Eternal Snow

121/武術大会 〜開幕 その3〜

 

 

 

祐一達トラブルメイカーズ……もとい、

神器五人が部屋で打ち合わせをしている頃のことである。

他の大多数の生徒達は彼らとは違い、かなり真面目に打ち合わせをしていた。

……いや寧ろそれが当たり前なのであって、彼らが特殊過ぎるだけなのだが。

 

さて、話は変わるが。

初日は五試合しか行われないとはいえ、養成校の生徒の腕は確かなものがある。

観戦するだけでも充分勉強になるし、いつその観戦相手と試合になるかは判らないのだ。

故に自然と他の試合に注意が向くこととなり、故に実際の試合を行う選手達も真剣となる。

無様な真似は出来ない。そして勝たねばならない。貪欲に、強欲に。

 

ちなみに、第一回戦第一試合にエントリーしている(正確を期せば“された”だが)

祐一達のランクを見た時点で、生徒の殆どが彼らの負けを確信していた。

感情としては良くないことだが、それが一般的な反応なのである。

いくら言い繕ったところで、事実としてランク思想は消えるものではない。

 

―――その例として、彼女達にスポットをあててみよう。

ホテル内、チーム【レゼトゥワル】の部屋。少女達五人が会す。

彼女達は、オープニングセレモニーが始まるまでの時間を談話に充てていた。

別におかしいことではない。彼女達の試合は二日目に行われるのだし

緊張で精神を張り詰めさせ過ぎるのは決して得策ではないからだ。

 

 

 

 「祐の試合は楽しみにしてるけど……多分勝てないわよね。

  久瀬君と戦った時みたいな動きすれば、別なんだけど」

 

 

 

少女――香里の脳裏に過ぎるのは、先日の七星学園武術会での一コマ。

あえてその後に起きた『事件』には目を瞑り、想い人の姿を瞼に浮かべる。

 

 

 

 『―――――覇っ!』

 

 

 

繰り出された蹴撃は、まるで刃のように鋭く。

一瞬だけ垣間見えたその瞳は、まるでその道のプロのようで。

それが錯覚だと解っていても、彼は間違いなく一瞬だけあの久瀬を呑み込んだのだ。

 

そう、七星学園の生徒会長という名は伊達ではない。

生徒会長という役職に実力が必要不可欠……等という条項は無い。

成績優秀者でなければならない、という決まりも無い。

無いのだが、大抵の場合はそのどちらかに該当する生徒が選出されるのが常だ。

そうでもなければ生徒会の会長という重責を負えないと誰もが解っているのかもしれない。

久瀬もその例に漏れず、性格に多少の難ある……等と風潮されることもあるが、

備えた実力は確かなのである。そうでなければあれ程権力を誇示出来ないだろう。

香里とて知っている。久瀬が扱う武器――刀がいかに扱い辛い武具であるかを。

 

剣は“叩き切る”という表現があるように、力で以って切る武器である。

極論すれば“切ることの出来る”打撃武器という見方すらあるのが真実だ。

だが、刀は違う。力ではなく、技を要する武器なのだ。

刃を当て、轢くことにより“斬る”。力による断ではなく、技による断。

故に力を要さない。しかしその分脆い。

使いこなせれば強くとも、扱いの困難さでは類を見ない。

そんな側面を持つのが“刀”であり、また魅力でもあるのだが。

 

余談はともあれ、久瀬はその“刀”という武器を己のものとしているのだ。

七星には多くの生徒がいるが、彼のように刀を選ぶ者は稀。

仮に居たとしても、久瀬のレベルまで使いこなせている者は一人も居ない。

川澄舞という“剣士”を別とすれば、久瀬篤史という存在は、学園屈指の“刀使い”である。

久瀬が習得した居合いという技は、彼の存在を確立させたと言っても過言ではないだろう。

自身の能力“鎌鼬”との相性も良い。

それが七星学園生徒の共通認識であるから、例え劣勢だったとはいえ

あの久瀬が自身の技――居合いを使うまでに至らせた祐一は十分賞賛に足る。

 

 

 

 「まぐれ……だったような気もするけどね」

 

 

 

香里はそう付け加えて、溜息を漏らすように口を湿らせた。

 

 

 

 「そんなこと言っちゃ駄目だよ。祐一だって頑張るよ」

 

 

 「あたしだってそう思いたいわよ? だけど、ランクの差がはっきりし過ぎ」

 

 

 

