Eternal Snow

12/確執

 

 

 

祐一の転入初日はあっという間に過ぎていく。

本日は戦闘訓練の授業もなく、それこそ普通の学業しかなかったのだから

何かあるほうが逆に不思議だ。

 

ただ、その僅か一日で彼に様々な異名がつくとは誰も予想していなかった。

まだ騒動は終わっていないのだと気付いていた人間もまた居なかったのである。

 

 

 

 

放課後。

彼、祐一は途方に暮れていた。

 

 

 

 「なんで俺はここにいる?」

 

 

 「あ、あはは。浩平さんの所為ですね」

 

 

 

彼の隣に居た一弥が言った。

彼も苦笑いで祐一に同情していた。

 

 

ここは七星学園の部室棟にある一室――『軽音部室』

 

 

折原浩平が所属することで有名な部。

部員は浩平と一弥と氷上という少年の三人だった。

一応三年生もいるのだが、三年生部員は徹底的に幽霊部員をやっているので

実質的にはこの三人のみの部活である。

 

しかも氷上は生徒会に所属しており、滅多に部活には参加していなかった。

よくもまあ同好会にならないものである。

裏で学園の理事が手を回しているからという不穏な噂も存在していた。

 

 

 

 「何を言う。俺らが何の問題もなく集まれる場所を提供してやったんだろうが」

 

 

 

椅子に座る祐一と一弥を見て、浩平は憮然としながら言った。

祐一の怪訝な表情がすんなりと色を変える。

 

 

 

 「あ、なるほど」

 

 

 

両手を打ち合わせ、ひどく感心した様子の一弥。

 

 

 

 「お前でも考えてるんだな」

 

 

 

祐一も一弥に習うように呟く。

二人揃って本気で感心していた。

 

 

 

 「お前ら俺を何だと」

 

 

 「『折原浩平』」

 

 

 

二人は即答し見事にハモった。

まさに息のあった兄弟の図。

 

 

 

 「ちっ、まぁいい……で、だ。本題に入るぞ」

 

 

 

その口調の違いを悟ったのだろう。

浩平の言葉に二人の顔から飄々とした雰囲気が消える。

一人の戦士としての貌を覗かせていく。

 

 

 

 「祐一、お前が此処に来たのは宝珠の件だよな?」

 

 

 「ああ。もっとも」

 

 

 「既に解決してしまいましたが」

 

 

 「……悪い形で、な」

 

 

 

祐一の言葉を補足するように一弥が続け、

最後に口を開いた浩平がこめかみを押さえる。

そのままの姿勢で続ける。

 

 

 

 「今更どうしようもない、か……結局お前はここにいることになったんだな?」

 

 

 「おう。一昨日賢悟さんから直々に」

 

 

 「OK。んじゃこれから宜しくってか」

 

 

 「ま、そうなるな」

 

 

 

いつまでも物事をネガティブに思考していても始まらない。

二人の顔に笑顔が戻る。

何だかんだ言っても二人は親友だった。

 

 

 

 「よし、そんじゃ部登録するか」

 

 

 「はい?」

 

 

 「はい? じゃねえよ。お前もうちの部員ってことだ」

 

 

 「な!? そんな勝手な」

 

 

 

あまりに突拍子もない浩平の言葉に驚愕する祐一。

黙っている一弥も驚いている様子であるから、この意見は彼独断のものだろう。

 

 

 

 「バーロー。さっきも言っただろうが。俺ら三人が何の問題もなく

  話し合ってられる場所なんざそうそう無いんだぞ? ちょうど良いじゃん」

 

 

 「言い分は判らなくもないが、部活はなぁ」

 

 

 「そんなに気にすることねぇよ。

  11月の文化祭だって参加するかしないかは自由なんだから、な」

 

 

 

祐一は諦めの境地にいるのを悟る。

彼にはこういった妥協が出来る点で優秀ともいえる。

事実、浩平の言っていることに間違いはなかった。

 

 

 

 「拒否権は勿論」

 

 

 「ない」

 

 

 「ったく……オーケー。降参、部員になってやるよ」

 

 

 

祐一は両手を上に挙げ『降参』とばかりに頷いた。

浩平もその様子に満足げに笑った。

 

 

 

