Eternal Snow

116/武術大会 〜前夜 その4〜

 

 

 

 「何をやっているのだっ、桜井舞……人?」

 

 

 「ま……きし……ま……ヘルプ……ミー……」

 

 

 

ホテルの中に入った牧島がいの一番に見た光景。

それは、目を点にしてある光景を呆然と見つめる取り巻きと、

その『ある光景』――ボロボロに崩れていく舞人――であった。

 

 

 

 「何やってんの? さくっち」

 

 

 「うわっ、やばそうだな。舞人」

 

 

 「……何となく自業自得な気がするけどね? てか多分そうでしょ。桜井だし」

 

 

 「ひ、ひかり〜、それは言いすぎだよ〜」

 

 

 

即座に追いついたつばさ一行も同じ光景を目にした。

同情してくれたのは一応こだまだけである。

和人達は言葉もなく、呆然としていた。

流石に予想の範疇を越えていたのだろう……小学生では無理もないか。

 

 

 


 

 

 

 「何なの、あのヘタレ?」

 

 

 「杏。春原じゃねぇんだから」

 

 

 「僕だったらありえるんですかねぇっ!」

 

 

 

聞き捨てならん、と抗議する春原……はいつもの光景である。

フォローは何もない。その証拠に、椋が口を開く。

 

 

 

 「それはともかく、酷い怪我なさってますよあの人」

 

 

 

“それはともかく”で切って捨てられる春原の存在。

言った本人はどれだけ残酷な言葉を述べたのか解っていない。

朋也は若干とはいえ春原に同情しつつ、一言告げた。

 

 

 

 「藤林、やっぱお前杏の妹だな」

 

 

 「??? 朋也くん。それは当たり前なの。椋ちゃんは杏ちゃんの双子の妹、なの」

 

 

 

ことみは不思議そうに首を傾げた。

その瞳はこう語る……『何を言ってるの? 朋也くん』と。

 

 

 

 「いや、そういう意味じゃない」

 

 

 「彼女が相手では皮肉なんて通じない。考えなくても判るだろう」

 

 

 

それとも何か? お前は彼女を『黒く』したいのか? と小さく続ける智代。

ピンポイントな一言に、朋也の反応が一瞬詰まる。

 

 

 

 「黒いことみ? それはそれでアリかもしれない」

 

 

――――……う、流石にそれは拙い……。

 

 

 

建前と本音が逆に洩れた。

彼が自分の失言に気付いた時には既に手遅れ。

 

 

 

 「黒いって何ですか?……わかりませんっ」

 

 

 「黒い――色が黒いこと、または腹黒いということ。私、黒いの?」

 

 

 

純粋な二人のリアクション。しかしことみには泣きが入った。

悪いのは朋也だ、誰がどう見ても。……許せない。

 

 

 

 「へーそうなの、あんたってそういうのが好みだったの」

 

 

 「見損なったぞ朋也! お前にそんな趣味があったなんてっ!」

 

 

 「兄さんも昔言ってました。『腹黒い奴にはろくなのがいない』って」

 

 

 

他の少女達の視線が冷たい。

尤も発言した本人に責任があるので、フォロー等という甘やかしは必要ない。

 

 

 

 「私、黒くなるの……無理なの。朋也君に嫌われる、の?」

 

 

 

ことみが戸惑う。割と切実に。考えずとも彼女のキャラじゃない。

それはそうだろう彼女にとっては誰よりも信頼に足る幼馴染が朋也なのだ。

天涯孤独なことみにとって、朋也に万が一にでも嫌われたら目の前が真っ暗。

そこに至ってようやく朋也が口を開くチャンスを得た。

 

 

 

 「だ〜、もう! 違うってのっ! さっきのは本音と建前が……もといっ!