言いたくはない。言いたくはないが、そう考えてしまうのだ。

それもまた有り得る可能性の一コマであり、決して低い未来予想ではない。

低くないからこそ容易に悟ってしまうのだ。認めたくないのに。

 

 

 

 「でも」

 

 

 

誰もが否定できないかと思われたその時、あゆが小さく呟いた。

皆が彼女を見やり、当人は嫌なイメージを払拭するように首を振った。

まるで残照を拭うかのように、否定の意を示す。

 

 

 

 「ボク達は信じようよ。祐一君が勝つってことを。

  だって……あはは、今こんな所で言うようなことじゃないかもしれないけど」

 

 

 

何の理由か解らないが、言葉を濁し始めたあゆ。

流石にそれらの言葉だけでは何を言いたいのか判らないため、舞が続きを促す。

 

 

 

 「あぅ。えぅ。うぐぅ」

 

 

 

無理やりな単語で以って逃げを選択するあゆ。

意味は全く無いが、音の色で『恥ずかしい』か『言い辛い』ことだと判った。

これもまた長年の付き合いから来る信頼感なのだろう。

 

 

 

 「ダ〜メ。自分で言い出そうとしたんでしょ? 

  舞お姉ちゃんはそういう逃げ方嫌いだな〜? あゆっち」

 

 

 

ふふんと微笑を浮かべ、舞があゆの退路を断った。

フォローしようと思っていたらしい名雪も、舞の笑顔を見て諦観。

無理なのだ。彼女はこの場にいる者達の中で、単純戦闘力ならば最も上だから。

名雪が小さい声で「ごめんね」と呟き、援軍は消えた。

 

 

 

 「うぐぅ……意地悪」

 

 

 「意地悪でいいわよ。あたしがこうなったのも祐一の所為だし。

  何かあったら祐一に貰ってもらうから、嫁のアテも問題は無いっ」

 

 

 

立派過ぎる胸をたゆん、と揺らしながら舞が威張る。

それは直視するしかない現実に横たわる実際の事実。

この場に揃う『祐一幼馴染’s』の誰もが羨ましがる凶器。

特に小柄な若干一名には高き壁か。

決定的な光景(注:胸)を敗北と悟ったか、諦めたように喋り出す。

 

 

 

 「ボク達が一番祐一君のこと信じられるんだよ?

  祐一君が優しい人だってことも、時々意地悪だってことも。

  他にもいっぱいあるけど……全部知ってるのはボク達だけ。

  そのボク達が信じなきゃ誰が祐一君を信じてくれるの?」

 

 

 

あゆは知っているのだ。祐一に出会えたから今があると。

今もこうして皆が一緒に居られるのは、全て祐一のおかげだと。

陳腐で使い古した言葉かもしれないけれど、人と人との出会いとはそもそもが奇跡。

一期一会という言葉があるように、一瞬の出会いがあれば一瞬の別れがある。

そんな人と人との繋がりの中で、親友と呼べる人が居る幸福。

演出してくれたのは、彼だ。だから、信じていたい。

ありふれた日常が幸せだと思える日々のきっかけをくれたのは、きっと彼だから。

思い込みかもしれないけれど、信じるだけなら、許される筈だ。

信じるなんてそれこそ陳腐で何の裏付けもない言葉だけれど。

信じるだけなら――――誰もが――――自由。

 

 

 

 「ボクは嫌だよ。祐一君のことを信じないなんて、嫌だ。

  どんなことでも、祐一君のこと、信じていたいよ。だから――――」

 

 

 

――――皆だって、そうだよね?

 

 

 

確認するまでもないこと。

信頼に足る人達だから。最後まで言わなくてもいい。

皆なら判ってくれるから……もう、解っていることだから。

 

 

 

 「……もう、なによ。あたし一人悪いみたいじゃないの」

 

 

 

香里が不満そうに口を尖らせる。

くす、と微笑を浮かべた名雪が彼女に向かい「まぁまぁ」と制す。

 

 

 

 「でも、あゆちゃんの言ってること、間違ってないよ。

  わたし達にとっては……かもしれないけどね」

 

 

 

しかし、それで充分だと理解している。

他の誰かには祐一の良さなんて解らない筈だし、むしろ解られる方が宜しくない。

自分達以外のライバルなんて存在は非常に困るのである。

……なんともはや、複雑だ。

 

 

 

 「はいはい。あたしが間違ってたかもしれないわ、って反省したげる。

  祐が何かの間違いで善戦する可能性はゼロじゃないんだし。

  それに一弥君も居るものね。案外どうにかなるかもしれないし」

 

 

 「そうそう。そしてあたしは祐一が勝ったらお祝いの抱擁!

