Eternal Snow

128/武術大会 〜本戦 初日夜〜

 

 

 

元々初日はセレモニーがメインであって、試合の方は数が少ない。

順当に残りの三試合を終え、何事もなく無事に初日のプログラムは終了した。

大会と名乗りつつも、試合が終わってしまえば単なる旅行の派生。

生徒達は与えられたその時間を各々自由に過ごす。

試合が終わった者は余暇として。試合を残す者は鍛錬として。

 

――そんな訳で、初戦を敗北で終えた彼らは。

 

 

 

 「こぉぉぉへぇぇぇ〜……こおへぇ〜」

 

 

 

部屋のベッドに転がって、恨み言全開で浩平を睨む舞人。

 

 

 

 「あのな? 優しく解り易く言うぜ? うぜぇ」

 

 

 

既に二度三度と繰り返された言葉なので、もう返事をすること自体が

億劫らしい浩平は、適当に舞人をスルーし、備え付けの冷蔵庫を漁る。

 

 

 

 「じゃあかましいのですよ! うざくて結構俺には貴様の行動が卑怯につき!

  いいかね朱雀の炎使い! 一人逃げた、というのは不公平にも程がある!」

 

 

 

防音設備の整った室内でなくば、このセリフそのものに焦ったことだろう。

浩平と舞人ではなく、彼らの手綱を引く特定一名が、である。

 

 

 

 「……んな卑怯って言われてもなぁ。俺だってみさおや長森に怒鳴られたくねぇし。

  特に長森には裏の事情教えちまったもんだから、うだうだあーだこーだ余計だろ?

  労力削減、って考えてくれよ」

 

 

 

元々長い付き合いの幼馴染である瑞佳に対して微妙に言い負ける、ということもあるが

何より、もう今では自分の裏事情を知る一名になってしまった。

単なる追及だけならばまだしも、あの娘は確実にその余波まで心配してくる。

『関係ないだろ?』……そう説明したところで通じまい。ただ浩平を気遣うのだろう。

そのことが容易に想像付くからこそ、関わらせたくはないのだが。

 

 

 

 「結局あれだ。だから逃げたってことだな。これも戦略ですよワトソン君」

 

 

 

にやりと笑い、指を振る浩平。

冷蔵庫から取り出したのは持ち込んだ炭酸飲料。

ついでに軽いつまみも二、三袋。

 

 

 

 「ふん、逃げ足だけが達者でどうするのだと小一時間申し上げたいところですが

  云々かんぬん語った所で所詮聞き入れられることはないのだろう? 

  ああ不公平だ不本意だ、やっぱ不公平だ。裁判を要求するぞ」

 

 

 「意味無いこと言うのはやめろ。意味無く長いから何が言いたいか解らねぇよ。

  つーかお前、どう理由つけて裁判起こす気だ? 言っとくが俺は協力しないからな」

 

 

 「シットッ! 祐一っ。お前は悔しくないのかよ?」

 

 

 

恨みがましい視線で浩平を見やり、祐一に問う舞人。

話し掛けられた当人は涼しい顔でコーヒーを啜る。

 

 

 

 「あのなぁ、悔しいとか憎いとかそういう次元の話じゃないだろう。

  俺だって皆に言われたからな、舞人の気持ちも解らんでもない。

  けど、逃げる選択をしちゃいけないって誰が決めたんだよ」

 

 

 「舞人さんのことだから“俺が決めたに決まっている”ってトコでしょ?」

 

 

 

肩をすくめる純一。尚、その予想は的中している。

 

 

 

 「よくぞ言った。その通りだ」

 

 

 

うんうん、と頷く舞人に対し、半ば諦めた様子で一弥が、

 

 

 

 「……情けない同意を求めても仕方ない気がしますが」

 

 

 

自分の分と、純一の分もコーヒーを注ぎ直そうと腰掛けた椅子から立ち上がる。

一弥がカップを純一に渡すと同時、

 

 

 

 「まーあれだ。相手は舞人だからな。言うだけ無駄さ、諦めよう」

 

 

 「そもそもの原因はお前だろうが!」

 

 

 