 「よし、生徒会室に行くぞ」

 

 

 

ちなみに浩平は決して間抜けなことを言っているわけではない。

この七星学園では生徒会にて直接登録するという形式をとっているため

部登録の際にはわざわざ行かなければならないのだった。

 

 

 

 「生徒会室ですか。氷上先輩に会う分には構いませんけどね」

 

 

 

廊下を歩いて生徒会室へ向かっている最中、一弥が溜息をついた。

浩平もそれに同意する。

 

 

 

 「だよなぁ。あの性悪会長に遭わなきゃならないのが面倒だ」

 

 

 「性悪会長? なんだそりゃ」

 

 

 

二人が示す人物は、七星学園生徒会長『久瀬 篤史』のことだ。

ランクA3。

二学年生徒の中でも五指の中に入るほどの実力者であり、

七星学園の生徒会を束ねるほどの器量を備えている人物でもある。

見た目は露骨なほどの優等生といった風情で、掛けた眼鏡が知的さをアピールしている。

実際、生徒会長に任じられているだけあって彼の素行は実によい。

 

が、彼には欠点があった。

彼には『ランク絶対主義者』という一面がある。

ランクで人の価値を測る、有り体に言う『エリート嗜好』を持っているのだ。

 

二学年にして唯一、学園内最低ランクC3を所持している浩平は彼にとって目の敵。

故に浩平と久瀬の相性は最悪といっても差し支えはない。

 

 

 

 「よくそんな奴が会長になれたな」

 

 

 

久瀬の評価を聞いた祐一が感想を述べる。

 

 

 

 「確かにそうなんですが、実力がありますからね……。

  そこが教師陣も強く出られない理由なんですよ」

 

 

 「お前や浩平の目から見てもか?」

 

 

 

『神器として』というニュアンスを含めて質問した。

自分を含めてここにいる三人は、事実上日本で最強を名乗ってもおかしくはない。

本人達はそれをある程度謙遜しているので実行はしていないが。

そんな二人から見たその久瀬某とはどれほどの実力を持つのか? 

純粋に一人の戦士として知りたいことでもあった。

 

 

 

 「学生の能力としては充分だな。みさき先輩達には及ばないが」

 

 

 「少なくとも信頼に足る程度の実力はあるでしょうね」

 

 

 「へぇ……」

 

 

 

この二人をしてそこまでの評価を受ける久瀬という男に興味が沸く。

彼の頬に浮かんだ笑みは嘲笑ではなく、純粋な戦士の笑みであった。

 

 

 

 「楽しみだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室へと至る三人。

 

 

 

 「しつれーしまーす」

 

 

 

『敬意というものを全く持っていない』とばかりに入っていく浩平。

一弥と祐一が後に続く。

 

 

 

 「おや、浩平君じゃないか? どうしたんだい?」

 

 

 

生徒会室は静かだった。

一人しかいないのだから当たり前だが。

 

入り口近くで書類を纏めていた少年――『氷上 シュン』が

アルカイックスマイルともいうべき笑顔を浮かべて言った。

 

氷上シュンとは、以前香里が話したように浩平の親友と呼ばれる少年である。

嫌味にならない程度に色づいたダークブロンドの髪が目を引く。

一言でいってハンサムといえるほどにルックスはよく、事実異性からの受けも良い。

放つ雰囲気はどこかミステリアスで、彼が浮かべる笑みは見る者を虜にする。

 

 

祐一も顔は悪くないが、その彼をして

 

 

 

 (完敗だ、こりゃ……)

 

 

 

と痛感させるに足る物腰であった。

事実祐一に比べれば女性に人気があるだろう。

とはいっても、特定のある少女達は祐一を選ぶのは確定事項だが。

 

 

 

 「おう、氷上。邪魔して悪いんだが、入部届貰えるか?」

 

 

 

浩平も彼に応えるように笑顔で返す。

 

 

 

 「邪魔だなんてとんでもない。入部届? ああ、彼のだね」

 

 

 

後ろに立つ祐一を見て、納得した顔をするシュン。

 

 

 

 「あ、ども。相沢 祐一です」

 

 

 「はじめまして。そしてよろしく。僕は氷上 シュン。

  どんな挨拶すれば気に入ってもらえるかな……。

  一応浩平君の親友を自称させてもらっているよ」

 

