「私のいる前で勝手なことはさせないよ――『帰還者』さん」

 

 

 

たなびく黒い髪。

意思の強さを語る眼差し。

映える黒のワンピース。

光を発する一振りの剣。

女性でありながら雄々しく、まるでその姿は人々を鼓舞し、

絶望から立ち直らせた聖女ジャンヌ・ダルクを思い起こさせる。

 

彼女の名前は――白河さやか。

 

 

 

 

 

Eternal Snow

29/戦乙女と呼ばれし者

 

 

 

 

青年は嘲(ワラ)った。

心から、嘲った。

歓喜に震えるとはこの事を指すのか、と思った。

 

 

 

 「面白い。……実に面白い。俺の剣気をこうも簡単に防ぐとはな」

 

 

 

さやかは軽く微笑んで、彼の言葉に応じた。

 

 

 

 「別に簡単じゃないよ。この剣、『サンフラワー』のおかげ」

 

 

 「それでも、だ。それだけの業物を使いこなしていることこそが見事」

 

 

 「褒めてもらえるのは嬉しいね。私の恋人さんが私のために作ってくれたものだから」

 

 

 

笑みを崩さずに、さやかは剣を正眼に構えた。

青年は右手に持った剣をだらりと下げる。

そして目を閉じた。

 

 

 

 「何のつもりかな? 帰還者さん」

 

 

 

油断など彼女の辞書には存在しない。

目の前の青年の力量を測るには情報が足りない。

ここで未熟な者ならば突っ込んでいっただろう。

……それは正しい判断ではない。

 

戦いとは情報戦である。

常に冷静であり、常に最善の動きを行うこと。

常に自らの状態を把握し、常に思考をすること。

それこそが戦いにおける必須事項。

 

だから油断はしない。

気を張り巡らせて青年に問い掛ける。

 

 

 

 「気を悪くさせてしまったのなら謝ろう。これは俺の精神統一みたいなものだ。

  お前を強者と認めよう。俺の名前は禅(ぜん)。正確に言えば『帰還者』ではない。

  人でありながら帰還者足り得る者――『永遠の使徒』の一人だ」

 

 

 「ふ〜ん。自我持ちの帰還者とは戦ったことあるけど、あなたは違うみたいだね」

 

 

 

あくまでも軽い口調、その内心は読めない。

 

 

 

 「お前達が帰還者と呼んでいるのは目的も忘れた哀れな者たちのこと。

  自我を持っているものはそれより幾分かマシなだけの存在。

  『永遠の使徒』は違う。人であるときの記憶を全て持ち、

  自らの願いのために永遠を求める存在のこと」

 

 

 

その言葉にさやかは汗を一滴たらした。

 

 

 

 「……後味悪いなぁ、まだ『人』ってことだから。……でもやっつけるけどね」

 

 

 「ふ、ふふふふふっ、はっはっはっは! そうか、『人』か。

  俺が『人』だとは。中々面白いことを言うな、女よ」

 

 

 

禅は嘲う。

異質なる存在であるのに、嘲ったのだ。

まるで『人』のように。

 

 

 

 「気に入ったかな?」

 

 

 「ああ、気に入った、気に入ったぞ、女。俺を『人』と呼ぶとは。

  『永遠』を求めることを目的としたこの俺を『人』と呼ぶとは! 

  ……本気で戦ってやろう。女、名は?」

 

 

 

嘲いが怒りへと転じる。

禅は剣をさやかに向けた。

さやかは禅の後ろに倒れている少年を一瞥する。

 

 

 

 「私の名前は白河さやか。『戦乙女』って呼ばれてたりもするよ。

  もとよりそのつもりだし戦うのは構わないけど、条件がある」

 

 

 「条件? 言ってみろ」

 

 

 

――DDには神器の次に強いとされる者達がいる。

 

 

彼らはDDE最強と呼ばれるAクラスエージェントの中でも更にトップレベルの実力者。

通称G.A、グレイテストエージェントと呼ばれる選りすぐり。

そのうちの一人が『戦乙女』である。

 

さやかは鋭い眼差しで自らの後ろにへたり込む生徒に目をやった。

次にもう一度、倒れている生徒を見る。

 

 

 

 「とりあえず、私の後ろにいる子と、あなたの後ろにいる子を

  ここから避難させてくれる? 巻き込まれたら危ないし、なにより……邪魔」

 

 

 

冷徹にそう言ってのけた。

彼女は普段のおてんこ娘ではない。

彼女は今、戦乙女と呼ばれる一人のエージェントと化していた。

 

 

禅は構えた剣を再び下に向けた。

さやかの言葉に納得したかのように頷く。

 

 

 

 「確かにお前の言う通りだ。しばし待とう、その間に逃がすがいい。……ついでだ。ムン!」

 

 

 

ブオォォォォッッッッ

 

 

 

風が舞う。

透明な結界が生み出されていた。

禅の後ろに倒れていた生徒が教職員たちの座る場所まで運ばれている。

 

 

 

 「結界まで張ってくれるなんて思わなかったよ」

 

 

 「……雑魚どもの所為でこれから始まる俺の楽しみに水を差されてはかなわん」

 

 

 「ありがと。……さ、君も安全なところまで避難して。

  悪いけど一人で逃げてね。手伝ってあげられる状況じゃないから」

 

 

 

へたり込んでいた生徒はズボンをだらしなく汚しながらも

コクコクと頷き、走って逃げた。

それを咎める者はいるはずがない。

 

 

 

 「もういいのか?」

 

 

 「うん」

 

 

 

二人が剣を構える。

 

 

 

 「先輩っ!」

 

 

 

蒼司の声。

この世で一番彼女を信頼し、愛する人の声。

さやかは蒼司に向かい、言葉を送る。

 

 

 

 「大丈夫だよ蒼司君♪ 私は負けないよ。

  私はDDEの『戦乙女』―――――今は『白河』さやかだけど。

  未来の――――――『上代』さやかなんだから!」

 

 

 「改めて名乗ろう。俺は『永遠の使徒』が一人。【歩兵(ポーン)】の禅だ――!」

 

 

 

カキンッ!