蚊帳の外から拝見していたようなそぶりで喋りだした浩平に

すかさず突っ込む舞人。舞人的にどうしても言いたかったらしい。

 

 

 

 「うわめっずらしー。舞人さんが突っ込み役だなんて滅多に見れねぇ」

 

 

 「そうだね。大抵は兄さん……もしくは僕だからね〜」

 

 

 「和むなよ、そこ」

 

 

 

と、律儀に突っ込みを入れる辺り、

彼らの中で最も苦労しているのはやはり祐一で間違い無さそうだ。

しかし彼とて何か変化が起こると思って言った訳ではない。

無意味と解っていて役目を果たしたに過ぎないのである。

 

 

 

 「さて、初日も終わったな」

 

 

 「ツッコミ直後でいきなり話題を変えるな……。

  だが、まぁな。俺様のゴイス〜ボイスのおかげでライブも成功したし」

 

 

 

舞人の発言には誰も異論を挟まない。

狙った身としては寂しかった。

 

 

 

 「ライブ云々についての文句は言われませんでしたよ? ええ。

  むしろ全体的な意味では褒めて戴きましたよ、はい。

  その分浩平さんの神器発言だけが目立った結果になりましたけどねっ!」

 

 

 「俺も音夢にこってり絞られた。

  特にあいつは風紀委員だからな、そりゃもう酷いのなんのって」

 

 

 

思い出すだけでだるいのか、部屋に備え付けられたベッドの上に転がる純一。

確かに拳銃を突きつけられるという経験は誰しもしたくはあるまい。

浩平はあえて何も言わず、黙ってスルーを決め込む。

反省なり何なり、多少思う所はあるのだろう。

一弥は彼らの様子に苦笑し、後回しにした自分の分のコーヒーを注ぐ。

 

 

 

 「さて、皆さん。おかわり要ります?」

 

 

 「頼む」

 

 

 

そう言って一弥に自分のカップを差し出す祐一。

一弥はそれを受け取り注ぎながら、ただ一言。

 

 

 

 「何事も無かったこと……有難く思うべきでしょうか?」

 

 

 

そう呟く。

何事も無いのは当たり前のことなのだ。

それが当然なのだが、“直感”が告げる――――油断をするな、と。

いや、違う。直感では無い何かが言っているのが判る。

己を包み込むように、抱き締めるように、慈しむように、教えてくれている。

そのことを言葉に出さず、各々を見る。

自身の瞳、『――――解りますか?』という問い掛けを込めて。

誰も返事をしない。嫌という程に感じているから。

 

 

 

 「……ん?」

 

 

 

注ぎ直されたコーヒーを啜りつつ、祐一の動きが停まる。

眉を顰めたその様子は、直前までの話題と相まってヤケに重く感じる。

 

 

 

 「何か?」

 

 

 「適当に構えとけ。……誰かが俺達の部屋に近付いてる」

 

 

 

祐一の言葉に場の空気が強張る。

神衣をつけていないとて、腕は超一流揃い。

部屋に居る故に、本来ならば索敵なぞ意識しないが

直前の一弥の言葉に頷ける部分のあった彼は、無意識に気を回していた。

 

 

 

 「おいおい、何処の馬鹿がこんな所に来るっつーんだよ……で、数は?」

 

 

 

浩平が、幾分呆れたように訊ねる。

 

 

 

 「一人。うんにゃ、もう一人いそうだけど……こりゃただの一般人っぽいな」

 

 

 「他の部屋とかそういうオチなんじゃねぇの?」

 

 

 「違う、その逆だ。殺気もない。漠然とした人の気配だけ。

  まー、片方は大丈夫だと思うけど、近い方の一人は……此処に来るぞ。

  ただ遊びに来ただけの学生がこんな気配出せるんだったら、俺はDDE返上だよ」

 

 

 

客観的に事実を述べ、感想を話す。

誰かが息を飲み込んだが、油断は誰一人としてしていない。

この場に飛び込む奴がいるとしても……敗北だけは有り得ない、と。

 

 

 

 「――――来るぞ」

 

 

 

