Eternal Snow

107/虐殺の刻 〜後編〜

 

 

 

 「はぁん? やっと楽しめそうな奴が来たじゃねえか」

 

 

 

いつの間にか校門の前に停車していた車。

銃口から硝煙を散らすライフルを構えた女性の姿。

着ている服は紛れもなくDDEの戦闘装束。

運転手と狙撃手……数は二人と少ないが、現状に於いて一番頼れる存在に間違い無い。

 

 

 

 「あなた達っ! 今すぐ校舎に避難しなさい! 後はこっちが引き受けるわっ!」

 

 

 

勇ましく声を張り上げた女性は、鋭利な瞳を茨迎にぶつける。

敵の頭は間違いなく屋上の男。戦の定石は、頭を消すこと。

ライフルを構え、長距離射撃の体勢を整え――――撃つ!

 

 

 

―――朱鷺の鳴き声の如く、弾け渡る炸裂音。

 

 

 

響く音は甲高く、貫く有様は気高く。

ライフル弾は一発必中が基本、連射出来ない分正確性と威力には長ける。

茨迎は弾丸を視認し、にまりと笑ってソレを喰らう。

スコープを覗いて思わず勝利を確信した女性は――次の瞬間、突き飛ばされた。

 

 

 

 「な――――何を!?」

 

 

 

するっ! と発言しようとし、脳が真っ白になった。

突き飛ばした相手……彼女の相棒の男性が、腕を失っていた。

右腕のあった場所は肘の部分から先が無く、勢い良く吹き出す血が大地を染めた。

傍らに転がる腕の先と、凶器となっただろう白い槍が、【現実】だと伝えた。

 

 

 

 「油断するな……っ、来るぞ!」

 

 

 

片腕を失いながらも、男は気丈に告げる。

自分達はプロなのだ。この程度の事と割り切らずに何とする。

 

 

 

 「――――Here We Go!! 踊り狂おうぜぇぇぇっっっっっ!」

 

 

 

白いフードを取り払い、屋上から二人の下へと飛び込んでくる茨迎。

左腕をマントから露出させ、手の平から長い刺を伸ばしていた。

刺はもはや刺ではなく、既に槍……男の腕を吹き飛ばしたのがその槍と判る。

 

 

 

 「嘘、効いてないの!?」

 

 

 「タァァコッ! あの程度で茨迎様を仕留められるなんざ思うんじゃねぇ、よ!」

 

 

 

ジュバとヤケに生々しい音をたて、両手から槍を生やし、構えもなく腕を振り切る。

槍はもはや槍ではなく、まるで剣のように残像を残す。

 

 

 

 「邪魔だ、どけっ!」

 

 

 

――――キィン、キンッ!

 

 

男は左手にナイフを握り、茨迎の攻撃をいなす。

 

腕の痛みは脳内麻薬エンドルフィンが緩和している、ハンデなんて糞食らえだ! と思考する。

 

 

 

 「オオオォォォォォォォォォォォォォッッ!」

 

 

 「面白れぇ、来いやぁ!」

 

 

 

ナイフ一本で相手するには厄介なのだが、構っていられる状況ではない。

本来、彼は大剣やハルバードのような重器系統の武具を扱うらしいが、

片腕がなく、支えが無い以上諦めるしかない。

とにかく生徒が校舎に逃げ込むまで、意識をこちらに向けさせなければならない。

 

 

 

 「斎条! 俺に構うな、ガキどもを守れっ!――――こん……のぉっ」

 

 

 「他人を構う余裕があんのか? コラァ!」

 

 

 「はっ、腕一本はハンデだ!」

 

 

 「ヒャッハァッ……いいぜぇ? 上等ォッ!」

 

 

 

斎条、というのが女性の名前なのだろう。

茨迎と戦う男は、拳銃を取り出し援護しようとする女性を制し、

余裕ぶった振りをしながら、ナイフで槍を捌き続ける。

女性――斎条はグッと歯噛みするが、子供達の方へと駆け出した。

 

その様子を確かめている暇は無い、一瞬の油断が命取り。

ナイフなんて軽い武器は性に合わないが無い物ねだりをしても仕方ない。

エンドルフィンの分泌が多い間に決着をつけなければ。

痛みが増したら集中出来ず、戦えなくなる。

 

 

――――――しゃらくせぇっ!