  間違い勘違い誤解冗談嘘八百っ!! 俺が一方的に間違えましたごめんなさいっ!」

 

 

 

唯一の弁解の機会だったが、朋也は素直に頭を下げた。

周りの冷たい視線に耐え切れなかった所為もある。

だがしかし一番効いたのは、半分呆れの入りかけた純一の視線。

ただでさえ過去の件で会わせる顔が無いのに、もっと評価を下げてどうする。

更に言えば――――。

 

 

 

 「……朋也君、本当?」

 

 

 「本当も本当マジに大マジ! 第一考えりゃ解る。

  ことみが黒くなったりしたらこれから先苦労するの俺だろ……気が滅入る」

 

 

 

ということである。否定しようがない将来図が容易に想像つく。

だが朋也はその点に気付きながら、その言葉の重みには一切気が回らない。

これこそが神器の先輩、G.A【黒十字】岡崎 朋也その人だ。

 

 

 

 「……へぇ」

 

 

 「ほぉ……」

 

 

 

竜虎、共に絶対零度発動。氷の能力を持ちうる訳でもなく、

純一のような水元素能力を所持する訳でもない。

けれどその僅かな言葉には間違いなく冷たいものが混じっていた。

感じる視線の冷たさもますます酷い。

 

 

 

 「ちょ、ちょっと待て二人して。俺が何か変なこと言ったか?」

 

 

 「朋也さん、それを私達に聞くのは駄目ですよ」

 

 

 

有紀寧が優しく諭す。その口調にどこか怒りを感じたのは気のせいじゃない。

 

 

 

 「あ、あの……お姉ちゃん達……。私のこと、忘れてませんか?」

 

 

 

椋が小さく呟いてようやく彼女のことを思い出す。

横道に逸れまくってしまったが、そもそも椋が発言したことが全ての起因だ。

彼女の発言を思い出し、朋也が率先して話題を変える。

例え強引過ぎると罵られようが、今この視線を浴びるよりはマシだ。

そして気のせいか、何とか見えたその少年の姿が自分の知る誰かにそっくりだ。

勘違いだそうに違いない何を言って挨拶すればいいのか決めてない。

 

 

 

――――まだ出てくるな舞人頼むから俺を先輩と思ってくれるなら〜〜〜!

 

 

 

自分に都合の良い誤魔化しをするため、改めて春原にちょっかいを出そう。

 

 

 

 「春原、お前アホな。何当たり前のこと言ってんだよ」

 

 

 「急に話戻してませんかねぇ!?」

 

 

 「知るか黙れ話に着いて来い諸々の事情だ逆らうな」

 

 

 「ひぃ!?」

 

 

 

無駄に凄んだので効果があったらしい。

涙を流しつつも、春原は逆らえない。

流石に気の毒になったのか、智代が言葉尻に乗っかってくれた。

 

 

 

 「(狸の化かしあいをしたい訳でもないがな。

   下手に続けてことみにアドバンテージを与える訳にもいくまい)

  ……許してやれ朋也。所詮は春原だ」

 

 

 

多少の計算を働かせた結果、朋也に従うことにした……というのが本音か。

とはいえ彼女が続いたおかげで、他の皆も不思議と倣う。

 

 

 

 「春原さん、元気出してください。生きていればきっと良いことがありますっ」

 

 

 「生きるのを諦めてはいけませんよ? 人生は長いといいますから。

  何かあったら私の所に来てくださいね。きっとご相談にのれると思います」

 

 

 「(智代の判断に従った方が良さそうだしね……)やーい、ヘタレ〜♪」

 

 

 「【けが】。不注意・不測の事態などのため、身体を傷つけること。

  また、その傷のこと。(2)過失。欠点。 (3)思いがけない事態。偶然のこと。

  ちなみに『怪我』という漢字は当て字なの。

  【ヘタレ】 造語。一般に『へたれる』の略語と言われるの。

  どうしようもない、情けない、などの罵倒の意味合いを持つの。

  前に朋也くんが、春原君専用の言葉だ、って教えてくれたの。

  ことみちゃん、また一つおりこうになって嬉しいの」

 

 

 「説明ご苦労様でしたことみさん、それにしても何があったらあんな目に……」

 

 

 

