Eternal Snow

127/武術大会 〜本戦 初日その4〜

 

 

 

北川の“立派”“順当”ともいえる勝利に、他の四人が活気付いたのは確か。

二番手である住井も宣言通りに連勝を収め、最も不幸な扱いを受けた中崎の意地が炸裂。

結果、全員勝利という形でチームK・S・M・Nは無事に二回戦に進出した。

僅かながら、勝利後の感想を。

 

 

 

 「いよぉしっ、これで俺のファンが増えるな」

 

 

 「ま、少しくらいは期待してもいいんじゃね?」

 

 

 

住井が顎に手を当て、少なからず期待をしているのを苦笑しつつ同意してやるのは南。

彼とて青春真っ盛りの高校生、女子にモテたいと思うのも無理ない話。

 

 

 

 「で……ソイツは?」

 

 

 「聞くなよ……友達甲斐のない奴だな」

 

 

 

そんな南が視線を向けた先に居るのは、勝利を喜んでもいない北川。

誰かが余計なことを言わない様に、南森が話題を逸らしてやろうとする。

が、北川にはそれでも堪えた。

 

 

 

 「何故だ……何で俺を見てくれてないんだぁぁぁ……! 美坂ぁぁぁぁ」

 

 

 

――――最終的に勝利を収めたチームは、最後に改めて実況が勝利を宣言する。

北川はその時にようやく香里の姿を自ら確認しようと会場を見やった。

 

勿論、リングの上からでは席まで離れているので肉眼で表情を読み取ることは出来ない。

北川といえども人智を超える視力を持っているわけではない。

故、一人『香里が見守ってくれている』と幸せな想像をしてガッツポーズをしたのだ。

そう、そこまでならば個人の自由。何事も無く終わる筈だった。

 

が。運悪く、会場のモニターが祐一一行の姿を捉えてしまったのである。

映った彼らの姿は、本人達からすればあまりに情けないものであり。

それを見た観客からすれば、笑いを誘うだけのものだった。

そんな光景を映すカメラもカメラだとは思うのだが……笑いが取れるのなら成功か。

 

端的な図を表すのであれば、叱る佐祐理と香里と美汐。

ひたすら小さくなって謝るだけの祐一と一弥。

おろおろしたり同意したりしている周りのあゆや名雪、舞、真琴に栞――――という光景。

結局の所、揃いも揃ってリングになんて視線を向けていない。

 

 

 

――――彼は見てしまった。そして知ってしまった。

 

 

 

愛しの女神は自分のことなんてちっとも考えていない、ということを。

寧ろそれで当たり前なのだが、そのショックを描写するのは気の毒だ。

 

 

 


 

 

 

 「すいませんごめんなさい悪かったです許して下さい」

 

 

 

祐一、土下座。

 

 

 

 「以下同文です。申し訳ありませんでした」

 

 

 

一弥も、土下座。

今の二人に突っ込みを入れたとしても、こう返って来るだろう。

“恥? 外聞? 何それ食べ物美味いの?”と。しかも即答で。

強調して恐縮だが、所詮彼らのヒエラルキーなぞそんなものである。

 

 

 

 「謝って済む問題じゃないでしょ!? 祐なら有り得るにしたって……一弥君までっ!」

 

 

 「俺なら有り得るってのはコメントし辛いものがあるんだが……。

  あ、いや、別に文句がある訳じゃなくてだな!? いやだから拳仕舞え香里!?」

 

 

 

一弥に視線を向け、フォローに入れと強制命令。

当然異論がある筈もない一弥は、一も二もなく頷きながら発言。

 

 

 

 「は、はいそうですよ香里さんっ! 僕も兄さんも

  文句なんてそんな命知らず……もとい馬鹿なことなんてしませんよ!?」

 

 

 「……どういう意味よ」

 

 

 「「いえ別に深い意味は御座いません」」

 

 

 

ありまくりなのだが言及する訳にもいくまい。第一、怒られる理由も充分承知している。

少なからず自分達を応援してくれただろう皆に対して、あの結果は申し訳なく思う。

 

 

 

 「いやあのな? 一応これでも全力出したんだぞ? 

  結局不甲斐無かったかもしれないけどさ。……ほ、ほら俺ってC2じゃん?

