Eternal Snow

21/開催! 風見学園バトルトーナメント その2

 

 

 

薙ぐ。突く。斬る。殴る。

跳ぶ。防ぐ。叩く。撃つ。

 

 

繰り出される連撃。一撃。

放たれる光。炎。

舞い散る火花。

 

 

流石はDDE養成校。

生徒たちの腕は一般の学生とは比較することさえ失礼極まりない。

ここまで苛烈な戦いを繰り広げる学生が他にいるだろうか?

 

 

 

攻撃を放ち、流し、防ぎ、反撃し、耐え、防ぎ、放ち、流し、防ぐ。

 

 

 

勝者と敗者。勝つ者あれば負ける者あり。

光と影。試合には相反する二つの姿がある。

栄光と挫折。這い上がる者、諦める者。

 

彼らはこうして自らを鍛え、互いを称え、完成されていくのである。

そう、学園の誰もが憧れるDDEへと。

 

その瞳は誰もが夢に輝いている。

 

今は弱くてもいつか、と願う者。

切磋琢磨し、いつでも入団できる程の実力を持つ者。

 

夢を求め、それに向かって邁進する少年少女達の何と美しいことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どわあああぁぁぁっっっっ、も、萌せんぱいーーっ!!!!!!!!」

 

 

 「く〜、逃げちゃ駄目ですよぉ――朝……倉、君♪……ふみゅ〜〜ん」

 

 

 「だから試合中に寝るなあああぁぁぁぁAAAAAA!!!!」

 

 

 

……一部例外もいるらしいのだが。

 

 

 

現在Cリングでは本校一年、【ランクC2】朝倉純一と 

本校二年【ランクB2】水越萌 の戦いが繰り広げられていた。

 

【非公式新聞部主催 極秘裏トトカルチョ】のオッズでは

9.5:1.3で水越萌の圧倒的優勢となっていた。

 

ランクを見る限りそれはまぁ妥当な数字であったと言える。

朝倉純一という少年は学年でも最低と呼ばれる程『弱い』。

組み手の成績は45戦2勝43敗。

……これは一ヶ月の通算成績で一番マシだった時の値である。

 

 

 

『意味なし能力者』・『水越萌を起こせる男』・『音楽室に入れる部外者』

『白河ことり攻略最大の壁』『風紀委員会のわんこの飼い主』・『非公式新聞部の最終兵器』

『芳乃先生のお守り役』・『学園一のシスコン』・『全校男子の敵』。

 

 

 

数々の異名を持つ彼には、もう一つの異名があった。

それは『学園最弱のめんどくさがり』である。

 

朝倉純一、彼は弱かった。

そりゃもうどうしようもなく弱かった。

双子の妹(と周囲にはなっている)の音夢はあれだけ優秀なのに。

関係者は皆頭を悩ませた。

ちなみに当の妹も悩んだ。

 

悩んだが故に兄に厳しく当たるのだが……それは愛の鞭としておこう。

その度に兄は苦しんでいるようではあるが。些細なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

水越萌。

『一年最強』との呼び声も高い、あの水越眞子の実姉である。

彼女は弱くはなかった。

むしろ強い部類に入るはずだった。

彼女の持つ能力――『境界』は

“自らの足元から周囲に特殊な空間を生みその空間内に様々な効果を及ぼす” という

使い方によっては実に強力な能力なのだから。

 

 

 

 

しかし、彼女はランクのわりにはあまり強くなかった。

その理由は――彼女の『寝る』癖である。

 

普段から歩きながらでも眠ることの出来る彼女は

例え『戦闘中』でも平気で寝た。

 

故に対戦相手にその隙を突かれ、彼女は実力がありながら

勝つことが出来ないという悪循環に陥っていた。

まぁ、自業自得だが。

死なないのは実戦でないからに過ぎない。

 

 

そんな彼らだが一回戦の中では最も熾烈な試合を行っていた。

水越萌が数年に一度だけ突入するという達人の域

『トランスモード』に辿り着いてしまったから。

 

 

 

 

 

 

今の萌はバーサーカーよりもタチが悪かった。

 

 

 

自分の精神力が多大に消耗される『消滅境界』を発生させ、

純一を亡き者にしようとする萌。

 

『消滅境界』に触れた者は跡形もなく消えてしまう。

萌の持つ最強にして禁断の奥義である。

 