怒涛の連携、打てば響く。彼女達に悪気はほんっきで無い。

非常に気の毒そうな……沈痛な表情を浮かべる渚達。

但し、ことみだけは嬉しそうと注釈する。

先程の朋也の言葉があるからかもしれないが。

 

 

 

 「優しいな、渚は。どうやらあの女性達が手を出したようだぞ朋也」

 

 

 「間違いないと思います、あの方達随分息が上がってらっしゃいますから。

  兄さんのお友達もよくああいった顔で私の所に来ますし」

 

 

 

智代と有紀寧の二年生コンビが舞人の傍に佇む希望と小町に目をやる。

二人の言う通り、希望と小町の息は上がりまくっていた。さながら般若のように。

 

 

 

 「ちょっと待ってよ!! 皆して僕のことバカにし過ぎですよねっ!!

  誹謗中傷で訴えたら絶対勝てますよねっ!? 名誉毀損だよねっ!?」

 

 

 

言うまでもなく、誰も彼には取り合わない。

 

 

 

 「お願いだから話くらい聞いてよ……もしかして僕、存在無視されてない?」

 

 

 

………………自覚があるのと無いのとでは大きく変わる、以上。

そしてようやく朋也は腹を括った。

とはいえ間違いだったら嬉しいので、傍らの彼に確認しておこう。

これで万が一にでも間違いだったら万々歳だ。

 

 

 

 「おい、純一……あれって」

 

 

 「間違いなく、舞人さんっすね」

 

 

 

――――あ、やっぱりそっすか。無駄な期待でしたかすいません。

 

 

 

誰に謝っているか朋也自身も解っていないがご愛嬌。

周りに気付かれない程度の音量で朋也と純一が会話する。

確かに二人の目に映る倒れた男は、桜井舞人だった。

間違い勘違い見間違いだったらどれだけ有り難かったか。

 

 

 

 「あー。祐一さん達も揃ってるし」

 

 

 「はぁ!?」

 

 

 

何気ない一言に朋也が思わず声を漏らす。

舞人には気付いたがその二人には気付かなかった。

そんなに鈍っているのかよ俺!? 

と思わなくも無いが気を取り直して。

 

 

 

 「……祐一と一弥も? 何、いつの間にか学生やってたのかあいつら?」

 

 

 

がりがりと所なさげに自分の頭を掻く朋也。

先程の純一との再会は何とかなったものの、連続で来ることはないだろう。

いっそ腹括るしかないか……と覚悟を決めつつ、小さく呟く。

 

 

 

 「たく……支払う債務が山積みかよ」

 

 

 「ん? 何か言ったか、朋也?」

 

 

 「いや、なんでもないからな」

 

 

 

純一が祐一達を補足し、朋也も同じように三人を見つける。

この場に揃った6人の凄さを知る者は、本人達以外にはいない。

誰が知るだろう? 会場に集う全員を相手にしても、本気であるならば負けはしないと。

 

 

 

 「何と言うか……凄い光景ですよね」

 

 

 

舞人が一方的にやられている図を見ての、音夢の感想。

確かに凄い図であるのは間違いない。色々な意味で。

 

 

 

 「何言ってんだ。お前だったらあれくらいやるだろう」

 

 

 

完全に『他人事』スタイルを取った妹が気に食わないのか、

憮然とした声音で純一が矛先を向ける。

被害者の立場としては、同じ穴のムジナであることを解らせたい。

 

 

 

 「ふむ。それはなかなか興味深い話だな朝倉兄」

 

 

 「お前、今の今まで鷹文と話してなかったか?」

 

 

 

突如出現し会話に参加する杉並。毎度のことではあるが

その神出鬼没さは明らかに学生のレベルではない。

 

 

 

 「気にするな、それより話してくれ。

  朝倉妹はお前にどのくらいの頻度と程度で暴行を加えているのだ?」

 

 

 「気にするなと言われてもな……。

  鷹文のヤツ、あんなに疲れた顔してるじゃないか」

 

 

 「ふっ、瑣末事よ。さぁ、早く吐くのだ朝倉」

 

 

 

近くの空いていた椅子に腰掛ける鷹文の顔は優れない。何があったというのだろう?

