Eternal Snow

112/武術大会 〜承前〜

 

 

 

七星、風見、桜坂……世に名立たるDD養成校。

翌日に合同武術大会を控え、各代表校の生徒達は

開催地であるDD関西方面の主要守口支部が所有管理するドーム型訓練場を目指す。

ちなみにそのドームに固有名称はないのだが、便宜上DDドームと呼称する。

 

 

 


 

 

 

SIDE 七星

 

 

 

 「なあ、浩平」

 

 

 「んだよ、用件があるなら早く言え。言っとくが今更計画中止は認めないからな」

 

 

 「もう何も言わねぇよ、あんだけ苦労したんだ。そっちは好きにしろ。

  これで駄目になったらぶっちゃけ俺が泣く。

  無いなら無いでそれはそれでアリだとも思うけどさ……んなことより、一弥だ」

 

 

 

移動中の電車の中、生徒達の喧騒を掻い潜って祐一と浩平が言葉を交わす。

いい意味でも悪い意味でもクラスのムードメーカーである浩平と、

その手綱役がすっかり定着してしまった祐一のシリアス顔……うん似合わない。

少なくともクラスの面子にとってはそう見えてしまうので、

自然と二人の声量は静かなものとなる。周囲には喧騒によって音が届かない。

 

 

 

 「あ? 一弥がどうかしたのか」

 

 

 「お前、気づかないのか? あいつ最近、雰囲気が変わったんだ」

 

 

 「あのな、兄貴のお前が抽象的に表現すんなよ。もう少し噛み砕け」

 

 

 

至極面倒くさそうに耳を傾ける浩平。祐一も不満そうではあるが、

話を聞いてもらいたい立場なので、これといって何も言わない。

 

 

 

 「こないだからさ、アイツの様子が妙に違って見えるんだよ。

  お前は練習中とか気付かなかったか? 顔つきがどっか違ってきてるんだよな。

  いや、悪い意味じゃなくて、良い意味でだぞ?

  アイツは純一に負けず劣らずある意味『危なかった』ろ?

  だけど急に安心出来る雰囲気になったっつーか……言葉じゃ何とも言えないが」

 

 

 

祐一は本当に彼のことをよく見ていた。

他の誰も気が付いていない変化を、誰よりも明確に、誰よりも早く直感していた。

幼馴染であり、兄であるから。彼が抱える闇を知っているから。

しかし……『危なかった』と他人を評するのは構わないが、

その内容が自分達にも当てはまることという自覚はあるのだろうか。

 

 

 

 「お前じゃないと気づかない違いってことはだ。俺じゃ役に立たないさ。

  本人にそれとなく聞くのが一番だと思うが……簡単に状況から考えて」

 

 

 「考えて?」

 

 

 「女じゃねぇの?」

 

 

 

ストレートな爆弾発言。

音のニュアンスでそれが解る。解ってしまう。

 

 

 

 「……はぁ? 何言ってんだお前」

 

 

 「無意味なくらい鈍いやっちゃな〜。それでよくもまぁリーダーが務まるもんだ。

  いいか? アイツが大抵の場合一緒にいるのって俺ら以外だと誰よ?

  考えなくてもそんな物好きは水瀬妹と美坂妹、天野ぐらいだろ。

  妥協して考えたってウチのみさおやらそこらへんだろ。

  ぶっちゃけて云えば、俺ら以外の男と一緒にいることなんて滅多にねぇんだぜ?」

 

 

 「転校生の俺に、他の学年まで把握してろってのは無理がある」

 

 

 「揚げ足とんなよ……話を続けるけどな。

  要するに、俺達以外で一弥に変化を与える奴なんて限られてくるだろ。

  実際何があったかは知らねぇけどさ、男が一瞬で考え方を変えるとすれば。

  俺達みたいに地獄を味わうか、護ってやりたい誰かが出来たか、ってトコだろ?

