Eternal Snow

114/武術大会 〜前夜 その2〜

 

 

 

結果オーライとはよく言ったものだ、朋也はそう思った。

というかそう思うしかない、というのが本音かもしれない。

 

 

 

 「お久しぶりです〜、智代ちゃん」

 

 

 「ああ、萌も元気そうで何よりだ。誘ってくれてありがとう」

 

 

 「いえいえ〜、大したことじゃありませんから〜」

 

 

 

春原コンボが功を奏したのか、周囲の注目は完全に朋也達の方を向いた。

一種の大道芸みたいなものだったのだから当然といえば否定できる筈も無い。

運よく智代の友人がそれを見かけ、向こうから声を掛けてくれたわけである。

しかし、普通の感性ならば引く。

引かなかったということは……それだけその人物の器が大きいということになるだろう。

但しその人物というのは水越萌であるから、単に天然だったという理由も否定しない。

 

 

 

 「なぁ鷹文、あの子が智代のダチか?」

 

 

 「うん、そうだよ兄ちゃん。名前は水越萌、風見時代の姉ちゃんの一番の親友」

 

 

 

仲良さげに会話する二人の姿を眺めながら、朋也は鷹文に訊ねた。

どことなく朋也が呆れているのは気のせいではなさそうだ。

 

 

 

 「なんつーか、うん。あの子、雰囲気的に

  どー見ても智代の正反対って感じがするんだけど、どうよ?」

 

 

 「鋭いね〜。まー、僕もそう思うんだけど。

  不思議と相性がいいみたいなんだ。目立った喧嘩もしたことないらしいし」

 

 

 

そもそも智代が誰かと揉める図が想像できない朋也は、ただ首を傾げてみる。

智代が春原に厳しく当たるのはその一種かもしれないが、それは彼もやるので気にしない。

 

 

 

 「世の中って判らないなぁ……鷹文」

 

 

 「まね。悟ったこと言うのもアレだけどさ、僕もそう思うよ、兄ちゃん」

 

 

 

しみじみと分かり合う朋也と鷹文。

この共感の度合いは祐一と一弥のソレに似ているようにも思える。

実際問題、もし朋也と智代が結婚などということになれば

義理の兄弟という構図が完成するのだが。

同じことは祐一と佐祐理が結婚すれば成立するわけで。

佐祐理はきっとこう言うだろう……『どんと来いですよ〜♪』と。

その時良い目を見るのも悪い目を見るのも祐一だから構いやしない。

さて、それはそれとして。

 

 

 

 「眞子ちゃんも智代ちゃんに会いたがってましたよ」

 

 

 

少女――萌は、微笑みを浮かべつつ、言う。

 

 

 

 「眞子が? 懐かしいな」

 

 

 

智代が初音島を離れてまだ一年も経ってはいない。

それでも懐かしいと思えるのは、それだけ彼女が今の生活に充実を感じているから。

『叶街』の一員である、と心から思えているからなのだろう、きっと。

 

 

 

 「皆さんで智代ちゃんのこと探してたんですよ?」

 

 

 「む。色々と手間を掛けさせてすまないな、萌。

  しかし、“皆”というと『彼ら』のことだろう? 礼を言わなければならないのは

  十分承知しているのだが、会いたいやら、会いたくないやら……だな」

 

 

 

何故か肩を竦めるように智代が応じる。

思うところがある、というのは朋也にも解るのだが、

そもそも彼女の過去の交友関係について一切知らぬため、その意味を理解できない。

ともあれ、二人の間では既に話が広がっているらしい。

智代も何だかんだ言って友人を呼ぶということに異論はないようで。

 

 

 

 「智代が遠慮するなんて、どんな奴らなんだ?」

 

 

 

何となく厄介な気もするんだが? と朋也は付け加えて傍らの鷹文に質問した。

 

 

 

 「んー。多分あの人達のことなんだろうと思うんだけど。

  一応普通の人達だよ? ちょっと変わった人もいるけどねー」

 

 

 

苦笑を含めて返答を送る少年。

どこの世界にも変わった人というものはいるものだが、

鷹文の反応はその疑問に「YES」と答えているように感じられた。

 

 

 

 「ふ〜ん。ま、春原みたいな変人じゃないんだろう?」

 

 

 「流石にあそこまでおかしくはないけど……いや、でも、あんまり変わらないかも」

 

 

 「おいおい? あんな変わり者が他にもいるのか?

  まぁ、春原並じゃなきゃまだ救いはあるけどな。どんな奴か興味がなくもない」

 

 

 

彼の中でどれだけ春原の評価は低いのだろう?

