Eternal Snow

28/正体……そして襲来

 

 

 

 「兄さん……私は夢でも見てるんでしょうか?」

 

 

 「朝倉君……私の目がおかしくなったのかな?」

 

 

 「心配すんな、音夢、ことり。事実だ」

 

 

 

純一は戸惑う二人に優しく、だが偽りない事実を告げる。

ここは風見学園、校内に設置された特設観客席。

一昨日開かれた風見学園バトルトーナメントの優勝戦がこれから行われる。

但しその前に、学園が招待した現役DDEの訓示がある。

優勝した生徒にはゲストであるDDEとのエキシビジョンマッチが予定されている。

 

 

 

観客と化した生徒たちの注目を一身に浴びる

DDEとはほかでもない――白河さやか、その人。

 

 

彼女は皆の前でDDEと紹介された。

しかもDDトップレベルであるAクラスエージェントとして。

更に、その中でも超一流の証、G.A『戦乙女』その人。

生徒たちはどよめいた。

本物のG.Aになど滅多に逢えないのだ。

しかもその本人が華麗な美女とくれば喜びも一塩。

ある一角……純一たちの周辺を除いて。

 

 

 

 「それにしても、あの人がG.Aだなんておどろきました〜」

 

 

 「そうね……人は見かけによらないって心底実感したわ」

 

 

 

とは全然驚いているように見えない姉と心底驚愕している妹の言。

 

 

 

 「うにゃ、そんなにすごい人だったんだ。あの人」

 

 

 「ああ〜そうだとわかってたらサインもらっていたのに〜っ、美春一生の不覚です〜」

 

 

 

とは感心している教師とミーハー根性出してる生徒の言。

 

 

 

 「ふ……さすがはらぶり〜・ば〜にんぐ殿。やることが違う」

 

 

 

とは事前に情報を入手していた非公式新聞部の言。

この男の情報網は「凄い」の一言に尽きる。

 

 

 

 「朝倉君は知ってたの?」

 

 

 「ああ。一応あの人のとこに居候してたわけだからな」

 

 

 

はぁ〜、と感嘆しているのはリング上に立つさやかの従姉妹、ことり。

 

 

 

 「私なんて従姉妹なのに全然知らなかったですよ〜」

 

 

 「そりゃ仕方ないって。さやかさんはなんつってもG.Aだからな。

  その秘匿性と行動性が売りなんだ、そう簡単にはばらさないだろ」

 

 

 「……そうなると神器なんてもっと会えるわけないですよね」

 

 

 

神器という一種神格化された存在に憧れる音夢は、

わずかに残念そうな音声(おんじょう)で溜息をついた。

 

 

 

 (ぬう……。まさか俺が神器『玄武』だとは言えないしなぁ……。

  にしても音夢よ! 兄を惑わすようなその顔はやめい! 

  思わず抱きしめたくなるほど可愛いじゃないかああああっっっっ!!!)

 

 

 

義理だから問題ないか、とかいっそ踏み外すのも悪くない、とか

人としてどうかと思うほどインモラルな考えでいっぱいの神器『玄武』。

“誰だこの男に神器なんて最高位を与えたのは!?” というクレームが怖い。

 

 

 

――――――いや、それだけは言うまい。

 

 

そんなこと言ったら今の神器は全員どこか相応しくないから……。

一人は何かにつけて振り回されるタイプだし、一人は似非ブラコンだし、

一人は自己顕示欲の塊だし、もう一人も大して変わらない。

 

 

 

閑話休題。

既にさやかの訓示は終わり、リングにはこれから優勝戦を争う

風見学園の3年生が二人、相対していた。

 

 

純一たちの居るところからみて左側に立つ一人は

学園でも有名な剣道部の部長であった。

得物は当然剣。

両刃で柄が長い……所謂両手剣、トゥーハンデッドソード。

意志の強そうな眼差し、部長兼主将の貫禄漂う、鍛えられた肉体。

右側に立つのは空手部のエース格とも噂される生徒。

両手にメリケンサックのようなものを装備している。

部で使われる胴着が彼の力を象徴しているかのようだった。

 

遠目から彼らを見つめる純一の貌には、普段のやる気ナッシングの駄目生徒ではなく

一人のDDEとしての鋭さが垣間見えた。

傍にいる少女達が見ていたのなら感心し、彼の評価を改めたことだろう。

しかしその視線は全てリングの上へと集まっていた。

非公式新聞部の重鎮ですらそうだったのだから致し方ないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (…………?)