 

 

シュンは友好的な笑顔を見せ、祐一に握手を求めた。

彼の言葉にその性格の良さを感じ取ったのか、

祐一も心からの笑顔でそれに応える。

 

 

 

 「へっ、自称って言うか皆知ってることだけどな」

 

 

 

どこか照れたように浩平。

傍で一弥が声を殺して笑う。

 

 

 

 「ありがとう、浩平君。光栄だよ、そう言って貰えると」

 

 

 

シュンは奥へ一度引っ込むと、手に紙きれを持って戻ってきた。

 

 

 

 「はい。ご要望の」

 

 

 

シュンの手から浩平へと入部届が渡される。

 

 

 

 「サンキュ。ほれ祐一、とっとと書け」

 

 

 「あいよ」

 

 

 

無造作な手つきで入部届を差し出された祐一は気分を害することはなかった。

ペンを握り、必要事項を書き込んでいく。

 

 

 

 「ごめんね、参加できなくて」

 

 

 

シュンが申し訳なさそうに言った。

対する浩平は特に問題ないかのように頷く。

 

 

 

 「部活のことなら気にすんなよ。氷上は氷上で忙しいんだからさ。無理しなくていいって」

 

 

 「そうですよ。どうせあんまり活動してないんですから」

 

 

 「あはは、それはそれで問題だよね」

 

 

 「おいおい、今から入る俺が言うことじゃないが、それでいいのか?」

 

 

 

仮にも部活なのだからそれはどうか、と思う祐一の考えは実に正論だった。

 

 

 

 「あんまり良くはないけどね。文化祭のときに頑張れば構わないさ」

 

 

 「え? 文化祭やらないんじゃないのか?」

 

 

 

少なくとも先ほど浩平は――――――

 

 

 

 「やらんとは言ってない」

 

 

 

確かにそうだった。

 

 

 

 「だ、騙したな」

 

 

 「別に騙してない。大体楽器の一つや二つ出来るだろ?」

 

 

 「そりゃ、まぁ」

 

 

 「へぇ。何が出来るんだい?」

 

 

 「いや、大したことは出来ないが、ドラムぐらいならなんとか」

 

 

 

昔とったきねづかというやつだった。

彼がしばらく滞在していた『あの家』には色々なものがあったから。

 

 

 

 「それは助かるね。僕が今ドラム担当してるんだけど、得意なのはギターなものだからね」

 

 

 「だな。俺がベースで氷上がギター。ま、俺は一通りこなせるけど」

 

 

 「僕は一応キーボード担当になってますね」 

 

 

 「そ、そんな簡単な決め方でいいのか?」

 

 

 「そういうもんだ」

 

 

 

他愛無い会話が続き、四人しかいない生徒会室に笑い声が集まる。

祐一はすっかり氷上シュンという少年を気に入っていた。

だが、そんな時間はすぐに終わる。

 

 

 

 「……そろそろ行った方がいいよ、三人とも」

 

 

 

シュンが時計を見ながら言った。

 

 

 

 「え? なんで?」

 

 

 「そろそろ久瀬君が戻ってくるからね」

 

 

 「そうか。ま、無駄に角つっつき合わせることもないな」

 

 

 

そう言って三人が生徒会室を後にしようとした時だった。

 

 

 

 「ん? おや、折原君じゃないか」

 

 

 「げっ、久瀬」

 

 

 

七星学園生徒会長――――久瀬篤史が現れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君がここに居るなんて珍しいね。何か用かな?」

 

 

 

現れた途端に彼らしい態度を取る。

久瀬はどこか嘲るような口調だった。

 

 

 

 「もう出て行く。コイツの入部届出しに来ただけだ」

 

 

 

浩平は後ろに立つ祐一に親指を向けて言った。

久瀬はそのまま視線を祐一に向ける。

 

 

 

 「見たことない顔だね……ああ、君か。転校生の相沢君というのは」

 

 

 「名前知ってるとは思わなかった。宜しく」

 

 

 「ああ。僕は久瀬篤史、この学園の生徒会長だ。宜しく、ランクC2の相沢君」

 

 

 

