Eternal Snow

23/開催! 風見学園バトルトーナメント おまけ

 

 

 

目が覚めた。

頭は朦朧として、鏡に映った鼻の頂点はジンジンと僅かに痛む。

ついでに体の節々もズキズキ痛む。

 

……どうやらここは保健室らしい。

救護室に送られなかったということは結構酷い状態だったのだと推察できた。

 

 

 

 「……とりあえず生きてたみたいだな」

 

 

 

純一はベッドから体を起こし、軽く首を回した。

 

 

 

――――――多少自由は利かないが、まぁ戦闘に支障はない。

 

 

 

そう思考している自分の脳にかぶりを振った。

今は学園生徒、DDEではない。

周囲に人の気配はない。

杉並が気配を絶っている様子もない。

 

 

 

 「神器ともあろう俺が眞子の一撃でのされるとはなぁ……ヤキが回ったもんだ」

 

 

 

眼前に迫った彼女の拳が脳裏に再現される。

学生であるというのに見事な一撃だった。

まだまだDDEには遠いとは思うが、将来有望なのは確かだ。

いずれは『爆拳』の名がDDEにも轟くようになるのかもしれない。

 

 

ふと室内の時計に目をやると、既に今日の予定が全て終わっていても

おかしくないほどの時間だった。

太陽も西に傾き始めている。

 

 

 

 「しまった……昼飯食いっぱぐれた……」

 

 

 

彼にとっては成績よりも食事の方が重要らしい。

それも無理からぬことではある。

ことりのことだ、きっと自分の分も用意してくれていただろう。

彼女の料理の腕は素晴らしい。

多分友人たちの中で一番なのではなかろうか? 

ワースト1は義妹の(おせっかいな小姑ともいう)音夢。

 

ついでに彼のこれまでの人生の中で最も料理が上手だったのは

数年前まで師事していた師匠の恋人兼、自分の武器を製作してくれた

精神面の方の師匠である。

 

 

 

くぅー

 

 

 

思い出したらお腹が減った。

眠っていて代謝が低下したとしても、生理現象が起きるのは自然の理。

 

 

 

 「とりあえずここを出るか……」

 

 

 

保健室の扉を開ける。

人がそこに立っていたが、気配を察知しなかった自分に反省する。

杉並にだけ気を向けていたのと、やはり多少の油断があったのだと自己分析を済ませる。

 

 

 

 「む、起きたのか朝倉」

 

 

 「こ、暦先生!?」

 

 

 「何だい、まるで幽霊にでも会ったみたいな顔で……失礼なやつだねぇ」

 

 

 

彼の目の前に立っていたのは、眼鏡をかけた白衣の女性――『白河暦』。

純一の友人、ことりの実姉であり、風見学園の科学担当講師である。

 

 

 

 「す、すいません。と、ところで大会終わりました?」

 

 

 「ん? ああ、さっき終わったよ。優勝戦は三日後だけどね。

  勝ったのは本校三年の、あぁ、あんたに言っても判らないか。三年の男子二人だよ」

 

 

 「……てことは講師代表のさくらは負けたんすね」

 

 

 「あたしの前でぐらい『芳乃先生』って言いな、ったく。残念ながらね。

  準決勝までは残ったから、あたし達の面目は守られたというわけさ」

 

 

 「…………んじゃ後で褒めてやらないと」

 

 

 「そうしてやりな」

 

 

 

純一は暦に一礼するとその場を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本的に大会が終わってしまえば、生徒たちは教室へと戻る。

HRという学校にとって当たり前の儀式が残っているからだ。

 

 

 

 「やばい……ちと本格的に腹が減ってきた……」

 

 

 

純一は教室に向かう傍ら、静かに鳴り出す腹部を押さえて辛そうだ。

 

彼は思う。

 

 

 

 (信じているぞことり! 俺の分の弁当を用意していてくれることをっ)

 

 

 

完全に他力本願な意見であった。

ことりは一言も

 

 

 

 「朝倉君の分作ってきましたよ」

 

 

 

等と言った覚えはないのだから。

自分で作ればいいとは思うのだが。

 

しかし、先ほどといい今といい、純一の中では『ことりが弁当を用意している』

ということで確定しているらしい。

彼女からすれば迷惑な話……でもないだろうが。

 

 

 

 「……というわけで、明日と明後日はお休みだからね〜、

  今日の疲れをちゃんと取るように、これ先生命令だよ。あっ! お兄ちゃ〜ん」

 

