Eternal Snow

144/惨劇と寸劇

 

 

 

 『――――始めようか。僕達の惨劇を』

 

 

 『――――終わらせる。俺達の寸劇を』

 

 

 

下らぬ寸劇、上質の惨劇となる劇が開幕する。

彩る主役は二人の銃士。譲れぬ過去と、譲れぬ想いを持つ者達。

劇が始まれば終わりがあるのは必定故に、彼らは戦う。

 

 

 


 

 

 

包みこむ浮遊感は、やがて重力を宿し、結果として大地に足が着く。

纏わり付くような濃密な空気を吹き飛ばそうと気を集中させ、弾く。

足の位置は定まり、腰の位置はおのずと安定する。

眼光はただ一点を見つめ、まるでそれだけで射殺すかのように。

 

 

 

 「何度言えば解る!? 君は邪魔なんだよ!」

 

 

 

感情を叩きつけるように司が叫ぶ。

 

 

 

 「僕の目的に介入するな! 僕から奪うなっ!」

 

 

 

司は、茜と詩子を手に入れるため、永遠を求めた者。

求めるモノを奪い取る者……即ち、茜と詩子を“護る”浩平こそが敵と見なした。

浩平が持つ拳銃と対を成すかのように、彼もまた銃の使い手で。

宿命によって形作られた対立ではないのに、二人は引き合った。

そう、本来『停滞』と『煉獄』は相互しない。相関しない。相克しない。

“永遠の雪”という世界において、彼らは「必然」の対立を生む者ではない。

この出会いは、偶然が因果を呼び込んだだけの、イレギュラー。

だが、彼らにそんなことを知る力は無く。故にこうして互いを敵と見なす。

それもまた、形を変えた運命。

 

 

 

 「目的? 奪う? 舐めたこと抜かしてんじゃねぇぞコラ。

  自分勝手にも程があるって判らないのかクソガキ」

 

 

 「解らないね! 解る必要が無い! ただ君が居なくなればいい!」

 

 

 「つーか、同じ台詞に飽きたっつーの。ガキには話が通じない……!」

 

 

 

拳に炎を宿し、その拳を正面に突く。

“遠当て”の要領で、炎は拳大の弾丸となる。

 

 

 

 「ガキ……か。素直に喰らう程素直じゃなくてごめんね〜」

 

 

 

掌を軸として能力を発動……“停止”の盾を作り出す司。

その盾により拳気を受けきる。

 

 

 

 「ちっ、器用な真似するじゃないか……だったらこれでっ!」

 

 

 

ラムダガンナーの弾種を『Burst』に切り替える。右手で銃を構え、左拳を握り、

二つの炎を顕現させる――――結果、炎拳と拳銃が織り成す二挺拳銃となる。

 

 

 

 「いっ……けぇぇぇっっっ!」

 

 

 

弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、

弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、

弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、

弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音、弾音、拳音。

打ち鳴らされるのは炎の雨。停止させる間を与えないための連続攻撃。

しかし、相手が司であることから、こんな簡単に倒せるとも思っていない。

 

 

 

 「どうせ無事なんだろ? 煙に隠れて隙突こうってか?」

 

 

 

声の先、煙が晴れることでその姿が顕わとなる。

先ほどと同じく、傷一つ無いまま掌を突き出し佇む司が居た。

 

 

 

 「ふん。何だもう終わり? 思ったよりバテるの早いじゃん」

 

 

 

その声は浩平を侮りきったモノで。

 

 

 

 「お前のテンションに付き合ってられるか馬鹿」

 

 

 

受ける浩平は冷静に言葉を吐き棄てる。いい加減に頭に来ていた。

佳乃のこともそうであるが、それはあくまで個人的なこと。

そういう意味合いでの憤りではなかったが、けれど間違いなく怒っていた。

司に向けて彼はこう言った。癇癪を起こすな、と。

浩平が抱いている怒りとはその点にある。

子供が喚き、震え、感情を表に出す。玩具を取り上げられて泣く。

欲しいモノがあるからと駄々をこねる、あげないと言うから反発する。

 