妖怪と例えられたり馬鹿と例えられたり……不遇の学生生活を送る春原に合掌。

 

 

 

 「ええっとね……」

 

 

 

鷹文は言葉を選んで、件の人を説明しようとしたのだろう。

その瞬間、鷹文の前に現れたのである……そう、『彼』が。

 

どういう技を使ったかは知らないが、現れた人物は己の背景に薔薇を咲かせた。

朋也は『どういう能力だよ?』と疑問に思ったが、いちいち気にするのはやめた。

尚、『彼』には“薔薇を咲かせる能力”なぞ無いことを記しておく。

 

 

 

 「さて。坂上弟、それはもしかすると俺のことではあるまいな」

 

 

 「……うわ、来ちゃったよ。ていうかその薔薇なんですか?

  どういう原理か知りませんけど、ぶっちゃけ無駄でしょ」

 

 

 「仮にも我が新聞部に属していた貴様が言う言葉では無いだろう、坂上弟?

  いささか不満だが、まぁよしとしよう。久しぶりだな、元部員」

 

 

 「あーい、どうもご無沙汰してます杉並先輩」

 

 

 

というわけで。

風見学園非公式新聞部部長にして風見学園風紀委員会ブラックリスト筆頭にして

風見学園最弱の男朝倉純一の悪友である『杉並 毅』登場。

 

 

 

 「うむ。ところでこの御仁は何者だ坂上弟よ? おっと、これはご挨拶が遅れました。

  俺の名は杉並 毅、風見学園非公式新聞部を束ねる男です。お見知りおきを」

 

 

 

鷹文の隣に立つ朋也に向かって、杉並は頭を垂れる。

これで名刺でも出せば完璧だ。

 

 

 

 「先輩、朋也の兄ちゃんは非公式新聞部のことなんて知らないよ……」

 

 

 

むしろ学園の中にだって知らない者もいるだろう、多分。

知らない方が幸せだ、当然。

 

 

 


 

 

 

鷹文と杉並が邂逅し、朋也が場の展開についていけなくなる少し前のこと――。

 

 

 

 「ねえお姉ちゃん、智代先輩来るって本当なの?」

 

 

 「はい、そうですよ〜。

  眞子ちゃんも智代ちゃんのこと大好きでしたし、楽しみでしょう?」

 

 

 

智代が来ることを知った萌達が彼女を探しにホテルの入り口に構えていた。

来ると聞いただけで何人で来るか知らないし、そもそも何時に到着するかも聞いていない。

その点は萌の確認不足なのだが、文句を言っても始まらないので待ちの一手。

 

 

 

 「へぇ〜。智代先輩が来るんですか? 

  いきなり転校してったから驚いたのよく覚えてますよ、俺」

 

 

 「私もそうでした、本当に突然でしたから〜。この間偶然連絡が取れたので

  お誘いしたんですけど、来るって言ってくれたのでとっても嬉しくて」

 

 

 

純一の言葉に本当に嬉しそうに相槌をうつ萌、それだけ彼女とは仲が良かったのだ。

 

 

 

 「坂上先輩には委員会の方で大変お世話になりましたから、私も楽しみです」

 

 

 「そうですね、私は風紀委員会ですからあれですけど。

  ことりは中央委員会ですから直接坂上先輩の後輩になるんでしたよね」

 

 

 

坂上智代、現光坂高校生徒会長という肩書きを持つ彼女だが

元々風見学園でも中央委員会(通常でいう生徒会)の一員であったことを確認する。

故に同じく中央委員会のことりにとっては世話になった先輩、ということだ。

彼女にとっては素直に尊敬の対象なのだ。

 

 

 

 「でも、坂上先輩は風紀委員会の皆さんにも人気ありましたよね〜。

  あ、いえいえ音夢先輩! 美春は音夢先輩が一番ですよっ!?

  でも、坂上先輩はいいんですけど……弟の方は非公式新聞部でしたからね」

 

 

 

ことり、音夢、美春が口々に智代への感想を漏らす。

ことりが智代に好感を抱いていたように美春も智代のことは見知っており、

むしろ尊敬できる先輩、という対象だったと言っても過言は無い。

 

だが美春の場合、智代の弟――鷹文――とは絶対的にソリが合わなかった事実を記す。

普通に考えれば解るが、美春=風紀委員会VS鷹文=非公式新聞部、という図。

互いの仲の悪さをそのまま体現していたのだ。

即ち、智代とは仲が良いのに、鷹文とは犬猿の仲という立場。

 

 

 

 「あ〜、鷹文な。あいつが不幸なのは杉並に目をつけられたことだ。

  別にあいつ自身が悪いわけじゃない、元凶は杉並だ」

 

 

 

繰り返すが鷹文はれっきとした非公式(以下略)の一員だった。

割と純粋だった彼は、杉並にその才能を見出され彼の腹心として活動するハメになる。

PC技術に秀でていたことが幸い(災い)し、非公式新聞部の情報担当役を務めていた。

杉並繋がりで純一とは仲が良い。杉並の腹心とは言っても、その性格が悪いわけではない。

せいぜい悪ガキがいいところだ。

 

