Eternal Snow

27/おてんこ旋風上陸中!

 

 

 

 「だいたいの話はさやかさんから聞きました」

 

 

 

ソファーに座った音夢は、兄である純一にそう言った。

 

 

 

 「さやかさん、なんて説明したんです?」

 

 

 「普通だよ。純一君が13歳の頃に私たちのところにきて、

  それから2年間ホームスティさせてましたって」

 

 

 「……本当に普通だな」

 

 

 「兄さん? 他に何かあるんですか?」

 

 

 「いや〜別に。ただ無いことばっかり言われてたら

  音夢が怒るだろうなぁって思っただけだ」

 

 

 

その会話を聞いて蒼司は思った。

 

 

 

 (確かにだいたいのことですね。もし間違って余計なことまで

  言われていたらどうしようかと思いましたけど……流石は先輩)

 

 

 (蒼司く〜ん、私偉い?)

 

 

 (はい、偉かったですよ)

 

 

 (わ〜い♪ あとで頭撫でてね♪)

 

 

 (……先輩、もう22歳でしょうが)

 

 

 (蒼司君の前では永遠の18歳だからい〜の)

 

 

 (もう……はいはい、わかりました。あとでですよ)

 

 

 

さやかと見事なアイコンタクトを交わす。

一字一句違って伝わっていないところがこの二人の愛の深さを物語っている。

 

 

 

 「さやかさん、蒼司さん。この不甲斐ない兄が二年もの間

  迷惑ばかりお掛けしていたようで本当に申し訳ありません。

  今更ですがお礼を言わせて頂きます」

 

 

 

音夢は蒼司とさやかに向かって丁寧に頭を下げた。

 

 

 

 「いえいえ、そんなことありませんよ」

 

 

 

頭を下げる音夢に蒼司が言う。

 

 

 

 「そーそー。純一君には色々やってもらってたから」

 

 

 

さやかもそう続ける。

主に家事とか家事とか家事とかその他諸々。

自分とて家事は出来るのだが、修行と称して任せたりしたこと数知れず。

 

 

 

 「え? そうなんですか?」

 

 

 

少し意外そうに音夢が言う。

まあ、音夢の知る純一像からすれば当然だが。

 

 

 

 「ええ、純一君にはよく僕の『作品』の『批評』をしてもらいましたし」

 

 

 

……ちなみに『作品』とは試作した武器であり、

『批評』とはそれの実験台であることを明記しておく。

その苦労……いや危険性は語るべくもない。

いくら腕が立つとはいえ、試作品には危険がつきものなのだから。

 

 

 

 「そうそう。それに『頼めば』ちゃんと『お手伝い』してくれるしね」

 

 

 

……ちなみに『頼めば』とはわがままと泣き落としであり、

『お手伝い』とは小間使いであることを明記しておく。

その迫力……即ち脅迫だったのは言うまでも無い。

彼女の泣き落としは、下手な演技の域を超えていたりする。

 

 

 

 「へぇ……兄さんはホームスティ先ではずいぶん働きものだったんですね」

 

 

 

音夢の表情は笑顔だった……その瞳が笑っていなければの話だが。

要するに怒っているのだ。

何故? と訊いてはいけない。

 

 

訊くまでもない。

家ではいっつもいっつも「かったるい」の一言で何でもかんでも自分に任せ、

本人はソファーに寝転がってTVを見ている兄が! 

ひとたび家を離れると働き者だと! 

ふざけるのもいい加減にしろってんだコンチクショー! ってな感じなのである。

 

特に朝倉家の食事事情は外食、出前に頼っている部分が多い。

さくらが来ない限り、手料理が振舞われることもない。

料理が作れるのなら腕を振るったらどうだ、と思うのも無理からぬことだ。

 

 

 

 「ね、音夢しゃま? おお落ち着いてくださいまし」

 

 

 「何を仰ってるんですかお兄様? 

