Eternal Snow

117/武術大会 〜前夜 その5〜

 

 

 

以前に誰かが言っていたが、武術大会中の生徒達は全員がこのホテルに滞在する。

部屋割りは基本的にチームメンバーのみの構成とし、赤の他人が部屋に入ることはまずない。

確かに他の部屋へ遊びに行く行かない、という場合はあるのだが。

それはともかく、折角なので彼らの部屋にカメラ(?)を向けてみよう。

大会唯一の混成学園チームであり、実の所大会中正真正銘最強と評せるチーム。

祐一、一弥、浩平、純一、舞人の五人。

さてそんな彼ら。滞在用の荷物を運び込んでいるようなのだが、

どこか辟易しているのは何故だろうか?

 

 

 

 「着いていきなり騒ぎに巻き込まれるとはなぁ。

  言いたかないが流石トラブルメイカーズ、なのか?」

 

 

 「虚しくなること言うなよ、馬鹿」

 

 

 

しみじみのたまう浩平に、祐一は仕方なくと言いたげに一言を告げる。

本音を言うと自覚があるのだ。悲しいことに。

 

 

 

 「でも今回は……僕らとは関係無いと思うんですけど」

 

 

 

一言抜けている。今回に『限って』という単語が。

しかし真実を語ろう。彼らの関係者が事態を引き起こした、と。

つまり赤の他人でない以上、充分関係はある。

本人達はその点に気付いていない。いや気付きたくないのか。

 

 

 

 「そりゃそうだ。誰がどう見ても秋生さんの所為だろ。

  無駄に力があるから簡単にいかないのがきっついトコだけどな。

  結局秋生さん個人に関しては朋也さんに任せっきりにしちまったし」

 

 

 「朋也先輩に限って後手に回るってことは無いと思いますけど。

  ま、ともあれ巻き込まれたって意味では俺達も被害者っすよ、多分」

 

 

 「結果的に無意味な被害拡大にならなかった分俺らの功績はでかい。

  うんきっと。そうだと思わないと救われなくね、俺ら?」

 

 

 

視線が語った。「それ以上は言うな、舞人」と。

微妙に切ない気持ちになりつつ、これ以上続けると鬱になる、と皆は思う。

何かした訳でもないのに問題が起こった。

自分達の経歴を知る長官達からすれば「やはりな……」で片付けられてしまう。

それが非常に心外だ。心外どころか不満だ。考え過ぎると凹む。

この話題はここで打ち切ろう、と誰からともなく意見が一致。

 

 

 

 「――――さて、と。これから一週間、お前らと一緒か」

 

 

 

空気を変える一言は祐一から。

 

 

 

 「洗濯物とかはそのままホテルの方にお任せするみたいですし問題ないですね。

  人数が人数だけに、担当の方々は相当大変そうですけど……」

 

 

 「それが仕事なんだから俺らが気を揉んでも仕方ないって。

  飯も食堂で食えばいいし、生活状態はまぁいいんじゃね?」

 

 

 「男五人揃ってたるいことは事実だが、文句言っても意味ないしなぁ。

  仮に食堂が使えなくても、この面子で飯に困るこたーないだろ?

  料理に必須な水と火にゃ事欠かないわけだし」

 

 

 「それは事実ですけどね……って完全に話がずれてますって。

  でも、ま。俺達くらいでしょうね。大会の話をしてない学生なんて」

 

 

 

余裕と言うか何と言うか。

そもそも元素能力を家事に応用するという感性は如何なものか。

一種の図太さを感じつつ、だからこそ神器に選ばれたのだという気もしつつ。

 

 

 

 「何を言う純一。そんな重要なことを俺が見逃すとでも?

  今から話すに決まってるだろう。貴様はまさか忘れたとでも抜かす気か?

  俺達は明日! 己の全てをもって! 華のオープニングセレモニーで!

