれただけです。最初から奴と戦ってくれたさやかさん、

  やり方はどうであれ宝珠を回収してくれた舞人さん。

  本当ならこの地区を任される神器として両方とも俺がやるべきことだった。

  なのに俺は最後の方でしか参加してない。

  ご苦労様と蒼司さんは言ってくれましたけど、むしろ情けないですよ、俺は。

  大したことをしてやれなかった自分自身が」

 

 

 

純一はうなだれていた。

ショックはなさそうだが、意気消沈していることは蒼司にも見て取れる。

 

 

 

 「君の欠点はそこだよ、自分をすぐに卑下する。

  君の果たした役割は大きかった。奴に深手を負わせたのは君のおかげ。

  君と舞人君がいたからこそ奴は逃げの一手を打たざるを得なかった。

  客観的に見ても君はこれだけのことをしている。

  それは結果的にあの場に居た人々の命を助けたことになる。

  ……純一君はよくやったよ。君は確かに『彼女』を救えなかった。

  でもそれに劣ることのない沢山の人命を救ってきたんだよ。

  神器『玄武』として、朝倉純一として。

  だから純一君、君は……よくやったよ」

 

 

 

蒼司は優しくたおやかに、純一を褒めた。

彼がこれほどに自らを卑下するのには訳がある。

 

 

 

 

 

 

 

――――未だ彼の心を蝕む『彼女を殺した彼女』の存在。

 

 

 

 

 

 

 

蒼司は思う。

何故彼が苦しまなければならないのか。

 

何故誰よりも優しい彼が、復讐心を抱き続けなければならないのか。

 

蒼司は恨む。

大切な弟子を苦しめる『彼女』――“鷺澤頼子”という存在を。

 

蒼司は願う。

願わくばこの優しき少年に幸せが訪れますように、と。

 

 

 

蒼司は最後に告げた。

 

 

 

 「今日はもう休むんだよ? 後は上手くやるから、ゆっくり眠ってね」

 

 

 

誰にも有無を言わせない断固たる言葉だった。

それは純一ですら逆らうことは許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純一は部屋の電気を消してベッドに倒れこんだ。

両手で顔を覆い隠す。

 

 

 

脳裏に描くのは愛しき彼女のこと。

 

 

 

 『純一さん、あの……似合いますか?』

 

 

 

リボンを送ったあの日の照れた笑み。

 

 

 

 『お口に会うかわからないんですけど……』

 

 

 

おどおどしながら手作りのクッキーを差し出す彼女。

 

 

 

 『う、ぐすっ……あの子が、死んじゃったんです、う、うわあああんっ』

 

 

 

飼い猫が死んでしまったときの悲しみの涙。

 

 

 

 

――――忘れるはずがない。

 

 

 

 

 「美咲……」

 

 

 

瞼を閉じて思い出すのはいつも少女のことばかり。

 

 

 

自分でも女々しいとはわかってる。

いつまでもいつまでも引きずり続ける自分自身がどれだけ情けないか。

蒼司が言ったことは真実だった。

自分を卑下すること。

 

それは当然だ。

純一は自分が嫌いなのだから。

美咲を救えなかった自分が。

この力は贖罪を果たすため。

絶えることのない復讐の炎。

炎は水によって消されるはずが、水は炎を喰らってその凍度を増す。

 

 

 

 「頼子……お前は今どこにいる?」

 

 

 

ただ怒りを込めて呟く。

誰かが答えるはずがないと判っていて。

 

頼子が答えるはずもない、と理解していて。

 

 

 

 「見つけ出して必ず殺してやる……たとえ天国の美咲が泣いていたとしても。

  俺の時間はあれから停まったままなんだ……頼子が美咲を殺したあの日からな!」

 

 

 

ベッドに叩き付けた右手がやけに痛かった。

それは心が泣いていたから。

それは美咲が流した涙なのかもしれない。

自分を忘れない彼を嬉しく思う心と、復讐に燃える彼を悲しく思う心が流した涙―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二つ目の舞台もこれで終幕。

此(こ)はまだ終わりの見えないオペラ。

 

 

 

 

 

 

 

灰燼の甲竜の悲しみ――――

 

それは溶けることのない氷と同じか――――

 

永久凍土に閉ざされた悲しみと怒り――――

 

誰が彼の氷を溶かすのか――――

 

まだ終焉には程遠く、救世主は未だ降り立たず――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神器とは悲しみの証でもある。

 

風の嘆き。

雷の涙。

炎の慟哭。

水の叫び。

闇の苦悩。

 

そしてもう一人の主役。

愛を求め、失い、絶望を知り、なおも愛を求める男。

それもいずれは語られる物語。

 

 

次の演奏曲は『忘却の罪を背負いし者』

さぁ、コンサートはまだまだ終わらない―――。

 

 

 


inserted by FC2 system