Eternal Snow

24/訪問? 襲来! in初音島

 

 

 

初音島は本州から僅かに離れた離島である。

そんな立地であるから、本州と島を結ぶ定期船は一日に何本もある。

物資の輸送、散らない桜を見る目的の観光者しかり。

特に観光客が多い、特に売り出しているわけでもないが

やはり一年中咲いている桜は珍しいのだろう。

 

 

 

 「到着、到着〜」

 

 

 

黒いワンピースを纏い、長く伸ばした黒髪に映える白い帽子が

似合う美女が初音島に降り立った。

 

 

 

 「お願いですから、勝手に動き回らないで……って、もういないし」

 

 

 「蒼司く〜ん、早く早く〜」

 

 

 

……嫌な予感が止まらない。

災厄という名前の向日葵がそこにやってきた。

 

 

 

 

 

 

――――――純一は暇だった。

 

 

 

 

 

大会休みで今日と明日は学園に行く必要がない。

DDへの定時報告は三日前に済ませたばかりだ。

音夢は美春と一緒に朝から出かけている。

隣に住むさくらは学園の用事でいない。

完全に暇であった。

やることもない。

 

 

 

 「……………………暇過ぎる」

 

 

 

ソファーに寝っ転がりながら彼は呟いた。

時計を眺めるともうすぐ昼。

 

 

 

 「飯でも食いに行くか……」

 

 

 

実にかったるそうな声で、渋々と家を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

純一は基本的に不精者である。

実のところ料理や洗濯、その他家事は苦手ではない。

単に料理以外のスキルが特化している音夢のおかげで目立たないだけ。

料理をしないのは“かったるい”から。

彼の脳内に昼食を自分で作るという選択肢はない。

故に出かける。

 

 

 

 「何食うかな〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――音夢と美春は二人仲良く商店街を歩いていた。

 

 

 

 

年頃の女の子らしくアクセサリーを見たり、服飾を見て回ったり。

 

 

 

 「……兄さん、ちゃんとご飯食べてるかなぁ」

 

 

 「音夢先輩、朝倉先輩子供じゃないんですよ? 

  ほんっと音夢先輩って朝倉先輩の奥さんみたいですよね〜。

  兄と妹、禁断の愛! 美春的にはオッケーですっ!」

 

 

 「もう! 美春〜っ」

 

 

 「あははははっ」

 

 

 

真っ赤になった音夢が美春に迫る。

美春は捕まるものかと走り回る。

そんないつもの光景だった。

 

 

 

 「……はわっ!」

 

 

 

 

 

――――――美春がその人物にぶつかるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 「す、すみませんです! ごめんなさい!」

 

 

 「美春、もう! すみません、怪我はありませんか?」

 

 

 

美春と音夢は即座に謝る。

相手の顔を確かめる間もなく。

 

 

 

 「はう〜。いいえ、大丈夫です。貴方は?」

 

 

 

女性だった。

黒いワンピース、白い帽子に映える黒い長髪。

音夢や美春よりも年上だろう。

二人のように発展途上の美少女ではなく、美女と言って差し支えの無い

完成された美しさ。

世の男性が放っておかないだろう。

それほどの美人であった。

 

 

 

 「い、いえいえ! 美春は頑丈なのが取り得ですからっ」

 

 

 「それは良かった……貴方達ここに住んでる人ですか?」

 

 

 

女性が美春と音夢に問い掛けた。

 

 

美春と同じくにダメージを受けている様子もない。

頑丈なのはこの人も同じらしい。

結構勢いよくぶつかったのに平然としている。

……何者であろうか。

見た目は深窓の令嬢といった感じだが。

 

 

 

 

 「え、あ、はい。何か御用ですか?」

 

 

 「実はちょっと道を訊きたいんですけど……」

 

 

 

女性は音夢の態度に負けないほど丁寧な態度だった。

 

 

 

 (道に迷ったのかな?)

 

 

 

音夢は失礼に当たるかと思い、心の中で呟く。

 

 

 

 「迷子になったんですか?」

 

 

 

隣の美春は何も考えずに率直に訊いた。

音夢は心の中で頭を抱えた。

思っても口に出さないのが礼儀というものだ。

 

 

 

 「いえ、道に迷ったんです」

 

 

 

女性は即答し、言い切った。

まるでマニュアルにそう書かれているとばかりに。

 

 

 

 「? 迷子なんですよね?」

 

 

 

美春は首を傾げる。

音夢も首を傾げる。

 

 

 

 「ですから、道に迷ったんです」

 

 

 「だから迷子……」

 

 

 「道に迷ったんですっ!」

 

 

 

女性はこれだけは譲らないとばかりに『道に迷った』と言い張る。

まるで駄々をこねる子供のように。

 

 

 

 「……わかりました。道に迷ったんですね」

 

 

 

このままだといつまでも押し問答が続くだろうと、二人を見かねた音夢が言う。

 

 

 

 「はい」

 

 

 

ようやく頷く女性。

額に手を当て、溜息を吐きながら音夢が訊く。

厄介な人に関わってしまったなぁ、と今更気付いた。

 

