Eternal Snow

108/アンヤク

 

 

 

求めた強さ。

憧れた背中。

届かない昨日。

身近な闇。

 

 

 

 『……やめ、ろ……』

 

 

 

無力だった。

無様だった。

 

 

 

 『やめ、ろ……! お願い、だから……やめてくださいっ!』

 

 

 

壊された心。

汚されたヒト。

 

 

 

 『先生、聞こえますか!? 先生!』

 

 

 

何も出来ずに戸惑う自分。

出来る筈なのに何も出来なかった。

 

 

 

 『何処ですか――? 美凪さん、美凪姉さんっ!』

 

 

 

それまでの平穏が絶望へと変わり。

 

 

 

 『……みち、る……?』

 

 

 

最愛の人。

 

 

 

 『ねぇ……目を開けてよ? みちる、一緒に……逃げようよ』

 

 

 

助けたかった人。

 

 

 

 『みちるぅっ!』

 

 

 

ずっと、傍に、居たかった、人。

 

それを奪ったのが、永遠の扉。

暗黒への、誘い。砕けた、砕かれた、ココロ。

磨り減った明日。絶望に崩れ落ちた、慟哭。

其は死神の到来を予言し、此にその姿を現わして。

枯れ果てた翼を手に、力を手に。

 

悲しき言葉を、呟く。

救われない想いを、築く。

行き場の無い力を、注ぐ。

 

 

 

 『殺してやる』

 

 

 

崩れ落ちることのなかったオモイ。

 

 

――――ぼくの、まもりたかった、みらいを。

 

 

黒き闇を裁くために授かった、死の力。

 

 

――――よくも。よくも。

 

 

空色の大鎌は、涙の雨に濡れ。

 

 

――――うばったな。

 

 

少年は、泣き叫ぶ。

 

 

 

 『死ね』

 

 

 

呑まれていくヒトのココロ。

最も邪悪に染まった笑顔。

 

 

 

 『殺してやるコロシテヤルKOROSHITEYARU』

 

 

 

苦しんだ挙句、得たものは無慈悲な破滅の力。

 

 

 

 『永久に永劫に永遠に泣き叫べ狂え苦悶し屍骸へと滅び哀哭し消滅せよ』

 

 

 

騒ぐだけ騒いでどうしようもなくて。

ただ―――――『無』を願う。

 

 

 

希望も絶望も未来も過去もない。

死の無限。囚われた闇に抗うことはない。

 

 

 

それが唯一の望み。

間違いだらけの、希望。

 

 

 

無力な僕に俺に私に自分に許された贖罪。

 

 

Crime に塗れて、苦しみに浸かって。

 

 

 

平和を願うため、自ら悪を望もう。

絶対悪を求めよう。

 

善を求める資格はない。資格が、ない。

求めてはならない、それは罪だから。

護れなかったのだから、何も出来なかったのだから。

 

平穏を望むため、狂いの仮面を纏おう。

脆弱な感情を殺し、惰弱な自分を認めない。

 

強さに縋り、大鎌を揮うことを選んだ。

能の無い自分が、唯一出来ること。

 

使い手を失ったモノへ、問い掛ける。

 

失った代わりに、僕を選んでくれ、と。

不甲斐無くどうしようもなく死にたい僕に、その力を貸してくれ、と。

 

だから、祝詞を歌う。

少女が唱える筈だった言霊を、偽りの僕が歌う。

 

 

 

 『謳え――――空牙』

 

 

 

歌が共鳴する。

優しくて切なくて身を切り裂くリズム。

その痛みももうワカラナイ。

ただ、苦しくて、どうしようもなく……寂しくて。

 

 

――――――永遠を消すために、ココロを殺そう――――――

 

 

 

あの悲しみを。

あの絶望を。

 

 

 

――――――忘れるな。忘れないで。忘れさせないで。

 

 

 


 

 

 

 「はっ!? はぁ……っ」

 

 

 

感情に、揺れた。

暗闇の中に、一人の影が浮かぶ。

やりきれない夢が、避けられない事実が、脳裏を抉って。

 

 

 

 「がはっ、ぐぅっ……くそぉっ!」

 

 

 

胸を衝く痛みと、頬に宿る涙は、月に映え。

宵闇が月を照らす。

闇は光を映えさせるために存在し、光は闇を受け入れる。

 

 

 

 「夢を……見てたのか」

 

 

 

それ以上、言葉が出てはくれない。

許されない、許したくても赦せないこと。

 

 

 

 「練習疲れかな……あの頃の夢なんて……」

 

 

 

何度も問うた。何度も何度も何度も何度も何度も。

彼女へ、天へ、未来へ、自分へ。

 

翼ある少女へ。         (みちる?)

