Eternal Snow

111/大人達の役割 〜後編〜

 

 

 

 「すいませんすいませんっ! 謝りますからその拳を納めて下さい!」

 

 

 

少年は土下座していた。

腰を低くしていただけだったのだが、最も解りやすい形に落ち着いた。

その彼の名を、宇佐美啓一。G.A【暴君】。

 

 

 

 「はぁん? てめぇは」

 

 

 「何の間違いで許されると」

 

 

 『――思ってんだこの野郎?』

 

 

 

ドスの効いた一声にすくみ上がる少年――啓一。

くどい様だが現G.Aで比較的短気なカテゴリーに属するのが将軍と自由人。

敵に回して勝とうなんて、よっぽどの根性がなければ無理だろう。

生身の人間が熊に勝つことが出来るだろうか? 火も武器も無い状態で勝てるだろうか?

ましてやこちらは人間……いや、翼をもがれた鳥だとしよう。

飛べない鳥は地べたを這いずるただの獣。終わりを待つだけの餌のようなもの。

単語で言うなら、無力。無謀。無様。要はそういうことである。

しかもどちらか単体ならまだしも、二人揃ってでは多分勝てない。

 

 

 

 「はいはいそこまでそこまで。どうせ実際の加害者は二人でしょう?

  啓君を脅す前に反省すること覚えたらどうなのよ」

 

 

 

今回の危機に割って入ったのは、秋子の姉。

唐突に現れたらしく、全員が彼女へと視線を送る。

姉というだけあって、基本的な顔の造形は秋子そのもの。

違いを記すならば、妹に比べて若干鋭い目つきと、

シャギーを加えたセミロングの髪だろう。

実際、赤の他人が二人を初見で区別する方法はそれくらいしかない。

 

名を『相沢 夏子』。

G.Aとして冠する名は【氷帝の双魔/憎悪なりし刃】。

相沢零の妻であり、現神器『青龍』祐一の母だ。

 

 

 

 「夏子。居たの?」

 

 

 「お生憎なセリフありがと舞子。私だってG.Aよ?

  ここに来ちゃいけないとでも言う訳?」

 

 

 「まさか。ただアンタとあたしが揃うと碌な事にならないからねぇ」

 

 

 「よく言うわよ。自覚症状があるのはいいことだけどね。

  ほとんどそっちが仕掛けてくるんでしょ?

  お互い子持ちの母親なんだから、いい加減疲れることはやめましょ?」

 

 

 

その視線で『彼に謝れ』と指摘する夏子。

へいへい、とこちらも視線で返答し、口を開く舞子。

やる気のなさはどこぞの神器にも似ているような。

 

 

 

 「ま、そりゃそうだ。悪かったね啓?

  舞子様としたことがちょっとばかり大人げなかったわ」

 

 

 「あ、いえ。その……僕の方こそすいませんでした」

 

 

 

何度謝ればいいのだろうと僅かに思いつつ、啓一は自己反省を繰り返す。

ある意味仕方のないこととはいえ、簡単に気絶してしまった自分にも責任がある。

 

 

 

 「ほら、秋生も。君もだよ」

 

 

 「ちっ……あ〜……まぁ……なんだ、悪かったな」

 

 

 

バツが悪そうに呟く秋生。まぁそれでも充分だ。

あのままでは一撃二撃は覚悟しなければならなかっただろう。

人間、誰だって痛いのは嫌だ。特殊趣味が無い限り普通は嫌なものだ。

それに比べれば謝ってもらうという構図が生まれただけ段違いである。

 

 

 

 「よし。んじゃまぁ丁度良く解決したみたいだし、無駄話も終わりだ。

  待たせたな賢悟。色々面倒なこと貰ってきちまったよ、たく」

 

 

 「零兄さん? それに、秋子も」

 

 

 「遅くなってごめんなさいあなた。

  でも、これで人数は集まったみたいですね?」

 

 

 

あからさまにタイミングを見計らっていただろう零と、秋子が会議室に顔を出す。

賢悟的には言うべきことが無くもないが、この際無視だ。

秋子の言う通り、経緯はともかくとしてG.Aが集まったのだ。

人数を確認したが、きっちり揃っている、間違いない。

『誰かいない』ような気がするのは気のせいだ。

 

 

 

 「……ありがとう秋子。それじゃ。色々時間掛かったけど、会議始めようか?」

 

 

 

賢悟の鶴の一言に、それぞれが首肯して席につく。

 

 

 

 「さて、まずは……というか基本的にそれ以外に話題はありませんね。

  零兄さん、夏子姉さん。守口の方で何かあったんですか? 

