血。

 

赤。

 

紅。

 

朱。

 

 

 

咲き逝く紅い華。

死に逝く咎人。

 

 

蒼銀の刃は黒朱に染まる。

幾多の帰還者の亡骸と共に――――。

 

 

 

 

 

Eternal Snow

10/始まる日常

 

 

 

 

 「席に着けー、HR始めるぞ」

 

 

 

石橋の言葉に一斉に自分の席へ座る生徒達。

その様子を見ながら出席確認を始める石橋。

 

 

 

 「あ〜、いないのは折原一人のようだな。折原遅刻と」

 

 

 

いつものことだ、とばかりに名簿に書き込む。

一年の頃から彼の担任を務めている手前、既に諦めているらしい。

ご苦労なことである。

 

 

 

 「知っているやつもいると思うが、今日は転校生がいる。

  男か女かは見てからのお楽しみとしておけ」

 

 

 

石橋の言葉にざわめきだす生徒達。

 

 

 

 「なに!? 俺の情報網には入ってないぞ! 北川お前は?」

 

 

 「いや、俺も初耳だ。住井が調べられなかったとは何者だ?」

 

 

 

そんな声も聞こえた。

 

 

 

 「では、入ってきなさい」

 

 

 

 

ガラガラッ、と扉を開ける音。

 

 

 

 

 

 

石橋の言葉と共に入ってきたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その全身をクリスマスツリーに使う電極で覆い、ピカピカ光らせVサインをする――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やあやあ諸君! 宇宙一輝ける男、美男子星のプリンス、折原浩平参上!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このクラス、いや、学園一の大馬鹿だった。

 

 

 

 「な、なにやってるん」

 

 

 

瑞佳が怒鳴ろうと腰を上げた瞬間。

 

 

 

 「こんの大ボケがあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

ズド!ミシッ

 

 

 

激しい音がクラスに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

開いたままのドアから現れた少年が浩平を殴り飛ばした。

勿論、祐一だ。

浩平はその勢いのまま、窓の傍へと吹っ飛んだ。

 

 

 

 「いきなりなにしやがる祐一!」

 

 

 「それは俺のセリフだあぁぁぁっっ!!」

 

 

 

立ち上がって祐一に殴られた左頬を押さえながら浩平が言う。

殴った祐一の頭にはおっきなタンコブが出来ていた。

 

 

 

 「浩平てめぇ! 俺が一体何したってんだ!?」

 

 

 

怒りに目を血走らせた祐一が怒鳴る。

 

 

 

 「俺はただ祐一がこのクラスに馴染めるようにしただけだろうが!」

 

 

 

浩平も負けじと反論する。

 

 

 

 「だからお前は先生が教室に入った途端天井から降ってきて

  俺の頭を殴ったとでも言うのか!? しかもわけわからん装飾までして!!」

 

 

 「当たり前だろ」

 

 

 

あまりにもナチュラルに『当然』との言葉、虚を突かれたのは祐一だけではなく。

 

 

 

 『…………………………………………………』

 

 

 

一瞬、クラスに風が吹いた。

 

 

 

 「……浩平、長いつきあいだったな」

 

 

 「ああ。祐一、友としてお前にこの言葉を送ろう……安らかに眠れ」

 

 

 

二人は相対してファイティングポーズを取った。

 

 

 

次の瞬間―――――。

 

 

 

 

 

バン! バン!

 

 

 

 

 

石橋の持つ名簿が二度、宙を舞った。

 

 

 

 「いい加減にしろ馬鹿者!」

 

 

 『ぐ、ぐおおおぉぉぉっっっ』

 

 

 

祐一と浩平は二人仲良くその場で頭を押さえたのであった。

特にたんこぶをつくっていた祐一の痛みはかなりのものであったようだ、合掌。

 

 

 

 「あ〜、諸君。こっちの彼がうちのクラスに転入した相沢祐一君だ。

  席は水瀬の隣だ、後はよろしく頼むぞ」

 

 

 

石橋はそう言い残すと一人、教室を後にした。

かなり放任タイプの教師らしい。

 

 

 

 

 

石橋の去った教室には沈黙が流れた。

 

 

 

 「ゆ、祐一……折原君と知り合いなの?」

 

 

 

名雪が訊いた。

祐一は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

 

 

 

 「ああ、残念なことにな」

 

 

 「何を言う。親友」

 

 

 

 『親友〜〜〜〜!!!???』

 

 

 

クラス中に悲鳴らしきものが響きわたる。

それはそうだろう。

突然やってきた謎の転校生が

ある意味この学園で最も有名な男の親友だというのだから。

 

 

 

 「浩平、お前……ここで何やった?」

 

 

 「何って、別になにもしてないぞ」

 

 

 「この無自覚はた迷惑男が」

 

 

 

祐一の言葉は浩平という男を正しく示していた。

その証拠にクラスの面々が『うんうん』と頷いていた。

 

 

 

 「なにぃ! 俺はただ日々を楽しく過ごすため努力しているだけだというのに!」

 

 

 「浩平、それがいけないんだよ」

 

 

 「黙れだよもん星人」

 

 

 

浩平をたしなめた瑞佳に対してのこの暴言。

ちなみに『だよもん星人』とは浩平が瑞佳につけたあだ名である。

彼女が語尾に『だよ・もん』を多用することからきている。

もっとも瑞佳自身は自覚がないらしい。

 

 

 

 「わたし、『だよ』も『もん』も使ってないもん!」

 

 

 『使ってんじゃん……』

 

 

 

これはクラスの総意であった。(祐一も)

 

さて、祐一はこのやりとりを見てあることを悟った。

 

 

 

 「なるほど。浩平が苦手にしてる幼馴染って彼女か」

 

 

 

何気なく祐一は思った通りのことを口に出す。

 

 

 

 「!? どういうことだよもん! 浩平!!」

 

 

 

だが、それがいけなかったと直後に後悔するハメになる。

 

 

瑞佳の乙女心に火がついた。

形はどうであれ、幼い頃からずっと浩平という少年に恋焦がれ

ただそれを上手く言えないから幼馴染として彼の世話を焼いてやっているというのに。

 

よりにもよって『苦手』だとは!

 

 

 

 

瑞佳は席から立ち上がり、一目散に浩平の正面まで迫ると

 

 

 

ズガアァァァンンッッッ!!!!

 

 

 

強烈な右ストレートを彼の顔面にぶちかました。

 

 

 

 「へぶらっ!?」

 

 

 

勢いよく後ろの黒板に激突した浩平。

それを間近で見ることとなった祐一は呆然とするばかり。

クラスメートはその誰もが驚いていない。

それもそのはず、こんなことは日常茶飯事。

いちいち驚いていたらこの2−Aではやっていけないだろう。

 

 

 

 「んあ〜? 何をやっとるんだ折原」

 

 

 

開いたままのドアからやって来た教師、渡辺。

『髭』の愛称で知られる国語の教諭だった。

彼の登場によって、なし崩しに祐一の転入騒ぎは沈静化する。

 

祐一と浩平。ある一部の関係者が知ったらかなり驚くだろうこの構図。

とにもかくにも、これからの生活が楽しみではある。

 

 

 

 「……あ、結局ちゃんと名乗ってねぇ」

 

 

 

あ、忘れてた。

 

 

 

 「だ、誰か……助け……」

 

 

 

殴られた浩平は教室の隅でさめざめと泣いていた。

誰も助けはしなかった。

合掌。

 

 

 


inserted by FC2 system