Eternal Snow

122/武術大会 〜開幕 その4〜

 

 

 

係員が奮起に奮起を重ね、会場はようやく開催できる状態まで漕ぎ着けた。

その栄光?の影に、紆余曲折を経た結果、

何故か消耗している司令部所属のG.Aが二名程居たりするのだが。

折角なので、覗いてみるとしよう。

 

 

 

 「……やっぱ、仕事中に酒呑むなんて冗談言ったのは拙かった」

 

 

 

項垂れる男、名を零。

 

 

 

 「解っていて賛同した僕も馬鹿でした。

  でも、ほんの冗談なのに何でここまで怒られるんでしょう……。

  あえて責任転嫁します。何で僕のこと誘ったんですか、零兄さんっ!」

 

 

 

反発する男、名を賢悟。

 

 

 

 「この馬鹿! 愚痴なら後で聞いてやるっ! 今言うなよっ」

 

 

 

焦り出す男、名を零。

 

 

 

 「ふぅーん。そぉ」

 

 

 

底冷えする声を作る女、名を夏子。

 

 

 

 「お二人ともまだ反省が足りないんですね? あらあらどうしましょう」

 

 

 

それとは逆に、鈴を転がすような声を出す女、名を秋子。

 

もはや詳しく描写する必要はないかと思うのだが、この際なので。

先ほどまで会場設営を眺めていた零と賢悟だったのであるが、

人手も足りているからと休憩がてら冗談交じりに飲酒しようと発言したのだ。

何故かその冗談を聞きつけた夏子と秋子が二人を急襲。

局地的な冬の訪れをもたらして、“穏やか”に説得を行うに至る。

 

 

 

 「いや待った! 俺も賢悟も充分、いや、十二分に反省した!

  だからこれ以上は許して下さいごめんなさい」

 

 

 

発言の頭だけを勢いよく。しかし後半では低姿勢となり謝罪する零。

敗北が確定した以上、更なる追い討ちを望もう筈がない。

賢悟も彼に倣い、殉職を覚悟した……いや、死にはしないだろうが。

結論:いつの世も女性は強い。

 

そんな余談はともかく。関係者は予定時間内に終了できたことに一安心する。

設営が遅れてしまっては大会スケジュールに大きな支障をきたすのだから。

そんな不安を他所に、選手兼観客である生徒達は順調に会場入りを済ませていく。

 

例えば、完全に観客である彼らの場合――――。

 

 

 

 「舞人にぃ、こんな所で戦うんだ。しかも最初に」

 

 

 

周りの雰囲気を敏感に感じ取っているのか、

幼いと評して間違いのない少年が感想を漏らす。

 

 

 

 「兄様、大丈夫でしょうか?」

 

 

 

少年の意見に賛同しているのだろう。

声音を彼と同じ波長にするように、少女が疑問の言葉を投げうった。

 

 

 

 「舞人お兄さんの心配してもしょうがないと思うけど」

 

 

 

そんな二人のリアクションに呆れたように、小さな肩を竦める少女の姿があり。

 

 

 

 「瑛ちゃん、そんなことを言ってはいけませんよ。

  舞人お兄様は桜香ちゃんのお兄さんなんですし」

 

 

 

肩を竦めた少女の言い分も解るけれど、舞人には世話になっているのである。

何から何まで否定しては宜しくない、とばかりに少女が発言する。

 

 

 

 「や。わたしはてっきり、お姉ちゃんのチームに入るとばかり思ってました」

 

 

 

また別の疑問を抱く少女の姿もあり。

 

 

 

 「あー。うん、最初は郁奈の言う通りになる筈だったんだって。

  だけど聞いた話じゃ……舞人にぃ、チーム決める日に学校休んだらしくて、

  その所為で他の学校の人とチームになったんだってさ」

 

 

 

自分が仕入れた情報――というか母が勝手に話し出していたネタを提供する少年。

母とて何故知っているのかと疑問があったりもするのだが

佐伯家家訓【殺られる前に殺れ】――――そんな単語を普通に使う人である。

一々気にしていたら息子をやっていられない。

 

 

 

 「……舞人さんらしい、かも」

 

 

 

