Eternal Snow

131/暗幕遊戯

 

 

 

少年少女達が大会へと顔を出し、それぞれが剣戟を交し合い

お互いの実力を認め合い、己自身を高めていく図。

それはある種では平和の象徴にも等しい。

だが、魔の手は確実に世界を覆っているのだ。

いや、正確に言えば【永遠の盟約】が、世界を侵食しているのだろう。

 

対抗する手段である神器は、果たして皆の希望となり得るのか。

 

 

 

希望があるならば絶望が存在するのもまた道理。

 

光は闇があるからこそ光である。

闇は光があるからこそ闇である。

表裏一体、陰と陽。

 

対極が存在するからこそ、成立するものもある。

故に、神の牙の対極こそ、永遠そのもの。

 

 

 


 

 

 

――――どこか『此処』ではない場所。

 

 

 

 「まだお目覚めにはなっていないようですね?」

 

 

 

遠大で、存在感がある筈の声がそこに響く。

しかし矛盾するかのように、その声の主はどこか空虚であった。

 

 

 

 「別に構わないさ。ゲームは順序よく、ゆっくり遊ぶからこそ楽しいんだからね。

  まさか僕の意向に逆らうつもりはないよね? 空名」

 

 

 

返答する者は、少年。

ダークグレーの髪、灰色に近いロングシャツ、膝下辺りまでの白いズボン。

誰が見ても見惚れるような、完成された少年の美しさ。

彼が放つのは重い"何か"。

筆舌に尽くし難い、永遠そのものの気配。

完全に永遠に染まった者、永遠たるモノ。

 

――――追い求める何かのために、永遠を得た存在。

 

 

 

 「勿論です、私は貴方の忠実な下僕。逆らうつもりはありませんよ、朝陽さん」

 

 

 「今更疑うつもりはないよ。気を悪くさせたかな? ハハッ、ごめんごめん。

  ところで。次のゲームは何を予定してるんだい?

  場合によっては僕が動いてもいいけど。……そこに舞人が関わるなら、尚更ね」

 

 

 「舞人というと……アルキメデスが出会ったという神の牙ですね」

 

 

 

確認するように言った空名に対し、酷くご機嫌に笑う朝陽。

まなじりに涙までうっすら浮かべるその顔は

まるで恋人を思い出す少年のように、まるで仇を追い続ける殺戮者のように。

歪みに歪みきった、笑みだった。

 

 

 

 「ハハ……アハハハハハハハハハッ! 最高だと思わないかい?

  僕としてはもう手放しで喜びたい程に楽しいんだけどな!

  僕は永遠を求め、舞人は神器……つくづくアイツは僕を楽しませてくれるよ。

  この手で殺してあげたいくらいにね!……ああ、つくづく面白い」

 

 

 「ゲームとしては、『ようやく駒が一つ判明した』という所ですが?」

 

 

 

気を良くした朝陽は、幾分か饒舌になり言葉を紡ぐ。

空名が相槌を打つのが嬉しくて仕方ない、とばかりに。

 

 

 

 「そうだね。ま、尤も。僕と対になる相手は解っているけど。

  ……そろそろ宝珠手に入れたいね?」

 

 

 「はい。前回の月は原石でしたし、とりあえず使うアテもありませんでしたからね。

  闇の宝珠も神の牙が回収したようですし。それが朝陽さんのオモイビトというのは。

  いやはや、なかなかに楽しいですね。いえ、その顔を見れば解りますとも。

  それにしても、本当に返して良かったのですか? わざわざ往人さんを使ってまで」

 

 

 「いいじゃないか。ゲームにはお膳立てが大切なんだよ。

  それに君だって判ってるだろ? あの月は未だマガイモノ。

  【永遠】に置いたままでは奇跡を起こすことすら叶わない。

  精々育てて貰おうじゃないか。国崎もそうさ。

  利用出来るものは利用しないとね? 彼の願いに必要な等価交換だろう?」

 

 

 

くつくつ、と嫌味たらしく微笑む朝陽。

空名もそれを咎めることはなく、同意の意を示す。

 

 

 