司の行動とは結局の所、その域を超えないのだ。

もし其処に“成長した恋愛観”があるならば、もう少し別の形があった筈だ。

永遠に染まった以上そうなればそうなったで厄介だったとは思うが、考えるだけ無駄。

ともかく、その程度のことでしか戦えないことに苛立つのだ。

 

 

――――好きで好きでどうしようも無くて、君が傍に居なければ自分が保てない。

 

 

それ程までに堕落していたのなら、まだしも同情出来たかもしれない。

同情してはいけないと解っていても、己の経験がその想いを汲んでいたかもしれない。

汲むことで。出来ることならあっさりと、一切の苦痛無く、滅ぼしていたかもしれない。

そう思える程の相手だったのならば、こうも感情が憤らなかっただろう。

だが、現実は違う。あの敵は、かつてあった過去を手にしたいだけの子供。

己しか望まぬ過去を強要するだけの餓鬼。そんな子供の我侭のために誰かが傷付く。

自分が知る誰かが悲しむ。怯え、震える。そんな下らない事で!

 

 

 

 「馬鹿? この僕が、馬鹿?」

 

 

 

問い掛けがあまりにも下らなければ。

 

 

 

 「馬鹿以外に何て言われたいんだ? 自分勝手な糞餓鬼、か?」

 

 

 

応じる言葉さえも下らなくて。

 

 

 

 「そんなの決まってるよ。停滞時計……もしくは茜と詩子を独占する者、かな?」

 

 

 

――――その根本理由さえも、下らない!

 

 

故。

浩平が烈火を宿すことに、躊躇いがあろう筈が無い。

 

 

 

 「お前が、あいつらを欲しいのは解った。茜と柚木の幼馴染だもんな」

 

 

 

ふと、彼は名前を呼ぶ。

静かに憤るからこそ頭の中は冷静で、詩子の名のみ普段通りの苗字となる。

 

 

 

 「うん。ようやく理解した? だから、君が邪魔だってことも」

 

 

 「ああ。まぁ、そうだろうな。俺はお前らの間に何があったかなんて知りもしないし

  勝手に俺が『護る』なんて宣言しただけだ。……部外者だし、邪魔だろうさ」

 

 

 

浩平は肩を竦める。非を認めるように、屈するように。

誰かが、戸惑いの声をあげた。何処か、彼を非難するように。

 

 

 

 「あ。ちゃんと解ってるんじゃない。あ〜良かった。

  邪魔だって解ったなら引いてくれる? 

  僕も流石にあの二人の前で殺しはしたくないんだよ。

  不本意だけど。僕が居ない間、あの子達は君に世話になったみたいだし、

  色々言いたいことはあるけど、一応恩人ってことで扱うからさ」

 

 

 

“子供”は打って変わって笑顔となる。その切り替えの速さすら“幼さ”の象徴。

だからこそ、浩平にとっては底が知れる。

 

 

 

 「今回は挨拶、ってことになってるんだ。君が謝るなら、此処は特別に引いてあげる」

 

 

 

告げる彼の顔を、浩平は冷ややかに見つめるのだった。

静かにたゆたわせた感情を、静かに燃やす。

 

 

 

 「お前。目、見えるか?」

 

 

 「は?」

 

 

 「モノ見えてんのか、って聞いてるんだよ」

 

 

 「そ、そんなの当たり前だろ!? そりゃ、眼鏡はつけてるけど」

 

 

 「だったら、茜と柚木を見てみろよ!」

 

 

 

ずっと、二人を気遣っていたつもりだった。

瑞佳が己の名を呼んだのも、茜が怯えていたのも、解っていた。

だからこそ、浩平の目には茜と詩子の姿が映っている。

怯えて震えて司を見る茜と、そんな彼女を抱き締め守りながらも、震えを隠せぬ詩子が。

 

