Eternal Snow

119/武術大会 〜開幕 その1〜

 

 

 

七星・風見・桜坂学園。日本でも有名なDDE養成校。

将来多くの生徒が約束されたレールの上をひた走ることとなるだろう。

特に七星学園は他の二つの学園に比べ、始めからDDEを養成するという

目的のためだけに創設された学園である。

ほんの数年前に出来たために歴史は浅いが、きっと勇気溢れる

少年少女達が現れてくれるはずだ。

 

大会初日である今日は、オープニングセレモニーと大会第一回戦が順当に行われる予定。

一回戦は二日間に分け、初日の今日は5試合が執り行われることになっている。

その記念すべき第一回戦、第一試合にいきなり彼ら五人がエントリーしているのはご愛嬌。

予定調和として彼らの敗北は決まっているのだからこれは間違いなく鉄板番組だろう。

祐一達も始めからやる気などない。正しく言えば、持ちようがない。

どうでもいいと割り切っているのが本音である。

 

 

 

 「……あぁ? 俺達のライブを大会本部が知らない?

  ちょっと待て、話が違うだろ。俺はちゃんと秋子さんに伝えた筈だぞ。

  いやいいのか? ゲリラなんだから。いやでも拙いか?」

 

 

 

ここはホテル内、祐一達のチームの部屋……なのだが、何事か揉めている。

掻い摘んで説明すると、彼らがバンドを組む羽目になったのはご存知の通り。

で、大会オープニングセレモニーにてライブをやることに決定した。

が、ここに来てプログラムの中に五人のライブに関連する文面は入っていなかった。

セレモニーの詳細なプログラムを眺めてみても、何の変化もない。

 

ここで納得出来ないのは他の誰でもなく祐一だ。

紆余曲折あったとはいえ、彼は確かに秋子に申請をしておいたのである。

何の手違いか知らないがすっかりやる気だった故に本気でショックを受けたらしい。

便乗する形で一弥も意気消沈している。

最後までごねていた二人であったというのに、いざとなるとその気になるのだから

度し難く、故にトラブルメイカーズなのだという理解も出来る。

何気に祐一達とて性質は悪い。

 

 

 

 「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。

  騒いだからってどうにかなる訳でもなし。のんびりお茶でも」

 

 

 「あ、それなら和菓子出してくれない? って違う。

  何言ってるのさ純一。ま、そんな冗談はどうでもいいとして

  折角やる気になったのに。試合で活躍しない分こっちで

  イイトコ見せたかったんですけどね〜……これでも」

 

 

 

一弥からすれば、『真琴、栞、美汐にいいところが見せられる』

という前向きな目的を持つことで参加に異論を挟まないことにしたのだ。

が、此処に来て不参加となり予定が狂った。

心境を語るのであれば『――拙い。僕の立場が……』といったところだろう。

 

 

 

 「ふっ、貴様ら甘いな。その程度のことと笑わずしてどうする。

  我がスーパーエンターテイナーサクライこと

  桜井舞人が何の準備もしていなかったと思うのか?」

 

 

 「でもマジに書かれてないだろ。何かの手違いでもあったのか?

  ゲリラの予定だったっつっても、下手すると道具やら何やら無視されんぞ。

  プログラムに無くたって、俺らんトコに何かしら連絡が来るのが普通だろ。

  第一、やるって事実を伝えるのはあんときわざわざ祐一に押し付けた筈だぜ?

