Eternal Snow

17/ロクデモナイコト

 

 

 

純一と音夢がクラスに入ったのは8時32分。

HRが始まるのは8時40分、余裕は充分にあった。

彼ら(特に純一)には珍しい。

 

 

 

 「やっぱり時間を守ると楽ですよね」

 

 

 「普段ならあと3分は寝れたってのに、かったる」

 

 

 「あのですね兄さん。毎朝毎朝苦労している私の身にもなってください」

 

 

 「はいはい、感謝してますよ〜」

 

 

 「兄さん!」

 

 

 

音夢の口撃から逃げるように自分の席についた純一は目を見張った。

何故なら

 

 

 

 「ま、眞子? なんで居るんだ?」

 

 

 

彼の隣の席に眞子がいたからだ。

彼女の席はそこなのでおかしくはないのだが……。

 

 

 

 「どういう意味よ」

 

 

 

失礼な純一の物言いを一言で切って捨てた少女――『水越 眞子』。

短めに揃えられた薄く緑がかった黒髪が外側に軽く跳ねており

美少女と評して違和感がない程度に顔は整っている。

 

純一のクラスメートにして、風見学園1年の中で

唯一ランクA3を所持している凄腕の実力者。

その功績から『爆拳の乙女』という二つ名を拝命している。

彼女は純一の女友達の一人でもあった。

 

 

 

 「だってそうだろ? お前がこの時間にいるなんて滅多にないぜ」

 

 

 

確かにそうなのだ。

眞子はしょっちゅう遅刻寸前で登校してくる。

遅刻回数は純一より少しはマシといった具合である。

純一の疑問も尤もだった。

 

 

 

 「失礼な……。よりにもよって朝倉にだけは言われたくないセリフね。

  大体、それはお姉ちゃんの所為! あたしは悪くない」

 

 

 「あぁ、まぁ……萌先輩は、な……」

 

 

 

二人は同時に溜息を吐いた。

お互いその苦労を知っているから。

 

 

 

 「今朝はなんか知らないけどお姉ちゃんが普通に起きてね。

  おかげで余裕を持って来れたのよ」

 

 

 「は?」

 

 

 「は?って、だからお姉ちゃんが普通に起きたから」

 

 

 「ありえないだろうそれは」

 

 

 

純一は自信を持って断言した。

天地がひっくり返ってもありえない、彼の表情はそう言っていた。

 

ここで説明しておこう。

二人の会話に出てくる『萌』という人物。

正確には『水越 萌』といい、眞子の姉であり、純一の先輩にあたる少女。

簡潔に評すると『朝が激烈に弱く寝ながら歩ける天然少女』。

 

……誰かに似ていると思った貴公は正しい。

眞子がよく遅刻するのは彼女に付き合って登校するためだった。

 

 

 

 「そりゃあたしも弟も最初は驚いたけどさ。

  たまにはそういうこともあるってことで納得したわよ」

 

 

 「……雪でも降るか?」

 

 

 

二人は窓の外を眺めた。

実に良い天気だった。

 

けれど眞子も本気で同意し、頷いた。

 

 

 

 「桜の樹が枯れるかもね」

 

 

 

お互いに起こり得ないことを呟き

 

 

 

 

 

 

 

 『今日は何かろくでもないことが起きる』

 

 

 

 

 

純一と眞子の意見は心の中で一致する。

そこまで言われる萌が気の毒と言えば気の毒だが……。

自業自得と言われて終わるのだろう。

 

悪い予感というものはえてして的中するものである。

この場合もそうなのだろう。

しばし後にまた語るとして、ひとまず閑話休題。

 

 

 

 


 

 

 

 

それは昼休みのこと。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン……昼の到来をつげる鐘の音。

 

 

 

 「ふぁ〜あ。ん? もう昼か……」

 

 

 

時計が昼休みの時間を指し示す。

純一は1時限目から今の今まで爆睡していた。

担当講師達が彼の寝姿を見る度に注意をしたのだが

当の本人はウンともスンとも言わなかった。

その度に音夢が申し訳なさそうに顔を紅くしていたことを彼は知らない。

 

よくもまぁここまで怪我なく過ごせたものだ。

 

 

 

 「朝倉君、随分ぐっすり寝てたね」

 

 

 「ん? ああ、ことりか。おはようさん」

 

 

 「もうお昼っすよ〜」

 

 

 「こりゃ失敬」

 

 

 

彼に声を掛けた少女は、クラスメートの『白河 ことり』。

鮮やかな薄赤色の髪を肩まで伸ばし、白のニット帽をかぶっている。

その容姿と社交的な性格があいまって、風見学園一年生のアイドル的存在に上り詰めた。正直に評価して美少女といって差し支えないだろう。

 

『荘厳なりし歌姫』の二つ名を持ち、実力もそこそこ。

彼女自身はそれを鼻に掛けることもなく、むしろ必要以上に謙遜しているのだが

それが逆に彼女のファンを増大させており、付属校時代には

『白河ことりFC』なるものまで出来てしまった。

アイドルと呼ばれることを嫌っている節もあるのだが。

 

そんな彼女だから当然男子生徒の多くが、ことりとお近づきになろうと画策している。

しかし上手くいったことは一度たりとてない。

 

 

理由は一つ――――

 

 

 

 『白河ことり攻略最大の壁』

 

 

 

と謳われた朝倉純一の存在があるからに他ならない。

 

実は意外にもことりの性格と人気に反して彼女のボーイフレンドは少ない。

大きな理由としては男子生徒が互いを牽制しているのが原因なのだが、

純一は極稀に居る『例外』に属していた。

 

 

ならば、何が例外なのか?

