Eternal Snow

20/開催! 風見学園バトルトーナメント その1

 

 

 

日本に三箇所しかないDDEの養成校である七星・風見・桜坂学園には

定期的に開催されている『武術会』という行事がある。

これは生徒たちの実力を測る目的とDDへの入団を円滑に進めるための

アピールの場でもあるため、生徒たちの士気は高く、どの学園でも

学生とは思えぬ程のハイレベルな戦いが繰り広げられるのだ。

 

風見学園では一ヶ月ぶりのトーナメント開催にいやがおうにも盛り上がっていた。

……ただ一人、純一を除いて。

 

 

 

 「どうしたんですか兄さん、随分と元気がないですね」

 

 

 「……元気が出ると思うのか?」

 

 

 

基本的に彼にやる気というものは存在しない。

侮っていないと言えば嘘になるが、それ以上に面倒だと解っているから。

 

 

 

 「その気持ちは判らなくも無いですけど、原因は兄さんの努力が

  足りないからじゃないですか」

 

 

 「うぐ、それを言われると……」

 

 

 

黙り込む純一だが、『努力が足りない』とは知らないからこそ言える言葉だ。

彼が努力をしないなどと、聞く人が聞いたら激昂するのは間違い無い。

 

 

 

 「でしょう? 憂鬱になりたくないのでしたらもう少し頑張ることですね」

 

 

 

オホホホと去り際に捨て台詞を残し、音夢は眞子やことりの所へと歩いていった。

 

 

 

 「ったく、音夢のやつ」

 

 

 「まぁ、朝倉妹は優秀だからな。兄のお前が弱いというのが解せんのだろう」

 

 

 「だからいつも言ってるだろう、人の後ろに立って気配を絶つな、と」

 

 

 

杉並はやれやれとばかりに両手を振った。

 

 

 

 「そうは言うがな、朝倉くらいのものだぞ。

  俺が気配を絶って近づいても動揺しないのは」

 

 

 「あー、さよか」

 

 

 「お前は『やれば出来る』タイプだからな」

 

 

 「お前に言われると気色悪い」

 

 

 

心底嫌そうな表情で杉並を追い払った純一であったが

内心冷や汗ものであった。

 

 

 

 (杉並の奴、勘がいいからな。一番警戒するべきは杉並か……)

 

 

 

ふとクラスの中を眺めるとそれぞれが装備のチェックに余念がない。

友人と話をしながらお互いの実力を探り合う。

既に戦いは始まっていた。

 

 

 

 (とは言っても、俺の場合はどうせ一回戦負けだし。

  しかも相手は萌先輩だからなぁ……下馬評にお応えして先輩を勝たせるとしますか)

 

 

 

我らが朝倉純一はやる気のなさにかけてはダントツで学園No.1のようだ。

事実神器としてもやる気のなさだけはNo.1だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

そして、風見学園バトルトーナメントの幕があがる。

 

 

 


 

 

 

 「はぁ……かったるい」

 

 

 

校庭には巨大なリングが4面。

特設リングが用意されると同時に生徒たちには観戦席が準備される。

各々は一斉に散り、最前列をなんとか確保しようと走る、走る、走る。

風紀委員は一斉に散り、暴走生徒たちを食い止めようと走る、走る、走る。

 

純一は人波に攫われ続ける音夢と美春を遠目で見ながら

 

 

 

 「ご苦労さん……」

 

 

 

と、めんどくさげに呟いた。

 

 

 

 「朝倉君、お隣いいですか?」

 

 

 

観客席最後部の手すりに手をついていた純一に

『学園のアイドル』こと白河ことりが声を掛けた。

 

 

 

 「おぅ、ことり。別に構わんぞ。

  『ここは俺の席だ!』なんて場所取りした覚えもないしな。

  でも、ともちゃんやみっくんとは一緒じゃなくていいのか?」

 

 

 

風に帽子が飛ばされていかないよう気を遣い、頭に手を当てながら彼女は答えた。

 

