Eternal Snow

129/武術大会 〜本戦 二日目その1〜

 

 

 

初日と二日目で一通りの第一回戦は終了する手筈になっている。

早朝から夜まで、丸一日掛けるからこそ可能なことなのだが。

そういった理由から、主だったチームは本日に試合が予定されている。

故に、『彼女』達の大会は今日この日から始まると云っても過言では無い。

 

 

 


 

 

 

――――会場、客席にて。

 

 

 

 「祐一〜、あたし頑張っちゃうから応援よろしくね〜」

 

 

 「はいはい。見守って差し上げますよ舞お嬢様」

 

 

 「うむっ。よきにはからえ〜!」

 

 

 

ご機嫌な舞をあやすかのような祐一の発言。

お互い冗談半分なので、その表情は明るい。

祐一は掌を軽く上に挙げて舞を促し、彼女は迷い無くその手を叩く。

 

 

 

 「ま、頑張れ」

 

 

 「勿!」

 

 

 

ビシ! という音が聞こえてきそうな程

見事なガッツポーズを決めながら言う舞に、祐一は思わず苦笑する。

 

 

 

 「へぇ、流石に自信満々だな」

 

 

 「それこそ勿論よ? あたし達を誰だと思ってるの? 祐一の幼馴染だもん。

  『美少女戦隊レゼトゥワル』を舐めちゃ許さないわよ?」

 

 

 「へいへい……ってか舞、そのセンスはどうよ? しかも自分で美少女って言うか?」

 

 

 

至極もっともな発言だと思うのだが、舞はぶーたれる。

その顔が可愛いと思ったのが敗因か。

 

 

 

 「だって本当のことだもん、例えば……そうね。祐一だって

  あたしの胸大きいと思うでしょ? 可愛いと思うっしょ?

  触らせたげようか、ほらほら♪」

 

 

 

うりうり、と己の豊満なバストを向ける舞。89だとかなんとか。

何故祐一自身がそれを知っているのか謎であるが、

ともあれその仕草に祐一の顔が真っ赤に染まる。

 

 

 

 「ば、馬鹿っ。そういうことを女の子が言うなっ。……ったく。

  あ〜もう、佐祐理さん、この馬鹿の面倒頼みます」

 

 

 「あはは〜、なんでしたら佐祐理の胸も触ってみますか〜?

  舞ほど大きくないですけど、形には自信ありますし、

  多分触り心地はいいと思いますよ?」

 

 

 

さりげなく頬を僅かに染めつつ、自己主張を忘れない佐祐理。

祐一よりも年上のお姉さん、という自負があるからこその発言だろう。

 

 

 

 「か、勘弁してください佐祐理さんまで!」

 

 

 

祐一からすれば彼女は最後の砦だ。

いやしかし相手は一弥の姉。ありえなくはない、と思ってしまう自分が切ない。

 

 

 

 「まぁいいや……とりあえず皆頑張って来いよ」

 

 

 

どこか気疲れしたように、祐一は皆を送り出すのであった。

周囲のやっかみの視線をあえて無視しなければならなかったのは辛いが。

勿論一連の会話は観客席で行なわれていたのは言うまでも無い。

激励に来たのにとんだ恥をかいた。

 

 

 


 

 

 

余談はこれまでとし、ともかく本題。彼女達の試合である。

彼女達の対戦相手は、同じく七星学園の生徒。

その生徒達の中に、にっくき宿敵の姿があることに舞は気付く。

親友を誑かせ、想い人をけなす――七星学園生徒会長……久瀬の姿が。

今の今まで全く対戦相手なぞ気にしていなかったが、真面目にならざるを得ないか。

 

 

 

 「もう! 昨日話したじゃないですか。一回戦でいきなり久瀬君の所だ、って」

 

 

 「あれ? そだっけ? ごめんごめん」

 

 

 

舞が意外そうに対戦チームを見ていたことから、

舞は昨夜の話し合いを記憶していなかったのだと理解。

ああ情けないと呟きながら、それでもちゃんと説明する辺り流石は香里である。

 

 

 

 「ボク達相手に余裕……って感じだよね。

  一方的に対戦順を明かしてくるなんて――――なめられたもん、だよ」

 

 

 

