Eternal Snow

134/武術大会 〜休息日 三日目その2〜

 

 

 

三日目に誂えられた休息日の使い方は人それぞれ。

祐一のように呼び出される者も居れば、一弥のようにデートに行く者も居る。

しかし、折角の休息日に――――叱られているのは彼くらいだろう。

名を宇佐美啓一。G.Aが一人【暴君】。

叱るのは水越萌。宇佐美啓一にとって幼馴染以上恋人未満の関係にある少女。

 

 

 

 「えっと、多分怒ってますよね〜ていうか間違いなく怒ってるよね、萌ちゃん……」

 

 

 「はい。怒ってますよ、啓君」

 

 

 

真っ向から飛んでくる彼女の言葉が痛い。

先ほどから何とか宥めすかせようと努力しているのだが、彼女は笑顔のまま怒っている。

久々の再会で積もる話もあるし、もし休息日に暇なら一緒にデートでも……と思って

幼馴染故の気楽さで萌に声を掛けたのまでは良かった。

彼女が怒っているだろうことは察しているし、嫌味なり何なり言うことは予想している。

ある程度覚悟を決めた上で彼女と落ち合ったのだが……これだ。

昔から彼女には頭が上がらなかったことは承知しているのだが、禍根が強そうだ。

 

 

 

 「えと、まぁ……何と言うか。こないだ言った通りで。

  今まで言えなかったのは立場もあって! ほ、ほら守秘義務ってのがあるから!」

 

 

 

声が焦る。冷や汗が止まらない。必死になって叫び、ひたすらに低姿勢。

だが萌の視線は止まず、

 

 

 

 「――――なかなか逢いに行けなくてごめんなさいっ!」

 

 

 

啓一はその言葉を告げるしかなかった。

彼にとって最大の負い目、最大の謝罪理由。

宇佐美啓一にとって……最大唯一、辛かったこと。

『友達以上恋人未満』という言葉は、ただの建前。

啓一が強くあれた理由は、自分の力で萌を護っていけるようになりたいという想い。

自分が優しく在れるのも、或いはあの顔があるのも、結論は『萌』への愛情。

そのことに迷いはなく、後悔もなく、だからこその今がある。

それが解っているからこそ、萌の非難を甘んじる。

向こうがどう思っているかは判らないが、こうしてこじれるのは辛い。

頭を下げた後、その視線を萌に向ける。少なからず膨れたような萌の表情が痛い。

 

 

 

 「あーもーお姉ちゃんもいい加減怒る……っていうか拗ねるのやめてよ!

  ていうか二人して私を無視するなー!!」

 

 

 「「……眞子ちゃん?」」

 

 

 「喧嘩してる癖にそういうトコだけ息合わせないでよっ!」

 

 

 

とりあえず休息日だからと『拗ねていた』姉を無理やり連れ出しロビーまで降りてきた。

何故拗ねるなり怒っているなりしているのかは解っている。原因は啓一だ。

姉の気持ちは解らなくもない。いつも木琴を持ち歩いているのは啓一を想うからこそ。

『幼馴染ですから〜』と嘯くが、ずっと一緒に居る姉だ。

 

 

――――お姉ちゃんが啓君のこと好きなんだ、ってことくらい、解ってる。

 

 

少なからず啓一に憧れていた記憶のある眞子は、それをよく知っている。

兎も角、その啓一が萌に隠し事をしていた。

萌とて事情は理解できるが、感情が許せないのだろう。

どちらにせよ塞ぎこむなり拗ね続けるのはよくないからわざわざ外に出したのだ。

なのにまさか出た先でいきなり件の人物と鉢合わせするとは思わなかった。

しかし渡りに船なことも事実だったので、無理やり姉を押しやったのだが。

そんな二人はこれだけ苦労している自分を完全無視してくれた。

啓一はまぁ良しとしよう。しっかり謝っているし、

萌に対して何を謝らなければいけないのかを充分解っているようだから。

だが、姉は駄目だ。ただ拗ねているだけ。もっと言えば啓一に甘えているだけ。

自分は特定一名に対して苦労しているのに、姉だけ幸せっぽくてずるい。

 

――――と、いうよりも。

 

 

 

 「啓君!」

 

 

 「な、何っ!?」

 

