Eternal Snow

148/双剣と双刃

 

 

 

 『ヒトを本当に幸せにするには、自分も本当に幸せにならなきゃいけない。

  永遠にその力だけは無い――――だったら、もう迷う理由なんて無いんだよっ!』

 

 

 『――――俺の全てを賭けて、永遠を滅ぼす。俺自身を、救ってみせる』

 

 

 

響き渡ったその覚悟。堕ちることを良しとしなかった者達の言葉。

壊れ狂い、泣き叫び、苦しみ抜いた二人の兄弟の言霊。

彼らは決して己を善とは称えない。生き抜いてきた道程の中、悪を為さぬ筈が無い。

その理を知る彼らは、決して自分が善人でないことを解っている。

己が両手は、血の味を知っているから。そこにはきっと善も悪もない。

ただ己の譲れない想いに殉じているだけ。殉じる道を見出しただけ。

結果がたまたま“正義”の方に傾いただけである事を、彼らはよく知っていた。

祐一は己を誇らない。一弥は自分を讃えない。永遠に屈しかけた過去は、癒えぬ傷。

他の神器と彼らが異なる部分があるとすれば、きっとその点。

浩平は永遠を憎みこそすれ、心から永遠に堕落しそうになった訳ではない。

純一は他人を憎みこそすれ、永遠そのものに魅入られた訳ではない。

舞人は悪夢を憎みこそすれ、己に敗北した訳ではない。

そう考えれば、祐一と一弥は神器でありながら最も永遠に近しい存在だと云える。

 

神器と永遠が真逆する概念だと言うならば、彼らの在り方はあまりにも稀有。

永遠に屈する弱き心を内包しながらも、神器に辿り着いたという強き心がある。

それはつまり、相反し共存し得ない概念を両立させたということ。

だからこそ。祐一と一弥は神器の中で最も弱く、故に――――最も強く、尊い。

 

 

 


 

 

 

 「それがお前の覚悟か」

 

 

 「それが貴方の決意ですか」

 

 

 

図らずも、対するべき二人の使徒は同じ意図を込めた言葉を同時に吐いた。

幾許かの『残念』という想いと、『当然』という想いがない交ぜとなる。

もしも……と思ったが、やはり無駄だった。所詮その程度の期待だったのかもしれない。

 

自分が創りあげてきた決意が在るように、彼にも創りあげてきた覚悟がある。

それはきっと「自己」にとって掛け替えの無いものであるのだろう。

想いに殉じた挙句に永遠を選んだ己だからこそ、

覚悟や決意という名の想いを無碍にすることはできなくて。

 

 

 

 「なら、俺も見せなきゃならないのかもな」

 

 

 

そうすることが“親友”に対する礼儀だと思うから。

 

 

 

 「なら、私も見せなければいけないのでしょうね」

 

 

 

そうすることが“弟”に対するけじめだと思うから。

 

 

 

 「お前の」

 

 

 

神奈への想いと、俺の観鈴への想い。

どちらが上で、どちらが下か。

 

 

 

 「貴方の」

 

 

 

みちるへの愛情と、私のみちるへの愛情。

どちらが上で、どちらが下か。

 

 

 

 「覚悟さえも打ち砕く」

 

 

 

想いに貴賎がある……そんな馬鹿なことは言わないけれど。

 

 

 

 「決意さえも打ち砕く」

 

 

 

想いに尊卑がある……そんな馬鹿なことは言わないけれど。

 

 

 

 「俺達の」

 

 

 

俺の、想いの強さと。

 

 

 

 「私達の」

 

 

 

私の、想いの弱さを。

 

 

 

「「――――全力を」」

 

 

 

その瞳に、焼き付けろ。

 

 

 


 

 

 

往人は祐一を見据えながら声を送った。

相対する彼にではなく、別の場所へと。

 

 

 

 「朝陽。俺と遠野の空間を繋げろ。全力で……屠る」

 

 

 

朝陽と舞人が存在する空間への「命令」。

応じる声は祐一には聴こえなかったが、数瞬後に空間が揺れる。

地震よりも軽く、しかし肌を粟立たせるには充分な震動。

二つの空間が結合し、祐一と往人が存在していた空間に新たな人影が舞い降りる。

 

 

 

 「一弥!」

 

 

 「っと……! 兄さん!? これは一体……?」

 

 

 

紡がれる戸惑いの声は互いから。

空間同士の対話が可能だったのはあくまでも永遠側のみ。

祐一と一弥にはそれが出来なかった以上、その惑いがあるのも致し方ないこと。

ともかく、状況が把握出来ない訳ではない。

雷を宿したその片羽を見れば解る。

彼女は一弥にとって、それを顕現させたくなる程の相手なのだと。

神衣に走るその歪な十字架は、紅色に染まっていた。

それを見れば解る。祐一の対峙した相手はそうさせるに足る力を持っているのだと。

 

 

 

 「理由は解らないが……見た感じ、2対2で決着つけようってことらしいな」

 

 

 「……確かに。でなきゃわざわざこういう状況にはさせませんよね」

 

 

 

変なことを言って申し訳無いです、と軽く祐一に詫び、彼は空牙を構え直す。

片や往人と、新たに空間に顕在した美凪は視線を交わし、美凪は往人の傍へと降り立つ。

 

 

 

 「……国崎さん」

 

 

