Eternal Snow

145/狂楽と運命

 

 

 

 『――――始めるとしよう。僕達の狂楽ゲームを』

 

 

 『――――終わりにするさ。俺達の運命ゲームを』

 

 

 

運命? 狂楽? それとも宿命?

自分達を取り巻く単語はその全てであり、その全てが間違っているのかもしれない。

口から零れる程度の言葉では自分達を言い表すことなぞ出来ないとさえ思うから。

ただ、戦わなければならぬ相手だった。

己が桜井舞人であるならば、それだけで朝陽を許容出来ないから。

自身が朝陽という存在ならば、他の誰よりも桜井舞人は許せざる敵だから。

 

 

 


 

 

 

他方への支度を終えた朝陽が舞人に告ぐ。

 

 

 

 「これで仕切り直しと邪魔者排除は完了。

  より一層君の不利が確定した訳だけど、気分はどうだい?」

 

 

 「……さーな。最悪だってことは間違いねぇけどよ」

 

 

 「何度も言うけど、久し振りの再会だからね? お互い気分は悪くなるよね、そりゃ」

 

 

 「ああ、くどいから黙れ。お前と変に気が合う所為で余計吐きそうだぜ、ったく」

 

 

 「君の顔も見飽きたよ。……ま、同意見だけどね?

  さ、て。これからやり合う訳だけど……何か言い残すことある?」

 

 

 

舞人は憎しみと呆れの篭った小さな笑みを浮かべる。

己の感情は、目の前の彼を『敵』と叫ぶ。

欠けながらも思い出した記憶は、過去と変わらぬその姿を『見飽きた』と語る。

そして、ソレとは違う何かが『許せない』と騒いでいた。

 

 

 

 「俺とお前の間で? 今更? おいおい……勘弁してくれよ」

 

 

 「ははっ! 道理だね――――それは……僕も同じだよ!」

 

 

 

舞人と朝陽、世界が滅んだとしても決して相容れぬ二人が駆ける。

舞人の手には、永劫なる罪悪感の果てに見つけ出された希望、雫。

朝陽の手には、永遠なる己が欲望の果てに獲得した狂気、永遠なる力。

腕に沿って桜色に煌く死刑執行の刃は、己の力の象徴。

桜と桜。二対の桜。花見には相応しくない血糊の桜。

 

振りかざした力と力が交差する。

槍と刃は同じ桜の色を宿し、二人の感情を代弁する。

一合、二合、三合――――先程の合わせとは違う「殺意」を込めた“殺陣”。

 

“殺せぬ”舞人の槍撃は“殺せる”程の速度と力を以って、朝陽の身体を狙う。

だが、彼らの間には因果律が存在する。殺せる者と殺せぬ者という理が。

故に、幾ら血を流させようとも舞人は決して致命傷を与えることはできない。

どれだけ強力であっても、どれだけ速くとも――――そう“運命られた”から。

 

一切の“けれん”無き、正面への刺突。槍というリーチを活かした中距離への突き。

朝陽はこの一撃を同じ刺突で返す。死刑執行の刃の頂点に、雫の先端が激突する。

理を持つ故に、朝陽は例えその一撃を受けたとしても死なないだろう。

あえて喰らうという手段も朝陽にはある。するだけ無駄だと教えることも出来るから。

だが、痛いだろうことは間違い無いのだ。しかも舞人の攻撃を浴びる義理は無い。

伸ばした腕と腕の間に存在する二つの得物は拮抗し、震えてすらいない。

本来、現状の舞人では朝陽と拮抗さえ出来ないのだが、そこは朝陽なりの遊び心か。

“手加減されている”……舞人もそれを判っているから、言葉を吐き棄てる。

 

 

 

 「永遠を選んで、力を得たってか。目的は……訊くまでもないよな」

 

 

 「うん、そうだね。何の意味も無い事だよ。君から取り戻すための力だからね」

 

 

 「誰がお前に渡すか。笑えない冗談は言うんじゃねぇよ」

 

 

 

主語無き言葉であっても、彼らには通じ合う。

何故なら「それ」は、この二人にとって確認するまでもないこと。

舞人は決して渡すわけにはいかず、朝陽は絶対に取り戻す。

いや、「ソレ」はモノでは無いから、渡すも取り戻すも無いのだが。

 

 

 

―――――――だから、分かり合えない。

 

