『祐一殿!』

 

 

 

祐一の脳裏に少女の顔が浮かぶ。

笑顔が似合っていた。

拗ねた顔が可愛いかった。

泣いた顔が幼く見えた。

初めて唇を合わせたときの微笑みが愛おしかった。

 

 

 

 『祐一……キス、して…くれ、るか……の?』

 

 

 

 

 

 

最期の口付けは――――――血の味がした。

 

 

 

 

 

彼女の血に染まった純白の羽。

黒く澄んだ髪に血が付いていた。

彼女の好きだった巫女衣装が血で紅くなっていた。

愛しい彼女の顔は彼の涙で濡れていた。

 

彼女は彼の一番好きだった笑顔のまま、その息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

3/写真

 

 

 

 

 「その……、久しぶりだな皆――元気だったか?」

 

 

 

祐一は地面に腰を下ろしたまま、少女達に笑顔を向けた。

心によぎった悲しみを隠して。

 

この中でそれに気付いた者は一弥しかいなかった。

彼は知っていたから。

祐一の心に宿る『モノ』の正体を。

何故なら、彼も同じ悲しみを味わった一人だから。

 

少女達は誰も気付いていない。

七年ぶりに帰ってきた目の前の少年が、心に傷を負っていることも。

傍に佇む少年にも同じ傷があることにも。

 

それでいい。

知らない方が幸せだから。

少女達は知らないからこそ笑顔を返すことが出来た。

 

祐一は安心した。

それは言ってみれば、哀しみの安堵。

彼女達の笑顔は『彼女』を思い出させるものではなかった。

ただ、それだけ。だから微笑む。いや、微笑もう。

哀しい微笑みを。

道化でしかない、ガラスの微笑。

 

 

 

 「いつまでもここにいても仕方ありません、中に入りましょう」

 

 

 

一弥の一言で時間が動く。

その言葉はこの場の皆にではなく祐一だけに向けられていた。

 

 

 

 「そうだね」

 

 

 

名雪――祐一が愛した少女によく似た髪の色を持つ――いとこの少女が言った。

玄関先に居た四人がまず中に入り、その後に香里が入る。

祐一は立ち上がると、一弥にだけ聞こえる声で

 

 

 

 「サンキュ」

 

 

 

一弥は微笑み頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

中は広く作られていた。

祐一の記憶に残る水瀬の家とは違っていて。

長い時間の流れ、七年の月日を感じさせる。

 

祐一は靴を脱ぎながら、玄関脇に飾られた写真にふと気付く。

 

 

 

 「この写真、飾ってたのか」

 

 

 

そこにあったのは、七年前に彼がこの土地を去る前に

皆で撮った一枚の写真。

 

祐一を真ん中に、一弥が右隣、舞と佐祐理が二人の後ろ。

名雪が祐一の左隣を勝ち取って。

あゆは人差し指を口に当てて羨ましそうにその後ろに立つ。

香里は右手を頬の辺りに当ててポーズをつけながら一弥の隣で微笑む。

真琴と美汐と栞は祐一の前に三人仲良く座った。

 

写真の中の自分は舞に後ろから抱き着かれていて

恥ずかしそうに笑っていた。

 

 

 

 

何も知らない。

何の恐怖も知らないままに笑っていた。

本当に、幸せそうに――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

祐一の右目から一滴だけ塩味の液体が零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「兄さん」

 

 

 「ん? ああ……。悪いな」

 

 

 「いえ。一つだけ言ってもいいですか?」

 

 

 

一弥は祐一の顔を見ていた。

何かを言おうとする彼の顔は真っ直ぐ自分に向いていた。

『乗り越えた』からこその表情に違いない。

 

 

 

 『自分にこんな顔は出来ない』

 

 

 『未だに過去を引きずる『相沢祐一』という女々しい自分に

  罵倒の言葉でも浴びせてくれるのか?』

 

 

 

昏い期待を込めて祐一は頷く。

今の自分にはそれが一番相応しい。

 

 

 

 

 

一弥は微笑んだ。

 

祐一と同じ様に哀しみを抱えた者。

しかし彼とはどこか違う微笑みで

 

 

 

 「ここは……良い所ですよ」

 

 

 

ただそれだけを言って、一弥は奥のドアへ歩いていった。

 

 

 

一弥の傷も祐一と同じく癒えてはいない。

兄である祐一が一番それを知っている。他の誰よりも。

同じ苦しみを味わった一弥は、怒るわけでもなく、同情するわけでもなかった。

しかしその言葉は祐一の痛みを和らげてくれた。

同じ痛みを持つからこそ伝わる想い。

 

 

 

 「そうかも、な」

 

 

 

祐一は親指で目尻を拭ってその後を追う。

 

彼の胸元で、何かが『キィン』と光った気がした。

 

 

 

 

 

吹き荒ぶ風に、安らぎはなく。

激情の嵐に、静まる時なし。

 

 

 


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