 

美凪には勿論解っていた。往人が何故わざわざ自分を呼び寄せたのかを。

単純に言えば、自分達はそうしなければならないのだ。

互いが互いのために施した、枷を取り払うために。

解っている。彼らは、そうするべき相手だ。そうしなければ、勝てない相手。

彼の人の名を呼びながら、確認する。

 

 

 

 「向こうが神器なら、俺達は使徒だ。

  なら。それ相応に着飾らなきゃ……鏡であるあいつらに失礼だろう?」

 

 

 「ふふ……そうですね。では、参りましょうか――――“往人”さん」

 

 

 

国崎、という姓ではなく、往人という名を呼び……彼女は往人の肩へとしな垂れかかる。

これより謳うは、互いの「歪なる絆」を示す“唱名”。

狂おしい愛情と、飢えた心への潤いを成すための行為。

 

 

 

 「ああ……見せてやろう――――“美凪”」

 

 

 

瞳に優しげな殺意を宿し、往人は囁きながらも決意を発す。

 

 

 

 「永遠に堕落して、永遠に懸想して、永遠に狂乱した俺達が」

 

 

 

透き通る程に美麗な微笑を浮かべ、美凪は静かに決意を発す。

 

 

 

 「世界に絶望して、世界に失望して、世界に狂望した私達が。

  ようやく手に入れた――――小さな安息」

 

 

 

その言葉は胸が締め付けられる程に哀しくて。

剣を向け刃を向けることを忘れてしまう位に、切なかった。

 

 

 

 「――――ようやく手に入れた、唯一絶対なる……永遠の力を」

 

 

 

口上は強い言霊と化し、二人は互いの頬へと互いに手を伸ばす。

触れる指先は惑乱も羞恥も宿さず、淡々と成すべき事を成すためだけに動く。

互いの親指が唇に導かれ、僅かに開いた口内へと侵入していく。

何処か艶めかしい筈の光景は、『ガリ』という鈍い音が響いたことで意味を変える。

往人と美凪の唇の端からは紅の雫が滴り、二人は同時に指を抜く。

紅……つまり血を流したのはそれぞれの指。

指の腹を噛み千切り、滴る己の血でグロスのように唇を彩る。

往人は美凪の、美凪は往人の唇へと。

更に頬へと一筋の紅を引き、二人は同時に呪を唱えた。

 

“夢想夏”という永遠の使徒がいる。

彼の定義は一人と一匹。互いが存在してこそ成立する一個の使徒。

往人と美凪は、ある意味では彼らに近い存在。その理由が、この祝詞。

 

 

 

 「我は死の法たる剣に告げる。其は互いの血肉に刻みし誓い」

 

 「我は欠けし翼の姫に告げる。其は互いの血肉に刻みし誓い」

 

 

 

謳う。

引いた一筋の紅が蠢き肥大し、形を変える。

 

 

 

 「欠けし翼の姫たる我は、汝に刻みし枷を解き放つ」

 

 

 「死の法たる剣の我は、汝に刻みし枷を解き放つ」

 

 

 

謳う。

形を変えた紅が、頬の上でヒトガタを描く。

 

 

 

 「我は汝の仮初の片羽。同じ願いを抱き、同じ咎を負い、同じ枷を纏う血塗られし翼」

 

 

 「我は汝の仮初の片刃。同じ願いを抱き、同じ咎を負い、同じ枷を纏う血塗られし剣」

 

 

 

謳う。

紅のヒトガタは完全なる人体図にはならず、

往人のヒトガタと美凪のヒトガタ、互いを揃えて初めて完全となる半身で留まる。

 

 

 

 「血肉に刻みし誓いを以って。翼たる我は汝の剣を解放する」

 

 

 「血肉に刻みし誓いを以って。剣たる我は汝の翼を解放する」

 

 

 

謳う。

半身のヒトガタは互いを揃えて初めて一対となる翼を生やした姿で変化を停める。

 

 

 

 「目覚めなさい――――永遠を宿し魔剣」

 

 

 「目覚めろ――――永遠を宿し堕天の翼」

 

 

 

最後の祝詞が紡がれた瞬間、彩りを与えていた紅が体内へと吸収される。

完全に紅の色が失せたその時、空間の異質なる空気がより濃密に変化した。

発生の原因は往人と美凪。祐一や一弥のように神衣を纏うといったような

明らかなる外見の変化は起きていないのに、その違いははっきりとしていた。

解り易く言えば――――殺気が膨れ上がった。

 

この呪こそが、永遠に堕ちた二人の本当の力と言っていい。

失われし法術を伝える国崎。翼人の系譜たる遠野。

二人は共に古き業を伝える一族の継承者であり、共に翼人に深く関わる者。

そして、二人は永遠に堕ちた者。本来なら相反する二つの力を宿した者。

故。彼らが秘めるその力は他の使徒を超える。だが、力にはそれに見合った代価がある。

永遠に染まった身でありながら、「永遠」と対立する力を備えた彼らは、

世界そのものから矛盾する存在と見なされる。かつて朝陽が彼らの事を

“存在そのものが「特異点」に近い”と喩えたことがあるが、根拠は其処。

彼らの強さは紛れなくとも、下手をすればその身すら滅ぼしかねない諸刃の刃。

だから、二人は互いの力に封印をかけた。それは互いにしか解けぬ封印。

“同胞”としての絆の証であり、その身に秘める法術の力と翼人の血が

『誓いを果たすその瞬間』まで、互いの身を滅ぼさぬための最後の枷。

その枷は、本当に必要な時にのみ……封印を解くことを赦し合える。

互いを補い合い、互いを尊重し合える程に信頼しているからこそ、その行為が為せる。

だからこそ、その祝詞は“呪い”なのだ。

彼が居なければ生きられない呪い。彼女が居なければ発揮できない呪い。

彼が居て初めて揮うことが出来る本当の強さ。彼女が居て初めて赦される真実の強さ。

 