 

 

 「それで、どちらに向かっていらっしゃるのですか?」

 

 

 「ええ、実はここに」

 

 

 

女性は懐から一枚の紙切れを取り出し、二人に見せる。

どうやら地図のようだ。

 

 

 

 

 「………………」

 

 

 「………………」

 

 

 

その地図らしきものを見た途端に音夢と美春は黙り込んだ。

 

 

 

 「わかりにくいですよね、この地図」

 

 

 「は……?」

 

 

 「……すっごくわかりやすいと思うんですけど……?」

 

 

 

女性の言葉は、二人が一番予想し得ないものだった。

 

そう、女性の持つ地図は手書きのものらしいのにひどく正確に描かれていた。

はっきり言って市販のものと大差がないほどである。

字が読める子供ならこの地図があれば目的地にしっかり辿り着けるだろう。

“どうやったらこの地図で迷えるんだ?” と戦慄する二人。

よく見ると地図の端に

 

 

 

 『寄り道、買い食いを絶対にしないように!』

 

 

 

とまで書かれている。

まるっきり子供扱いだ、この女性の年が気になる。

少なくとも音夢よりは上だろうに。

 

 

 

 

 「……とにかく、この地図に書かれている場所なんですね」

 

 

 

気を取り直して地図を眺める音夢。

頷く女性。

こうなったら乗りかかった船である。

なんとなく泥舟な気がしないこともないが。

 

音夢はしばらく後に、その予感が正しいことを知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、一体どこなんですか?」

 

 

 

具体的な場所を聞こうと美春が質問する。

地図を見る限りどことなく見覚えがないこともない。

まぁ地元だから、と納得する。

 

しかし、女性の答えに今度こそ二人の動きが止まった。

 

 

 

 「えっとですね、朝倉純一って人の所なんですが……知ってますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――純一は昼食を摂り、当てもなくただ公園を散歩していた。

 

 

 

 

日頃から目的もなくただ散歩する純一にとって

公園は静かでお気に入りだった。

そんな彼に声が掛けられる。

 

 

 

 「すみません、ちょっと訊きたいのですが……」

 

 

 「はい?」

 

 

 

純一が振り向いた先には、一人の青年が立っていた。

若々しくも落ち着いた雰囲気を持つ、優しそうな顔つきの青年。

年の頃は純一よりも上……純一よりも背は高く、放つ雰囲気は一人の男性の風格を持つ。

しかし、傍目から見ても判るほど何故か随分疲れた様子であった。

 

 

 

 「……って、あれ?」

 

 

 

純一はその青年に見覚えがあった。

いや、“見覚えがあった”と言うのは青年に失礼だ。

知り合いも何も、恩人なのだから。

 

 

 

 「蒼司さん!?」

 

 

 「あれ? もしかして純一君かい?」

 

 

 

蒼司と呼ばれた青年が彼の顔を見て驚く。

 

 

 

 「やっぱり! どうしてこんな所にいるんですか?」

 

 

 「あ、いや、用事もあるんですけど。実は先輩と一緒に君に会いに……」

 

 

 

と、そこで蒼司という名の青年が慌てる。

 

 

 

 「そうだ、純一君! さやか先輩を見なかったかな!?」

 

 

 

随分切羽詰まった雰囲気である。

 

 

 

 「……どういうことで…………あぁ……」

 

 

 

純一はそこで全てを悟った。

 

 

 

 「……迷子になったんですね……?」

 

 

 「………………手伝ってくれる、かな?」

 

 

 

二人は沈痛な面持ちで一人の女性――『さやか』とやらの顔を思い浮かべる。

蒼司の疲れきった声と表情を裏切るほど純一は愚かな弟子ではない。

 

 

 

――青年の名前は『上代 蒼司』。

実は純一の師匠の一人であった。

 

 

 

 

 「ええ……。ほんっとうにいつもご苦労さまです、蒼司さん」

 

 

 「有難う……。そう言ってくれるのは君だけです……」

 

 

 

純一と蒼司の二人は揃って大きく深く溜息を吐いた。

純一はその時初めて、蒼司の顔が疲れている原因を知るのだった。

気を取り直した二人は『さやか』という女性の捜索を始めることにした。

 

 

 

 「とりあえず……どうしますか?」

 

 

 「……一応ここの地図は僕が書いて渡してあるんですけどね」

 

 

 

純一はより一層気が滅入った。

蒼司は『一応』と言ったが、彼の『一応』というのが世間一般で見れば

『完璧』とほぼ同意であることを純一は知っていたからだ。

見たわけではないが、彼の地図の出来は見事であろう、容易に想像できた。

 

 

 

 「なんで迷うんでしょうね、あの人は……」

 

 

 「あはは……本当、面目ないです。気がついたら、居なくなっていましたから……」

 

 

 「………………そうですか」

 

 

 

やっぱり二人の口からは重い溜息が出てきた。

 

 

 

 「でも、相手は先輩ですから。きっと目立っているはずですね。

  誰か見てるんじゃないでしょうか?」

 