 

 

 

 「杉並君っ! 人聞きの悪いことを言わないでください! 

  私は兄さんに暴行を加えてなんかいません! ……少ししか

 

 

 「そうかあれが音夢的には少しか。

  毎朝毎朝辞書やら百貨辞典やらで打撃を加えてくる奴がよく言うな。

  今朝も一撃貰ったような気がするんだがマイシスター?」

 

 

 「音夢……朝倉君にそんなことしてるんですか」

 

 

 

嫌味ったらしく義妹を見る純一の目には少なからず非難の意思が篭っていた。

ことりの視線もどことなく嫉妬の感情が混じっている。

 

 

 

 「そ、それは兄さんが起きないのが悪いんじゃないですかっ!」

 

 

 「だからって辞書はきついぞ? こっちの身がもたん。

  起こし方だって他にあるだろうに、まったく」

 

 

 

しみじみとひとりごちる純一に、同情の意を表す朋也。

 

 

 

 「……ここにも辞書使いがいたのか。

  そんな物騒なヤツ杏ぐらいだと思っていたのに」

 

 

 「あんたね〜、どういう意味よ」

 

 

 「どうもこうも、そのまんまに決まってるだろう」

 

 

 「朋也くん、可哀想なの」

 

 

 

等とくだらない会話をしている光坂及び風見サイド。

一方、観賞される側になっていた祐一達といえば――――。

 

 

 

 「さて、舞人が人の注意を引き付けてる隙に行くとするか」

 

 

 「そうですね。まぁ、この程度で済んでいるなら僥倖ですし」

 

 

 「下手に止めに行って、馬に蹴られるのは勘弁だからな」

 

 

 

舞人を生贄に捧げた張本人達が笑顔を浮かべる。

その程度でやられる筈がない、と判っているからの放置なのか

舞人一人が幸せで羨ましい、という妬みが原因による放置なのかは知らない。

 

 

 

 「お前ら! 助けてぇ!」

 

 

 

舞人の口から洩れる言葉は、半分位泣いていた。

泣く程ですか? と一弥は思いつつ、一応良心に基づいて訊ねた。

 

 

 

 「……兄さん、舞人さん何か言ってますけど」

 

 

 「浩平、一弥。聞くな忘れろむしろ聞こえないフリだ。

  ぶっちゃけ優しさなんていらない」

 

 

 「笑顔が素敵過ぎませんか? 兄さん」

 

 

 「何言ってるんだよ一弥〜。祐一の言う通りじゃないか。

  頼み方も知らんような奴を助ける義理なんてない!」

 

 

 

単にそれがムカツクのだ。

助けて欲しいならそれらしいことを言え、と。

 

 

 

 「ああ。何より心配ない。舞人ならきっと生還するさ」

 

 

 「鬼〜! 悪魔! 帰還者〜〜〜!」

 

 

 

口をついて飛び出たその言葉に一弥は僅かに汗を垂らす。

 

 

 

 (僕達に向かってその喩えもどうかと思いますが)

 

 

 

屠るべき対象に喩えられて嬉しい筈もない。

冗談だと解ってはいるのだが、余計に助ける気が無くなった。

一弥が見捨てた時点で、舞人の運命は決まっていたのだろう。

 

 

 

 「それじゃあ、部屋を見つけてくつろぐか!」

 

 

 「部屋割りは、えっと……五人部屋ですから――」

 

 

 

ロビーのホテル案内図を見やり、自分達の部屋を探すとしよう。

喚く舞人に後で何かと言われるのだろうが、それはまたその時に考えるとしよう。

 

 

 

 「無視しないで! 私は売られた子牛〜」

 

 

 

ドナドナを口ずさもうとしているだけまだまだ余裕らしい。

よし放っておこう。決定。

 

 

 

 『囀りなんて聞こえな〜い。なにもきこえな〜い』

 

 

 「……鬼ですね、お二人とも」

 

 

 

そう言いつつ放置を選択した一弥も充分鬼だ。

彼が首を振って嘆息したところに、丁度最後の一人――純一の姿が目に入った。

 

 

 

 「兄さん。あそこ、純一がいますよ……あれ、え?」

 

 

 

単に祐一に教えるつもりで喋っただけ。

それだけの筈が気付いてしまった。彼に。

 

 

 

 「ん? どした……お、確かに純一……って!?