 

 

眞子の表情にびっくりしながら啓一が反応する。

相手はG.A……しかし同時に幼馴染である。彼女はすかさず指示を出した。

 

 

 

 「お姉ちゃんはただ拗ねてるだけ! どうせその内機嫌も直るからデートなり

  何なり連れてってあげなさいっ! これ以上バカップル見てたくないのっ!」

 

 

 

下手にずっと見ていると羨ましくて仕方なくなる。

もっと言えば、自分の姉はあの『G.A』の恋人みたいなものだ。

純一に対して思慕の念がある自分はどうでもいいことだが、他から見れば

結果的な『玉の輿』のように思えなくもない……普通に考えても相当羨ましい。

それら好奇の視線に晒させたくないので、眞子は率先して二人を送り出した。

あれが将来の義兄か……と思うのは気が早いかも、と背中を見ながら苦笑する。

 

 

 


 

 

 

 「うーん……眞子ちゃんに感謝、かな?」

 

 

 

困ったように微笑みながら、啓一は萌の手を握る。

手馴れたようで、どうしようもなく緊張する。彼女の手は……昔とは違うから。

握った瞬間、彼女の体が緊張したのが伝わってきた。

もうお互い子供じゃないから、小さかったあの感触は此処に無いことくらい判っていて。

だから、ただ一つだけ変わらないものを彼女に贈る。

 

 

 

 「――――行こう、萌ちゃん。今まで出来なかったデート……しようよ?」

 

 

 

この笑顔だけは、今も昔も変わっていない……そう信じている。

繋いだ手に乗せる想いだって、きっと変わらないから。

 

 

 

 「…………は、いっ!」

 

 

 

贈り返されるその笑顔も、“僕”が記憶している『過去』と同じだと信じたい。

彼女の笑顔を護りたくて、僕は此処にいるのだから。

 

“宇佐美啓一”には、みんなが持つような、“哀しくて強い覚悟”は無い。

トラウマになる程の苦しみなんて知らないし、救えなかった悲しみもない。

無いからこそ……失いたくない。手の届く限り守り通してみせる。

その願いを叶えるために、彼女との時間を犠牲にしてきた。

犠牲にしてきた所為で、彼女が僕に見向きもしなくなるかもしれないことが怖かった。

送られてきた手紙を見る度に「もしかして……?」と無意味な疑問が湧いて。

だけどそんなことは訊けなくて、ただ不安だった。

だから、こうして向けてくれる笑顔がどうしようもなく嬉しかった。

「好きだよ」とはまだ伝えていないけれど、いつか言うから。

 

『絶対に……誰にも、譲り渡したりしない』――――そんな、独占欲。

 

 

 

二人が訪れた街は、他の生徒達が当然居る場所。

昨日までの一回戦に登場した生徒達の姿も多くある。

ゲームセンターに寄るなり、レストランに入るなり、服や化粧品を見るなり、と。

街が丸ごとDDが管轄する娯楽施設のようなものなので、

ある意味では下手な場所よりも治安は良く、生徒達への危険は薄い。

啓一がわざわざ気を張り続ける必要はなく、彼は彼女に腕を差し出す。

念の為利き腕は空けておきたいので、左腕を促して「腕、組まない?」と訊ねてみた。

啓一としても相当恥ずかしいのだが、今日は『デート』だ。

これ位はしないと、と自分を叱咤する。

僅かに逡巡していた萌は、顔を染めながらも頷き、彼の左腕に自分の腕を通す。

通して貰うと同時、啓一は頬を一気に赤く染めた。

急に表情を変えた啓一に対し、萌は不思議そうに首を傾げる。

彼はそんな彼女を見ながら、腕に伝わる柔らかな感触に気を取られる。

パッと見た目にもそれなりに大きいとは思っていたのだが、腕越しに胸が当たる。

浅く呼気を吐いて気を落ち着かせ、エスコートに殉じるとしよう。

「何でもないよ」と断りを入れ、デートなのだからこれ位は当然、寧ろ役得と誤魔化す。

そうでもしないと情けないが自分に負けそうだ。

 

 

 

 「それにしても、啓君」

 

 

 「ん? どうかした?」

 

 

 「私達、目立ってますね〜」

 

 

 

