彼の名は相沢祐一。

日本で唯一の帰還者対策組織『デモンデトネイター』(通称DD)に所属する

神器『青龍』を冠する男。

 

 

 

DDに属するエージェントは、エスペランサと呼ばれる。

より強い力、より強い意思、【永遠】に抗うだけの資質を備えた者達。

そんな彼らを通称、DDEと呼ぶ。

 

 

 

日本という国に帰還者対策組織が出来て久しい。

過去には阿部清明が所属したと言われる陰陽寮がその原型と云われる。

長い年月を経て組織は『デモンデトネイター』。

すなわち――『魔を撃退する者』と呼ばれるようになった。

 

 

 

日夜帰還者の脅威から人々を守る。

それがDDの役目である。

よって自然と優秀な者が集うようになり、いつしか英雄と呼ばれ始める。

 

 

 

 

『神器』とは、代々のDDE(デモンデトネイターエスペランサ)の中から

選ばれる最強の実力者の称号。

『青龍』『朱雀』『白虎』『玄武』『大蛇』という僅か5人の戦士。

 

 

 

 

天空を統べ、世界を見下ろす巨大な龍神『青龍』。

 

大空を舞い、安息と希望をもたらす鳳凰『朱雀』。

 

大地を駆り、絶望を打ち破る大いなる獣神『白虎』。

 

大海を護り、心の穢れすら浄化せしめん甲竜『玄武』。

 

破壊を司り、異端なる力を振るいし蛇王『大蛇』。

 

 

 

 

五つの聖獣に選ばれた最強の戦士、神器。

 

相沢祐一、彼はその一人である。

 

 

 

 

 

Eternal Snow

1/はじまり

 

 

 

 

 

 「それにしても……寒いな」

 

 

 

祐一は命令通りに冬実市へとやって来ていた。

その名が表すように、この土地は非常に寒い。

今は9月だが、ここまで寒いとこれから先どうなるのだろうと祐一は考えていた。

 

とは言っても彼にとってはこの寒さ自体は初めてではないのだ。

ここには戦友である朱雀や白虎の家もあるし、何より彼自身

昔はこの土地に住んでいたのだから。

 

今の自分の職業になってからは離れていたが。

 

 

 

 

『日本という国に帰還者対策組織が出来て久しい。

 過去には安倍清明が所属したと言われる陰陽寮がその原型と云われる。

 長い年月を経て組織は『デモンデトネイター』。

 すなわち――『魔を撃退する者』と呼ばれるようになった』

 

 

 

 

たった今述べたその一節。

DDは日本で最強。それは通説である。

しかし、誰にでも苦手なものはあるもので。

 

 

 

 

例えば戦友兼弟分である『白虎』、彼は姉が苦手だ。

本人曰く「嫌い」というわけでは決して無いらしい。

彼自身姉を尊敬もしているし、素晴らしい女性だと思っているのだが

自分に対して少々過保護気味なところがあるために苦手意識があるのだという。

 

 

 

 

『玄武』は『白虎』とは対照的に妹が苦手だ。

妹と言っても血の繋がりはなく、所謂『義妹』なのだが……。

兄の体たらくに比べて非常に優秀で、笑顔で爆弾を投下する性格(玄武談)らしい。

 

 

 

 

『朱雀』と『大蛇』は幼馴染と妹に弱い。

本人らの性格自体が変わっていて、常にふざけた発言を繰り返しているが

朱雀の場合は同い年の幼馴染と妹。

大蛇は同い年と一つ下の幼馴染、そして妹。

彼女達には全く通用せず、逆に辛酸を嘗めさせられているのだという。

(祐一はそんなこと全く信用していないが)

 

 

 

 

そして彼――相沢祐一は寒いのと甘いものが大の苦手だった。

夏が暑い地域にいたのだから無理もない。

格好が軽装であったことが災いした。

あんまり長くいると風邪を引くかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

駅前のロータリーにて迎えを待っている。

そろそろ予定の1時だ。

長官が連絡したので誰が来るのか祐一は知らない。

 