 「"是怨"が目を覚ますのが楽しみだよ。【雪】を完成させるには、

  彼の存在が必要不可欠だからねぇ。最高のお膳立てなくば、ゲームはつまらないし。

  ……おっと、ごめん。浸り過ぎたね。さて、話を戻すけど。

  とりあえず君に任せるよ。必要なら僕を使ってくれて構わない」

 

 

 「了解しました。【虚無】の名にかけ、楽しい舞台をご覧にいれますよ」

 

 

 

完全に帰還しえるモノは、ただ楽しむためだけに己を其処に存在させる。

例えどれだけの悲しみが生まれようと、例えどれだけの怒りが誕生しようと。

 

永劫に、永久に、究極の生命になる故に。

不完全な存在に気を向けることはない。

唯一の娯楽として、食指を振るうだけ。

 

 

空名はもう一度微笑むと、其処から姿を消した。

朝陽は一人、嘲う。

 

いや、一人というのは間違いか。

彼の目の前には、一つの大きな暗闇があった。

暗闇でありながらその奥からは浅く途切れがちな吐息が響く。

暗闇は鳴動し、鼓動し、稼動する。

 

何かの術式なのか、それとも呪いか。

 

その暗闇の中にあるのは、人の気配。

浅く淡く吐息が漏れ、小さく呻く声が響く。

 

 

 

 「君はどう思う? これから先の未来を、さ。

  如何なる舞台が演じられるか。

  如何なる現実が芽吹くか――――楽しみだね?」

 

 

 

返事は返ってこない、吐息の音が響くだけ。

朝陽はただ嘲う。

その瞳が、"楽しくて仕方ない"と語っている。

 

 

 

 「舞人? ようやく僕達の宿命も終わるね。

  幾度も幾度も、何度も何度も、世界を越えてまでしつこいくらいにね!

  こんなありえない世界にまで飛ばされて、いい加減辟易してるくらいさ。

  だけど舞人、君の死で終わるんだ、こんな下らない宿命も。

  桜香、もう少しの辛抱だよ。このゲームが終われば、君は僕のモノになる。

  今度は永遠に……もうヒトとして迷わされることはないんだ」

 

 

 

朝陽は此処にはいない舞人と、桜香に向けて言う。

例え姿が見えなくても、朝陽の脳裏には二人の姿が描かれている。

 

瞼を閉じれば、かつての同胞の姿が映る。

いとおしく、代えがたく、だからこそ憎らしい舞人の姿。

誰よりも嫌いな、アイツの顔が。

 

 

 

 「こんな数奇な運命だけど、一つだけ感謝してるんだよ。

  永遠と、いや……"えいえん"と呼ぶべきかな?

  とにかく、永劫の世界と出会えた。終わり無く桜香と共に在れる時間を得た。

  ヒトは憎らしいけれど、こういうヒトなら悪くない」

 

 

 

誰が、それを止められるのか。

誰が、その狂気を止められるのか。

誰が、彼を殺すのか。

 

遊戯は彼の望む道に。

止めるモノはまだいない。

 

暗闇の中に眠る誰かは、一筋の涙を零し。

暗闇に紛れてその涙は消えた。

 

 

 

 『―――――』

 

 

 

声無き嘆きが、【彼】の最後の意思だった。

 

 

 


 

 

 

 「朝陽さんはああ言ってらっしゃいますし……お言葉に甘えるとしましょうか。

  しかし、まさかあそこに宝珠が眠っているとは。正に灯台下暗しですね」

 

 

 

一人になった空名は、突如空間に現れた椅子に座り、ゆったりとした姿勢をとる。

まるでどこぞの紳士が優雅に午後のひとときを過ごそうとしている雰囲気すらある。

 

 

 

 「……おや? ふふっ、何か御用ですか?」

 

 

 

そんな彼の後ろに立つ者がいた。

静かに佇み、ただ無言でいるだけ。

しかし空名のように虚ろではない。

 

向ける眼差しは確固たる意思を、どこか歪みながらも自身を構成している。

黒のシャツ、変哲もないジーパン。

意思持つ眼差しはどこか暗いが、見る人が見れば迷子のよう。

 

 

 

 「……俺が動く」

 

 

 

彼は口を開いた。澄んだ青年の声。

しかし何処か、何かが捻じ曲がってしまった者の声。

 

 

 

 「……貴方がそんなことを言うとは。成程、理由がある、と。

  ええ、それは構いません。が、まだ駄目です。もう少しだけ待って下さい。

  下準備を怠ると、どんな料理も失敗するものですからね?