 

 

彼は周りの意見に流されることもなく、『アイドル』と定義されていた

ことりをただの『女の子』として扱った数少ない一人である。

彼は単純に、本人がそう呼ばれるのを嫌うだろうという気遣いだけだった。

 

それが良かったのだろう、気がついたらいつの間にか彼女のBFの立場を獲得してしまい

今ではことりが自分から話し掛けるほぼ唯一の男子生徒となっていた。

 

加えて、学園内の男子生徒で彼女をファーストネームで呼んでいるのも純一ただ一人。

 

そんな彼につけられた(妬みの)称号こそ

 

 

『白河ことり攻略最大の壁』

 

 

である。

 

純一自身はそんなことを気にしたことは一度もない。

きっとそんな彼だからことりも安心して友人でいられるのだろう。

 

 

 

 「そうだな、腹も減ったし……ことりは中庭だよな?」

 

 

 「うん。今日は天気もいいし」

 

 

 「よし、俺もそうする。購買寄ってから行くが、いいよな?」

 

 

 「当たり前だよ、それじゃ先に行って待ってますね」

 

 

 

二人は笑顔で教室を後にした。

はたから見れば恋人同士に見えないことも……いや、そうとしか見えない。

どうやらことりはまんざらでも無い様子。

こうして純一は着々と敵を増やしていくのだ。

自覚症状は皆無であると注釈しておく。

 

 

 

 「さて……後ろに立ちながら気配を消すのはやめんか杉並」

 

 

購買所に向かって廊下を歩いていた純一が突然立ち止まり振り向いた。

独特の気配を察知したのだ。

 

 

 

 「ほう、やるな朝倉。この俺の存在に気付くとは」

 

 

 

スゥ……。

 

 

 

などと擬音を発して純一の後ろに現れた人物――『杉並 毅』。

純一のクラスメートにして悪友。

顔は黙っていればホストにもなれるだろう美形。

彼の雰囲気はどこか理知的で女性を惹きつける感じがする。

学業においては学年No.1でもあるからそれは事実だろう。

 

が。

それはあくまでも『外見だけ』の話。

その内面は『馬鹿と天才は紙一重』を地で行く。

 

 

『学園テロリスト』・『神出鬼没の怪盗S』・『学園の影の支配者』etc………。

 

 

これらは全て杉並の異名である。

いちいち説明するのも面倒なので割愛させていただくが、

彼は風見学園風紀委員会のブラックリスト筆頭に挙がる要注意人物である。

風紀委員会が彼につけたランクはワーストAAA。

いかに彼がろくでもないのかが伝われば幸いだ。

故に杉並という男の評価はすこぶる低い。

 

そんな彼だから気配を消すなど朝飯前。

 

 

 

 「無駄なことにばかり情熱を注ぎやがって……何か用か?」

 

 

 

気だるそうに問い掛ける。

本気でめんどくさそうに手をぷらぷらさせる。

 

 

 

 「いや、別になにもないが」

 

 

 「ならどっかに行け。俺はこれから飯だ」

 

 

 「ふっ、白河嬢との昼食デートか」

 

 

 

にやりと笑って問う杉並。

ゴシップ好きな彼には格好のネタなのだろう。

まぁ、的を射た発言である。

普通の男子なら真っ赤になって否定するか、

喜び勇んで舞い上がるかのどちらかであろう。

 

少なくともことりとの昼食にはそれだけの魅力があるのだから。

しかし純一の反応はそのどちらでもない。

 

 

 

 「デート? ああ……確かにそう見えるかもしれんな。

  でも間違っても俺にそんなつもりは無いし、第一ことりに迷惑だ」

 

 

 

この反応は杉並にとっても意外だった。

 

そんな杉並の様子に構うことなく、彼の返答はどこか冷めていた。

彼の言葉にはそれ以上の意味が隠されているようには思えないし

好意的に解釈しても『友人として』というニュアンスしか伝わらない。

 

 

 

 「ふむ。お前がそう言うのならそうなのだろう……ではな」

 

 

 

シュッ

 

 

 

杉並はほんの僅か眉を動かし、現れたときの様に擬音を残してその場から消えた。

おそらく釈然としていないのだろう、純一もそれは感じ取っていた。

 

杉並が去った後、廊下を再び歩き出した純一は

無意識の内に首に巻きつけた白いリボンに手をやる。

その内心は読み取れそうにない。

 

 

 

 「み……き」

 

 

 

彼の微かな呟きも風に乗って消えていった。

 

 

 


 

 

 

それから数分後―――――中庭にて。

 

 

 

 「あ、やっと来ましたね」

 

 