 

―――――――だから、解り合いたくもない。

 

 

 

幾度となく世界を渡ろうとも、幾度となく対立しても。

“最初のトキ”に同胞であることをやめた時点で、彼らは二度と理解し得ない。

そもそも分かり合うつもりはない。馴れ合いをするのは毛頭御免。

そういった点においては二人の感情は一致していたのであるが。

 

 

 

 「せー、の!」

 

 

 

朝陽が掛け声と同時に腕を振り上げる。

腕に沿う桜色の刃はそのまま攻撃となって舞人に襲い掛かる。

雫を横に構え、柄で振り上げを押さえ込む。

舞人はそのまま一瞬力を緩めて虚を生み出し、翻した雫の石突で朝陽を突き飛ばす。

 

 

 

 「お、っと!――――ハハッ! さ、粘って御覧?」

 

 

 「うっせぇっ!」

 

 

 

が。突き飛ばしたとはいえ、槍と刃というリーチの利点は存在しなかった。

たまたま今は突き飛ばすことに成功しただけのこと。

繰り出された刃は、防御しなければ舞人を確実に裂いていただろう。

何故なら死刑執行の刃は腕に沿う光状の武装であるから、長さに限定が無い。

伸ばそうと思えばある程度長くなるし、短くしようとすればそう出来る。

今の朝陽は舞人に合わせ、己の腕よりも長い刀身を生成している。

決して圧倒的な差にはせず、絶妙な間合いを維持する。

その理由はただ一つ――――そうすればより「面白い」から。

 

 

 

 「しっかり動きなよ! ほらほらほらっ!」

 

 

 

『突き、払い、受ける』……この3点こそ、槍の基本戦術にして至上戦術。

「槍」である以上、それ以外の戦い方は無いと言っても過言では無い。

変則に派生すれば「薙ぐ」ことも出来ようが、あくまで派生術。

だから、攻撃の基本は「突き」であることは疑いようが無い。

朝陽はその刃を以って、突いた。

舞人のお株を奪うように、直刀状の刃を刺し、刺し、刺し続ける。

 

 

 

 「っ……のぉっ!」

 

 

 

数撃を回避し、逃れきれない一撃へと咄嗟に穂先を合わせ、

巻き込むように槍を動かし刃を弾く。直後に引き込み、腕を押し出す。

その反動で握る手元から槍は滑り、より前に飛ぶ。

遊んでいる、遊ばれている。朝陽が間合いを自分と揃えている理由はそれしかない。

だから裏を掻く。たった一瞬だけでいい、間合いを狂わせ一撃を見舞う。

槍の真髄は点撃。剣のような線撃ではなく、機関銃のような面撃でもない。

点撃によって狙うは一ヶ所。――――――癇に障るその桜!

 

 

 

 「それは舞い散る桜のように――――」

 

 

 

僅かに槍を下へ傾けるだけで構えを省略し、祝詞を刻む。

 

 

 

 「雄々しく、故に強く――――!」

 

 

 

放つ槍技は剛破槍。ただ一点を貫く剛の一閃。

理がそうある以上、「舞人」は「朝陽」を殺せない。

勝敗の事由を生死に限定するならば、舞人は確実に死という敗北を喫する。

だが。それは殺せないというだけであり、負けるという理由にはならない。

勝てないのであれば、負けなければいい。負けない可能性を引き摺り込む。

改変という律を司る舞人ならば、不可能ではない。

故にその剛撃。朝陽を貫きながらも絶命には至らず。

絶命には至れずとも――――牙を“殺す”!

 

生じたのは、ガラスが割れるような……パキン、という音。

正道に向けられた刃へと穂先を乗せ、真っ直ぐに貫く。

夢に眠り続けた白槍は、永遠に染まった桜刃を貫き、砕く。

パキンパキンと砕けた先に存在する手刀へと槍が届く。

 

 

 

 「っ!」

 

 

 

朝陽が驚愕したのは、油断に他ならなかった。

舞人が自分達の理を理解するように……いや、ある意味ではそれ以上に

熟知しているからこそ、彼の攻撃では「自分は殺されない」ことを判っている。

だからどんな攻撃も児戯に過ぎないし、どんな行動も悪足掻きにしか感じない。

一から十まで全てをゲームと思っているから、逆に攻撃を浴びた。

驚いて手を引いた所為で、舞人の穂先は朝陽の掌を貫く。

 

 

 

 「痛っぅ……!」

 

 

 

その言葉は、舞人にとっての賛辞。

その言葉は、朝陽にとっての愉悦。

 

 

 

 「……く、はっ! はははははっ! やってくれるじゃないか舞人!