  純一の横にいるのってまさ……か?」

 

 

 

嘘だろ? と小さく祐一が呟く。

居る訳がない人。居て欲しくても、居なくなってしまった人。

 

 

 

 「ああ、記憶が正しけりゃ、ありゃ朋也さんだな」

 

 

 「……浩平、何でお前そんな落ち着いてるんだ?」

 

 

 

親友の横に思いがけない人物を発見してしまい思わず動きが止まる祐一と一弥。

二人とは対照的に、浩平は事も無げに彼を見ているようだった。

が、真実の処、浩平も当然に驚いていたのだ。

祐一と一弥が混乱している分落ち着いているように見えるだけ。

 

 

 

――――それは、必要とされた邂逅。

 

――――運命は、容赦なく。

 

――――風は舞う。雷は轟く。炎は叫ぶ。

 

――――水は漂う。闇は蠢く。

 

――――そして幻想は……現実を凌駕する。

 

 

 

朋也は気負った風も無く、ごく自然に声をかける。

気負うことが無駄だと知ったから。簡単な勇気を振り絞る。

本当は相当凹んでいたり内心百面相状態だったりもする。

……当然三人にその機微が解る筈も無い。

 

 

 

 「よお、久しぶり。祐一、一弥、浩平。お前らと会うのも二年振りか? 

  その、まぁ、何だ。言いたいことは色々あるだろうけどさ。

  とりあえず……元気そうだな。会えて、良かった」

 

 

 

その記憶と変わらない態度と、横にいる純一の顔を見て祐一達の緊張が解ける。

肩肘を張る事は無い、そう告げるかのような彼の態度に。

過去は忘れられない、過去は、今に続いているから。

それでも、それでも……だ。

 

尊敬していたのだ。この人達に教えて貰ったことは、忘れない。

どうしようもなくなって、自分でも道が視えなかった時があった。

引き上げてくれたのは、彼らだった。

もし自分達の上に付いていたのが朋也と勝平でなかったら、『今』は無かった。

 

 

 

 「……はい。朋也さんもお久しぶりです。再会出来て、嬉しいです」

 

 

 「ご無沙汰しています朋也さん。またお会い出来て、本当に嬉しいです」

 

 

 「同じく。元気そうで何よりっす。でもどうしてここに?」

 

 

 「ああ。俺の後輩と純一の先輩が友達でな。

  その縁で大会見学に招待されたわけだ。

  保護者代わりの同行人ってトコだな。

  まさかお前らに会うなんざ思っちゃいなかったが」

 

 

 

『だから、実は結構緊張してるんだ』と態度で示す。

祐一達以外にはそれを悟らせず、後ろの少女達を指差す朋也。

 

 

 

 「ほう。それは何よりです。

  是非ともこのスーパーアイドルMAITOの活躍をその目に焼き付けてください。

  という訳で。どうもお久し振りです、朋也さん」

 

 

 「いつの間に復活したんですか? 舞人さん」

 

 

 

つい今の今まで倒れ伏していた舞人が復活したことに呆れる一弥。

その程度でひるむ舞人であっては、舞人の名がすたる。

 

 

 

 「ふっ、この私をなめるんじゃありません。

  日々傍若無人な鬼母とその親友たる女性に殴り蹴られ

  精神的苦痛を負わされ続けたこのハイパーボディには

  小娘どもの物理攻撃など通用するわけがありませんっ。

  第一、朋也さんがいるとなってはいつまでも寝てられないだろ?」

 

 

 

何気に切実な内容なのだが……冗談でないところがますます悲しい。

言葉に混ぜて再会を喜ぶ。祐一達には彼のそんなやり方が微笑ましく映る。

 

 

 