それぞれが指先に力を蓄える。

“敵”であるならば扉を開けた瞬間に倒させてもらう。

これだけの面子に手を出した報いは受けてもらわねばならない。

 

コンコン、と扉を叩くノック音。油断させる罠かもしれない。

扉の向こうで口を開くような雰囲気を察する。

それに合わせて、全員が扉に向けて手をかざす。

 

 

 

 「――――俺だ、朋也だ。ちょっと遊びに来たんだが……邪魔だったりするか?」

 

 

 

………………。

 

 

 

 「へ?……と、もやさん?」

 

 

 

扉の向こうから聞こえた声に、全員が硬直。

祐一を除く全員が恨みがましく彼を睨む。

視線に言い返す言葉を持たぬ祐一は、ただ汗を浮かべるのみ。

 

逃げの意図を含めて、祐一は扉の鍵を開ける。

入ってきたのは紛れもなく、岡崎朋也その人だった。

それぞれが掌を入ってきた客人――朋也に向けたまま固まる。

気さくに振り上げた手を上にし、まばたき一つ、の朋也。

 

 

 

 「よぉ――――って、おい!? し、白旗白旗っ!」

 

 

 

室内に入った途端視界に入った目の前の光景に、朋也は硬直。

ホールドアップしたまま言葉を発し、扉が閉まる。

向こうは神器である。自分が何をしたか知らないが、下手をすれば死ぬ。

 

 

 

――――俺、何かしたか? あれか? 【逃げた】ことか?

 

――――そうか……こんなに警戒される程、俺って恨まれてたんだな。

 

――――やっぱ、遊びに来るなんてムシが良過ぎた……か。

 

 

 

朋也が自己反省と、僅かに凹みながら額に汗を浮かべる。

 

 

 

 「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」」」」

 

 

 

祐一と朋也を除く全員から盛大に響き渡った溜息。

完全に張り詰めていた糸が切れた。

「祐一〜!」と唸り、恨みがましい視線をぶつける浩平と舞人。

当然純一もじと目。朋也は挙げた両手を彷徨わせつつ、ひとまず様子見。

祐一は振り向いて四人の視線を浴びながら、

 

 

 

 「文句があるのはよく解る。俺の早とちりだった。すまん。

  でも待ってくれ。流石の俺だって朋也さん相手だぞ?

  大体、一流だって予測は当たってたじゃないか」

 

 

 「確かに。兄さんの勘が鈍っていなかった、という証明にはなったかと。

  よかったよかった〜……ですね」

 

 

 

勿論弟は兄の味方である。多少文句はなくもないが、然したる問題は無い。

 

 

 

 「……あのさー」

 

 

 

その声に、全員が視線を一箇所に送る。

即ち、手を挙げたままの朋也に。

 

 

 

 「俺。帰った方がよさげか?」

 

 

 

居場所がない気がした朋也は、情けない表情を浮かべつつ一言。

それに焦るのがトラブルメイカーズの五人組である。

 

 

 

 「すいませんっ! とてつもなく失礼しましたおい謝れお前らっ!」

 

 

 

祐一、我に返り即座に頭を下げる。

土下座するかしないかという程度まで平身低頭。

相手は尊敬する先輩である。その彼に両手を挙げさせるなんて真似をさせていい筈がない。

浩平以下全員が構えていた手を戻し、同じく頭を下げる。

原因は祐一にあるが、理由はどうであれ朋也に攻撃の意思を見せたのは事実なのだ。

朋也はそこでようやく一心地つけたのか、ほっとした様子で手を降ろし

 

 

 

 「お、おい! 頭上げろ! 謝るのは俺の方だろ多分っ!?」

 

 

 

慌てて傍の祐一の肩に手を置き、彼を起き上がらせる。

何が嬉しくて頭を下げさせておくものか。

第一、言ったように謝るべきは自分なのだろうと思うから。

 

 

 

 「何を言いますか朋也さん。悪いのは祐一ですよ。

  この馬鹿、無駄に緊張させるようなこと言いやがって」

 

 

 「ああ、ホントにな。ったく、朋也さんの気配くらい覚えとけっての。

  ちなみに言い返せる要素がありますかね? 祐一殿」

 