気付いていなかった訳ではないが、改めて萌の言葉に従い周囲を見遣る。

確かにその通り。こうして腕を組んでいることも視線を集める理由の一つだろう。

見た目に恋人同士であるのは間違い無いのだが……やはり要因は、

 

 

 

 「啓君、有名になっちゃいましたね」

 

 

 

G.Aなんですもんね、と続ける萌。彼女に苦笑を返す啓一。

『G.A』という称号は生徒達にとって栄光の象徴。

故に、決してマイナスイメージではないのは解る。

ただ、その言葉を萌からは聞きたくはなかった。

まるで「遠い人になった」……そう言われているような気がして。

啓一はそんな言葉を振り払うように彼女の腕を引く。

彼女が戸惑うのを無視して、手近な服飾店に飛び込む。

その場で遠慮する萌を無視し、強引に服をプレゼントする。

萌が周りの視線を気にしない位に遊び回ろう。そう決めた。

時に食事をし、時にアクセサリーを覗き、時に楽譜を見て回る。

ただ、彼女の笑顔を見たくて。

何でもない時間を楽しめなかった過去の代わりに。

贖罪なんて重いものじゃなく、もてなしたいという愛情で。

『今までごめんね?』……そう謳うような、優しい罪滅ぼし。

 

 

 

――――やがて太陽が沈み、休息日という一時に過ぎぬ時間が終わる頃。

 

腕を組む少女が少年に問うた。

 

 

 

 「啓君?」

 

 

 「え?」

 

 

 

問うた彼女は腕から抜け出し、啓一の正面に立つ。

 

 

 

 「今日は、楽しかったです」

 

 

 

後ろ手でその手の平を組み、街灯に照らされたその表情が優しげに彼の瞳を覗き見る。

彼女が紡いだその言葉に安堵の微笑を浮かべた啓一は、継いだ言葉に息を呑む。

 

 

 

 「……もう、会えないのかと思ってました」

 

 

 

呟くように。

 

 

 

 「私がどれだけお手紙を書いても、どれだけ啓君のお手紙が届いても。

  傍には啓君がいないから。居て欲しい時に居てくれなかったから。

  だから、啓君には私以外の誰かが居るんじゃないかって……ずっと不安だったんです」

 

 

 

囁くように。

 

 

 

 「わた、し……ずっと、啓君のこと、忘れて……なかった、……ですよ?」

 

 

 

何かに、縋るように。

 

 

 

 「啓君は、啓君ですよね? 私が、知ってる、啓君……ですよね?」

 

 

 

泣いて、祈るように。

 

 

 

 「例え、G.Aになっていたとしても。

  私なんかじゃ届かないような……遠い人なのかもしれなくても」

 

 

 

願うように。

 

 

 

 「私の……大好きな、啓君――――なんだよね?」

 

 

 

変わらないその眼差しが、愛おしくて。

ずっと、想ってきた。彼女一人を、護りたかった。

そのためだけに強くなって、そのためだけに戻ってきた。

だから、またこうして逢えたことが、どうしようもなく嬉しくて。

 

 

 

 「――――ただいま、萌ちゃん」

 

 

 

幾多の灰と血を啜ったその手、他者を傷つけ続けたそのかいな

護りたいと願う信念と、覚悟を宿したその身。

彼が持つ称号は、名誉であると同時、穢れきった証。

 

誰のために、その傷を負った?

誰のために、その名誉を得た?

誰のために、その血を浴びた?

 

他の誰でもない……ただ、一人のために。

 

 

 

 「――――おかえりなさい……啓君」

 

 

 

甘えるように、彼が大好きな微笑みを見せて。

彼女は、己の想いに素直なまま。大好きな彼を、抱き締める。

 

 

 


 

 

 

さて、ここで一組の恋人同士が絆を取り戻した所で、

今この地に存在する他のカップルにも目を向けてみよう。

標的はもちろん彼。

現在進行中で公認の二股を掛けている世の男の敵、桜井舞人である。

 

 

 

 「む」

 

 

 

その男、危険につき――――もとい、舞人は突然辺りをキョロキョロと見回す。

 

 

 

 「どうしたんですか、せんぱい?」

 

 

 

彼の左腕を取っていた娘――小町が問い掛け、

 

 

 

