「祐一君」

 

 

 

その声は彼を『人』に『戻した』。

悲しみを力に換えて戦う修羅を。

彼は心を取り戻した。

たとえ傷が癒えていなくても。

 

 

 

 

 

 

Eternal Snow

11/賑やかな昼休み

 

 

 

 

 

 「俺って転校生だよな?」

 

 

 

昼休み。

彼、相沢祐一は誰にともなく呟いた。

なにを当たり前のことを言っているのか? 

誰もがそう思う発言だった。

 

 

 「なに言ってるの? 当たり前じゃない」

 

 

香里が断言した。

彼女の席は名雪の前、すなわち祐一の右前だった。

だからだろう、彼の呟きはしっかり聞こえたのだった。

 

ここまで描写がなかったが、祐一の席は窓側の一番後ろだった。

この位置なら内職は容易だろう。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

彼の呟きの理由、それは――――

 

 

 

 

 「わぁ!? 浩平! おかずとらないでよ!」

 

 

 「ふん! 俺の栄養になるのだ、ありがたく思え長森!」

 

 

 「お・り・は・らー! 瑞佳を困らすなあぁぁっっっ!!」

 

 

 「……うるさいです」

 

 

 「あ、茜。この唐揚げちょーだい」

 

 

 「いちごオレおいしいよ〜」

 

 

 「ほんとだね〜、でもボクはたいやきの方が好き〜」

 

 

 

 

――――――この賑やかさだった。

 

 

 

 

 

 

別ににぎやかなのが嫌いというわけではない。

むしろ好きなのだが、

 

 

 

 「普通、転校生ってこんなに目立つもんじゃないだろ」

 

 

 

彼の周りは目立っていた、要はそういうことだ。

 

 

 

 「あたしには経験ないからなんとも言えないけど、そうかもしれないわね」

 

 

 「だろ?」

 

 

 「仕方ないわよ。『あの』折原君の親友だって言うんだもの」

 

 

 「出来ることなら辞退したいな」

 

 

 

その言葉は冗談半分、そして本音半分でもある。

色々な意味で彼の本質を知っている分、それを制御するのが

一苦労だと理解しているからだ。

 

 

 

 「そうかしら? むしろ光栄かもよ」

 

 

 「どうして?」

 

 

 「折原君ってうちの学園でも一、二を争う程の有名人だけど」

 

 

 

色々な意味で。(悪名多し)

 

 

 

 「意外と少ないのよ。折原君の親友って呼べる男の子って」

 

 

 「そうなのか?」

 

 

 「ええ。意外? 今はここには居ないみたいだけど。

  あたしが知ってる限り折原君の親友って氷上君、住井君、北川君ぐらいね。

  ま、彼の場合『友人』は多いみたいだけど」

 

 

 「ふ〜ん」

 

 

 

香里の言葉に適当に相槌を打つ祐一であったが、彼女の見立ても正しい。

確かにそうかもしれない、と彼は思った。

浩平の場合(自分達も含むが)必要以上に他人と関わるのを嫌う傾向にある。

それは過去の出来事に起因しているのだが……今は語るまい。

 

 

 

 「まだ一時か。たぶんまだ増えるわよ」

 

 

 「は?」

 

 

 

香里が腕時計を一瞥する。

昼休みは一時半まである。

残り30分。

 

 

 

 「ここにまだ皆揃ってないでしょ?」

 

 

 「皆? 佐祐理さん達か?」

 

 

 「そういうこと」

 

 

 

忘れていた、と言ったら彼女達は怒るに違いない。

昨日は目が覚めたときには既に昼を過ぎ、祐一が帰ってきたのは夕方だった。

その後すぐに家に帰ったので、彼女達は実質30分も祐一と会っていないのだった。

恋する少女からすれば溜まったものではないだろう。

 

 

 

 「でも、佐祐理さんと舞は三年だろ? 一弥達だって友達付き合いあるし」

 

 

 「甘いわよ」

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラッ

 

香里の予言は的中した。

噂をすれば影とはよく言ったものだ。

 

 

 

 「あはは〜。祐一さん、あなたの佐祐理が来ましたよ〜」

 

 

 「ダーリン♪ 舞ちゃん寂しかったんだよ〜」

 

 

 

各方面から色々なクレームをかいそうなことを大声で言いながら

彼女達が2−Aにやって来た。

 

 

 

 「ちょっと、佐祐理。あなた何言ってるのっ」

 

 

 「舞ちゃん大胆〜」

 

 

 

彼女達の後ろから入ってきた二人の美少女。

まるでラベンダーのような髪の色をした少女と

透けるような黒髪と、普通よりもより強く漆黒に染まった瞳を持つ少女。

前者が『深山 雪見』、後者が『川名 みさき』という。

 

 

 

 『おいおい、七星学園四天王勢ぞろいだぜ』

 

 

 『いつ見ても綺麗よね〜』

 

 

 

そんな声がクラスの中から聞こえた。

 

 

 

 

 