もう夢でしか逢えぬ君へ。     (忘れないからね)

いつか再び出逢える時を、信じてる。 (きっと、いつか、また)

その時どうか、君を抱きしめたい。   (許して……ううん、赦してくれる?)

魂だけの姿となっても。         (どんな姿になっても、きっと)

この両の手を紅に染めても。        (どれだけの罪を背負っても)

灰によって穢そうとも。           (どれほどの闇に塗れても)

未来は、きっと、あるから。          (そう、信じてるから)

 

 

 

 「ロマンチストじゃあるまいし……下らない感傷、なのかな」

 

 

 

願いが叶うのなら愛しい満月よ、どうか微笑みかけてくれ。

空に浮かぶ銀の月のように、地球を見守りし月のように。

迷う僕を照らしてくれ。

 

いつか貴女を迎えに行くその未来トキ まで。

 


――――欲しい未来が、得るはずだった幻想が、遠い。


 

月は何も答えない。

彼の心に宿る満月も何も答えない。

時間の停まったからくり人形に、そんな力はあるはずがない。

 

 

 

 「そういえば、明日誘われてたんだった。

  あはは……寝ないとなぁ。真琴に何言われるか判らないから……ね」

 

 

 

彼を支えてくれるものは、今、この世界に存在する。

それは三つの光。

満月はそれを知っているからこそ、微笑みかけるわけにはいかない。

寂しいけれど、連れて行きたいけれど、それは出来ないから。

彼を、信じているから。彼を、護りたかったから。

だからこそ、彼の幸せを願っている。

そんな想いを知らぬまま、少年は夢を選ぶ。

 

 

 

『どうか、今度は幸せな夢へと誘ってくれ。愛する、翼ある少女よ』

 

 

 

そう願って。

けれど、もう一つの答えも判っていて。

 

 

―――君の下へは行けないけれど、僕が僕であるために……君を忘れたりしないから。

 

 

つたなく、小さな。

けれど大切な、誓いを。

 

 

 

 


 

 

 

 「あ、一弥さ〜ん!」

 

 

 「おはようございます、栞さん。

  随分早かったですね、集合までまだ30分ありますよ?」

 

 

 

翌日、駅前のロータリーにて少女達の到来を待つ一弥。

一番乗りしたのは提案者である栞だった。

 

 

 

 「一弥さんこそ早いじゃないですか。

  私に言った台詞、そのままお返しできますよ?」

 

 

 「あはは。やっぱりこういう時は男が遅れたら格好がつかないでしょう」

 

 

 「そうですね。でも、『ごめん、待った?』『ううん、今来た所』の

  王道パターンをしてみたい、と思うのも乙女心だと思いません?」

 

 

 「だからこんなに早く来たんですか?

  ……流石というかなんというか。いや、一応褒めてますけど。

  真琴や美汐さんなんて影も形も見えないのに」

 

 

 「あ、真琴さんは『レディは遅刻するものよぉ』とか

  何とか言ってましたからまだしばらく来ないと思います」

 

 

 

ありありと脳裏に浮かぶ真琴の姿に笑いを堪えることを忘れる。

 

 

 

 「ぷっ、あははははっ。ま、真琴らしいです。早く集まって

  その分長く楽しむって考えには辿りつかないんでしょうね、全くもう」

 

 

 「真琴さんは恋愛の美学が間違っていますっ。

  やっぱりドラマみたいな恋が一番です」

 

 

 「……真琴の場合、『少女マンガが一番よ』と反論するのでしょうね。

  おはようございます。一弥さん、栞さん。本日はどうぞ宜しくお願いします」

 

 

 

二人の傍へとやってきた美汐は、そうあるように

躾けられた女性のように隙を全く生まない動作で頭を下げる。

 

 

 

 「おはようございます、美汐さん。僕は荷物持ち程度にしか

  役には立たないでしょうけど、どうぞ宜しくお願いしますね」

 

 

 「いえ、決してそんなことはないです。

  一弥さんが居てくれるだけで、その……。私、安心できますから」

 

 

 

美汐は一弥に向けて最大限の笑顔を浮かべる。

通りかかっただけの青年が足を止めるほどに。

その笑顔を享受できるのは、眼前の彼だけ。

 

 

 

 「おはようございます美汐さん。

  やっぱりおめかししてきたんじゃないですか〜。

  気合入れすぎると一弥さんが引いてしまうから、

  とか何とか言っていた割に随分綺麗だと思いますけど?」

 

 

 