電光掲示板には、久瀬を擁する対戦チーム名『無銘』と『レゼトゥワル』の名。

片や自分達の方は出場順を明かしていないのに、無銘はその全てを晒している。

先鋒はいきなり主将格の久瀬。次いで右腕たる斎藤。

序盤で一気に勝利を攫い、残りは消化試合にでもする気なのだろう。

仮にも四天王を二人擁する自分達に向かっての挑発とは恐れ入る。

似遣わない言葉を吐き捨て、あゆが憤りを表に出した。

 

 

 

 「あはは〜……あゆさんの気持ち、よ〜く解りますよ」

 

 

 

笑顔だけを前面に出しながらも、こめかみが僅かに引き攣っている。

『ああ、怒っている』……佐祐理を除く全員が共通の感想を抱くのであった。

 

 

 

 「向こうが主将格でいきなり来るなら、こっちも同じでいきますか?」

 

 

 

香里が言った。その言葉は裏を返せば佐祐理か舞で行こう、ということである。

チームの参謀役である香里は、真正面からぶつかることを提案する。

 

 

 

 「香里はそれでいいの?」

 

 

 

香里と久瀬は二年生トップクラスに位置する生徒である。

云わばライバル関係にあるからこそ『どちらが上なのか』ということを証明したい筈だ。

向こうが先鋒で出てくると宣言しているのだから、遠慮する必要は無いのだが。

 

 

 

 「向こうが挑発してくるなら、こっちは叩きのめして勢いを貰うわ。

  いくら生徒会長揮下の精鋭だからって、機先を制されたら動きも鈍るでしょ?」

 

 

 

感情論は別物よ、と香里は続ける。名雪も「香里がそれでいいなら」と同意する。

彼女の意見によって方針は決定。後は舞と佐祐理のどちらが出るか、という話。

 

 

 

 「なら、あたしが出るわ。剣とトンファーなら、剣の方がやり易いでしょ?

  佐祐理相手で下手に何か言い出すとムカツクし、

  てか祐一を侮辱するのが一番許せないし……叩き潰すわ」

 

 

 「わかったよ、舞。じゃあ、祐一さんに褒めて貰うためにも、負けちゃダメだからね?」

 

 

 「はちみつクマさん……ってね♪」

 

 

 


 

 

 

 「ふむ。川澄先輩でしたか。まさかこうも見事に出て来て下さるとは」

 

 

 「売られた喧嘩は買うのが信条なのよ。うちの参謀がオッケー出してくれたしね。

  てな訳で、真面目に行かせて貰うわよ? 久瀬君。

  美少女戦隊レゼトゥワル、栄えある一番手は!」

 

 

 

腕をぶんぶんと振り回した後、己が剣、サイサリスを構える舞。

 

 

 

 「……私」

 

 

 

その瞬間、彼女のスイッチは切り替わる。

感情を最小限に押さえ込む『戦闘思考』へと。

普段の自身とは逆を行くその思考回路は、

“祐一と離れた”という事実が生み出した副産物。

云わば、“悲しみを繕う”為に生まれた処世術。

祐一が彼女の傍に戻って来た今もその思考が残っているのは、

彼女の中でそうあるようにスイッチが出来上がってしまったから。

存外不憫でもないし、普段の元気の良さがあるためバランスは取れているのだが。

 

応じるように僅かに笑い、久瀬は己の刀『影鬼門』を構え、腰を据える。

七星随一の刀使い。独特の技、居合抜きを修めし者。

 

 

 

 「いいでしょう。『無銘』が長、久瀬篤史。いざ尋常に――――」

 

 

 

――――試合、開始!

 

 

 

 『――――勝負!』

 

 

 

無常に響くその合図に重なるように叫ばれる二人の宣誓。

その宣言を皮切りとし、まず初撃を放ったのは久瀬。

待ちの戦略を取るのは当然としても、場を手にするために先行する。

 

 

 

 「ハァッ!」

 

 

 

小さく吐き出した呼気に乗せ、黒の刃を抜き放つ。

“撃ち”出される技の名は居合。

彼は、剣閃と呼ぶべき軌跡に沿うように横一文字の鎌鼬を発生させる。

先手を取ったことで、久瀬に近付けぬ舞の間合いの外から攻撃を放つ。

 

 

 

 (……正面左。牽制の技。直撃は……させない)

 

 

 

舞の思考はただ静かに現状を映す。

擬似的なる飛び道具を持つ彼ならば、これくらいは当然か。

易々と接近戦にはさせない、という意思表示とみた。

性格は悪くとも会長というだけのことはあるらしい。

舞は自分に襲い掛かろうとする風の刃に対し、剣を眼前で垂直に立て、

更に片手を刀身に当てた状態で正面から突撃する。

 

 

 

 (……見切る!)