  貴方もそれくらいはご存知でしょう?」

 

 

 「料理は苦手だ」

 

 

 「おやおや。それは残念」

 

 

 

会話だけなら、何の平凡もない日常会話。

だがそれは勘違いでしかなく、この光景を見た誰が"普通"だと言えるだろうか。

 

 

 

 「ですが、準備だけはしていて下さいね。いつ召集されてもいいように」

 

 

 「……わかってる」

 

 

 

素っ気無い言葉で返した彼の掌には、純白の羽が一枚握られていた。

悲しみに染まった、鈴の翼。

 

彼女が彼に微笑むことは、無い。

永遠を望まぬ限り、もう逢えない。

だから彼は此処に居る。だから彼は此処を選ぶ。

己の価値に背徳し、己の行為に唾を吐き捨て。

 

彼は孤独に羽を掴む。その手に一振りの刀を握る。

イメージのままに斬り棄てようと身を整え、腰を据える。

紅蓮に近い朱色の鞘は、憤怒に反映された炎の色。

鯉口を切り、刃を抜く。瞬閃の如く疾らせ、金の斬撃を放つ。

一切の慈悲なく、一切の無駄なく、一切の揺らぎなき、完成の域に達した抜刀術。

完成された一刀に目標となるものは何もない筈が、其が一閃は突如出現した影を斬り裂く。

 

斬なる音すらなく、滅に至りし一片の影。

消え失せ逝く"何か"は、ヒトガタの紙を散らし、存在さえも失せていく。

感慨なくその様を見つめながら、青年は己の刀を鞘に収め、背中越しへと声を発する。

 

 

 

 「――――居たのか?」

 

 

 「はい」

 

 

 

彼を見守るように、少女の姿が其処には在った。

少女が持つ雰囲気は、やはり永遠に属するが故の色を秘め。

灰色がかったその髪は、煌びやかであると同時に澄み切った黒に他ならず。

少女の名は――――遠野。

翼人の系譜に連なる者――――"遠野 美凪"

 

 

 

 「遠野、居るなら居ると言え。いきなり手応えがあるから何かと思えば」

 

 

 「ごめんなさい。……真面目なお話でしたから、つい」

 

 

 

つい先程、鋭い視線と口調を放っていた彼とは思えぬ程優しげな声音。

表情には苦笑と、瞳の中には慈しむような色を散りばめて。

銀色に近いその灰色の髪。そして宿す気配もまた黒く。

青年の名は――――国崎。

翼人を愛し、愛された者――――"国崎 往人"

 

 

 

 「まぁ、そりゃ確かに。……ああいうのは俺の柄じゃない」

 

 

 

侵された世界の中で。歪なまでに狂った世界の中。

永遠に属する者達は、同じ存在でありながら異なるモノ。

互いが一個の存在として共存しつつも、求める目的の違いからの対立は存在する。

故に本心を見せたとしても、本質だけは晒さない。

故に本質を晒したとしても、本心だけは見せない。

そんな世界の中で、唯一己を晒せるのが目の前の存在。

国崎往人――永遠の使徒【死法剣】にとって。唯一心を赦せるのが、遠野美凪。

遠野美凪――永遠の使徒【欠翼姫】にとって。唯一心を赦せるのが、国崎往人。

求める望みが酷似しているからこそ、彼は彼女を信頼し。

求める望みが酷似しているからこそ、彼女は彼を信頼し。

 

 

 

 「国崎さんは……ダメダメさんな人ですから……」

 

 

 

くすりと微笑んで、美凪は彼の姿を見る。

その眼差しは優しくて。優し過ぎる程優しいからこそ、この世界では異質。

それを解っているから、彼女は他者にその貌を見せない。

ただ一人、酷似した目的を携える彼の前でだけの――――特別。

 