 

 

 

そこでふと純一は何か得体の知れない違和感に襲われた。

重くのしかかるような暗いイメージ。

例えるなら夜、黒、混沌……そんな闇のイメージを。

 

 

 

その違和感はすぐに現実のものとなる―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごそごそというマイクの音がスピーカーを通して校庭に響く。

 

 

 

 「さあ、ついに始まりますトーナメント決勝戦! はたして、この試合に勝利し

 G,A『戦乙女』への挑戦権を得るのはどちらになるのでしょうか!」

 

 

 

白熱した雰囲気が会場を包む。

 

 

 

 

 「剣道部の頼れる部長、三年C組 島野原か!? 

  はたまた空手部のスーパーエース、三年E組、遠近か!?」

 

 

 

試合開始の火蓋が切って落とされようとしたとき

 

 

 

 

 

 

 

 「ほう。……なら、俺も参加させてもらえんかな?」

 

 

 

 

 

 

突如、その声が響いた。

声の聞こえた場所に目を向けると

リングの中央、両選手のちょうど中間にいつの間にか剣を持った男が立っていた。

 

何の変哲もないブロードソード。

それだけを持っている青年。

特徴はそれしかなかった。

装飾を一切排除した実用性一点張りの衣装も、

おそらく戦いの邪魔になるからだろう短く切られた髪の毛も。

あまりに地味で印象に残りそうにないほどの青年が、ただ、立っていた。

 

 

 

 「闇の輝石の反応を頼りに来てみればなかなか面白い余興をやっているようだ。

  俺は戦いに飢えている、一つ手合わせ願いたい」

 

 

 

青年は会場に響き渡る声でそう言った。

決して大声を出したわけじゃない。

だがその声は学園にいる全員に聞こえてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――あまりに異質な気配がしたから。

 

 

 

 

 

……震えていた。

 

 

 

リングに立つ二人の生徒は誰が見てもわかるほど震えていた。

 

 

 

……震えていた。

 

 

 

それを見つめるほぼ全ての人々が震えていた。

 

 

 

 

 「どうした? どちらでも構わん。早くかかって来い。

  ……来ないのならばこちらから、行く――!」

 

 

 

青年はリングの中央で静かに告げ

 

 

 

ギラリ

 

 

 

剣が禍々しく輝いた気がした。

 

次の瞬間、空手部のエース、遠近は倒れていた。

白目を剥いて、口はだらしなく開き、泡を垂れ流し、右腕を間接とは逆の方向に向けて。

 

 

 

 

 

 

誰も何も言わない。

言えない。

青年があまりにも異質だから。

恐怖が声帯を殺しているかのよう。

 

 

 

 

 

 

青年の地味な瞳がリングに立つもう一人、剣道部部長に向いた。

青年は無言で剣を振り下ろす。

 

 

 

ヒュッ!

 

 

 

鋭い音が響いた。

剣気が彼を襲う。

誰も何も出来ない。

その力がない。

誰もがそれを自覚していた。

誰もがリングの上に立つ生徒の死を覚悟した。

 

 

 

ピキンッ!

 

 

 

何かが砕ける、澄んだ音がした。

 

 

 

 「―――――ほう。光の結界か」

 

 

 

青年の愉しげな、微笑んだかのような声。

 

 

 

 「私のいる前で勝手なことはさせないよ―――――『帰還者』さん」

 

 

 

たなびく黒い髪。

意思の強さを語る眼差し。

映える黒のワンピース。

光を発する一振りの剣。

女性でありながら雄々しく、まるでその姿は人々を鼓舞し、

絶望から立ち直らせた聖女ジャンヌ・ダルクを思い起こさせる。

 

 

 

彼女の名前は―――――白河さやか。

 

 

 

Aクラストップエージェントにして、G.Aを名乗ることを許された一人。

 

 

 


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