Eternal Snow

18/神隠し!? 行方不明!? ドタバタ探偵モドキ!

 

 

 

 「な、何でこんなもんが上から落ちてくるんだ?」

 

 

 

純一は突然の出来事に驚き、頭上を見上げた。

上を見上げたところで、あるのは空と校舎ばかり。

実に青く澄んだ空であった。

 

 

 

 「このマレット……萌先輩の?」

 

 

 

ベンチから立ち上がって落ちていたマレットを拾ったことりが言う。

純一よりは僅かに冷静らしい。

 

 

 

 「萌先輩?」

 

 

 

上を見上げていた純一がことりの方を向く。

 

 

 

 「うん。ほら、これです」

 

 

 

差し出されたマレット。

こんなものがあるのは音楽室と決まっている。

通常校内にあるはずが無く、どう考えても

普段から木琴を持ち歩いている萌以外にありえなかった。

 

純一の脳裏に、寝ながら木琴を叩く萌の姿が浮かぶ。

 

 

 

 「てことは、屋上か?」

 

 

 

再び上を見上げる純一。

彼女はいつも眞子と一緒に屋上で昼食を摂っていた。

今日も天気が良いので間違いないだろう。

 

 

 

 「ちょっと待って、今確かめますね」

 

 

 

そう言ってことりは目を閉じた。

 

これは彼女が能力を使う合図。

能力『音波』――自分だけが理解できる周波数の音波を辺りに張り巡らせる力である。

ことりはこの力を探査に使うことが多かった。

名称を【リーディング・ビート】。

音波によって他者の心音を聞き取り、その位置関係・状態を把握する技。

 

やがてことりが目を開ける。

彼女の探索能力は確かだ。

 

 

 

 「ふぅ……。屋上に二人ともいるね、何か騒いでいる」

 

 

 「ったく眞子のやつ、あんまり萌先輩に迷惑かけるなよ……」

 

 

 「ううん、違うみたい」

 

 

 「えっ?」

 

 

 「騒いでるのは萌先輩」

 

 

 「はぁ!? も、萌先輩ぃ?」

 

 

 

――――――『あのノータリンポケポケ娘が!?』

 

 

 

と言いたくなるのを堪えた純一だった。

まぁ言わないに越したことは無いだろう。

 

 

 

 「行こうよ、朝倉君。眞子が困ってる」

 

 

 「……わかった」

 

 

 

二人はバスケットとパンの袋をそれぞれ手に持ち、中庭を後にした。

 

 

 

 「あ、そうそう」

 

 

 

走りながら純一が言った。

 

 

 

 「?」

 

 

 「サンドイッチ美味かった、また今度食わしてくれな」

 

 

 

傍を走ることりは一瞬きょとんとすると、次の瞬間満面の笑みを浮かべて

 

 

 

 「了解っす!」

 

 

 

彼女はとても幸せそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして二人が屋上へと辿り着く。

屋上に現れた純一とことりの前には――

 

 

 

 「大変、大変、大変です〜」

 

 

 「お姉ちゃん、とにかく落ち着いて!」

 

 

 

口では「大変」と言いつつも全然そう見えない萌と

彼女の両肩を押さえつける眞子が。

 

 

 

 「……おい眞子、いったい何があった?」

 

 

 

状況が理解出来ていない純一が問い掛けた。

萌の錯乱など滅多に見られるものではない。

 

まぁそんなことは置いておこう。

 

 

 

 「へっ? あ、朝倉。それに白河さん。なんで此処に?」

 

 

 

純一とことりに気がついた眞子が逆に問い返す。

 

 

 

 「屋上からこれが落ちてきたので、届けに来たんですよ。

  ……眞子、私のことは『ことり』でいいって言ってるでしょう」

 

 

 

少しばかり頬を膨らませて先ほどのマレットを出すことり。

 

 

 

 「あ! 私のマレット〜」

 

 

 

物凄くほんわかした口調でそれを受け取る萌。

 

 

 