対照的なのが司。言われて初めて気付いたかのように、彼は空間の中から外を見る。

手を振って笑顔を浮かべる。ただそれだけの姿に、二人は明らかに嫌悪していた。

 

 

 

 「……え? ど、どうしたの二人とも?」

 

 

 

喜んでくれる筈だと思い込んでいたから、予想外の反応に言葉が浮かばない。

また、その反応は一つの事実を提示する。

司は先程からずっと「茜と詩子のために」と吹聴していた。

が、この瞬間まで二人のことを見ていなかった、ということを。

もし本当に『見ていた』のなら、彼女達の異変になぞ当の昔に気付いた筈だ。

もし本当に『大切』だと言うなら、彼女達が怯えることに何かしらの反応をした筈だ。

そのどちらも出来ず、しかも浩平に言われて気付いた彼は、真の意味で二人を見ていない。

それは、彼の言葉が持つ致命的な欠点。故に何よりも許されないこと。

 

 

 

 「お前、本当にあいつらのことを好きなのかよ? 

  お前、本当にあいつらが欲しいのかよ? 

  心の底から! あいつらがお前を信じてるって言えるのかよっ!?」

 

 

 

絶対に違うと解っている。だからこそあえて言葉にする。

 

 

 

 「今のあいつらを見てそうだって言えるなら、お前は俺よりも最低だよ。

  佳乃を護ってやれなくて、ただ泣いて、何も出来なかった俺よりも、最悪だ。

  俺は、あいつが死ぬその瞬間まで、悔しくて、辛くて、喚いて、

  役立たずで……何も出来なくても! 目は逸らさなかった! 

  それしか出来なくても、あいつの笑顔だけは忘れなかった!」

 

 

 

それは、あまりにも単純。単純だからこそ尊い本質。

本当に大切な誰かが居たから、自分よりも誰かを大切にすることの重さを知っている。

城島司という“子供”は、その本質も重さも……知らない。

 

 

 

 「だ、黙れっ!」

 

 

 

言葉が的を射れば射る程、図星であればある程、鬱陶しくなる。

癇癪を起こした子供の図そのままに、彼はヴェリオンを煌かせた。

子供が武器を持つ。武器の怖さを知らないから、容易に武器を振るえる。

それは、強さであると同時に、弱さの象徴なのだと誰が知ろうか。

 

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。銃弾音。

 

狙いをつけることもせず、ただ我武者羅に乱発する。

浩平が炎の雨を見舞ったことに対するあてつけのように。無意味に撃つ。

『黙れ、黙れ、黙れ、黙れ』……込める単語があるとするなら、きっとそれ以外には無い。

そして、そうしたことでしか己を表せない彼は――――哀れだった。

 

 

 

 「余裕が無いってことは……解ってるんだろ?」

 

 

 「五月蝿いっ!」

 

 

 

無数に飛来する弾丸は、どれだけ数が多くても何の意味も無い。

弾丸には何の重みも無いから。何の決意も無い、ただの身勝手な力しか宿らない。

魂の奥底から炎は浮かび上がる。己の正しさを叩きつけるために。

紅が羽衣を作り出す。炎で編みこまれた一枚のコートとなる。

浩平は迷うことなく羽衣を自分の正面に振り払う。

弾丸は全てコートへと着弾し、一切の例外無く燃え尽きる。

その隙間を縫うように、己の白銀を煌かせる。

銃把は手に吸い付き、照星は敵を見据え、腕は真っ直ぐに伸び切る。弾種は「Magnum」。

 

――――銃声。

 

反動が手首へと響き、腕へと伝わる。

伸ばした肘が90度に曲がり、次射の反応が遅れる。

しかし、浩平はあくまで冷静。踵を踏みしめ――縮地。

片や司。銃弾の雨の奥から迫る一発の弾丸を認識し、【停止】発動と同時に回避運動。

が。その動きは限りなく――――

 

 

 

 「遅ェ!」

 

 

 

