『おかえり、祐一(君・さん)!!!』

 

 

 

彼は戻ってきたのだった。

生まれ育ったこの地に。

この地を離れた時には持っていなかった『強さ』と

未だ癒えぬ『心の傷』を負って――。

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

2/再会

 

 

 

 

 「うおっ!?」

 

 

 

ドアが開くと同時に祐一はその場に尻餅をついた。

突然彼に向かって『何か』が体当たりしてきたのだからそれも仕方ないだろう。

ちなみにそれは人だ。結構痛い。

 

 

 

 「もう……確かにその気持ちも分からなくはないんですけど。

  危ないから止めて下さいよ。姉さん、名雪さん、あゆさん、舞姉さん」

 

 

 

一弥は仕方がないな、とばかりに両手を開いて嘆息する。

姉達の気持ちも解るからだ。

 

 

 

 「ぐお……一弥。立ってないで助けてくれぇ」

 

 

 「そうしてあげたいのはやまやまなんですけどねぇ」

 

 

 

一弥は祐一の口調を真似て場を和ませてみるが

とりあえず彼には手の出しようがなかった。

地面に尻餅をついた祐一にのしかかるように

四人の少女達がくっついているのだ。

手を出すとかえって危険、一弥はそれを理解している。

 

 

 

 「は、離れてくれ……重い」

 

 

 

年頃の少女に向かって言うセリフではないがそれも致し方ない。

何度も繰り返すが祐一は四人の少女にのしかかられているのだから。

 

 

 

 「全く、あなた達は……。祐が苦しがってるじゃないの。

  とりあえずどきなさい。名雪、あゆちゃん……佐祐理さんに舞さんも」

 

 

 

救いの女神が降臨した。

 

 

 

 「う〜、祐一〜」

 

 

 「うぐぅ……祐一君」

 

 

 「あはは〜、祐一さぁん」

 

 

 「えへへ〜、祐一ぃ」

 

 

 

聞いちゃいなかった。

 

 

 

 

駄目だこりゃ。女神は思った。

 

 

情けない。弟は思った。

 

 

お、重い。当事者は思った。

 

 

 

 「どけって言ってるでしょう!!」

 

 

 

女神は怒った。

らちがあかないと思ったからでもあるが、実際のところは

この場にいる人間で唯一彼に抱きついていない女の子だったからだ。

 

 

 

かいつまんで言うならば……「あたしもしたいのにっ!」である。

 

 

 

 『かおりんのいけず〜〜♪♪』

 

 

 

少女達は、祐一にのしかかったまま女神に振り返りハモった。

明らかにからかって愉しんでいる、そんな目だった。

揃いも揃っていい性格をしている。

仲が良いからこそ出来る芸当とも言えるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

プチッ

 

 

 

 

女神の『何か』が切れた。

 

 

 

 「あなた達……、死ニタイ?」

 

 

 

狂気の笑みだったと目撃者は語る。

 

 

 

フルフルフルフルフルフルフルフル!!!!

 

 

 

少女達は一斉に首を振った。

当事者である少年と傍観者であるはずの弟も揃って首を振っていた。

近くを舞っていた季節外れの蝶があおりを喰らって地に落ちた。

合掌。

 

 

 

 

 

 

 

後日、当事者の少年は語る。

 

 

 

 『香里の武器って手甲だよなぁ? なんであの時メリケンサックが見えたんだろう』

 

 

 

その時の彼は遠い目をしていた。

どことなく虚ろに見えたのは気のせいではあるまい。

 

ちなみに見間違いである。

 

その時の女神は何も着けていなかったことをここに注釈しておく。

彼女の持ち物に『それ』がないことも記しておく。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

狂気の女神――香里に睨まれた少女達は一斉に立ち上がり

玄関先にて横一列に整列した。

なんとなく「Yes, Mam!」と言いながら敬礼でもしそうだ。

上官は当然香里だ。

 

ようやく戒めから解き放たれた祐一は改めて少女達を見直した。

直立しながら恐怖のために微かに震える少女達と

腕を組んで今も睨みをきかせている少女の五人。

 

 

 

 

彼がこの地を離れた七年前まで仲良くしていた幼馴染の顔。

 

 

 

 『綺麗になった』

 

 

 

彼女達に対する祐一の正直な感想だった。

恥ずかしくて口には出せないが、七年の時を経て再会した少女達は

間違いなく美少女になっていた。

もしかしたらこの中の誰かに一目惚れしていたかもしれない。

いや、むしろ女たらしな発想だが、全員を好きになっていたのかもしれない。

 

彼女達にはそれだけの魅力がある、そう実感した。

 

 

 

哀しい恋を経験していなかったのなら――――――――――。

 

 

 

未だに彼女を忘れていない祐一に、彼女達を求める資格はない。

だが、彼女を忘れることは出来ない。

魂に刻んだ哀しみも、燃えるような怒りも、癒された笑顔も。

何もかもが忘れられない思い出。

 

 

強くなるために、剣を執った。

復讐のために、修羅と化した。

哀しみを忘れるために、両手を血に染めた。

 

 

風は暴風となって怒りを顕現させ、後には何も残らなかった。

得たものは戦友と、呆れ返る程に意味の無い強さ。

 

 

 


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