  わたくしはとっても冷静ですよ? オホホホホホホホ」

 

 

 

笑いながら音夢のこめかみには青筋が走る。

そして桜の花びらがじわじわと姿を現した。

 

 

 

 「嘘つけぇ! ならなんで桜吹雪が出てるんだよ! キレてる証拠だろうが!」

 

 

 「うわぁ……綺麗」

 

 

 「和まないでくださいよさやかさ〜ん! ね、音夢を止めて〜ぇぇぇ!!!」

 

 

 

これぞ音夢の能力『桜霧』。

桜吹雪を発生させるという何の変哲もない力だが、主に撹乱やトラップに使うことで

相手を弱体化させることが出来る便利な力である。

 

部屋中に桜が蔓延していく。

後片付けが大変そうに思えるが、これは全て音夢の意志力で出来ているので

彼女が消したいと思えば一瞬で消滅する。

 

 

 

 (それにしても随分凄い精神力ですね、隣に居た先輩がほとんど見えないくらい

  桜の濃度が濃いとは……。今はともかく、将来が楽しみといった感じですね)

 

 

 (綺麗なんだけど……力の使い方に無駄があり過ぎだね。

  もう少し一点に集中することを覚えれば充分武器として応用できそうなんだけど)

 

 

 (ったく、音夢の馬鹿。こんなに出してたら気失うってーの。

  この分じゃまだまだDDEの道のりは遠そうだな)

 

 

 

三人はかなり冷静に状況を把握し、傍観につとめた。

下手に手を出して彼女の精神を揺さぶるのは得策ではない。

やがて音夢の力も弱まりだし、程なくして彼女は気を失い、桜吹雪は自然と消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………………ん?」

 

 

 

それからほどなくして、気絶した音夢が目覚めるともう『夕食の時間』だったわけだが。

 

 

 

 

 「………………………………え?」

 

 

 

目の前には朝倉家では出るはずのない見事な手作り料理。

 

 

 

 「………………………………………………あれ?」

 

 

 

そしてそれを作ったのは

 

 

 

 「どうです? たぶん美味しいと思うんですけど?」

 

 

 

そう言って笑みを浮かべる青年、蒼司だった。

 

 

 

 『いただきます』

 

 

 

この場に居る全員がテーブルにつき、一斉に手を合わせる。

 

 

 

ぱくっ

 

 

 

音夢が誰よりも先に蒼司の料理を口に運んだ。

その間、三人はただ黙ってそれを見ていた。

 

 

 

 「……美味しい」

 

 

 

その言葉に蒼司は満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

 「それはよかった。先輩や純一君は僕の味つけを知っているので

  心配なかったんですけど。音夢さんのお口に合うかどうかは判らなかったので……。

  お気に召してくれたのなら本望です」

 

 

 「何言ってんですか蒼司さん。蒼司さんの料理が不味いわけないじゃないですか。

  そんなこと言ったら蒼司さんに料理の仕方教わった俺の立場ないっすよ」

 

 

 

純一も笑顔で箸を進め、そうのたまった。

 

 

 

 「……相も変わらず女の子のプライドを打ち砕く料理ばっかりぃ。

  私だって料理に自信あるのに……うう、悲しくなってきたよ〜」

 

 

 

さやかは半泣きになりながら箸を進め、隣にいた音夢だけが聞き取れる音量でのたまった。

顔を悲しげに歪ませながら美味しそうに食べる姿というのはなかなかシュールである。

 

 

 

 「って兄さん! 料理できたんですか!?」

 

 

 「んあ? ああ、さやかさん達んトコいたときに蒼司さんに教わった」

 

 

 「ならなんで作らないんですか!!」

 

 

 「かったるいから」

 

 

 

…………彼はそういう性格の男であった。

 

 

 

 「兄さんに期待した私が馬鹿でした」

 

 

 

ガヤガヤと朝倉家の食卓に久々の賑やかな言葉たちが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――そして食後。

