Eternal Snow

135/“サイゴのイツモ”

 

 

 

 「いや〜、しかしこうして来てみると意外に面白いのね〜、ホント」

 

 

 

特別観客席から、その声が聞こえた。

その声は、声を聞くだけで辞書が飛んできそうな、そんな声だった。

勿論、声の持ち主の名前は藤林杏。

光坂高校において朋也が最も苦手とする生徒である。

 

 

 

 「ま、お前は結構好きだろうなぁとは思ったけどな」

 

 

 

こーゆーの、と続ける朋也。

“こーゆーの”というのが何を指すかは語るまでもない筈だ。

 

 

 

 「……何よ。含みある言い方ね」

 

 

 「気のせいだろ?」

 

 

 

しれっと相槌を打つ朋也。

杏もそれが嘘だと判っているが、無駄に角を突っつき合わせるのも癪なので流す。

 

 

 

 「……皆、強いの。凄いの。皆……プロさん?」

 

 

 

【光坂】という学園に通う彼ら……つまり素人から見れば、

例え学生レベルであっても、本来のDDEと何が違うかなぞもはや解らない。

単刀直入に言えば、格が違う。

 

 

 

 「違うぞ一ノ瀬さん……ああ、“ことみ”と呼んだ方が好ましかったか。

  これからは気をつける。まぁともかく、彼らはプロでは無い。まだアマチュアだ。

  しかし養成校に居る以上プロにも等しいことは事実。

  案外私達の街を担当するDDEはこの中から生まれてくるかもしれないし、な」

 

 

 「そういえば、智代さんはどのぐらい強かったんですか?」

 

 

 

きょとん、とした様子で智代が反応を返す。

今この瞬間に渚に言われるまで全く気にしていなかった。

自分の居るべき場所は『此処』だから。風見は所詮『過去』でしかないから。

 

 

 

 「私か? どうだろう……一昨日の【アーガット】だったか?

  あそこの選手と戦ってみたいとは思うが、他とは“何かが違っていた”。

  多分私では相手にもならないだろうな。あの戦い方で解るよ」

 

 

 

智代は決して弱かった訳ではない。

本人の謙遜が幾分かあるかもしれないが、風見学園で将来を嘱望されていたのは事実。

そんな彼女をして、あの試合には『何か違うもの』を感じたのだ。

それを理解出来るだけでも彼女は充分『強かった』ことが伺える。

 

 

 

 「まなー。トーシロの俺ですらあそこは凄いと思ったんだから

  智代が言うなら間違いないんだろ? 全く、あれで俺らと一個下だなんて思えないな」

 

 

 「ふん。どうだかね? 実際は年誤魔化してたりするんじゃないの?」

 

 

 

純粋に感心した様子の朋也とは対照的に、懐疑的な視線と言葉を放つ春原。

しかしそれは正確を期すならば『嫉妬』のような色に近く。

 

 

 

 「本気で言ってるんだとしたらお前相当阿呆な」

 

 

 「……じょ、冗談に決まってるでしょ。だからそういう目するのやめてくれる?」

 

 

 「あ?」

 

 

 

先にふざけたことを言ったのはお前の方だろう、という意思を込めて

朋也はドスの利いた声色で春原を睨む。

ここまでの会話を振り返り、一点だけ評価出来る点がある。

あえて第一試合の『D・GODS』の名前を出さないことだ。

純一という人物を後輩に持つ智代や、何やら関係者だったらしい

朋也という面子がいるため、会話のネタとしては彼らを使うことは出来るのだが

実際の彼らの試合はわざわざ評価する必要性もなく、話題にしただけで虚しい面がある。

だからこそ彼らはあえて話題にすら登らせない。

 

 

 

 「あ、いやいや……なんでもないよ、うん」

 

 

 「なんか変なの」

 

 

 「気にしても仕方ないだろう……春原の頭がおかしいのは今更だしな」

 

 

 「まったくだ、頭からキノコでも生えてくるんじゃね?」

 

 

 

その例えもどうかとは思うが。

そこでふと、有紀寧が電光掲示板に目をやった。

 

 

 

 「あ。……朋也さんのご友人の方々ではないでしょうか?」

 

 

 

それまで意図的に無視してきた存在の名を発見し、有紀寧がおっとりと話題提起する。

 

 

 

 「お? 本当だ。……成る程、敗者復活ってやつな」

 

 

 