 「ぬうう〜、こうしてはいられん。俺も日々、だよもん星人や

  妖怪ななぴーとの戦いによって培ったこの小宇宙の力を見せつけて……」

 

 

 「期待してますよ、浩平さん」

 

 

 

合いの手を入れる純一の笑みは、己が傍観者であることを十二分に自覚している。

性質の悪いものであることは言うまでもない。

 

 

 

 「やめんか阿呆」

 

 

 「純一も囃したてるの止めてよ」

 

 

 「……ほんと相変わらずな。お前ら」

 

 

 

彼らのやり取りを見て、呆れつつも微笑む朋也。

二年前、まだ彼がDDに居た頃。

トラブルメイカーズとモノトーン・クルセイダーズと呼ばれていたあの頃。

浩平と舞人がバカをやって、純一がそれに便乗して、祐一と一弥が溜息をつく。

そんな五人を見ながら、勝平と共に笑う。

ほんの少し前まで当たり前だった。でも、当たり前が朋也には遠くて。

錯覚だと、思い込みだと、そうも思うけれど。

結局自分の不甲斐無さを痛感して。

朋也は今初めて、本当の意味でDDを抜けたことを後悔していた。

 

周囲の少女達は訳が解らないなりに、質問をしようと口を開く。

祐一がいるのなら、彼女達も当然にいる。

その中の佐祐理が一同を代表し、前に一歩出た。

 

 

 

 「あの、皆さんは」

 

 

 

どういったご関係なんですか? と続けるつもりだった。

祐一と一弥の知り合い? けれど会ったことは一度もない。

紹介されたこともないし、存在を示唆されたこともない。

悪い意味じゃないと知っていても、隠されていることがどこか不満で。

訊ねて拙いことではない筈だ。そう、幼馴染や弟に限って

何かあるなんてことは――――『うわあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁ!』――――……。

 

―――突如、悲鳴が上がる。それは、どこか不吉な声。

 

 

 

 「な?…………ちっ!」

 

 

 

朋也が舌を打った。衝動的に走る。

声に嫌な予感を感じた、そう思ったから。

 

 

 

 「朋也くんっ」

 

 

 

渚の静止の声も届かないまま、その声の方向に真っ直ぐ足を向ける。

後ろから響く足音は、考えなくても自分以外の皆のそれ。

 

叫びは駄目なのだ。恐怖は、“向こう”に繋がる。

何かが起こる前に、止める。例え自分がどうなろうと。

 

程なくして現場に着く。と言っても同じホテルのロビーだ。大して距離はない。

朋也は目にした。手に何かが入った袋を持ったまま意識を朦朧とさせている生徒の姿を。

それを介抱している生徒の姿を。

 

 

 

 「おい!? しっかりしろ!」

 

 

 

介抱する少年が声を掛ける。

最悪のパターンではないようだが、状況がまともとも言えないのはすぐに判った。

介抱されている少年の様子は、端から見ても宜しくない。

 

 

 

 「どうした! 何があった!?」

 

 

 「あ、そ、それが……さっきこいつ妙なオッサンからパンを買ったんです。

  そのパンを口にした途端こんな風に……」

 

 

 

パン。オッサン。……朋也は何となく理解した。

そういえばさっき妙なグラサンつけてうろついていた。

朦朧……いや、気絶している生徒が持っている袋の中身を見る。

答えるまでもないが、答えよう。そこには鮮やかな『虹色』の『パン』が存在した。

単に虹色ではなく、『オレンジ色』の『何か』が顔を覗かせる『パン』があった。

 

 

不思議と、笑顔を幻視した。女性の笑みだった。但しどことなく黒い。

 

 

恐怖した。ただ、怖かった。

ソレが何であるか、知っている。単体の威力がどれだけ大きいかも、知っている。

それが合わさればどれだけ威力が増すのかも、想像つく。

声が掠れる。

 

 

 

 「つ、ついにコレが世に出てしまったのか……」

 

 

 

禁断の兵器が流出してしまったような

――あながち間違いではない――口調で嘆く朋也。

祐一達五人も駆けつけた。

それぞれがかなり焦っている様子……あの叫びは只事ではない。

 