  元々一弥は地獄を味わってる、今更それを超えるような想いはしないさ。

  今までよりも本気で、連中を大切にしたいと思ったのかもな。

  案外大人のお付き合いとかだったり? って冗談冗談、マジにすんなよ」

 

 

 

浩平の言葉に、真っ向から反対する言葉を祐一は持ち合わせていなかった。

念の為を言えば、その可能性に至らなかった訳ではない。

けれど、神器である自分達の共通項は『愛する人を失った』ということ。

その根は深く、そうそう新しく誰かを見つけることなんて出来ない。

祐一は自分がそうである故に、あえてその可能性にフィルターを掛けていた。

それを鈍感と言うことなかれ。彼らにとっては、それが自然だったのだから。

 

 

 

 「そっか。サンキュな浩平。一応参考になった……ついでに下ネタはやめろ」

 

 

 「たまにはいいだろ? 俺らだって年頃なんだからよ。ま、それは置いといて。

  一弥を構うのはいいが、本番だって頭に入れとけよ? 

  折角のバンドも、ドラム無しじゃカッコつかねぇし」

 

 

 「しつこい」

 

 

 「ん。それならいい」

 

 

 

ここまで来て渋られると厄介だったが、祐一が乗り気だからか浩平の顔は明るい。

色々言ったところで、結局祐一の意見が周りへの鶴の一声になることを知っているから。

 

 

 

 「楽譜が頭に叩き込まれてるからな、つーかさっき言ったろ?

  今更計画変更くらってたまるか。引っ張り込んだ責任は取れよな、浩平」

 

 

 「おし上等! その言葉を待ってたぜっ!」

 

 

 「……やっぱ、俺だって楽しみたいしな」

 

 

 

苦笑を返して目を瞑る。周りの喧騒を子守唄にしながら、彼は一時の夢を貪る。

安らかには程遠く、しかし苦しみとも程遠い……僅かな睡眠を。

 

 

 


 

 

 

 「…………ふぅ」

 

 

 

窓を行き交う景色に意味はなくとも、獏然と眺めてしまうのが人の性。

顎を肘に乗せ、流れゆく空を眺める。横顔に宿る憂いは、自然と少年を彩っていた。

悩むことは数多い。答えが見えただけだから、何をしていいのかは手探りのまま。

手探りそのものが幸せへの道程ならば、甘んじて受けるしかないのだろう。

あらゆる感情が己を襲い、心を苛み、想いを裂いて、魂を癒す。

左手の“蒼”がある限り、『自ら』を失うことはないけれど。

 

 

 

 「一弥さん」

 

 

 「? どうしたんですか、こんなトコに?」

 

 

 

視線の先には栞の姿。

コンパートメントになっている訳ではない単なる座席群だが、

ある程度男子側女子側という区分けはされている。

何となくでも分かれてしまうのが年頃というものだ。

当然の如く一弥とて男子側の座席に座っている。

一人黄昏ていたので、彼の友人らは適当にそれぞれ離れている。

一弥が満喫していた孤独な時間への介入者、それが栞。

まさか無碍に扱う訳にもいかず、黄昏の空間から現実へと引き戻る。

 

 

 

 「一弥さんと一緒に居たい、そう思って来たんですけど……御迷惑でしたか?」

 

 

 「ちょ、直球で来ますね」

 

 

 「はい! それはもう」

 

 

 

満面の笑みが一弥に向く。一弥はたはは、と苦笑を隠せない。

今更か……と内心で呟いて、彼は問うた。

 

 

 

 「真琴と美汐さんはどうしました? 栞さんだけなんて」

 

 

 「お二人がいないと駄目ですか?」

 

 

 「まさか。僕は皆さんの人格を尊重してるつもりですよ?」

 

 

 「ふふ、訊いたのは私なんですけど。

  そうですね〜、理由をつけるなら、たまには抜け駆けもアリかな、なんて」

 

 

 

そう言って一弥の隣の席に座る栞。

彼女は極々自然な様子で一弥の肩に頭を預ける。

瞬間に紅く沸騰する彼の表情を見れば解るが、まだまだ青い。

肩がビクリと動いて、緊張がそのまま伝わる。

そこがダメなのだ、と栞は思う。自分達は恋人なのだからもっと堂々と!

