Eternal Snow

142/“宣答廻始”

 

 

 

言葉が重かった。言葉が痛かった。何より、眼前の存在が不愉快だった。

頭の中に駆け巡った記憶の破片は、その少年が敵であることを告げていた。

いや、記憶なんてなかろうが関係が無かった。体が戦えとざわめいていたから。

ただ、涙が両目から溢れている。痛みが、悲しみが、辛さが、消えていかない。

思い出せなかった記憶への、謝罪なのかもしれなかった。

 

 

 

 「久し振り……ってトコか? 朝陽」

 

 

 

名前を思い出した。如何なる存在なのかを思い出した。

桜井舞人にとっての『不倶戴天の敵』であることを憶えていた。

反吐が出る程の暗い感情を表情には出さず、似合わぬ微笑を浮かべる。

 

 

 

 「ま。そういうことになるかもね。改めて……元気だったかい? 舞人」

 

 

 

掛ける言葉は互いに気さくで。その音は軽い。

苦しんでいた舞人は雫を握り、支えとして再び立ち上がる。

その微笑は強さか。瞳に溜まった涙を拭い、雫の先端を朝陽に向ける。

泣いていられる程、傷付き参ることが許される程、彼は罪を償っていないから。

だから笑う。笑うことをやめたりしない。幸せを手に入れるために。

 

 

 

 「ふん。当然至極の自明の理だっての。寧ろ俺の流儀に反しますね。

  ああ全く……お前の顔見るまでは最高の気分だったよ」

 

 

 

吐き捨てるような声色で、それでいて笑みを浮かべて。

 

 

 

 「ははっ、嫌われたもんだね。相変わらず」

 

 

 

舞人の反応は自然なことである、と納得する朝陽もまた笑う。

 

 

 

 「判りきってることだろ? お前だって俺やアイツのこと嫌いじゃねぇか」

 

 

 「それこそ当然至極だろう? 大っ嫌いだね。言うまでもなく馬鹿馬鹿しい」

 

 

 「つくづく同意見だ。気が合うな?」

 

 

 「何度も言うけど、反吐が出るね」

 

 

 

交わす言葉は単なる遊び。解り合うつもりは無いし、解り合えるとも思わない。

ただ、空気の色だけは変わる。重い雰囲気は払拭される。その効果だけを狙う。

そうでもしなければ、仲間達はきっと壊れてしまうから。

 

 

 

 「ところでやけに饒舌だね? 力の差を自覚してる所為かな?」

 

 

 「おう。ま、確かに? 今の俺じゃお前には多分勝てねぇしな」

 

 

 

侮辱を込めた朝陽の言葉に、舞人はあっさりと同意した。

神器たる彼の言葉は、本人が思うよりも遥かに重いというのに、だ。

少なからず会場……或いは仲間達の動揺が巻き起こるのもまた事実だった。

しかし、今の舞人には判っているから……嘘は吐けない。

 

 

 

 「多分? よく言う。絶対、の間違いだろ。それにしたって

  絶望なり何なりしてればいいのに、妙に明るいってのも気に食わないかな?」

 

 

 「バーカアーホドジマヌケおまけにスットコドッコイ。

  何でわざわざこの渋さが似合う超絶ハードボイルダーこと桜井舞人様が

  絶望なんてめんどくさいことせにゃならんのですか。私は純一じゃありませんっての。

  “俺”じゃ勝てねぇ、って言っただけだぜ? その意味はお前が判ってる癖によ。

  は〜ぁ全く、きしゃまは相変わらず性格極悪超人ですな。

  あ、違った。帰還者なんだから人ですらねぇか? 元からそうだしな」

 

 

 

わざと身振り手振りを大げさにする舞人は、“てゆーか、な”と前置きし、

祐一や一弥、浩平や純一を見据えて。

 

 

 

 「俺の下僕たるこいつらが妙にシリアス入ってるのが気に食わんのですよ。

  恋人と死に別れました? だからどうしたっての。気の毒だからって同情なら

  随分昔からしてやってるんですよ。だってのに今更揃いも揃って固まりやがって。

  こんな連中が俺の下僕かと思うと頭に来た。ムードメーカーとしては許せん」

 