  やっぱり強い奴には勝てないさ、うんうん」

 

 

 

普段ならランク云々に触れはしないが、今は分が悪い。

下手な発言は身を滅ぼす。顔に苦笑を貼り付けて、へこへことしたそぶりを見せる。

強い奴に勝つ勝たない……と言える程の試合はしていないがまぁともあれ。

 

 

 

 「でも、ちょっと残念です。祐一さんが勝ったら

  ご褒美に膝枕で耳掻きしてあげようと思っていたんですよ……?」

 

 

 

ちょっとどころか本気で残念そうに言う佐祐理。

実際にやる気だったのかどうかは定かではないが、昨晩の一件、という負い目を持つ

祐一からすれば、冗談であれ何であれ、そういう話題を振ってくれた分気が楽になった。

あえて祐一も提示された話題に乗り、幾分過剰にリアクションを返す。

多少本音が混じっているのだということは言及する必要もないだろう。

 

 

 

 「な、何ぃっ!? す、すいませんっ佐祐理さん! 俺が至らないばっかりに……。

  くっ! 佐祐理さんの膝枕があると解っていたら」

 

 

 「いたら? ちなみにあたしは勝ち負け関係なく抱擁する予定なんだけど」

 

 

 

すかさず舞の指摘。

祐一はそれを適当に受け流しつつ、

(どうせ無視しても舞ならする、という確信がある)

 

 

 

 「決まってるだろ? 玉砕覚悟でマジモーむぐぅっ!?」

 

 

 「あ、あはは〜……と、とにかく期待に添えなくてごめんなさい」

 

 

 

祐一自身は意図した訳でもなかろうが、余計なことを漏らしかねないと判断。

一弥は彼の口を手で押さえ込み、姉譲りの笑顔ですまなそうに謝る。

姉はこうしていつも自分の不利を誤魔化してきたのだ、

その血を受け継ぐ自分が誤魔化せないはずがない。

無理を押し通せば道理が引っ込む、そうに違いないと一弥は思った。

 

 

 

 「……まぁ、いいんだけど」

 

 

 

名雪が呟いた一言に、思わず『いいんだ!?』と叫びそうになる声を押さえ込む。

流石は倉田佐祐理の必殺技……幼馴染相手には無敵だ、と思ったとか否とか。

 

 

 

 「そうだね。そっちはどうでもいいんだけど」

 

 

 

とあゆが続き、更に口を開く。

 

 

 

 「祐一君、一弥君、ボク達が何に怒ってるか知ってる?」

 

 

 

そうは言うが、怒ったようには全く見えない。

笑顔が怖い、というならともかく……露骨に怖いのは香里だけだ。

 

 

 

 「……ん? もしかしてあゆお前怒ってたのか? それで?」

 

 

 「に、兄さんっ! そういうことは思っても言わないものでしょう!?」

 

 

 

一弥の発言は、フォローのようでいて全くフォローではない。

 

 

 

 「どういう意味かな? 二人とも」

 

 

 「「いえ他意は御座いません」」

 

 

 

デジャヴ、そんな単語が祐一と一弥の頭をよぎる。

とにかく彼らは弱いのである。実力云々ではなく、立場がとことん。

 

 

 

 「こほん。このままでは話が進みそうにありませんので、僭越ながら私が」

 

 

 「……み、美汐さん?」

 

 

 

ジロリ、と一弥に視線を向ける美汐。

その瞳に竦みあがった一弥を誰が責められようか。

 

 

 

 「私達が怒っている理由。それは当然、あのイベントです。

  歌そのものは良かったと思います。生徒の皆さんもリラックス出来たでしょうし」

 

 

 

あえてそこで一旦区切ったのは、祐一と一弥に対する抗議の表れか。

美汐の視線に従い、他の皆の目も痛くなっているのは気のせいではあるまい。

 

 

 

 「ですが」

 

 

 「パターンが判ってますので先に言わせて戴きますが

  あれは僕や兄さんがやった訳ではなく、浩平さんが勝手に言っただけのことです。

  いくら冗談だって言っても、言っていいことと悪いことの区別くらいつきます。

  逆に考えてみて下さい。僕と兄さんが浩平さんの発言を知っていたとしたら

  そのまま黙ってやらせると思いますか?――――思わないでしょう?」

 

 

 

機先を制する形で一弥が先手。確実にこの話題が来ると判っていたから

極力触れたくなかったのだが、来た以上は仕方ない。

 

 

 

 「あれは流石にどうかと僕も思ってます。逆にあの場で騒ぎ出さなかった

  僕自身を褒めたい気分ですよ。どちらにせよ一端を担ったことは事実ですから

  反省すべき点はありますけど。その分、試合前と後で浩平さんには

  きつく言ったつもりですが……ここに来るのが遅れたのは、その所為です。

  説明し忘れていてすいませんでした」

 

 

 

事前練習でもしていたのか? と祐一が思う程スラスラと読み上げる一弥。

これはもはやテンプレートを用意しているかのようである。

 

 

 

 「――――とまぁ、そんな感じなのですが……他に何かありますか?」

 

 

 

随分自信を持っていた様子だったにも関わらず、最後の締めが頂けない。

仕方ない、と祐一は誰にも気付かれないように嘆息し、言葉尻を継ぐ。

 

 

 

 「第一、まぁ、あれだよ。流石に浩平のアレを鵜呑みにする奴なんていないだろ?