  面倒なことになったって今さっき言ってましたけど」

 

 

 

ぽりぽりと頭を掻いて、零が口を開く。

一晩徹夜したかのような気疲れを漂わせるその姿は、

戦士というよりは単なる企業戦士の有様に近い。

 

 

 

 「ああ。元々俺らが大会で警護役ってことになってるのは皆知ってるよな?

  顔出す出さないに関わらず、一応それぞれに割り振りはされる予定だった訳だ」

 

 

 「はい、聞いています。

  例えば【戦乙女】として名の通っている先輩は

  他の皆さんへのカモフラージュを兼ねて堂々と動いて貰うんですよね?」

 

 

 「祐一さんや一弥さんに限らず、私達も一応G.Aとしての自分は隠してますものね。

  さやかちゃん一人に負担を掛けさせているのは申し訳なく思うけれど」

 

 

 

秋子が蒼司の言葉尻に乗り、続ける。

彼女の言う通り、実を言うとG.Aもその殆どが名前を公表していない。

神器に比べて秘匿する必要性はあまりないが。と、そこでさやかが気付く。

 

 

 

 「?……ということはつまり。私だけじゃなくて皆さんも、ですか?」

 

 

 「あぁん? 何で俺様がんなしちめんどくせぇことしなきゃなんねぇんだよ」

 

 

 「警護するのは当然としても、だ。要するにアレだろ?

  来賓としてもご紹介に預かるってかい?……柄じゃないねぇ」

 

 

 

ふんふんと相槌を打っていた啓一が続こうと口を開く。

一呼吸置くためにまばたきを一回だけ行なって、気分を落ち着ける。

常に冷静であれ、という師の言葉を実践しているのだろう。

 

 

 

 「舞子さんの言うように柄かどうかは別として。

  現時点ではさやか先生が引き受けて下さっている事柄ですよね。

  先生が自ら目立ってくれているおかげで僕らや

  祐一達に過剰なリアクションが来てないんですから、

  あえてそのメリットを捨てる理由が判りません」

 

 

 

あくまでも理性的に、静かな面持ちで自分の意見を述べる。

しかしそれは彼に限ったことではなく、この場にいる殆どの人間が思うことだ。

 

 

 

 「今までの大会で顔を出してきたって前例は、少なくとも俺様の記憶にはねぇ。

  精々が長官連中やら、七星学園理事っー名目で秋子ぐらいだろ?

  それにしたって【氷帝】としてなんかじゃない」

 

 

 「ええ、勿論そうよね。例年ならそんなことしてないわ。

  だけど、皆も知っての通り。今年はちょっと事情が違うから」

 

 

 

そこまで言って、夏子は口を湿らせる。

僅かとはいえ、言葉を発する事を遠慮したようにも見える。

そんな彼女を見かねてか、零がその先を受け持った。

 

 

 

 「要するに、だ。各地域の学園に帰還者……それも【永遠の使徒】なんて

  奴らが出てきただろう? 子供達に限らず、人なら必ず不安になる」

 

 

 「ありがと、零。だからこそ私達が顔を出して、

  少しでもその不安を紛らわせたいのよ。

  『頼れる』誰かがいる、ってことを強調したいの」

 

 

 「そのために、先輩に限らず全員が?」

 

 

 「ええ。猿山の猿みたいな役割だけどね? 場合によっては

  戦乙女の相棒として、若先生にも手伝ってもらうかもしれないわね。

  皆には申し訳なく思うけれど、祐一達にそれをさせるわけにはいかないから。

  士気とか考えるなら、本当はそれが一番なんでしょうけど。

  我侭言ってごめんなさい……でも、理解して欲しいの」

 

 

 