死法剣と欠翼姫。二人は“夢想夏”のように二体で一つではない独立した一個の使徒。

しかし……支え合い、尊重し合い、共存し合い、依存し合う使徒。一対の使徒。

青龍と白虎が一対の神器だとするならば、この現実は定められた運命なのかもしれない。

 

 

 

 「お前らが口上途中で邪魔するような無粋な奴らじゃなくて良かったよ」

 

 

 「……おかげで……戦えます――――では、改めまして……踊りましょう?」

 

 

 

美凪の言葉が再動のきっかけとなり、往人は腰の刀を抜く。無論放つは祖の型。

単なる抜刀による空刃ではなく、永遠の力を上乗せした空刃。

永遠を討滅する業である空閻と永遠。

反発し合う力同士を混ぜ合わせて打ち出される剣気。

朱金に宿るその力は、剣気を巨大化させ更なる加速を与える。

見た瞬間、加えて迫る光景を見て「己の空刃」では弾けないことを悟る。

身体を切断されるわけにはいかない。風を盾とし北斗を壁に見立て防御の構えを取る。

間もなくその盾と空刃が激突し、祐一は威力を削ぎきれず余波によって吹き飛ばされる。

そんな彼の有り様を見遣りながら、往人は言う。

 

 

 

 「ま、お前じゃなきゃ見切れないんだ。直撃を躱しただけでも立派だよ。誇れ」

 

 

 

褒めながらも、見下した言葉だった。

強者として彼の上に存在していることを自覚するからこそ。

そう、元々から祐一よりも往人の方が強いのである。

神器として大成した祐一に追走するように、彼は使徒として覚醒した。

その所為で『祐一が絶対的に上である』……という構図が成立しない。

 

 

 

 「何撃耐えられるか、試してみるか?」

 

 

 

彼の呟きに思考が追いつくよりも早く、無数の空刃が飛来する。

数がいくつか、という無駄なことは考えている暇が無い。

襲ってくる刃を弾きいなし払い打ち返すように耐え切るのみ。

 

 

 

 「ぐ……てめぇっ!」

 

 

 

瞬時に鎌鼬を発生させ、走らせる。

その刃を見据え間合いを計り、十二分に距離を取ってから往人は回避する。

 

 

 

 「……素直にやられるタマでもねぇか」

 

 

 

ある意味では賞賛と喩えるべき言葉だったのかもしれない。

或いは感嘆の念を抱いて、刃を抜く。

永遠の力を纏った空刃が、撃たれ続けて螺旋を描く。

 

 

 

 「セ……らぁっ!」

 

 

 

螺旋となった空刃に、祐一は風の螺旋を叩き込む。

しかしそれは襲う斬撃に込められた殺気を察知し

結果として対応することが出来た……そう理解するより他無いだろう。

実際祐一は「濃密」となった殺気の行き先に合わせて受け流しているだけだ。

そうしなければならないほど、明らかに速度は上がっている。

常に風を意識して場を把握しなければおそらく一瞬でやられる。

だからこそ、増大した殺意を基準として対応するしかないのだ。

それは神業とも云える行動だったが、祐一は意識してやった訳ではない。

もっと単純な話。やらなければ死ぬからやっただけ。

全身に伝わる冷たい汗は、死の匂いを察知していたから。

 

 

 

 「祐一。あの世に行くかもしれないが、気にするな。

  全部終わって、俺が永遠の世界を手に入れたら――――全部元に戻るから」

 

 

 

それは慈悲の無い言葉、しかし限りなく大きな情を込めた言葉。

 

 

 

 「させ……っ!?」

 

 

 

一弥が即座に駆け寄ろうとするが、その一歩目を踏み出す直前に美凪が動く。

 

 

 

 「……駄目です。あちらはあちら。……私達は、私達です」

 

 

 

呟く少女は大鎌を突き出して彼の動きを封じる。

牽制として幾らか刃を振るい、一弥もまた己の刃で防ぐ。

 

 

 

 「だったら!……先に貴女を倒すまでです!」

 

 

 「出来るものならどうぞ?……同じ言葉を、返します」

 

 

 