くすくすと笑って、また一人存在していた少女が感想を述べた。

その発言に対して妹は若干恐縮そうになりもしたのだが、今更である。

何せ話題となった当人の名は桜井舞人その人。いっそ頭を使う方が虚しい。

 

さて、彼ら少年少女達がいることからも解るように、

三校以外の単なる観客には特別観客席を設けることで、待遇を別としている。

桜坂学園初等部(とは言っても和人達に限る)

及び中等部、風見学園付属校の生徒などがここに該当するのであるが、

他にも朋也達が同じく席を用意されていたりもする。

 

 

 

 「兄様、どこにいらっしゃるのでしょう……郁奈さん、解りますか?」

 

 

 

幾分心配そうに郁奈に舞人の行方を訊ねる桜香。

兄を心配するというその精神はとてもとても将軍の娘とは思えない。

ところで、桜香とて何の意味もなく郁奈に問うた訳ではない。

『八重樫 郁奈』――――彼女の能力は【空間認識】。

能力の内容を端的に説明するのであれば、よくプロのサッカー選手などに

『まるでフィールドを上空から眺めるかのように、何処に誰が居るのか理解出来る』

といった感覚を持つ人がいるという話があるが、彼女の能力はそれを更に強化したもの。

どちらかといえば白河ことりの持つ能力に近い。

広範囲のサーチに掛けては確かに一日の長があるのだが、彼女は方向音痴である。

その点さえ除けば、彼女ほどモノ探しにうってつけな人物もあまりいない。

郁奈はこほん、と息を吐いてから能力を発動させる。

 

 

――――――。

 

 

喉に水をゆっくりと流し込むかのように、幾許かの時間を経過させて

郁奈がふるふると首を横に振った。

 

 

 

 「……や、ごめんなさい。あんまり人が多いのでわからないです」

 

 

 

大勢の人間が一箇所に固まっているのだ、無理もない。

 

 

 

 「気にすること無いよ。どうせ見つかってもこんな人ごみじゃ声も掛けようがないし」

 

 

 

和人の言う通りであった。それに、実を言うと見つかりっこないのだ。

今、舞人は会場の座席にはいない。ほぼ全員がドーム入りしたというのに、

彼はある場所でセレモニーの開始を待っているのだから。

という訳で描写抜粋。

 

 

 


 

 

 

 「よっしゃ。続々と人が集まってきてるっぽいぞ」

 

 

 「そりゃ当然じゃないっすか? 開会式サボるなんて俺らくらいだろうし。

  ま、あんなトコでずっと座ってるのはかったりぃっすけどね〜」

 

 

 「……別にサボるつもりがある訳じゃないですけれどね」

 

 

 「しかし向こうにいないのは事実、と。……のせられた俺がアホなのか。

  後でどう佐祐理さんや香里に弁解すりゃいいんだ?」

 

 

 「そんなことは知らん。そして失礼なことを仰るなで御座いますですよ!

  このパーフェクターわたくしの計画を非難するとは―――ぷんぷん」

 

 

 「僕、初めて聞きましたよ、そんな不可思議な一人称」

 

 

 

舞人を含めた彼ら五人は、計画通りに会場のある場所にいた。

そこには、会場の様子を確認するモニターと

マイクやドラム、スピーカーといった音響設備を整えたステージがあった。

丸ごとステージが完成しているのだが、はたしてそれをどう生かすのやら。

ちなみにこのステージを設置したのは黒幕の……もとい、G.A直属の部下である。

生徒達どころかスタッフにまで秘密主義を通すあたり、黒幕と発案者の性格が窺える。

 

と、そのような疑問はともかく。

カメラを経由することでドームの様子はしっかりと中継され、

彼らがライブをする時にはそのカメラを使うことで会場全体にも放映される仕組み。

 

 

 

 「ところで舞人、どのタイミングで演奏するんだ?