 「いや、何と言うか……例えて言うなら世界意思辺りから

  『向こうは随分初々しいのにこのアホはよー』的な電波が届いたような気が」

 

 

 「……舞人君。こんな時までその芸風はどうかと思うよ?」

 

 

 「ゲイ風とな!? 何をほざくか娘っ子! 俺は至ってノーマルですってば!」

 

 

 「だからそういうこと言わないのっ!」

 

 

 

くきー! と反応した希望は取っていた右腕をギューと締め付ける。

しかしやられた舞人はしれっとした表情で応対する。

彼に『懲りる』やら『反省』という言葉はあまり無い。

 

 

 

 「良いかね☆崎? そうして怒ったつもりでも、我が腕当たるはその胸故」

 

 

 

ここで鼻の下を伸ばせば別だが、彼も手馴れたものである。

「ふ、憂い奴よ」というリアクションであくまでも冷静に。

軽くあしらわれた希望は頬を膨らませるが、相手が相手なのでこれ以上言うのを諦めた。

渋々腕の強さを弱め、それでも腕を解かないのは希望なりの可愛さか。

からかうのはこんなもんか……まばたきを一つ二つと繰り返し、思考を整え直す。

 

 

 

 「んで、実際のトコどうする? 一応その気になりゃ……あんまやりたくねぇけど。

  DDの関連施設は顔パスで回れるし、今日一日奢れって言うなら

  ソレ位の持ち合わせはある……丁度あのお袋がこっちに居るしな。

  俺一人ってことなら文句言われるだろうけど、お前らが居れば大丈夫だろ」

 

 

 

と、そこまで思いついたところで、気付く。

今の今まで気付かなかったことそのものが寧ろありえない、とすら。

 

 

 

 「あ、やべ!……拙ったな」

 

 

 「「?」」

 

 

 「出掛けることばっか考えてて桜香達のことすっかり忘れてた。

  母さんが相手してるとは思うけど……あの人もあれで忙しいから

  長いこと持つ筈無いし――――ああくそ、わりぃ二人とも! 今すぐホテルに戻るぞ!」

 

 

 

そこそこに街での遊び方を心得ているような年頃ではない弟分に妹分。

面倒を見るべきなのは兄貴分姉貴分である自分達だ。

異論の無い希望と小町も頷いて、即座に揃って踵を返す。

本来気付くべきあの子達に気が向かなかったのは、

揃いも揃ってデートだと浮付いていた所為なのかもしれない。

 

ともあれホテル内に戻ると同時、何やら一回戦敗退組の代表者は

集まるようにとの放送が流れるが、舞人自身には特に関係が無い。

どうせ祐一が動いてるだろうと勝手に判断。

実際それは正しいのだが、祐一の被害を鑑みれば気の毒に尽きる。

 

 

 

 「あいつら部屋にいるかなあ……? というかもし部屋に居るとしたら

  やることは何だ?……男が一人に女が複数――――ハッ!? ダメですよ桜香!

  そんなこと天が許してもお兄ちゃんが許しません!」

 

 

 

むむ、と頭を捻った舞人が虚空に向かって言葉を放つ。

シスコン極まりの発言に相違なく、舞人に後悔の文字すら無い。

 

 

 

 「せんぱいせんぱい落ち着いて下さい。桜香ちゃんはまだ子供ですよ?」

 

 

 

舞人が『桜香命』であることは小町とてよく知っている。

寧ろ小町にとっても桜香は可愛い妹分であり、このまま行けば正真正銘義妹となる。

それは承知しているとはいえ、舞人の発言はいただけない。

下手に目立って周囲の視線を浴びるのも辛いのである。

 

 

 

 「何を言うか!? 子供だろうと大人だろうと、いや子供だからこそ

  一日引きこもりのインドア生活なんて許していい筈があるまい!」

 

 

 「――――え? そっちですか!?」

 

 

 

小町が勘違うのも無理は無い。一応舞人に変な意図は無かったのだが、

彼女の反応でピンと来た彼は愉快そうににやりと笑い、

 

 

 

 「ふむ、何かな小町さんその反応は? 一体“何”と勘違いしたのかな〜?」

 

 

 「え、いや、な、何でもないですよ?

