Eternal Snow

30/神器、推参

 

 

 

 「先輩―――――っ!!!」

 

 

 

リングへと駆け寄る蒼司。

目の前にはリングへと落ちていくさやかの姿。

死にはしないだろう、だが怪我は免れない。

 

せめて拾い上げたいのに、結界が邪魔をする。

 

 

 

 「くそっ、開けろ! 開けろーーー!!」

 

 

 

響き渡る蒼司の声。

だが禅の結界は蒼司の言葉を無視したかのように佇むだけ。

純一が正体がばれるのを厭うことなく、その力を振るおうとした時。

 

 

 

 

 

 

パキィィィィィン…………。

 

 

 

 

 

 

 

静かに、だが確実に結界が破壊される音が聞こえた。

 

 

 

 「……何だと?」

 

 

 

禅の言葉に答える者はいない。

 

 

地上に叩きつけられる彼女を救ったのは一人の戦士。

白を基調とした戦闘重視の衣服。

各部に施された唯一の飾りともいえるラインは紫色。

顔を覆う仮面は蛇を模したかのよう。

 

 

 

 「いい拾いもんをしたなぁ、と人が気持ちよくしているときに何ですかこれは!?」

 

 

 

仮面でくぐもっているが男の声だった。

さやかをお姫様抱っこした男はゆっくりと地面に降り立つ。

ヒステリック一歩手前で騒ぎながら。

 

会場にいた全員が目を見張った。

その姿があまりにも驚きだったから。

 

 

白を基調としたその戦闘服が。

紫の縁取りをされたその戦闘服が。

顔を覆う蛇の仮面が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――其は神の器

――――――最強を冠する者の名

――――――絶望を祓う希望の刃

――――――汝が名こそ『神器』なり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが目を奪われる。

誰も見たことがないはずなのに。

誰もが知っているその存在に。

 

誰が言ったのか。

 

 

 

 「神器……」

 

 

 

と。

誰でも良かった、そんなことは。

必要なのは“神器がここにいる”という事実だけ。

 

 

 

 「ん? ていうかこの人『戦乙女』さん? つーことは……お、いたいた」

 

 

 

神器はリングにいる禅に気が付いていないかのように会場を見渡し、

リングの傍で呆然とする蒼司の元へとさやかを担いだまま歩いて行った。

 

 

 

 「ま……何で君がここに?」

 

 

 

蒼司は思わず彼の本名を呼びそうになった。

神器の表情は仮面に隠れて見えはしない。

 

 

 

 「いやー、ちょっと拾いものが」

 

 

 「……拾いもの? いや、訊かないほうがいいんだろうね」

 

 

 「どうもっす。用事も済んだし、んじゃさらば! 

  ……といきたかったが、そうも言ってられそうにないな」

 

 

 

 

神器はさやかを蒼司に渡すと、ゆっくりと禅の方へと顔を向けた。

 

 

 

 「お前、何者だ?」

 

 

 「フッ……貴様なんぞに名乗る名なぞない! 

  呼びたければミスター・スネークとでも呼ぶがいい!」

 

 

 

神器……本人曰くミスター・スネークは禅の質問にそう見栄をきった。

 

 

 

 「馬鹿にしているのか?」

 

 

 「ふん。この高貴なる私めが他者を馬鹿にするわけがありません! 

  ……………………侮辱しているだけですよっ」

 

 

 

その間の取り方は、禅を怒らせるには充分過ぎる。

 

 

 

 「――ふざけるなよ」

 

 

 

禅とミスター・スネークの声が会場に響いた。

全ての人の目がリングに注がれる。

 

 

 

 (……別にふざけてなんてないさ。あれが舞人さんの地だ)

 

 

 

ただ一人、純一だけは違うことを考えていたが。

 

 

 

 (俺もあそこに行ったほうがいいな。とりあえず杉並でさえリング見てるし)

 

 

 

純一は人知れず完全に気配を絶った。

その技は杉並のと一歩も二歩も上をいく。

 

そのまま席を立ち上がる。

誰も気がついていない。

隣に座る音夢やことり、さくらでさえも。

 

 

 