  いくら秋子さんに頼んだからってプログラムに入ってないだろ?」

 

 

 

祐一が至極当然な疑問を放つ。

 

 

 

 「意外だな? ぶっつけ本番と言った訳だし、祐一ならば

  充分判っていると思ったのだが……。まぁいい。浩平、貴様ならどうする?」

 

 

 「ん? 俺? そこら辺のことは全部お前に任すってことになってるから

  何かしらと文句を付けるつもりはねぇけど……ま、俺なら途中乱入だわな。

  その方が注目を浴び易いだろ? 逆に言えば、美男子星の王子たる

  この俺を強調するに相応しい場はそれくらいだな」

 

 

 「浩平さんがどうだこうだはともかく、杉並ならそのタイミングを狙いそうだな」

 

 

 

どこか感心したように頷く純一。

悪友であり、どこか舞人と似た行動をとる杉並の姿を思い出し、納得している。

 

 

 

 「杉並さん? ああ、あの人か」

 

 

 「覚えてるだろ? まぁ、悪友ってトコだ。絶対に親友じゃないから勘違いすんなよ」

 

 

 「あはは。あの雰囲気なら悪友の方が合ってるね。

  でも、純一には丁度良さそうな気がしたけど?」

 

 

 「おいこら。それは俺への侮辱に聞こえるっつの」

 

 

 

一弥はその部分を意図的に無視する。

正直なかなか良い性格をしているなぁと祐一は感心してしまった。

 

一応確認すると、彼らはこの大舞台でライブをやろうとしているのである。

が、全く緊張するそぶりを見せない。よほどの度胸持ちなのかそれとも鈍感なのか。

実に判断が難しいところだが、強いて言うならだからこそ神器なのだろう。

……こんなことで確認したくもない。

 

 

 

 「お? 秋子さんが壇上に上がったってことは……もう始まるんだな」

 

 

 

ドラムの前に座っていた祐一がモニターを確認し、倣うように全員が注視する。

 

 

――――パァン! パァン!

 

 

それと同時に会場に響いたのは、空を彩る花火の音。

 

 

 


 

 

 

セレモニーが始まる。

突然の花火に生徒達は虚を突かれるも、その戸惑いは僅か一瞬。

『開始』という単語を頭が理解し、誰もがざわめきと興奮を顕わにする。

リング中央――あえて壇上と表現するが、そこに歩いていく秋子。

特別変わった格好という程でもないが、礼儀上なのかスーツ姿である。

 

 

 


 

 

 

 「もう少し別の格好とか無かったのか? 別に制服着ろとまでは言わないにしても」

 

 

 「いえ。あれでも譲歩した方です。秋子が何を勘違いしたか知りませんが

  最初は本気でただの私服で出て行くつもりだったみたいですから」

 

 

 「……成程。今の方がマシだな。確かに」

 

 

 


 

 

 

秋子はコードレスマイクを手に持ち、中央に据えられたマイク台に差し込む。

僅かに息を吸い込み、声を発する。

 

 

 

 【――――静粛に】

 

 

 

威風堂々とした僅かなる音節。

だがその声はまるで背筋に氷を落とされたかのように、

静かに、しかし確実に、会場という会場に伝播する。

ある種の恐怖にも似た威圧感を与えた張本人は、

そんなそぶりを全く見せず静かになった会場に向けて微笑を浮かべる。

 

 

 


 

 

 

 「……相変わらず怖っ」

 

 

 

朱雀の端的な感想。

 

 

 

 「言うなっ! 水瀬家の人間はアレがあるから逆らわないんだっ!」

 

 

 


 

 

 

 【皆さん、おはようございます。今日も良いお天気ですね。

  こんな日は洗濯物がよく乾きそうです。折角ですからお布団干したかったですね】

 

 

 

戦慄とも評せる威圧感を放った直後の秋子の言葉である。

当然ながらマイクを通しているため、この声を聞き逃した者は一人もいない。

会場の人々は一律にズッコケたくなる衝動を堪えていたりした。

 

 

 


 

 

 

 「……や、その」

 

 

 

心底同情したかの声音で、零牙が賢者に言った。

 

 

 

 「言わないで下さい」

 

 

 

しかし会場内で最も恥ずかしい思いをしたのは娘二人に違いない。

気の毒過ぎるのでここは無視しておこう。

 

 

 


 

 

 

 【あらあら。変なお話してごめんなさいね。

  私は水瀬秋子、七星学園理事をしております。

  風見学園や桜坂学園の皆さんとははじめまして、になるのかしら?