 

 

 

 「もう、ぎこちないですよ?」

 

 

 

不満を顕わに一弥の手の甲を軽くつねる。

あくまでも軽くなので、大して痛みは感じないが。

 

 

 

 「いえ、慣れろって方が無茶かと」

 

 

 「今更じゃないですか。これ位のこと」

 

 

 「そうは言いますけど、こう――。……解りますよね?」

 

 

 「解りません〜♪ ちゃんと口で言ってくれなきゃ駄目ですよ?」

 

 

 「意地悪ですよ、栞さん」

 

 

 

体勢はそのままで視線も交わさず会話が成立。傍から見れば恋人ムード全開である。

些か不満げな栞に対し、一弥は狼狽するしかない。

きわどいセリフが周囲に洩れてないことを祈るのみだ。

 

 

 

 (覚悟を決めた、筈、なんですけど。押しに弱いなぁ、僕)

 

 

 

悲しくも喜ばしく、自覚がある故に虚しくもあり。

彼は他人から見れば間違いなく“幸せ”なのだろうが、

本人の気持ちは成長途中らしい。

想いの紡ぎ手は、彼を癒す鍵となるのだろう。

 

 

 

 「でも実際……反省点ではあるんですよね」

 

 

 「はい?」

 

 

 「こっちの話です――というと変ですかね? 

  僕の欠点は押しの弱さだろうなぁ、と」

 

 

 「解ってるならもっと毅然と出来ませんか?」

 

 

 「こればかりは性分ですからね」

 

 

 

元々自分は他者の庇護下にあることが多かった。

言い訳になるが、能動的に自分からというのはどうにも。

とはいえ、彼女に対してまでそのままというのは拙い……のかもしれない。

何事も実行に移すべきなのか? そう、云うならば『なんでも挑戦』。

 

 

 

 「……よし」

 

 

 

キョロキョロ、と周りを見て、自分達が注目を浴びていないことを確認。

意を決して栞の肩に腕を回す。丁度横抱きになるような体勢で、首だけを横に。

 

 

 

 「え?……――んっ!?」

 

 

 

続く言葉を吐き出させず、吐息を停める。

一瞬だけ。そう、ほんの一瞬で構わない。唇に、自分の熱を送る。

心を支配するように、魂を舐るように、彼女を慈しむように。

一瞬を永劫に、永劫を一瞬へと変える魔法を。

唇の先に、感触を残したまま……二人の顔が離れていく。

 

 

 

 「あぅ?……か、かかか」

 

 

 

いざ実行に移されて頬を染める栞の口先に、人差し指を当てる一弥。

しー、と小さく声を出して、微笑んだ。

 

 

 

 「たまには勇気を出してみるのもアリ……ということで」

 

 

 

くすくすと笑うその表情は、どことなく彼の姉に近いものであったことを栞は痛感する。

一言言おう。自覚があろうがなかろうが、プレイボーイの素質だけは充分にある。

案外神器としての才能よりも、だ。

 

 

 


 

 

 

SIDE 風見

 

 

 

 「兄さん、どうかなさったんですか?」

 

 

 「何だ、急に」

 

 

 「先ほどから黙りこくっていらっしゃいますから、酔われたのかな?って」

 

 

 

窓枠に肘を置き、目の焦点をどこに合わせることもないままに外を見続ける純一。

それは儚く舞う蝶々のように、所なくざわめく陽炎のように静かで、流水のようにたおやかで。

 

 

 

 「することもないからぼけっとしてるだけだ。第一大会がかったりぃ」

 

 

 「兄さん……。もう、少しは頑張るって発想がないんですか? 

  チームの人達に兄さんが迷惑なんてかけたら私の肩身が狭くなるんですよ。

  先日水瀬さん達に会ったばかりですから、余計です」

 

 

 「音夢の評価が落ちるわけじゃないんだから気にするな」

 

 

 

大して気にすることではない、と語るように彼は肩を竦めた。

妹の心配は判らないでもないが、自分にとってはどうでもよいことなのである。

 

 

 

 「気にしますっ」

 

 

 「だからいいってのに……つーか音夢、俺よりも杉並の方に目を光らせとけよ?」

 

 

 「はい? え、それってまさか――」

 

 

 「可能性の話だ。あいつのことだから何かしかねないだろ?