シャレになってなかった。

彼女の武器である一対のバトン。

接近戦でしか役に立たないが今は関係がなかった。

『走るだけ』で充分過ぎるほど脅威なのだから。

 

リング中を駆け回り逃げ続ける彼を馬鹿にする者は一人もいなかった。

だって触れたら死ぬんだもん。

幸運だったのはあまりに消耗が激しいために

効果範囲が周辺1m程度しかないということだろうか。

 

しかし彼の不利は変わらない。

下手に近づけば境界の餌食、逃げ続けてもまるで

酔っ払ったバーサーカーのように(バーサーカーって酔うのか?)追いかけてくる。

 

 

 

 (これなら帰還者の大群と戦った方が幾分もマシだ!!!)

 

 

 

そう思うのも無理はない、手を出せるのと出せないのとでは雲泥の差。

純一は心の中で絶叫した。

流石に口に出すわけにもいかない。

 

萌は、普段の動きは何だ!? と全員が言いたくなる俊敏な動きで

走り続ける純一を的確に追い詰める。

 

純一が右に逃げれば右に。

左に逃げれば左に。

フェイントをかけて逃げた瞬間、彼の眼前1m30cmに迫ってきた時は

流石に命が無くなる覚悟を決めた。

 

 

 

 (美咲、俺も今そっち行くかも……)

 

 

 

 「く〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 

寝ながら襲ってくる年上の美少女。

言葉だけならどんなに魅惑的で煽情的であろうか。

命懸けではそんなことどうでもいいに決まっている。

誰しも命の方が大事だ。

 

誰も気がついていない。

今の純一の動きがどれだけ俊敏であるかを。

既にA・B・Dリングの選手達は避難しているのだが、皆、萌の隠された実力に

目を奪われ、更なる脅威に気がついていないのだった。

 

降参したかった。

でも出来なかった。

審判も既に消えてるし、一瞬でも立ち止まろうものなら

その隙に迫ってくるのは確実だから。

 

今の純一は通常時で出せる全力の動きを持ってして萌の猛攻を退けていた。

本当、誰も気がつかないのが不思議なくらい。

 

 

 

 (ちょ待てぇ! 今の俺はA3程度の動きは楽勝にこなしてるんだぞ!? 

  それでこんなに追い込まれるだと!? 何処の誰だ!! 

  萌先輩のランクをBなんてつけた馬鹿は!!?? 

  後で調べ上げて取っちめてやるからなぁ!!! つーか死ぬ死ぬっ。

  萌先輩、DDでもやってけるって絶対ぃ! 

  『消滅境界』って舞人さんのアルティネ、って!! うおおおおぉぉぉっっっ!!!)

 

 

 

純一のスニーカーの紐が緩み、その先端が境界に触れ、見事に消えた。

それはもう跡形もなく。

 

 

 

 (……まぁいいかぁ。死んだら美咲に逢えるもんなあ、待ってろよ美咲ぃ♪)

 

 

 

純一の意識はどっかに飛んで逝った。

現実逃避したのはいつ以来であろう? 

それくらい前のことだった。

 

 

 

 (美咲〜♪)

 

 

 

帰還者との戦いとは違った意味で感じる濃密な死の気配。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――目の前に『寝たまま』の萌が迫ったその瞬間、彼女の『目が開いた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はえ〜? 朝倉君?」

 

 

 

 

彼女が元に戻ったのだった。

 

情けないと言うことなかれ、純一は腰が抜けた。

だが、誰もが彼に暖かな拍手を与えた。

音夢もさくらもことりも眞子も美春もうたまるも泣いていた。

 

純一は目の前が真っ白になっていくのを自覚しながら、高く、そう、高く右手を挙げた。

そして宣言する。

 

 

 

 「ギブアップ……」

 

 

 

辺りにはこの日一番の歓声と拍手が響き渡った。

誰もが彼に祝辞の意志を投げかける。

今日の英雄は間違い無く純一であった。

 

 

 

 「え? え? どういうことですか〜〜〜?」

 

 

 

状況を全く理解できない者が一人だけいた。

そりゃあ寝ていたのだから無理もない。

余談だが、この試合に限りトトカルチョの賞金は全生徒に公平に分配されたという。

 

 

 


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