むしろこれから自分がどこで生活するのかも決めてないのだ。

要は行き当たりばったりというやつである。

 

弟分である『白虎』にもよく言われたというのに改善の意識はまるでない。

そこが彼らしいといえばらしいのだが。

 

 

 

 「見つけましたよ、兄さん」

 

 

 

祐一に声が掛けられる。ようやく迎えがきたらしい。

それでも時間通りだ。『ようやく』というのはあくまでも彼の主観である。

祐一は顔を上げた。

 

 

 

 「一弥?」

 

 

 

意外な人物がそこにいた。

 

亜麻色と栗色の中間といった髪の色に、翡翠色に近い瞳。

祐一よりも頭一つ分は低い身長、自然と彼の視点は自分を見上げる形になる。

『格好良い』というよりは『可愛い』という表現が相応しく、

そのイメージは幼い頃から抜けきらない。

祐一に比べれば遥かに童顔な顔立ちの少年。

 

 

 

 「はい、お久しぶりです」

 

 

 

彼の名前は倉田一弥。

この冬実市で育ち、祐一の『弟』ととして彼に懐いていた少年。

そして現在の神器の一人――『白虎』である。

 

 

 

 「お前、もうこっちに来てたのか?」

 

 

 「ん〜、実は姉さんに疑われまして……今年の春から戻ってきてたんですよ」

 

 

 「は? おい、ってことは……宝珠のときも?」

 

 

 

一弥は心苦しそう。

祐一も彼の心の機微を悟る。

 

 

 

 「運悪く……としか言えません。僕はその時ちょうど前任地に行っていましたから」

 

 

 「そうか……んじゃ仕方ないな」

 

 

 

祐一をがっかりさせたと判断した一弥は恐縮そうに彼を見る。

 

 

 

 「すみません」

 

 

 「別にお前が謝ることじゃないさ、浩平とあの人がいても奪われたってことは

  かなりの相手だったんだろう? 俺達がもう一回、いや、壊せば済むことだ」

 

 

 

頼もしい言葉だった。

欲しい言葉、誰も傷つけないという心遣い。

だからこそ、一弥は祐一に憧れていた。

彼とならば、命さえも賭けられる、そう思っているから。

 

祐一はベンチから立ち上がり、ん〜、と背伸びをする。

僅かに固まった各部の関節がコキコキと鳴った。

 

その様子を見た一弥の緊張が薄らぎ、小さくクスッと笑みをこぼした。

 

 

 

 「んで? 俺はどこに行けばいいんだ?」

 

 

 「僕の家に来て頂けると姉さんも喜ぶので、個人的にはそうして貰いたいんですけどね。

  こちらでの兄さんへの指示は全て賢悟さんと秋子さんが担当するとのことです」

 

 

 「てことは、俺は水瀬家に行けばいいんだな?」

 

 

 「そういうことです」

 

 

 

一弥の説明に納得した祐一は軽く腕をグルグルと回す。

ほどよく体がほぐれたのを確認すると荷物を持って歩き出した。

 

 

 

 「兄さん」

 

 

 

何故か呆れ顔の一弥。

溜息を吐いたのを祐一も気づき、不信げに彼を見る。

 

 

 

 「何だ?」

 

 

 「そっちじゃありません」

 

 

 「…………」

 

 

 

みっともなかった。

祐一は無言で一弥に向き直り、ぺこりと頭を下げる。

 

 

 

 「案内よろしくお願いします」

 

 

 

威厳もなにもあったものではない。

一弥はもう一度溜息をついた。

だからこそ憎めない……そんな一面があることも判っているけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一弥を先頭にして道を進む二人。

雑談を交えてお互いの近況報告をする姿は兄弟にも見える。

実際、この二人はお互いを兄弟だと思っているわけでそう見えるのは当然ではある。

 

 

 

 「ところで、浩平のやつはどうしてる?」

 

 

 