  まさか秋子さん達が忘れるなんて馬鹿ことある訳ねぇし」

 

 

 

浩平は無造作にプログラムを投げ捨てるかの如く、舞人に押しつける。

舞人に負けず劣らず期待していた浩平は、ある意味祐一や一弥よりも投げやりになった。

元々この企画を立ち上げたのは彼、無理からぬこと。

 

 

 

 「まだまだだな浩平。どうやら我ら五人の中で一番先読みが出来ているのは

  この俺らしい。無理もないな、はっはっはっはっは」

 

 

 「んじゃ舞人さんはこの一件、どうにかする手段あるんすか?」

 

 

 

大口を叩くのは舞人の専売特許なので、他の四人も眉唾に話を聞く。

全ての未来は崩れ去ると諦めきっているからだ。

舞人がこう言い出して、ろくな事が無かったのは先刻承知済み。

舞人もその空気は感じ取っているはずだが、不敵な笑みを崩さない。

 

 

 

 「愚問です。俺は始めからこうなることを予期していたのだよワトソン君」

 

 

 「ワトソンって誰だよ……」

 

 

 

律儀につっこみを入れる祐一。既に条件反射の域に達しているのを

本人は自覚しているのか。どちらにしろ気の毒なスキルと言えよう。

舞人はその言葉に不満げだ。単につっこまれたことに対してだったりする。

 

 

 

 「これだからユーモアを理解しない奴はまったく……ぷんぷん。

  まぁいいだろう、深く澄んだ心を私が持っていることに感謝することですな。

  安心したまえ、全てはこの“我様(オレサマ)”こと

  スーパーエンターテイナーサクライの掌の上で動いている。

  小市民故の不満はあろうが、大船に乗ったつもりでいろ。

  ただひたすら付いて来ればいい。お前達は何の心配もいらん」

 

 

 

不敵に笑い格好をつけるその姿に頼もしさを感じる者はここには一人も居ない。

むしろ『どういう腹積もりなのか説明しろ』とその目が語っている。

信頼はすれども信用が無いのか?――――やれやれ、と首を振る舞人。

 

 

 

 「本来ならばここで黙っておく方が絶対に面白いのだが……」

 

 

 

舞人はそこで言葉を区切る。祐一達の反応を見るためだろう。

当然彼らが納得するはずもない。舞人は諦めたように肩をすくめ、

 

 

 

 「仕方あるまい、説明してくれよう。内容は二つ。

  まずその1、今回の話はしっかり秋子さんと賢悟さんに連絡済。

  祐一の連絡の後、俺が密かに告げておいたのですよ? 

  つまり気を揉む必要なんて無い訳だ。流石舞人様よな」

 

 

 

その自画自賛には誰も突っ込まない。

「むぅ、つまらん奴らだ」と不貞腐れた後、舞人は更に続ける。

 

 

 

 「極秘なだけで俺達のライブはしっかりとプログラムの中に盛り込まれている。

  道具云々はきっちりと用意してある筈だ。そこは信頼して構わないだろう。

  そしてその2だが、書かれていない理由は俺が手を回したからだ。

  考えてもみるがいい、予定表に書いてあっては面白味に欠けるだろ」

 

 

 

喋っているうちに開き直ったのか、幾分か饒舌になって、

 

 

 

 「――――いいか? お前らも分かっている通り、

  俺達のライブはゲリラ的に行う予定なんだぜ? 馬鹿正直に書いてどうする。

  そんなことをしたら折角の機会が失われちまうじゃねぇか。

  全く。これだから雅を知らぬ者達はどうにもなりませんな。

  まぁつまり、エンターテイナーとしてそれは阻止せねばならん。

  故に俺がお二人に頼み、詳細を隠して貰ったというわけだ。

  敵を騙すにはまず味方からというではないか、要はココよ、ココ」

 

 

 

自分の頭を指差し、自信ありげに四人を見る。

バラしてしまったことは残念らしいが、披露出来たことに満足しているようだ。

 

 

 

 「敵がどこにいるよ……ったく。

  ってか予想も何も、全部お前が仕組んだってことじゃねぇか」

 

 

 「……解っていることとはいえ、ホント疲れる人ですよね、舞人さんって。

  もうどうでもいいですけどね、参加できるなら」

 

 

 「ち、そういう面白いことを独り占めするなんてな。

  俺にも一枚噛ませればバラさなくて済んだだろうに、バカだなぁ」

 

 