 「ありがとうございます〜。本当に助かりました〜」

 

 

 

先ほどから記述している通り、このポケポケな彼女こそ『水越 萌』。

眞子と同じ髪の色、彼女と違いその髪は長く、ポニーテールに結い上げている少女。

実に頼りなさげだが、眞子の一つ上……れっきとした姉である。

 

二人のことをよく知る人物は揃って

 

 

 

 『眞子(妹)の方が姉っぽい』

 

 

 

と断言するのだが(まぁそれはおおむね正しい)。

 

 

 

 「いえいえ、お役に立てて良かったです」

 

 

 

お辞儀する萌にこれまたお辞儀で返すことり。

 

 

 

 「……はぁ。本当に助かったわ、ありがとうことり、ついでに朝倉」

 

 

 「俺はついでか」

 

 

 「まぁまぁ朝倉君、気にしちゃダメっすよ」

 

 

 「そうですよ〜」

 

 

 『……………………………』

 

 

 

最後の萌の言葉に沈黙する三人。

 

 

 

 「お・ね・え・ちゃんの所為でしょ〜!!!」

 

 

 「はわわわ〜ごめんなさいごめんなさい」

 

 

 

眞子の怒号に平身低頭といった面持ちで謝る萌。

どっちが年上かわかったもんじゃない。

このような光景がしょっちゅう起きるがために

 

 

 

 『妹(眞子)の方が姉っぽい』

 

 

 

などと言われてしまうのだった。

気の毒……なのだろうか?

 

 

 

 「で、何か? 騒いでたってのは萌先輩がマレットを落としたってことか?」

 

 

 「いや、まぁそれもそうなんだけど……」

 

 

 「聞いて下さいよ〜朝倉君」

 

 

 

間髪いれずに言葉を発する萌。

彼女がこれほど焦ったように見えるのは珍しい。

(彼女を知らない人物からすれば大差はないが)

 

 

 

 「私の木琴が無くなったんですよ〜」

 

 

 

『木琴』――音楽の授業で使われるあの木琴だ。

 

萌は自分専用の木琴を持っている。

今は海外に居るという彼女の幼馴染、『啓くん』という少年にプレゼントして貰った

彼女の宝物である。

実を言うと純一の知り合い……というか兄弟子である。

だがそれは関係者以外誰も知らない。

 

 

 

 「無くなった? あんなおっきいもんが?」

 

 

 

普通無くさないだろう、木琴なんて。

 

 

 

 「そうなんですよ〜。も〜どうしたらいいのか」

 

 

 「お姉ちゃんってば、お昼になった途端ずっとこうなのよ」

 

 

 「それは大変ですね〜」

 

 

 

どことなく波長が合うらしいことりが心底萌に同情する。

 

 

 

 「和むなよ……。まぁそれはともかくとして、無くなったのはいつです?」

 

 

 「えっとですね〜、4時限目の体育から戻った後に無くなっていたんです〜」

 

 

 「……よくある話だよな、ふわぁぁ」

 

 

 

昼食を摂ったことと、この明るい陽気に誘われて思わず欠伸をしてしまう純一。

 

 

 

 「朝倉く〜ん、そんなのんきにしていないでくださいよ〜」

 

 

 「そうっすよ! 呑気にしてる場合じゃないっす!」

 

 

 

二人がかりで責められる純一。

どうでもいいが普段呑気にしているのは主にこの二人なので何気に違和感がある。

 

 

 

 「……といっても……何か手がかりはないのか、眞子?」

 

 

 「……なんであたしに聞くのよ……?」

 

 

 「お前の方が聞きやすいから」

 

 

 

あっさり言い放つ純一。

しかし事実であることも確かだった。

眞子ははあ、とため息をつき

 

 

 

 「とりあえず、いくらお姉ちゃんでもあの木琴を

  どこかに忘れるとか、落とすとかはないと思うわ」

 

 

 「……確かに、な」

 

 

 

萌があの木琴をどれだけ大切にしているかはよくわかっている。

それはありえない。

 