 

 

浩平、そして舞人の言葉が祐一を衝く。

非があるのは自分である。ぐぅの音も出ないとはこのことか。

 

 

 

 「えっと……一応。気にしないで下さい朋也先輩。

  先輩の所為じゃないっす。祐一さんが人の気配がするって言ったんで

  警戒してたんですけど、それが朋也先輩だったってだけですから。

  まぁ、理由はどうであれ先輩に手を向けちまってすいませんでした」

 

 

 

純一は言う。祐一の立つ瀬が無くなるようなことを。

しかし祐一は何も言えない。朋也が怒らなかったことだけが救いだ。

 

 

 

 「そういう……ことか。てっきり俺マジで歓迎されて無いもんだと」

 

 

 「まさかそんな訳ありませんよ! そもそも兄さんが無駄に緊張したのは

  僕の所為ですから、謝るべきは僕です――――本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 「いや、違いますよ!? 元凶は俺です。……申し訳無いです」

 

 

 

祐一、及び一弥、再び謝罪。こんな時ですらお互いを庇う二人。

その図は、朋也がよく知るかつての図で。

何も気にすることはないのだ……そう、思わせてくれた。

だから、朋也も言う。「気にしてないから」と。

 

 

 

 「では、お言葉に甘えまして。あ、そうだ。朋也さん、コーヒー飲みます?」

 

 

 「お、悪いな一弥。頼む」

 

 

 

コポコポと注がれる黒い液体。

妙に落ち着いた空気に、先程までの緊迫感は微塵も感じられない。

 

 

 

 「さて、と。まずはご苦労さん。なかなか良い出し物だったぞ? 

  爆弾発言もあったけど、あれなら単なる冗談だしな。俺は概ね満足だった」

 

 

 

その祝辞が彼らのライブのことを指しているのは言うまでもなく。

確かに貰えた褒めの言葉に、彼らの表情が喜びに染まる。

何より、彼に貰えたことが嬉しいのだ。

 

 

 

 「ども。まぁこの宇宙一のナイスガイがいてこその成功ですが」

 

 

 「何を言うか! 俺様、つまりMr.COOLこと桜井舞人がいたからだろう!」

 

 

 「いや、曲の華ってのはギタリスト……要は俺がいてこそっすよ!」

 

 

 

コメントのない祐一は完全に観客に回り、喚く彼らを止めたり止めなかったり。

 

 

 

 「そもそも兄さんのドラムが無かったら成功はありませんでした。

  一番の功労者は兄さんでしょう」

 

 

 

と、黙っていても祐一の弁護に入るのが一弥である。

自己主張の繰り返しに次ぐ繰り返し。

それは、あの時手に入れていた筈の平穏。ただ、懐かしくて。

笑いを隠さない朋也が喉を鳴らし、息を落ち着ける。

言えなかった言葉を。覚悟した言葉を……言うために。

 

 

 

 「祐一、浩平、舞人」

 

 

 

自己主張をやめ、三人が朋也を見る。

 

 

 

 「一弥、純一」

 

 

 

後輩と呼ぶべき彼らが、朋也を見る。

五人の視線を浴びて、彼は意を決する。

 

 

 

 「今更何だ、って思うかもしれないけどさ……神器就任おめでとう。

  よくやった――素直にそう思うよ。少なからずお前らを見てきたからこそ、な」

 

 

 

遅れた祝辞。結果への賞賛。

今更のうのうと、拍手を贈る。

 

 

 

 「神器になったことを、後悔してるかもしれない。

  神器であることを、嫌悪してるかもしれない。

  神器としての己を、恨んでるかもしれない」

 

 

 

彼らと共にあった過去があるから、そう思う。

少なからず事情を知っているから、そう思う。

 

 

 

 「でもな。……神器だろうがなかろうが、お前らはお前らだ。

  相沢祐一で、折原浩平で、桜井舞人で、倉田一弥で、朝倉純一だ。

  神器である前に、一人のガキだ。それは、俺が知ってる」

 

 

 

自分もガキだ。そんなことは、解っている。

偉そうなことが言える立場じゃない……それも、識っている。

 