 「ま、俺はなるように任せるんでどうでもいいっすよ。

  元々賛成派だし、今更舞人さんに文句言ってもダルいし」

 

 

 「貴様ら。この俺のパーフェクトにしてパラダイスな

  ハーモニズムなる計画は順調なのだぞ? グチグチ言ってんじゃない。

  貴様らはこの俺を映えさせる黒子、しっかり動いてくれたまえ」

 

 

 

舞人の尊大な態度。ボーカル担当らしいからあながち嘘でもない。

ボーカルだけが格好良いという訳ではないが。

と、そこで全員の注目を集めさせるためか祐一がパンパン、と手を叩く。

自然と他の四人が彼へと視線を向け、祐一は口を開く。

 

 

 

 「は〜〜。舞人の言葉に乗るのも癪だが。ほんと〜に癪だが!

  もう諦めた。もう慣れた。ここまで来た以上、絶対に成功させるぞ。

  ――――青龍からの強制命令、ってな? 異論はあるか、神器諸君?」

 

 

 

その言葉を皮切りに、それぞれが祐一へと一つ笑みを零す。

培った絆と連帯感、そしてあの特訓の日々を思えば大したことじゃない。

仲が良いのか悪いのか……。とにかく、一弥のセリフではないが、

参加できることを知った彼らの顔は既にその気であった。

 

 

 


 

 

 

――――丁度その頃、会場では大会及びセレモニーの準備がされていた。

 

 

会場整備、リングの設置はもちろんのこと、

もしものときのために警備に関する打ち合わせも行われている。

今までにも3校全てで大会時に帰還者による襲撃を受けているのだ。

自然と警備にも力が入る、筈、なのだが……。

 

 

着々と準備されていく会場を見やって、冬実が誇るG.A、

【氷帝の双魔】の片割れ――秋子が苦笑を浮かべている。

そんな彼女に応じたのは、同じくG.Aが一人、字を【戦乙女】――白河さやか。

 

秋子は七星学園の理事……つまり堂々と準備側の人間として振舞えるため

設営スタッフ陣の中に加わっていても何の違和感もなく、

またさやかにしてみても、彼女は既にG.Aとしての己を晒している。

会場にはまだ生徒達の姿もないから、騒ぎにならない以上この場にいてもおかしくはない。

尤も、他のG.A達が混じっている訳にもいかないのだが。

 

 

 

 「――――何事もなければこの大会だってお祭りみたいなものですしね。

  そう思いません? さやかちゃん」

 

 

 「そうですよね。こうして準備したのが無駄になるのが一番、なんて」

 

 

 

結局の所、それが本音。

何事も無ければそれでいい。どれだけ苦労しても、何事も無いのなら。

誰もが楽しんで、誰もが一喜一憂して、誰もが精一杯を味わえるのなら。

 

 

 

 「あ、そういえば。この間も言ってましたけど、

  純一くん達ってチーム一緒なんですよね?」

 

 

 「ええ、そうですよ。舞人さんがチームの名前申請してましたね。

  相変わらずあの子達らしいな、なんて思いましたけど……それがどうかしましたか?」

 

 

 「いえいえ。ちょっと気になったんです。率直に言いますけど、

  絶対何か企んでるはずですよね? 浩平くんとか、舞人くんとかが」

 

 

 

秋子の言葉に差し挟みたいことがなくもなかったが、彼女は何も言わないと見た。

無駄なことはせずそれは横に置いて。己の疑問を訊ねる。

彼女がどことなく面白がっている様に見えたのなら、それは錯覚ではない。

 

 

 

 「あらあら。酷い言われ様ね?」

 

 

 「あはは、そうかもしれません。でも、訊いちゃいますよ〜。

  あの二人が何もしないなんて、トラブルメイカーズの名前が廃るってものですよね?