  んじゃ聞くが、そうだなぁ〜……舞?」

 

 

 

問い掛ける口調で舞へと視線を向ける祐一。

 

 

 

 「ふぇ? あたし?」

 

 

 「そ。お前。……でだ。舞はあの話を信じたのか?」

 

 

 「まさか」

 

 

 「だろ? 単なる冗談なんだから目くじら立てなくてもいいんじゃないか、ってこと。

  そりゃまぁ確かに【神器】って存在……いや、もっと言えばDDそのものか。

  それに対して失礼な話だ、って言われたら反論は出来ないんだけどさ」

 

 

 

苦笑して祐一が肩を竦める。自分達の話であるから失礼も何もないのだが。

極端に言えば、そうであるからこそ漏れる苦笑なのかもしれない、と祐一は感じる。

しかし実際の所、会場に居る真実を知らないただの一般DDEの中には、

ふざけるなと憤慨する者も居たのは事実なのであるが。

 

 

 

 「でもね、祐一?」

 

 

 

お? という表情を浮かべながら、問うた人物――名雪に目をやる。

「どした?」と促すと、名雪が気を取り直したように口を開く。

 

 

 

 「火のない処に煙は立たない、って言うよね? だからもしかして……とも思うよ?」

 

 

 

その言葉に一弥がほんの僅か動揺し、それを抑え込んだことを祐一は感じ取る。

“他の誰かならまだしも、こいつらに言われちゃなぁ……”と甘い考えが浮かぶ。

祐一はわざと怪しまれるような笑みを浮かべ、

 

 

 

 「ちっ。成程、説得力あるじゃないか。……ま、言いたいことは判る。

  要するに、その言葉に倣うなら、俺は神器【青龍】ってことになるのか」

 

 

 

「んで、一弥が白虎ね」と続けて、満更でもなさそうなそぶりを見せる。

祐一の言葉に、佐祐理は何処か悩むような表情へと変化する。

佐祐理なら下手すると……と一瞬思うが、そうなったらなったでまぁいい。

浩平や舞人は既に正体を知られている訳だし、一弥と純一にさえ及ばなければ良いだろう。

 

仮に自分のことに気付いたのだとしても、所詮確信出来るものではない。

彼女の知る“情報=神器”という方程式は成立しない。

寧ろそれで察するというのならば、佐祐理を見縊っていたと反省しよう。

もし万が一拙いようなら後で適当にフォローしとくか、と結論を出す。

 

 

 

 「よし。なら仮に俺と一弥が本物の【神器】だとしよう。

  もしそうなら、皆はどうする? サインでも書こうか?」

 

 

 

茶化すように笑い、祐一はぽんぽん、と名雪の頭を撫でるように叩く。

「俺や一弥じゃ、売れやしないだろうけどな〜」と嘯く様子は、流石祐一。

その発言に対して、ほぼ即答のタイミングで返事か返ってきた。

 

 

 

 「決まってます。指輪買って貰います」

 

 

 

と、栞が言った。

祐一、目が点。想定外の言葉に虚を突かれる。襟を正し、

 

 

 

 「……あー。悪い、どういう意味だ?」

 

 

 「“もし”という前提で言いますけど、一弥さんが神器だったら、当然指輪です」

 

 

 

言語中枢に異常でも出たのか? と祐一は懐疑的な視線を送った。

しかし栞……更に言えば真琴と美汐も当然、という表情。

つまりこの三人が同じリアクションということは、相手は一弥か。よし一弥に交代。

 

 

 

 「うぇ〜……兄さん。面倒になったからっていきなり僕に回すなんて酷くないですか?」

 

 

 「馬鹿。話がお前になったんだ。担当はお前に決まってる」

 

 

 

うぐぅ、と一弥は唸る。あゆは抗議したが彼にはもはやどうでもいい。

非常に沈痛な顔色となった一弥は、渋々訊ねた。

 

 

 

 「えっと。どういう意味なのか、懇切丁寧単純明快に説明して下さいますか?」

 