 

 「成程、ね? だから空元気だろうがピエロだろうが演じるってかい?」

 

 

 

舞人の行動の真意を理解し、どこか感心したように朝陽は訊ねる。

その点だけは評価した。馬鹿が付く程愚かな舞人だからこそ、と。

 

 

 

 「当然だろ?……ダチだからな」

 

 

 

何でもないことだ、と彼は態度で示す。

分かり合える友なのだ。互いに支えあう仲間なのだから。

苦しんでいるならその苦しみを軽くする……ただ、それだけのこと。

 

 

 

 「おいこら下僕共! 俺の素晴らしき感動友情物語に感銘を受けてる暇があるなら

  とっとと立ち直りなさい! いつまでもあいつらは待ってくれねぇぞ?

  ハリーハリーハリー!」

 

 

 

身振り手振りを交えての彼の言葉。

それまでの言葉がソコソコに立派である分、何処か台無しである。

それもまた舞人らしいと言えばらしいのだが。

 

 

 

 「いやいや。安心してくれていいよ? 言ったろ? ご挨拶だって。

  慌ててゲームを急ぐつもりはないんだよ。ゆっくりどうぞ」

 

 

 

クスクス、と鳴り響く見飽きた笑みは、醜悪という形容詞が最も相応しい。

 

 

 

 「やべぇ。ロリコンが気色悪いことほざいてやがる。熱でもあるのかお前」

 

 

 

だからこそ送られるそんな舞人の感想に、一瞬とはいえ朝陽が言葉を失う。

舞人の発言の奇抜さには慣れていたつもりだったが、ここまで思慮を欠くとは。

 

 

 

 「……裏切り者の君は限りなく馬鹿だね。飽きないの?」

 

 

 「へっ、言い返せないでやんの。自覚ある変態ってタチ悪いぜご愁傷様」

 

 

 「クズが。いい加減調子に乗るのは止めたらどう? 

  それに、まだ答えて貰ってないよ? 今回の君は何を望むのか、って質問にさ」

 

 

 

からかうだけの嘲笑を止め、舞人は真剣な眼差しを朝陽に送る。

望み? そんなこと、語るまでもない。それ以外に、何も望まない。

何を下らない事を聞くのか。いや、だからこそ敵なのだろうが。

口は、意図せずして己の本音を形作った。

 

 

 

 「んなもん決まってんだろ。朝陽、てめぇをぶっ倒す。

  それが俺の役目じゃなかったとしてもな。

  俺は運命に逆らう。罪を償ってみせる。償い続けてみせる。

  あいつらの笑顔を。希望と小町を、俺の全てを賭して護り続ける。

  希望と小町が笑っていてくれるなら……俺は負けないから」

 

 

 

――――今の俺には、それしかないから。

 

――――それだけで、これ以上無い程満たされているから。

 

 

 

 「ふふ……あははははっ! つくづくヒトに堕落した君らしい答えだよ。

  やれるものならやってみるがいいさ、言っておくけど僕は【今までの僕】よりも強い」

 

 

 「ふっ、甘いな。今の俺も【今までの俺】より強いってこと、忘れてるだろう」

 

 

 

互いに笑った。

嘲りであり、自信としての笑いを浮かべた。

 

 

 

 「僕らにとっては初めて尽くしの物語だからねぇ……楽しくなりそうじゃないか?」

 

 

 「そんな趣味はねぇよ。……でも、ま。題名の一つや二つは欲しいかもな。

  主演俺様、悪役朝陽。ヒロインは星崎希望&雪村小町。

  タイトルは【それは舞い散る桜のように】ってか?」

 

 

 

左手に宿る闇の宝珠が蠢く。何かを伝えようと脈動する。

其は怒りの感情。其は憤りの感情。或いは嘆き、或いは悔恨。

 

 

 