 

 

 「となると……誰かが持っていったってのが可能性としては一番高いな」

 

 

 「ええ〜! 持っていかれてしまったんですか〜?」

 

 

 

純一の言葉でさらに慌てる萌(それでも普通の人には慌てているようには見えない)。

 

 

 

 「でも。普通木琴なんて誰も盗まないわよ?」

 

 

 「そりゃそうだ、動機がない。それに木琴はかさばるしな

  よっぽどの物好きの仕業だよなこりゃ」

 

 

 

再び悩む中、ことりがふと思いついたことを口にする。

 

 

 

 「もしかして、萌先輩のファンが持っていったんじゃないのかな?」

 

 

 「え?」

 

 

 「はい?」

 

 

 「なんですって!?」

 

 

 

ことりの発言に驚く三人。

特に眞子は「ありえない」と全身で表現しているかのようだった。

 

 

 


 

 

 

丁度その頃、春には見事な桜の咲く街に住む少女が

 

 

 

 「くしゅん!」

 

 

 

と大きなくしゃみをし、

 

 

 

 「風邪か? それともアノ日か? いやいや噂なわけがない。

  何故ならプリンセスとまで言われる星崎のこと、

  噂程度でくしゃみをしていたらお前の身が持たないもんなぁ」

 

 

 

などと、幼馴染の男の子にからかわれていた。

閑話休題。

 

 

 


 

 

 

 

 

 「ほら、萌先輩ってなんだかんだで人気有るじゃないですか? 

  だからそういうのもアリなんじゃないかな〜って」

 

 

 「ことりが言う台詞じゃない気がするぞ、それ」

 

 

 「? そうかな?」

 

 

 「そうですね〜。ことりちゃんはアイドルですから」

 

 

 

更に「いやいや、でも萌先輩も〜」とか「そうですか?でも〜」などと

続く会話を背に、純一は眞子に話しかける。

 

 

 

 「で、お前はどう思う?」

 

 

 「う〜ん……なんにしても手掛かりがないから、わからないわね」

 

 

 「そうか……ま、しゃあねぇか」

 

 

 

そして何かを考え込む純一。

 

 

 

 「朝倉? どうしたの?」

 

 

 

それに答えず純一は溜息をつき

 

 

 

 「仕方ない。アイツを使う」

 

 

 

最後の手段、これだけは使いたくなかったなぁ、と呟いた。

 

 

 

 『アイツ???』

 

 

 

三人が揃って首を傾げる。

純一は大きく息を吸った。

 

 

 

 「あ〜! なんかすっごくバナナが食べたくて仕方ないなぁ!!! 

  今バナナくれたら、今度バナナパフェ奢ってやりたいくらいだなあ!!!」

 

 

 

実にわざとらしく純一は大声を張り上げた。

三人は思った。

 

 

 

 (絶対嘘だ)

 

 

 

あの萌ですらそう思ったのだから、どれだけ嘘っぽいか解るだろう。

普通は騙されない。

無論のこと、口からでまかせに過ぎないのだが、

騙される人物が風見学園には一人だけいた。

 

 

 

 『バナナは主食ですっ!!!』

 

 

 

の格言を生み出した風見学園付属校に通う『天枷 美春』その人だ。

 

彼女は「バナナナナバナナナナ」などというわけの判らない声を上げながら

どこからともなく純一のいる屋上へとやって来た。

 

肩まで伸びたオレンジ色のはね気味の髪とヘアバンド。

活発そうな印象をうけるくりっとした瞳。

首からペンダントにしたぜんまいネジを下げている。

 

彼女こそ、朝倉純一・音夢兄妹、芳野さくらの幼馴染である天枷美春。

通称「わんこ」。

 

風見学園の誇る風紀委員の主要メンバーの一人、

「歩く規制法案」こと朝倉音夢の忠実な下僕なのだった。

それにしても音夢には随分とあざ名がある。

 

そんな彼女の大好物がバナナ。

彼女は言った。

 