  いいね。いいよ、実にいい! それでこそ僕の敵だ!」

 

 

 

刺さった槍を引き抜き、舞人に投げ返す。

槍から滴り掌から零れる紅の血が、それがもたらす痛みまでもが愉快。

 

 

 

 「君とじゃなきゃこの楽しさは味わえないからね。

  判ってくれるかなぁ舞人、僕は今本当に嬉しいんだよ?」

 

 

 「気持ち悪りぃんだよマゾ野郎。教育的指導かましてやっから其処動くな」

 

 

 「了解了解。君の蛮勇を評して一撃喰らってあげる」

 

 

 

プライドに障るとか、そういうレベルの怒りではなく。

何時の“トキ”でも同じようなことしか云わないその在り方に憤ったのかもしれない。

 

 

 

 「そりゃどうも。だったら――――喰らえよ!」

 

 

 

編み込む力は昏き澱み。

紫であり黒であり、しかしそのどちらでもない色。

左手の甲が輝く。それは疼き。早く暴れろという叱咤。

名前なぞ無い。技なぞ無い。ただ力を練り込み、撃つだけの闇。

放射状に出現した闇が朝陽を覆い、襲う。

空間を蹂躙する闇には形は無く、しかし目に見える呪いとなって牙を剥く。

しかし朝陽は笑みを消さず、両手を広く開き受け止め……闇を浴びる。

 

 

 

 「どうだこの野郎っ!」

 

 

 

殺せない。だが、殺せなくてもダメージは与えられる。

だからこそ、己に喝を入れるためにも強い言葉を放つ。

 

 

――――闇の晴れた先、朝陽は悠然とした態度を崩しはしなかった。

 

 

 

 「ふ……ん、成程。君が宝珠を取り込んだってのは聞いていたけど。

  一応使えてるみたいだね?……うん、懐かしいよ」

 

 

 

何かを回顧し、彼は言う。

 

 

 

 「俺は天才だからな。不可能なんてあって堪りますかっての!」

 

 

 

一から十まで朝陽の言葉を分析してやる義理は無い。

そう思う舞人はふっと笑い、再び左手に力を込める。

次撃の闇は「形有る」闇。名称と効果は字の如く『ブラックプリズン』。

名前はあくまでシンプル。最も判り易く形を為すため。

 

 

 

 「捕らえろ!」

 

 

 

舞人の闇の力は宝珠からなるもの。そのため闇の力は全て左手を基軸とする。

取り込んだのは左手であったから、右手では同じことをしたくても出来ないのだ。

左手が混沌に輝き、その力が解放される。

幾本もの黒き柱が朝陽を包み、檻となってその動きを封じる。

己を食い止める戒めを受けながら、冷笑する朝陽。

 

 

 

 「……やっぱりこんなものか。所詮借り受けてるだけだものね? 君は」

 

 

 

期待通りに期待外れ。二人掛かりであるということは解っていた。

だからどの程度かと思ってみれば予想に違わぬ結果。

 

 

 

 「訳解んねぇこと言ってんじゃねぇよ、負け惜しみは格好悪いぜ?」

 

 

 「はいはい。そうだね、負け惜しみかもね? どーだっていいことだよ。

  一つ教えてあげる。“使えてはいる”けど、“使える”だけだってこと。

  そもそもこの僕に、借り物の力が通じるはずないだろう?

  ま。元からそうだったんだから仕方無いんだろうけどさ」

 

 

 

そう言って、朝陽は闇の戒めを砕く。

空を噛むように柱に触れ、力を込めたかも解らない程ゆるやかに握る。

いともあっさり。……そう。何の苦労もなく、簡単に壊した。

 

 

 

 「君以上に僕は君を知ってる。その闇も、また然り。……ねぇ、大蛇?」

 

 

 

朝陽のセリフは的を射ていた。舞人は本来なら闇の能力者ではない。

宝珠を改変によって吸収し、無理やり適応させてるに過ぎない。

限りなく事実であるから、悔しいがその一面を否定出来ない。

 