 「――――ああ、それよりも。主役が俺じゃないなら、お前が敵だってなら。

  もっといいのがあったよな? 【けれど輝く夜空のように】だったか?」

 

 

 

闇が鳴動し、雪が舞う。桜が咲いて空を切る。

踊るように軌跡を描く白桜は、螺旋となって永久を穿つ。

 

 

 

 「違うね。僕らが謳う物語は“雪”だよ。雪が全てを覆い尽くす叙事詩。

  永遠世界の雪景色――――【Eternal Snow】さ」

 

 

 

世界が軋む。歪む。永遠を拒絶しようと泣き叫ぶ。

苦しむ声を誰が聞こう? 救いの言葉を誰が紡ごう?

誰もが聞き手であり、誰もが紡ぎ手となる可能性がある。

だからこそ、彼は選ぶ。聞き手となり、紡ぎ手となることを。

ただ、護るために。護り続けるために。己を、他者を、友を、恋人を。

 

 

 

 「だったら覚えとけ。俺はその物語……【Eternal Snow】の主役の一人」

 

 

 

表舞台から降りるつもりは毛頭ない。

これは、“桜井舞人”自身の物語であると同時に、“彼”の物語でもあるのだと解るから。

この戦いが終わったら、やるべきことが一つ増えた……と理解した。

 

 

 

 「名は桜井舞人。運命を砕く破壊の王――――神器【大蛇】だ」

 

 

 

舞人の白き槍が、彼の闇を浴びて紫紺に輝く。

桜は紫の鎧を纏い、神の牙が担う牙となる。

運命に逆らう道を選び続けてきた。その挙句に何も成せなかったとしても。

袂を分かつ決断を下した時から、己は運命に翻弄されてきたから。

 

 

 

 「だったら僕も演じるとしようか。その【Eternal Snow】の悪役を。

  名は、朝陽。永遠世界の狂信者、とでも名乗ろうか? 

  それとも、もっと“らしく”――――【狂愛の完全者】……とか、どうかな?」

 

 

 「知るか。んなこと、俺には関係ねぇよ」

 

 

 

彼の手元で一回転した槍は、円の軌道を経て脇へと手挟まれる。

等しき終わりを告げるための初撃を見舞うために。

 

 

 

 「寂しいねぇ。僕はこんなにも君にご執心なのに、さ」

 

 

 「俺にそのケはねぇっての。つーかお前が執着してるのは俺じゃないだろうが」

 

 

 「……おやおや。壊れかけた割に随分と思い出したんだね。図太い図太い。

  一安心だよ。これでようやく狂楽が始められる。精々愉しもうじゃないか」

 

 

 

感情の名前は、愉悦。目的の単語は、道楽。

奏でる少年はその手に力を凝縮させ、腕を軸とした一本の刃を形成する。

手刀に沿い生まれた桜色に煌く光の刃は、死刑を執り行う剣、斬殺執行の魔道剣。

喩えるならば、そう――――エクスキューショーナー・ソード。

 

 

 

 「――――神の牙っ!」

 

 

 

言葉とは裏腹に朝陽は無造作に腕を振るい、無造作に舞人へと刃を放つ。

殺意も敵意もなく、襲い来る力には何の価値もなく、何の恐怖も無い。

殺める意思の無い刃に屈する程舞人は弱くはない……故に白桜の槍はその一撃を弾く。

鋭利に牙を剥く視線は、あらゆる感情を削ぎ落とし、内包する。

 

 

 

 「一々慌てんなっての。俺の準備はOKでも、俺の仲間がまだなんだよ。

  それはお前らもだろうが。焦る猟師にゃ実入りが少ないぜ?」

 

 

 

挑発する笑みは、戦いを望む戦士の瞳を携えて。

肩を竦めた朝陽もまた、倣うように使徒を見定める。

――――このゲームに付き合え、と。

 

 

 

 「舞人?」

 

 

 