  ……そったら恥ずかしいこと言えるわけないべさ

 

 

 

耳まで真っ赤にさせながら、あたふたと反応を返す小町を見て愉しむ。

これだから面白くて仕方ないと小さく呟きながら、希望の言葉を耳にする。

 

 

 

 「はいはい舞人君、面白いのは解ったから、何かにつけてその方向で

  小町ちゃんをからかうのはやめようね。ていうか部屋に着いたよ?」

 

 

 「うむ。報告ご苦労。さて……桜香〜、そして幼きチビっ子達よ〜。

  可愛い君達をほったらかしにして仕事に行った酷い母親の代わりに

  無敵に素敵なお兄ちゃんが遊びに来てやったぞ〜♪」

 

 

 

そう言って舞人がドアを開けた先、

 

 

 

 「わーいありがとうあにぃ。……流石に、兄くんは……頼りになるね。

  ――――そんな兄チャマが桜香は大好きなのデス」

 

 

 

と非常にコメントに困る発言をのたまう吊り目……もとい、つばさの姿が其処にあった。

思わずシークタイム無しでドアを締め直し、後ろに立つ希望と小町に視線を合わせる。

 

 

 

 (えっと……あの、舞人、くん……)

 

 

 (あ〜、チミ達。念のために問う。今のは俺だけが見てしまった阿呆な錯覚と幻聴か?

  もしそうだというのなら遠慮無く俺を殴ってくれ。今回ばかりは許す)

 

 

 (雪村も見えました。錯覚ではないんじゃないかな〜……と)

 

 

 

三人の意見一致。うん、と頷いて舞人は再びドアを開く。

もう驚かないぞ色々な意味で! と己自身に喝を入れる。

 

 

 

 「――――さくっち。面白かった?」

 

 

 「――――八重樫。今のネタ振りは無いだろう」

 

 

 

其処に佇むはあくまでも冷静な視線と冷徹な会話。

一見しただけでは親愛の情なぞ一切無く、仲が悪いのかと誤解する者もいるだろう。

だが、基本的に二人の間ではこれが通常時であり、特別珍しい訳でもない。

改めて希望と小町を引き連れて部屋へと顔を出し、先客に問い掛けた。

 

 

 

 「吊り目グループの代表よ、何故貴様が此処に?」

 

 

 

不遜な舞人に対してコメントするつもりも無いのか、

しれっとした態度のまま、つばさは答える。

 

 

 

 「や。イクイク放っといてあたしだけ遊び回る訳にもいかないっしょ。

  さっきまでさくっちのお母さん居たんだけどね〜。あたしが来てすぐに出かけたわよ」

 

 

 

舞人の予想通り、舞子は此処に居たらしい。

だが、つばさが来てすぐに居なくなった……ということは。

 

 

 

 「……つかぬ事をお伺いいたしますが八重樫嬢。ウチの母君は何か仰っていたかね?」

 

 

 「“うちの馬鹿息子は桜香放って何処行った。顔見たら只じゃおかないっていうか死ね”」

 

 

 

どことなく舞子の声音を真似しながらつばさが言う。

瞬間、二人の少女の顔が真っ青に変わった。

 

 

 

 「……ま、舞人君」

 

 

 「ど、どどどどどどどうしたどうしましたどうなさったですかマイハニーNッ!

  まるで俺と今生の別れかであるかのような悲痛な声はノーセンクスですよ!?」

 

 

 「声が上擦っているのはせんぱいの方ですよぉ〜……」

 

 

 

図星を指されて舞人がたじろぐ。

うっすらと額に滲む汗は彼の感情を素直に表現していた。

 

 

 

 「く、貴様もかマイハニーKェィッ! 愉快に流さずして何が我が相方かっ!

  今この瞬間私の周囲には裏切り者しかおりませんことが判明及び確定事項っ!