 

 

 「だったら!」

 

 

 

彼は力を込める。本来の彼の能力。

全ての能力を凌駕し、全てを統べし能力。

歴史上、この能力を得たのは舞人一人。

 

罪という名の追憶の罰。哀しみの涙。

遠き日の安らぎを求め、仮初に得た償いの力。

 

 

 

 「アルティネイション!」

 

 

 

改変の力。

あえて何かの形にせず、ただあるがままを叩き込む。

それでいい。改変は全てを凌駕する能力なのだから。

 

 

 

 「甘いよ」

 

 

 

――――甘いのは、お前だよ。

 

 

朝陽は右手をかざし、盾を張る。無造作に、どこか気怠げに。

だが、甘い。舞人が持つ最強の矛はその盾を中和、侵食していく。

 

 

 

 「何?」

 

 

 「うっだらぁぁっ!!」

 

 

 

形を持たなかったアルティネイションは、ある筈がない矛盾を中和する。

意外な結果に呆気に取られた朝陽の元に、雫が煌く。

 

 

 

 「ちぃっ」

 

 

 

左手に永遠の力を発生させ、雫の一撃を弾く。

雫の切っ先は朝陽の掌に血を滲ませた。両の手を血で彩らせる。

大きく弾かれずに済んだ舞人は、その流れを利用したまま雫を繰り出す。

 

 

 

 「せやぁぁぁぁっっ!」

 

 

 

素人ならば見切ることさえ出来ぬ高速の連続突き。

技を使っているわけではないが、充分な腕の高さを垣間見る。

障壁がギリギリで発生し、そのほとんどは朝陽に届かなかったが。

 

 

 

 「ちっ……面白くねぇ。どうせ死なないなら素直に喰らったらどうだ?」

 

 

 「嫌だね面倒くさい。些少だろうが何だろうが痛いものは痛いんだよ」

 

 

 

吐き棄てた音は軽薄に満ちていた。それは朝陽だけでなく、舞人自身も。

幾度となく鍔を競ってきた。物理的な競り合いであったり、精神的な競り合いであったり。

幾度やっても舞人は舞人で、朝陽は朝陽だった。ならば今もそうなのだろう。

だから浮かぶ言葉は今更のように軽薄なのだ。そう解った。

油断は無い。慢心も無い。だがその分状況変化は無い、と即座に決断した。

押し問答で時間が稼げるならそれに越したことは無いと口を突く。

 

 

 

 「さっきもそうだったけどよ。冷血男の癖に血は出るんだな?」

 

 

 「まぁね。自分の血を見るなんて……この世界じゃ“彼女”にやられた時以来かな?

  まぁ君なら充分ありえるって判ってるけど。だから愉しいのさ」

 

 

 

朝陽は左手を軽く見やり、愉しげな笑みを浮かべた。

怒りを見せているわけではなく、狂っているわけでもない。

純粋に。そう、純粋に――――“嘲って”いた。

 

 

 

 「ご機嫌だな?」

 

 

 「勿論だよ。何度も言ってるだろ?

  君くらいだからね、僕を愉しませてくれるのは」

 

 

 「てめぇに褒められても嬉しくないぜ。……今度こそ、お前をぶっ倒す」

 

 

 「やれるものならやってみるんだね。

  この世界での君は僕の“対”であって、“ジョーカー”じゃない。

  舞人、今の君ならよく解ってるだろう?」

 

 

 

舞人はその言葉に舌打ちする。

彼の言う通り、今の舞人にはそれが理解できる。

舞人はあくまでも朝陽の対になるだけ。

チェスの盤面で置き換えるなら、互いの存在に差はない。

対であるから戦うことが出来る。傷つけられる。だが、傷つけるより上は無い。

殺意を込めて心臓を撃ち抜いても、どれほどの致命傷を与えても絶命にはなれず。

逆に己はヒトであるが故の差により、些細なミスでも「死」ぬ。分の悪過ぎる争いだ。

その因果を狂わせるために、その律を変えるために改変があるのだろう。

足掻いて足掻いて足掻きぬいて、やっと戦える所まで来た。

 

 

――――リメイク版じゃない、俺達のオリジナルストーリー。

 

 

 「永遠を選んだ僕と、ヒトの道を選んだ君。

  僕を打倒するために其処まで辿り着いたことだけは褒めてあげるよ。

  記憶も定かじゃないのに運命に足掻いて、もがき続けて今此処にいるんだろう?