一弥が雷を空牙に宿し、美凪へと斬りかかる。

放電する余波までも武器と変え、更に背中に生えた片翼は高分子カッターとなる。

擬似二刀流……いや、正確に言えば二刃流。

二つの刃の角度を変え、軸をずらして同時に放つ。

本来ならば防ぐことが困難なその攻撃を、美凪は迷うことなく回避する。

間合いの外になる程大きく後退し、一弥の空牙が大地を抉る瞬間を逃さず

空牙“もどき”たる大鎌の形を棄て、一本の長大な槍を形成、投擲。

一点突破用なのだろうその槍は、雷の翼に風穴を空ける。

ちっ、と小さく吐き棄て、霧散するよりも速く一弥は背に生えた雷の翼を翻した。

雷の元素そのもので構成されたその羽根は、触れるだけで十二分な威力を発揮する。

が、その攻撃を美凪はあるモノで受け止めた。翼を貫いた槍を諦め、消失させ

代わりとばかりに新たに展開した紙片を自分を包む程の膜状の盾と変える。

それは、拡散する雷翼の熱量を全て相殺し、衝撃すらも削いでいく絶対強度の外殻となる。

一弥の雷を抑えきったその紙片の盾は、美凪が指を幾らか動かすことで構成を変化させる。

ぐにゃり、と形状を歪めた紙片は、攻撃の型――獣へと姿を転化させた。

紙によって生み出された白の獣。それは、美凪が創り上げた“白虎”に他ならない。

身の丈を超える巨大な白虎。その頭部を構成する紙片だけで一弥の身長とほぼ同じ。

紙片の構成速度、雷翼を貫くその威力……明らかに先ほどより上がっている。

今の状態の自分では、必ず勝てる相手ではないことは明瞭。

 

 

 

 「噛み千切りなさい」

 

 

 

その言葉に従うように紙の虎は声にならぬ咆哮をあげた。

大きく開かれたその口で、その牙で、その爪で、一弥へと飛び掛かる。

彼は咄嗟に空牙を棄てる判断を下す。牙が迫り、己の身を裂こうとしているのが解った。

虎の口が閉じられるよりも速く両腕を伸ばし、噛み砕こうする口との力比べに移行する。

 

 

 

 「ぐ……生憎、僕は技巧派で……力押しタイプじゃない……んです、けど――ねっ!」

 

 

 

腕の血管を浮き立たせながら、腕の筋肉へと雷撃を流す。

刺激を与えて一時的に力を底上げする。云わば一弥流の【筋力強化】。

そのまま最後の一言に気合を乗せその口を上下に真っ二つに引き千切った。

千切った所で所詮相手は無命の紙片。

雄叫びも悲鳴もなく、云わばあっさりと構成を解かれた紙片の山は

再び空牙“もどき”となって美凪の手元へと戻っていく。

一弥はすかさず転がる空牙の柄を蹴り飛ばして上に上げ、その手に握る。

構えを殆ど省略し、鎌をチャクラムのような円状の軌跡で振りながら

己ごと突進する技――【墓標の爪痕】へと切り替えることで美凪という壁を突破する。

 

 

 

 「じゃ、まぁっ!」

 

 

 「……っ!」

 

 

 

結果的にまんまと横を抜けられた美凪は、思わず歯噛みする。

紙片の構成を空牙“もどき”にしていた分、反応が僅かに遅れてしまったのだ。

一弥は脇目も振らず勢いのまま、往人へと突撃する。

刀と大鎌が交差し、まるでTVゲームのエフェクト音に似たそれが響く。

衝撃によって着地した一弥は全体重を片足に乗せ、回し蹴りを往人に放つ。

往人は至近距離で放たれたその蹴りに対し、目測で間合いを取る。

触れる寸前でバックステップし、一弥と祐一から距離を離す。

結果として祐一から往人を切り離せたため、一弥の狙いは成功する。

 

 

 

 「往人さんっ!」

 

 

 「兄さんっ!」

 

 

 

互いに相棒の傍へと飛び移るが、往人達より先に一弥と祐一が体勢を整える。

二人は言葉を必要とせず、交わした視線のみで次撃を打ち合わせ、タイミングを合わせた。

祐一が左腕を正面に突き出し、一弥が右腕を正面に突き出す。

腕同士を横付けし、互いの元素能力を発動させる。

 

 

 

 「――――風っ!」

 

 

 

風が螺旋を描き。

 

 

 

 「――――雷っ!」

 

 

 

雷が閃光を放つ。

 

 

 

 「「――――波ぁぁっっ!」」

 

 

 

相克し合う二つの属性が融合し反発し牙となる。

稲光を纏った竜巻が、疾風を纏った迅雷が――――荒れ狂う!

 

 

 

――――弩! 轟! 裂! 閃!

 

 

 

音、或いは映像を文字で表すならばそんな単語が相応しいのだろう。

結び編まれた風と雷が、往人と美凪を屠る攻撃と変わる。

実の所、会場にいる七星学園の一年生はこの技を見たことがあるのだが、

直接対する往人と美凪にとっては初めて見る技。

二人は、風と雷が祐一達の腕に宿った瞬間に威力の高さを感じ取っていた。

例え強化している状態であっても、防御なしでまともに浴びるのは分が悪いと悟る。

撃たれてしまったのは仕方が無い。止めれば済むこと。

まもなく放たれたその“光り輝く螺旋”に、美凪は判断を下す。

 

 

 

 「下がってください」

 

 

 

美凪は呼びかけるようにそう言って、往人は意図を読み取る。

すばやく一弥の雷翼を防いだ防御膜と同じものを正面に展開する。

展開して間もなく、防御膜に強烈な震動と視界を覆い尽くす閃光が走る。

その直撃は膜を作り出す根幹である紙片を震わせ、軋ませる。

ガリガリガリ、と削り取るような音を響かせながら、それでも防御膜は崩れない。

祐一と一弥が力を合わせたとしても、今の美凪とは拮抗しないという事実を提示する。

わざわざ往人の手を煩わせるまでもない。神器だと嘯こうが、所詮この程度。

 