 

 

 「何があったんですか!? 朋也さんっ」

 

 

 

告げたくはないのだが、言うしかなかった。

ある意味で最も敵に回したくないモノだから。

 

 

 

 「まずいことになっちまった。最終兵器がこの近くでばらまかれている」

 

 

 

我ながら適切な例えだと朋也は思う。

こう表現する以外にどんな言葉が似合うだろう。

オッサン――秋生が如何なる理由でそんなことをしたのかは解らないが。

 

 

 

 『最終兵器?』

 

 

 

祐一達の声が疑問となって唱和する。

 

 

 

 「……覚悟して聞け。そいつの名前は、『レインボージャムブレッド』」

 

 

 『レインボー……ジャム…ブレッド……?』

 

 

 

その名から本能的に不安を感じ取った面々に緊張が走る。

レインボーの意味は解らなくても、その後の単語はよく知っている。

 

 

 

 「お前らは知らないだろうがな。単体でもあの『オレンジ色の悪夢』と

  同レベルの威力を持つ『レインボーパン』ってのがあるんだ。

  製作者は早苗さん……つまりオッサンの奥さんで、氷帝や将軍のダチ、古河早苗。

  ただでさえやばい、俺も喰ったことがある。アレは邪夢に匹敵する。嘘じゃない。

  どういう経緯か知らないが、実験的に『オレンジ色の悪夢』を加えることによって

  間違った方向にその威力を高めたシロモノが、レインボージャムブレッド。

  お前らなら判るよな?……まさに最終兵器だ」

 

 

 

知らない人間からすれば『阿呆かコイツ?』で終わりそうな会話だが、彼らは違う。

特に祐一と一弥はその恐ろしさを身をもって知っている。

以前の話だが、ジャムを巡って水瀬家のメンバーとポーカーで競ったことがある。

結果祐一と一弥は姦計に掛かり敗北したのだが、その時に対戦相手だった少女達は

ある不可思議なパンを食し、うなされるハメになった。

二人は何とか食べずに済んだのだが(その分邪夢は食べた)

少女達のあまりのうなされ具合に、この世にはまだ危険があるのだと実感した。

その後暫く、少女達は『パン』という単語を忌避していた程である。

朋也の言葉を聴いていて解った、あの時の出来事は、この話に繋がるのだと。

 

 

 

 「なっ……!? 洒落にならないじゃないっすかそれ!」

 

 

 「たりめぇだ。一刻も早くこの惨事を食い止めなきゃならない。

  俺はコレをばらまいている張本人、オッサン……古河秋生を探す。

  お前らは仲間を集めて手遅れになる前にパンを回収してくれ」

 

 

 「了解っ!」

 

 

 「事は一分一秒を争います! 皆さん! 急ぎましょう!」

 

 

 

今だけは全ての枷を取り払ってもいい、彼らはそう思っていた。

それだけ危険なのである、オレンジ色のジャムというヤツは。

DDには暗黙の了解とされている事柄が一つある。

『邪夢からは逃れられない』という戒律。

関わることは自らの首を締めること。

 

 

 

 『おう!』

 

 

 

けれど今の彼らにそんなことは関係が無かった。

せめて少しでも被害者を減らす、だから動く。

 

尚、この騒動が元で、いくらかの生徒が

大会を棄権することになってしまったことをここに記しておく。

ついでに、この騒動によって彼ら6人の関係を問いただすという行為は忘却に帰す。

全員が全員、それどころではなかったのだ。

 

 

 


 

 

 

 「いいんだいいんだ、どうせ僕なんて……あ、こんなトコにパンが落ちてるじゃん。

  ラッキー! やっぱり僕は幸運を呼ぶ男なんだね? 

  いつも杏とかには散々言われてるけど、神様はちゃんと判ってくれてるんだ。

  ちゃんとお礼言わないとね。神様、ノーサンキュー!!」

 

 

 

不幸な誰かが、居たという。





inserted by FC2 system