  負けたら慰めの抱擁!……どちらにしてもあたしは美味しいっ!」

 

 

 

舞が期待感を包み隠さず、不敵に笑う。

既に確定事項として彼女の中では整理が付いたらしい。

 

 

 

 「えと、それはどうかと思うよ……」

 

 

 

どう諌めればいいかと悩んでいるのか、名雪は迷いながらも一応ツッコむ。

効果のあるなしは……一目瞭然。

 

 

 

 「そう? でもそれ位しないとあの鈍感にはダメージいかないと思うんだけど」

 

 

 「うう、当たっていそうなだけに言い返せない」

 

 

 「何で言い負かされるのよ。アンタは」

 

 

 

今更なのだが、この場の状況を解説しておこう。

ご覧の通り、祐一の“彼女達”……もとい、祐一の幼馴染五人が

1チームとして登録を済ませているのである。

折角の大会なのだから、完全に気心の知れた心友と組みたい、その見解が一致した。

結果としてかなり贅沢な編成となったのは言うまでも無いだろう。

無論どこぞの誰かさん達には到底及ばないのだが。

しかしそれでもマシな方だったりする。

あくまでも例なのだが、可能性としてならば、舞・佐祐理・みさき・雪見

……という七星学園最強のチームが成立することは充分にありえたのだから。

くどいようだが最弱兼最強チームは別である。

 

ちなみに彼女達の妹達は、真琴・栞・美汐・繭・みさおという編成をしている。

残る四天王、みさきと雪見は後輩である澪を引っ張ってチームに入れた。

人数は三人と少ないが、覚悟の上か。

……さて、少々の余談はこれまでとして、話を戻すとしよう。

 

 

 

 「そうは言うけどさ、かおりん?

  ちょっとくらい強引に押し切った方が案外上手くいくもんだって。

  特に祐一とか一弥みたいに、変なトコ真面目なタイプにはね〜」

 

 

 

等と経験ありそうな発言をしているが、実際の所は単なる耳年増。

その真実を知る彼女達には無意味。

 

 

 

 「あたし達には説得力ゼロですから。

  あと何度も言うようですけど“かおりん”はやめて下さいってばっ!」

 

 

 「むぅ。そういう突っ込みは野暮だとお姉さんは思ったりしてみたり」

 

 

 

どこかしらいじけながら舞は言う。(勿論香里の抗議は無視)

耳年増で何が悪い。当然ではないか。

ぶすー、っと頬を膨らませてまで不満を顕わにした。

 

 

 

 「……その可愛さは反則です」

 

 

 

溜息を吐きつつ、尚且つどこか羨ましそうに香里が愚痴った。

舞は仮にも先輩なのだ。間違いなく一歳上なのだ。

何故こんなに天真爛漫に振舞えるのか。何故こんなに可愛く見えてしまうのか。

 

 

――――まさか祐一は自分のようなタイプよりも舞の方が好みなのだろうか?

 

 

いやいやいや! 劣等感を感じる必要なんてどこにもないのだ!

舞には舞の良さがあり、香里には香里の良さがあるのだ。

比較したところで何の意味も無い。

 

 

――――そうよ! そう考えるのが当たり前なのだから落ち着きなさいあたしっ!

 

……等と自分を説得した直後。

 

 

 

 「えへへ。かおりんに褒められた〜」

 

 

 

やっぱり羨ましくなった。

『――――くっそぉ可愛いなぁっ、この人はっ!』と。

 

 

 

 「舞さんはこういう人だから……ね」

 

 

 「うん、気にするだけ絶対損だよ」

 

 

 

ね、に含まれる意味は様々か。幼馴染であるからこその言葉か。

名雪とあゆが何度目か解らないフォローに入って、香里の気勢が落ち着いた。

このチーム、影の功労者は確実に名雪やあゆなのだろう、多分。

 

 

 

 「――――で、佐祐理?」

 

 

 

『それはそれとして』とでも言いたげに、いきなり声色を通常時に戻し訊ねる舞。

 

 

 

 「……ぇ?」

 

 

 「「「……ええ!?」」」

 

 

 

無理やり唐突に話が変わった。

言葉を向けられた佐祐理も、他の皆も驚かざるを得なかった。

佐祐理・名雪・あゆ・香里に共通した言葉は、

 

 

 

 『『『『何その真面目モードっ!?』』』』

 