どこか憂いを帯びた瞳で、息子達を思う。

彼らが背負った運命を呪う。

悲しみを軽くしてやりたい、そう思う。

代わりになってやれない自分達が不甲斐無くて。

 

 

 

 「けっ。大甘なこって」

 

 

 

そんな言葉に苦笑するしかないのが本当のところ。

あの舞子でさえ否定せず、苦笑いの表情を隠さない。

だが、秋生とて悪意があって言っている訳ではない。

そのことは、誰もが理解している。

 

 

 

 「てかまぁ、俺様もちったぁ甘いのかもしんねぇけどよ」

 

 

 

タバコを吹かして秋生が呟く。

言わんとしていることは、朋也に対しての自身の対応のことだろう。

素直に認めようとする分、彼もやはり大人ということだろうか。

 

 

 

 「随分珍しく殊勝なこと言うんだね」

 

 

 「ってオイ! 人が珍しく自分の発言を認めてんだから茶々いれんじゃねぇよっ!」

 

 

 

賢悟は飛んでくる唾を鬱陶しそうに避けつつ、勢い余って

彼の口から零れていくタバコを掴み、圧縮簡易展開させた【閃光】で灼き尽くす。

掌から蛍光灯の明るさを超える光量が弾きだされ、音も無く消える。

本来『溜め』技の能力なのでそもそもの威力は見込めないが、

たかがタバコの一本や二本を燃やす程度なら余裕である。

 

 

 

 「要するに“珍しい”ってことには否定なさらないんですね……」

 

 

 「それは仕方ないよ、啓君。ここにいる皆、秋生さんが優しい人だって知ってるもの」

 

 

 

微笑むその表情は、大人としての信用というよりも、仲間としての信頼。

この数年間、ただ一人、『彼』を見守れる位置に居たことへの賞賛。

 

 

 

 「さて、それじゃあ話も綺麗に纏まったみたいだし……確認するよ?

  今回の大会における僕達の役目は、その正体を皆に曝すこと」

 

 

 

全員を視界に収め、それぞれの首肯を確認する賢悟。

 

 

 

 「長官の皆さんの挨拶の後、私が七星の理事として挨拶します。

  機会としてはそのタイミングが一番でしょうね」

 

 

 「っても、全員がやる訳にもいかないやね。警備に影響出ると拙いし。

  代表が何人か顔を出すって感じに妥協していいんじゃないの?」

 

 

 「そうですね〜。私はそのまま頭数ですから、えっと……それじゃ、啓君!」

 

 

 

相手を突き刺すかのような鋭い流れで指を突きつけ、少女は微笑む。

対象となった少年は自らを指差し、驚愕する。

 

 

 

 「はい!? まさか僕もですか!?」

 

 

 「師弟コンビで丁度いいんじゃねぇか? 暴君に戦乙女、映えるだろ?

  それに、顔を出すことの必要性は理解した訳だしな」

 

 

 「勿論それは了解していますし、映える映えないはこの際構いませんが! 

  僕の今後を考えて下さいよ! 純一君の補佐役で初音島の着任が決まりました。

  そのまま風見学園の転入もすることになっています、ここで顔を出すのはあまり」

 

 

 「大丈夫。僕の勘としては、却って純一君達に注目がいかなくていいと思うよ」

 

 

 「諦めろ宇佐美の小僧。べっつにいいじゃねぇか。

  風見にはさやかの嬢ちゃんと二代目がいんだろ? 

  ついでに朝倉の小僧もいるんだしよぉ、てめぇは兄弟子として

  あのガキを助けてやりたいんだろ? だったら文句言うんじゃねぇ」

 

 

 「ぐっ……それを言われると返す言葉もありませんが」

 

 

 

痛い所を衝かれた、と啓一は苦虫を噛み潰す。

さやかと蒼司の下で学んだ同門の弟弟子、純一を助けたいと思っているのは本当のこと。

勿論他の四人とて大切な友であるから、そちらをないがしろにするつもりもないが。

 

 

 

 「はい。それじゃあ啓君も決定ね? 