結論:音夢の腹心である美春と、杉並の腹心である鷹文。犬猿の仲であるのは当然。

 

 

 

 「それじゃあ私はあっちを探してきますから〜、皆さんも手分けしてくださいね〜」

 

 

 

萌は純一達の会話が終わるのを待って、そう切り出した。

返事を待つこともなく、さっさと一人人込みへと消えていく。

 

――――そんな感じで数分後、萌は智代と再会するのだった。

 

 

 


 

 

 

再び、現在。

一言でいうならば、『朋也一行、純一一行……顔合わせ』。

言うまでも無いのだが、二人の戸惑いを【心境】という形で表する。

 

 

 

 (はぁ!? 智代先輩が連れて来たのが……朋也先輩ぃっ!?)

 

 

 

声を漏らさなかったことが意外。足が少なからずガクガクと震えた。

ずっと仲間だと思っていた人が居たから。突然消えた信頼出来る先輩が居たから。

 

 

 

 (純一!? って、冷静に考えれば判るよな。純一は初音島の出身だったんだから。

  いや待て。つーことはもしかして……浩平と舞人も、か?)

 

 

 

バツの悪さを感じながら、純一と目が合ったことを少しだけ後悔した。

どんな顔で会ったらいいか覚悟なんて決めてなかったから。

純一の戸惑いが判るから、尚の事。

何より、この場に来るのなら気付いて然るべきだった。

冬実や初音島ないし桜坂の養成校が来るのなら、浩平や舞人、純一が居て当然だ、と。

 

尚、何故祐一と一弥のことに思い至らないのか、というと

元々彼らが任官先に志望していたのがそれぞれの修行地だったことから推測して

学生生活を送っている筈がない、と勘違いしていたからだ。

 

 

再び確認しておこう。

智代が呼んだ友人達(朋也含む)と萌が呼んだ友人達(純一含む)が顔を合わせた。

萌が呼んだのは純一、音夢、ことり、眞子、美春、杉並である。

さくらは講師であるために此処には来られなかった。

智代と萌が互いの友人達を紹介し合い、お互いに会釈している中で。

朋也と純一は内心の動揺をひたすら隠す。隠すために心を殴り飛ばす。

 

純一は二年前に突如居なくなった先輩を見て、勝平の言葉を思い出した。

 

 

 

 『朋也クンがDDを去ったのは彼が優しすぎるからだよ。

  責任感が強い人だから……護れなかったことがショックだったんだね。

  ずっと悩んでいたのはボクが一番よく知ってる。

  朋也クンが一人で背負い込んだってなんにもならないのに、ね。

  でも、君達には知っていて欲しい。朋也クンは逃げたんじゃない。

  本人はそう思っているだろう、だけどボクはそうじゃないと思う。

  ずっと小さい頃から立ち止まることなく突き進んできた彼のための休憩なんだ、って。

  だからこそ朋也クンの今の扱いは【長期休暇中】なワケだしね』

 

 

 

純一達が神器となる前、未だトラブルメイカーズと呼ばれていた頃。

朋也が失踪した後に勝平が語ってくれたことを。

そう、彼の不器用な優しさを。

 

 

 

 「――彼は岡崎朋也。私の一つ上の先輩になるらしいが、貫禄は少しも無い」

 

 

 「って、智代。“らしい”ってなんだ“らしい”ってのは。

  俺はれっきとしたお前の先輩だっての。大体智代の方が後輩らしくないじゃないか」

 

 

 

一瞬呆、としていた朋也だったが、普段のソレと変わらない態度で合いの手をうつ。

純一はその瞳の中に、かつての彼の優しさを垣間見た気がした。

 

 

 

 「なら朋也は私が“先輩”と呼んだ方がいいのか?」

 

 

 「……それはそれでなんかヤだな。つーか似合わない」

 

 

 「だろう? 私だってそれくらい判ってる。

  第一、朋也に“先輩”付けをしてしまったら、

  私は杏や春原にまでそう言わなければならないじゃないか」

 

 

 「うわ! スゲェ違和感だらけな」

 

 

 

自分のすぐ近くにいる杏ではなく、わざわざ遠くにいる春原の方を見る朋也。

おちょくる以外の意図はないだろう。

 

 

 

 「何で僕の方だけ見て言うんですかねぇ!? 杏にも言えよっ」

 

 

 「朋也があたしに逆らうわけないじゃない、ね、渚、ことみ♪」

 

 

 「え、あの。うう〜……同意を求められても困りますっ」

 

 

 「杏ちゃん、いぢめっこの顔なの」

 

 

 

