いつの頃からだろう。

人が絆を失い始めたのは。

恋人・家族・友人。

誰からも忘れられた人間は『永遠』を望んだ。

想像を超えた絶望を味わった者もまた。

現世とよく似た世界。

しかし、『永遠』は永遠に時が過ぎることもなく、永遠に快楽のみを味わえる世界。

死の存在しない――伽藍堂(がらんどう)の世界。

絆を失った人間は皆そこへ行くという。

 

しかし、神でもない人間が『永遠』という根源に辿り着けるはずもない。

『永遠』を垣間見た人間は結局在るべき世界へと戻ってくる。

 

 

 

 

心と、身体を、【異形】に変えて。

 

 

 

 

心を失った『元』人間は人々を襲った。

自分が失った『絆』を持つ人々を妬み、殺し、同胞を増やした。

いつの頃からか、『帰還者』と彼らは呼ばれるようになった。

畏怖と純粋な怒りを込めて。

 

人々は学んだ。

自分達が帰還者と戦う術を。

長い年月を経て、人々は力を手に入れた。

人であるならば本来使うことのできないはずの

超能力と呼ばれる力を。

 

しかし、それは誰にでも使えたわけではなかった。

人智を超えた力を扱えたのは極一部の人間だけ。

 

戦いは人類の劣勢が続いていた。

人類が滅びなかったのはひとえに『超越主』の存在があったからだろう。

人とは違う力、人にあらざる力。

彼らは帰還者と戦う力を持つ唯一の存在だった。

人を超えし、人を救う存在。

彼らには人と大きく異なる点がたった一つだけあった。

 

 

 

――――――――『翼』。

 

 

 

背に生えたその翼は、見る者の心を鼓舞する。

やがてそれは大きなうねりとなり、次第に形成は逆転してゆく。

人は彼らを『天の使い』――――――『翼人』と呼んだ。

 

 

 

彼らにも限界は訪れる。

いくら強くても、翼人も人間であることに変わりは無かったのだから。

 

 

 

非力なる人類。

それでも人々の努力は更に続く。

 

自らの命を守るために戦い方を学んだ。

剣や銃や槍や斧。

帰還者を倒すための力を学んでいったのだった。

 

 

 

 

 

翼人は長い時を経て滅びの道を辿る。

諸刃の刃とはよく言ったものだ。

彼らは人々が強くなるのを見届ける前に絶滅したという。

 

 

 

 『人類は強くなるのが遅すぎた』

 

 

 

人類は友の仇を執るために武器を持つ。

長い、永い時間を掛けて、人類は生存の道を歩む。

 

しかし、帰還者との戦いが止むことはなかった。

人が存在する限り、絆が無くなる限り、『還ってきた者』は人を襲うのだから。

 

 

 

 

永久なる悪循環Permanently a vicious circle

 

 

終わることの無い輪舞ENDLESS・WALZ

 

 

 

 

そして現在も人々は戦っていた。

平和という束の間の奇跡がいつか訪れることを信じて。

 

 

 

 

『永遠』の終わりEternal a person's deathが来ることを―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

0/開演

 

 

 

 「冬実市へ?」

 

 

 

少年がそこにいた。

彼の名前は相沢 祐一。

弱冠17歳にして『DD』の一員となった腕の持ち主である。

 

鳶色とも、薄茶色ともいえる髪の色と瞳。

嫌味にならない程度に整った顔。

身長は170cm半ばくらいであろうか、僅かに痩身とも見える体つき。

服の下に隠れたその肉体が戦闘のために鍛えられたとはとても思えない。

どこにでも居そうな高校生、それが彼の外見である。

 

 

 

 

『DD』――それは帰還者を撃退するためだけに結成された組織の名。

 

 

 

 

 

 「何故です? あそこには浩平がいます。

  いくらなんでも俺まで行く必要はないはずですよ」

 

 

 

祐一はデスクに座る自分の上司――『DD』の長官に向かって言葉を投げかけた。

恰幅の良い初老の男性。

老とは言ってもスーツに身を包んだその姿は未だ現役と言っても通じそうで

蓄えた白髭はどこか凛々しさがあった。

その風格は決して祐一には真似できるはずがない。

 

 

 

 「確かに君の言う通りだ。本来なら折原 浩平――『朱雀』一人居れば十分だろうな」

 

 

 

長官は自慢の髭を擦る。

 

 

 

 「しかしこれは決まったことなのだ。既に君だけではなく、白虎に玄武。

  大蛇にも同様の通達が行っている」

 

 

 

祐一は驚愕の表情を顔面に浮かべる。

目の前に居る人物の発言があまりに意外だったから。

 

 

 

 「ちょ! どういうことです! 俺だけじゃなく一弥達まで!? 

  しかも神器全員……一体何があるっていうんです?」

 

 

 

長官は軽く目を伏せ、両手を組み、口元へ運んだ。

そして大きく溜息をつく。

 

 

 

 「君ならばこう説明した方が早いだろう……『賢者の宝珠が奪われた』とね」

 

 

 

その言葉は祐一にとって大きな衝撃を与えた。

いや、祐一でなくても、賢者を知っている者ならば同じ反応をしただろう。

先程の異動命令なぞ気にもならない。

 

 

 

 「馬鹿な! 賢者……あの人がやられたっていうんですか!?」

 

 

 「いや、彼が死んだわけではない。あそこには朱雀もいるからな。

  人命被害そのものは皆無だ……が、宝珠はなくなった」

 

 

 「そんな……」

 

 

 

祐一はデスクに手を置き、頭を軽く振った。

 

 

 

 「不幸中の幸いだったよ。賢者が所有していた宝珠は未だ『原石』だったのだ」

 

 

 「『輝石』ではなかった……なら、今すぐ危険というわけではないのですね?」

 

 

 「うむ。報告によればその宝珠は『月』だったらしい」

 

 

 「……何にせよ、俺達が行く必要がある、と」

 

 

 

得心したとばかりに身体を起こす祐一。

“まだやれることが残っている”、そんな決意を秘めた眼差し。

 

 

 

 「行ってくれるね?」

 

 

 「ええ。お任せください」

 

 

 

そして彼は長官の下を辞した。

 

 

 

 

 

彼の名は相沢祐一。

日本で唯一の帰還者対策組織『デモンデトネイター』(通称DD)に所属。

その中でも選ばれし戦士にのみ与えられる幻の称号――『神器』。

その一つである、『青龍』を冠する男。

 

 

 

 

 

――――――心に傷持つ『神器』の一人。

 

 

 

 

 『祐一殿……余と遊びに行かぬか?』

 

 

 『祐一殿、――愛しておるぞ

 

 

 『祐一ど……いや、祐一っ』

 

 

 

 

 

 

――――――その胸に宿る大きな悲しみ

 

 

――――――心を蝕む、深き復讐の念

 

 

――――――未だ晴れぬ昏き悔恨

 

 

 

 

 

 

全てはこの物語が語ってくれる。

彼の行く末、彼らの運命。

 

 

 

 

宿命という闘いの果てに遺るものは一体何か? 

それはまだ、誰も知らない。

 

 

 


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