 

 

張本人は、しれっとした顔をして

 

 

 

 「何? 皆して変な顔して」

 

 

 「舞……。原因は舞にあるんじゃ」

 

 

 「へ? どして?」

 

 

 

彼女は意味不明とばかりに首を傾げた。逆に当惑するのは佐祐理だ。

この親友との付き合いに関しては長さも深さもかなりのものだと思っているが

それでも時折彼女の思考に付いていけなくなる事がある。

今回がその典型例だとご理解戴ければ幸いか。

ましてや今の佐祐理は、先だっての祐一の件で思考を奪われているのだから尚更。

仕方ない。ここは年長者の役目と割り切って尋ねるしかなさそうだ。

 

 

 

 「だって、いきなり話の矛先変えるんだもん。皆びっくりしてるんだよ?」

 

 

 「あ、そゆことか。うん、ごめんごめん。ちょっと藪から棒過ぎたかな?

  ……って、あたしのことはどうでもいいんだってば。佐祐理よ佐祐理」

 

 

 

案外素直に謝罪した舞は、『こっちに置いといて〜』という

ジェスチャーを入れながら再び話題を元に戻す。

 

 

 

 「ふぇ? 佐祐理がどうかした?」

 

 

 「どうかしたも何も、アンタ変よ? 

  さっきから妙に静かで、心ここに在らずって感じだもん。皆もそう思わない?」

 

 

 

会話に参加してこないことが不満だったのか、舞はそんなことを言った。

佐祐理に少なからず、動揺が奔る。

ボーっとしていたことは認める。憂鬱気味になっていたことも自分で気付いている。

だけどそれを指摘されるなんて思わなかった。

そのまま放って置いてくれればいいのに、何故わざわざ口に出すのか。

少なからずの動揺は、僅かばかりの怒気へと変わり。

片や舞の言葉を聞いた他の三人も、言われてみれば……と肯きを返す。

 

 

 

 「何かあったの? って言っても、ここ来てからあんまり時間経ってないし。

  “何かある”って程色んなことした訳じゃないし。

  ……あ! まさかどっかの学園の馬鹿が佐祐理のことセクハラった!?」

 

 

 「うーん、それは無いと思うけどなぁ」

 

 

 

いくらなんでも、と至極当然の疑問をぶつけるあゆ。

仮にそうだとしても、何せ相手は佐祐理である。

四天王とまで称されし彼女に手を出す身の程知らずがいる訳が……と考えて気付いた。

舞はちゃんと言っている、『どこかの学園』と。

つまり七星の生徒の可能性なんて初めから無いと割り切っているのだ。

話をちゃんと聞いていなかったのは自分か……うぐぅ。

 

そんな彼女の反省という機微なぞいざ知らず、

 

 

 

 「甘いわよ。ウチら位の年頃の男の子ってのはね、

  どうしようもない程狼なんだから――――佐祐理じゃ、格好の羊」

 

 

 

ズビシ、と佐祐理へとその指を向ける舞。

対象となった佐祐理が当惑する。

 

 

 

 「ひ、羊って」

 

 

 「妖蜂ってタイプじゃないでしょ? アンタは。

  どっちかって言ったらやっぱり羊よ。極上の毛並みの、ね」

 

 

 

『別に羨ましいって訳じゃないけど……あたしには無いのよその包容力はっ!』

と、誰も問い詰めてなんていないのに勝手に自己分析し、変に拗ねた。

 

 

 

 「それともアレ? あの生徒会長サマがまた何かちょっかい出してきたの?

  もしそうだとしたらしつこいわよね〜、散々無駄だって教えてるのに」

 

 

 

精一杯の皮肉を込めた声音で彼女は久瀬を揶揄する。

家柄だか何だか知らないが、久瀬が佐祐理を狙っているという話は事実なのである。

佐祐理本人を見初めたのか、それとも本当に立場だけの目的かはともかく。

どちらにせよなびくことだけは絶対に有り得ない、と何度も強調してきたのだが。

佐祐理単独で効果が無ければ舞が出張り、人数が必要なら名雪達も出張り。

『想い人である祐一という少年が本当に居た』ことが発覚して以来、

久瀬に限らず似た様な騒ぎは“なり”を潜めていた筈だが、此処に来て再燃したというのか。

 

 

 

 「でも、今だったら祐一君もいるし、前よりももっと説得力あるんじゃない?」

 

 

 

説得力と一概に表しているが、

その実、腕を組んで見せ付けるなり、デートに行くなり……と暗に意図している。

 