 

 

 

剣に僅かに重みがかかった瞬間――――即ち剣と鎌鼬が接触した瞬間に能力を発動。

鎌鼬の持つ運動エネルギーを停止させ、鎌鼬を消し去る。

 

 

 

 「何っ!?」

 

 

 

自分の能力を無効化されたことに久瀬が驚愕する。

その隙を突いて舞はさらに間合いを詰め、己の間合いの中に久瀬を捉える。

 

 

 

 「……せぇいっ!」

 

 

 

そして流れのまま渾身の斬撃を放つ。しかし久瀬も一瞬で驚愕から立ち直り、

即座に居合いを放つことで舞の斬撃を弾き返す。

その結果が訪れた瞬間、舞の心が一色に染まる。そう、舞の心は明鏡止水。

状況を冷静に計算し、最も効率的な戦術を模索し、確実なる結果を弾き出す。

久瀬の居合は待ちの剣技。その牙が目覚めることは、暴風を呼ぶことに等しい。

一手目も取られたのならば、構わない。この後も敢えて乗ろう。

元々舞の剣術はスピードを生かす乱舞型。

久瀬は己の能力を以ってそこそこ遠距離でも対応出来る分、こちらが不利だ。

それは今の一手目が証明している。

ある意味彼の相手は遠距離戦が可能な佐祐理の方が向いていたかもしれないが、

大事な親友にして恋愛同盟の一員に、余計な唾をつけられる訳にはいかない。

距離を取られては今のように一方的に厄介なので、近付き一気に攻める。

 

 

 

 「私は……祐一のモノだからっ!」

 

 

 

大声の気合。恥も外聞もなく、ただの本音を叫ぶ。

 

書き表すなら『祐一愛』……その理を胸に、舞は斬撃を繰り出した。

真一文字に振り抜かれたその刃は、久瀬が反応するよりも素早くあろうと己に課す。

だが、居合抜きとはただの待ちの剣技とは異なる。

単なる待ち技ならば威力重視の一撃となろうが、居合抜きとは剣速を軸とするもの。

例え一瞬で正面に立たれても、それに対応するのは造作も無い。

 

 

 

 「――――甘い!」

 

 

 

右利きである舞の一閃は左から右へと振り抜くもの。

抜刀から技を繰り出す久瀬の一閃は、左から右へと打ち払うもの。

故に二人の剣戟は互いの中心で激突する。

影を成す刃と銀閃が交差し、火花が散った。

 

 

 


 

 

 

 「やめてくれ舞……頼むから久瀬相手にそのセリフはやめてくれ……。

  お前が可愛いのは認めるから……勘弁してくれ……」

 

 

 

応援のためにと最前列に居た祐一は、一人静かにさめざめ泣いていた。

 

 

 


 

 

 

 「ちっ……」

 

 

 

小さく吐き捨て、舞はすかさず乱撃に移る。

一応単なる牽制のつもりだったが、きっちり弾かれて苛ついた。

が、距離を取り直せば鞘に刀を収められて久瀬の優位が成立してしまう。

ならば刀を外に出している機会を逃さず、隙を与えず隙を作らせる。

 

 

 

 「はあああぁぁぁぁっっ!」

 

 

 

風を貫く鋭い音が二度、舞の剣戟によってもたらされる。

まずは三撃。重さに勝る西洋剣で刀を弾かせる。

 

 

 

 「――――っ!」

 

 

 

久瀬はそれを読み、一撃目を刀で、二撃目を鞘で受け止める。

しかしながら舞の打撃は重い。受けた掌が痺れる。

久瀬はその痺れを置き去りにし、刺突。刃は舞の左肩を狙う点の一撃と化し、牙と成る。

彼女は己に三撃を課していたが、最後の一閃を撃つよりも久瀬の刺突は早い。

刺突は刀における最速の一撃。回避は間に合わない、舞は瞬間に能力を発動させる。

彼女が持つ能力、その名称を【運動停止】。

久瀬の放った刺突そのものに掛かる運動エネルギーを停止させ、その動きを無為にする。

僅かな間の発動でしかないが、効果はある。久瀬が感触に違和感を覚えるだけで充分。

舞は機会を逃さず体を逸らし、己に約束した三撃目で久瀬の刀を弾き飛ばす。

運動エネルギーを失った刀は反動を浴び、

再び回復したソレの影響を受けて久瀬の手指から離れる。

 