縮地をすることで司へと接近、更に足先に炎を溜めて解放し、空を弾く。

ブーストの効果を発生させることで二段階の縮地を行ない、司の背後に回る。

回り込んですかさず後頭部狙いの強打を放つ。

殺気を感じた司は咄嗟に振り向き、再び停止を発動させる。

拳を停めてそのまま動きさえも停めれば、優位に立つ。

 

 

 

 「このぉっ!」

 

 

 

瞬間、拳が届く感触は無い。つまり動きが停まった証。

司は振り向くと同時に手を翳したため、視界が利かないから確かめきれない。

だからこそ、拳の感触が来ないのなら『勝ち』と判断したのである。

しかし、浩平は拳を振り切った訳ではない。

“顔面を狙う”という一瞬の殺気は、単なるフェイント。

目的は注意を逸らすこと。本命は――――左拳のボディブロー!

 

 

 

 「が!?」

 

 

 

ダメージは腹部を貫通し、外へと抜ける。

拳打の勢いをまともに浴びたことで、司の身体は「く」の字に折れる。

 

 

 

 「まだまだぁっ!」

 

 

 

指を関節で折り畳み、両拳で“火靭”の構えを取る。

火靭に炎を載せ、連撃を放つ。

一撃目。「く」の字に折れた体には構わず、顔面に拳を叩き込む。

二撃目。完全にのけぞった顎を目掛けて拳を突き上げる。

三撃目。最小の動きで右肘を引き、司の水月へ、最終の【火靭・裂】。

身体を揺さ振る重低音が三度鳴り、彼の身が炎に揺らめいたまま、吹き飛ばされる。

 

 

 

 「SET――――Burstォッ!」

 

 

 

再度の変換。銃把を握る右手首の下に左手首を置き、十字の構えからトリガーを引く。

倒れた司へと火線が直進。目の端でその危険を知った司は転がることで射軸から外れる。

それは、“子供”である司のプライドを傷つけるには充分過ぎる屈辱。

 

 

 

 「糞っ……! 糞、クソくそくそクソ畜生ぉぉっ!」

 

 

 「粋がってろよガキ。……どうやらテメーは、此処までらしいな」

 

 

 

司は、悪態を付きながら立ち上がる。

浩平は、銃を構えながら語る。

 

 

 

 「一つだけ、認めてやる。確かにお前の【停止】は厄介な能力だ。

  どんな現象も停める所為で飛び道具は効かない。

  得意の接近戦に持ち込んでも、掴まれたら体の動き自体を停める。

  俺からすればどいつもこいつもタチが悪い。けどな……」

 

 

 

『SET――――Energy!』と紡がれた直後、紅が舞う。

司の周囲に“炎そのもの”の弾丸を撒き散らし、囲い込む。

 

 

 

 「逆に言えば、それだけなんだよっ!」

 

 

 

炎が生み出した弾幕を突き破り、浩平は司へと接近する。

己が生み出した炎は、己を焼くことはない。

その勢いを殺さず、司の反応よりも早く殴り飛ばす。

 

 

 

 「――――お前の能力はもう見切った。これで終わりだ」

 

 

 

勝ち名乗りを上げるのは、格の違いを与えるため。

倒れた司の背中を踏みつけ動きを封じ、慈悲の無い瞳を向ける。

 

 

 

 「ふざけるな……! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

  お前なんかに、お前なんかに僕の夢を潰されてぇ……っ」

 

 

 「俺も、奪われたさ。俺の欲しかった夢そのものを。

  佳乃が創ってくれる筈だった未来を、お前ら永遠が奪っていった。

  だから……黙れ。SET――――Magnum」

 

 

 

喚く司を無視して銃口を頭部にポイント。引き金へと指を置く。

会場の視線という視線を浴びながら、けれど躊躇無く力を込める。

司に与えるのは「確実な死」。

 

 

 

 「ああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっ!」

 

 

 

