Eternal Snow

110/大人達の役割 〜前編〜

 

 

 

開催まで数日となった養成校合同大会。

その際、G.Aのメンバーが警備の名目で来場することになっている。

とはいえ馳せ参じて頭を垂れるというのも論外だ。

故に極秘裏ではあるが、現G.Aが集合することになった。

 

意外と感じるかもしれないが、これは案外珍しいこと。

特に副業を持つ【アーザーディー】などは顔を出さないことが多いから尚更に。

ちなみに今回を機として海外に出向していた

G.A【氷帝の双魔/憎悪なりし刃】と【暴君】の二人も

日本へと戻ってくることになっている。今後は各地域に配属されることだろう。

だが、当然の如く例外はある。それは致し方ない。

G,A【黒十字】と……行方不明中の【斬鬼将】の件。

その二人は師弟関係にあるのだが、揃って例外に当たるのはある種の皮肉か。

 

 

 


 

 

 

会議室らしき部屋に、【賢者】こと水瀬賢悟の姿がある。

一番に顔を出したのは、【アーザーディー】こと古河秋生。

 

 

 

 「おう、久し振りだな。賢悟」

 

 

 「うん。ご無沙汰だね秋生。パン屋さんの売れ行きはどう?

  もし悪いようなら、完全にこっちに復業ってのもいいんじゃない?」

 

 

 「心配すんな。俺のパンはうめぇからな、売上は上々よ。

  二束のわらじでもどうにかなるさ。……欠点は、早苗の作るパンだけだ」

 

 

 

溜息を交えて放たれた言葉は、どうしようもなく重かった。

少なからず『邪夢』という形で似た経験を持つ賢悟にもそのニュアンスは伝わる。

 

 

 

 「……聞いたよ。秋子が迷惑かけたね」

 

 

 「ああ。ウチのレインボーパンとあのジャムだからな……。

  お前に非がないってのは判ってるんだけどな。すまん、一発だけ殴っていいか?」

 

 

 

ははは、と苦笑して賢悟が言う。

 

 

 

 「ボディなら外には見えないから、妥協してそこまで。

  どうせ『嫌だ』って言っても無視でしょう? もう諦めたよ」

 

 

 「すまねぇ」

 

 

 

同じ被害者なのだが、秋生はこうと決めたら譲らぬ性格。

宣告通り、秋生が一発ボディブロー。

体の内側に響く一撃を浴びつつ、賢悟は抑えていた呼吸を再開する。

肺の伸縮を実感しながら、吐き出す呼気に合わせて痛みを逃がす。

 

 

 

 「相変わらず……容赦ないね。君は」

 

 

 「ばーか。俺様だぜ? まさか手加減されるとでも思ったのか?」

 

 

 「礼儀としてそれくらいしてもバチは当たらなかったんじゃないかな。

  ……覚悟してたから、いいけどね」

 

 

 「おう! 流石は俺のダチだぜ! で、他の連中は?」

 

 

 「まだ来てない。下手すると今日は全員が揃わないかもしれないね。

  零兄さんと夏子姉さんが守口の支部に顔を出してくるって言ってたし。

  形式的とはいえ、向こうの司令部にも合わせないと」

 

 

 「あぁ? 守口だぁ? 今回の大会会場じゃねぇか」

 

 

 

DD関西地区の主要拠点守口支部。会場になり得る場所は全国にいくつかあるのだが

今回執り行われる合同大会は守口支部管理下の会場を使用する手筈になっている。

開催地は三校から離れた地域にあるため、生徒にとっては一種の旅行にも等しい。

 

 

 

 「一応零兄さん達が警護主任になるらしいからその都合ってことだろうね。

  今回その点は僕も秋子もノータッチでいるから、詳しいことは」

 

 

 「ふ、ん。二人が来れば判るってか。何か面倒ごとにならねぇだろうな?」

 

 

 

その物言いに否定出来ない感情を抱えつつ、賢悟は話題を変える。

 

 

 

 「そういえば勝平君から聞いたけど、

  朋也君が君の所に居たってこと黙ってたんだって?