 

 

――――私は、私の目的を果たすために、此処に居る。

 

――――独善を叶えるために、選んだ道。

 

――――愛情と激情と、復讐と妄執が、私の全て。

 

――――なのに、出逢ってしまった。逢わなくて済むなら、一番だったのに。

 

――――振り向いて貰おうとも思わないし、振り向いてくれるとも思えない。

 

――――ただ、この人の前では……私で居られるから。心地よくて。

 

 

 

 「……くくっ」

 

 

 「国崎さん?」

 

 

 

少女の言ったその言葉は、ある意味で青年に対する侮辱。

本人にそんな意図はないし、彼自身もそうとは受け取っていない筈だが

それにしても軽く諌める訳でもなく笑うというのは何故だろう。

 

 

 

 「昔、観鈴に言われたんだよ。今の遠野と同じことをさ」

 

 

 

だから懐かしくてつい、な……と往人はこぼす。

その背中がどことなく小さく映ったのは、美凪の気の所為だろうか。

彼が握る刀が、僅かに煌いたのも気の所為だろうか。

 

 

――――私の胸が痛むのも、気の所為ですか?

 

 

決して声には出さぬ問いかけ。つくづく自分の想いが解らなくなる。

目的を遂げたい。邪魔になる全てを排除したい。そのための力と、在り方を得た。

なのに、この感情は何なのだろう?

目の前にいる彼は同胞だ。同盟関係にある同類。それ以上でも以下でもない。

あえて云うなら。ただ一人、唯一絶対的に己が背中を預けることの出来る"同志"だ。

其処に余計な情は混じらぬ筈だ。混じったとしても雑念に過ぎない。

信用と信頼はあっても、純粋無垢なる愛情だけは無い。

"彼"にという訳ではなく――――愛という情念そのものが"私"には無い筈なのだ。

それこそが永遠の盟約。永遠との約束。代償を支払った契約。己への約定。

 

彼にとって【観鈴】という名前は、大切なものだ。

自分にとって【みちる】という名前が大切であるのと同じく。

青年の願いは全てその名に集約される。少女の願いが集約されるように。

だが、胸は痛い。まるで観鈴という名に嫌悪するかのように軋む。

何を訴えようというのか。まるで嫉妬でもしているのだろうか。

馬鹿馬鹿しい。そんな感情は、目的の妨げにしかならない。

 

"私"の目的は【みちる】を取り戻すこと。

それだけのために魂を棄て。翼人という血を捨て、人であることさえも廃てた。

体裁も倫理も後悔も懺悔も慟哭も絶望さえも置いて来た。

だけど、疼くこの感情を持て余すのは何故だろう。

無意識のうちに足が動く。矮小に映ったその背中を抱き締める。

 

 

 

 「お、おい!?……遠野?」

 

 

 

戸惑う彼の声を耳にしながら、腕に込める力をほんの少しだけ強くする。

解読できない感情を放置しながら、しかし代え難いものであると理解して。

 

 

 

 「国崎さんは……昔から……駄目人間、なんですね」

 

 

 

透き通る程の笑みを浮かべて、誰にも見られぬように包み込む。

他人にも、往人にも、或いは自分にさえも見られぬように、と。

 

往人は、遠くを見定めるように『――――ああ』と呟く。

やがて美凪の手に己の手を触れさせる。

掌越しに感じる熱は、永遠という毒に犯されながらも優しくて、暖かくて。

生きているのに生きていないから、泪が出る程虚しくて。

 

 

 

 「駄目だからこそ、永遠こういう道しか選べないんだろ?」

 

 

 

その言葉は、悔しい程に真実。

美凪もそう思う。思ってしまう。言い返す言葉は何も持たない。

彼らにとっては真実を超える真理以外の何物でも無いから。

 

 

 

 「俺は、俺の望みを求めて」

 

 

 「私は、私の願いを叶える」

 

 

 

抱き締める腕の力は強くて。けれど弱くて。

伏せ続ける感情の名を、美凪は知らない。

其処に在る二人の姿は、愚者という以外に形容できない。

愛すべき人を想い修羅と化した者が、憐れめいたままに踊るだけ。





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