  観客の度肝を抜かすという使命を! 仰せつかっていることをぉぉぉぉ!」

 

 

 

一人立ち上がり熱弁を振るう舞人。

両手を動かして『盛り上げろ!』と合図する。

 

 

 

 「忘れてるわけないだろ舞人! 俺はこの大会、それだけを楽しみにしてんだ。

  全力で協力するぜっ、俺達五人で連中の視線を独占しようじゃないか!」

 

 

 「流石は我が朋友。お前が力を貸してくれれば百人力よ」

 

 

 「……ま、面白そうなのは認めるんで、俺も楽しませてもらうっすよ」

 

 

 

浩平、舞人、純一ががっちりと手を合わせる。

 

 

 

 「む、どうしたお前達。俺達の団結を実感しようではないか」

 

 

 

盛り上がる舞人達とは対照的に祐一と一弥の視線は冷ややかである。特に祐一。

 

 

 

 「何故にお前らはそんなにテンションが高いんだ?」

 

 

 「やる気だけは買いますけどね」

 

 

 

努力はしたが、どうせやるなら完璧なものがやりたい。

練習時間が圧倒的に少なかったから、祐一達は何となく懐疑的に発言した。

やる気が無いとは言わないが……自信満々で居るにもイマイチ……なのである。

自分のテンションがあまり高くない分、彼らの気合がどうにも。

 

とはいえ浩平達からしても、二人の言いたいことは分かる。

程よく熱を上げた浩平、舞人、純一に対して祐一と一弥が熱を冷まさせる。

その役割が確固たるものとして存在し、それが上手く働いているからこそ

彼らはバランスを取れているのだから。

忠実にいつもの立場が成立しただけであり、責めるつもりは更々無いと強調する。

しかし、五人でやる以上、この二人が欠けるのは実に痛い。

 

 

 

 「あのなぁ、二人して何言ってんだよ。今更文句言うなって」

 

 

 「だから、別にやりたくないなんて言ってないだろ?

  昼間も言ったが、ここで却下なんてなったら俺が泣くっつの。

  それはともかく、文句も何も、聞かなかったのは何処の誰だ?

  この際だからきっちり不満は吐き出しておかないと落ち着かないだろうが。

  文句言わずに愚痴聞け。提案者ならソレ位の懐は見せろって」

 

 

 

はぁ、と軽く溜息をついて祐一は浩平や舞人を見る。

役割をきっちり果たす故に、あえて空気を読まない。

一弥もあえて悪役?の立場に甘んじるため、祐一の後に続く。

 

 

 

 「それこそ今更ですけど、成功する保証なんてないですよね? 

  熟練度が少ないから余計ですよ。確かに聴ける程度に頑張ったのは間違いないですし

  やる気がない、なんて言いませんけど……皆さんのその自信、何処から出てくるんです?」

 

 

 

その発言は実に冷静であり、ある意味でそれもまた事実。

 

 

 

 「何言ってんだよ、一弥?」

 

 

 「は?」

 

 

 

一弥の言葉に、珍しいものを見るかのような表情で純一が言った。

『改まって何を言うかと思えば、またくだらないことを』とでも言いたそうに。

『だからお前らは馬鹿なんだよ』と浩平や舞人の目も語る。

 

 

 

 「俺達が皆で何かをやって、今まで失敗したことなんてないだろ?」

 

 

 

タメ口口調で、純一は何事も無いかのようにあっけらかんと告げた。

思わず一弥があんぐりと口を開いたのも無理はない。

その言葉が、あまりにも馬鹿馬鹿しいと、あまりにも滑稽だと判るから。

なのに、そう。

 

 

 

――――何故だろう、その明快過ぎる答えに満たされた気がするのは。

 

 

 

 「それ以上の保証がどこにあるってんだよ、馬鹿兄弟?」

 

 

 「お前ら二人は大事なことを忘れているらしいな。仕方がないので教えてやろう。

  俺達が五人で何かをして、苦労こそあれしくじったことがあったか?