『七星学園四天王』――DDE養成校として名高い七星学園の中でも

群を抜いて優秀な四人の生徒を評してこう呼ぶ。

 

倉田 佐祐理・川澄 舞・川名 みさき・深山 雪見。

彼女達は揃って最高ランク、A1を所持していた。

彼女達こそ、現在の七星学園四天王。

 

 

 

 

 

彼女達(佐祐理と舞)は祐一を発見すると一足飛びで彼の傍へとやって来た。

その技、見事也。

 

 

 

 「お、おはよう二人とも」

 

 

 「おはようございます、祐一さん。私達今朝ずっと校門の所で待ってたんですよ〜」

 

 

 「それなのに祐一ってば全然来ないんだもん」

 

 

 

二人は頬を膨らませた。

男ならその仕草にクラっとしてしまうほど可愛かった。

 

 

 

 『うおおおぉぉぉぉっっっっ!!!!』

 

 

 『きゃー! お姉さま達可愛いぃぃぃぃっっっ』

 

 

 

……一部危ない女子も混じっているらしい。

 

 

 

 

 

 「悪い悪い、今朝は色々ゴタゴタしててさ。明日は大丈夫だから」

 

 

 「本当?」

 

 

 「ああ」

 

 

 「それじゃ、明日は迎えに行きますね〜」

 

 

 「い、いやわざわざそこまでしてもらわなくても」

 

 

 『行くの(ですっ)!!』

 

 

 「は、はひ」

 

 

 

恋する乙女は強かった。

その様子を見ていた名雪・あゆ・香里が僅かに頬を膨らませたことには

誰も気がつかなかった。

 

 

 

 「全くもう……彼が噂の王子様か」

 

 

 「優しい感じがするよ〜、まるで浩平君みたいな優しい『色』が見えるもん」

 

 

 

浩平達の傍で一部始終を見ていた雪見とみさきが言った。

彼女達は普通に歩いてきたのであしからず。

 

 

 

 「ええっ!? 折原の『色』が優しい!? みさき先輩何言ってるんですかっ」

 

 

 

みさきの言葉に留美が反応する。

 

 

 

 「本当のことだよ〜、よく似てるよ。顔は違うけどね」

 

 

 

『色』――それはみさきにしか見ることのできないもの。

【目の視えない】彼女だけに許された能力。

『心眼』によって彼女は常人、いやそれ以上の認識能力を持っていた。

それは人の心の本質を色として見ることができるほど強力だった。

 

 

 

 「あははっ、浩平君良かったね〜、優しいんだって〜」

 

 

 「おい柚木、お前は俺を何だと思ってる」

 

 

 「変人」

 

 

 

隣で茜と瑞佳が「うんうん」と同意した。

 

 

 

 「仕方ないわね。浩平君らしいといえばそれまでかしら?」

 

 

 「雪見先輩までそれっすか」

 

 

 

だが言葉通りであった。

浩平は口では文句を言いながらもその表情は明るかった。

彼とて心に傷を持っているというのに。

 

彼の右手に巻きつけられた黄色いバンダナが

その証であることを知っている人間は数少ない。

 

 

 

 

 

ガラガラッ

 

 

 

再び開かれるドア。

 

当然というかなんというか、そこに立っていたのは――

 

 

 

 「みゆー、瑞佳姉〜」

 

 

 「失礼しますなの」

 

 

 「失礼致します」

 

 

 「もー、待ってって言ってるのにぃ」

 

 

 「あう、失礼します〜」

 

 

 「あ、お姉ちゃ〜ん」

 

 

 「……なんで僕が保護者みたいなことしなくてはいけないんですか?」

 

 

 

七星学園1−Dの有名人達だった。

 

順に、

椎名 繭・上月 澪・天野 美汐・折原 みさお

水瀬 真琴・美坂 栞・倉田 一弥。

彼らは有名だった。

 

 

 

 

学年内ではランクを問わずトップクラスに入るほどの実力者であることに加え、

 

 

 

 「あ、みさおちゃんに繭〜こっちおいで」

 

 

 

みさおと繭の場合は瑞佳の妹分(みさおはその名からわかるように『あの』浩平の妹)。

 

 

 

 「澪、こっちこっち」

 

 

 

澪は雪見が部長を務める演劇部の後輩。

美汐は舞の従姉妹。

真琴は名雪の妹で、栞は香里の妹。

そして一弥は佐祐理の弟。

 

これだけの肩書きが彼らを有名にしたのだった。

 

 

 

 「また増えた……」

 

 

 「だから言ったでしょ。甘いって」

 

 

 

転入早々、祐一の周りはとっても賑やかだったのである。

自然と彼は一日で有名になった。

 

 

 

 『噂の転校生はあの折原浩平の親友』

 

 『あの倉田佐祐理と川澄舞の幼馴染』

 

 『水瀬名雪・美坂香里・月宮あゆの幼馴染でもある』

 

 

 

数えたらきりがないほどの異名が出来上がったのだった。

 

 

 

 「もしかして俺、平穏な時間って無いんじゃ……?」

 

 

 

正解。

 

 

 


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