  へるぷみー吊り目! この憐れな私めに癒しのお言葉を贈りたまえよ命令形!」

 

 

 「や。ウザったいし」

 

 

 

期待はしていなかったが、にべもなく一蹴される。

こほん、と舞人は佇まいを直し、反撃。

 

 

 

 「……ふ。所詮才女とは名ばかりですかね八重樫家の姉。

  この程度の美辞麗句も使えないとは情けない」

 

 

 

ある意味で口先だけならば神器一の腕前を持つのが舞人である。

しかしその意味合いは決して良いものではなく、祐一のソレを

正道な舌鋒と例えるならば、舞人のソレは邪道なる舌鋒。

 

 

 

 「お世辞の一つや二つは言える筈だけど、さくっちにあげるお世辞は持ってない」

 

 

 「世知辛いことで嘆かわしいことで御座いますね。

  広く深い心を胸に抱き他人に尽くすべきではないかね? 例えば俺に全面提供」

 

 

 

『さぁ! 遠慮はいらぬよ八重樫!』と両手を広げて待ちのスタイル。

その態度が若干癇に障った希望の視線が舞人に刺さる。

 

 

 

 「調子に乗るな」

 

 

 「ふ〜んだ吊り目の睨み面なぞ、見慣れた私には効きません」

 

 

 

逆説的に捉えれば、それだけ普段からつばさに睨まれているということである。

あえて別の言い方をすれば、睨まれる対象はつばさだけではないので今更だが。

例を挙げれば“姐さん”やら“賢者”やら“アマゾネス”等。

 

 

 

 「あの〜、せんぱい」

 

 

 

と、小町が静かに手を挙げる。

 

 

 

 「ん? どうかしたのか小町」

 

 

 「はい。基本的に“桜井舞人至上主義者”である私こと雪村小町は

  何があってもせんぱいの味方であることを断言したく思いますが」

 

 

 「ウジウジしていないでスパっと仰いなさい」

 

 

 「ではお言葉に甘えまして。えとですね。せんぱいは熱くなっておりますので

  周りが見えていらっしゃらないと思われるため一応ご指摘させて戴きますが。

  単刀直入に――――桜香ちゃん達が此処にいること忘れてませんか?」

 

 

 

その言葉に、舞人の動きが目に見える程硬直する。

ふと目を向けた先、子供達の顔があった。

揃ったちびっこ達の視線が自分を見ている。

そのどれもが純真無垢。瞳の奥がキラキラと輝いているようである。

年を経ることで穢れてしまった己にはもはや毒だ。

何よりも『にいさま?』と無言で語るその瞳――――桜井舞人を潰す最強の攻撃。

舞人は慌てて両手を振り、

 

 

 

 「ち、違いますよ幼子諸君! 私は君達が思っているような

  悪いことは絶対言わない正義の味方なのですよ!?

  君達の無垢なる笑顔を影ながら守っているのは誰だと思っているのですか!」

 

 

 「さくっちじゃないってことだけは間違いないんじゃない?」

 

 

 「シャラッぷじゃけるな吊り目ぇっ!」

 

 

 

よりにもよって舞人に向かって横“槍”を入れるつばさに

『黙りなさい』及び『俺は嘘を吐いてない』という意図の造語で以って釘を刺す。

そう、嘘をついていないから“和人”が何も言わないのである。

所詮舞人の発言である、という先入観があるから、つばさはその違和感に気付かず

また子供達もそのズレには自覚出来ない……あくまで例外は彼の恋人だけ。

 

 

 

 「えっと、みんな〜? ずっとお部屋に居ても面白くないから

  お姉ちゃん達と外に出掛けようよ。舞人君が奢ってくれるって〜」

 

 

 「ああ。遠慮しなくていいぞ。俺にも珍しいことがあるんだと納得してくれ」

 

 

 

傲慢不遜に告げる舞人だが、本来自分で言うセリフではない。

照れているというのならば可愛げがあるが、舞人にそんな殊勝なものは無かった。

 

 

 

 「や。悪いねさくっち」

 

 

 「誰が貴様に奢ると言ったぁっ!」

 

 

 


 

 

 

 「兄様……本当にいいのですか?」

 

 

 「既に映画のチケット全員分及び食事代を支払った俺に言うセリフではないよ妹。

  この場合“いいのですか?”ではなく“よかったのですか?”がベターだ。

  確かに払うつもりはあったから文句無いが、何故俺が八重樫の分まで……」

 

 

 

舞人は自分を見上げる桜香の頭を優しく撫でつけ、しかし愚痴はやめない。

妹が発言の意味を理解出来るか出来ないかは二の次である。

 

 

 

 「ごめんなさい舞人さん。うちのお姉ちゃんが……」

 