 

 

 

 「ふむ? 純一君が情けなさ過ぎる、と」

 

 

 「人には向き不向きってあるんだから仕方ないと思うけどな〜」

 

 

 

音夢は丁度良い機会だからと、さやかと蒼司を交え、

いかに純一が情けなく、それで困っているのだということを相談することにした。

 

 

 

 「さやかさんの言う通りだぞ音夢。俺には向き不向きがあるんだ」

 

 

 「兄さんは黙ってて」

 

 

 

抗議したつもりの純一であったが、音夢の鋭い視線に根負けし

借りてきた猫状態にならざるを得なかった。

この家の権力は全て音夢にある。女の子は強い。

 

 

 

 「それは当然私にだって向き不向きくらいあります。

  だから仕方ないってことくらいはわかるつもりです。

  でも兄さんは全然努力しないし、いっつも『かったるい』とか言って

  授業はマジメに聞かないし……そのせいでランクは学年で一番低い。

  おかげで私は肩身の狭い思いをしなきゃいけないんです。

  ……ほんと、あの有名な神器の爪の垢でも煎じて飲ませてやろうかしら」

 

 

 

事情を知っているさやかと蒼司からすれば大汗ものである。

怖いもの知らずの典型。

まさかその話題に入っている張本人こそ神器だなんて

そんな想像、音夢には及びもつかないだろう。

 

 

 

 

 

 

彼がどれだけ努力したか。

どれだけ修羅場を潜って来たか。

どれだけの悲しみと慟哭に襲われてきたのか。

 

 

 

 

 

さやかと蒼司は言葉を発しない。

どこか虚を突かれたように、ただ聞くだけに留まる。

知らない彼女には何も言えなかった。

むしろ上辺だけを見て評価する彼女の考えに怒りを覚えるほどだった。

 

 

さやかと蒼司は知っている。

朝倉純一という僅か16歳の少年がどれほどのものを背負っているのかを。

何の苦しみも知らないこの少女に大切な弟子を侮辱されるのが悔しかった。

たとえそれが兄を心配した妹の言葉であったとしても。

その言葉には少なからず非難の意思が込められていたのだから。

 

 

やる気が無いなんてとんでもない、彼は神器の中で一番復讐に囚われているのだ。

 

 

 

 「僕からはあまり言えないですが……純一君には純一君のやり方というものがあります。

  それは音夢さんにも僕にもさやか先輩にも真似できるものじゃない。

  人それぞれ違うんですから」

 

 

 「私もそう思うよ。第一ランクなんかじゃその人の価値を測れないんだもん。

  気にしちゃ駄目だよ」

 

 

 

蒼司とさやかは怒りにかまけて罵声を浴びせたくなる心を

叱咤して音夢に優しく諭してやる。

知らない人間にきつく接するわけにもいかない。

 

けれど、二人の考えは一致していた。

 

 

 

 (もしこれで何も変わらないようなら……彼女は純一君の傍にいる資格はない。

  たとえ恨まれようとも、彼女を純一君から離してみせる)

 

 

 

そう簡単に心は変わらない、だけど音夢は別だ。

彼女は純一の妹、おそらく誰よりも純一を見てきただろう。

なら少しでも彼への認識を変えて欲しい。

 

 

 

それが出来ないならば………………。

 

 

 

 

弟子を思うが故に非情ともなれるのだ、この優しき二人は。

音夢は少しばかり考えてから、言った。

 

 

 

 「……確かにお二人の言う通りですね。私がごちゃごちゃ言った所で

  結局は兄さんが決めることですし、私は兄さんがあんまり

  変なことしないように見張っていることにします」

 

 

 

二人は笑顔を浮かべた。

 

それは様々な思いから浮かべた笑みだろう。

音夢は知らず知らずのうちに最良の答えを返していたのだ。

純一も彼女に気付かれないように笑みを浮かべていた…………。

 

 

 


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