 

 

純一が教室に戻るとクラス担任のさくらが

教壇に立ってHRをしているところであった。

彼女は純一の姿を見ると、大きく手を振った。

クラスの面々は僅かに失笑する。

 

 

純一は額に手を当て、心底情けないとばかりにかぶりを振る。

 

 

 

 「さく……芳乃先生。俺のことはいいですからHR続けてください」

 

 

 「もう終わったも〜ん」

 

 

 「…………よ・し・の・せ・ん・せ・い!」

 

 

 「む〜。判ったよぉ〜」

 

 

 「にゃっ」

 

 

 

さくらは不満げに出席簿を手に持つと、教卓の上に座っていたうたまるを頭に載せ、

教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に喧騒が聞こえはじめる。

放課後の打ち合わせをする者達。

急いで帰宅の徒につく者達。

友人と談笑しながら教室に留まる者達。

 

純一たちは3番に属していた。

 

 

 

 「朝倉? どうしたの、まだ回復してない?」

 

 

 

隣の席に座る眞子が気遣わしげに問う。

彼の疲労の原因を作ったのは自分の姉なのだから責任を感じる所があるのだろう。

あえて自分が殴ったということは忘れたらしい。

 

 

 

 「いや、体調は問題ない。ただ……」

 

 

 「ただ?」

 

 

 「腹減った……」

 

 

 「アホか〜〜〜!!!!!!」

 

 

 

眞子の罵声が飛ぶ。

無理もない。

だが純一はしれっとした顔でのたもうた。

 

 

 

 「どっかの誰かに殴られてそれっきり気絶してたもんなぁ〜」

 

 

 「うっ」

 

 

 「朝倉く〜ん、眞子をいじめちゃ駄目だよ」

 

 

 「ええ、全くその通りですね。原因は一応兄さんにあるわけですからっ」

 

 

 

音夢は自分の思い(妄想)通りにいかなかったのが若干不服らしく、眞子の味方につく。

ことりは言わずもがなである。

 

 

 

 「……とにかく腹減ったんだよ。ことり〜、俺の分の弁当あったりしない?」

 

 

 

何度も言うようだが、ことりが純一の分の弁当を作っているというのは

彼自身の中で確定済みの事項らしい。

そしてこんなことを彼女に頼めるのはこの風見学園の中でも彼しかいないのである。

 

やっかみの視線なんて純一が気にするわけもない。

 

 

 

 「あ、うん。用意してあるよ」

 

 

 

そう言って自分の鞄から純一の分と思われる弁当箱を取り出す。

色とりどりのおかずに、桜色のでんぶ、卵そぼろで作られたハートマークのごはん。

…………色々言いたいこともあるだろうが、気にしないで頂きたい。

食する本人が気にしていない様子だから。

 

 

 

 「おお! ことり、ありがたく貰うぜっ」

 

 

 「はい、どうぞ」

 

 

 

ことりは嬉しそうだ。

彼女の笑顔に反比例するように音夢と眞子の表情は硬いが。

 

 

 

パクパクパクパクパクパクパク

 

 

『一粒たりとて残すべからず』と自らに課しているかの如く一心不乱に箸を進める純一。

その横でにこにこと彼を見つめることり。

 

 

 

 「そんなに急いで食べたら詰まるよ、もう」

 

 

 

あらかじめ用意していたらしい水筒を取り出し、紅茶を注ぐ。

やっぱり新婚夫婦の一コマに見えてしまうのは気のせいではないだろう。

 

音夢と眞子はただ歯噛みするしかない。

二人とも自分の料理の腕がイマイチであることを自覚しているから。

約一名、イマイチどころの話ではないが。

 

 

 

 

 

それから5分後、紅茶を飲み満足げな純一と

それを甲斐甲斐しく世話することりが仲良く教室を出て行った。

音夢と眞子は放って置かれた。

色々無駄なことを考えていたのが敗因だ。

 

 

 

 (今日は私が手料理ご馳走しようっと……そして兄さんは私に……ウフフフフ)

 

 

 (……今度朝倉のことデートに誘おうかな。こないだ映画のチケット手に入ったし)

 

 

 

叶うかどうかも判らないことを考えるよりも、ことりの様に直接行動した方が得である。

ちなみに音夢の妄想は純一の抵抗により失敗したことを記しておく。

 

 

 


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