Eternal Snow

109/閑話・支えたいヒト達

 

 

 

女性というのは、いざと言う時の

肝の据わり方は男性のソレよりも凄い。

生命を生み出すことの出来る女性という存在は、

男性が逆立ちしても勝つことはできない。

『性別』が介在する限り、それは絶対の法則として世界に現存する。

誰より早く、母として『子』という命を守るために、

女性は強くならなければならない。

子を守るという意味に於いては、男性が女性を超えることはないだろう。

生命を育み、慈しみ、生かしていく。

生命という尊厳を守る強さは、きっとそういうものだろうから。

 

 

 

 「ぼ、僕はなんてことを……」

 

 

 

倉田一弥、彼は一人部屋に篭り、ひたすらそう呟いていた。

水瀬家に行く? そんなことが出来る訳が無い。

どんな顔で彼女達と会えばいいのか判らないのだ。

 

後悔という表現はあまりにも女性に失礼だが、

とにかく先日のある出来事に対して多大な精神的ショックを受けていた。

あえてその具体的内容までは語らぬとして。

 

一弥とて件の少女達のことは好きだ。

友人としてだけではなく、異性として好きか? と問われれば

悩むことはあるにせよ『YES』と答える部類に入る。

ならば何故にショックを受けるのか、彼くらいの年頃の少年は

異性に対しての興味が湧いて当然であり、普通は舞い上がるものなのに。

 

 

 

――――――彼の心には別の少女がいる。

 

 

 

その答えは単純で、故にしこりとして彼に圧し掛かり。

もう逢うことの出来ない少女。

欠けた白き翼を持ち、彼のために微笑んでくれたヒト。

できそこないの翼人――遠野 みちる。

 

本気で一弥が好きになって……愛した女の子。

永遠によってこの世から消えた、未来ある筈だった女の子。

 

未だ忘れない。

そう、忘れることはない。

彼の左手首の青いリボンこそその証。

彼女の形見と化したトレードマークの髪留め。

別の誰かを愛しているのに、他の誰かを

(しかも複数)を好きなどと思う自分が情けなくて、

自分が神器であることさえ恥ずかしいものに思えてくる。

兄を慕う弟であることさえも申し訳なく思えてしまって……。

 

汚らわしい行為だとまでは言わない。

人間の三大欲求の一つだ。

 

それを否定しては、生命の尊厳すら否定することになる。

 

勿論自分にだってそれなりの煩悩やら欲望やらある。

決して聖人君子というわけではないのだから。

 

それを否定しては、ある意味人としての存在意義を失いかねない。

 

だが褒められた行為ではないのはよく判っている。

全員初めてだったというのにいきなり4人でなどと。

責任は自分にこそある……過程はともかくとしても。

 

守りたいヒトを、護りたいヒト達を

自らの欲望の対象とした事実を許せなかった。

彼女達は自分を愛してくれている、それは嫌過ぎるほど理解している。

でなければあのような行為に走るはずがない。

たかが幼馴染だ、という理由だけで行動するような女の子ではないのだ。

本気という感情があるからこそ、あの子達なのだ。

 

 

――――それは自分が誰よりもよく知っている。

 

 

きっと、他の皆よりも。

小さい頃から一緒にいたから。

初めて出来た友達。

おにいちゃんがおしえてくれた、ともだち。

だからこそ、きっと。

 

 

――――護りたい。

 

 

 

 「え?」

 

 

 

得体の知れない戸惑い。

内奥から浮かび上がる感情。

死にたいと願うもう一人の自分を抑制する何か。

 

 

 


 

 

 

みちるを失って、あらゆる希望を亡くした。

『僕』に護りたいものなんてホントは無かった。

壊れてヒトを失いたいと何度も願って、当然のように血と灰で染まって。

ヒトをヒトで亡くさせたことだって何度もある。罪として裁く必要の無い罪。

兄さんの傍で全てを見守り、敵を打ち倒すってことしか考えてこなかった。

全てが終わった後なら、誰かを好きになっても良いのかもしれない、と思ったこともある。

だけどそれはただのマガイモノ。

そうしなければならないという常識から生まれた強迫観念そのもの。

 

ホントは何も無いのに、何も希望なんて持ってないのに。

何故、『護りたい』なんて思う?

何故、傲慢な感情が思い浮かぶ?