ある意味では、最も動揺していた筈の舞人が笑っている。

その意図を理解できず、祐一が戸惑いの言葉を投げる。

本来ならば、最も冷静である筈の彼が、だ。

その反応に不満げな様子を浮かべて、舞人は返す。

 

 

 

 「呆けてんじゃねぇよ。お前が揺れたら俺達全員が駄目になっちまうんだ。

  頼りきられるのもリーダーの特権、つーか俺らじゃじゃ馬連中の手綱役だろうが。

  肩の力抜いて深呼吸と洒落込みなさい。……その程度の時間なら稼いでやるからよ」

 

 

 

リラックスリラックス、と続ける舞人の顔に、気負いは無い。

友を傷つけられることを極端に嫌う彼だからこそ、あえて道化を演じるのだろう。

それを理解した祐一は、場にそぐわぬ苦笑を浮かべ、呟く。

 

 

 

 「――――格好つけてんじゃねぇよ、トラブルメイカー」

 

 

 

そよ風が、周囲を埋める。安らぎの風が気を落ち着かせていく。

その対象は祐一に限らず、他の三人にも伝わっていく。

舞人の言う通りだ。周りが見えないままでは、何もこなせない。

遂先程まで場を理解していた自分が、陥ってしまった。

例え口では『皆を護れ』と言ったところで、焦る頭で成せることなぞ何も無い。

喝を入れてくれた舞人へと、感謝を。

 

 

 

 「何を仰るウサギさん! 俺様はいつもいつでも格好良いですってば!」

 

 

 「知ってるよ。負けず劣らず浩平も一弥も純一も格好良いってこと位な」

 

 

 

自分を一歩引いた状態で客観視する祐一の発言。

更に客観視すれば祐一とて充分『格好良い』のだが、本人はそれに気付かない。

ともあれ。そんな軽口が浮かぶのなら問題は無い、そう舞人は判断する。

 

 

 

 「おっし其処のMy下僕一号二号三号。祐一は立ち直ったらしいぜ?

  お前らは何時になったらマトモに戻る?」

 

 

 「調子に乗んじゃねぇよ! 誰がいつお前の下僕になったっつーんだ馬鹿野郎!」

 

 

 

噛み付いたのは炎の牙。

風が熱くなった意識を冷まさせる。炎が秘める烈火は、風が凪ぐ。

故に放たれた言霊は、冗句でありながら感謝に満ちていて。

会場の全てが呆気に取られる程に、極々ありふれた言葉を交わす。

戦場には一切そぐわない会話は、余裕が生まれた証に他ならず。

 

 

 

 「それは当然貴様と私めが出逢ったあの日に決まっておりましょうが」

 

 

 「……また随分偉そうな。なぁ一弥、覚えてるか?

  舞人さんが俺らのトコに顔出した時って言えば」

 

 

 

追従するのは水の牙。

風が凍て付いた氷を削り取る。復讐という盲目を目覚めさせる。

長と名乗った少年が言った。「ゆっくりどうぞ」と。ならば調子に乗るとしよう。

 

 

 

 「ハハ、そう簡単に忘れる訳ないよ。いきなり簀巻き姿でボロボロだったもんね?」

 

 

 

浮かべた笑みは雷の牙。

風は雷の勢いを凪ぐ。稲光の落ちる先を示すために、風は吹く。

己の“姉”が言った。「殺戮をしたい訳ではない」と。ならば信じるとしよう。

 

 

 

 「余計なことを言えと言った覚えは無いぞ其処のブラコンっ!」

 

 

 「いえいえそんな。舞人さんには感謝してますよ。……最後の一言は余計ですが」

 

 

 

やっと本調子に戻った、彼らの誰もがそう思った。

神器として想いに殉じるのも彼らの本質であり、また本来の調子だが。

こうして他愛無く言葉を交わすのもまた、問題児としての本質。

 

 

 

 「いいからほっとけ一弥。此処まで醜態晒した俺達には偉そうなことなんて言えない。

  ……ったく。仕方が無いから乗ってやるよ、舞人」

 

 

 

風が、蒼銀を運ぶ。――――“彼女”達が知る、“彼”に戻る。

 