 

 「答える前に、ですけど。ねぇ一弥さん、神器ってどういう存在ですか?」

 

 

 

質問したのはこちらなのだが、更に質問で返って来た。溜息を吐きつつ、

 

 

 

 「あれですよね。少なくともこの日本で尊敬してない人が居ない、って例えでも

  可笑しくない程度に有名ですね。例外はそれこそイリーガルプレイヤー。

  ……犯罪者とか、その類だって言われますよね、一応」

 

 

 

とてもとても自分達がそんな対象だとは思わないが、ともあれ。

大雑把に端的に言うのであれば、まぁ大体こんなものだろう。

 

 

 

 「はい。そうですね」

 

 

 

“うわ。すっごい適当に答えたのにOK出ちゃいましたよ”と彼は内心呟く。

駄目だ。この幼馴染達に何を言っても通じない気がする。

そんな一弥の機微はいざ知らず、栞は

 

 

 

 「だからこそ指輪なんですよ? 解りますよね?」

 

 

 

さっぱり解らない。これが単なる冗談でないと何となく判る。

この話が単なる無関係だというならまだ許しようもある。

語るに及ばず、【神器】というテーマに於いて無関係どころか当人だ。

しかも、当然という様子で語る栞だけならともかく、

真琴に美汐……いやまぁそこまでならいつものパターンなので諦めた。

が、残る年上組――名雪・あゆ・香里・佐祐理・舞まで同じように納得している。

『あれ? 何故?』と思うと同時、

“全員ってことは兄さんが対象のままでよかったんじゃ”と思うが後の祭り。

祐一も“一弥に交代して正解だったっぽい”と胸を撫で下ろす。

 

 

 

 「えーとぜんぜんわかりません」

 

 

 

棒読みとなる一弥に頬を膨らませる栞。

「何で解らないんですか!?」と怒られても困る。

大体、懇切丁寧単純明快と頼んだのだ。察しろという方が無茶である。

むすっとしながらも説明する気らしいからとりあえず放置。

 

 

 

 「とても心外ですが、ただでさえ一弥さんは女の子にモテるんです。

  “一弥さん一弥さん”ってミーハーばっかり……今でさえ私達は苦労してるんですよ。

  こうして三人揃って恋人になっても不安は募るんです」

 

 

 「……は!? 一弥、お前っ……付き合ってたのか!?」

 

 

 「そんなに驚くことじゃないわよ」

 

 

 

祐一の驚愕に、真琴はしれっと一言。

一弥は祐一が何故驚くのか解っているので、恐縮しつつ、

 

 

 

 「ええ、まぁ。定義としてはそうらしく……ともかく色々ありまして」

 

 

 

と、今更否定する訳にもいかぬ事実を認める。多少被害者的側面はあるが、

恋人か否か、の究極的二択となれば間違いなく前者だろう。

祐一が驚きを隠せぬ中、栞は続ける。

 

 

 

 「祐一さん。余計な茶々は入れないで下さいね。

  一弥さんがもし神器だったりしたら?……そんなの、戦いは必至ですよ。

  女と女の争いってやつです。ドラマみたいな」

 

 

 

何故戦いになるのかは判らないのだが、女と女の争いというのは想像できる。

お得意のドラマ的展開という話だろう。

女性陣総勢8名に付き合ってTVを見ているから予想は可能。

一弥的結論。すっごくイヤ。

 

 

 

 「そこから何で指輪に話が飛躍するんですか?」

 

 

 「全然飛躍してないわよぉ。考えれば解るでしょ?」

 

 

 

今度は真琴か、と一弥は辟易する。しかし栞よりは御し易い気もする。

“大会に来てる筈なのに、僕は何をしてるんだろう”……と遠くの空を見る。

己の大鎌が映り込んだかのような青天。気を紛らわせるには絶好の天気だ。

 

 

 

 「現実逃避したい気持ちは解るが、話は終わってないぞ」

 

 

 「……うぐぅ」

 

 

 

そう呟き一弥はヤケになり、絶対違うであろう回答を行う。

 

 

 

 「アレですか? 僕が何故かモテる……まぁそれは置いておくとしまして。

  皆の言い分からすると、僕は特に何もしていなくても人目を引くのに、

  これでもし僕が本当に神器だとしたら有象無象の女性にアプローチを掛けられる。

  下手に周りに期待させたり、もしくは浮気しないように、

  婚約指輪を三人にプレゼントしろってことですか? 