  いや、あったかもしれないが……それが原因で今此処に誰か居ないのか?」

 

 

 

死と隣り合わせと言っても過言ではない世界。

血の臭いが手にこびり付くような空気に浸かる日々。

そんな世界にいて、100%死なないという保証がある筈がない。

実際、DDは就職率が高い分、殉職率も決して低いとは言えないのだ。

 

――――なのに、彼らは生きている。五人が揃って神器とまで呼ばれている。

 

 

 

 「あ……」

 

 

 

彼ら五人は神器と呼ばれるようになる前、トラブルメイカーズと呼ばれていた。

任務を行うたびに何かしらの問題を起こし続けてきたが故の名前。

本来ならば不名誉でしかない。

 

事実モノトーン・クルセイダーズに比べれば圧倒的に評価が低かった。

宝珠を捜すために向かった遺跡を半壊させたり、

帰還者を一体倒すだけの任務が帰還者の群体と戦うハメになったり、他にもetc……etc。

彼らが五人揃って平穏無事に任務が済んだことはほとんど無い。

だが、何故か任務を『失敗することもほとんど無い』。

トラブルメイカーズの任務達成率を『ほぼ100%』と表現してもミスではない。

この記録はDDの任務報告書が物語っている事実であり、

このような偉業はモノトーン・クルセイダーズすら達成していない。

『予想外の問題を引き起こすが、何故か任務を失敗しない』

それがトラブルメイカーズに下されたもう一つの評価。

 

 

 

といいつつ、あまりにも不確定なので評価が低いことに変わりはないのだが。

 

 

 

 「だからいいだろ祐一。どうせ俺達は本気じゃ戦えないんだぜ?

  大会を楽しむわけにはいかねぇんだからさ。

  少しくらいミスろうが、立場上別方向で楽しんだって文句は言われないって」

 

 

 「ったく、そりゃまぁそうだけどな」

 

 

 「逆に問うぞ。あれだけ苦労して今更止めるなどという

  阿呆らしい結論に至る気か? 貴様」

 

 

 「眠い目擦って休憩も取らずにひたすら練習し続けたあの夜を忘れたのかよ?」

 

 

 「……あのなぁ、そもそも休憩を認めなかったのはお前だろうが」

 

 

 

そこで祐一は隣の一弥に目をやる。

『抵抗するのも無駄だったな』と結論づいたらしい。

当の一弥も『判ってたことですけどね』と苦笑する。

 

 

 

 「好きにしろ……その代わり、バンドやる分他の面倒事は起こすなよ?」

 

 

 『よっしゃー!』

 

 

 

舞人と浩平がパチンと手を合わせる。

 

 

 

 「何もなければ、いいんですけどねぇ……」

 

 

 

重い、言葉だった。

 

 

 


 

 

 

 「……勝平」

 

 

 「やは♪ どうしたんだい、こんなトコで?」

 

 

 

その頃朋也は、ホテルの屋上傍にある休憩所に一人佇み、缶コーヒーを飲んでいた。

勝平が何故いるか、というのは愚問だ。彼は『白十字』の名を持つG.A。

この大会に呼ばれるのはおかしいことではない。

 

 

 

 「運の悪いことに俺の部屋にはあのバカがいるからな。

  アイツと同じ部屋に一週間……激最悪だ」

 

 

 「……と言われてもね。僕はその人がどんな人かちっとも知らないからなぁ」

 

 

 

春原と勝平に面識はない。

ゾリオン大会で開始僅か3秒後にやられた男のことなぞ、彼が知るはずもない。

 

 

 

 「ヘタレだ。それ以外にヤツの呼び名はない」

 

 

 「朋也クンの口が悪いことはよぉーく知ってるけど、言いすぎってことは」

 

 

 「あ?」

 

 

 「ないんだね、ごめんなさい」

 

 

 

朋也のドスのきいた声と、そのマジな目つきに降参する勝平。

まぁどちらにしろ事実なのだから気にすることはない。

 

 

 

 「で、何しに来た。お前」

 

 

 「嫌だな〜。一昨日仕事で出かけるって言ったじゃない」

 

 

 「んなことは知ってる。俺が聞いてるのは、何で今俺の所に来たかってことだ」

 

 

 「親友に会いにきちゃいけないなんて……神様、朋也クンはボクの知らないうちに

  悪い人になってしまいました、どうかお見捨てにならないでください」

 

 

 

そう言って十字をきる勝平。

 