 「悪い悪い、杉並のやつに絡まれてさ」

 

 

 

頭をかきながらことりの座るベンチの前へとやって来た純一。

まるでデートの待ち合わせのようにも見えるのだから微笑ましい。

 

 

 

 「杉並君ですか?」

 

 

 「ああ。あの野郎気配消していきなり俺の前に出てきてさ」

 

 

 「あはは、杉並君ならやるよね、それくらい」

 

 

 

彼の行動に今更何も言わない二人。

そんな男であると理解しているからだ。

 

 

 

 「全く、あの阿呆は」

 

 

 「仮にも親友さんに向かってその言い方は酷いと思うけど」

 

 

 「ことり、俺とあいつは悪友であって親友じゃない」

 

 

 

純一は『悪友』の部分を強調して否定する。

即答したことから考えるによっぽど親友と呼ばれるのが嫌なのだろう。

 

 

 

 「うーん。でも周りから見てると仲良しさんなんだけどなぁ」

 

 

 「勘弁してくれ……。少なくとも一弥と杉並、どっちが

  親友だって訊かれたら間違いなく一弥なんだから……」

 

 

 

ことりはきょとんとした顔で訊ねた。

彼と知り合って二年は過ぎた、初めて聞く名前に違和感を覚える。

 

 

 

 「かずや?……って誰ですか?」

 

 

 「あ、いや、その……あー、んと……遠くにいる俺の親友の名前」

 

 

 

瞬間、まずったと心の中で舌打ちをする。

純一は歯切れ悪く答えた。

 

 

 

 「遠く?」

 

 

 「ああ。七星学園って知ってるよな。そこにいるんだ」

 

 

 「へぇ、あの姉妹校にですか」

 

 

 「ま、その話はおしまい。とっとと飯食おうぜ、俺腹減ったよ」

 

 

 

ちょっとだけ強引に話を打ち切り、パンの袋をことりに見せながら振った。

 

 

 

 「あ、そうですね。それじゃあお昼にしましょう」

 

 

 

ことりもバスケットを取り出す。

中には色とりどりの様々な具が入ったサンドイッチが入っていた。

ことりの弁当は自作である、その腕の高さがうかがえた。

 

 

 

 「おおっ! 流石はことり、美味そうだなぁ」

 

 

 

ことりとは対照的に、家の家事を担当する音夢の料理の腕は壊滅的に酷い。

危険物を食べる勇気もなく、毎日店屋物で済ませている朝倉家の食事はどこかわびしい。

手料理は彼にとって最高のご馳走でもある。

素直に賛辞の言葉を述べる純一に対してはにかみながらサンドイッチを差し出すことり。

 

 

 

 「?」

 

 

 「もしかしたら朝倉君が食べたいって言うかも、と思って多めに作ってきたんですよっ」

 

 

 

僅かに頬に赤みが差していることり。

……感無量とはこのことを言うのだろう。

学園のアイドルお手製サンドイッチを食せる。

学園のFC所属男子生徒からすれば血涙ものである。

 

 

 

 「ラッキー! ことりの料理は上手だもんなぁ。んじゃあーん」

 

 

 

――――――何を血迷っているのだろうかこの男は。

 

 

ことりに向かって口をあんぐりと開ける、身の程知らずが一人ここにいた。

こんな光景を『白河ことり親衛隊(自称)』が見たりでもしたら純一は殺されるだろう。

ほぼ間違いなく。ことりはそれだけの影響力があるのだ。

かといって、この校内に彼を殺せる人間がいるはずもないのだが。

 

まぁ、わざわざ外で食べるというある意味で面倒なことを

しているのはこの二人くらいなのでその心配はない。

(僅かに例外が二名ほど屋上で食事しているが)

 

 

 

 「え、ええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!???」

 

 

 

慌てることり。

彼女の予定調和の中に、そんな反応は想定されていないから当然だ。

 

 

 

 「あーん」

 

 

 

目を閉じて待つ純一。

この少年に馬鹿と言ってもどの方面からもクレームが来ない気がする。

 

 

 

 「え、えと……」

 

 

 

ことりは真っ赤になりながら辺りをサッと見回す。

周囲に人がいないことを確認しているらしい。

何気にその気だ……女の子は強い。

 

 

 

 「はい、あーん!」

 

 

 

恥ずかしさ全開の様子でありながら実践する少女が一人。

この様子を見る限り、ことりは明らかに純一に好意を持っていると解る。

 

 

 

モグモグ

 

 

 

二人の間に響く咀嚼音。

……バカップルそのまんまであった。

 

 

誰かこの二人を止めてくれ。

正直そう思った。

 

 

 

 

――――――さて、ここで思い出して頂きたい。

 

 

 

『今日は何かろくでもないことが起きる』

 

 

 

そんな予感があったことを。

 

 

 

ヒュー……カラン!……コロコロコロ

 

 

 

純一とことりの座るベンチの目の前に『何か』が音を立てて落ちてきた。

 

 

 

 

それは――――――

 

 

 

 『マ、マレット?』

 

 

 

先端に玉のついた木琴用のマレット。

そう、これがロクデモナイコトの始まりであった――――。

 

 

 


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