話題が移る。

二人の親友にして戦友。

折原浩平――神器『朱雀』その人だ。

 

 

 

 「浩平さんですか? そうですねえ……まぁ、相変わらずですかね」

 

 

 「あ、やっぱり? そんなこったろうとは思ってたけどさ」

 

 

 「会えばわかりますよ、すぐに会えると思いますし」

 

 

 

一弥が笑う。

祐一にはその笑みの意味がよく判らない。

 

 

 

 「兄さんも僕達と同じ学校にいくわけですから」

 

 

 「なにぃ!? 俺、学校行くのか?」

 

 

 「あれ、知らなかったんですか?」

 

 

 「初耳だって」

 

 

 「はぁ……ま、いいじゃないですか。僕は兄さんと一緒に学校行きたいですよ?」

 

 

 「くっ……その目は反則だろ……」

 

 

 

キラキラと光ってるわけでもないが、明らかな期待の色が伺える。

どうやら祐一は一弥には甘いらしい。

だがそれくらい許されるだろう。

何故なら一弥はいつも浩平達に手を焼かされているのだから。

 

 

 

いつも苦労しているというのに一弥がここまで祐一に懐くというのも不思議ではある。

本人がいいと言うならそれもいいかもしれないが。

良く言えば、それだけ祐一を信頼しているのだろう。

 

 

 

 

 

しばらく歩き、一弥は一軒の家の前で足を止める。

祐一に向かって一言。

 

 

 

 「着きました」

 

 

 

目的地への到着を示唆した。

 

 

 

 「……あれ?」

 

 

 

一弥の言葉通り、祐一は無事に水瀬家に着いた。

が、目の前にあるのは彼の記憶にはない建物だった。

いくら七年前とはいえ、そうそう建物の外観まで忘れるほど祐一はバカではない。

 

 

 

 「ここ、誰の家?」

 

 

 

祐一は目を擦って表札を見た。

『水瀬』、間違いなく表札にはそう書かれていた。

 

一弥は苦笑する。

祐一の疑問は手に取るように解るからだ。

 

 

 「そう思うのも無理ないですよね。実際僕も同じこと思いましたし。

  でも間違いなくここは水瀬家です」

 

 

 

その家は祐一の記憶よりも敷地が広くなっていた。

彼の記憶では単なる一戸建てにしか過ぎなかったはずだが、

目の前の家はどう見ても『ただ』の一戸建てではなかった。

普通の一戸建てが4つか5つは入りそうな家である。

 

 

 

 「何? ひょっとして寮にでもしたのか?」

 

 

 

祐一の疑問ももっともだった。

これくらいの広さなら下宿くらいには簡単になる。

 

 

 

  「あ〜、そんな感じですね」

 

 

 

一弥は否定しなかった。

むしろ祐一の言葉に同意すらする。

 

 

 

 「とはいえ、香里さんと栞さんが増えてるくらいですが」

 

 

 「香里と栞? なんで?」

 

 

 「いえ、おじさんとおばさんが海外へ出張することになりまして。

  お二人は日本に残ることになったんですが、その際に秋子さん達が預かったんですよ」

 

 

 

祐一はようやく納得の意を示した。

彼の言ったことは、全くありえない話ではないから。

 

 

 

 「なるほど、賢悟さんと秋子さんなら喜んで了承するだろな」

 

 

 「ええ、家族が増えたって喜んでました」

 

 

 

祐一の脳裏には香里と栞の歓迎パーティをしている水瀬家の面々が浮かんでいた。

そしてそれは概ね正しい。

 

 

 

 「いつまでもここで立っていても仕方ありません、入りましょう。

  皆待ってるんですから」

 

 

 「皆?」

 

 

 

祐一が疑問を投げかけた時には一弥が既にチャイムを鳴らしていた。

 

 

 

 『おかえり!祐一(君・さん)!!!』

 

 

 

笑顔で彼を迎えたのは彼の幼馴染達。

七年という時間を経て再会した、今の彼を『救う』であろう少女達―――――。

 

 

 


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