  風紀委員として恥を掻きたくないなら、杉並から目を離すな、って言ってるんだ」

 

 

 

何よりも怖いのは、下手な行動をされて自分達が二番煎じになること。

杉並を敵に回すのは得策とは言えないが、浩平や舞人の報復よりはマシ。

事態を想定して楔を打っておくのは基本である。

ところが、そんな思惑を知らぬ音夢はジト目で純一を睨む。

 

 

 

 「兄さん。そんなこと言って実は杉並君に協力してるとか」

 

 

 「冗談。んなかったりぃことするか。杉並と俺は無関係だ。

  アイツに振り回されるのは御免被る」

 

 

 

強調しよう、彼は嘘を言ってない。杉並が何をしようと純一に咎は無い。

純一は杉並と協力はしないと言っただけであり、自分が動く真実は語っていない。

 

 

 

 「まぁ、そう言うのでしたら信じますけど」

 

 

 「そうしてくれ。――しっかし、どうしようもねぇくらい……たりぃなぁ」

 

 

 「で! す! か! ら! その態度を改めなさいぃぃぃ!!!!」

 

 

 

話そのものが振り出しに戻り、純一は本気でかったるそうに耳を塞ぐ。

その態度が気に食わない音夢は、仮面を被ることすら忘れて怒鳴る。

純一も『これがなきゃ少しは可愛かったりしなくもねぇのに』と一瞬思ったりしつつ。

そして、唐突に純一は通路に向かって手を挙げた。

音夢がハテナ顔でそちらに顔を向け、人物を確認しあからさまにムッとする。

 

 

 

 「楽しそうっすね、朝倉君♪」

 

 

 「これがそう視えるならことりの目は節穴か?」

 

 

 「ひどいなぁ〜。名誉毀損で訴えちゃうよ?」

 

 

 「む。損害賠償なんて払えないぞ、俺」

 

 

 「あはは。その時は体で払って下さいね?」

 

 

 

その言葉を意味深にとってしまうのも無理は無い。

純一はこほん、と一拍置いて、少女に告げた。

 

 

 

 「……ことりさんや、発言には気をつけなさい」

 

 

 「はぁ〜い」

 

 

 

てへり、と舌を小さく出して微笑む少女。音夢は見事に蚊帳の外。

これで苛つかない筈が無い。音夢にとっては面白くない。

以前とある出来事で自分と純一の関係がバレてしまい、

尚且つ面と向かってライバル宣言までされた相手である。

確かに嫌いな人物ではない。しかし、『純一を巡る』という意味においては

彼女ほど邪魔に感じる者もいないのは事実だった(音夢的に)。

 

 

 

 「何しに来たんですか、ことり」

 

 

 「暇だったからね、朝倉君に会いに来たんだよ?」

 

 

 「へぇ〜……そうですか」

 

 

 「うん、そうだよ?」

 

 

 

これもまたいつものことのように、ビシバシビシバシ、火花が散った。

ったく、と呟いた純一がことりを席へと促す。

ありがと、と礼を言いながら音夢への牽制の視線だけは忘れないことりに万歳。

 

 

 

 「まぁ、別に構いませんけど。折角ですからことりにお願いがあります。

  兄さんってば暇だからかったるぃなんて言ってるんです、どうにかしてくれません?」

 

 

 

サジを投げた音夢に、しょうがないなぁと言いたそうにことりが苦笑。

純一は微妙に肩身が狭くなったような気がしつつ、否定はしなかった。

指名されたことりが、話題を振る。

 

 

 

 「それじゃ。今回の大会だけど……さやかちゃんって来るんだよね?」

 

 

 「白河先生ですか? 確かにそんなことを仰っていたような」

 

 

 「一緒に家から出てきた訳じゃないからな。

  つーかここ何日か蒼司さんと一緒に出掛けてたみたいだし。

  まー、俺も冬実まで顔出してたから実際の所は解らないけど」

 

 

 「そうなの?」

 

 

 「ああ。DDの仕事とか言ってたぞ。色々忙しいんだろうな」

 

 

 「【戦乙女】ともなれば当然かもしれませんけどね」

 

 

 

と応えた音夢の言葉に、純一は納得しつつも内心で首を傾げた。

G.Aであるさやかが召集されたのは間違い無い。

というのに、自分達には何も連絡が無かったのだ。

確かに丁度その時期に純一は冬実市まで足を運んでいた。

しかし逆に言えばその場には五人全員が揃っていたのだから、

会議なり何なりあったというのなら、召喚されてもおかしくはないのに。

微妙に嫌な予感がしなくもない。

 

 

 

 「かもな。一応聞いた話だと、さやかさんはゲストで来るらしいぜ?

  他のG.Aも来るらしいって噂もあったりするし」

 

 

 「他のって……本当ですか!?」

 

 

 

純一の何気ない言葉に、音夢は身を乗り出して反応する。

僅かに虚を取られた純一は、気を取り直して言葉を続けた。

 

 

 

 「単なる噂だから信憑性は無いけどな。でも合同大会なら何人か来るんじゃねぇの?