 

 

 「美春はバナナがあれば砂漠でだって生きていけますっ」

 

 

 

その時の彼女の顔は「やりかねない……(汗)」と純一を云わしめた程だ。

 

 

 

 「朝倉先輩〜、バナナどうぞ!」

 

 

 

目をキラキラッと輝かせて美春は言った。

純一はそんな美春の瞳をじっと見つめる。

 

 

 

 「え? えっ? あ、あの……朝倉先輩…?」

 

 

 

わずかばかり頬を紅く染めながら美春が問い掛けた。

その様子を見ていたことりと眞子の表情が僅かに硬くなる。

 

 

 

 「よく来てくれたな美春。実はお前に頼みたいことがある」

 

 

 「え…あ……駄目ですよ先輩っ! 音夢先輩を差し置いてそんなの……」

 

 

 

どうやら純一のアップを直視したせいでどこかに逝ってしまったらしい。

そう言いつつも、期待している様子なのはいい度胸だ。

 

 

 

 「おい、落ち着け。まずは深呼吸だ」

 

 

 「は、はい……すーはーすーはー……」

 

 

 「よし。で、頼みたいことだが。かくかくしかじか……というわけだ」

 

 

 

(注:比喩ではなく本当に『かくかくしかじか』で説明している)

 

 

 

 「ええっ!? 萌先輩の木琴盗まれちゃったんですか!」

 

 

 「……って何で通じてるのよあんた達はっ!?」

 

 

 

あまりの不条理さに眞子が叫ぶ。

ちなみに残り二人のコメントは

 

 

 

 「まあまあ眞子ちゃん。話が早くていいじゃないですか」

 

 

 「まあ、朝倉君だしね」

 

 

 

であった。

疑問を抱く眞子がおかしいのか、それとも抱かない二人がおかしいのか……微妙な所だ。

 

紆余曲折を挟みながら純一は事の顛末を伝える。

 

 

 

 「そういうことでしたら、音夢先輩の一番弟子、この美春にお任せください!」

 

 

 「ああ、頼んだぞ。お礼はしっかりさせてもらう」

 

 

 「バナナパフェですか!?」

 

 

 「OK。成功報酬として好きなだけ奢ってやる」

 

 

 

誰も知らないことだが、実は純一は結構金持ちだったりするのだ。

流石にDDEともなればそういった部分の心配はいらないだろう。

 

美春は笑顔を振り撒きながら屋上を後にした。

 

 

 

 「とりあえずこれで打てる手は全て打った」

 

 

 「打てる手っていうのが美春ちゃんなのはどうかと思うけど……」

 

 

 「確かにそうよね。別に信用してないわけじゃないけど」

 

 

 

一人安心する純一を尻目にことりと眞子はイマイチ釈然としなさそうな顔をしていた。

ちなみに当事者である萌はのほほんとしていた。

さっきまでの慌てふためきようは何だったのかと問い詰めてやりたい。

 

 

 

 「心配いらん。ああ見えて美春は音夢の忠実なわんこだ。

  その情報収集能力は折り紙つきだぞ」

 

 

 

キーンコーンカーンコーン……長い昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。

 

眞子とことりを引き連れて教室へと戻ってきた純一。

どことなく周囲の視線が敵意を帯びている気がしてならない。

 

しかし純一はそんな些細なことに意識を向けるような性格ではなかった。

無頓着とも言えるが。

 

 

 

 「兄さん、どちらに行っていらしたんですか?」

 

 

 「中庭でことりと飯食って、その後屋上で眞子と萌先輩と話してた」

 

 

 

ナチュラルに答えた純一だったが、数多の男子からすれば

その内容は実に羨ましいものである。

ことりは言わずもがなではあるが、眞子もそれなりに人気は高い。

聞こえた男子の幾人かは純一に敵意の視線を送る。

音夢のこめかみがわずかに引きつっているのだが、純一は気付かない振りをした。

 

そして舞台は放課後へ。

 

 

 


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