  一応念入りにプログラムを確認したつもりですけど、

  生憎何も書いてない。でも、だからこそ逆に何かありそうな気がするんです」

 

 

 

くすくすと声を漏らし、秋子が問う。

 

 

 

 「いい読みですね? 流石はさやかちゃん。それで、何が聞きたいんですか?」

 

 

 「それは勿論。純一くんたちが何を企んでるか、に決まってますよ。

  当然、秋子さんなら知ってますよね?」

 

 

 「ふふ。“ええ、勿論”と答えておきましょうか。それはですね――」

 

 

 

勿体ぶる必要は無いのだが、秋子は茶目っ気交じりに一泊を置く。

自分の人差し指を唇に軽く当てて、

 

 

 

 「――内緒、です」

 

 

 

告げた回答は、秘密との言葉。

二児の母親でありながら、そんな仕草が嫌味に映らない。

さやかからすれば実に羨ましい。将来自分もそうなりたい、等と思う。

 

 

 

 「ごめんなさいね。でも、こういうことは秘密だからこそ楽しいものなんですよ?」

 

 

 「そうかもしれませんね〜。何かある、って解っただけマシですか?」

 

 

 「そういうことです」

 

 

 

と言って、秋子は作業に戻る。

その顔には紛れも無く楽しそうな笑みが浮かぶ。

その笑みこそ、大会が与えるべき本当の姿。

 

 

 


 

 

 

――――ちなみにその頃、また別の場所では。

 

 

 

 「うう、舞人さん。何を考えているんですか?

  プログラムには何も書いてなかったですけど、その分余計に不安な気が……。

  取り越し苦労だといいんですけど、舞人さんのことだから

  絶対何かあるんでしょうし。はうわう〜〜……。

  うう、仮にも学園に携わる者として不安が消えてくれません〜〜」

 

 

 

と、うなり続ける某エスペランサ兼教師の姿があったりもした。

 

――――さて、更に別の場所。

 

 

 

 「どうかなさいましたか、朋也さん」

 

 

 「ん……。ああ、ちょっとな」

 

 

 

特別観客席に座り、会場設営を眺めている朋也達光坂高校の生徒。

他の学園生徒達はまだホテルで待機中。

物珍しそうに周りを見ている他の皆と違い、朋也だけは一人沈黙を守っていた。

それがふと気になった有紀寧が問う。

 

 

 

 「昨日はお部屋に戻ってこなかったみたいですし、調子悪いんですか?」

 

 

 「朋也君、少しだけお酒のにおいがするの。悪い子?」

 

 

 

少し……ではなくかなり飲んだのだが、

夏子&秋子印の酔い覚ましのお陰で二日酔いすらしていない。

何者だ、貴女方は?(決して『あんた達は』などと言えない)

 

 

 

 「待てことみ。お前は流石にしない……とは思うが。

  今時少しくらい誰でも飲むからな。俺が部屋に戻らなかったのは

  春原と同じ空気を吸いたくなかっただけさ、分かるだろ?」

 

 

 

一斉にコクコクと頷く周囲の少女達。

ちなみに鷹文は皆の分の飲み物や何やらを調達しに行っている。

いじめでも何でもなく、ジャンケンで負けただけだ。

第一いじめならば春原が消えている。

 

 

 

 「ねぇ、なんでそこで皆して頷くのかな? 

  岡崎なんてしょっちゅう僕の部屋に来るじゃん? 

  明らかに言ってること矛盾してるよ? 

  ねぇねぇ、僕言ってること間違ってないよ。

  絶対に岡崎が酷いこと言ってるって判ってるよね、皆っ」

 

 

 「人徳の差に決まっているだろう。

  春原と朋也、どちらを取るかなぞ聞くまでもない」

 

 

 「朋也さんはお優しい方ですから」

 

 

 「智代はともかく、有紀寧ちゃんまでっ……岡崎っ! お前は男の敵だっ!!」

 

 

 

ズビシッと朋也に指をさし、怒りを露にする春原。

朋也はまったく意に介さない。

 

 

 

 「俺ホモじゃないからな。男にもてたくないし、敵で構わない」

 

 

 