意地悪そうに、それでいて微笑ましそうに美汐を見る栞。

その言葉に露骨なほど狼狽する美汐。

 

 

 

 「あ、あぅ……そんな酷なことはないでしょう」

 

 

 「意味通じてないんですけど……。まぁいいか。

  栞さんの言う通りとっても綺麗ですよ美汐さん。

  口につけてるのは、桜色のリップですよね?」

 

 

 「……は、はい。そんなすぐに気づいてもらえるなんて思いませんでした」

 

 

 

顔を真っ赤にして照れる美汐。彼らの間でなければ見られないだろう。

幼馴染という気心の知れた相手だからこその表情。

 

 

 

 「え、えう〜! 一弥さん、私はどうですかっ!」

 

 

 「ええっ……えっと、あ、いや。

  それは勿論、綺麗だと思いますよ。

  あはは……それ以外の言葉が見当たらないのが、情けないですけど」

 

 

 「えへへ。ありがとうございます」

 

 

 

一弥の場合、観察力が良いということもあるが、

他人の心情をより良く推し量るということが出来る。

よって、その人に対しての賛辞を無意識にすることができるのだ。

祐一の場合、このスキルが少々足りない。

 

 

 

 「さて。栞さんが言ったとおりだとすると。

  真琴が来るまで30分はありますね。

  僕はここで待っていますから、お二人は喫茶店にでも。

  付き合っていたら疲れちゃうでしょうし」

 

 

 「え、でも」

 

 

 「こういう場合、男がリードするものですし。

  僕のことは気にしないで下さい。

  コーヒーでも飲み終わる頃にはきっと来るでしょうしね」

 

 

 

こういうことをほぼ無意識に

してしまえるから一弥という少年は凄い。

同じクラスに真琴、栞、美汐という

美少女がいるからこそ白熱化していないが、

校内男子の人気としては、シュンに次いで

人気がある(正確には“あった”)のが彼、一弥である。

 

 

成績は優秀、ルックスも良し、

性格は優しいの一言に尽きるし、実家は資産家。

絵に描いた餅、絵本の中の王子様といって差し支えない。

幼馴染という優位性があるからこそ真琴達が得しているのであって、

それが無ければ確実に女子の間で争奪戦が起こっていることだろう。

実際、現状においてもいつ勃発するか判らないとその筋には言われている話なのだ。

 

 

 

言葉に甘えた二人が喫茶店に消えて15分後、真琴がロータリーに現れた。

 

 

 

 「おはようございます、真琴」

 

 

 「おはよ〜、一弥〜♪」

 

 

 

満面の笑顔を浮かべる真琴。

自然とこちらも笑みが浮かぶ。

そう、一弥は幾度となく彼女のこの笑顔に助けられてきた。

 

 

 

 「随分機嫌良さそうですけど、何かありました?」

 

 

 「ふふん、わかる?」

 

 

 「そりゃあまぁ。一応長い付き合いですし」

 

 

 

一時期この町を離れていたとはいえ、誰がどう言っても間違いなく幼馴染だ。

それに今の真琴は付き合いの長さ関係なくどう見ても機嫌が良い。

 

 

 

 「教えてあげてもいいわよぉ〜? 聞きたい?」

 

 

 「う〜ん、聞いていいのなら、ですけどね」

 

 

 

丁度そのとき、喫茶店から栞と美汐が出てきた。

真琴の登場を見計らって出てきたのだろう。

 

 

 

 「美汐、栞〜」

 

 

 

ぶんぶん、と腕を振る真琴。まるで小さな子供のようにその姿は愛らしい。

 

 

 

 「おはようございます、真琴」

 

 

 「二度目のおはようですね、真琴さん」

 

 

 

ロータリーに美男美女四人組が集結する。

ここで重要なのは男が一弥だけ、という点だろう。

中世的な顔立ちの彼は女の子に間違われることがないわけでもないが、

他の三人が同じ場所にいる以上、明らかに男性とわかる雰囲気を放っている。

 

 

 

 「で、何が良かったんですか?」

 

 

 「んーとね、お母さんが皆に、ってお小遣いくれたの。好きなの買っていいって」

 

 

 「本当ですか?」

 

 

 「何やら申し訳ないですね」

 

 

 「あ、一弥にはコレ」

 

 

 「はい?」

 

 

 

そう言って真琴が差し出したのは一通の手紙。

一弥宛に秋子が書いたものらしい。

その中身は……。

 

 

 

 「ぶっ!?」

 

 

 「ど、どうしたの!? 一弥!?」

 

 

 

以下がその内容である。

あまり載せたくはないが致し方ない。

 

 

 

 『一弥さんへ

 

  皆さんにお小遣いです。好きなお洋服買ってあげてくださいね?