『ランクC2』と言う部分を強調する。

彼の態度は決して友好的ではなかった。

傍にいる一弥とシュンも眉をひそめる。

祐一は僅かに顔をしかめた。

 

 

 

 「なるほど。ランク絶対主義とは聞いていたが、これは随分とまぁ」

 

 

 

髪を掻き揚げて揶揄するように言った。

久瀬は祐一の言葉を聞きながら、眼鏡を軽く押し上げる。

 

 

 

 「嫌味のつもりかい? だが事実だろう? ランクこそ人の価値を測る基本じゃないか」

 

 

 「……ま、否定はしないが。一つ聞いていいか?」

 

 

 「何かな?」

 

 

 「お前、一年のランクC3生はどう思ってるんだ?」

 

 

 

この学園の最低ランクはC3。

経験不足ということもあり、一年生にはC3の所持者が多い。

 

 

 

 「決まっているだろう。そこから這い上がれるなら良し。駄目なら劣等生ということさ」

 

 

 

当然とでも言いたげな口調だった。

 

 

 

 「久瀬先輩!……って、兄さん?」

 

 

 

抗議をしようとした一弥を祐一が片手で制す。

 

 

 

 「そうか。なるほどな。確かにご立派な主義だこと。

  判ったよ、少なくとも俺はお前とは馴れ合いたくないってことが」

 

 

 「僕も君のような才能のない人間と関わるつもりはないよ」

 

 

 

互いにとっての決定的な溝。

ランクという確固たる証拠こそが価値と判断する久瀬。

力に奢ることなく、護りたい者のために自分をさらけ出せる祐一。

両儀のように対極な二つの存在。

二人の間に確執が生まれる。

 

 

 

 「行くぞ。浩平、一弥。用事は済んだしな。んじゃ、氷上またな」

 

 

 「あ、うん。それじゃあね」

 

 

 

祐一達はそのまま生徒会室を去った。

最後に久瀬と視線を交わすことはなかった。

 

 

 

 「ふん。相沢といったか。随分粋がってくれたな。

  それにしても氷上君、君ともあろう者がああいう人間と会話するなんてね。

  いつも言っているが、付き合うのはよしたほうがいい。

  僕達は選ばれた人間なんだ……全く、倉田君も仕方がないな。

  彼のような才能ある者がああいう人間と関わるのは害しかないというのに」

 

 

 「……………………」

 

 

 

シュンは何も言わなかった。

そこで久瀬の言い分を否定できないのは、彼の優しさかそれとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃――――。

 

 

 

 「ったく! やっぱムカツク」

 

 

 「全く同意見です。気分が悪いですね」

 

 

 

軽音部室に戻った浩平と一弥が悪態をつく。

腕を組みながら祐一は黙っている。

兄こそが一番怒りを表すだろうと思っていた一弥は不審げに彼を見た。

 

 

 

 「兄さん?」

 

 

 「ん? ああ……あいつ、面白い奴だな」

 

 

 

久瀬をそう評した祐一。

明らかな確執を抱いたはずなのに、祐一は久瀬を評価するような素振りを見せる。

 

 

 

 「はぁ? どういう意味だ」

 

 

 「僕も訊きたいですね。あの久瀬せん……先輩と呼ぶのもはばかられます。

  そんな人を面白いだなんて」

 

 

 

祐一は軽く笑う。

悪戯をする少年のような瞳で。

 

 

 

 「だってそうだろ。あそこまで徹底してるといっぺん挫折した所見たいと思わないのか?」

 

 

 

その言葉の意味するところに気付き、一弥と浩平は苦笑した。

祐一とはそういう男であったことに今更ながら納得して。

 

 

 

 「兄さん、あなたって人は……」

 

 

 「お前、やっぱ結構策士だな」

 

 

 「ご評価ありがとう浩平クン。ま、そのうちに、な」

 

 

 

彼の心を反映したわけでもないだろうが、

胸元に輝く琥珀のペンダントがキラリと光を反射させた。

 

どう考えても久瀬が彼らに勝てるわけがないだろう。

何故なら彼らは日本に五人しかいない『神器』なのだから。

 

久瀬は自分の預かり知らぬところで、究極の敵を作り出していた。

彼らのいさかいは、【永遠】にすら関係していくことを、本人達はまだ知らない――――。

 

 

 


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