 

 

 「――――ぐっ!? やってくれるっ!」

 

 

 

これで久瀬の武装は鞘一本。

所詮無手ではないというだけ。彼女の優位は動かない。

しかし、舞の冷静なる思考はイコール勝利でないことを解っていた。

すかさず仕留めるためにサイサリスを薙ぐ。

 

 

 

 「――――ざぁ……せいっ!」

 

 

 

その結論に転じたことは正しいが、相手は久瀬。短絡的には終わらない。

久瀬は腰から引き抜いた鞘を逆手に構え、舞の剣を止める。

彼は空いた右手の指のみを折り畳むように握りこみ、縦に振り払う。

指を支点と為して、能力発動――――折り畳んだ指の数だけ鎌鼬が生成される。

払われると同時、正面に五列発生した疾風の刃が舞を襲った。

風の刃に実体は無い。視認が可能だとしても、弾くのは困難。

魔装具もなしに捌くことが出来るとすれば、更なる上位属性を持つ祐一くらいだろう。

故にその閃手は、予測されうる当然の結果となって……舞の衣服を裂く。

纏っていた制服に疾る五本の線。真横に払われ首を狙われなかったのは幸いだが、

その分狙いは胴体……運良く浅かったので助かった、と舞は後退しつつ溜飲を下げる。

戦闘に支障はない。剣を構えなおし、再び突っ込もうとして……気付いた。

服が裂けた。おかげで傷はほぼ無い。

痛みも殆どなく、あったとしても精々薄皮持っていかれた程度だろう。

 

 

 

 

 

 

が。

 

ふと視線を下げると、妙に見覚えのある色が見えた。

赤かった。割とお気に入りの色合いだった。

ていうかお気に入りの内の一つだった。

そこには随分見覚えのある肌色の肉まんが二つあった。

赤色に覆われているソレは、割と自慢の一品だった。

ていうか仲間内でナンバーワンを自負していた。

 

 

 

 (…………胸?)

 

 

 

冷静な思考で単語を紡ぐ。

離れた先、正面を見た。刀を回収した久瀬がこっちを見ていた。

何故か顔が赤い気がする。動きが停まっている。隙だらけだ。

どうしてだろうと頭を捻るが、何故か会場ごと静かな気がする。

何故か自分に視線が集まっている気がしなくもない。

 

もう一度、視線を下ろす。

服が切れている。胸元中心、見事正中線に沿うように切れている。

ヒラリ、と赤い制服が左右に揺れ、風を取り込む。

取り込んだ風が、学年指定のリボンを吹き飛ばしていった。

まるで嘲笑っているかのようだった。

 

 

 

 (……胸?)

 

 

 

そう、着ていたブラジャーが見えている。

それだけに限らずお腹の辺りも見えている。

今の自分を言い表すと完全に服が肌蹴ている、といった状態。

頭は妙に冷え切って、何が起こったのかを分析する。

回答は簡単だった。久瀬の放った

五列の鎌鼬の内、一本が自分に命中したのだ。

そう。胸。見えてる。そう。胸。見られた。

流石に勝負下着ではないが、会場に向かって

ブラを思い切り晒している事実は変わらない。

 

 

 

――――胸!?

 

 

 

会場を見回した。久瀬を見た。

軽く剣に反射させ、祐一の顔を剣越しに見た。

全員がほぼ共通して頬を赤くしていた。

頭が、冷え切って、真っ白になった。

 

 

 

 「……ぽ」

 

 

 

彼女が小さく呟く。小さ過ぎてその声を聴きとめた者は一人もいない。

その所為で舞の異常を停められる者は一人もいなかったのである。

 

 

 

 「ぽんぽこタヌキさん――――っ!?」

 

 

 

川澄舞、咆哮せん。

もっと解り易く言おう。キレた。

 

 

 

 「ま、待ちたまえ川澄先輩!? ぼ、僕の非を認め――――」

 

 

 