  あくまでもお忍びで正体バラすってことはないだろうけど」

 

 

 

何人かどころか、一名を除いて全員集合予定。

純一は実際の所、来るらしいという話は聞いているが、誰が来るのかは知らない。

少なくとも七星の理事である秋子が来るのは間違い無いのだが。

 

 

 

 「そうだよね、言われてみれば顔出してくれたのってさやかちゃんしかいないし」

 

 

 「あれだって相当例外だと思う」

 

 

 

さやかが正体を明かすことによって、他への注目を減らす。

その意図がなければ【戦乙女】とて秘密のままだったかもしれない。

 

 

 

 「他のG.A……会えるものなら会ってみたい、です」

 

 

 「そんなこと言って。お前G.Aの二つ名全員言えるか?」

 

 

 「兄さん。私のこと馬鹿にしてませんか? 言えるに決まってますよ。

  えーっと……【零牙】に【賢者】、【氷帝の双魔】に【斬鬼将】。

  【将軍】と【自由人】。で、白河先生こと【戦乙女】。

  【暴君】に【白十字】……それと、【黒十字】ですね」

 

 

 「おー。すげぇ」

 

 

 

感心した様子の純一がパチパチと手を叩く。

この程度のこと、今時小学生でも知っていることだ。

 

 

 

 「まさか朝倉君。覚えてなかった、なんて言わないよね?」

 

 

 「さぁ、な」

 

 

 

覚えて無かったら多分酷い目に遭わされる。特に将軍に。

最悪氷帝の双魔に物理的に説得される。いと哀れ。

さて、それはともかく自分の返答に対して送られた二人の視線が冷たい。

『まさか本当に知らなかったの?』的な雰囲気を放っている。

仕方ないのでわざと大げさに振舞う。

 

 

 

 「一応言っとくが、俺だって神器の称号位なら覚えてるぞ!

  【青龍】に【白虎】に【朱雀】に【玄武】に【大蛇】……どうだっ!」

 

 

 「そんなの、G.A以上に覚えていて当然ですっ!」

 

 

 

正論を返されてぐうの音も出ない“振り”をする。

 

 

 

 (これで俺が実は神器だ、なんて言ったらどういう顔になるんだろうな)

 

 

 

くく、と底意地の悪い笑みを零して、二人の少女の非難を浴びる純一だった。

 

 

 


 

 

 

SIDE 桜坂

 

 

 

 「桜井君、質問いいですか?」

 

 

 「ん? 何すか、なすの先生」

 

 

 「ぶしつけなこと聞きますけど……本当にあのメンバーなんですか?」

 

 

 

“あの”と呼称したくなる気持ちも判る。

桜坂学園関係者で唯一、舞人その他メンバーの裏事情を知っている不幸人谷河なすの。

 

『青龍』相沢祐一、『白虎』倉田一弥、『朱雀』折原浩平、『玄武』朝倉純一、『大蛇』桜井舞人。

学園に属する者にとって、【神器】の名称は重い。

 

しつこい様だが確認させて頂く。

仮に【神器】の名を知らない生徒がいたのならば、

もう一度勉強しなおして来いと云われる事請け合い。

それだけ有名な五人が『一つのチームとして参加する』のである。

それも単なる学生大会に、だ。嘘であってくれ、と願う者がいてもおかしくはない。

 

 

 

 「俺のチームのこと?」

 

 

 「それ以外ありえませんよ」

 

 

 「今のところ変えろなんて話は聞いてないからなぁ。多分このまんまだと思います」

 

 

 「はぁ……。何て言うか、私、信じられないんですけど」

 

 

 「面白くなるんじゃないっすか? 俺は結構期待してますけどね。

  司令部の英断に感謝感激雨嵐ってトコですよ」

 

 

 「面白くなるって?」

 

 

 

どことなくいつもより楽しそうな――もっと噛み砕けば何か企んでいそうな――

舞人の顔を見て嫌な予感がしたのか聞き返すなすの。

その疑問に対して、舞人はとても楽しそうに答えた。

 

 

 

 「ふ、まあ期待していてください。三校の生徒諸君に桜坂学園のスーパーアイドル

  MAITO・桜井のすごさを見せ付けてやりますから……くくく」

 

 

 「た、頼みますからあんまり派手なことは自重してくださいね……」

 