 

 

迷いは無い、死ぬことも怖くない。

守るための戦いに、命を惜しむ真似はしない!

ナイフしかないなら、それで急所を穿てばいい。

急所だけで死なないなら、首を刈り取ればいい。

右腕が無い? 足は動く、左手は動く、目も見える、耳も聞こえる。

他の部位が満足に動くなら構うものかっ!

 

 

 

 「殺ァァァァァッッッ!!!」

 

 

 

踏み込んで、逆手に握ったナイフを茨迎の首目掛けて振る。

例え帰還者だとしても、急所そのものや死因は人間に通じる……何せ元は人間だ。

 

 

 

――――った!!

 

 

それこそが、機。命を刈り取る必殺のタイミング。

ナイフの銀光が茨迎の首に触れ、毒々しいまでの紅い血が吹き出す。

 

 

 

 「―――うぉ!?……がぁ……?」

 

 

 

茨迎の声ににやりと笑い……体が痛みを味わう。

極めた、と感じた瞬間の安堵がエンドルフィンの分泌を停めたらしい。

いや、それでも構わない。視界が赤く染まる。噴き出した血を浴びたのだろう。

自然と足の力が抜け、がくりと膝をつく。

 

 

 

 「痛ぇ、痛ぇ!? いてぇよぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」

 

 

 

――――血を噴いてよく喋る、とっととくたばれ、クソ野郎。

 

 

 

と、男は思った。同時に茨迎は、にまりと笑った。

 

 

 

 「痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇぇぇぇぇぇぇ――――な・ん・て・な?」

 

 

 「……は、ぁ?」

 

 

 

彼は驚愕の眼差しと間抜けな声で――――――未だ立ち続ける茨迎を、見た。

 

 

膝をついた自分。全身の力が抜ける。

痛みが自分の腕と腹から込み上げてくる。

血の気が失せ、寒気が走る。

茨迎は腹部に槍を生やし、ソレに滴る血を舐めた。

 

そう、彼は気付いてしまった。

血が吹き出したのは、茨迎の首からじゃない。自分の腹部。

染まった赤は、己の血。

茨迎の首は、僅かに赤い線が走るだけ。

 

 

 

 「惜しかったなァ……俺様の首を取れなくて。

  可哀想で可哀想で涙がちょちょ切れそうだぜ? もう一歩だったのになぁ?」

 

 

 

ヒャッヒャッヒャ、と癪に障る笑いで茨迎は言う。

トントンと首を叩く仕草が趣味の悪さを表していた。

刺を生やすのが能力だったのなら、腹から出せてもおかしくない。

懐に飛び込んだ瞬間に突き刺され、今の不覚を作った。

 

 

 

 「……死ねよ、殺人鬼」

 

 

 「ヒャッハッハッハッハ! 俺様にはサイッコウの褒め言葉だぜぇ?」

 

 

 

眼前に手をかざし、槍を射出しようとするのだろう。

ゆっくりとした動作は、嗜虐心を満たし恐怖心を煽るためだろう。

覚悟を決めていた男は、最後の言葉と吐き捨てた。

 

 

 

 「残念だったな、応援は俺らだけじゃない。てめぇは……ここで、しまいだ」

 

 

 「バーカ、俺様を殺せる奴らなんざいるはずねぇだろ?

  辞世の句なんざ詠ませてやんねぇよ――――――んじゃ、死ねや」

 

 

 

グッドラック。死出の旅路へ案内しよう。

生死なんて簡単で、とってもあっけない。

霊柩車は何処へ走る? 冥界への橋渡し。三文持ってさぁ逝かん。

渡り渡れ三途の川を。渡り渡れあの世へと。

付き従うは、使い魔たりうる黒猫さん? 屍肉を喰らう鴉さん?