 

 

 「俺は主役なんて柄じゃないが……生憎俺以外にこいつらを纏められる物好きもいない。

  だったら、俺も充分【Eternal Snow】の主人公ってことになるのかもな」

 

 

 

肩を竦めた視線の先には、相沢祐一を信じてくれる幼馴染の姿が在った。

ごめん、と瞳が囁いて。ありがとう、と瞳が告げていた。

 

 

 

 「俺は、相沢祐一。哀しみを運ぶ風の神――――神器【青龍】」

 

 

 

哀しみは、祐一にとっての原初。だから、斬り捨てることは出来ない。

悲しみを抱えた事実があるからこそ、今の相沢祐一がいるのだから。

それを忘れたら、もはや自分ではないのだから。そう在ることだけは、諦めて欲しい。

 

 

雷が、空色に鳴動する。――――“彼女”達を護る、“彼”が目覚める。

 

 

 

 「主役なんて言葉は嫌いですが、黙ったまま永遠に屈するつもりもないんですよ。

  約束を果たせないことやさよならって言葉は……もう、許せないんです。

  だからこそ、戦い続けます。僕もまた、僕自身の物語を綴る主人公として」

 

 

 

覚悟だけは、とうの昔に決めていた。

果たせなかった過去の傷は、今も自分を蝕むけれど。護れる力が今はあるから。

 

 

 

 「僕の名は、倉田一弥。痛みを照らす雷の遣い――――神器【白虎】」

 

 

 

痛みという傷は、一弥を苛む澱み。それは、彼自身の弱さ。

けれど、痛みを知るからこそ強く在れる。強くなろうと、願っていられる。

護られることの尊さを知るから、護りたい……それが、不器用過ぎる正義感だとしても。

真っ直ぐ。どれだけ迷っても、どれだけ悩んでも、ただ、真っ直ぐに在りたい。

 

 

水は、紅黒を纏う刃となるも――――その本質は“癒し”。

対象は己か、或いは他者か。それは自分にも解らないけれど。

 

 

 

 「主役なんて、かったりぃだけだろうな。つーか、俺の方こそ悪役だろうけど。

  ま。んなこと、どーだっていい。俺には、復讐って言葉しかないんだから。

  その果てに何が在るかなんてこともどうでもいい。俺は、美咲を奪った全てを滅ぼす。

  そうしなきゃ、何も始まらないし、何も終われない」

 

 

 

自嘲する彼の瞳に映るのは、過去の恋人か。それとも今の大切な人達なのか。

繋ぎ止めるものが何なのかは、己自身にも解らないけれど。

 

 

 

 「俺は、朝倉純一。憎悪凍て尽かす氷の主――――神器【玄武】」

 

 

 

憎悪は、己の全てだった。どれだけ醜い感情でも、それが全ての原点だった。

流麗なる水と相反する粗悪な感情を持ち得る己が、何故選ばれたのだろう?

その疑問は今この瞬間にもある。だが、そんなことは二の次だ。

神器とは目的じゃない。神器とは手段だ。何の?――――復讐を為すための。

果てに“癒す”何かがあるのなら、その祝福のために主役であることを望むのも、悪くない。

 

 

炎は、白銀へと力を与える。――――守護という命題を、為すために。

 

 

 

 「とっくに主人公だよ、俺は。主役になることを選んだから、守護する道を選んだんだ。

  俺は、あの理不尽を繰り返させる訳にはいかない。ありふれた悲劇だって知ってる。

  だけど、理屈じゃねぇんだよ。あの日死んだアイツは、あの日まで生きてたんだ」

 

 

 

運命なんて言葉は、嫌いだった。

ヒトの命を翻弄する“運命”という言葉を、赦すつもりはなかった。

 

 

 

 「俺の名は、折原浩平。理不尽を灼き尽くす炎帝――――神器【朱雀】」

 

 

 