 

 

 「……期待外れ、です」

 

 

 「だな」

 

 

 

そう呟き、二人は視界を覆い尽くす閃光を冷めた瞳で眺める。

風雷波と呼ばれたその技の勢いも、受け止めた瞬間に比べれば弱くなり始めている。

嘆息しそうな感情を余所に置き、美凪は次手に思考を移す。

 

 

 

 「もうそろそろ……終わると思います」

 

 

 「なら、蹴散らすだけだ」

 

 

 

僅かに交わした言葉で、彼女は往人の言わんとすることを理解した。

言葉は飾らずとも通じる。彼らは互いを信頼しているから。

けれど、それは祐一と一弥にとっても同じことなのである。

彼らが言葉を交わすことなく完璧にタイミングを合わせ、風雷波を放ったのがその証。

往人達の視界を覆い尽くす程の大出量。

並の帰還者ならばその一撃で軍団でさえ一掃することが可能な、彼らにとっての切り札。

最強の貫通力を描き出す矛たる雷と、その雷を削ぎ落とし薙ぎ払う風。

あえてその二つを同時に使用することで威力を弾き出すのが風雷波。

それだけの力を持っている筈なのに、“防がれた”。手応えを感じなかった。

直撃するかという一瞬、美凪が紙片を盾としているのを見た。おそらくそれは正しい。

つまり、風雷波は精々目晦まし程度の効果にしかなっていないということ。

ならば答えは簡単だ。風雷波では勝てない。二人は視線を交わし、その結論に至る。

しかし瞳に動揺という色は無く、寧ろ強い意志を蓄えていた。

目晦ましにしかならないのならば、それを利用する。

威力を弱める“振り”をして、祐一と一弥は次の手に移る。

大地を踏みしめて僅かに力を溜める。

そのまま前傾姿勢を取り、勢いをつけて斜め前方へと身を飛び込ませる。

 

刻むは祝詞。謳うは詔。奏でるは呪文。

 

 

 

 「――――風雷の牙よ……!」

 

 

 

始点となる叫びを発したのは一弥。祐一の背中に足を降ろせる程に高く身を翻させ、

大地を穿つように雷を宿した右拳を「ソレ」へと叩きつける。

 

 

 

 「――――貫き通せ!」

 

 

 

対となる言葉は祐一の唇より零れ落ちる。一弥の気配を背中に感じながら、

空間を切り裂くように風を纏った右拳を真上の「ソレ」へと振り抜く。

 

 

 

 「「――――雷迅風牙槍っ!」」

 

 

 

 

 

その言霊は、風雷波という技ですら目晦ましと割り切れる切り札。

振り下ろした一弥の右拳は「ソレ」――――“振り抜いた祐一の拳”――――と激突する。

その衝撃によって雷と風が弾け散り、風は一本の槍を形成する。

迸った雷を風の槍が吸収する。雷の鎧は暴走する風を御していく。

二つの元素が混じり合い、槍はより鋭角な形状へと進化を果たす。

音こそ轟々と唸りをあげているが、その槍は、場違いな程静寂に其処に存在していた。

 

 

 

 「「いっ……けぇぇっっっ!」」

 

 

 

生み出された風雷の槍は、一筋の閃光となって目標を襲撃する。

“風と雷を合わせる”という意味では、どちらも構造は変わらない。

極端に云えば『全く同じ技』という喩えも可能なのだ。

だが、この二つの技は「全く同じ」であると同時、「全く別」でもある。

 

「風」と「雷」を同時に撃ち出すことで相乗させ、広範囲を対象とする【風雷波】。

「風」と「雷」の形状を特定の形に固定し、唯一点を対象とする【雷迅風牙槍】。

 

云わばその違いは、風と雷の「質の違い」である。

暴風に雷を乗せることで力を拡散させ、広範囲を攻撃する風雷波に対して、

雷迅風牙槍は、風と雷を互いに喰らい合わせ……力の全てを「槍」という形に限定する。

つまり、風雷波のままでは拡散してしまう技の威力を一方向に収束しているのだ。

無論、本来なら収束させる必要は無い。必要無い程、風雷波は既に完成されている。

だが、二人はそれで良しとはしなかった。

“互いの力を相乗させる”という完成形に辿り着きながら、更なる何かを求めたのだ。

その答えがもう一つの切り札――――“雷迅風牙槍”――――となった。

風雷波という力そのものを凝縮させた一条の“牙”は、同じ力であっても違う力。

 

 

 

 「無駄で……っ!?」

 

 

 

故に――――貫けぬ盾は存在しない!