  僕にはそんな無意味な愚行、真似する気にもなれないからね」

 

 

 

褒めているのか貶しているのか。誰が見ても後者であるのだが。

 

 

 

 「ああ。そういう意味で君は間違いなく英雄だよ。弱きを助け強きを挫く、だっけ?

  神の牙にまでなったんだ。それだけは敵の身ながら驚嘆に値するよ。

  そう、喩えるなら蛇の魔物を滅ぼし、その力を借り受けたペルセウスかな。

  ああ、丁度君は大蛇か。これは好都合……さながら君は神代の英雄なのかもね?」

 

 

 

大蛇という力を手に入れ、永遠と戦う姿は、確かにそうなのかもしれない。

語り部は語る。饒舌に。愚かな彼を笑って愉しむ。

 

 

 

 「でも、それも違う。解ってるでしょ? 君は愚かにも天空を目指したイカロスさ。

  昔教えてあげたよね? 近付きすぎればロウの翼は溶けてしまうって」

 

 

 

――――近付きすぎればロウの翼はやがて溶けてしまうからね。

 

 

 

 「幾ら羽ばたいても無駄だよ。ロウの翼は永続じゃないからね。

  足掻けば足掻いた分だけ、天には近付ける。だから僕と戦える。

  だけど、太陽を超えることは出来ない! 僕を殺すことだけは叶わない!

  面白いだろう舞人? あの時告げたあの言葉が、今もこうして君を苛む!」

 

 

 

戦える所まで来たのに、その資格が足りない。

虚しい訳じゃない、辛い訳じゃない。悔しい訳でもない。

ただ。託すしかない運命が、申し訳なかった。

 

この理を打ち破れるのは、盤面に存在しない鬼札のみ。

制限付きの殺戮演舞。それが摂理。定められてしまった、二人の宿命。

即ち。最強の矛である桜は矛足りえず、輝く夜空が大任を背負う。

 

 

 

 「やってみなきゃわからない。そんな言葉も知らねぇのか?」

 

 

 

己の言葉は白々しく聴こえても、譲れないから。

 

 

 

 「なら足掻くといい。ゲームは始まったんだ。好きにすればいいさ。

  僕は、君が救いを求めてのた打ち回る様を見て愉しむだけだもの」

 

 

 

微笑む朝陽。

アリが地を這うのを見守る人間のように。

蜘蛛の糸を登る、地獄の亡者を見る仏のように。

傲慢で、慈悲深い微笑。

それは永遠を統べる超越者の表情なのか。

 

 

 

 「だから、僕を愉しませてよ。やっと始まった狂楽を、彩ってくれ。

  僕はこの物語を創るために、あらゆる時間を犠牲にしてきたんだ。

  極上の葡萄酒を用意して、傍らに伴侶を侍らせて……鑑賞してあげるから」

 

 

 「――――っ」

 

 

 「また見せてよ。ヒトを好きになった無様な君の姿を!」

 

 

 

足掻けと言うのなら、足掻く手段はある。

けれど、その方法は使っていいものではなくて。

かつて一度だけその手段を講じたことがある。

神器であるからこそ備え得る最終手段――――【神獣の覚醒解放】。

【神器】という存在の核である“神獣”そのものの力を呼び起こす呪法。

云わば神器としての“奥義”とも言うべきそれは、文字通りの最悪手。

自分自身を生贄に、自分自身を“神器”そのものに変え、“神獣”を降ろす。

行使する力は神衣着装時の状態を凌駕するが、その代わりに自意識なぞ殆ど残らない。

制御出来るのはあくまで秒単位。暴走すればその限りではないが、跡に残るものもまた無く。

青龍が風を。白虎が雷を。朱雀が炎を。玄武が水を。大蛇が破壊を。

しかしそれは暴れ回るだけの兵器と何が変わろうか。

 