  秋子を除くとさやかちゃんに啓君で二人、と。

  一応聞くけど、他に自主的にOK出す人はいるかしら?」

 

 

 「ん。あたしが出よう」

 

 

 「舞子? いいの?」

 

 

 「構いやしないよ。職業不明のままでいるのも桜香に悪いからねぇ。

  あの子達も来賓で来るし、丁度いい」

 

 

 

名目は娘ということらしいが、その実息子のことも考えているという証明。

言葉にしないだけで、愛情は向けている。そう、母親としての愛を。

 

 

 

 「そういうことにしといてあげるわ。とりあえず3人もいれば上等か。

  秋子、祐一達も全員同じチームにしたのよね?」

 

 

 「はい。その方が都合が良いでしょう? 色々と」

 

 

 「ん。流石妹。文句は無いわ。七星、風見、桜坂の関係者それぞれが

  1チームに固まってるってのは案外使い勝手いいのよね。

  ところで……賢悟? 来賓で来ることになってる光坂高校の代表だけど」

 

 

 「耳が早いですね、夏子姉さん。……はい、朋也君が来ます。

  秋生の娘さんの名前もありましたね。

  だから秋生が今この場に参加している訳ですが」

 

 

 「しゃあねぇだろ? アイツは小僧が黒十字だって知ってんだ。

  クソムカツクことに、小僧のことを信用しきってるみてぇだしな。

  勿論めんどくさくなりそうだったから止めてはみたが、役に立たなかった。

  しまいにゃ早苗も来るってよ。余計なこと吹き込んだのお前らだろ?」

 

 

 

そう言って秋生は夏子や秋子、舞子へと視線を向けるが、彼女達は何処吹く風。

 

 

 

 「結局、りゅ……いや、【斬鬼将】以外の全員が揃うってことか?

  ここにいないのは黒十字だけだし……ん? あぁ?」

 

 

 「どうしました零兄さん?」

 

 

 「いや、ちょっと待て――――1、2……6、7、8、9?」

 

 

 

一人一人に指をさし、丁寧に人数を数える。

一往復、二往復……四往復したところで彼は首を捻った。

正直に言ってしまえば、ようやく気付いた。

 

 

 

 「なぁ皆。何で此処に白十字が居ないんだ?」

 

 

 『……は?』

 

 

 

全員がお互いを見合い理解した。『あ〜、いないなぁ確かに』と。

あえて名誉のために注釈すると、蒼司がいた分人数を勘違いしたのだ。

 

 

 

 「……何だ。柊の小僧は、地味だからな」

 

 

 

一切のフォローになっていないし、極論すれば存在意義の否定だ。

彼とて世に名立たるG.Aの一人。

【単色の十字軍】の通り名すらある【白十字】こと

柊勝平その人に対しての、仲間内の評価が『地味』の一言とは。

 

 

 

 「というか、何故勝平君はまだいらっしゃってないんですか?

  まさか連絡すら忘れた、なんて言いませんよね?」

 

 

 

おそらく勝平が居なかったことに気付かなかった理由の一因を担うだろう

蒼司が確認のため、賢悟に問い掛けた。

 

 

 

 「大丈夫だとは思うよ。

  秋生に伝えても拙いと思ったから、僕が直接連絡入れたし」

 

 

 「単に忘れてるってことも、あの小僧ならあり得るな」

 

 

 「あはは、まさか。流石にそれはないと思いますよ?

  まともに考えるなら、【白十字】として

  表に出る気がないといったところじゃないでしょうか?

  勝平先輩は【黒十字】との一対であることに拘ってましたからね。

  『朋也先輩が居ないのなら価値はない』――――そう考えるかもしれませんよ?」

 

 

 

【零牙】の相棒が【賢者】であるように、【氷帝の双魔】が二人で一対であるように。

【単色の十字軍】とは、対となる二人を象徴する名として君臨するもの。

故に【白十字】には対となるべき黒の十字架が必要なのだ。

 

 

 

 「ふぅむ、なるほどな。プライドの高さは師匠譲りか? 二人して」

 

 

 

その問いに答えるように、その人の妻たる夏子が口を開いた。

 

 

 

 「変なトコばっかり似るのよね、男ってのは。その点秋子と賢悟はいいわよ〜?