  勝平君が頑張ってたのは知ってたのに……人が悪いんじゃない? 秋生」

 

 

 

秋生はふん、と鼻を鳴らして賢悟を見た。

 

 

 

 「は。よく言うぜ。てめぇだって……いや、他の連中だって判ってたじゃねぇか。

  俺らの中で知らなかったのは精々柊と宇佐美の小僧だろ?」

 

 

 

DDという組織がG.Aの一人や二人見つけられない訳がない。

判っていて、あえて彼には自由を与えていたのだ。

傷ついた心を癒す手段として逃避を選んだから、それを尊重した。

朋也はどれだけ強くとも、大人ではない。

所詮他のG.A達から見れば子供に過ぎないから。だから、心を守らせた。

 

 

 

 「あと、祐一君達かな? とはいえ確かに君の言う通りだけど。

  隠してくれたことは、僕からも感謝するよ。で、彼は元気?」

 

 

 「うぜぇくらいにな。ったくあの小僧……俺の渚を誑かせやがって……っ!」

 

 

 

その単語で言わんとすることは理解出来た。

『逃げた』経験があるとはいえ、朋也は決して間違った男ではない。

逆に言えば、あの経験があって初めて得た挫折は、彼に成長の時間を与えた筈だ。

本人の自覚の有無に限らず。

 

 

 

 「同じ娘持ちの親として気持ちが判る、と言えば嘘じゃないんだけど。

  僕もこの間ちょっと気になること知ったしねぇ……」

 

 

 「ああ? 何のこっちゃ?」

 

 

 「いや、うん。こっちの話。

  一応これでも割り切ってるんだけど……はぁ……名雪の時が不安だ」

 

 

 

既に覚悟は決めているのだが、気分的な問題である。

何せもう一人の娘は……うん、ああ…………ノーコメントで。

 

と、丁度そのタイミングでコンコン、と扉が鳴る。

この場所に顔を出す人物は限られている。二人はそちらへと顔を向けた。

扉が開き、男女二つの影がその奥から姿を現す。

前方に居た男性の方がお辞儀をして、中へと入ってきた。

 

 

 

 「あ。やはり先にいらっしゃっていたんですね。

  どうもご無沙汰しています、賢悟さん。秋生さん。

  さやか先輩を連れてきました、って先輩っ! ちゃんと入ってきて下さいっ!」

 

 

 「……あ、ごめんね蒼司君。ハンカチ落としちゃって」

 

 

 

女性がその場に屈んで、落としてしまったハンカチを拾う。

屈み方が悪かったのか、蒼司にはスカートの中が見えてしまったり。

しかし今更照れる間柄ではない。役得と思いながら蒼司は言う。

 

 

 

 「そうでしたか……きつい言い方をしてすいませんでした先輩」

 

 

 「ううん、わたしがドジなのがいけないから。あ、それと蒼司君?」

 

 

 「はい? 何ですか?」

 

 

 「パンツ、見たよね?」

 

 

 「あー……バレました?」

 

 

 「くすくす。蒼司君じゃなかったら酷い目に遭ってたね、多分♪」

 

 

 「本当、先輩の恋人でよかったと思いますよ。我が事ながら」

 

 

 

あえて誰か確認するまでもない。が、(久々の登場なので)一応確認する。

入ってきた女性の方は名前を『白河 さやか』。

白河ことりの従姉にして、G.A【戦乙女】の称号を持つその人である。

こんなおてんこ発言をかます人だが、問答無用の実力者。

男性の方の名前は『上代 蒼司』。

魔装具造りの腕において日本最高と謳われた機工術師白河律の弟子であり、

本人も日本有数の機工術師として名を馳せる若き天才。

この二人は、神器『玄武』朝倉純一の師である。

 

 

 

 「遠い所をご苦労様。わざわざ蒼司君まで来て貰って、申し訳ないね」

 

 

 「二番手はさやかの嬢ちゃんに二代目か。タイミング的には丁度いい感じだな。

  何だかんだ言っても俺らの会話の間に入って来れそうな奴は殆どいねぇし」

 

 

 「……微妙に発言に虚しさを感じるなぁ。はは」

 

 

 