 

 

そう願うのは勝手だが、あえて言おう。無駄な期待だ、と。

地味に終わりますように? それは無理だ。むしろ無意味だ。

浩平と舞人が画策し、純一が便乗。祐一と一弥が付き合わされたのだから。

これだけの条件を満たしているのに、今更自重? そんな訳がない。

舞人は知らないが、あの青龍こと祐一が認めた以上、変更はない。

 

以上、教師の苦労を他所に、彼を知る友人らはこんな会話をしていたのである。

折角なので、一部抜粋。

 

 

 

 『さくっちが大会で何もしない可能性? そりゃ無いわ』

 

 

 『八重ちゃん、それじゃ身も蓋も無いよ〜』

 

 

 『でもホントのことでしょ? 絶対何かやろうとするって。

  さくっち単独だったら大した事は出来ないだろうけど』

 

 

 『って八重樫さん。そこで俺を見るのはやめてくれよ。

  少なくとも俺は何も聞いてないし。何もしないって。

  言っちゃなんだけど、俺が協力しないんだから他に手伝う奴なんていないだろ?』

 

 

 『まぁね〜。さくっち友達いないし』

 

 

 『う〜……舞人君優しいもん。舞人君かっこいいもん』

 

 

 『ああはいはい。ごめんごめん。ゾンミの彼氏をけなしたい訳じゃないのよ?

  あたしは単に事実を言っただけだから』

 

 

 『八重樫さん、それちっともフォローになってないって』

 

 

 

所詮舞人の評価なんてこの程度だったりする。

『舞人』という存在を少なからず理解している希望には

他にも色々と言いたいことがあるけれど、流石に口を割るわけにはいかない。

 

 

 


 

 

 

SIDE 光坂

 

 

 

 「楽しみですね、朋也くん」

 

 

 「智代の頼みだからな、約束しちまったし行かないわけにもいかないんだよな」

 

 

 「何言ってんのよ。とっくに電車の中でしょうが。それとも今更帰る気?」

 

 

 「お、お姉ちゃん。意地悪言っちゃ駄目ですよ」

 

 

 「杏ちゃん。いぢめる、いぢめる?」

 

 

 「一ノ瀬さん。別に杏はいじめたりしないから泣くことはないと思うが。

  しかし朋也、随分な大所帯になったな」

 

 

 

智代のセリフは朋也に投げ掛けられたものなのだが、

その声音には僅かに刺が混じっていなくも無い。

何も無ければ二人きりの旅行……だったのかもしれないから、若干虫の居所が悪いのだろう。

尚、杏に対しては呼び捨てなのだが、竜虎相打つの如き関係であるためとご承知戴きたい。

 

 

 

 「姉ちゃん。わざわざ僕まで連れてこなくてもいいじゃん」

 

 

 

自分の周囲を見渡して溜息をつく智代。裾を引っ張る鷹文は意図的に無視。

連れて来なくて済むのならそうしたかったのだ。ただでさえ面子が多いし。けれど……

 

 

 

 『そういや鷹文も風見学園の生徒だったんだろ? 

  だったら友達に会えるかもしんないし、一緒に連れて行ったらどうだ?』

 

 

 

等と朋也に言われては言い返せないではないか。

この弟はそんな姉の心情を少しも思いやっていない。

 

 

 

 「鷹文さんよりも、私なんかが来てよかったのでしょうか?」

 

 

 「気にするなよ宮沢。どうせ暇なんだから」

 

 

 

一応遠慮の姿勢を見せた有紀寧に、朋也が応答する。

連れて来た張本人が言っていいセリフではないと思うのだが。

 

 

 

 「……それはあんただけでしょ。だけど本当に多いわね〜。

  あたしに椋に渚にことみに智代に有紀寧ちゃんに鷹文君、ついでに朋也。

  8人もよく来たもんだわ」

 

 

 「あのなぁ、俺はついでかよ?」

 

 

 「当ったり前じゃない」

 

 

 

自信満々の杏との掛け合いに朋也が勝つことは不可能。

勿論杏とて朋也が自分達を誘うように智代に指示したのは知っている。

それを判っていて言うのだから、彼女の発言は単なる冗談に過ぎない。

本音を言えば朋也には感謝している位なのだ。

智代と二人きりで旅行、という図にしなかった点に関して。

 

 

 