叫び声は恐怖故。叫ぶ張本人とて、今までに幾度もその叫びを与えてきた筈。

だからこれは因果が巡っただけのこと。奪ってきた者が、奪われるだけ。

 

 

 

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 

声の色が変わる。一瞬だけ空気が重くなるのを感じた。

違和感に戸惑うよりも早く、浩平が引き金を引く。

BANG!……銃弾が放たれた瞬間、風景が停止する。

――――浩平の思考さえも“停まる”。

 

 

 

―――――――。

 

 

 

 「…………!?」

 

 

 

突如、浩平の身体が地面を噛み締めていた。

腹部に走る痛みは、銃創が生む特有の刺痛。

踏みつけていた筈の司の姿は其処には無く、視界の端に存在していることに気付いた。

その彼は己の両手を見つめながら、喉を鳴らす。

 

 

 

 「クク、クククク……。や、った。ハハ。ハハハハハハハっ!」

 

 

 

喜びを隠さず、両手を掲げる。天に向かって咆哮する。

 

 

 

 「僕の、力だ……! 僕だけの僕のための力だぁっ!」

 

 

 

欲しかった玩具を手にした子供と全く同じ瞳を、浩平に向ける。

片眼鏡が反射し、瞳を隠すという偶然の仕草が異様に浮かび上がった。

どういう状況なのか理解しきれてはいないが、倒れている訳にはいかないことは解る。

浩平は歯を噛み締めながら、腹部に手を当て立ち上がった。

瞳を弓なりにしならせる程歓喜する司の瞳は、明るさと暗さを同時に内包する。

 

 

 

 「朱雀。気付かない程完璧に殺してあげるよ」

 

 

 「ほざいて――――!?」

 

 

 

司が両手を翳す。直後、見えない筈の空気が目に見えて歪む。

空間が歪み、蠢き、揺れる。言の葉を紡ぐ。

 

 

 

 「――――“停まれ”」

 

 

 


 

 

 

ある少女は、強制という能力を備えている。

自身の精神力を媒体とし代価とすることで、一定の命令を他者に下す力である。

動くな、と命じれば動けなくなるし、喋るなと命じればその通りになる。

代価に応じて効果時間も変動するため、一見すると強力な力だが

其処にはあくまでも代価が必要となる。一旦発動した場合連続使用は出来ないし、

云わば強制とは暗示をかける能力であるから

『暗示が掛けられるという気構えが出来ている』相手には効果が薄い。

 

が、彼の【停止】はそういった能力と似ているようで、実の所異なる。

時間の束縛という因果律から、一時的に【停止】という形で独立させるのが能力の核。

其処に他者の意思は関係なく、ただ己の思う通りに弄るのみ。

根本的な概念が違うので、能力レベルという比較をするだけ無駄。

結果、司の備える力というのは、本人の性格も相まって

性質の悪い強さを誇るということである。その力が、此処に来て「昇華」した。

地に伏した浩平には判らないが、外から見た者はあの瞬間に何が起きたかを全て見ていた。

 

司が吼え、彼を軸に空間の中に「波」が発生する。

それに触れた浩平が「停まる」。司は無理やり足をどかして彼を蹴り飛ばす。

何の抵抗もなく抜け出した司が銃弾を一発撃ち、直後に浩平がひれ伏した。

つまり、かつて詩子が受けたような意識の残る【停止】ではない。

空間に存在する時間を「完全に停止」させたのだ。

だから浩平には何が起きたか理解できなかった。

時間が停まった時に撃たれたから、気付いた時には既に遅かった、ということになる。

 

司は初めからそれだけの力を持っていた訳ではない。

彼が出来たのはあくまでも一時的にして簡易的な【停止】の効果のみ。

勿論それだけでも十二分に強力であることは言うまでも無いが。

己を襲う「死」という恐怖が、眠っていた才能を更に引き出したということであろう。

 

 

 


 

 

 

「波」を見た。

 

 

 

 (…………なんだ!? 体が…………!?)