 

 

 「普通に考えればそうなるわね。実際、未だに信用してない人達もいるみたいだしね。

  いい加減諦めたらどう? っていつも言ってるんだけどね――――北川君には」

 

 

 

その『北川君』の部分のみやたらアクセントを強調し、

どこかしら憎めなさそうに、しかし確かな苛立ちを込める。

そんな香里に対して名雪はやはりくすくすと微笑んで、

 

 

 

 「悪い人じゃないんだけどね、北川君も」

 

 

 「なら、名雪があたしの代わりになってみる?……疲れるわよ」

 

 

 

仕事にかまけた結果自己管理をミスしたOLのように、最後の一言を彼女は呟く。

体験したものでなければ解らないだろう。ストーカーなるものでないだけマシとはいえ。

 

 

 

 「あ、あはは……遠慮しとく、ね」

 

 

 「賢明だわ」

 

 

 

肩を竦めた香里。その苦労を一身に背負っているからこその反応だろう。

ドンマイという言葉を掛けるべきなのか判断に迷う。

 

 

 

 「はいそこ〜! 雑談おしまい話戻すわよ三回目っ!」

 

 

 「三回目なの?」

 

 

 「さぁ? 単に何となくよ? 多分合ってるとは思うけど、

  間違ってようがそんなんどうでもいいでしょ。という訳で、はい佐祐理」

 

 

 

――――ふぇ? “はい佐祐理”って言われてもどうすればいいんですか舞っ?

 

 

と声が漏れそうになる寸での所で口を噤んだ佐祐理。

落ち着こう。ここで馬鹿正直に祐一のことだと言う訳にはいかない。

昨夜の出来事は自分の中に仕舞うべきもの。だから、言えない。

確かに、皆に話して力を借りるという方法も考えなかった訳ではない。

自分一人で解決出来るような雰囲気ではなかった……昨夜の祐一の様子は。

 

頭を過ぎるのは、あの声、あの言葉。

 

 

 

 『……好きな人が、居た』

 

 

 

そう呟いた、矮小な彼の姿。そんな彼の姿が、愛おしく思った。

その時佐祐理の中に生まれたのは、紛れも無い独占欲。

自分ではどうしようも無い位に、抱き締めたくて仕方なかった。

 

 

 

 『――――ごめんなさい』

 

 

 

悲しむ祐一へ、未だ名も知らぬ人への謝罪の言葉。

醜い感情に呑まれた自分が悔しくて虚しくて辛くて哀しくて。

頬を伝いあったあの涙の感触は、忘れない。忘れられない。

少なからず傷付いたからこそ得た、真実。

少なからず苦しんだからこそ得た、現実。

それは、あの瞬間を体験した自分だけの……特権。

何も知らぬ皆には言えない。私如きが言っていいことじゃない。

独占欲と友情の狭間で、彼女は自分なりの答えを出す。

 

 

 

 「……その、ですね」

 

 

 

一声目は迷うように。

声を絞り出すように喉を鳴らし、何故か震える唇を押さえつけて、

 

 

 

 「佐祐理は、皆さんに隠してることがあります」

 

 

 

その真実だけは、告げた。

聞いた彼女達は、一人残らず予想に反した回答に戸惑いの色を見せる。

悩んでいることがあるのだと思っていれば、まさかいきなり隠し事があるなんて、と。

そして佐祐理が直球でそのことを言ってくるとは思わなくて。

故に自然と場が静まり、佐祐理の震えが完全に収まった。

 

 

 

 「隠していることは、あります。でも、言えません。

  このことは……皆さんも聞く権利のある……いえ、聞かなきゃいけないことです。

  けど、今はまだ言えません。いつ言えるようになるのかも解りません」

 

 

 

祐一が、苦しんでいたから。

祐一が、泣いていたから。

 

 

 

 「佐祐理にも――――私にも、どうすればいいのか解ってないんです」

 

 

 

佐祐理の一人称が『私』へと変わった。

本当に重要なことでなければ、彼女は自分を『私』とは呼ばない。

何かを吹っ切ったように、言の葉を揺らす。

 

 

 

 「知らなきゃ、解らないこともあります。知らないから幸せなことも、あります。

  私が隠していることは……多分、そういうことなんだと思います。

  けど、私には。何をどうすればいいのか……解らないんです」

 

 

 

最良の策なんて、あるのだろうか?

あるのはただ、最悪にならないだけの手段ではないのか?