  まさかそんな荒唐無稽なことある訳ないですけど。はははは」

 

 

 「うん、そうよ? ほらやっぱり判ってるじゃないの」

 

 

 

一弥も意地悪なんだから〜、と真琴は笑う。

真琴も冗談上手いですね〜、と一弥は笑う。

ひとしきり笑った後、一弥は真顔で

 

 

 

 「――――って!? マジで言ってますか!?」

 

 

 「当たり前よぉ」

 

 

 

一弥が背に感じた汗は、見事なまでに冷たかった。

落ち着かなくては、と自らに言い聞かせる。

あまり動揺し過ぎては自らYESと言っているのに等しい。

 

 

 

 「はぁ。こうも動揺しちゃうとまるで本当に……って勘違いされそうですね」

 

 

 「おいおい弟。あんまり変な話にさせないでくれよ。

  お前の発言がそのまま俺にも反映されちまうんだからさ。

  まぁ……神器だ、って思われるのは光栄ではあるんだが」

 

 

 

裏に込める意図は充分通じている。こんな馬鹿なことでバラすなよ、と。

申し訳ないという意図を伝えるため、

 

 

 

 「ですね。すいません兄さん。それにしても、僕ですと――【白虎】ですか。

  ええっと、確か鎌使いでしたっけ? あ、真琴と同じだね」

 

 

 「違うわよ。真琴のは鎖鎌だけど、【白虎】は大鎌でしょ?」

 

 

 

よし、やはり反応してくれた。

これが美汐だったりすると多少突っ込まれたかもしれないが、真琴ならば。

 

 

 

 「あ。そうだっけ? 大鎌か……。学園の中でもたまに使ってる人見るけど、

  大きい分中々使い辛そうな感じがするよね。威力はありそうだけど。

  “鎌”って共通項のある武器を使ってる真琴からすると、どう思う?」

 

 

 「どうって言われても……。憧れだからって使うのはあんまりよくないと思うわよ?

  自分に合う武器っていうのは、憧れで選べるようなものじゃないでしょ」

 

 

 

“水瀬真琴”という人物を称する時、

最も適切なのは『天真爛漫』という言葉であると一弥は思う。

だが、そんな言葉一つで彼女を計ってはいけないのである。

会話の中に見えるのは、“物事の本質を見逃さない”という物の見方。

彼女やその姉、名雪は知らないことだが、流石はあの二人の娘だと感心する。

裏の事情を知らなくとも、裏の事情を教わらずとも、学ぶべきことは理解しているのだ。

と、一弥が一人感慨に浸る中、

 

 

 

 「一弥さん。話題逸らしはそれくらいでいいでしょう?」

 

 

 

的確に美汐の感想。やはり彼女だけは誤魔化せないか。

内心で舌打ちし、どう対応するかを頭の中で練り上げる。

 

 

 

 「って美汐さん。そんな言い方じゃまるで僕悪人なんですけど」

 

 

 「そうですか?――――でもそう聴こえるってことは、後ろ暗い所あるってことかも」

 

 

 

劣勢だ。下手に何か言っても、自分が神器であるという事実がある以上、疑われる。

どうしよう……と言葉に詰まる。考えが一瞬で纏まるようなら苦労しない。

 

 

 

 「流石美汐ちゃんです。さて一弥。一応、祐一さんもですけど……。

  こんな風に言ってますよ? 皆の総意と見て貰ってもいいです。

  二人とも、そろそろ観念したらどうですか?」

 

 

 

自分の知らない所で何があったのか?……そう問うように、佐祐理は告げる。

彼女は祐一の裏面を少なからず垣間見ているからこそ、疑念を抱く。

 

 

 

 「姉さんまで!? いやというかちょっと待って下さいっ! そもそも

  『僕らが神器だったらどうします?』→『まさかそんなはずないよねえハハハ』

  って流れになる筈だったのにどうしてこんなに追い詰められてるんですか!?

  というより兄さんも焦りましょうよ! 僕ら思いっきり疑われてますよっ!?」

 

 

 

姉が疑いの目を寄越す。何故だ姉。その妙に懐疑的な理由が解らない。

自分の知らない所で何か遭ったのだろうか? 

余計なことを姉に吹き込んだ人物が居るのなら――――許さない。

 

 

 

 「一弥。ひとまず鎮まれ。騒いでも何もならない。

  もう一つ教えてやる。残念な話だが、それがモテる男の宿命だ」

 

 

 

その余計なことを吹き込んだ張本人、祐一は一弥の内心を知らない。

 

 

 

 「ちょ、兄さん何いきなり傍観モードに入ってるんですか!?