 

 

 「あ〜、あの二人なら今飲み物買いに行ってくれてます。二人とも口揃えて

  『ことりは場所取りの方が向いてるから宜しくね』 だって」

 

 

 

親友の声と仕草を真似ながらことりが頬を膨らませる。

ちなみに『ともちゃん』、『みっくん』とはことりの幼馴染の少女達である。

クラスは純一の隣ではあるが、ことりの親友ということで純一とも友人であった。

実を言うと、純一はさり気無くことりの彼氏最有力候補として彼女達には見られている。

 

 

 

 「くっくっくっく、あっはっはっはっは!! 

  すまんなことり、それは二人の方が正しいぞ」

 

 

 「う〜、朝倉君までそういうこと言う〜! ぷんすかっすよ」

 

 

 

……正直言ってこれを『地』でやっているなら

この少女は将来どれだけ男泣かせになるのだろう。

いや、もう既になっているかもしれないが。

 

純一はそんな彼女の額に軽くデコピンをかました。

 

 

 

 「はぅ!」

 

 

 

少しだけ紅くなったおでこをさすりながら、ことりは恨みがましい視線を彼に送る。

純一は帽子の上から彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 「ともちゃんとみっくんは心配なんだろ? 

  ことりが一人でふらふら〜と何処かに行っちまったら

  いつ学園の男どもにちょっかい出されるか判らないもんなぁ」

 

 

 

しみじみと言う純一。

その目は妹を心配する兄のような優しさに包まれていた。

一つだけ残念だとすれば、妹の域を脱していないことだろうか。

それに気付かないことりは頬を紅く染めて、純一のなすがままにされていた。

帽子を被っていたことを盛大に後悔しつつ。

 

 

 

 「とは言っても、俺も学園の男衆の一人であることには違いないんだが、な」

 

 

 

純一は手を下ろして苦笑した。

“恐るべきは『白河ことり攻略最大の壁』”とでも言うべきだろうか?

 

彼には自覚が無い。

そう話している自分が一番彼女に近しい存在であることに。

彼女が彼を見る目には友情以上のものが秘められているということに。

 

 

 

それは全て『彼女』の所為。

 

 

 

 

『彼女の存在』と『復讐の意思』が彼の心にある限り

彼は本心を曝け出すことはないだろう。

『それ』ある限り彼の心に『萌芽』が起きることはない。

例えそれが誰であったとしても……。

 

 

 

彼を愛おしく思う少女達にとってあまりに残酷な真実。

『Truth』を彼女達が知ることになるのはいつの日か? 

それはまだ誰も知らない。

 

 

 


 

 

 

会場に響き渡るファンファーレ。

 

 

 

 「レディースアンドジェントルメーン! さあ、一ヶ月ぶりの武術会です。

  この日のために腕を磨いてきた戦士達の戦いが、いま、始まろうとしています!」

 

 

 

放送部出身のアナウンサーが、武術会の開催を宣言する。

そう、この大会は風見学園では一種の『お祭り』なのだ。

……なお、裏では非公式新聞部によるトトカルチョまであったりする。

もちろん、風紀委員会が妨害しようとしているが、戦績は半々らしい。

 

 

 

 「はぁ……マジでかったりぃ」

 

 

 「手加減するつもりありませんけど」

 

 

 「見ててねうたまるっ、ボク負けないよ!」

 

 

 「大事なアピールの場……無駄にするつもりは無いわよっ」

 

 

 「がんばりますよぉぉ〜〜〜……くー」

 

 

 「私、あんまり戦うのは好きじゃないんだけどなぁ〜」

 

 

 「全ての勝利はバナナのために!(ご褒美に朝倉先輩とデートなんて……きゃー♪)」

 

 

 「さて。俺は色々忙しいので、とりあえず消えるとしようか」

 

 

 

それぞれの思惑を僅かに秘めつつ。

――――戦いの始まりを告げる鐘が、鳴る。

 

 

 


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