久瀬の声は最後まで紡がれず、キレた舞の能力が暴走する。

 

 

 

 「ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさぁぁぁぁぁんっ――――!」

 

 

 

セリフこそ可愛いが、かつて祐一が授けたその言葉の意味は

“はちみつクマさん”の対極となる否定形。

即ち、認めない認めない認めない認めてたまるかぁっ! という叫びに等しい。

中途半端に戦闘思考にある分、感情が直接暴れてしまう。

 

その対象は久瀬に限らず、リング周辺にも影響する。

レゼトゥワル側は長い付き合いだけあって咄嗟に反応し、名雪が皆の前に立つ。

素早く彼女は自分の得物『風薙』を回転させ

風を生み出し、舞が生み出す無重力の罠から防護膜を展開する。

しかし無銘側は反応出来ない。リング下で久瀬の活躍を見守っていた

彼の仲間達は久瀬ごと無重力の罠に嵌る。

 

 

 

 「ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさんぽんぽこタヌキさん

  ぽんぽこタヌキさぁぁぁぁぁんっ――――!」

 

 

 

同じセリフを繰り返す彼女は、ひたすら重力を操作し

『無銘』のチームメイト全員を翻弄する。反則だとか云々は今の舞には通じない。

怒りと恥辱とをない交ぜにして、感情の赴くままに暴れているだけなのだ。

極論するなら生まれたばかりの赤子にも近い。

 

 

 

 「ぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅ

  ぐしゅぐしゅぐしゅゆういちじゃないひとにみられたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

人目も憚らずに泣き叫び、『無銘』の全員を激突させた上、気絶させる。

既にこの時点で無銘の戦闘続行不能が確定しているのだが、舞は気付かない。

 

 

 

 「ぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅぐしゅうっ!」

 

 

 

あの状態の舞を止める術は無い……いや、正確に言えば“無かった”。

完全にキレた舞は、つまるところ幼児退行している。

子供の癇癪は時間に任せて鎮まるのを待つしかない。

が、今この会場にはたった一人だけ舞を止めることの出来る者が居た。

この数年間は“居なかった”から無理だったが、今は“居る”のだ。

 

 

 

 「祐一さん! 舞を止めて下さい〜〜〜!」

 

 

 

佐祐理は後ろを振り向き、自分達を応援している祐一に向かって声を掛ける。

突然の依頼に祐一の声が張り上がる。

 

 

 

 「い、いきなり何言ってるんですか佐祐理さんっ!? 俺にあの中に突っ込めと!?

  ていうかあの状態の舞をあやせとでも!?」

 

 

 「そう言ってるんですっ!」

 

 

 「無茶でしょ!?」

 

 

 

名雪の生み出す風によって、佐祐理以下レゼトゥワルの髪が轟々と舞う。

しかしそれだけの風を生み出さなくては相殺出来ないのである。

名雪に掛かる負担も大きい。早く停めなければ彼女達が『無銘』の二の舞だ。

 

 

 

 「お願い! 早く行って祐一!」

 

 

 

名雪の額に汗が滲む。本気で長くは持たないらしい。

どうして俺なんだ!? と祐一は動揺するが、それも当然。

舞が戦闘時だけとはいえ思考を切り替えるのは、そもそもその原因を作った祐一にある。

悲しみを取り繕う処世術を生み出す切っ掛けとなったのは祐一との別離。

“はちみつクマさん”と“ぽんぽこタヌキさん”という単語がその証明。

 

祐一は諦めた。決断は素早く、だ。……どうやら行くしかないらしい。

名雪が相殺出来なくなって被害が拡大したら目も当てられない。

彼は身を乗り出しリング下に降り立ち、彼女達の下へと駆け寄る。

 

 

 

 「――――で、どうやって突っ込めと? この先は重力が暴れまくってるんだろ?