 

 

 「……お前、無神論者じゃなかったっけ?」

 

 

 「今この場では意味の無い問いかけだよ。

  第一、【白十字】なんだからそれくらいしても大丈夫さ」

 

 

 

しれっと言う勝平、朋也も人の事は言えない。

ふぅ、と嘆息して口を開く。

 

 

 

 「で。用事は?」

 

 

 「はぁ……まったく、君をリラックスさせようと思ったのに。

  全部お見通しなんだもんなぁ」

 

 

 

朋也の洞察力の鋭さに溜息を吐き、残念そうに呟く勝平。

朋也は無言で続きを促す。

 

 

 

 「皆が会いたいって。今回の大会は僕達の同窓会でもあるしね。

  顔だけでも……出してくれないかな?」

 

 

 

皆というのは、他のG.A達のことだろう。

この大会にG.Aが揃うのは先述の通り承知の上だ。

 

 

 

 「判ってるだろ? お前が、一番」

 

 

 

――――俺が言いたい事を、知ってくれてるだろ?

 

 

 

甘えている。岡崎朋也は甘えている。

甘えているからこそ、逃げたんだ……俺は。

だから、どの面を下げて顔を見せればいいのか判らない。

謝るつもりはあっても、そんな資格があるなんて思えない。

 

 

 

 「俺はDDEじゃない。折角来てくれたのに悪いが、断る」

 

 

 「本気で?」

 

 

 

残念そうに。それでいて弟を見つめる兄のように、彼は呟く。

 

 

 

 「俺は、もう……【黒十字】じゃ、ない」

 

 

 

名の存在が消えた訳ではないと気付いているのかいないのか。

彼からすればどちらであっても変わらないのかもしれない。

 

 

 

 「そんなこと言って。気持ちが理解出来ない訳じゃないけどね。

  立場はともかく、祐一クン達には会えたんでしょ?

  だったら他の皆にも出来ないってことないよね?」

 

 

 「理屈だろ? 感情がついてこねぇよ。第一、俺が良くても」

 

 

 

『他が、許さない』……その言葉は口に出さなくても伝わる。

察しろと贅沢を述べて、彼に頼る。

壊れかけた自分は、助けて欲しいと呟くことのない弱者か。

 

だが。真実の処、それは――――。

 

 

 

 「所詮、青臭いプライドだよ」

 

 

 

例え如何なる理屈を盾にしようと。

例え如何なる感情を剣にしようと。

意味するところは結局、“矜持”以外の何物でもない。

 

 

 

 「……何?」

 

 

 「キミが気にしてる程周りは気にしてないってことさ。

  もっと言おうか? 岡崎朋也が落ち込む程の価値を彼らは見出していない。

  その悩みはキミだけのものであって、ボクを含めた他のG.Aにとっては関係ない。

  その重さを背負ってる朋也クンはいっそ憐れ……と思ってるんだよ、皆ね」

 

 

 

勝平は断じる。

朋也が見向きもしていなかったことを告げる。

朋也の行動がいっそ無駄だと、悪役を背負う。

 

 

 

 「おい。勝平」

 

 

 「何かな?」

 

 

 「俺を何て言おうが構わない。実際逃げた負け犬だしな。

  でも、俺が背負ったソレを侮辱するなよ。俺にはこう聴こえるぜ?

  犠牲になった“アイツ”を――そう……“風子”のことを忘れろってな。

  別に怒鳴るつもりはねぇけど、そこんとこどうよ?」

 

 

 

勝平がわざと挑発しているのは判ってるから、乗るつもりはない。

しかし、その真意だけは掴む。

 

 

 

 「忘れろじゃない。立ち向かえって言ってるんだよ、ボクは。

  逃げる勇気があるなら、その逆だってやろうと思えば出来る筈でしょ?

  まさかその意味が解らないなんて馬鹿なことは言わないよね?