再びコクコクと頷く少女達。

全員が全員、朋也の味方らしい。

この場において確実に中立であろう椋でさえそうなのだから、

見事に春原という男の人望の無さが反映されている。

 

 

 

 「なんでさ……なんで岡崎ばっかり」

 

 

 「不思議でも何でもないぞ? これが主人公と脇役の差だ。

  てかお前うざい、少し黙ってろ」

 

 

 

三度コクコクと頷く少女達。

いくら春原とてもう何も言えなかった。

確かに朋也の言葉は毒つき過ぎていたが、本人からすれば

考え事している最中に茶々を入れる方が悪い、と思っている。

だからこの程度は当然だ、と朋也は考えた。

 

 

 

――――最初に声を掛けたのは有紀寧なのだが、そんな些細なことは忘れたらしい。

 

 

 

朋也は中断された思考に再び没頭する。

少女達はそれぞれ雑談をしているようだし、邪魔をされることもないだろう。

 

 

話は昨晩の宴に遡る――――。

 

 

 

 「……しっかし、よく飲むよな皆して」

 

 

 「朋也ク〜ン! 飲んでるか〜い!」

 

 

 「うぜぇ、酒くせぇ、抱きつくな」

 

 

 

からみ酒状態で朋也の肩に腕を回す勝平。

意識を保っているのがやっとといった具合でありながら、呂律はしっかり回っている。

朋也は元々普段から直幸の晩酌相手をしているので、未成年でありながら酒には強い。

結構な量を飲んでいるのだが、意識はしっかりしているしペース配分も問題ない。

明日の開会式に酔いを残すような真似はしないだろう。

 

見たところ完全に酔っ払っているのは勝平やさやか。

蒼司はさやかの相手をしているようで……つくづく恋人冥利に尽きる。

朋也の一歳下である啓一は流石に一滴も飲んでいないようだが、

それ以外の大人組はペースが速いながらもほろ酔い気味。

G.A……実はかなりの酒豪が揃っているらしい。

 

特に恐ろしい速度でボトルを空けていくのは、自ら酒豪と認める桜井舞子と相沢夏子。

二人で勝手に消費量を増やし、そして一向に終わる気配がない。

これに普段からつき合わされている舞人は悲惨というかなんというか。

少なくともあの兄妹が酒に弱い、ということは有り得まい。

舞人はともかく、桜香が将来舞子のような飲んだくれにならなければよいが……。

 

 

 

 「うおぉぉぉぉぉっ! 早苗〜!

  あ・いしてるぞぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」

 

 

 「すぅ、すぅ……わたしも……すぅ、ですよ……」

 

 

 

酒が入っているからか、いつもと変わりなく絶叫する秋生。

……一部表現に違和感を覚えなくもないが、気にしないことにしよう。

 

早苗は既に寝こけている。彼女はこの場にいる人間の中では比較的弱い部類に入るらしい。

自身も多少は呑んでいたらしいが、何よりこの場の酒気にやられてしまったようだ。

朋也の予想以上に早い段階でダウン。

 

賢悟と零は二人仲良く酌を交し合う。元々彼らは兄弟のように育ってきた幼馴染。

彼らの在り方は祐一と一弥にとっての在り方と似ている。

あえてそこに混じるような無粋は彼とて侵さない。

 

皆が揃って笑顔で酒を飲む光景を、眺める。

ごく普通で、何の打算も無くて。

だからこそ、さしもの朋也とて微笑まずにはいられなかった。

 

 

 

 「朋也クン、さぁ呑もうか」

 

 

 「しつこいぞてめぇ。離れろって言ってんだ――――って、秋子さん?」

 

 

 

だるそうに勝平を引き剥がし、強引に黙らせる朋也。

そんな彼に差し出された一杯のグラス。目をやった先には秋子の姿。

彼女が持つそのグラスの中には琥珀色の液体が入っている。

 

 

 

 「どうぞ」

 

 

 「……どもっす」

 

 

 