彼らの実力をこの中で一番良く知る朋也はその頬に笑みを浮かべる。

誰がどう画策したのかは知らないが、これは確実に仕込みがあると理解した。

もしも万が一に『偶然』であそこにいるのならば、

彼らは尚の事天に選ばれているという証明にすらなるだろう。

幾分か大げさに思えなくも無いが、そう思っても可笑しく無い地盤が朋也にはある。

他の皆は特に変わった様子を見せない。知り合いがいないのだから無理も無く、

精々純一との繋がりがある者が二人いるだけだ。

渚は唯一朋也の裏を知る人物ではあるが、彼らが『神器』であることを

知る訳ではなく、また彼らとて彼女のことは噂にしか知らぬ。

“古河秋生”と“古河早苗”の娘が居る、という程度だ。

 

 

 

 「本当ですね。岡崎君のアルバイト先の後輩さんだったんですよね?」

 

 

 「ま、“元”だけどな。どうにも生意気な連中だった……今も多分、な」

 

 

 

自分が詫び、彼らが詫びたあの日。彼らの本質が全てああいった

殊勝な面だけだった……というのなら、自分達は仲間になれなかった気がする。

等身大の子供で、信頼出来る仲間で、先輩で、後輩。

自分がその中に“仮初”とは言え……戻れたことが嬉しかった。

 

 

 

 「ふふっ、朋也君みたいですね」

 

 

 「似たもの同士ってことなんじゃないの、朋也の兄ちゃんと」

 

 

 

類友類友、とからかう鷹文の頭をむんずと掴む朋也。

 

 

 

 「痛い痛いっ、兄ちゃん、痛いって」

 

 

 「やかましい」

 

 

 「つくづくガキね〜、アンタって」

 

 

 「いい加減にしろ朋也。鷹文もだ」

 

 

 

姉としての戒めは判る、しかし後輩に呆れられるだけの先輩というのは如何なものか。

あえて言うなら、朋也に先輩としての自覚はないということだが。

 

 

 

 「あいよ。ま、もうあいつらの試合始まるもんなぁ」

 

 

 「それもあるな。しかし……朝倉達はどうにもやる気が無さそうだったな」

 

 

 「純一先輩らしいけどね」

 

 

 

鷹文の物言いに苦笑する朋也。

彼が、彼らがやる気を出さないのはいつものこと。

今更指摘するのも逆に笑える。

 

 

 

 「あんまりあいつらを甘く見てると痛い目遭うぞ?

  何せあいつらは俺のバイト先の後輩だったんだからな」

 

 

 

笑顔でそう語った彼の心情は如何なるものか。

『永遠の使徒』その存在を知ったが故に、彼の心に火がついたのか。

或いは、何かの決意を為したからなのか……それは、本人にしか解らない。

 

 

 

 「アンタの後輩ってことは期待できないってことじゃない、バカね」

 

 

 「言ってろ、全く」

 

 

 

そんなじゃれ合いは、明日には霧散する。

それまでの評価は、明日には逆転する。

それまでの生活は、明日には変化する。

 

 

 

――――永遠との本当の争い。

 

――――その序曲は、もう、始まる。

 

 

 


 

 

 

『敗者復活』。

読んで字の如く、敗北者が蘇ること。

たった一度のチャンスに敗北した者は、本来ステージに立つ事を許されない。

しかし、敗者復活という機会を与えることで、ステージの可能性を広げる。

本来舞台にすら立てなかった者が何を為すのか。

予定調和から外された者が如何なる波乱を生むのか。

『敗者復活』という言葉に含まれるのは、そんな期待。

敗者であるからと甘く見る者もいるだろうが、勝てばその事実は二の次となる。

負けたという汚名返上を目的とし、一旦は遠のいた栄光を掴む機会を与える。

選ばれた者達はそのチャンスを余さず逃さず奪い取るために、

「本来の勝者」以上の力を発揮することさえ有り得る。

結果として偶然が呼んだ「敗者復活」という事情だが、その真実を知る者は極僅か。

見守る生徒達は一個の観客となり、その可能性の片鱗を見定める。

視線に込める感情は「期待」の二文字。

 

 

――――それが、本来の形。

 

 

しかし、彼らに対してだけは……事情が異なる。

彼らの名を【D・GODS】。大会唯一の他学園生徒同士による混成チーム。

大会セレモニーに乱入し、一個の多大なる騒乱を巻き起こした少年達。

 

彼らは、ある意味で悪役だった。

チーム唯一のエース格、七星一学年トップクラスと謳われる

倉田一弥はともかくとして、その他のメンバーは各々が学園最弱とさえ呼ばれる者達。

一回戦の不甲斐無い敗北はあまりにも鮮烈に観客生徒の記憶に印象付けられている。

 

何より――――“神器の名を騙った”ことだけは、赦されない。

 