 (人形を置いといて、と)

 

 

 

彼は水の能力を応用し、自分とそっくりの人形をそこに座らせた。

 

 

 

 (……面白くなってきたな)

 

 

 

そう心で呟いた純一の口元は僅かに笑みを浮かべていた。

不謹慎ではあるが、さやかに怪我も無かった。

怪我をしたのは生徒が一人、しかし死に至ることはない。

後で自分が治癒を施してやれば何の問題もないだろう。

 

 

なら奴を倒すことにだけ専念出来る。

自らが守護する初音島で、自らが籍を置く学園で、人を襲った奴を。

 

 

彼は人目につかない場所まで走ると、辺りに人がいないことをもう一度確認し

おもむろに自らの首に手をかけた。

自分の首を絞めているわけではない。

彼にとっての絆の証、首にチョーカーのように巻きつけた白いリボン。

それを手に取り、一気に引き抜く。

 

そして静かに呪を解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 「神衣―――――着装」

 

 

 

 

 

 

 

紡ぐは言の葉、鍵となる言霊。

 

 

リボンから光が溢れる。

光は純一を優しく包み込む。

まるで『彼女』が抱きしめているかのように。

 

白を基調とした戦闘服。

灰色の縁取りをされた戦闘服。

それは、まごうことなき神器の姿。

灰色のラインカラーは玄武の証。

 

神衣とは神器であることを示しているだけではない。

神器が自らに施した封印を解く一つ目の鍵。

それこそが神衣の本当の意味。

 

神衣を纏った今の彼はランクCの劣等生ではない。

クラスを拝命する一人のエージェント。

それでも全力ではないのだから神器の力とは恐れいる。

 

 

 

 「ああ、そうだ。仮面もつけないと」

 

 

 

顔の周囲に光が集まる。

亀を模ったような仮面。

 

 

 

 「――戦闘準備、完了」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、お前が神器か」

 

 

 「だぁから言ってるだろう、俺のことを呼びたければミスター・スネークだと! 

  物わかりの悪い奴だな」

 

 

 「埒があかんな。俺には仕事があるのだ、闇の輝石を回収するという仕事が。

  お前なぞに邪魔をされるわけにはいかない」

 

 

 

リング上で対峙するミスター・スネ……もとい神器『大蛇』(おろち)と『永遠の使徒』禅。

いらついたかに見える禅とは対照的に、武器すら持たずただ立っているだけの大蛇。

 

 

“戦いとは情報戦である”とはさやかの弁。

『常に冷静であれ』……情報を的確に分析するには冷静な思考が必要不可欠。

この時点で禅は負けていたのかもしれない。

 

 

 

 「闇の輝石? ……ってこれのことか?」

 

 

 

大蛇は懐から黒く輝く一個の宝石を取り出した。

それを見て驚愕するのは禅。

 

 

 

 「な!? 何故お前がそれを持っている!?」

 

 

 「秘密だ。いい男には秘密が多いのさ」

 

 

 

さらりと言ってのける大蛇。

ここにきて初めて禅の顔が醜く歪む。

 

 

 

 「……ここまで人をコケにするやつに出会ったのは初めてだ。

  貴様を殺し、闇の輝石は頂く」

 

 

 「せっかく拾ったもんをやるなんてそんな勿体無い。渡すくらいならこうしてやる」

 

 

 

何を考えているのか、正直不明であったが

大蛇は手に持った闇の輝石を頭上に投げた。

そして呪を紡ぐ。

 

 

 

 「アルティネイション――ッ!」

 

 

 

左手を掲げ、そこから生まれでた光が闇の輝石に注がれていく。

 

 

 

 「何をするつもりだ?」

 

 

 「オオオオォォォォッッッッッッ――!」

 

 

 

雄叫びを上げ、その質問を無視する大蛇。

今も闇の輝石はまばゆく暗い光を放ち続けている。

光を吸い込んだ輝石はゆっくりと大蛇の左手に降りてくる。

再び呪が奏でられる。

 

 

 

 「アルティネイション・アブソープ!」

 

 

 

彼が紡いだ言葉、その意味を禅が感じ取る。

 