  今日のセレモニーでは司会進行役になりますので、どうぞ宜しくお願いしますね】

 

 

 

と告げてから優雅にお辞儀。

発言はともかく行動には一切の非の打ち所がなかった。

その点だけを鑑みれば、彼女程打ってつけの人材もいないかもしれない。

 

 

 

 【それでは早速ですが、今回の養成校合同大会にあたって

  冬実、初音島、桜坂のDD支部それぞれから、長官の皆様がいらっしゃっています。

  ご挨拶と訓示、併せて宜しくお願い致します】

 

 

 

そんな彼女の言葉の後、神器各員にはすっかりお馴染みの顔となった

初老の長官達三名が壇上へと上がる。

逆に云えば、普段仕事で忙しいはずの支部長官が三人揃っているというのも珍しい。

あえて訓示なぞは描写せず、彼らの感想でも。

 

 

 

 「この辺はお決まりのパターンってことか?」

 

 

 「だね。わざわざお忙しい中ご苦労様です、ってところかな?

  実際、長官の挨拶なしじゃ見栄えも悪いだろうし」

 

 

 「ちっ、詰まらない。見るからに威厳を漂わせるしなぁ……長官の癖に」

 

 

 「全く、どうにも解せんのです。どう見ても好々爺である筈の長官が

  あんな偉そうな態度というのはおかしい」

 

 

 「いつも威厳が無く見えているのは間違いなく舞人さんと浩平さんの所為です。

  実際長官は偉いんですよ、勿論僕達よりも」

 

 

 「いや、俺ですら忘れがちだけどな」

 

 

 「兄さん!?」

 

 

 

よりにもよって貴方がそれを言いますか!? と愕然とした一弥が居た。

もしかするとこの点に限っては神器内に味方はいないのかもしれない。

 

 

 

 「そういや最近、胃薬の消耗が相当早くなってるらしいぜ?

  こないだ長官の所に顔出したら一瓶丸ごと飲み干そうとしてたし」

 

 

 「……純一、それ本当?」

 

 

 「嘘はついてない」

 

 

 

その苦労を推し量った一弥は長官に同情した。

振り返れば我が身と言えるからだ。

気苦労の絶えない毎日……自分がいつかああなりそうだ。

 

長官の挨拶が終わると、次は選手宣誓である。

宣誓するのは七星学園生徒会長の久瀬篤史。

学内での大会で負傷していたが、その傷も完治し、今は問題ないと公言しているらしい。

尤も、祐一達にとってはどうでも良いことである。

 

 

 

 【己の信念を違えることなく、養成校の生徒として恥じぬ戦いを行うことを誓います!】

 

 

 

威風堂々とした態度で声を張り、生徒達の感嘆を誘うかのように断言する。

そんな久瀬の姿を、祐一達はモニター越しに確認した。

 

 

 

 「へぇ、いい言葉じゃないっすか。

  お決まりのスポーツマンシップとかいうんじゃなくて

  【信念】、なんて使った所は素直に凄いと思いますよ?」

 

 

 「まぁ実際、久瀬の奴もああしてれば立派な会長に見えるんだけどな」

 

 

 

どこかしら面白くなさそうに浩平が口を開く。

 

 

 

 「おいおい、腐るな。何から何まで文句付けるのはやめろって」

 

 

 「だってよぉ祐一。考えてもみろよ。うちの生徒会長がアレだぞ?

  それに振り回される生徒の身になったら堪ったもんじゃない」

 

 

 「同意見です。あの人、性格はともかく

  その他の点は基本的に優秀といって差し支えないですし、

  何よりなまじ統率力もあるのが厄介ですよね。

  ランク絶対主義さえなければ指導者としての素質は十分あるんですけど。

  勿論、言うまでもなく兄さんには敵いませんが」

 

 

 「……さて、どうだかな」

 

 

 

一弥が何やら祐一の反応に期待していたようだが、当の本人は適当に口を濁す。

 

 

 

 「ん? 要するにアイツはありがちな支配階級の人間ってことか?」

 

 

 「んー。多分」

 

 

 

舞人の疑問に浩平が相槌を打ち、面倒そうにモニターを見る。

 

 

 

 「どこの世界にもそういうタイプの人間ってのはいるらしいっすけど、

  よりにもよって七星の生徒会長? 『知らないことは華』とはよく言ったもんだ。

  つーかいっそ祐一さんが生徒会長にでもなったらどうです?」

 

 

 「はぁ? 何馬鹿言ってんだ」

 

 

 

祐一は当然と言いたそうに呆れたのだが、

 

 

 

 「純一、ナイスアイディア! 

