Eternal Snow

25/おてんこ旋風警戒中!

 

 

 

 「…………またあんな所行っちゃった……もう」

 

 

 

音夢は大きく溜息をついた。

右手に持った缶コーヒーがやけに冷たく感じる。

あれから既に一時間も経っていた。

そう、純一の客だという『白河さやか』に会ってから。

 

 

 

 「大体、名前聞いただけでそれ以外素性がちっともわからないし」

 

 

 

妙にいらいらしてしまう。

それは彼女――『さやか』があまりに美人だからだろう。

だが何よりこの不快感を生み出しているのは紛れもなく――

 

 

 

 「音夢ちゃ〜ん、やっほ〜」

 

 

 「音夢せんぱ〜い、やっほ〜、ですっ」

 

 

 「二人して何やってるの!」

 

 

 「日向ぼっこ」

 

 

 「です〜」

 

 

 

 

――――――あの二人の“のーてんきっぷり”に相違ない。

 

 

 

 「だから〜っ! なんで日向ぼっこなんてしてるのっ」

 

 

 「それはあれだよ〜、音夢ちゃん。

  今日はこんなにあったかいんだもん、絶好の日向ぼっこ日和だよ〜」

 

 

 「そうですよ〜。さやかさんの言う通りですよ〜、音夢先輩。

  一緒に日向ぼっこしましょう〜」

 

 

 「美春まで……もぅ!」

 

 

 

彼女の放つおてんこほんわかオ〜ラに毒された美春は音夢の忠実なわんこではなく、

さやかの忠実なわんこと化してしまっていた。

恐るべし、おてんこほんわかオ〜ラ。

恐るべし、おてんこ旋風。

 

 

 

 「……本当にこの人が兄さんの知り合いなの……?」

 

 

 

音夢は人知れず呟いた。

 

 

 


 

 

 

 「意外に見当たらないもんですね」

 

 

 「全く、いくつになっても変わらないんですから……あの人は」

 

 

 

二人は島中を歩き回っていた。

しかしこれがなかなか成果をあげてくれない。

 

無駄に食う時間を少しでも紛らわせようと純一が口を開いた。

 

 

 

 「蒼司さんとさやかさんっていつ頃からの知り合いでしたっけ?」

 

 

 「ん? 僕とさやか先輩ですか……そうですねぇ、僕が律先生の美術講に通うように

  なってですから……中学二年くらいですか」

 

 

 

さやかの父『白河 律』。

二人の絵の師匠にして、蒼司に『あること』を指南した人物である。

 

 

 

 「あ、そういえば蒼司さんって絵も描くんでしたよね」

 

 

 「あはは、まぁ、一応趣味ですから。

  実際のところ機工術の方が向いてましたけど。

  先輩もそうですけど、僕より全然上手いですからね、あの人の絵は」

 

 

 「前にお世話になっていた頃何回か見たことありますけど、なんで画家に

  ならなかったんですか、お二人とも? 少なくとも俺は上手いと思いましたよ」

 

 

 「ありがとう。昔は僕もそう思ったんですけどね。

  律先生に一度あの人の作品を見せられてから、

  僕の興味は機工術に移っていきましたから。

  先輩はお母さんである恭子さんの期待に応えてDDEを目指しましたし」

 

 

 

機工術師――判りやすく説明すると鍛冶職と同義である。

武器や防具など、帰還者との戦いに使われる道具を作り出す職人。

但し、鍛冶師とは大きく違う点がある。

それは、『魔装具』を作ることができる点だ。

 

 

『魔装具』――道具に特殊な宝石や加工を施すことで『能力』に酷似した

力を発揮する装備品である。

DDでも所属する多くのエージェントが魔装具を使用している。

 

この礼儀正しい好青年、上代蒼司は日本でも五指に入る機工術師。

人は見かけに寄らない。

白河律は、表向きには画家であるが、その実、蒼司に機工術のノウハウを指南した

日本最高の機工術師であった。

 

 

 

 「なるほど……それにしても凄い才能ですよね。

  蒼司さんは機工術師としてトップクラスの腕ですし、

  さやかさんは何せAクラス……いえ、G.Aなんですから」

 

 

 

そう、二人を困らせる『白河さやか』は、DDでも極一部のエージェントしか

持っていないAクラスのライセンスを所持し、

尚且つその中でもトップレベルの実力者なのである。

『グレイテスト・エージェント』の称号を持つ、正に超一流の存在。

全くもって人は見かけに寄らない。

 

純一のその言葉に苦笑いする蒼司。

 

 

 

 「純一君、それを言うのなら君もでしょう? 