にゃ〜にゃ〜かぁ〜かぁ〜鳴かれても、天国地獄は選べない。

天国行きたきゃイイコトしなよ? 地獄に落ちるの悪人だもの。

だけど自分じゃ決められない。自分じゃどちらかワカラナイ。

ワカラナイならいっそ明るく行こうよ、おしまいくらい。

 

其は、卑しき歌。さよならの謳には不釣合いな葬送曲。

何故か頭に歌が過ぎ、最悪な気分で自分の死を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

焔! 炎! 煌! 火!

 

 

――――炎が燃え盛り、爆炎が煌々と哭き叫ぶ。

 

 

『死』が目前に迫ったその瞬間、白は炎の紅に染まった。

 

 

 

 「がああぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!?」

 

 

 

白い“いでたち”が赤――――紅蓮の炎に覆われる。

男は思わず驚きの声を上げ、後ろを振り返った。

彼の目に飛び込んできたのは、走りこんでくる純白のオープンカー。

座席に中腰で構え、拳銃らしきものをこちらに向ける者。

 

幻想の生物を模った仮面。

自己の称号を表すラインカラーを施された戦闘衣装。

乗り込んでくる人数は全部で五人。

神に祝福されたという、最強のDDE。

 

 

 

 「神器―――「伏せろ! SET――Magnumッ!」!?」

 

 

 

咄嗟の指示に、思わず身を竦めて伏せる男。

頭上を越えて行く熱量を感じながら、茨迎へと振り向く。

熱量は弾丸として茨迎の足を貫いていた。

 

 

 

 「てめ……神器かぁっ!」

 

 

 

茨迎が叫び、同時に校内に純白のオープンカーが突入する。

激しいドリフトをかまし、四人の神器――白虎、朱雀、玄武、大蛇が飛び降りた。

その姿を見て、男は呟いた。

 

 

 

 「ぜん、いん……揃ってる」

 

 

 

その言い方が間抜けだったと、後に彼は語る。

だがそれだけ驚愕だったのだ。

一人でも信じられないのに、五人全員が揃うなんて。

希望が見えた。この戦い、“負け”は無いのだと彼らが証明してくれた。

腕と腹の痛みは、湧き上がる興奮が忘れさせていた。

勿論その姿は神器にも見える。

神器『玄武』が近くに転がっていた彼の腕を回収し、傍らに寄る。

 

 

 

 「……あ、え?」

 

 

 「動かないで下さい、今治療します」

 

 

 

水の力を掌に集め、癒していく。

腹の傷はあっさりと塞がれ、肝心の腕が凍る。

患部ごと氷に覆われながら、癒やしの力が浸透していくのを感じ取った。

と、そこで男は気付いた。

 

 

 

 「お、俺のことなんてどうでもいいですっ! 今すぐあいつらをっ!」

 

 

 

『玄武』――純一は首を振って答えた。

 

 

 

 「馬鹿なこと言わないで下さい。

  貴方が皆を守ろうとして傷ついたなら、それを治すのが俺の最優先事項です。

  リーダー……『青龍』から命令されてるんですよ、誰も犠牲にするなってね。

  勿論DDEも含めてです、判ったら黙っていて下さい、暴れたら細胞がくっ付かない」

 

 

 

ぴしゃりと言い放ち、外れてしまった腕を中心に氷ごと結合させていく。

言葉の中に、温かいものを感じながら安心してしまった男は、意識を眠りにつかせた。

そして、青龍が告げる。

 

 

 

 「玄武、その人は任せる。

  ついでに被害を外に漏らさないように結界を張っておけ。

  白虎は俺と共に帰還者の殲滅及び生徒の安全確保。

  朱雀、大蛇……『奴』の相手は任せるぞっ!」

 

 

 『了解っ!』

 

 

 

頼もしい返事が、希望の証。

 

――――――真なる虐殺の刻が、訪れる。

 

 

 


 

 

 

 

 「あの時の借り、返すぜ」

 

 

 