 

 

 「アブソープ? ……『吸収』!! まさか人間が輝石を取り込むだと!?」

 

 

 「―――――ご明察」

 

 

 

禅の驚愕も致し方あるまい。

輝石を吸収するなどという発想、誰がするものか。

 

大蛇の軽口と共に輝石が消えうせる。

左手の甲には薄く闇の輝石の輝きが見て取れた。

 

 

 

 「ば、馬鹿な……」

 

 

 

禅は信じられないとばかりに剣を取り落とした。

それは決定的な隙であったのだが、大蛇は攻めない。

 

 

 

 「COOLで名の通った俺でも宝珠を取り込んだのは初めてだ。

  ふっ、これで俺は新たな力を得たぜ!」

 

 

 

サムズアップをかます大蛇。

それは余裕の顕れか?――――否。

 

 

誰も気が付かなかった。

軽口を叩いている大蛇の体は既に弱りきっていた。

いくら神器とはいえ、宝珠という未知の力を体内に取り込むのは無茶だったのだ。

 

 

『改変』――大蛇が持つ最強の能力。

“事象を改変し、万物を改変し、法則を改変する”――能力の中で最も応用力があり、

最も強力なこの力があったからこそ、宝珠という異質過ぎる『もの』を取り込めたのだ。

 

 

同じ事を他の神器にやらせたところで成功するわけがない。

一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。

バクチに勝利したとしか言えない。

 

今の大蛇に戦う力は残っていなかった。

それに誰も気付いていない。

対峙する禅はその隙に気が付かないほど動揺が大きい。

 

 

 

 

 

 

 

―――――それが決定的な隙だった。

 

 

 

 

 

 

 「ハイドロブレイザーァァァァッッッッッッ!!」

 

 

 

圧縮された高濃度の水の奔流が禅を襲う!

 

 

 

 「グアァァァァッッッッ!?」

 

 

 

驚きを含んだ絶叫を上げる禅。

リングに膝をつき、直撃を受けながらも命は取り留めたらしい。

禅は攻撃が飛んで来た方向――――空を見上げた。

 

白と灰の戦闘服。

頭を覆う亀のような仮面。

大いなる水の力を行使する、元素能力の使い手。

 

 

 

 「ふ、二人目の……神、器だ、と……? ぐぼっ」

 

 

 「DDE所属の神器が一人、『玄武』だ」

 

 

 

二人目の神器『玄武』はその雄々しき姿のまま、リングに降り立った。

そして大蛇の隣に立つ。

 

 

 

 「ま……大蛇さんっ。宝珠を取り込むなんて何考えてるんですか!?」

 

 

 

呆れてものも言えないとばかりにかぶりを振る玄武。

さん付けしてしまったのは名前を呼んでしまいそうになった名残か。

 

 

 

 「やってみたかった」

 

 

 「アホですかあんたは!? もしかしたら死んだかもしれないんすよ!」

 

 

 

思わず素でつっこむ玄武。

 

 

 

 「やかましい。いいからあいつを潰すぞ、話はその後で聞いてやる」

 

 

 

大蛇はファイティングポーズを取った。

今更のように玄武も臨戦態勢を整える。

 

禅は剣を拾い、無理やりに立ち上がる。

 

 

 

 「同時に二人の神器を相手に、ごふっ、不利なだけか……撤退する」

 

 

 

彼は自分の不利を認める。

闘う者……戦士だからこそ引き際を知っているのだろう。

剣を突き立て、まばゆい光が神器二人を襲った。

 

 

 

 「ちっ! 目晦ましか!」

 

 

 「逃がすか! 断水刃!」

 

 

 

禅の居場所に目測をつけ、鉄すら切り裂く威力の圧縮された水の刃を走らせる玄武。

 

 

 

―――斬!

 

 

 

響く音はシンプルに。ただ単純に音が鳴る。

大地を疾走する水の一閃はリングを抉るも、光は一瞬で消えた。

しかし断水刃が命中したと思われる場所に禅の姿はなく、

破壊された禅の剣とリングの瓦礫が残るのみ――――――――。

 

 

 


inserted by FC2 system