紙片の盾に直撃した風雷の牙は、紙片の構成すら破り捨てていく。

 

 

 

 「きゃぁぁぁっっ!」

 

 

 

抑え切れなくなった力の余波を浴び、美凪が思わず悲鳴を漏らした。

何とか直撃は避けたものの、元々の威力が威力である。

強化した状態であっても“まとも”に喰らう訳にはいかないと判断していたのだ。

紙片は雪のように舞い散り、美凪の身が勢い良く大地に叩きつけられる

――――寸前。彼女の後ろに控えていた往人がその背中を支える。

 

 

 

 「美凪っ!」

 

 

 

叫びながら往人は右手を祐一達に翳し、法術を展開する。

 

 

 

 「法術解放……衝!」

 

 

 

言霊にはその力を宿させたが、強力な足止めは必要ない。

一時的に二人の動きを鈍らせる程度で充分。

避ける手段を持たなかった祐一と一弥は、衝撃を浴びて後方に吹き飛び

結果として飛び込んだ分のアドバンテージを失う。

その間があれば充分だった。往人は左腕で美凪を背中から抱きすくめ、

鋭い視線を祐一達に向けながら囁く。“大丈夫か?”……と。

腕に込めた僅かな力で、彼女に何をすべきかは伝わった筈。

身を預ける美凪が何故か頬を薄く染め僅かに頷き、散った紙片を再び制御下に置く。

 

 

 

 「――――“天に舞いし星屑は”」

 

 

 

そのままの姿勢で美凪が指を振り、祝詞を声に載せる。

祝詞と【式紙】の能力によって操られた無数の紙片が宙に浮く。

 

 

 

 「――――“刄となりて地に堕ちる”」

 

 

 

美凪をその広い肩幅で支えながら、

抱きすくめた左腕を真上に掲げ、往人は祝詞を続ける。

式紙の力を受けた紙片に法術の力が宿り、淡く輝く。

紙片は標的に向けてその切っ先を向けた。無論、標的とは祐一と一弥である。

其が祝詞は、【死法剣】と【欠翼姫】が対なる使徒であるからこそ成立するもの。

翼人の力の源泉たる月。月を彩る星の煌きを模した……涙雨。

 

 

 

 「「…………“降り注げ――――――――【星ノ砂】”」」

 

 

 

無数の紙片を弾丸と置き換え、法術によって高速落下させる。

その光景はまるで流星の如し。故なる名が、【星ノ砂】。

標的を中心とし、紙片は周囲一帯に降り注ぐ。

 

紙にあるまじき轟音が祐一と一弥の下で炸裂する。

法術によって吹き飛ばされたことで食い止めるチャンスを失っていた二人は

それぞれ簡易的な結界を展開し、威力を削ごうと防御に専念する。

 

 

 

 「っ……っ!」

 

 

 

風の結界に紙片が降り注ぐ。

 

 

 

 「ぁ……っ!」

 

 

 

雷の結界に紙片が叩き込まれる。

二人が防ぎきれない幾つかの紙片が、斬、と音を鳴らす。

神衣を薙ぎ、或いは皮膚を薙ぎながら祐一と一弥の力を奪っていく。

風雷波、雷迅風牙槍と続けて放った所為で元より消耗しているのだ。

結界を維持する余裕も殆ど無く、もって数秒。

ぷちり。ブチ。……ブチブチ……ッ! と血管が切れる音が耳に届く。

まもなくして互いのこめかみが血を滲ませた直後、変化が生じた。

 

 

 

 「けふっ!?」

 

 

 

その音は、紙片がもたらす轟音の中にあって確固たる音を響かせた。

呼吸に混じる戸惑い。吐息に隠れた悲鳴。

口から吐き出されたのは、紅の色。血の赤。

その血を吐いたのは、血管が切れ始めた祐一でもなければ一弥でもない。

けふ、けふ、ごふ、と立て続けに血を吐き出し、“彼女”はその唇を掌で押さえた。

瞳には戸惑い。そして悔しさ。押さえながらも更に吐血。

手の隙間から滴る血は、明らかに美凪の様子を変化させていた。

その所為なのだろう。二人を襲っていた【星ノ砂】の威力が弱くなった。

【星ノ砂】を操作する片割れである往人もまた同じく――――。

 

 

 

 「が……ぐっ!? かはっ!?」

 

 

 

敵を目の前にして、二人の使徒は同じように吐血していた。

好機と解っていた祐一と一弥だったが、自己の消耗により神衣の構成を失う。

編み込まれていた筈の白い衣装は姿を変え、琥珀とリボンの形状に戻る。

胸元に光るその琥珀色を見つめて、祐一は思わず口をつく。

 

 

 

 「っ!? もう……かよっ!?」

 

 

 

神獣との適合率が高い反面、彼ら神器は神衣の着装に限度がある。

実の所、永続的に神衣を纏っていられる訳ではないのだ。

大技を立て続けに使ってしまったことがここで災いした。

そして、神衣を纏っていたからこそ誤魔化せていた痛みが一気に反動となる。

 

 

 

 「ぎ……ぐぅっ!?」

 

 

 「は。はっ!……がぁっ!?」

 

 

 

神器である所為で掛かる負担。

成長しきっていない肉体で神たる器を維持するという無謀。

本来ならまだ持たせられる筈だった。その筈だったのに!

それは悔しさか。その感情が、膝を屈することだけは認めなかった。

目の前に、鏡がある。認めてはいけない自分の姿が、其処に在るから――――!

 

 

 

 「かふ! げほっ、かはっ!」

 

 

 「ごふ!? ぜ、――――っ」

 

 

 

翼人に連なる力を持っていたことが、全ての元凶だった。

法術と翼人の力……それは云わば正道なる善の力に他ならない。

その力を備えながら、永遠という邪道なる悪の力を得たという二律背反。

自己という存在そのものが矛盾する。相反する力が身を蝕む。

滅ぼさぬために互いに刻んだ盟約。その盟約を解いた以上こうなるのは解っていた。

解っていたからこそ……膝を落とす訳にはいかない。

目の前に、自らが求めるモノがあるから――――!