  むしろ応援します兄さん! 是非ともそうしましょうっ」

 

 

 

相棒たる弟がノってきたのである。

兄としては盛大に予想外だった。もはや文法の意味が判らない程だ。

 

 

 

 「ちょ、一弥まで何を」

 

 

 「ほぅ? 中々面白そうだな。祐一の資質は俺達が一番良く解ってる。

  案外近くに適切な人材がいたじゃないか」

 

 

 「あのなぁ舞人。他人事だと思って適当なことほざくな。

  仮にそうなったとしたら、俺と一弥はいつもいつでも祐一の命令下だぞ?」

 

 

 「あー。そりゃ確かに大変そうっすね?」

 

 

 「そうかな? どうせ今の状態だって似た様なものでしょ?」

 

 

 

青龍である祐一がいるからこそ、神器の体制が維持されている面は確かにある。

独立遊撃部隊的な立場である五神器とはいえ、一定の司令役は必要なのだ。

その役目を担っているのが祐一である以上、学園だろうが

DDだろうが関係ない……ということを一弥は言いたいのだろう。

 

 

 

 「馬鹿。祐一に生徒会長なんて役職やらせたら、

  今以上に俺達の締め付けを強くするに決まってるだろ。主に日常生活で!」

 

 

 「……む。我が親友の未来が見えた。毎日毎日凹む朱雀の姿が」

 

 

 「それは普段からやるべきことをしっかりやっていれば問題無いことです。

  純一と浩平さんと舞人さんの皺寄せこなしてるの誰だと思ってるんです?」

 

 

 「……な。解るだろ? 今でさえこうなのに、祐一が生徒会長になんてなってみろ。

  一弥は間違いなく生徒会副会長に立候補する。そうなったらどうなる?

  考えるまでもない、七星学園はこいつら兄弟の思うがままになっちまうぞ」

 

 

 

風見も桜坂も姉妹校である以上、その影響がゼロである保証は無い。

いや寧ろ何かにつけて絶対にちょっかいを出してくるに決まってる。

……という風に、あーだこーだと議論を繰り広げ始める四人。

それがいい加減馬鹿馬鹿しくなったのか、祐一がドラムを一度だけ叩く。

その結果として、皆が彼に注目した。

 

 

 

 「本人差し置いて変なこと言い合いすんな!

  どっちにしろ俺はそんなものやってられないって。んな暇ない。

  一弥と! 浩平と! 純一と! 舞人の! 面倒みるだけで! 手一杯だ!」

 

 

 

おそらくそれは祐一にとって心底からの叫びなのだろう。

 

 

 

 「はいはい。リーダーのお務め、つくづく感謝してますよ〜」

 

 

 

だが、そんな叫びが通じるようなら苦労してない。

もはや悟りきったように肩を竦める祐一。

 

 

 

 「叫びは本心だからスルーされるのも凹むんだが……いや、もういい。諦めてる。

  要するに。生徒会長なんて厄介な仕事は、精々久瀬に頑張って貰うさ」

 

 

 

ただでさえ今でも忙しい立場なのだ。これで仮に朋也が戻ってくれれば、

ある程度の楽も出来ようが無いものねだりはしても仕方ない。

ともかく、これ以上無駄に心労を溜めるような真似はノーサンクスだ。

 

 

 

 「……万が一足を踏み外せば、話は別だが、な」

 

 

 

口の端を僅かに歪める微笑を浮かべ、祐一は小さく付け加える。

 

 

 

 「お〜怖。……ふん、同情するぜ? うちの祐一をこうも挑発しちまった

  お前らんとこの生徒会長さんとやらに、な」

 

 

 「ですね〜。俺と舞人さんは対岸の火事みたいなもんだけど。

  火消しの風なんて御免被りますよ? かったりぃし」

 

 

 「心配ねぇよ。向こうはどうせ俺らのことは知らないからな。

  ――――これで実は俺が朱雀で」

 