過去。黒十字が失踪し神器となって、五人で非公式に任務を行ったことがある。

丁度その任務こそが神獣を降ろしたたった一度の機会だった訳だが。

神獣を解放し、制御し切れず暴走した結果――――その島に存在する全てが息絶えた。

ただの人間も。哀れな動物も、植物も。五人以外は、残らなかった。

雷は全ての施設を溶かし尽くした。炎は全ての生物を焼き尽くした。

水は全ての陸地を埋め尽くした。嵐は全ての生命を巻き込み、切り刻んだ。

形無き破壊の力は、島そのものを蹂躙した。

彼らは……存在する全てを、一切の例外無く、消した。

許せないという感情に任せて解放して、全てが無くなった。失われた。

たった五人の少年が。神器を冠した者達が――――滅ぼしたのである。

例えどんな理由があったとしても、彼らが命を奪い取ったことに代わりは無くて。

 

全て終わり神器が目を覚ました時、最初にしたことは「吐く」ことだった。

行為に嫌悪し、血塗られた手に嫌悪し、吐いた。吐き尽くしても吐き出した。

唾液が切れて胃液が出なくて血を吐いて、もがいて胸を掻き毟った。

あの時初めて知ったのだ。自分達という存在が如何に危険であるかを。

だからこそ、二度とこんなことにならぬよう、死に物狂いで己の神獣を御してきた。

 

 

――――そう。その島は、今はもう何処にも存在しない。

 

 

その経験があるからこそ、思う。幾ら結界があるとはいえ、

此処で使って周囲の人間を巻き込まないという保証があるのか? と。

暴走したら――――制御出来ない。制御出来ないからこそ、暴走するから。

だから、使えない。

 

 

 

 「それとも、そんな勇気も無いのかな? なら君は欠陥だらけの死神かな?

  蛮勇にすらなれない異常かな? 独善に動くことも叶わぬ無知なのかな?

  何も成せない無能な愚者かな?…………或いは、最悪の異端なのかな?」

 

 

 

単なる言葉遊びは、そのことごとくが本質を抉る。

見てきたように嗤うのは、完全なる者の余裕にしか思えなくて。

 

 

 

――――答えるは、雫。

 

 

 

 「ヒトがヒトを好きになって何が悪いっつーんだよぉっ!」

 

 

 「悪くないさ。だって面白いもの。滑稽で、馬鹿馬鹿しくて」

 

 

 

憤りは、槍ぶすまとなって面撃となる。穿って貫き刺して突く。

クスクス笑った超越者、その鼻をへし折ってやるために。

無駄なんかじゃない。無意味でもない。僅かな可能性に賭けることの何が可笑しい!

そんな憤慨を舞人が抱いた直後、何故か朝陽が別の方向へと意識を向ける。

 

 

 

 「ん?……ああはいはい」

 

 

 

そう言って軽く指を振った。ただそれだけ。

戦いの場でその行為は露骨なまでの隙。

即ち――――機!

 

 

刺した。

 

 

 

 「……んっ!?」

 

 

 

穿った。

 

 

 

 「……っぅ」

 

 

 

貫いた。

 

 

 

 「……かは」

 

 

 

突いた。

 

 

 

 「痛い、ってのも……また愉悦、なんてね?」

 

 

 

無数に狙い、刺して、穿って、貫いて、突いた。

どれもが例外無く感触を残し、血の跡を引いて、傷を与えた。

 

 

 

 「――――そうだよ。それでいいよ舞人。そうでなくっちゃつまらない!」

 

 

 「黙れ朝陽! 俺は……遊びでやってんじゃねぇんだよっ!」

 

 

 

唇から血を滲ませて、必ずしも些少とは言い切れない痛みを味わい、朝陽は言う。

 

 

 

 「そんな寂しいこと言わないでよ。だってまだ始まったばかりじゃないか。

  第一、キャストが足りない。連れて来てくれなきゃ駄目だろ?」

 

 

 「……っ、誰が!」

 

 

 

舞人の中にあった感情は――――“戦わせたくない”という想い。

鬼札が……ジョーカーの役を担うのが誰なのかは、もう嫌という程解っている。

だからこそ。本当なら戦わせたくなんて無い。

 

 

 

 「解っていてやらないなら、偽善にも程遠い欺瞞だね」

 

 

 

欺瞞だろうと偽善だろうと、関係無い。

星は全ての希望となり得る。

夜空に輝く星は、人々の願いの証。

願いは光を呼び込み、最良たる未来を紡いでくれるから。

 

 

 

――――けれど、輝く、夜空のように――――

 

 

 

その言霊を彼は知っている。

宿りし運命は己に勝るとも劣らない。

いや、真実の意味合いからすればそれを超える。

だから、導かなければいけない。

 