 

 

 

相対する四人が、全く同じように血を零す。

武器を握る余裕も無い程満身創痍な有り様で、しかし彼らの瞳は死んでいなかった。

感情を宿し、それぞれがそれぞれの鏡を睨みつける。

 

蒼銀の刀を持つ仮初の主、相沢 祐一。

朱金の刀を持つ仮初の主、国崎 往人。

時が停まったかのように、二人の視線が交錯する。

其、明鏡止水也。

 

 

絆の刃。空色の鎌。継ぎし勇者、倉田 一弥。

白の紙片。白の呪符。翼無き姫、遠野 美凪。

心が停まったかのように、二人の瞳が閉じられる。

其、哀切慟哭也。

 

 

 

 

 

 

もう。語るべき言葉はない。そう解っていて。ずっと縋って。無様を晒した。

親友、好敵手、相棒。そう呼んでいたし、そう思っていた。

信用ではなく、信頼していた。

きっとそれは自分だけではなく、彼も。

鏡に例えられたように、自分と彼はそっくりだ。

性格が似ているとかそういう意味ではない。

その在り方が……不器用なまでに翼人たる彼女を求めたその在り方が、似ていた。

神器となった祐一の心に在るのは、神奈への想い。

使徒となった往人の心に在るのは、観鈴への想い。

狂おしい程に感情が暴れていて。

 

――――明鏡止水を謳った刃に隠れた心は、哀切と慟哭。

 

 

 

 

 

 

話し合う……それはもはや意味をなさないと解っていた。彼女を敵だと認めていた。

だけど、言い訳と罵られてもいい。けれどこの人にだけは伝えたい。

二人目の姉と慕った彼女。

尊敬する兄がいて、立派な姉が二人もいる、それがどれだけ誇らしかったか。

大好きな少女の実の姉、自分にも優しくしてくれた、本当に素敵な人。

どちらも負けない程に『少女』を大切に想い、愛していた。

自分と少女、そして彼女の三人で笑っていたあの頃。

まるで泡沫の夢である、と夢魔が嗤った気がした。

しかし、そんな夢は……きっと何も可笑しくなんてない。

一弥も、美凪も。みちるを大切に想っていることに違いは無いから。

神器となった一弥の心には今もちゃんとみちるへの想いが溢れていて。

使徒となった美凪の心には今もちゃんとみちるへの想いが溢れていて。

澄み切った感情は、水面に落ちる雫の様に。ただ静かで。

 

――――哀切と慟哭で覆われた刃に込められた想いは、昔と変わらず明鏡止水。

 

 

 

 

 

 

 「往人」

 

 

 

全身を蝕む反動を堪えながら、祐一が名を呟く。

 

 

 

 「祐一」

 

 

 

唇から血を滲ませて、往人が名を呼ぶ。

それは、本当なら極当たり前な行為。

ついさっき再会したばかりで、何故にこうも重く響く?

永遠を共に討とうと誓った親友の姿。

同じ悲しみを味わった青年と少年。

 

――――――何故道を違えたのだろう?

 

一人は神器として永遠を滅ぼす者へ。

一人は使徒として永遠を望む者へ。

 

 

刃を交わしたからこそ解る。

何も変わっていないのに、昔のままなのに。

ボタンの掛け違いのように、ほんの些細なことなのに。

分かり合えるはずの二人の間に生まれたひずみ。

あまりにも大き過ぎる禍根となって、互いの心に刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 「美凪さん」

 

 

 

殺すべき敵と認識している。割り切れている。

それでも、敬愛すべき姉だから……その名前を呼んだ。

 

 

 

 「一弥さん」

 

 

 

許せぬ相手だと理解している。感情はとっくに整理されている。

けれど、同じ過去を共有した弟だから……その名前を呼んだ。

そうした所で何の意味も無いのだろう。呼びかけは虚しい行為なのだろう。

互いに名を呼ぶ資格も、それに応じる資格もないのかもしれない。

大切な少女を失い、生きる望みを一度は亡くした二人。

一弥は抗うことを選び、美凪は行方を眩ませた。

それが二人を決定的に異ならせた現実。

本来なら優しげに笑う筈の姉弟は、今この時悔恨に満ちていた。

同じ人を大切に想うが故に、道を違え。在り方を違えた。

 

――――何処かで、道は分かたれた。

 

一人は神器として永遠を討つ者へ。

一人は使徒として永遠を願う者へ。

 

 

僅かに交わした二人の言葉。

未だにあの頃に芽生えた想いは消えていない。

それが理解できてしまうから、認められない。

何故生きながらにして死ぬことを選んだのかが。

何故失われた世界で生きることを選んだのかが。

 

 

 

――――何故、みちるが憎んだ永遠を求めるんですか!?

 

――――何故、みちるがいない現実に耐えられるのですか!?