世界には、無数の“理不尽”が存在する。

病、飢餓、自然現象、虐殺……数を挙げればキリが無く、まさしく枚挙に暇が無い。

“神器”なんて言葉一つでその全てを払拭出来るとは露程も思わない。

けれど、己が味わった【喪失】という理不尽だけならば、灼いてみせる。

万能の守護者にはなれずとも、せめて護りたい“誰か”のために、守護者となろう。

 

 

 

――――彼らの選択を愚かと喩える者もいるだろう。

 

――――真実、愚かだ。

 

――――ヒトに成せることは、多くないから。

 

――――それでも、彼らはその道を選ぶ。

 

――――【Eternal Snow】という物語を、終わらせるために。

 

 

 

永遠は、朱金を堕落させた。――――喪失は“彼”を変えた。

 

 

 

 「……絶対の正義が何処にある? 永遠が悪だと誰が決めた?

  ヒトの絆を喰らう行為は、愚かかもしれない。いや、愚の骨頂だろうさ。

  でもな、居るんだよ。その【悪】に縋り付かなきゃ生きていられなかった奴が」

 

 

 

永遠がおぞましいものであることを、彼はよく知っていた。

永遠を憎んでいた。永遠を討つために剣を執った。そして、強くなった。

けれど、ヒトは弱いから。たった一度の喪失が、ヒトを変える。

その脆弱さが赦せなくて、世界に“彼女が存在しない”ことが認められなくて。

 

 

 

 「だからこそ、俺は永遠を肯定する。世界が観鈴を否定するなら、それこそが敵だ。

  永遠を求めることが悪だというなら、俺は喜んで悪逆を為す」

 

 

 

“彼女”という言い訳を作り出し、全ての責任を彼女に押し付ける訳ではない。

己の意志で、選んだのだ。ただ、もう一度出逢うために。

 

 

 

 「愛する者を取り戻すために修羅へと堕ちた剣――――永遠の使徒【死法剣】国崎往人。

  理解しろ。【Eternal Snow】は、俺の紡ぐべき物語だ」

 

 

 

それもまた、尊き信念。

永遠を肯定するのも、勇気に他ならない。

 

 

永遠は、一つの翼を失わせた。――――喪失は、彼女の“翼”を生み出した。

 

 

 

 「理解されるとは、思っていません。理解してくれとも言いません。

  ただ、そういう道しか選べない愚かしさを、笑って下さい。

  でも、知っていて下さい。憶えていて下さい。

  蔑まれることを覚悟して、そんな道を選んだ愚かな女の存在を」

 

 

 

永遠は、世界にとっての悪だ。

彼女は、その理を知っていた。彼女の体に流れる翼人の血が証明していた。

永遠とは赦せぬ存在であることを熟知していた。

最愛の妹を失わせたのが永遠であることも解っていた。

それでも。喪失したという事実だけが、悔しかった。

 

 

 

 「だからこそ、私は永遠を肯定します。翼人の系譜“遠野”として。

  ただ一人生き残った、そして滅びた遠野の末裔として、私は永遠を選びます」

 

 

 

哀しかった。八つ当たりなのかもしれなかった。

理由を他に転嫁させ、当り散らしているだけなのかもしれなかった。

けれど、己の意志で選んだ。嫌悪してきた堕落の道を。

間違った勇気だと知っていた上で放った彼女の決意も、尊い。

 

 

 

 「欠けた最愛の半身を捜し続ける凶姫――――永遠の使徒【欠翼姫】遠野美凪。

  私もまた、私自身の【Eternal Snow】を綴ってみせます」

 

 

 

彼女は、一滴の涙を浮かべていた。

決別とも、悔しさとも違う……何かのために。

 

 

その二つが正しき悪ならば、残る二つは邪なる悪。

選ぶことの重みを知らず、行うことの意味を理解しない狂人。

彼らにあるのは【想い】という言葉。

為す目的のために、ヒトとしての常識を忘れた者。

目的が正統ならば如何なることも赦されると錯覚した愚者。

そんな訳がないというのに、彼らはその理すらも覚えていない。

そもそも目的が正統である筈がないのに。

 

 

永遠は、愛に狂ったモノでさえも虜とした。

 

 

 

 「朝陽さんもお二人も悪ノリが過ぎるのではありませんか?