受け取った朋也は躊躇うことなくグラスを傾ける。

液体を舌で転がし、喉で味わう。軽い刺激に頭をやられないように。

 

 

 

 「お口に会いましたか? 朋也さん」

 

 

 「あ、わざわざすいません。美味しかったです」

 

 

 「謝る必要なんてありませんよ。お酒は美味しく飲むのが一番ですから」

 

 

 「いや、まぁ……なんとなく」

 

 

 

頭をかく朋也に微笑む秋子。嫌味の無い、そんな笑顔。

一人の男性の妻であり、二児の娘の母親だからこそか。

そんな彼女が口を開く。

 

 

 

 「朋也さん」

 

 

 

声色は、どことなく真剣で。

 

 

 

 「何すか?」

 

 

 

だからこそ、言いたいことが予想ついて。

 

 

 

 「…………真面目なお話です、聞いて頂けますか?」

 

 

 

秋子は朋也を見定め、逸らすことなく彼を視野に入れる。

言葉ではそう言っていても、『No』と言えない迫力。

説得という行為において、G.Aの中で彼女ほど適任な人物はいない。

無理強いすることはないけれど、抗うのも難しい空気。

 

 

 

 「こんなこと言うのはアレっすけど、どうせ断れるような話じゃないんでしょ?

  俺なんかに聴かせるような話があるんなら……言って下さい」

 

 

 

覚悟はしていたのかもしれない。

していたからこそ、ここに来たのかもしれない。

自分でもそれは解らなくて。別に判る必要なんてなくて。

 

 

 

 「では、率直に言いますね?」

 

 

 

 

秋子の言葉が引き金となって、瞬間、音が止む。

空気の波紋が一瞬だけ羽を休めたかのように。

この場にいた全ての人が彼を見て。

この場にいた全ての人の言葉を、秋子が代弁する。

 

 

 

 「朋也さん。DDEとして、G.Aとして、貴方の力が、貴方の存在が必要です。

  ……もう一度、戻って来てくれませんか?」

 

 

 

私達の、仲間として。

 

 

――――そんな、夜の一幕。

 

 

 


 

 

 

 「――――使徒、か」

 

 

 

俯く朋也が呟いた単語、それは紛れも無く【永遠の使徒】を指し示していた。

新たなる強大な敵、賢者と神器達を出し抜く実力を持つ存在。

その存在を朋也は知らされた。決して人類側が有利でない事実を。

 

 

 

 「朋也兄ちゃん、なんか言った?」

 

 

 「へっ? 鷹文? 戻ってきてたのか?」

 

 

 「何言ってるのさ。とっくに戻ってきてるよ。

  さっきコーラ受け取ったくせに、もう」

 

 

 

見ると確かに朋也はコーラをその手に持っていた。

思考が完全に肉体から離れてしまっていたらしく、

鷹文が戻ってきたことにさえ気が付かなかったようだ。

 

 

 

 「悪い、少し眠くてな。昨日部屋で寝なかったのが効いたらしい」

 

 

 「気持ちは判るよ? だけどさ兄ちゃん。僕を一人にするのは酷くない?」

 

 

 

光坂から来ている男子は朋也と鷹文と春原。

昨日は朋也が部屋に残っていなかったため、鷹文は春原と二人きりだったわけだ。

その苦労は朋也にもよく判る。何故なら彼の寮室にちょくちょく顔を出しているから。

 

 

 

 「……すまん、今日は何とかするからな」

 

 

 

我慢するではなく、『何とかする』と答えた以上、本気で『どうにかする』気とみた。

その詳しい内容までは知らない。

 

 

 

 「うん、そうしてよ兄ちゃん。でないと僕泣くよ?―――本気でお願い」

 

 

 「ああ、任せとけ。今になってようやく相当酷いことしたなって自覚してきたから」

 

 

 

後ろの方で春原が何やら抗議をしているようだが、朋也と鷹文の耳には入ってこない。

聞こえていないわけではなく、意図的に聞き流しているのだ。

哀れなり、春原。





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