 

 

 

その求めは、その訴えは、言の葉にすらならない。

その想いは、その苦しみは、言霊となって心に響いた。

 

二人の心が泣いている。

二人の魂が哭いている。

 

理解不可能とまでは言わない。

まかり間違えば立位置が逆転していてもおかしくないから。

一弥が使徒に、美凪が神器に。それは所詮IFでしかなくて。

己の誓いに殉じるために、仲違いをするしかなかった。

 

 

 


 

 

 

 「俺は、過ちを認めていても……迷いはしない」

 

 

 

悪魔である。修羅である。鬼である。

どれほど蔑まれても、己の道を貫くと誓った。

祐一にとっての往人の在り方は、憧憬。

憧れるからこそ――――赦す訳にはいかない、敵。

 

 

 

 「……私は、必ずみちるを取り戻す。誰にも邪魔は――――させない」

 

 

 

科人。罪人。咎人。決して誰にも赦されない、悪逆。

行いが無駄であることを知り、行いが侮辱であることを知り。譲らないことを誓った。

一弥にとっての美凪の選択は、羨望。

羨むからこそ――――赦す訳にはいかない、敵。

 

 

その身を代価とし、身を蝕ませても其処に在ろうとする強さ。

永遠に堕ちた彼らが、足掻き抜いて手に入れた力。

神器に至った彼らが、望み望まず手にした力。

もはや、言葉に意味がなければ。もはや、在り方を語る意義もない。

ならば認めよう。ならば理解しよう。ならば赦そう。

永遠を選んだその道を。神器に至ったその道を。同じ道を選ばなかった過去を。

 

四人の視線が絡み合う。

“はじまりのおわりをおわらせよう”と語り合う。

蒼銀が、朱金が、空色が、白色が。

煌きは心の涙に呑まれ、激情へと練磨される。

 

使徒と化した彼らを尊重するからこそ、「それ」以外に手は無い。

「それ」以外は、きっと彼らへの侮辱に成り下がる。

神衣に成り代わる琥珀を握り締めて祐一は決意する。

神衣に成り代わる蒼色を指に絡めて一弥は決意する。

期せずして、兄弟は同じ呪を紡いだ。強き想いが、言葉となった。

 

だからこそ――――。

 

 

 

 

 

 

 「「神衣、着装ぉっ!」」

 

 

 

再び白色を展開し、蒼と黄の鎧を纏う。

神器【青龍】と神器【白虎】という“もう一つの自分”に変貌する。

己の“総て”を賭して、“己自身”という鏡を砕こう。

必要ならば血を賭ける。必要ならば魂を捧げる。

故に。自分を喰らい尽くす祝詞を、紡ぐ。

 

 

 

 「――――天空ヲ守護セシ蒼キ龍神」

 

 

 「――――雷帝ヲ纏イシ白キ獣神」

 

 

 

自分を喰らい尽くすその呪を唱えて、それでも二人は揺るがない。

自らを失う訳にはいかない。失わせたりしない。

己は己のまま、己として“己”を屠る。

 

 

 

 「――――我捧グ。我至ル。我下ル。我ハ空ヲ司ル者。我ハ全テヲ切リ裂ク者」

 

 

 

荒れ狂う嵐は俺の心。風は己の味方。ならば青龍は我が伴侶。

全てを受け入れ、喰らい尽くされ喰らい尽くし、総てを取り込む。

 

 

 

 「――――我捧グ。我至ル。我下ル。我ハ閃ヲ司ル者。我ハ全テヲ貫ク者」

 

 

 

狂い咲く閃光は僕の想い。雷は己の守護者。ならば白虎は我が伴侶。

全てを受け止め、喰らい尽くされ奪い尽くし、総てを委ね力に変える。

 

 

 

 「「――――我ハ汝。汝ハ我。我ハ汝ト共ニ。汝ハ我ト共ニ」」

 

 

 

自己を失い、自己を取り戻し、自己を忘れて思い出す。

 

 

 

 「「――――我、代価也。汝、褒章也」」

 

 

 

神獣を呼び覚ます。代価を払う。己という個を捧げる。

捧げる代わりに神獣を降ろす。自分自身を“神獣”と錯覚させる。

 

 

 

 「「――――我、汝ニ従イシ者也」」

 

 

 

我は汝の伴侶。我は汝の同胞。我は、汝の僕。

我は願いを同じくする者。我は汝を護る者。我は、汝の主。

 

 

 

 「「――――汝、我ニ従イシ者也!」」

 

 

 

 

 

 

だからこそ――――もう二度と。彼らは笑い合えない。

 

 

祐一と一弥が唱えた呪。

青龍と白虎、双璧を成す神の獣。

風を纏う龍、雷を纏う虎。

祐一は鳶色の髪と瞳を、己が刀と同じ蒼穹へと変える。

一弥は亜麻色の髪と瞳を、雷神が如き黄金へと変える。

竜虎の慟哭と憤怒、相対し共存する神の獣が、目覚めの時を迎える。

 

神の牙と永遠の牙。

対立する狂気。

螺旋は相克し、融合を求めず。

 

三人の乙女がいたのなら、この戦いを哀しんだろう。哭き叫んだだろう。

自分の愛しい人が、大切な人同士が牙を向け合う悪夢。

何故こうなったのだろう、そう言いながら泣いただろう。

今はもう存在しない純白の翼。

二対四枚の翼が蒼銀と朱金の戦いを嘆き。

片羽の翼が姉と恋人の戦いに苦しむ。

 

観鈴、神奈、みちる。

三人の翼人がこの世にいない、全ての始まりはただそれだけ。

倒すべき者は、かつて信じた己自身。





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