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――――ただの幼馴染でしかないのに   『だけど、護るべき相手』

 

 

 

 

 

――――誰かを愛する資格はない    『だけど、護りたい。傍で、見守りたい』

 

 

 

 

 

――――マガイモノのオモイ      『だけど……タイセツな、感情』

 

 

 

 

 

 

 

内面への問いかけ。

内奥から浮かぶ答え。

迷いに惑い、欲望に希望を宿して……紡ぎたいオモイ。

 

 

 

 「僕は。真琴が、栞が、美汐が……三人のことが『好き』?」

 

 

 

後悔しちゃいけない。

絶対に、イヤじゃなかった。

護りたい人だから苦しくなかった。

 

 

みちるの笑顔が脳裏を過ぎ……それはどれだけ求めても手に入らない過去。

誰より傍に居たかったのに……『かのじょは、もう、そばにいてくれない』。

 

 

唯一人を想い続けることも愛。

だが、縛り続けるのはある種の傲慢。

ならば……過去と認識するのもある意味、愛情。

正しい解でないのは何となく判っている。

いや、現代の倫理としてならば間違っている。

 

だけど、嘘は吐きたくないから。

 

『誰』を『今』『必要』としているのか。

『誰』が『今』『傍に』居てくれているのか。

 

気付けない程の愚鈍じゃない。

救われたいと思う気持ちも嘘じゃない。

自分の中で正当化した理論武装で、心を覆う。

決して砕けぬ、鋼鉄の鎧で。

 

 

 

 「気付いてるのか、そうじゃないのか……僕自身のことなのに。

  何で視えないのかな? 簡単な答えの筈なのに。

  何で『好きだよ』って……『傍に居て欲しい』って言えないのかな?

  純一に偉そうなこと言えないね、これじゃ」

 

 

 

自嘲しながら、それでも答えを手に入れたい。

神器となった自分が何を得られるのか、と。

 

 

 

 「でも、判る。僕は【護りたい】。

  誰にも。そう、僕以外の誰かに

  ……君達を渡したくない――渡さない。

  幸せがあるのなら、いくら傲慢であっても、望みたい」

 

 

 

迷わない。

道を誤りはしない。

真実はある、小さくても、取るに足らないとしても。

あの子達が居てくれるから――――自分には負けない。

 

 

 

 「誰に許されなくてもいい。誰に罵られてもいい。

  それでも、この独占欲だけは貫いてみせる……貫かなきゃいけない」

 

 

 

浮かぶ感情は己の本心。

狂う自分も、過去を見続ける自分も本当だけど。

『今』笑っている自分も、決して虚構ではない。

 

 

だから、選ぼう。今の自分を。

今の自分が紡ぐことの出来る未来を。

過去に縛られた愛情を、過去を過去と見つめて。

 

 

 

 「いつか。そう……僕が死んだら……。

  また、君を抱きしめさせてくれるかな?

  はは……っ。勝手にも程があるね、みちる」

 

 

 

身勝手で、自己本位で、自分勝手で。

赦されない業を背負い続けて。両の手を灰に血に染めて。

伝えたい言葉は山程あって。それでも彼女は其処に存在いな くて。

 

だけど、伝えよう。

間違いだらけの中にある、今の想いを。

 

君を幸せにしてあげられなくてごめんね……。

でも、せめて僕が、あの子達を幸せにするから。

君を護れなかった僕だけど、君にしてあげられなかった分

真琴と栞と美汐だけは――――護り抜くから……そう、命に代えても。

応援していて欲しい。いつか、また、君に再会するその日まで。

 

 

 

 「僕は、後悔だけはしないよ?

  君と同じ悲しみを――――繰り返したりしない」

 

 

 

だから、『みちる』を望まないことを、赦して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

最も死に近しいはずだった少年――――

 

享受することと流されることの違いすら知らない――――

 

だけどそれは大きな間違い――――

 

大切なものがココにあるから――――

 

間違いだろうと、なかろうと――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

真実はもうすぐ視えはじめる。

蒼く輝く龍神が、白く霞む獣王が。

紅に灼ける鳳凰が、灰に還りし甲竜が。

闇に蠢く蛇王が。

一同に会すそのときこそ、真実の一端は確実に姿を現すだろう。

永遠の扉へと繋がる道を。

 

序章は終ぞ幕を閉じることとなる。六度の劇を終えたその刻に。

短くも長いオープニング。始まりの終わりが始まりを告げる。

永劫の永遠に犯された世界が、その一端を指し示す。

 

 

 


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