  そもそも兄さんが開始した“もしも話”なんですから兄さんが解決して下さいよ!」

 

 

 「……あー。判った判った。判ったからそんな主に年下好きのS風味な

  二十歳前後の女性を一撃死させそうな表情はやめろ。

  お前は大人しく同年代にモテとけ。栞に美汐に真琴だろ?……三人か。凄いなお前」

 

 

 「一言二言多いですよっ! 特に最後っ!」

 

 

 

肩を竦めて祐一は嘆息する。余裕がないなぁ、と弟分を見やる。

 

 

 

 「さて。やかましいコイツは置いといて。まー、確かに皆の言い分も判る。

  名雪の言う通り、火のない処に煙は立たないつーのは道理だよな。

  いくらおふざけだからって、何かあるんじゃないか?って疑って当然だ。

  寧ろ疑わない方が違和感だらけってことになる。

  ……ああ、認めるよ。その意味では俺と一弥は充分神器ってことになるな」

 

 

 

己が神器である、ということを認めた――そう捉えることの出来る発言を、自ら言った。

一弥は驚愕という眼差しを祐一に送る。何を血迷ったのか、と。

その視線を感じながら、祐一は続ける。

 

 

 

 「そこの馬鹿。あんまり変な顔するな。本当にそうなのかって思われるだろ?

  こいつはあくまで俺らが神器じゃないんだ、って前提の上で話してるんだからさ。

  お前の気持ちも解るぜ? そりゃ“神器か?”って言われたら嬉しいよなぁ。

  曲がりなりにも男なんだし、英雄願望も多少あるからな」

 

 

 「てことは、祐? 貴方は神器じゃないって言うのね?」

 

 

 「当然だろかおりん? そんな神器なんて存在がそこらへんに転がっててたまるかよ。

  さっきの言い分だと、浩平も【朱雀】ってことになって、舞人――ああ、そっか。

  皆には説明してなかったっけ? 舞人は俺の留学中に知り合った友達なんだよ。

  どんな奴かっつーと、うん。丁度浩平の名前も出たから使わせて貰うが、

  アイツと同一存在だな。馬鹿加減もそうだし、迷惑度合いも大体一緒。

  要するに明かしちまうと……いや、別に隠し立てしてる訳じゃないから言うんだけど、

  さっきのバンドやった五人全員、留学した先が同じでさ。

  しかもバイト先も同じっていう腐れ縁なんだよ。ああ、怪しいトコじゃないぞ?

  長ったらしい名前だったから、よくは覚えてないが……何だっけ?」

 

 

 

開き直って事情を明かす。嘘ではないからスラスラと言葉が出てくる。

これが虚実であったりすると何処か違和感を与えてしまうが、祐一に抜かりは無い。

その程度のゆらぎを生じるようでは、彼らの長をやれる筈がないのである。

怪しまれた一弥にわざと話題を振ることで、矛先を逸らす。

唐突に振られた彼は、動揺を押し隠して普通を演じる。

 

 

 

 「本当に長いですからね……何でしたっけ? 

  ちょっと思い出しますから待って下さい。えっと――――……通称でならAAT。

  地域総合能力開発派遣公社、だったような気がするんですけど」

 

 

 

祐一は密かに一弥を褒めた。“地域総合能力開発派遣公社”? そんなもの存在しない。

DDという存在はあまりに有名なため、ダミー会社を用意する必要がないのだ。

周りに誇れる仕事であるから、わざわざ隠す方がおかしい。

特殊な事情を持つ祐一達だからこそ、こういう話題に対応せねばならないのだが。

何の打ち合わせも無かったというのに、咄嗟に対応した一弥は流石だ。

口八丁手八丁、神器の副リーダーをやっているだけのことはある。

結局、何か言わなければ怪しまれただろう。雰囲気があればそれで充分なのだ。

 

 

 

 「よく覚えてるなお前。凄いぞ」

 

 

 「まぁ、一応。働いてましたから……あはは」

 

 

 

その言葉は、限りなく祐一の本音だった。

 

 

 

 「AAT? 何それ。聞いたことないんだけど、何するトコ?」

 

 

 

舞が訊ねる。これは祐一が答えるべきだろう。

これ以上一弥に無駄な負担を掛ける訳にはいかない。

適当に答えた割には雰囲気が想像出来てやり易い。ついでに多少真実を混ぜよう。

 

 

 

 「素人に色々なスキルを叩き込んで、色々な場所に派遣させて雑用こなすんだよ。

  バイト扱いの俺達ですら色々したぞ。判り易い場合だと……そうだな。

  料理スキル叩き込まれて振舞ったり、あのバンドもその時覚えた技だ。

  ああいうどーでもいいことを覚えて活かす所だったんだよ。

  ……今思うと、疲れるトコだったよな」

 