くしゅ、とばかりに顔をしかめ、可愛く抗議する渚。

やはりこの場の最年長者とは思えない……それがイイ! という意見もあるとは思う。

ことみもうるうると身の危険を察知しつつ怯えている。

これが全国模試TOP10に位置する天才の正体である。

 

 

 

そんな二人の顔を見て、朋也は覚悟を決めた。

逃げた自分が言えた義理ではないと気付いていたけど。

全てを押し付けた俺に何が言えるんだよ? と自嘲したけど。

逃げたからこそ、得られた人との出会いがあるから。

『あの頃』と同じ笑顔をしているか自分では判らなくても……笑えてるのは間違いなくて。

だから、謝りたいという気持ちをどこかに加えて――――言おう。

 

 

 

 「まぁ、どうでもいいや……お〜い、泣くなよことみ。

  とりあえず、久しぶりだな?―――純一」

 

 

 

朋也は杏達の反応にヤレヤレと肩を竦める。

手近にいたことみの頭を軽く撫でた後に、覚悟を決めて、純一へと片手を上げた。

意外過ぎる彼の言葉に、純一と朋也を除く全員が戸惑いの声を異口同音に呟く。

 

向けられた純一も動揺した。初対面を演じるべきだとまで思っていた。

まさか向こうから挨拶してくる……いや、挨拶してくれるとは思ってもみなかったから。

 

 

 

 「……あ、と……」

 

 

 「オイオイ、もしかして俺のこと忘れちまったのか? 何気に傷つくぞ」

 

 

 

至極自然な動作で問うてくる朋也。

後ろめたさのようなそんな雰囲気は微塵も無い。

 

 

 

 「……あ! いや違うッスよっ!? 無視したとかそんなんじゃないッスからね!?

  まさか朋也先輩が此処にいるなんて思わなかったから……。

  挨拶遅くなってすいません――――お久しぶりです、朋也先輩」

 

 

 

動揺を抑え込むのは無理だった、抑えろという方が無理な話だ。

だから純一は、それを隠すことなく素直に頭を下げた。

二年前に【休暇を取った】尊敬すべき先輩へと。

 

 

 

 「あ、朝倉先輩? 朋也の兄ちゃんと知り合いなんですか?」

 

 

 

男同士ということで話し掛けやすいのか、一番初めに質問をしたのは鷹文である。

この場で互いの共通の友人は坂上姉弟だけだから当たり前といえば当たり前。

 

 

 

 「え? あ、ああ。俺が前に知り合いのとこに世話になったとき、

  バイト先で世話になった先輩が朋也先輩なんだ」

 

 

 

多分に真実である。

唯一説明していないのは、そのバイトが“DD”であることだけ。

嘘に一片の真実を織り交ぜる、そうすることで真実味がある嘘となる。

 

 

 

 「ま、そゆことだ。鷹文」

 

 

 

『はぁ〜』と感嘆の声をあげる鷹文に、朋也は気楽に答えることが出来た。

純一が自分に応えてくれて嬉しかったから。不思議と肩の力が抜けてくれた。

 

 

 

 「意外だ……本当に意外だ。まさか朋也が朝倉純一の知り合いだったとは。

  世の中は狭い。まだまだ私も認識が甘かったな」

 

 

 

智代のその言葉は、あらゆる意味で深い。

 

 

 

朋也が黒十字であり、純一が玄武であるという事実。

そのことを誰も知らない現実。誰も知らずに済む真実。

 

ひた隠しにされてきた現実の破片。

垣間見たくもない過去の断片。

思い出す必要が無いのなら、これから先の未来でも……どうか。

 

現実は永遠と相克し、永遠は現実を犯す。

心を犯し、体を犯し、オモイを犯す。

一筋の希望があるのなら、縋り付こう。

僅かな救いがあるのなら、手を伸ばす。

 

それは過去を悔やむ罪。それは過去を忘れぬ傷痕。

それは過去を望まぬ心。それは過去を求める感情。

『避けられなかった罰』という形で姿を顕したパズル。

埋めるピースは、彼らが目を背ける破片にして断片。

 

 

 

玄武が望むは復讐。黒の十字架が求めるのは己の罪。

其は、いずれも過去を乗り越えられぬ少年の醜い心か?

其は、幼き思いに縛られた愚かなる思考か?

 

誰が彼らをそうさせた? 誰が彼らに罪を与えた?

誰が彼らを苦しめた? 誰が彼らへ試練を残した?

 

神が起こした無慈悲な戯れ。

糸に括られたマリオネットのように、ただ無様に、滑稽に、それでいて一生懸命に踊る。

愚かと気付かず、操られていると知らず、彼らは戯れる。

無意味なる輪舞曲を、真実なる喜劇を。悲哀なる歌劇を。

 

 

ただ――――――踊る。踊り疲れても、躍る。

ただ――――――謳う。謳い疲れても、歌う。

 


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