ポリポリ、と頬を掻き、賢悟が二人に椅子を勧める。

尚、秋生の言う二代目というのは『白河律の二代目』という意味である。

腕は超一流だが気難しいことで有名な律の唯一の後継者が蒼司だ。

律の娘であるさやかの恋人でもあるから、彼は公私ともに白河の二代目だったりする。

G.Aではないが、自他共に認める戦乙女のパートナーであるため

彼はDDの客員的な扱いを受けている。その事情でこの部屋に迎えられた。

仮に彼がDDに正式に入隊をするならば、開発部所属となりそうだが。

余談として付け加えるならば、さやかは『決して』嬢ちゃんではない。

しかしその辺りは気にしない方が無難だと思われる、多分。気にしたら危ない。

 

 

 

 「何かお話になってたんですか? 僕らも耳に入れておいた方が?」

 

 

 「大したことじゃねぇよ。単に小僧の話さ」

 

 

 「小僧? あぁ、朋也君のことですね? 今、元気にしてますか?」

 

 

 「もう随分会ってませんね、僕も先輩も。少しは……癒えてますか?」

 

 

 

『癒えた』……そう、体の傷ではなく、自責の念で創り出した心の傷を。

優しすぎた所為で自らを責めた少年。本来なら、神器になっていた筈の彼。

しかしそれはもはや過去の話で、帰ってこない事実で。

そんな所ばかり師匠に似ることもないだろう、とも大人達は思う。

 

 

 

 「てめぇらも同じこと聞くのか? ちっ……めんどくせぇなぁ。

  何で俺様が小僧如きのためにイチイチイチイチ」

 

 

 

苛つきを抑えるために、胸ポケットからタバコを一本取り出して、口に咥える。

シュボッとライターを点け、煙を吹かす。

換気扇から流れる大気を操作し、その煙が他に行かないように弄っておく。

賢悟はタバコを吸わない性質なので、煙が来るのを嫌うのだ。

たかがタバコ如き……と秋生は思うが、それが原因で喧嘩になりかねない。

 

 

 

 「とか何とか言って。朋也君のことを一番可愛がってたのも君だろう?」

 

 

 「――――ざっけんなっ賢悟! 訂正しろ訂正っ!」

 

 

 「それは無理ですよ〜。あの時朋也君の……こう言っては何ですけど。

  我侭な身勝手を見逃して、一番最初にフォローに回ったのは秋生さんですよ?」

 

 

 

くすくすと笑ってさやかが賢悟と目を合わせた。

その真実はあの時の朋也を知る者ならば全員が知っている。

彼の親友だった勝平よりも、彼の後輩だった神器達よりも先に動いたのは

何を隠そう悪態を吐いた秋生自身である。

 

 

 

 「可愛がるという点では、一番だったかもですね」

 

 

 

『一番だった』……その言葉がでてしまったのは、ある人物と比較したから。

名前が呼ばれなくとも、この場にいる者ならば云わんとすることに気付いてしまう。

そのことは不意に生まれた沈黙が証明していた。

 

 

 

 「あ、えと……す、すいませんっ!」

 

 

 「……謝る程のことでもないけどね。

  ただ、ちょっとは気まずかったかな……ってだけだから」

 

 

 

表現しにくい表情で、発言者――つまりは蒼司だが――を見る賢悟と秋生。

ひとまず多くは語らぬが、気楽に口にしてよい名前ではないと理解して頂きたい。

『もう……蒼司君の馬鹿』と告げる恋人の視線に申し訳なさを感じつつ。

 

 

 

 「ふぅ……このタイミングで誰か来てくれると切り替えもし易いんだけどねぇ」

 

 

 「かもしれませんね。え〜っと、まだ来てないのは

  秋子さんと夏子さんと、零さんに……舞子さんと勝平君と啓君ですね」

 

 

 

残り6人。意外にまだ人数がいるということであろう。

その中に二人程名前がないのも、また事実だが。

 

 

 

 「ぞろぞろと雁首並べるのもうざったい話だわな」

 

 

 「そんなこと言って。養成校の子達が聞いたら幻滅するような気がしますけど」

 

 

 

切り返し役は気を取り直した蒼司。

この場で唯一G.Aではない客分なので、客観的に発言を繰り出せる。

 

 

 

 「うっせぇなぁ。事実だろうが」

 

 

 

逆に面白くないのは秋生。

蒼司の言うことも案外的外れではないと理解しているのだ。

とはいえ改めるつもりは毛頭ない。何せ名前の通り【自由人】なのだから。

 