  何せ女の子しかいないんだもの。息子一人ってのは疲れるし。

  舞子も何だかんだいって娘いるもんね……可愛いさかりで羨ましいわ。

  さやかちゃんも覚えておくといいわよ? 絶対女の子居た方がいいから。

  ウチみたいに、息子一人ってのはそれはそれで大変だもの」

 

 

 

一説には、一人息子一人娘というのは親が甘やかせる傾向が多いらしい。

しかしそれは一説であって、少なくとも相沢家は範疇外だったということだろう。

両親が互いに最高の存在である息子は、その二人を超えうる存在へと昇華したから。

 

 

 

 「うーんと、私はどっちでもいいですよ。元気な子が生まれてくれれば。

  あはは、少し優等生な答えですね……でも、男の子も女の子も欲しいなぁ。

  あ。そっか、蒼司君がどうしたいか決めないと拙いよね、うん。

  蒼司君が協力してくれないとどうしようもないんだもん」

 

 

 

話を振られたさやかは、特に疑問を抱くことなく素直に返答。

詳しく想像すると赤面するような内容を平然と答えつつ、恋人へ更にトス。

 

 

 

 「先輩、一応まだ少し気が早いと思いますよ。ええそれはもう。

  僕らも大人ですから、短絡的な答えは出さないにせよ、その辺りのことは

  結婚してからゆっくりと二人で考えればいいことだと思いますし」

 

 

 

しかし恋人も手馴れたもの。少々レベルの高いこの問いに対して

あくまでも冷静さを維持したまま、理性的なる答えを以ってして流しきる。

 

 

 

 「えっと、蒼司君。そうだよね、私と結婚してくれる……んだよ、ね?」

 

 

 「先輩。まさか今更『それはないです』なんて僕が言うと思ってます?」

 

 

 「ううん、そんなことないよ。蒼司君のことは、私が良く知ってるもん。

  私……頑張る! 結婚したらぜ〜ったい素敵な赤ちゃん産むからねっ!」

 

 

 

彼女は、変化球で攻め込みつつ直球で締めてきた。

運悪く空振りしてしまった蒼司は、仕方なく苦笑いで彼女の意志を肯定する。

 

 

 

 「あら。アテられちゃいましたね?」

 

 

 「そうだね。僕らも年とったかな? 

  流石に誰かの居る前で言うのは照れるようになったもんね」

 

 

 

つまり逆説的に回答するならば、二人きりで誰もいない場なら余裕ということか。

この夫婦には倦怠期というものが存在しないのだろう、きっと。

 

 

 

 「はっ! 倦怠期なんて知らねぇな。俺と早苗は生涯ラブラブファイヤー全開だぜっ!」

 

 

 「対抗するのはやめろ馬鹿。俺にまでうつるだろ?

  盛り上がってるところ悪いが……なぁ賢悟。俺一回引き上げてもいいか?」

 

 

 「ああ、待って下さい零兄さん。滅多にこういう機会もないんですから

  あとしばらくだけ待ってみませんか? 出て行った所で仕事の山なんですし」

 

 

 

――――たまにはいいじゃないですか? と賢悟が続けようとした時である。

扉が開き、ようやく最後の一人、【白十字】柊勝平が姿を見せた。

 

 

 

 「ふふ、全く椋さんには困るなあ。随分話し込んじゃったよ……なぁ〜んてね♪

  ボクも本当ならもっと話したかったし、まぁいっか。

  すみませーん【白十字】遅れましたー、ってあれ? どうしたんですか皆さん」

 

 

 「あー……とりあえず、自業自得ですよ勝平先輩」

 

 

 「啓クン? 久し振りだね。しばらく見ないうちにすっかり逞しくなったみたいだね。

  ……あれ? 何なのその白い目。って、え、ちょ、ま、舞子さん!?」

 

 

 「柊。細かいことは言わん、言うべきことは一言だけだ――遅刻者は死ね」

 

 

 

その一言を皮切りに、会議室には鬼が降臨したと聞く。

鬼を討つべき桃太郎は、その場には一人も存在しなかったらしい。

轟音が鳴り響き剣閃が舞い、ただ一つの悲鳴だけが繰り返されたという。

時々伝わった単語の中には「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と

まるで念仏のように唱えられる音も混じっていたという。

げに恐ろしきは将軍なり。

 

端的に云うならば……自業自得。





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