 

 

 

最初に浩平が感じたのは、自分の体の異様なまでの『鈍さ』だった。

手足、いや、体中の筋肉が自分の意思に反して僅かずつしか動かなくなっている。

それこそ全身に鉛でも仕込んだかのように、だ。

 

 

 

 「あれ? おかしいなあ」

 

 

 

視界にはヴェリオンを構えた司が映る。引き金が引かれ、銃弾が放たれる。

が、この状態では回避することなどできるはずもない。

成す術もなく銃弾をその身に受け……そこで、体の動きが元に戻る。

 

 

 

 「……ぎ、っ……!」

 

 

 

二つ目の銃創が右肩を灼いた。

再び走った突然の痛み。体はその痛みを誤魔化せない。

左手を傷口に当てながら歯を食い縛って司を睨む。

せめてもの反撃と右手に炎を集め、手首のスナップだけで投擲。

両手を見つめながら首を傾げていた司はその炎を視界に収め、軽く振り払う。

軸をずらされた炎は地面へと着弾し、浩平は舌を打つ。

 

 

 

 「ん〜? さっきは上手くいったのになぁ……。もーいっかい!」

 

 

 

そう告げた司は、浩平を見ていながらも、彼のこと思考の隅に追いやった。

まずは自分ありき。言葉の色合いも絡まって、見事に子供と化す。

両手を突き出し、間もなく――――「波」が発生する。

 

 

 

 「……またっ!?」

 

 

 

自分に絡みついた空気が重く感じる。

反射的に後退しようとした足がやはり「重く」なる。

空間そのものが重い。司は――――その重さの中で己に向かってくる。

浩平の体は重く動きは鈍いのに、彼の姿はその重圧を感じていないようだ。

 

 

 

 (Gravityと同じ重力波か!? 違う……だったら圧迫感があるに決まってる)

 

 

 

考えることすらも鈍くなっているような気がする。

奴の、能力は――――……【停止】。……さっきの錯覚は、その、派生。

司は、自分が行ったことを理解しきっていない。

停止という能力が、昇華した? もしそうだとして停止が昇華したとすれば何が起こる?

一時的な行動の停止……そして先ほどの突如の痛み。

考えが纏まらないまま、司が迫ってくる。直接自分を屠るつもりなのかもしれない。

吐き棄てる唾も勿体無いから、腕を動かす。この重さでは弾種を変える余裕もない。

重い腕で狙いを定め、何とか司が接近するよりも早く指を引く。

 

 

――――銃声。

 

 

疾り穿つ筈の弾丸が、視認出来る程ゆっくりとした速度で司に迫った。

司はその弾丸を障害とも思わず首をずらして避ける。

そこまでを認識して初めて理解出来た――――空間の「時間」が遅くなっている。

思考が其処に至った後、司の姿が眼前にあった。

「お返しだよ」と囁いた彼の声に続いて顔面に激痛。頬を殴られる。

ゆっくりとした空気は変わらないまま、揺れた顎をかちあげられた。

 

 

 

 (――――がぁっ!)

 

 

 

時間が遅くなっている所為で普通なら浴びない単調な拳を浴びた。

浩平にとってはプライド障る程の屈辱。司が拳闘タイプでないのは明白だからだ。

 

 

――――空気が元に戻る。

 

 

顎を持ち上げられた反動で浩平の体が浮く。

すかさず司は次撃を叩き込み、浩平の体が「く」の字を描いて後退した。

その有り様を見て、「くくく」と司が喉を鳴らす。

自分の昇華した力を理解したのである。

「完全な停止」は火事場の馬鹿力だったのかもしれないが、

今こうして空間の時間を遅くしたのは間違いなく自分の新しい力によるもの。

 

 

――――喜ぼう。

 

――――僕は、強くなった。

 

――――僕の、力だ!

 

 

 

アハハハハハハハ! と彼は歓喜に震えた。

そして、敵である浩平へと言葉をぶつける。

 

 

 

 「どうだい朱雀、凄いだろ!? 痛いでしょ悔しいでしょ!?