 

 

 「今まで一緒にいなかったから、昔を知ってる俺だから、判る。

  何も変わってない――――その苦しみも怒りも、変わってないんだろ?」

 

 

 

あの謳の意味が判るから、それが解る。

苦しくて、辛くて、泣きたくて、救われたくて。そんな青臭いことを、叫んで。

……根底が、変わっていない。

 

 

 

 「それでも、だ。それが解っていて言う――――よくやった。

  望んだ力じゃなくても、欲しがった名声じゃなくても、苦しくても、泣きたくても。

  神器の力は虚構じゃない。神器の名は虚実じゃない。お前ら自身だ」

 

 

 

誇っていい、そのことを教える。

他の誰も言わないだろう。言うまでも無いと思っているだろうから。

此れまでの二年間を知る者は、きっと言わない。

本人達も解っているから、誰も、言わない。

だからこそ。一人目を背けてきた朋也だけが言える。

 

 

 

 「俺に言う資格がないって思ってるかもしんない。実際そうだろうし」

 

 

 

そこで朋也は苦笑し、

 

 

 

 「もう立派に一人前だよ。ただ、そいつを言いたかった。

  素直に受け取ってくれたら、嬉しい」

 

 

 

彼らが朋也と勝平の揮下に居たことを知るのは、あくまでも極一部の関係者のみ。

充分第一線でやっていけるだけの力を持ちながら、

内包する内面のために『半人前』という立場を与えられたのが彼らだ。

“白十字”と“黒十字”が教えたことがどれだけあっただろう。

自分達が教えたことなんて大したことはなかったのかもしれない。

それでも、今こうして彼らが神器と呼ばれるだけの存在になったのなら。

“こんな俺でも、少しは役に立てたのかもしれない”、と。

 

そんな朋也の言葉に、彼らは一様に頭を垂れる。

『ありがとうございます』という言葉を紡がず、行為で示す。

この人達が居てくれたから、今の自分達があると思うから。

 

 

 


 

 

 

 「……うう、いい話だね〜」

 

 

 「流石朋也さんですね。セリフが格好良いです」

 

 

 

彼らの後ろから唐突に聴こえた二人の声。

丁度その方向(扉から見て正面)を見ていた朋也が、その顔を見る。

『窓から入ってきたのか。誰にも気付かれて無いだろうなお前ら』

といった言葉が頭をリフレインし、却って声にならない。

頭を下げていた祐一達がそちらを見て、人物を認識。

祐一が気付かなかったのは、相手が気配を消していたからか。

 

 

 

 「啓一? それに、勝平さん?」

 

 

 

今日のセレモニーでG.Aであることを明かした同輩と先輩の姿。

 

 

 

 「気配消してた分、驚かせてたらごめんね〜。窓からじゃないと怪しまれちゃうし」

 

 

 「……あの、勝平さん。普通に考えれば窓から来る方が怪しいですよ?」

 

 

 「そんなこと言っても。堂々と部屋に入る方が拙いでしょ? 

  だから君だって賛成したんじゃない」

 

 

 「それはそうなんですけど……まぁいいや」

 

 

 

その会話により、彼らが此処に来た理由が何となく判った。

朋也が率先して部屋の椅子に腰を下ろし、言う。

 

 

 

 「考えることは勝平も一緒か。つーかお前啓一も巻き添えにしやがったな?

  ……ああ、お前らの部屋なんだから遠慮せずに座れよ。

  どうせこの後長いぜ? 男だらけのパジャマパーティって奴」

 

 

 

そんな彼の言葉に勝平は微笑み、

 

 

 

 「うん、流石朋也クン。普通に偉そうだよ、今。

  ついでにその発言だけ聞くと色気なくて萎えるよ」

 

 

 

そんな彼の言葉に朋也は微笑む。

 

 

 

 「五月蝿い黙れ。折角全員揃ったんだぞ? 少しくらい――――」

 

 

 「揃わなかった原因君だよ?」

 

 

 

その点に即答を返せるのは勝平だけだ。

他の五人に関して言えば、相手が相手だけにそれだけは言えない。

 

 

 