 

 「全くです。おかげで助かってる部分もありますけどね」

 

 

 

上手く話題が出来た。限りなく真実を持った嘘である。99%本当なのだが。

適当に話題を誤魔化せたから、後は一押しである。

 

 

 

 「んで、さっきの話の続きだけど。俺達が神器じゃないって最大の保証がある」

 

 

 

ふふん、と不敵に笑い、右の人指し指を立てる。

名雪とあゆが首を傾げ、同時に言う。

 

 

 

 「「……保証?」」

 

 

 「おう。折角だから皆に訊ねてみようか? なあ皆。

  今の今まで、あの“賢悟さん”と“秋子さんが”――――そう、あの二人が。

  一度でも俺達のことを“神器だ”……なんて言ったことがあるか?」

 

 

 

言葉を向けられた全員の顔が同時に硬直し、納得した風になる。

祐一の言葉には、確信めいた響きがあった。

 

 

 

 「皆なら解るだろ? このことが何よりも説得力がある、ってな。

  あの二人に限って調べられないことがあるとは思えないだろ?

  もし万が一俺達が神器だとしたら、一度くらい皆が居る所で訊いて来る筈だ」

 

 

 

「あー」と皆が共感の意を示す。

また『よし成功だ。おい待て一弥。お前まで納得するな』

と、祐一は思うのであった。

 

 

 

 「こんな話しても、俺達以外の誰かじゃ何を馬鹿な、って笑うだろうな。

  でも俺達は違う。あの人達がどれだけ理不尽をやっても

  それはそれでアリだ、って思うように育った。強引な論理展開だって

  自覚もしてるけど、そう言われたら確かに、とも思うだろ?」

 

 

 

祐一を除く全員が一様に頷く。

何故こんな説明で納得するか謎はあるが、彼らはそう育ったのだ。

 

 

 

 「だから、俺達は神器じゃない。さぁどうだ?」

 

 

 

誰も言い返す術がない。説得力があり過ぎた。

無さそうに見えても、彼らにはあった。それで充分だ。

 

 

 

 「よし。疑いも晴れた所で――――飲み物でも買ってくるか。奢るぜ。何がいい? 

  あー。それと一弥、お前も付いて来いよ? 一人じゃ手間だ」

 

 

 「あ、はい。解りました」

 

 

 

最も疑われたくない、最も真実を告げたい、しかし最も真実を告げたくない相手がいる。

祐一と一弥にとっては、その相手が幼馴染達であるから……道化でも何でも演じよう。

笑顔をくれた皆への、僅かばかりの恩返しに。

 

 

 


 

 

 

席を離れ、周りに人気が無くなったのを見計らい、一弥は祐一を見た。

 

 

 

 「あそこまで口からでまかせを言ったのは久し振りですよ。

  こうなるなら、もう少し普段から辻褄合わせして置いた方がよかったですね」

 

 

 「どうにかなったのが奇跡だな。マジで」

 

 

 「奇跡なんてそんな安っぽく使える言葉じゃないですけど、あながち否定はしません」

 

 

 

軽く笑う一弥の様子は、一息つけたからこそ。

あの場は誤魔化せたようだが、何を間違えて真実を悟られるか解らなかった。

そうは視えなかったかもしれないが、綱渡りだったのだ。

 

 

 

 「妙に姉さんが食いついてきたのが解せませんが、あれ何だったんですかね?」

 

 

 「……いや、あー、実は、その、な?」

 

 

 

祐一が頬を掻く。その様子にいぶかしむ一弥。

 

 

 

 「まさか……兄さん?」

 

 

 「ごめん。俺が原因。ちょっと、まぁ、うん」

 

 

 

言葉を選び、そしてどこか翳りを見せるように、祐一は呟く。

 

 

 

 「佐祐理さんに……神奈のこと。少しだけ、漏らした。

  名前も、だから俺がどうしたのかも、何も、教えてない。

  ただ、アイツが死んだ……そのことを、言った」

 

 

 「――――そうですか。姉さん、に」

 

 

 

一弥は、ただそれだけを感想として告げる。

余計な飾りは付けない。何か理由があったのだろう。

その相手が、姉だったこと――――それを、有難く思うべきなのだろう。

 

 

 

 「それだけ姉さんを大切にしてくれてる、って解釈します。

  ああ、そういえば姉さん言ってましたね。膝枕で耳掻きでしたっけ?