  いい加減遊んでるセリフばかり吐くのも虫唾走るし、この際だから言っておく。

  もう、充分だろう? 逃げるのは、止めにしようよ。

  今の君を……柳也さんが見たらどう思う?」

 

 

 

自分達にとって、一番尊敬するべき人の名。

その名を持ち出して彼が動かない筈がない。

その名を告げられて自分を振り返ることが出来ないのなら、所詮其処までの男。

そう判断出来てしまうのなら、白十字の名を以って黒十字の名を剥奪する。

 

 

 

 「簡単なことだろう? やり方が解らないとでも言うのかい?

  なら教えてあげる。今はとりあえず、皆の所へ行けばいいんだよ。

  過去を清算出来るとは言わない。だけど何もしないよりはマシだよね? 違う?」

 

 

 「こじつけに聞こえるな、俺には」

 

 

 「ふぅん。そっかそっか……そこまで腐った?」

 

 

 

侮蔑を隠さず、勝平が朋也を睨み――その当人が苦笑う。

 

 

 

 「どうせお前のことだ。ここで逃げるなんて選択したら

  預かってるジャムかなんか喰わせて拉致るか、殴り飛ばした挙句

  病院送りとかそんな所だろう? 流石にどっちも勘弁だ」

 

 

 

問われた勝平は一瞬きょとんとした様子を浮かべた後、小さく笑った。

 

 

 

 「気付いてたの?」

 

 

 「勝平がそこまで脅し掛けて来るってことは、他に何かあるからだろ。

  そりゃ一応脅しだって嘘じゃねぇんだろうし、今の言葉は本心だろう?」

 

 

 

付き合いが長いから、裏の裏まで読まれていた。

まさかジャムを見抜かれるとまでは予想していなかったが。

そう、実を言うと『あんまり来てくれないようなら邪夢使うことも考慮するように』と

賢悟や零に仰せつかっていたのである。あくまで最終手段としてだが。

その時の会話を抜粋。

 

 

 

 『わざわざアレですか!? いくらなんでもやり過ぎなんじゃ……』

 

 

 『必要悪ってのは何処にでもある。毒が要るなら使う時だってあるさ。

  アイツの創った邪夢は、そういうことに使えるブツだからな』

 

 

 『変に重みありますね……仮にも奥さんのことでしょうに』

 

 

 『ハハハ面白いこと言うね勝平君。じゃ折角だから教えておこうか?

  僕と零兄さんは、あの二人の幼馴染だって時点で運命が決まっていたんだよ……』

 

 

 『おい賢悟。素で凹むようなこと言うなよ……』

 

 

 『す、すいません』

 

 

 『……お二人の結婚話はともかく。“毒を喰らわば皿まで”ってやつですか?』

 

 

 『想像にお任せするよ。とにかく絶対に朋也君を連れてきてね』

 

 

 

――――ということで。

 

 

 

 「まあね。物分りが悪い様なら結構本気で殴るつもりだったし、

  邪夢だって使わなくて済むならそれに越したことはないってね。

  で、結論だけど……来てくれるよね?」

 

 

 「逃げたっつっても、俺はまだ人生に絶望してる訳じゃないからな。

  精々恥を掻きに行くさ。それくらいしかやれそうなこと……ないしな」

 

 

 

重い、言葉だった。

 

 

 


 

 

 

豪華なホテルには必ずあるVIP室。

その豪華過ぎる部屋に、G.Aが集まっていた。

部屋の中央に置かれた酒樽、テーブルの上に置かれた無数の酒。

端的に言ってその酒は、この後の惨状を物語っているように思える。

 

 

 

 「計算通り、見事脅されて此処まで来ました。

  ちっとばかし苛々してなくはないですけど……恥掻きに来ました」

 

 

 「ごめんよ朋也君。君が嫌がるのは判ってたんだけど……。

  こんな機会でもないと顔合わせなんて出来なくて、ね」

 

 

 「だから素直に来てくれる様に説得しようと思って、君の所に行ったんだよ」

 

 

 

結果として自分の意志で此処まで来たのだから、怒るのは筋違いだとは思う。

賢悟がその感情の機微も解っていて低姿勢になってくれているから、

余計に自分自身がガキ臭く感じてしまう。

結局それが勝平の言った『青臭いプライド』なのかもしれない。

 

 