  永劫という楽園を得るんですよ? 最大級の幸せを選ぶだけのことでしょう?」

 

 

 

狂っていることを本人は知らない。本人だけが気付いていない。

いや。当人であるからこそ理解出来ない。故に何が悪いのかと問うのである。

 

 

 

 「私は純一さんの全てを求める者――――永遠の使徒【隷求者】鷺澤頼子です。

  それの何が悪いのですか? 愛する人を求めるのは当然でしょう?

  だからこそ、悪を名乗る謂れはありません。

  もし、朝陽さんの言う【Eternal Snow】という物語があるとするならば、

  私はそのヒロインとして、朝倉純一という主人公を求めるだけです」

 

 

 

何も間違っていないと彼女は信じている。全てを間違っているのに。

抱く愛情は当然で、屠る殺意も間違っていないと彼女は言う。

どれだけの拒絶を浴びたとしても、厭わない。それもまた永遠の犯した罪だった。

 

 

永遠は、“幼き”モノでさえも堕落させた。

 

 

 

 「同感。欲しいモノを欲しいって言って何が悪いの、ってことだよ。

  僕は茜と詩子を幸せにするために存在する永遠の使徒――――【停滞時計】城島司。

  寧ろ横槍してきた邪魔者はあっちの方さ」

 

 

 

視線の先に居るのは、もはや怨敵と化した紅の牙。

彼の目には、恋人を誑かした張本人としか映らない。

尤も、司自身が【愛】という哲学を理解しているかについては疑問が残るが。

 

 

 

 「邪魔をするってことは悪だろ? だったら正義は僕にあるに決まってる。

  永遠を選んだことは何も間違っていない。ヒトの身で為せないことを果たすんだから。

  ヒトを超えた超越者の考えなんて、惰弱なヒトには解る訳ないよ。

  だからこそ、それを知ってる僕は【Eternal Snow】の主人公なのさ。

  ヒロインはダブルキャストの里村茜と柚木詩子。悪役は朱雀しかいないよね?」

 

 

 

自己の想いに忠実であるから、他者の感情を知らない。

それがどれだけ愚かと繰り返す必要は無いだろう……だが、彼にはそれしかないのだ。

そう至った思考もまた、永遠の犯した罪だった。

 

 

 

――――彼らの選択は、あまりにも歪んでいた。

 

――――真実、歪曲しきっていた。

 

――――ヒトに成せることは、何も無い。

 

――――そう思ったからこそ、彼らはその道を選ぶ。

 

――――【Eternal Snow】という物語を、始めるために。

 

 

 

終わりと始まりという二面性。

世界を護る者と、世界を壊すモノの違い。

選んだ事柄が違うだけで、出す答えが異なるのが現実。

終わらせようとする主役と始めようとする主役――――即ち。互いが主役。

 

 

蒼銀と朱金の剣。

 

 

 

 「――――始めよう。俺達の物語を」

 

 

 「――――終わらせよう。俺達の幻想を」

 

 

 

空色と白色の大鎌。

 

 

 

 「――――始めましょう。私達の殺戮を」

 

 

 「――――終わらせます。僕達の禍根を」

 

 

 

白銀と漆黒の銃。

 

 

 

 「――――始めようか。僕達の惨劇を」

 

 

 「――――終わらせる。俺達の寸劇を」

 

 

 

紅黒の槍斧と魔剣。

 

 

 

 「――――始めましょうね。私達の絆を」

 

 

 「――――終わらせてやる。俺達の縁を」

 

 

 

櫻に宿る希望と絶望。

 

 

 

 「――――始めるとしよう。僕達の狂楽ゲーム を」

 

 

 「――――終わりにするさ。俺達の運命ゲーム を」

 

 

 

主役を得た【Eternal Snow】という物語が、真実の意味で始まりを告げる。





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