 

 

剣と剣が打ち鳴らされるソプラノ音。

二人の剣の一度目の逢瀬。

音がした瞬間さやかはその場に留まるのを止めた。

瞬時の判断こそが好機を生むのだから。

 

 

 

 (力じゃどうやっても私が不利……となれば)

 

 

 

『手数と速度』――これが戦乙女の武器。

 

 

 

 「ハアァァァァァッッッッ」

 

 

 

鋭い雄たけびと共に、袈裟斬りに太刀を運ぶ。

腕が伸びきる前に膂力(りょりょく)を全開にして返しを放つ。

 

 

 

 「クッ!」

 

 

 

一撃目が範囲外に入っていた禅は、早速の好機と突進をかける。

が、返しが来るとは思わなかったのか無理やり剣を肩先に当てなんとか受けきる。

一瞬互いの武器が意味をなさなくなる。

 

 

 

 (逃さない!)

 

 

 

開いた左手で貫手を打つ。

当然拳撃も覚えている。

しかしその一撃は届かない。

 

 

 

ガッ

 

 

 

突然腹部に鈍痛。

一拍置いて吹き飛ばされる。

地面に叩きつけられる前に剣を突き立て状態を戻す。

 

左足の蹴りを放ったままの状態で立つ禅。

彼は互いの剣がぶつかったことでさやかの死角となっていた右下から蹴りを放った。

剣を受けたことで体にかかる負荷はかなりのものだったはず。

それを片足一本で耐え切るとは……。

 

 

 

 (やってくれる……)

 

 

 

軽い舌打ちを交えて一足飛びをしかける。

ダメージは浅い、連撃に持ち込めなくなるほど強い攻撃ではなかった。

 

 

 

 「フッ!」

 

 

 

真っ直ぐ正面に向かって跳ぶ。

上段からの連携、剣を引き戻して刺突で落とす!

 

一撃目は浅く、禅の衣服を掠める。

だが相手は反応出来ていない。

二撃目、瞬間に左手に剣を持ち替え横薙ぎに払う。

 

 

 

 「ぐふっ」

 

 

 

確かな手応え。

倒せる! という確信。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま刺突で終わる――――――――――筈だった。

 

 

 

ザシュ

 

 

 

後ろからの攻撃さえなければ。

 

 

 

 

 「……え?」

 

 

 

戦いの場とは思えないほどのあっけないさやかの声。

油断も慢心もない。

なのに剣を持った肩先からは血が流れていた。

 

 

 

 「悪いな――俺としてもこれは本意ではないが……俺は今回、運び屋なのだ。

  いつまでも遊んでられん」

 

 

掌底。

がら空きになったさやかの腹部に突き刺さる。

 

痛みは感じない。

体は確実にやられているのだが、それ以上に後ろからの攻撃が気になった。

空に打ち上げられながら、その相手を見る。

 

異形の者だった。

人でありながら根源を求めた者――帰還者。

 

 

 

 (しくじっちゃったね〜。まさかお仲間を連れてきてるなんて思わなかった)

 

 

 

禅はそういうタイプには見えなかった。

純粋に戦いを求めている、そう思ったのだ。

これは自分のミス、相手の情報を見損なった自分の。

 

 

 

 (死にはしないだろうけど……ちょっとマズイかな)

 

 

 

生きることを諦めるつもりは毛頭ない。

幸い剣を取り落とすことはなかった。

ここは少しでも奴らを弱らせておこう……禅は無理でも帰還者くらいなら消せる。

ここには自分だけじゃない、蒼司がいる、純一がいる。

 

 

 

――――――なら自分が気を失っても問題はない……アレを使う!

 

 

 

さやかは落下していく身に喝を入れて、愛剣『サンフラワー』に力を込める。

紡ぐ言葉は発動の鍵。

 

 

 

 「破邪の力よ! 太陽の輝きを模して闇を払い全てを照らせ! 

  ――――――――――『シャインフラワー』!!!」

 

 

 

さやかの握り締める剣から光が漏れる。

漏れた光は花を咲かせる。

愛剣と同じ名前を持つ花――『ひまわり』を。

 

 

剣に宿る光の力を全て注ぎ込むさやかの必殺技の一つ。

会場は大きな光に包まれた。

見つめる生徒たちは結界のおかげで網膜を灼かれずに済んだ。

 

 

 

 「ぬっ!?」

 

 

 「ギ!――――――――ッ」

 

 

 

さやかの予想通り、禅は防壁を張ってなんとか防いだようだが

本能だけで動く帰還者は悲鳴すら残さず消滅した。

 

 

 

 (あとは宜しくね、二人とも)

 

 

 

地上にいるであろう蒼司と純一に微笑むと、落下したまま彼女は気を失った。

 

 

 


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