 

 

 「キャラ濃いですもんね〜」

 

 

 「あはは。さやかさんの言う通りですけどね。

  ……全く、どうして一風変わった人達しかいないんでしょうね?」

 

 

 

賢悟が乾いた笑いを浮かべつつ、ひとりごちた。

もしかしたら今顔を出していない他の『濃い連中』を思い浮かべているのかもしれない。

 

 

 

 「自分達を棚に上げて何言ってんだか。

  ま、あたしんトコの馬鹿息子連中も似たり寄ったりだけどな」

 

 

 「……舞子さん、気配を消して入ってくることないでしょう」

 

 

 「ふん。あたしの一人や二人気付かないでどうする。

  これがウチの息子だったら業務用炊飯器で殴り飛ばしてるとこだね」

 

 

 

しれっと突然現れた舞子が言う。

彼女の称号は【ジェネラル(将軍)】――又の名を『G.A一の傍若無人』。

神器『大蛇』こと桜井舞人の母親であり、師匠でもある。

単純に、理不尽な暴力という意味で彼女に匹敵する者は多くない。

 

 

 

 「あ、相変わらずスパルタなんですね。舞子さんは……」

 

 

 「あたしは二代目やさやちゃんみたいに優しくないからね。

  甘ったれた精神で戦おうなんて発想、あの馬鹿に叩き込んだ記憶はないよ」

 

 

 

舞人が強くなる筈だ。それは兎も角、娘が彼女に似ないことを願う。

素直に素敵に育っているから心配ないと思いたいのが本音。

 

 

 

 「まぁ、最近ウチの馬鹿息子もちったぁマシになってきたみたいだけどね」

 

 

 「けっ。どこもかしこも色気づきやがって……!」

 

 

 

その発言のニュアンスは容易に想像付く。

なので先程と同じく秋生は悪態を吐くのだった。

 

 

 

 「嫁さんの居る身で馬鹿なことほざくんじゃないよアーザーディー。

  あたしら独自のネットワークがあるってこと、理解した方がよさそうだね?」

 

 

 「なっ!? まさかてめぇか……? 早苗にあのジャムを回したのはっ!」

 

 

 「そこらへんは勝手に想像すりゃいいさ。何せ作り手は二人もいるし?

  あたしや夏子を敵に回すのはやめといた方が得策だぁねぇ」

 

 

 

言外に『どうなっても知らないよ?』と語り出す視線。

それは最大級の脅しと同義であるのは今更言う必要も無いだろう。

 

 

 

 「秋生、ストップ! それ以上言ったら後が怖いっ!」

 

 

 

賢悟が言うものの、『主に何が』とは言わない。自分の身が可愛いから。

 

 

 

 「ちっ……この借りは必ず返してやるからな――覚えとけよ!」

 

 

 「へんっ、5秒で忘れてやるよ。5、4、3、2、1。さいならさいなら」

 

 

 

相手を小馬鹿にしたような舞子のセリフ。

実際小馬鹿にしているのだが、これこそ舞人の母、という具合か。

しかしそれを大人しく聞けるようなら古河秋生ではない。

まぁぶっちゃけ、軽くぷっつんしてみました。

 

 

 

 「ほ〜ほ〜。そういうことほざきやがるかコラ……ああいいぜジェネラルっ!

  喧嘩売ってるならもれなく倍返しで買ってやんぜぇっ!!」

 

 

 「たく……いつまで経ってもアンタは青いねぇ、アーザーディー?

  そんなんでよくもまぁG.Aが務まるもんだ……って、あたしもか。

  ま。別に構わないよ? ここ最近ウチの馬鹿息子を殴ってないもんだから

  中途半端にストレス溜まってんだよね〜。いっちょ揉んでやろうか」

 

 

 「はっ! 吠え面掻くんじゃねぇぞっ!」

 

 

 「それは、あたしの、セリフ、ってね!」

 

 

 

どこからともなく身の丈に匹敵するほどの両手大剣を取り出した舞子。

呼応するように一丁の拳銃を取り出したのは秋生。

己の得物は一撃必殺の牙となって、敵を喰らう。

 

 

 

――――そう、戦場にするには狭いであろう会議室の中で。

 