  これが永遠に選ばれた僕の力なんだよ! そう、これこそ永遠の力さ!

  僕は、最強だ! この素晴らしい力を使いこなせなかった君の恋人とは違うんだよ!」

 

 

 

浩平の有り様が「負け犬」のそれであるから、余計に司は調子に乗る。

 

 

 

 「やっぱり僕が正しいんだ! 朱雀! 君が間違ってるのさ!

  強い僕こそが偉いんだよ! そうさ、簡単な世界の理だよ。

  正しい人間の方が強くて、必ず勝つって決まってるんだ!」

 

 

 

人で無くなったヒトが告げる言葉は所詮戯言。

だが、吹き飛ばされた浩平は、口に溜まった血を吐き出した時その言葉を聞いた。

勝ち誇られた挙句、佳乃を侮辱する言葉を。そして、『間違った正当性』を。

腹の痛み、肩の痛み、口の痛み、顎の痛み?――――そんなもの、どうでもいい!

再び、怒りの感情が浮かび上がった。

 

 

 

 「ざ、けんなっ!」

 

 

 

白銀の拳銃が炎に染まる。炎を浴びながらもその拳銃は溶けなかった。

浩平の感情を上乗せしたマグナム弾は、Burstの弾種のように火線を引いた。

 

 

 

 「過去にしがみ付いてる奴が!」

 

 

 

銃弾。

 

 

 

 「過去を強要する餓鬼が!」

 

 

 

銃弾。

 

 

 

 「過去に狂ったてめぇが!」

 

 

 

銃弾。

 

 

 

 「“佳乃”を語るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

司は、浩平の逆鱗に触れた。

理性のタガがあるのならば、それを取り払う唯一の事由。

浩平にとってのソレは、他の何物でもなく「霧島 佳乃」。

人形による無惨な骸を晒されながらも、逢わせてくれたことに感謝出来る彼だからこそ。

 

 

――――その言葉は、許せない。

 

 

司のように過去に狂っている訳ではない。

過去は過去であり、己の一部。過去を取り戻したくても、取り戻せないと知っている。

過去に狂う司は……まるで“壊れてしまった”自分を見ている気がした。

最強だと騒ぎ、強さを驕る姿は、銃という力以外に縋れなかったかつての己に思えたから。

 

 

 

そう――――強さが、全てだと、言うのなら。

 

 

 

 「炎獄ヲ司リシ紅ノ鳳凰――――」

 

 

 

――――そんなものを、誇るのなら。見せて、ヤル。

 

 

 

 「我捧グ。我至ル。我下ル。我ハ灼ヲ司ル者。我ハ全テヲ焼キ尽クス者」

 

 

 

壊レカケタ挙句、俺ガ手ニシタ、チカラヲ。

 

 

 

 「我ハ汝。汝ハ我。我ハ汝ト共ニ。汝ハ我ト共ニ」

 

 

 

護りタクテ、護レナクテ、護レルヨウニナリタクテ。

 

 

 

 「我、代価也。汝、褒章也」

 

 

 

欲シクテ得タ強サナンカジャナクテ。

 

 

 

 「我、汝ニ従イシ者也」

 

 

 

過去ヲ、見ツめて。今ヲ、見定メて。未来を、探すたメに。

 

 

 

 「――――汝、我ニ従イシ者也!」

 

 

 

手に入れた、俺の強さを!

 

 

 

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

  アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

  アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

  アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」

 

 

 

意識を、譲り渡す。譲り渡して、借り受ける。

瞳が疼く。髪がざわめく。全身が火で包まれたように熱くなる。

紅に染まった髪の色は、煉獄。緋色の瞳は烈火の如く。

呪は、覚醒。神器としての解放。浩平という個であり、朱雀としての己。

 

 

 

 「―――――――――――――――――――ジョウ、じまァァァァァっ!」

 

 

 

煉獄の修羅が本来の翼を解き放つ。





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