 (抜け駆けされなくて済んだ、ってトコかしらね)

 

 

 

そう思っている杏だが、既に彼女は朋也と『旅行に行っている』のだから

先に抜け駆けしたのは自分自身だったりする。

 

 

 

 「皆して僕のこと明らかに忘れた会話してますよねっ!? 僕を入れて9人でしょ9人!」

 

 

 「あれ? アンタ居たの?」

 

 

 「悪ぃ、全然気が付かなかった」

 

 

 「爽やかな笑顔で言うことじゃありませんよねっ!? ってか僕は邪魔者ですかっ!?」

 

 

 

……あえて誰かは語るまい。

 

 

 

 『……………………』

 

 

 「何で皆して無視するんっすかねっ!?」

 

 

 

そういう位置づけのキャラなのだから仕方がない。

むしろセリフがあるだけ有り難いと思って欲しい。

 

 

 


 

 

 

星の瞬きと、風の音色。桜の香りと、ぬくもりの未来。

永久の契約と現実の狭間で悩み苦しむ誰かが居て。

見つめる想いは、翼ある人の哀しみに暮れ。

 

 

誰かが願った。

 

 

 

 『北斗――彼の者を支えてくれ』

 

 

 

誰かが願った。

 

 

 

 『翼王――彼の人を救ってくれ』

 

 

 

捧げられた二振りの奇跡は、己が主をどう定めるのか。

望むがままに刃は霞み、求むるままに閃光が裂く。

使い手は、二振りの奇跡に何を思うのか。

悲恋は未だ終わらず、未来は未定のままに今を蝕む。

朱と蒼。金と銀。永遠と現実。悪と善。法術と風が紡ぐ……奇跡。

 

 

死をもたらす神が居た。

忌むべき神は、一本の鎌に己の全てを捧げた。

彷徨える魂を、黄泉路へと運ぶことを己に課し。

失われた彼の人の笑顔を、曇らせたくないから。

現世に在る死神は雷の翼を携えて、自らが望む未来へと足掻く。

悲しみの雨空、清浄なる天空。奇跡を紡ぐ一本の牙。

 

 

優しい笑顔が其処には在った。眩しい彼女が好きだった。

幸福招来。幸あることが、何よりの祝福。

現実は残酷。時間制限の爆弾は、役目を果たして砕け散った。

終わらない筈の幸せは単なる錯覚。

憎しみを知った誰かは、矛先を知らぬまま復讐の炎を得る。

怒りが世界そのものに向いた時、一発の弾丸は天を穿つ。

 

 

力を求めたのが罪だったのか。選んだ道が間違いだったのか。

大切な人が失われることは、魂の半身が裂かれたのと同じ。

癒されることの無い痛みを忘れたくて、でも忘れられなくて。

忘れるつもりもなくて。忘れないことが自らを生かし。

歪んだ心は答えを導き出す。復讐という回答を。

水は応えた。氷を授けた。己を与えた。

血を宿した紅黒の刃は、心の傷すら舐め回す。

 

 

かつて在った事実に埋もれ、果たせなかった約束。

欲しかったものも、護りたかったものも、全ては過去の幻想。

許されないと判っていたから、赦して欲しかった。

償える訳がないと知っていたから、謝りたかった。

白き雪が舞い、魂の桜が散った。自分自身が散っていった。

雪が散り逝く最中に、一つの笑顔があった。

桜舞い散る中に、微笑みの涙があった。

記憶が覚えていなくとも、想いは忘れていないから。

だから、僅かな希望に縋った。“希望”と書かれた“のぞみ”を。

その先に視える平穏を望んで……異端の道を選ぶ。

 

 

だいすきなひとがのこした、たったひとつのちいさないのち。

腕から零れた小さな小さな笑顔を、魂は忘れない。

記憶には無くても、刻まれた真実。

護れなかった少女の姿が、脳裏を灼き尽くす。

無力に打ち震え、星々の輝きすら見失い、十字架を自身に掲げる。

自己の断罪は自殺にも等しく。自虐の果ての自暴自棄。

だが、星は無くならない。心に灯る星の煌きは、まだ其処に眠り続ける。

愛した誰かは、夢の中でぬくもりを欲し。愛したい君は、何も識らぬ。

 

 

七星、風見、桜坂、光坂……永遠の雪を巡る脚本。

それを彩る出演者達、ようやく、皆が一同に会す。





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