解らない。判らなくて、理解らない。

 

 

 

――――だから、聞かないで下さい。

 

 

 

その言葉が風に散る。

そよ風が舞うように。吹き逝く風が薙ぐように。

誰かの泣く声が、風を伝ってくるかのように。

 

 

 

 「身勝手なことを言ってるって解ってますけど……ごめんなさい。

  大好きな皆に隠し事をしていて、ごめんなさい。言えなくて、ごめんなさい」

 

 

 

何度も、何度も、何度も、謝ろう。

その資格がないけれど、謝ろう。

そう思って、頭を下げる。誰の顔も見れないまま、自分の影だけが視界を覆う。

 

何の音もない時間が流れた。

僅か一瞬とはいえ、空気は静寂として束縛する。

 

誰かが身じろぐ様な音がした。

はぁ……と続いた溜息は、舞のものだった。

 

 

 

 「佐祐理がそこまでマジになるんじゃ、聞くに聞けないわね。

  あたしから振った話だけど、この辺りが潮時かしらね〜。

  全く。これなら本当に生徒会長サマの方が全然マシだったかも」

 

 

 「あの……えと……ごめんなさい」

 

 

 

顔を上げた佐祐理が再び謝る。

舞は苦笑してそれを制し、

 

 

 

 「だからい〜んだってば。佐祐理はきっと何も悪くない。

  何も解ってないあたしが言っても説得力ないけど、悪い筈ない。

  だって、佐祐理はあたし達の親友だもん。

  あたし達のことを思ってくれてるからそう言ってくれたんでしょ?

  なら、謝ることなんてどこにもない。……そう思わない? 皆もさ」

 

 

 

微笑んで、彼女が促す。

佐祐理が戸惑いながら周りを見ると、皆が、微笑んでいた。

悪いことなんてないよ、とその瞳が教えてくれていた。

嬉しいと思うと同時に、申し訳なくも思った。

こんな素敵な人達を頼ってくれない彼に……哀しさを覚えた。

 

 

 

 「よし! 暗い感じのお話はお姉さんも好きじゃないし、ここで終わり、ね?

  『時間は有限、無駄には出来ない』ってね。

  という訳で……改めて明日の試合の相談でもしよっ!」

 

 

 

わざと明るく振舞うことで、空気を変える。

年長者としての役目か、それとも話を切り出した張本人としての責務か。

 

 

 

――――佐祐理が安心したかのように息をつき、軽く、微笑んでいた。

 

 

 


 

 

 

――――同じ頃。

名雪達の部屋の隣に部屋を用意されたのは瑞佳、留美、茜、詩子の四人。

彼女達も仲良しグループではあるが、もう一つ共通点がある。

言うまでも無いが、浩平が朱雀であることを知っているということ。

そんな彼女達は、ここに来た当初からある懸念を抱き続けていた。

 

 

 

 『浩平がどう動くのか?』

 

 

 

という不安と期待。

浩平という男は実に捉えどころがない。

予測不可能と例えるのが一番相応しい。

そして、その行動は必ず何かしらの騒ぎを引き起こすのだ。

そんな彼――折原浩平――がこのような機を逃すだろうか?

 

想像してみて欲しい、大勢の視線が集まる中その話題が全て自分に集中することを。

普通の感性を持つ人間ならうんざりするだろうし、又は嫌がるだろう。

だが、彼は異なった。注目を浴びることに対してはそんじょそこらの芸能人よりも欲が強い。

 

故に……大人しくする? 無論ありえない。

そんな言葉が浩平の辞書にあるのなら見てみたいくらいだ。

 

過去のパターンからかろうじて推測できる事柄は三つ。 

一つ、何かイベントがあるならそこで目立たなければ気がすまない。 

一つ、その場合直前まで秘密裏な行動をとる。 

一つ、やるとしたらどんなことでも手間を惜しまない。

 

そんな折原浩平という男がこの大舞台で何をする気なのか?

三人揃えば文殊の知恵ならぬ、四人揃えて無敵の計略とばかりに予測を立てる。

せめて何をやるかだけでも判れば、被害を最小限度に抑えることが出来るかもしれない。

 

 

 

 「……なんか無駄なコトしてる気がしてきたわ」

 

 

 「七瀬さん、めげている場合ではありません。

  浩平が道を踏み外したら、その迷惑は全て私達にかかってくるんですから」

 

 

 「でもね? 相手はあの『折原浩平』なんだよ?