DDという道を志す養成校の生徒達にとって、神器とは格が違い過ぎる尊敬対象。

その存在さえもがまさしく文字通り神格化されているといっても過言では無いのに

悪戯に神器と名乗り、騒乱を招いた事実がある。

単に笑いを取っただけならば容赦する面はあり、実際楽しめたことは事実。

だが、その後の試合が余りにもいただけない。

神器と名乗っておきながら、どうしようもない惨敗を喫した。

“いい試合”であると評価出来たのならばまだしも、それすらない。

故に、好意的には扱われず、関心も持たれない。

精々運だけは良いただの引き立て役と思われる位だ。

 

対戦チームの簡易説明を終えた後、「刮目して御覧下さい」とマイク越しに

伝えた実況生徒の声に合わせるかのように会場のボルテージは上がる。

当然、その声援の殆どがD・GODSと対戦するチームに向けられる。

祐一達は単なる“雑魚キャラ”――――その認識が大半。

しかしそれを責める理由はどこにもない。

期待するほどの実力がないというのは初日に見た。

僅かな、本当に僅かな一部からだけ『D・GODS』を

応援する声が聞こえていたが、聞き取れたのは祐一だけである。

 

 

 

 「まったく……めんどくさい」

 

 

 「かったるい」

 

 

 「てかだるい」

 

 

 「しつこいですよ、三人とも」

 

 

 「もう諦めろ。第一、俺は“勝つぞ”なんて一言も言ってないんだが」

 

 

 

この場にいるだけでも立派だと言いかねない浩平、純一、舞人。

神器としてその力を振るわぬ限り、彼らはどこにでもいる普通の学生でしかない。

我が侭も言えば、贅沢もしたい。

勉強するよりも遊んでいたい、そんな煩悩が無いわけがない。

だからそんな彼らを御するのはとても大変なのだ、そう、本当に。

祐一ははぁ、と溜息をつき、隣の弟に声を掛ける。

 

 

 

 「とりあえず先鋒は一弥でいいな?」

 

 

 「え!? 僕ですか?」

 

 

 「観客の皆は俺達の勝利なんて期待してない。

  だけど、一方的に負けたまんまじゃ俺達を応援してくれてる皆に悪いからな。

  一弥で一勝だけでも取って来い」

 

 

 

任せた、と言いたげに肩に手を置く。

 

 

 

 「おいおい。俺達の応援をしている奴などいるのか?

  ……そのことを認めるのは桜井ハンサム之介の流儀に反するが。

  正直今回は仕方ないからな。全く、これで実は俺達が……と言えればいいのだが」

 

 

 「腐るな。こないだも納得しただろう? 

  俺達は動かないのが一番なんだって。ついでに俺らの応援してるのは

  ――――うちの連中に、長森さん達、舞人の幼馴染さん達に、純一の妹さん達。

  後は朋也さんやら啓一も声掛けてくれてるぞ」

 

 

 「む……朋也さんが応援してくれているのか。

  あの人の前で無様な真似は出来ん。祐一〜、少し良いところ見せても……」

 

 

 「気持ちは痛いほど解る、んだが……」

 

 

 

迷いながら、浩平の機先を制す。

下手に許可をすると色々拙い……のである。

何か起きたら隠蔽するのが面倒であるから。

けれど祐一だって本音を言えば許可したい。

僅かに逡巡し、結論を出す。

 

 

 

 「ああもう、判った判った! 一弥の後は……浩平が行ってこい。

  実力がバレない程度なら勝とうが負けようが好きにしろ。

  その代わり、浩平が勝ちを選ぶなら俺らの残り試合は無条件降伏な」

 

 

 

朋也の前で……という言い分は充分判る。

浩平の意見は皆の意見に等しい。

だから浩平にある程度の決定権を与え、好きな様にさせる。

言い含めた以上、無茶はしないと信じている。

 

 

 

 「あいあいさー、リーダー」

 

 

 

茶化すかのように敬礼してみせる浩平。

堂に入っているようで、どこか気が抜けているその姿に誰もが笑う。

祐一は「仕方ないな……」と愚痴を零しながら笑みを苦笑へと変え、

 

 

 

 「この試合が終わったら……俺が自腹切ってやるから

  飯でも食いに行くぞ。それでお前らも手を打ってくれ」

 

 

 「よし、乗った。そういうことなら試合に出てやろう」

 

 

 「初めからそう言ってくれれば騒がなかったっすよ」

 

 

 「あはは……お疲れ様です、兄さん。それにしても、皆して現金なんだから」

 

 

 

そう言った一弥も笑っていた。

敗北を前提としながら、揃って全員が微笑みを浮かべる。

観客には彼らのその感情を理解出来ないとしても。

 

 

 

――――――――――それは、この日に浮かべた“サイゴのエガオ”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まずは、様子見ですね」

 

 

 

パチンと打ち鳴らされた指の音が、戦いを呼び起こす。





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