 

 

 「わっ!? 先輩、伏せてっ!」

 

 

 

二人だけで盛り上がるのは勝手だ。

が、此処には他にも人がいることをお忘れではなかろうか。

場に居る人間の中で最も戦闘力に劣る機工術師上代蒼司。

愛しのさやかを守らんと彼女の腕を引く。

 

 

 

 「蒼司君っ! 抱きしめてっ!」

 

 

 

引っ張られた少女こと【戦乙女】白河さやか。

後輩にして唯一無二の恋人、蒼司の必死さなぞ何処吹く風。

ごーいんぐまいうぇい、あいらぶそうじ〜♪ と言わんばかりにはっちゃける。

気分は戦場で引き裂かれる恋人の図。

 

 

 

 「どさくさに紛れて何言ってるんですか先輩!?」

 

 

 

至極尤もな突っ込み。しかし常識を問うのは無駄だ。

おてんこオーラは何時如何なる時でも無敵だ。

 

 

 

 「二人ともっ、ふざけてると本気で巻き込まれるよっ!」

 

 

 

ふざけているのは片方だ。

いや、その人物が多分に本気であろうことは否定しないのだが。

 

 

 

 「僕はふざけてませんよ! ああもうとにかく先輩伏せて!」

 

 

 「きゃっ♪ いきなり押し倒すなんて蒼司君ってば大胆っ♪」

 

 

 

とか何とか言われてもじっと我慢する蒼司。

自分の下に彼女の体を入れ、余波を凌がんと男を魅せる。

守られている(&彼より強い)彼女は瞳を閉じて唇を突き出す。

勿論この間に響く音は非常に強烈であることを記す。

賢悟も彼らと同じように避難体勢を取っていることも記す。

さて。眼前に広がる甘美な誘惑だったが、蒼司は呆れ目を浮かべつつスルー。

いつまで経っても届かない感触にさやかが苛立ち始めたその時。

 

 

 

――――きぃ、バタ「遅くなり――ってうわぁっ!?」……ン。

 

 

 

扉が開いて誰かが入ってきて巻き込まれて合掌。

『うわぁっ!?』の後に鈍い音が二つ響いて、静寂を迎えた。

 

イチチ……と頭を伏せていた蒼司が顔を上げ(その瞬間に唇は奪われた)

辺りに広がった椅子やら机を見て嘆息する。

 

 

 

 「うわ〜。片付け面倒そうですね……。

  賢悟さん、こうなる前にどうにか停めるべきだったのでは?」

 

 

 

その声にこちらも立ち上がった賢悟が応じる。

乱れた亜麻色の髪を無造作に跳ね上げつつ、目を弓なりにして笑った。

 

 

 

 「いや、僕も自分の身が可愛いから……はは」

 

 

 「……納得です。で、今入ってきたのは誰です?」

 

 

 

音の発生源となった二人の傍に転がる影を覗く。

年若い背格好の少年。少なくとも蒼司よりは若い。国産を主張するかのような黒髪。

邪魔にならない程度に切り揃えられ、長くもないが短くもない。

目鼻立ちはすっきりとしているが嫌味気はなく、柔和ともとれる顔つき。

 

 

 

 「邪魔だから思わず殴っちまったが、誰かと思えば宇佐美の小僧じゃねぇか」

 

 

 「運が良かったわ。下手に他の誰かだったら責任問題だっただろうしね」

 

 

 

殴り飛ばした張本人達に反省の色は無い。

相手が仲間だった所為だろう。変な気遣いをしないところが彼ららしい。

様子を見ていた賢悟が少年の名前を呟いた。片手間に散らばった机らを直しつつ。

 

 

 

 「――――つまり。啓君だった、ってこと?」

 

 

 「ええ、間違いなく。啓君、啓一君、聞こえる? 意識ある?」

 

 

 

さやかが少年の頭を軽く起こし、あくまでも反応が返る程度に軽くゆさゆさ、と揺さぶる。

ここで派手にやって脳内に悪影響を与えるのはよくないからだ。

程なくして少年が小さく低い声を出す。

 

 

 

 「……ぅぅ……あぅ……」

 

 

 「あ〜。まずいね。完全にのびちゃってるみたい……蒼司君、どうしよう?」

 