  いくら四人がかりでも無理だと思うな〜」

 

 

 「う〜! それもこれも浩平が全部悪いんだよ〜!」

 

 

 

半分冗談交じりに言葉を交わす四人。

話題が話題とはいえ、誰も傷付かないハチャメチャならば許せる。

浩平は確かに問題児だ。だけど誰かが危険な目に遭うような真似はしない。

だからある意味でこんな相談会など無駄でしかない。

他のチームがしているだろう作戦会議をした方がよっぽど建設的で効率的だ。

なら、何故冗談を交えてまで話を続けるのか?

 

その答えは、単純。

不安だから、だ。

人間は不安を感じると、途端無口になるか、逆に饒舌になるという。

今の彼女達はたまたま後者の方に傾いた。

 

浩平が……いや、違う。何かが、不安だから。

 

そう、大きな懸念がもう一つある。

それは人命に関わるかもしれない重大なコト。

 

 

 

――――――この大会でも帰還者が現れるかもしれない。

 

 

 

考えたくはない、だけど考えてしまうその恐怖。

瑞佳と留美は帰還者に襲われ殺されかけたし、茜と詩子に至っては

自分達を襲った帰還者がかつての幼馴染であるだけに、不安も大きい。

彼が再び来ない保証がどこにある? ましてやあの時聞いたではないか。

彼の狙いが茜と詩子自身であることを。

 

 

『折原浩平』は朱雀である。

ならば……彼と、“司”と呼ばれた帰還者と戦うことになるのは浩平の筈。

そんなことになったら彼は迷うことはないだろう、例え正体がバレたとしても。

 

人の命を護るためならば、何も厭わないだろう。

もしかしたら自分の命すら犠牲にするかもしれない。

いや、それは充分にありえる事態。

 

 

――――忘れるはずのない、彼の戦う姿。

 

 

 

 『ふざけるな! てめぇの思い通りになんてさせねぇ! 長森も七瀬も殺させねぇ!

  俺がてめぇを全否定してやるっ、俺が……神器【朱雀】がなっ!』

 

 

 

そう叫んだ、彼の姿。

 

 

 

 『ふざけるな! てめぇら【永遠】は俺からどれだけ奪えば気が済むんだ!?

  “アイツ”も、氷上も……この上、茜と柚木もだと!? 

  いい加減にしやがれっ! 教えてやる、茜と柚木は物じゃない。

  “今”を生きる人間なんだよ、そして、俺が護るべき大切な存在だってな!』

 

 

 

“ふざけるな!”……怒りに塗れた言葉、だけどどこか哀しみを帯びた言葉。

 

 

その覚悟を、その気高さを、その美しさを目の前で見たから。

脳裏に焼きついて消えない、燃え盛る彼の炎。

 

少女達は怖かった。

失いたくない少年、折原浩平。

出来ることならこれから先の未来も、ずっと傍に居て欲しい人。

迷うことなく自分が恋していると断言出来る、大切な人。

 

 

 

――――怖かった。

 

 

 

『折原浩平を失う』

 

 

 

その可能性が心の中から消えてくれない。

彼の寵愛を受けられるなら、何を犠牲にしても惜しくは無い。

そう思わせてくれるほど、愛しい貴方。

 

『死』・『消滅』・『絶望』。

その恐怖に飲み込まれないように、無駄だと判っていて話すのだ。

あまりにも不恰好な演技。

客層を選ぶなどという余裕すら言えないほど無様な会話。

 

どれほどの言葉で飾ろうとも、どれほどの冗談で和ませようとも。

何度誤魔化そうとも、彼女達の悩みが尽きることは無くて。

 

 

 


 

 

 

彼女達が悩みを苦痛へと昇華させつつあるその頃の、彼らの部屋。

話題の渦中にいた神器『朱雀』こと折原浩平はというと。

 

 

 

 「さてさて諸君。ついに本日、我らが最大の活躍を見せることになる訳だ」

 

 

 

実際に行う試合ではなく、その前座というのが物悲しいがともあれ。

妙な自信を見せて、胸を張る浩平が其処に居た。

 

 

 

 「そして我らによる我らのための晴れ舞台である以上!