 

 「けっ、わざわざ来てみれば……なんで小僧と会わなきゃならねんだ」

 

 

 「秋生さん、そんな言い方は駄目ですよ。渚のお友達なんですから」

 

 

 「てめぇに渚は渡さねぇぞ! わかったか小僧!」

 

 

 「ちょっと待ちやがれオッサン! 誰がいつそんな話したよ!?」

 

 

 

【オッサン】もとい【アーザーディー】――古河秋生も朋也にちょっかいを出す。

その妻の早苗も同伴しているが、彼女はDDEではない。

この場に居る女性陣全員の友人である。

彼女はただの一般人であることに間違いないのだが、

女性陣の友人――噛み砕けば“知り合い”――というだけで充分一般人には思えない。

 

 

 

 「早苗、自分の旦那くらい大人しくさせろ。朋也、お前も五月蝿い。

  第一、一人でシケた面してんじゃないよ、飯やら酒不味くなんだろ?

  あたしは早く美味い酒が飲みたいんだよ」

 

 

 

グラスではなく、あえてお猪口を揺らす舞人の母――【ジェネラル】――桜井舞子。

 

 

 

 「舞子、少しくらい待ってもいいんじゃない? 折角の機会でしょ」

 

 

 「姉さん、まださやかちゃんが来てないみたいですけど?」

 

 

 「あ、大丈夫大丈夫。若先生と啓一君を一緒に連れてくるって言ってたわ」

 

 

 「そろそろ来るだろ。しっかし、やっぱ祐一達も呼んだ方がよかったかもな」

 

 

 「父親としてその発言はどうかと思うわよ、零? 

  これからお酒飲むってのに、明日の大会に響くじゃないの」

 

 

 

その発言にそこはかとなく母親の貫禄をみせる夏子だったが

実際発言を吟味してみると、飲酒することそのものは止めていない。

この場にもし祐一達が来ていたとしたら、絶対に注意しないこと請け合い。

そもそも神器がいないとは言っても、朋也に勝平、そして啓一の三人は

紛れもなく未成年であるのだから……(以下略

 

 

 

 「遅くなりました〜」

 

 

 「すいません、折角だからとおつまみを作っていたのでこんなタイミングに」

 

 

 「皆さん、お待たせしてどうもすいませんでした」

 

 

 

その時、扉を開けて入ってきた三人。

G.Aの一人――【戦乙女】――白河さやか。

数々の料理を運び込むのは、その恋人にして有数の機工術師、上代蒼司。

二人の弟子にして純一の兄弟子である、

同じくG.A――【暴君】――こと宇佐美 啓一。

 

 

 

 「おっ! これでようやく正真正銘、揃ったわけだな?

  ついでにつまみまで任せきりにして申し訳無いな」

 

 

 「いえ。こういうのは僕の得意分野ですから。

  先輩や啓君も手伝ってくれましたし、あまり人数が居ても

  船頭多くして船山上っちゃいますよ」

 

 

 

軽く零と蒼司が会話を交え、改めて零は満足そうに全員を見る。

率先してグラスに手を伸ばし、軽く目の高さまで持ち上げる。

それに倣うように他の皆もグラスを取るのだが……朋也だけが動かない。

見咎めた秋生が小さく舌を打ち、彼に声を掛ける。

 

 

 

 「シケた面すんな小僧。美味い酒が不味くなっちまうだろ。

  色々悩むなんて正直テメェにゃ似合わねぇが、今は気にすんな」

 

 

 「……オッサン」

 

 

 

珍しく良いことを言った秋生。

受けた朋也も不意打ち気味に感動してしまった。不覚。

 

 

 

 「はいはい朋也君、遠慮せずにグラス持って。

  じゃ零兄さん、僕が音頭取らせてもらいますね?」

 

 

 「おう」

 

 

 

賢悟が率先してグラスを掲げる。

 

 

 

 「今日、この日を祝して……乾杯!!」

 

 

 『乾杯!!』

 

 

 

打ち鳴らされたグラスの音が、今ひと時の宴の到来を告げる。

二年振りの邂逅を祝って。





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