 「解ってるさ。解ってるから、此処に来たんだよ」

 

 

 

朋也は表情を改め、祐一、一弥、浩平、純一、舞人、啓一、勝平を見る。

椅子に座ったまま両手を膝に当て、頭を下げた。

 

 

 

 「皆、悪かった! 勝手に出てったこと……今更だけど、謝る!」

 

 

 

誰より、一番気にしているのは朋也だ。

誰も責めてはいないのに、過去を気にしている。

誰も責められる筈がないのに、孤独に己を苛ませる。

向けられた彼らは、そんな朋也に苦笑とも、笑みとも言える表情を浮かべ、

全員が顔を合わせる。勝平は「任せるよ?」と視線で語り……祐一が頷く。

 

 

 

 「こういうの、俺が言えるか解んないですけど。

  気にしなくてもいいですよ……いえ、気にしないで下さい」

 

 

 「そうですよ朋也さん。僕らは誰一人、

  朋也さんのことを恨んだり軽蔑したりなんかしませんし」

 

 

 「てか、それを言うなら。俺達が……いや、俺が朋也さんと初めて会った時のこと

  思い出してみて下さいよ。我ながらマジに最悪だった……って思いますし」

 

 

 「そういえばそうっすね。浩平さんに限らず、俺も相当生意気叩いたクチですし。

  正直よく愛想尽かされなかったもんだと今更ながら思いますよ。

  てか、見限られなかったことに感謝すべきなの俺らっすよ?」

 

 

 「……ふっ、この桜井舞人。偉大なる先輩に負の感情など

  一片たりとも抱いてなぞおりませんとも。それこそ純一の言う通り、

  詫びるべきは俺達の方。祐一に浩平、一弥と純一を代表し、

  改めて詫びます――――すいませんでしたっ!」

 

 

 

お互いが頭を垂れる。喧嘩両成敗でもあるまいが、謝罪すべき理由があった。

お互いが気にしていないのに、お互いにとって許すも許さないも無いのに。

その全てを知る勝平と啓一が、不器用な彼らに微笑む。

 

 

 

 「気が済んだ? 朋也クン? やるべきことは、終われた?」

 

 

 

優しい声音で。一つ二つしか変わらなくても。この場にいる最年長者として。

 

 

 

 「まさか俺が謝られるなんてちっとも思ってなかったけどな。

  気にしてないって言うのは嘘になるけど。有り難い――――そう思ってる」

 

 

 

頭を起こした朋也が苦笑を交え、やはり勝平は微笑み。

 

 

 

 「限りなく迷惑を掛けてきた分、謝れてよかったね? 皆」

 

 

 「く。啓の字には後ろ暗いことが無いから! 裏切り者めぇぃ!」

 

 

 「いや、まぁ。僕もこの副作用の件については抱えきれない迷惑あるけどね……」

 

 

 

たはは……と啓一が頬を掻くのに釣られ、後輩達は一同に苦笑する。

結局全員が同じなのだ。朋也にも勝平にも迷惑を掛け続けているから。

 

 

 

 「大丈夫だよ、皆。そういうのは後輩の特権でしょ?

  【単色の十字軍】は君達の先輩だからね、気にすることないよ」

 

 

 「偉そうによくもまぁ言いやがるなお前」

 

 

 「何? ボクは別に後ろ暗い所ないよ?」

 

 

 

朋也の経験そのものを後ろ暗いというつもりはないが、

単なる事実としてならば謝るだけの理由はある。

しかし勝平にはそれが無い。そう思っているからこその発言。

 

 

 

 「それ本気で言ってるのか?」

 

 

 「うん」

 

 

 

朋也は盛大に溜息をつき、「お前らも何か言ってやれ」と辟易する。

しかし朋也以外は何が言いたいのか解らない。ちっ、と舌打ちした朋也は

 

 

 

 「あの場で思いっきり惚気といてそれ抜かすか?」

 

 

 「「「「「……あー」」」」」

 

 

 

勝平を除く全員が納得。

G.Aのイメージに直接影響するという意味では、一番拙い。

起きた過去は過去であるが、勝平のアレはつい先程の話である。

 

 

 

 「ていうかよく生きてましたよね、勝平さん。

  少なくとも同じリングの上に立った身として、素直に凄いと」

 

 

 「そりゃそうだ。……てかマジでよく無事でしたね勝平さん。

  此処に居るから生きてるのはよく解るんですが……相手がウチの御母堂ですよ?