  もはやこのライブは成功したといっても過言ではない。

  したがって今ここで祝杯を上げようと思うのだが……。

  さっきから何溜息吐きつつ茶しばいてるのかなそこのリーダー!?」

 

 

 

テンションを強引に上方修正していた舞人は、中途半端に暗い祐一を見咎める。

何故か先ほどからあまり反応を示さず、ただ黙々と茶を啜っているのだ。

 

 

 

 「……? って、何だよ馬鹿二人?」

 

 

 

その反応で確定。見事アウトオブ眼中。

再び茶を注ぎ、一口。ほぉぅ……と吐息を洩らして浩平と舞人を見やる。

 

 

 

 「なんか上の空っすね? いや、放っておいて話進めんのもアレなんで。

  簡単に説明しますけど、浩平さんと舞人さんがいつもの様にツッコミ待ちしてたのに

  何故かリーダーの鋭いツッコミがこないもんだから、逆ギレしてるってことです」

 

 

 「概略すると……というかそのままですけど純一の言う通りです。

  で、そちらのお二人はいつものことですから放って置くとしても。

  本当にどうしたんです? 朝から妙に様子が変ですけど」

 

 

 

そんな気遣いの様子を見せる一弥に対して苦笑を零し、

 

 

 

 「いやまぁ……ちょっとな。昨日少しばかり凹むような真似しちまってさ。

  別に大したことじゃない。気にするなよ」

 

 

 

言えるとすれば、いくらでも言える。

特に一弥には謝るべきかもしれない位だ。

お前の姉さんを……佐祐理さんを泣かせたんだ、と。

 

 

 

 「でも……」

 

 

 「大丈夫だって。本番まではどうにか立ち直る。足も引っ張るつもりはないし。

  さて、そこのバカコンビ。ツッコミ待ちらしいから存分に行こうか。

  祝杯云々は大却下。始まってもいないのにやってどうする。

  成功の自信があるのは結構だが、俺はそれよりも後始末の方が気になるわ。

  フルオートで盛り上がるのはスルーしてやってもいいけど

  現実見ろ、お前ら。……そもそも俺達リハーサルしてないんだが?」

 

 

 「おう、流石リーダー。その痛烈な言葉を待っていた」

 

 

 

舞人が言った。そしてすかざす祐一が言葉をぶつける。

 

 

 

 「……やめろ。そういう言い方すると何か間違った方向に思われる」

 

 

 

最後の一言はともかく、疑問を抱いた祐一の発想は正しい。

が、気付くのが遅い。

仮にもリーダーであるのなら、少しは予想し得るべきだった。

悪い意味で浩平を理解しているのは彼や、その仲間達だけなのだから。

 

 

 

 「お前の質問も尤もだ。やはりリーダーだけのことはあると賞賛しておく。

  だがまぁ、この美男子星からやってきた美男子王子にぬかりはない。

  取って置きの作戦がある」

 

 

 

浩平は何の動揺もせず、その質問が来ることを判っていたようなそぶりすら見せる。

 

 

 

 「……なんとなく予想はつきますけど、具体的にはどんな作戦なんです?」

 

 

 

こめかみを抑えながら一弥が訊いた。

祐一も同じように眉をしかめているから、考えていることはあまり変わらないだろう。

純一はあからさまに『無駄だって』と呟き、備え付けの冷蔵庫に手を伸ばした。

彼の場合は別段気にしていないらしい。

 

 

 

 「訊きたいか?」

 

 

 「当たり前ですよ。強いて言うなら僕の予想が外れていることを願いますけどね」

 

 

 

あえて何も言わず、首を上下させる祐一。

舞人はにやりと笑い、浩平に親指を立てた。

 

 

 

 「やはりお前は我が心の友よ。エンターテイナーとして文句を付けようがない」

 

 

 

彼もどういう反応が返ってくるのか判っているのだろう。

但し、祐一や一弥と違い、歓迎しているわけだが。

浩平は満足そうに頷き、舞人に親指を立て返す。

 

 

 

 「この準備不足を打破する作戦……その名も『ぶっつけ本番!』」 

 

 

 「あほかぁぁぁ!」 

 

 

 

祐一の絶叫が部屋中に響いた。

 

 

 

 「何を抜かすか貴様!? 

  これ以上ないほど単純明快な素晴らしい作戦ではないか!?

  流石は我が朋友と賞賛したい程ですよっ!」

 

 

 「だよな〜! 解ってくれて嬉しいぜ舞人〜〜〜!」

 

 

 「単純過ぎるんだよその案はっ!

  ……ああ糞ッ、お前らに付き合ってると真剣に悩む余裕も無くなるってのっ!」

 

 

 

さて、話を戻そう。

あえて語ることもないかもしれないが、つまり。

少女達が苦しんでいる中、浩平は漫才をしていた訳である。

 

折原浩平、彼はこの瞬間に限り究極の幸せ者だった。





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