 

 「え? どうしようと言われましても……この際、放っておきます?」

 

 

 

さやかと蒼司の会話は一見酷そうに思えるが、それは勘違いである。

とある理由のために放置するのが寛容、と思ってしまっただけなのだ。

二人が頭を悩ませると同時に、賢悟が言った。

 

 

 

 「悩むよりまずは。秋生と舞子さんは其処から離れて。

  二人が与えたダメージにもよるけど、タイミング的にはそろそろ――――」

 

 

 「だあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」

 

 

 「――遅かったか」

 

 

 

賢悟のセリフに被せかかるようにして、叫びが轟く。

叫びというよりは咆哮に近いのだが、音の発生源はさやかのすぐ傍。

師であるさやかと蒼司が額に手を当て「あちゃ〜」とサジを投げた。

 

倒れて気を失っていた少年の声である。

しかし、立ち上がった少年はついさっきまでの姿と異なる部分があった。

まずはその瞳。瞳孔が縦に割れ、人というよりは獣のソレに近い輝きを放つ。

次にその爪。先程までは単なる人の爪だったのだが、今の少年の爪は異常に長い。

最後に歯。捕食を待つかのように口から覗く牙。これも人というより獣に近い。

若干前のめりになるような体勢を取りつつ、少年は吼えた。

 

 

 

 「――――グアァァァゥゥゥゥゥルルルルルル……ゥゥゥ!」

 

 

 

その唸り声は正しく獣。視線は秋生と舞子に注がれている。

人というより獣になった少年は、口を開く。意外なことに人語。

 

 

 

 「いきなり何しやがんだこのロートルどもがっ!

  ガチンコやりたきゃ外でやれ外で! 喧嘩したきゃ他所でやれ他所で!」

 

 

 

少年は二人に面と向かって『ロートル』と言い放った。

もしこれを舞人が言ったら、彼は多分自分の発言を後悔して行方を眩ます。

G.Aメンバーの中でも比較的気の短い二人だから、当然その言葉に素直に反応する。

 

 

 

 『……んだと、コラ?』

 

 

 

ハモった一声。当然声色は据わっている。

啓と呼ばれた彼は、ふんと鼻を鳴らした。

 

 

 

 「おいおい。仕掛けてきといて詫びの一つもねぇのかアンタらは?

  やだねぇ年を摂ると。性格が黒くなってしょうがねぇ。

  ああ違うか。アンタらは元々黒いからどうやったって白くなるわきゃねぇわな」

 

 

 

こちらも怯むことなく暴言連発。

くどいようだが仮に舞人が同じ事を言ったら明日の朝日は拝めまい。

少年は一瞬舌なめずりをし、いつでも跳びかかれるように体を更に低くする。

 

 

 

 「――――ちょっぷ」

 

 

 

体を低くし首が顕になった瞬間、ずびし、とさやかの一撃が決まる。

G.A【戦乙女】が必要に際して叩き込んだ一撃である。

生半可なチョップと一緒にしてはいけない。

急所である首元をやられ、意識が混濁。

さやかは流れるような動きで少年に喝を入れ、再び意識を取り戻させる。

瞬間、のびていた爪と牙はまるで魔法にかかったかのように元に戻り

ギラついていた瞳も普通の人間のソレに戻った。

理性のある瞳を輝かせ、少年は我に返ったように頭を下げた。

 

 

 

 「はっ……!? も、もしかしていきなりやらかしましたか僕っ!?

  すいませんごめんなさい申し訳ありませんどうも失礼しましたぁっ!」

 

 

 

打って変わって低姿勢。

土下座とまではいかなくとも、平身低頭の如く頭を下げる少年。

 

 

 

 「うーん。何時見てもこの変わり具合は凄いねぇ。流石は【暴君】かな?」

 

 

 

賢悟は苦笑を隠さず、少年を見た。

すいませんすいませんと舞子と秋生に謝り続ける彼のことを。

 

少年の名前は、啓一……『宇佐美 啓一』という。

正式なる称号を、G.Aが一人【暴君】

現G.A最年少の、高校二年生。


特技:擬似的二重人格。

備考:G.A【戦乙女】白河さやかの弟子。

   友達以上恋人未満の幼馴染、有り。





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