  学園の男子が聞いたら、確実に兄さんは標的ですね。

  試合に盛り上がってる会場で良かったですね〜。命拾いしてますよ、間違いなく」

 

 

 「刺があるように感じるのは気のせいか?」

 

 

 「いえ。珍しく意図してますから勘違いじゃないです。

  色々僕に任せきりにしたんですから、これくらい言っても山程おつりが来ますよ」

 

 

 「ははっ、違いない。……ああ、そういやお前、真琴達とのこと、マジか?」

 

 

 

攻勢に出ていた一弥と祐一の立場が、その言葉だけで変わる。

一弥は初々しくも顔を紅くし、ぼそぼそと応じる。

 

 

 

 「……ええ、本当です。勿論、解って――ます。兄さんが何を言いたいのかは。

  でも僕は、選んだつもりです。嘘じゃないです。自分を偽ってる訳じゃないです」

 

 

 

彼にだけは、伝えておかなくては。

 

 

 

 「後悔でも、哀れみでも、同情でも、逃げでもなく――――その道を、選びました。

  だけど、過去を忘れた訳でも、棄てた訳でもありません。

  それだけは……信じて下さい。虫のいい話だって解ってます、でも!

  誰より、貴方にだけは、疑われたくありません。どうか信じて下さい。――兄さん」

 

 

 

いつしか真摯な瞳を祐一に向けていた。

だから祐一は、微笑んだ。昔、そうしたように。

乱暴にわしわしと、一弥の髪を撫でた。

お前が選んだのなら、何も言わない――――そう、伝えるために。

 

 

 

 「ま。それはともかく。……やっぱ腕が疼くな」

 

 

 

話題を変えようと、祐一が言う。

 

 

 

 「それはそうですよね。戦いの『た』の字もやってないんですから」

 

 

 

異論はない。一弥も応じる。

 

 

 

 「仮にも闘いと云う場に身を投じる者として、不満があることは事実です。

  純一達が抗議するのは当然のことですよね、実際」

 

 

 「そりゃあな。こっち来てから滅多に【北斗】出してないぜ、俺。

  いい加減振らないと腕が鈍りそうだ」

 

 

 

【北斗】とは、彼――祐一の持つ蒼き刃。

彼が愛した翼人の末裔、『神尾 神奈』の護り刀。

一弥はその物言いに苦笑を禁じ得ない。

 

 

 

 「否定はしませんけど……兄さんに限って腕が鈍るなんてことないでしょう?

  そんな簡単に兄さんが弱くなったりしたら、僕が簡単に勝てるじゃないですか」

 

 

 「買いかぶり過ぎだ。俺より強いヤツなんていくらでもいるさ。

  例え神器になったって、上には上がいるだろう?」

 

 

 

ガシガシ、と再び一弥の頭を撫で付ける。

弟を見る彼の瞳は優しげであり、それでいてどこか寂しそうであった。

 

 

 

 「兄さん、僕にとっては兄さんが一番なんです。

  言ってることは勿論解りますけど……とりあえず弟の前でくらい

  良いところ見せていて下さい。僕の自慢の兄、なんですからね?」

 

 

 

一弥のその言葉に、フッと笑みを零す祐一。

 

 

 

 「我が弟よ。そんなこと言ってたら佐祐理さんの立場がないんじゃないのか?」

 

 

 「構いませんよ。兄さんが姉さんと結婚したら文句なんて出ませんからね」

 

 

 

それは真実である。

手放しに笑えないのは祐一の業故か? それとも、彼女への負い目か?

 

 

 

 「俺と佐祐理さんが釣り合うとも思えないけどな。俺よりももっといい人がいるだろ?」

 

 

 「そんなことないですよ、絶対に」

 

 

 

静かに紡がれたその言葉が胸に突き刺さった。

迷う自分が、忘れられない自分が、誰かを好きになれるのか? と。

一弥は、選んだ。決して立ち直った訳ではないのに。

それと同じことが、自分に出来るのだろうか? と、己に問う。

 

しかし、判っているのだ。

一弥の選んだ道は、翻れば自分にも有得ることだ、と。

それは名雪かもしれないし、あゆかもしれないし、香里かもしれない。

舞や、佐祐理かもしれないし……もしかしたら他の誰かかもしれない。

 

『永遠を滅ぼす』という贖罪が終わったのなら……許されるのなら愛したい。

愛されることが、愛することが救いであるとは言わないけれど。

その一片があるかもしれない――――そんな希望を抱くことは、赦して欲しい。





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