 

 「なるほど。それじゃ聞き込みしましょうか」

 

 

 「そうしましょう」

 

 

 

公園を出ようとした二人の前に、散歩の途中だったらしいことりが現れた。

 

 

 

 「あれ? 朝倉君、こんちわっす」

 

 

 「おっ、ことり。ちょうどいい所で会った」

 

 

 「ん、どうかしたの? ……そちらの方は?」

 

 

 

ことりは純一の傍に立つ蒼司を見てから訊ねた。

 

 

 

 「あ、紹介するよ。俺が前にお世話になった人で」

 

 

 「上代蒼司と言います。どうも初めまして」

 

 

 「初めまして。朝倉君の、こ……友達の白河ことりです」

 

 

 

一瞬本音……というか自分の願望を漏らしそうになることり。

その一瞬の躊躇に気付いたのは蒼司だけ。

肝心要の純一本人は、全く以って気付かなかった。

 

 

 

 「宜しくお願いします。……あ」

 

 

 「どうかしましたか?」

 

 

 「蒼司さん?」

 

 

 

蒼司の呟きにことりと純一が首を傾げる。

 

 

 

 「あ、いや、……ことりさんと僕達の探してる人の苗字が一緒だなぁと思いまして」

 

 

 「あ! ……今まで気にしたことなかった」

 

 

 「探してる人……?」

 

 

 「実は俺と蒼司さんは人を探してるんだ。ことりは見なかったか? 

  えっと……そういえばあの人どんな格好してるんですか?」

 

 

 「あ、すみません。黒くて長い髪に、白い帽子で、

  黒いワンピースを着てる女の人なんですが……。

  見た感じの年はことりさんより、少し上くらいですかね? 僕の一つ上なんですけど」

 

 

 

蒼司の言葉に苦笑する純一。

 

 

 

 「さやかさんって美人ですもんね〜。

  まだ高校生って言っても通じるんじゃないですか?」

 

 

 「そう? 無事見つかったら言ってあげてください。きっとさやか先輩喜びます」

 

 

 「……さやか? 私と同じ? ねぇ朝倉君、もしかして朝倉君の探してる人って

  『白河さやか』さん? えっと、確か今年で22歳だったかな?」

 

 

 

これには純一と蒼司の方が目を丸くした。

 

 

 

 「……当たってる。な、なんでそんなこと知ってるんだ?」

 

 

 「だって、さやかちゃんと私、いとこだもん」

 

 

 「……………………」

 

 

 「……………………」

 

 

 

二人の時が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 >「はぁぁぁぁーーーー!!?? ことりとさやかさんがいとこぉぉ!? ……マジで?」

 

 

 「嘘ついても仕方ないよ。でもさやかちゃん来てるの? うわぁ、久しぶりだな〜」

 

 

 

大声を出した純一だったが、ふと考え、納得した。

 

 

 

 (そういえば前からことりって誰かに似てるとは思ってたが……ようやく謎が解けた)

 

 

 

おてんこおてんこな所と言うか……中途半端に和み系な所がそっくりだった。

 

 

 

 「へぇ〜、先輩のいとこなんですか。確かに似てるかもしれませんね、純一君?」

 

 

 「へっ? ああ、そうっすね……どことなく」

 

 

 「え〜。そんなぁ、私さやかちゃんほど美人じゃないし、スタイルもよくないし……」

 

 

 

顔を紅くして両手の人差し指を突っつき合わせることり。

 

 

 

 「そんなことないですよ。ことりさんとっても綺麗ですから」

 

 

 「ええ〜! そんなぁ……お世辞でも照れちゃいますっ」

 

 

 「よかったですね、純一君。

  こんなに綺麗な女の子と友達というのは、それだけで充分嬉しいでしょう?」

 

 

 「そうっすね。FCまであるくらいですから。

  俺なんかが話し掛けるのはとてもとても畏れ多い」

 

 

 「そんなことないよ!」

 

 

 

ことりの突然の大声に驚く純一。

 

 

 

 「お、おい、ことり。なにいきなり大声出してんだよ?」

 

 

 「あ……、ごめんなさい」

 

 

 「こほん。それでことりさん? さやか先輩のこと見ませんでしたか?」

 

 

 

気まずくなりかけたことりの気をそらすために本題に入る蒼司。

彼は気がついた、純一の心には未だに大きな傷があることに。

 

 

 

 (美咲さん……か)

 

 

 

純一の心を縛り付ける復讐の枷に。

 

 

 

 「お役に立てなくてごめんなさい。家から真っ直ぐここまで来たんですけど、

  さやかちゃんは見てないんです」

 

 

 「そうですか。すみませんでしたお時間を取らせてしまって。

  それじゃあ純一君行きましょうか」

 

 

 「あ、はい。んじゃことり、またな」

 

 

 

そうして純一と蒼司は公園を後にした。

『白河さやか捜索隊』の冒険はまだ始まったばかり。

 

 

 

 

――――――次回をお楽しみに♪

 

 

 


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