  ぶっちゃけ連れ去られた時、俺十字切りましたもん」

 

 

 

啓一、舞人の感想。

 

 

 

 「…………すみませんすみません自分彼女できたからって調子こいてましたゴメンナサイ」

 

 

 

勝平、トラウマ発動。

 

 

 

 「……いいんですか、アレ?」

 

 

 

誰からともなくそんな質問が飛び、その相手が

一弥であることを声で確認した朋也は、ただ一言。

 

 

 

 「ほっとけ。あの恋愛中毒患者にはいい薬だろ」

 

 

 

と言いつつも、生まれた雰囲気はまさに混沌。

トラウマとなった勝平もだが、その気持ちがよく解る舞人もそうであるし

啓一とて例外ではない。自分の特性のために被害に遭ったことは一度や二度でないから。

啓一はそれを払拭するように頭を振って、

 

 

 

 「そ、そういえば純一君! 風見学園ってどんな所かなあ!?」

 

 

 

無理やり話題を変える。無理やりだろうが何だろうが続けるのは精神によくない。

その意見に異論がある訳もなく、純一も飛び付く。

 

 

 

 「あ、そ、そうですね! いくら初音島出身だからって

  通ったことがある訳じゃないですしね!」

 

 

 「うん、そうなんだよ。真面目な話、僕は生徒として転入するからね。

  G.Aだって明かしちゃったから……ある程度客寄せパンダの覚悟はあるんだけど」

 

 

 

そう言って苦笑する。

どの程度になるかは予想出来ないが、事前の知識として知りたいことはある。

 

 

 

 「まー、そーですね〜。それについては俺もフォロー入れようがないですし。

  てか学年が違う分どうにも。……でも多分、萌先輩と同じクラスでしょ?」

 

 

 「そうなのかい?」

 

 

 「さやかさんも蒼司さんも関係者ですから、

  それくらいの融通は利かせると思うんすけど」

 

 

 「だといいんだけど……でも萌ちゃんは萌ちゃんで問題あって。

  僕の事情、当然教えてなかったから問い詰めるんだろうなぁ〜」

 

 

 

そして凹む。萌は普段でこそあれだが、対啓一については……である。

啓一はそれをよく知るからこそ、怖い。

 

 

 

 「そうか啓一。お前も幼馴染に怯えるクチか……よく解るぞ、うん。凄く」

 

 

 「ええ、全くです。同情とかじゃなく、純粋にそう思います」

 

 

 

嬉しい……或いはそうあることが有り難いと思える反面、

何故こうなのだろうという哀しい感想を併せ持つ祐一と一弥が同意する。

 

この場にいる彼らは、“幼馴染”という単語に共通項を持つ。

唯一の例外は、(未だトラウマの渦中にいる)勝平その人。

祐一や一弥は言うに及ばず、浩平で云う瑞佳、純一で云う音夢やさくら、美春。

舞人でならば希望と小町、そして朋也にとってはことみ、という様に。

彼らの場合、“幼馴染”というカテゴリー内での話題は膨らむ一方なのである。

……その殆どが苦労話に終始するのはともあれ、だが。

 

“一流”と評するに足る戦士であろうと、本質的な部分ではまだ大人ではない。

色恋に浮かれることもあれば、目の前の困難に苦しむこともあり。

ただそれでも、こうして笑える時間があるのなら……それが褒章。

 

夜は更けども、少年達の部屋の明かりは消えない。

彼らが浮かべる表情は、どれもが一様に明るく、笑顔で。

どれだけ虚構と仮面に覆われようとも、其処に在る世界は、等しい程の現実。

 

――――尚。

 

 

 

 「業務用コワイ業務用コワイ業務用コワイ業務用コワイ業務用コワイ」

 

 

 

部屋にはそんな念仏が聴こえていたとかいなかったとか。





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