  ただ走って近付くだけなんて絶対無理だ。生憎俺の実力じゃ余計に」

 

 

 

念の為に整理するが、舞の下へ行くのは本来の祐一ならば造作もないことである。

それはともあれ。驚嘆すべきは舞の方。彼女の能力は“運動停止”であり、

重力を直接操作するものではない。あくまでも応用としての効果を出しているだけ。

混乱していながらも重力に干渉する彼女の才能と技術は評価に足る。

 

 

 

 「手はあります。……えっと、香里さん」

 

 

 「判ってます。あたしが祐を抱えて走ればいいんですね?」

 

 

 「はい。この作戦しかないでしょう。今の舞には声も聞こえないでしょうし」

 

 

 

冷静を装い会話する佐祐理と香里。

しかしその背景に響くのは舞の“ぽんぽこタヌキさん”という絶叫。

そんな舞の下へ行くためには、重力の罠に襲われることを覚悟しなければならない。

被害を少しでも抑えるためには、少しでも早く彼女に辿り着くしかない。

面子の中でそれが可能なのは加速の能力を持つ香里だけだ。

 

 

 

 「出来れば少しでも道が見えるといいんだけどね」

 

 

 

ぼやく香里。どのタイミングで突っ込んでも同じだとは解っているが

一瞬でも弱くなってくれれば楽になるのに、と。

 

 

 

 「――――ボクに任せて」

 

 

 「あゆちゃん?」

 

 

 

香里がオウム返し気味にあゆに問い掛けるが、向けられた彼女は意識を集中させる。

己の能力を『己の意志』で発動させるために。

あゆの持つ能力は『未来予測』。白昼夢に近い形で極近しい未来図を確認する力。

しかしその発動はランダムであり、本来自分の思うままには使えない。

けれど、あゆだけ何もしない訳にはいかない。名雪は盾を作り、

佐祐理は現状での最善策を練った。香里と祐一は最も危険な目に遭う。

皆が頑張っているのに、一人何もしないなんて許されない。

例え無茶でも、無茶が通れば道理が引っ込んでくれる筈。

無理をしている弊害なのか、こめかみに走る痛みに耐え、ただ意識を集中する。

 

 

 

 「……うぅ、もう、もたないよ……っ」

 

 

 

名雪の疲れが限界を訴える直前、あゆがその瞳を輝かせる。

 

 

 

 「なゆちゃん! あと少しだけ頑張って! それで終わるから!

  ……香里ちゃん! 祐一君掴んで!――――3、2、1―――今だよっ!」

 

 

 

あゆが未来を見た。疲れを覗かせるその瞳は確信に満ち溢れている。

何もミスを侵さなければ、この作戦は成功する――――そう語っていた。

香里はあゆの指示に合わせて『加速』を発動させ、名雪の風盾の先に身を晒す。

 

 

 

 (……相変わらずデタ、ラメ……なんだから!)

 

 

 

重さと軽さが同時に襲ってくる矛盾空間。加速を使用している足がもつれてしまう。

舌打ちをしている余裕すらなく、下手に走っても届かないのが解る。

しかし諦める訳にはいかない。加速する思考を利用し、手段を見出す。

加速の勢いを利用し、自身をカタパルト代わりとして祐一を投げつければいい。

乱暴な手段? 安全且つ確実な手段なぞ探している余裕はない!

 

 

 

 『祐! しっかり停めなさいよ!』

 

 

 

加速する世界の中で、最小限の動きで祐一を投げ飛ばす。

その反動で彼女の体はリング外へと弾き飛ばされ、風盾の後ろに下がる。

受身を取り荒い息を吐きながら、香里はリングに視線を送る。

そこに、飛び込むように舞へと駆け寄る祐一の姿が見えた。

一気に能力を使った反動か、香里の意識は闇に運ばれる。

 

 

 

 

 

 「ぐしゅ、ぐしゅ……うぐ。ゆ、いち〜」

 

 

 「ああ、うん。よしよし……よく我慢した。大丈夫、もう見られてない。

  だから泣き止め。泣き虫のまんまじゃ恥ずかしいだろ?」

 

 

 

祐一は舞を正面から抱き留め、あやすようにその頭を撫で。

 

 

 

 「はぢ、みじゅ……グマ……じゃぁんっ」

 

 

 

しゃくりあげる舞に微笑みを返し、自分の上着を掛けてやる。

佐祐理、名雪、あゆの暖かな視線を受けつつ、会場中の嫉妬の視線を浴びつつ。

祐一はこの後、確実に有象無象の報復に遭うのだろうと覚悟を決めていたのだった。

 

 

 

――――尚、余談。

 

 

一人残らず対戦相手を倒してしまった事実と、

そもそも対戦チームが全員再起不能であるという判断から、

残り試合は不戦勝扱い……という形でレゼトゥワルの勝利となったことを記しておく。





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