  一弥さんの分も入ってますから、自由に使ってください。

  お昼と夕ご飯は用意しておきませんので、範囲内で済ませて来て下さい。

  それでは楽しんで来て下さいね♪

 

  P.S

四人で朝帰りしても許してあげますから、頑張って来て下さいね。

  あの娘達をよろしくお願いします、一弥さん♪

                                 秋子』

 

 

 

……… 一弥は、確かに一瞬、停まった。

 

 

 

 「げほげほげほっ! な、何考えてるんですか秋子さーんっ!?」

 

 

 

それ以外の言葉が一弥の脳裏に描かれることはなかった。

つーか当たり前だろう。ここまで突っ込みどころの多い手紙は普通ない。

いや、ありえるはずがない……ありえてはならない。

 

 

 

一弥は何度も目を擦って手紙の不備を……これが幻覚であると暗示をかけようとする。

一言で断じるならば、彼は動揺し過ぎた。

 

 

彼の名誉を守る上で、致し方ないことであるのは言うまでもない。

二児の母親がデート相手にこういった内容の手紙を託すこと自体おかしい。

 

あまりのうろたえように、少女達は手紙を奪ってしまったのである。

一弥に過失はない。

悪いのは秋子である、間違いなく。

いくらG.A『氷帝の双魔』の片割れだとしても、やっていいことと悪いことがある。

しかも表の顔は学園理事という学業に携わる者なはずだ。

 

 

――――――とにかく、少女達は見てしまった。秋子が一弥に託した手紙を。

 

 

その文面を眺めて、真琴は母に言われたことを思い出す。

 

 

 

 『もし一弥さんがこの手紙を見て動揺したら、

  必ずこのジャムを食べさせなさい』

 

 

 『あう!? じゃ、ジャム……持っていくの?』

 

 

 『ええ。きっとその方が確実ですから』

 

 

 『え、えっと……この手紙にはなんて書いてあるの?』

 

 

 『企業秘密よ。いいこと、真琴? 

  一弥さんが読むまではこの手紙を見ちゃ駄目よ?』

 

 

 

妙に含んだ笑みだった。娘だからこそ判る。

あの母親の娘で良かったのか悪かったのか若干悩まなくもないが。

まぁしかし渡りに船だ。ジャムを持たされたのも結果オーライ。

 

あえて何があったかは語らない。

少女達が翌日の朝、随分満ち足りた様子で帰宅したという事実だけをここに記す。

悲しいが、オチなし。

 

 

 


 

 

 

尚、今回の一件について。

画策した秋子と、事情を聞いた賢悟の会話。

 

 

 

 「秋子……一応確認したいんだけど」

 

 

 「何ですか? あなた」

 

 

 「率直に言う。何考えてるの?」

 

 

 

自分の妻とはいえ、把握出来ないことは色々とある。

それこそジャムとかジャムとか邪夢とか。

 

 

 

 「ちょっとした荒療治です」

 

 

 「どこがどう捻くれたら“ちょっとした”なのかなっ!?」

 

 

 

この場合、常識を問うているのは間違いなく賢悟である。

 

 

 

 「確かに褒められはしませんけど……。

  でも、あの子達の中で一番危ういと言ってもいいのは一弥さんでしょう?

  今のままの一弥さんを保つにはこれくらいしないと」

 

 

 「それは、まぁ――ね。一弥君は純一君に比べると……」

 

 

 「復讐という形であっても、自分を保てる純一さん。

  祐一さんという兄が居てくれるお陰で、弟という自分を保とうとする一弥さん。

  その違いは解りますよね? 私達なら」

 

 

 「明確な目的意識の有無、自己の確認、か。だからあの娘達をあてがったのかい?」

 

 

 「ええ。誰かがいないと、一弥さんはきっと昔に戻ってしまいます。

  それに、あの娘達は『3人で支える』と決めていたみたいですしね。

  後悔だけはしない、そう判断出来たから後押ししたんですよ」

 

 

 「言いたいことは判るんだけど、他にも手段はあったと思うけどね。

  いや、もうとやかく言っても手遅れか……でも、本当に大丈夫だろうね?」

 

 

 「大丈夫ですよ。恋する女の子はとっても強いんですから」

 

 

 「あ〜……そうだったね〜、うん……本当に……そうだったなぁ……」

 

 

 

強く微笑む妻と、何かを思い出して酷く遠い目をする夫。

その図はまさしく明と暗。見事なまでの対比を生み出していたのであった。

 

 

 

 


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