 

 「僕が白虎で」

 

 

 「俺が青龍だ」

 

 

 

そこで三人は呼吸を合わせて、次の言葉をハモる。

 

 

 

 「「「――――ってことがバレたら、どんなリアクションが来ることやら」」」

 

 

 

彼に限って手の平を返したかのように馴れ馴れしくなる、ということだけはない筈だが。

しかしどういう形であれ、驚愕する顔を見てみたいと思ってしまうのも心理だった。

 

彼らの感想その他はさて置くが。

率直な話、現在の養成校の中で最も優れていると評価可能なのは七星であるだろう。

設備云々の話ではなく、単純に現状置かれている立場での話。

守護役である朱雀に限らず、青龍・白虎といった双璧までも配置されているのだ。

一介の生徒に偽装しているとはいえ、最強と称されし神器が

三人も揃っている以上、七星学園は最も贅沢な状況にある。

 

そこまで評価される彼らとて、最初から神器だった訳ではない。

彼らとて元々はただの少年。

過酷な運命の果てに今の地位に居るだけに過ぎない。

だからこそ弱かった頃の気持ちを忘れてはいない。

弱かったから、得られなかった後悔を忘れてはいない。

 

 

――――護りたかった。

 

――――助けたかった。

 

――――救いたかった。

 

 

その感情が心の中に燻る限り、その力の重さと、その意味を忘れない。

だからこそ、そう、だからこそ。

ランク絶対主義というある種の固定観念は許容し難い。

 

神器という称号を持つが故に、相容れない。

確かにそういった考え方も正しいと云えるだけの根拠はある。

でなければランク絶対主義という風潮がここまで台頭する筈がない。

彼らとて、そんなことは判っている。

 

 

―――――だけど、認められない。認めてはいけないのだと、思う。

 

 

誰もがその考え方を正しいと唱えていたとしても。

例えどれだけランクに見合う実力があったとしても。

【自分は強い】……そんな妄想とも云える

固定観念を捨てない限り、誰も護れはしないから。

 

 

 


 

 

 

話は再び会場視点へと戻る。

 

 

 

 【それでは、続きまして。生徒の皆さんの間でも色々と噂になっているようですが、

  この大会のために、特別にご招待したゲストの方々をご紹介します】

 

 

 

秋子がマイクを通してその言葉を紡いだ瞬間、会場の空気が色めきたった。

大会にG.Aが来るかもしれない……そんな噂だけが先行し、

今の今までそんな気配は一切無かった。出たのは支部の長官だけ。

やはり単なる噂だけかと思っていたのだが、秋子――七星学園理事――の

思わせぶりな発言が、否応なしに期待を高める結果となったのである。

 

 

 

 【では、登場して頂きましょうか】

 

 

 

真実の所、秋子もG.Aの一員であるのだから、既に充分生徒達の期待を叶えているのだが

それはあくまでも極一部の関係者だけが知ることなので、無意味か。

 

秋子が空を見上げ、生徒達も自然とその動きに倣い、同じ方角を一斉に向く。

何故空を見たのか? という疑問もあるだろうが……その理由を答えよう。

ドーム(と言っても今この瞬間は開いている)の縁に立つ人影。

数は4つ。東西南北のゲートの真上、落ちたら大怪我確約のポジションを難なく陣取る。

誰もが秋子に倣っていた所為で、肝心の秋子が微笑む姿を見逃した。

 

 

――――その笑みを見た人影が、舞う。

 

 

一足による跳躍。もはや児戯にも等しい跳躍。

人影はリング中央に近付くにつれてはっきりとした姿を形成していき

まるで羽毛が舞うかのように、或いはそれが当然とでも言うように静かに降り立つ。

万有引力や慣性の法則を完全に無視し、リングに姿を見せた四人の姿に

会場に居た生徒達はただ一人の例外もなく、驚愕や感嘆の声を漏らすのであった。

また、誰もが確信した。招待されたというゲストが、如何なる者であるのかを。

 

そう、DDEにおける実質上の最高位……【グレイテストエージェント】であるのだ、と。





*122話は二部仕立てですので、下部リンクより続きをどうぞ(通常のTOPページにリンクはありません)*


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