 

 

――――『それは舞い散る桜のように』――――

 

 

――――『けれど輝く夜空のように』――――

 

 

 

己を下地とし、彼が紡ぐ筈の新たな物語。

終わった筈の物語を続ける宿命を担う、彼のために。

だからこそ自分は、此処にいる。

……いや、違う。それだけじゃない。

舞人はその言い訳に心の中でかぶりを振る。

それはただの建前。何より、護りたいのだ。

大好きな少女を、ようやく“再会”した大切な人を。自分自身の、力で。

欠片にもならないけれど、償いのために。

それを自覚するからこそ、申し訳なくて。

 

 

 

 「俺は、お前を殺せない」

 

 

 「うん、そういう決まりだ。諦めてるんでしょ?」

 

 

 

諦めたくはなくても、理が許さないから。

改変で可能性を引き込んで、大蛇の力で戦えても、最後の最後は届かない。

けれど、朝陽の言葉は違う。俺は、諦めてないから。

 

 

 

 「……ああ、俺はお前を倒せないさ。でもな、和人がいる。

  アイツが――――お前を滅ぼす」

 

 

 

希望はある。

輝く夜空が、力になる。

 

 

 

 「クク……そうだったね? そんな名前だったっけ。

  前に顔は確認してたんだけど、名前までは思い出せなくて。

  まぁ、関係無いけどね。僕は僕の流儀に従うだけだから」

 

 

 

しかしその名を告げられても、朝陽は何も変わらない。

身勝手に。自分勝手に。好き勝手に。

他の一切に構うことなく、自分の為すべき目的を目指す。

 

 

 

 「忘れるな舞人。――――桜香は、僕が手に入れる」

 

 

 

その態度は語る。誰が敵であろうと関係無い、と。

何故なら朝陽にとって目的以外は些細なこと。

けれど、そんな些細であると思い込んだ言葉が……怒りを呼び起こした。

 

 

――――こんな奴に……桜香を渡せるかっ!

 

――――ボクの目の前で……お前に好き勝手させてたまるかっ!

 

 

誰かのための感情と、自分自身への感情の二つ。

同時にそう思って、そう至った。

 

 

 

 「覚えとけ朝陽。――――桜香の嫁の貰い手は、とっくの昔に決まってんだよ」

 

 

 

この手で幸せな未来を作り出す。哀しい運命なんて認めない。

その所為だろうか? 口が勝手に動く。己の意志に従い、己の想いに従って。

 

 

 

 「異端ナル破壊ノ蛇王――――」

 

 

 

蛇を謳う。破壊を生み出す無色の王。

ぼくは、つぐなわなければならない。

舌が回る。唾液が口内を暴れ回る。

 

 

 

 「我捧グ。我至ル。我下ル。我ハ律ヲ司ル者。我ハ全テヲ砕ク者」

 

 

 

調律を奏でるように指が動く。

ボクは、あきらめるわけにはいかない。

喉が音を成す。肺腑の中から音が出る。

 

 

 

 「我ハ汝。汝ハ我。我ハ汝ト共ニ。汝ハ我ト共ニ」

 

 

 

動揺を喰らい尽くす程に心音が揺れる。

ぼくは、まもらなければならない。

左手が制御を失って、脈拍が乱れる。

 

 

 

 「我、代価也。汝、褒章也」

 

 

 

闇が意識を包み込む。自分の弱さを覆っていく。

ボクは、たたかうことをえらぶ。

左拳を握り、ともすれば操られる感覚を吹き飛ばす。

 

 

 

 「我、汝ニ従イシ者也」

 

 

 

強さを願う。力を求む。代価を払うから褒賞を渡せ。

俺の意識をくれてやるから――――朝陽を打倒するだけの力を寄越せ!

 

 

 

 「――――汝、我ニ従イシ者也!」

 

 

 

ぼくハ、ボクは、僕は、オレは、俺は、己れは――――ァッ!

 

 

 

 「オマエヲ……“ユルセナイ”ッ!おまえを……“ゆるさない”っ!

 

 

 

赤紫に近い彼の髪は、完全な紫に染まる。瞳の色も同様に。

降臨せしは、暗闇を宿した力の化身。その輝きは、大蛇の真実の姿。

破壊を司りし獣が、此処に降臨する。





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