  君が僕たちの所へ来て、さやか先輩の弟子になって。

  たった二年で君は神器になった。言ってみれば、師匠である先輩を超えたんです。

  努力だけじゃその境地には辿り着けない。

  僕と先輩に才能があるというなら、それは君にも言えることですよ」

 

 

 「……それはそうかもしれません。でも、俺は……」

 

 

 

純一の顔が曇る。

 

 

 

 「美咲さん……ですか」

 

 

 「……はい、そうです」

 

 

 「純一君、僕にはさやか先輩という恋人がいる。少なくとも君より幸せです。

  だから君の気持ちを全て理解してあげられない。

  でも、純一君? 君は何のために今も戦うんですか?」

 

 

「え?」

 

 

「復讐、それも充分な理由です。彼女を葬った相手を殺す。なら、その後は? 

  ……僕を殴ってくれても構いません。酷な言い方ですが、

  死んでしまったあの少女は二度と君の元には戻らない」

 

 

 「っ!」

 

 

 「来世があるのなら、そこで出会えるかもしれない。

  けれど、今の純一君が会うことは不可能でしか、ない。

  今の純一君の幸せはどうなりますか? 

  君は『今』の自分自身の幸せを求めてもいいのですよ?」

 

 

 

蒼司の言葉は純一の心に深く響く。

彼の表情が歪みを生む。

 

 

 

 「蒼司さん……俺は、美咲が……」

 

 

 「忘れろ、なんて言いません。ただ、純一君には未来がある。

  たった16年しか生きていない。これから色々な出会いがありますよ。

  彼女の思い出を忘れずに、未来に目をやることも必要です。

  ……すみません、偉そうなことを」

 

 

 「……いいえ。そういうことを言ってくれるのは蒼司さんだけですから。

  本当にありがとうございます」

 

 

 

純一は深く、深くお辞儀をした。

伏せられていた彼の瞳には涙の粒が光っていた。

 

 

 

 「さっ、顔を上げてください。さやか先輩を探さないと」

 

 

 「そうっすね」

 

 

 

純一の瞳は澄み切っていた。

何らかの壁を乗り越えたような、そんな澄んだ色をしていた。

少しでも彼の重みを解きたいと思う蒼司は、その表情を微笑ましく見守る。

 

 

 

 「あれ……?」

 

 

 「どうかしたのかな?」

 

 

 

純一がふと立ち止まる。

その視線は道の先、二人組みの少女達に向いていた。

 

 

 

 「いえ、俺の友達がいたもんで……おーい、眞子〜、萌先輩〜」

 

 

 「?……朝倉か……」

 

 

 「朝倉君、こんにちは」

 

 

 

何故かげっそりとしている眞子と、いつもの如く“ほわほわ”な様子の萌。

 

 

 

 「ど、どうしたんだ眞子、随分やつれているというか疲れているというか……」

 

 

 「さっき、ちょっと……お姉ちゃんみたいなテンションの人と会ってさ。

  自由奔放っていうか、おてんこというか……はぁ。

  ま、とにかくお姉ちゃんみたいな人が他にもいたのよ」

 

 

 「はい〜。とっても楽しかったです〜。ね、眞子ちゃん」

 

 

 「あたしは全然楽しくなかったわよ……」

 

 

 

純一と蒼司は目線を合わせ、同時に頷いた。

どうやら『彼女』は辺りに被害を及ぼし始めているらしい。

 

……どうせ本人に自覚はないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、さやか一行は。

 

 

 

 「あ♪ あのクレープ美味しそう〜〜」

 

 

 「初音島名物バナナクレープですっ! バナナの甘味が堪らないんですよぉ〜♪」

 

 

 「……食べたら太るわよ、美春?」

 

 

 

それなりに楽しんでいるらしかった。

 

 

 


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