 

 「いや、お前が謝ることじゃない。既にタカられた後だしな。

  俺はただ八重樫郁奈が八重樫つばさ二号にならぬことを祈るだけだ」

 

 

 

南無、と呟き空いた手で郁奈の頭をポンと叩く。

彼の守備範囲外の少女ではあるが、相手は弟分の彼女候補。無碍には扱わない。

しかしながら所詮舞人は男であり、郁奈は女である。

少なからず和人が“兄”である舞人を尊敬しているように(実はしている)

同じ理論を郁奈に当て嵌めれば、彼女が憧れる理想の女性は当然――――

 

 

 

 「や。私の目標はお姉ちゃんですから、そのご期待には添えません」

 

 

 「さくっち、あんまりうちのイクイクに変なこと吹き込まないでよね」

 

 

 「はっ! ならば同じ言葉を返してくれる。うちの桜香に向かって

  ありもしないような私の悪い噂を吹き込むのはやめなさい」

 

 

 「……だって。ねぇゾンミ、あたしって嘘言ってたっけ?」

 

 

 

もし万が一希望の視点から見て嘘だと言うのなら詫びもしよう。

だが、『ありもしないような』だと?……それだけは無いと断言しよう。

子供達の笑いを取るためにわざと冗談を言う場合もあるが、

舞人に関しての話題について嘘を吐いた記憶は無い。

桜井舞人の奇抜さ加減はイチイチ虚構を織り交ぜる必要さえ無い。

第一先日の『神器大蛇』発言とてその一種だろう。

 

 

 

 「舞人君ごめん、フォローしようがないよ〜」

 

 

 「な!? 待ちなさいゾンミと呼ばれる娘!

  お前がそこで否定せねば、君の恋人には不名誉なる名が付いて回るのですよ!?」

 

 

 「ここで否定したらそれこそ真実を曲げたことになっちゃいますから、無理ですよ〜」

 

 

 

小町印の丁寧なツッコミにペシリ。

『はぅ!?』という可愛げのある悲鳴が響く。

つばさの意図を上手く汲んだかのように希望と小町が掛け合い、それに舞人が倣う。

絶妙なまでに三人の相性が良いことが明らかで。つばさはヤレヤレと笑うのだった。

 

 

 

 「舞人にぃ。悪いこと言わないからもう止めた方がいいよ。

  つばさ姉も希望姉も小町姉も、要するに郁奈や瑛や瑞音と同じってことでしょ?

  てことは僕や舞人にぃじゃ勝てないんだから……痛い目見るよ?」

 

 

 

と、和人が言った。

何故自分は幼子に諌められているのだろうと疑問に思いつつ、

和人の哀愁の篭ったセリフが他人事とは考えられなくて、内心で泣いた。

 

 

 

 「……俺とお前の立場が何となく切ないのは気のせいだろうか?」

 

 

 「自分の胸に聞いてみようよ、舞人にぃ」

 

 

 

やっぱりさめざめと泣くしかなかったのである。

 

 

 

追伸。

舞人及び和人の発言があった直後に、いくつかの場所でこんな声が聞こえたそうな。

 

 

 

 「――――何だ? 今の哀愁漂う気配は」

 

 

 

ある者は他人事と思えない気配に身震いし。

 

 

 

 「――――うわ、何かヤケに身につまされる発言が聞こえたような……?」

 

 

 

ある者は『よくある出来事』が何処か別の場所で起きたような予感がしつつ。

 

 

 

 「――――ん? どっかの誰かが泣いてる気がするなぁ……。

  は! まさかこの美男子星人を探し求める少女の泣き声か!?」

 

 

 

ある者は微妙に外れた直感に勘違いをし。

 

 

 

 「――――何だろう? 今急に自分の立場がかったるく思えてきた」

 

 

 

ある者はその気配の影響なのか、無意味な程に気分が沈み。

 

 

 

 「――――何か今ヤケに共感を覚えるオーラがどっかで発生した気すんなぁ……」

 

 

 

ある者は嫌な未来予想図を幻視した。

 

 

 

結論。奇しくもその全員がほぼ同じ内容の言葉を口にしていたのだが……。

これが彼らの絆によって起きた出来事だとすれば、とてつもなく“嫌な”絆である。





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