かつて、腹部に呪いの一撃を浴びた『朱雀』――――浩平が言う。

 

 

 

 「お前とは初対面だが……永遠の使徒、まずは一人殲滅させてもらう」

 

 

 

茨迎と同じく【永遠の使徒】である

禅、アルキメデスと対峙した経験を持つ『大蛇』――――舞人が言う。

 

 

 

 「ほざけっ! 俺様を殺そうなんざ、一万年早ぇっ!」

 

 

 『ほざくのは――――――てめぇだっ!』

 

 

 

愛銃【ラムダガンナー】を手に浩平が、愛槍【雫】を手に舞人が、駆け出した。

 

 

 


 

 

 

斎条は帰還者を相手しつつ生徒達を誘導していた時、

彼らの登場を目の当たりにした。

 

相棒が死ぬかもしれない。いや、死ぬだろうと判っていた。

彼は直情馬鹿の癖に、任務に命を掛けることを厭わない。

腕を失った時点で彼の持ち味である大振りな重器は使えない。

相手は帰還者でありながら、放つ気配で格が違うと気付いていた。

どれほどの希望を抱いたところで死んでしまうだろう。

ならせめて……遺言になってしまうあの言葉だけは命掛けで果たしてみせよう。

終わった後、彼の跡を追うのも悪くは無いから――――そう思って戦っていた。

 

戦う姿を横目で確認する暇すらなく、生徒達を引っ張り上げ拳銃を撃つ。

強化されているのかどうかは知らないが、弾丸はあまり効果が無いらしい。

任務で鍛えられた無駄の無い肢体に裂傷を負いつつ、噛んだ口からは紅い液体。

グリップを握りこんだ手は、銃の反動とあまりの握力に血を滴らせる。

長くは持たないと思考の隅で気付きつつ……轟音を聴いた。

 

 

真っ白なオープンカーがけたたましいドリフト音を奏で、五人の人影が降りる。

白い衣装に各色のラインカラー。顔を覆う幻獣の仮面。

 

 

 

 「援軍って……嘘、―――っ!?」

 

 

 

背後から迫った帰還者の爪の一閃をかろうじて避けつつ、それでも驚愕を隠せない。

避難していた生徒達も、思わず時が停まったかのように感じていた。

威風堂々、荘厳、偉大……そんな単語が脳裏を過ぎり、叫びを聴いた。

 

 

 

 『了解っ!』

 

 

 

青龍の命令に従い、返答を返す四人の声。

消沈する心を叱咤するには充分過ぎるほど充分。

安全が確保されているわけでもないのに、斎条は勝利を確信した。

 

 

 


 

 

 

 

火炎が照らし、闇が覆う。

桜の煌きが侵食し、鋼から放たれた弾痕が白を穿つ。

 

 

 

 「この野郎!」

 

 

 

2対1の状況下で、茨迎は悪態を吐いた。

その様子を口の端で嘲りながら、拳を繰り出す浩平。

拳は一直線に茨迎の顔面を捉え、肉をえぐる。

しかしそれは残影。白を白と見せたフェイント。

 

 

 

 「ちっ!……質量のある残像ってかっ!? 面白くもねぇっ!」

 

 

 

悪態が無意識に口からこぼれ、浩平の拳は空を斬った。

一瞬だけ気配を場に残し、その気配に紛れて一拍の距離を置く。

至極単純な構造だが、接近戦においての意義は大きい。

 

そっちがそのつもりなら――――迷うかっ!

 

浩平は前回のように足枷がついているわけではない。

確かに全体を見れば学園全部が人質かもしれないが、

そちらは祐一と一弥が何とかしてくれる。

あの二人のコンビネーションは、神器一なのだから。

そして足枷どころか背中を任せるのは最高の親友の一人、舞人。

 

 

 

 「大蛇、頼む!」

 

 

 「人遣いが荒いんだよお前は――――ブラックプリズンッ!」

 

 

 

黒き檻の柱が空中に現れ、大地に落ちる。

一拍の距離なぞ無関係。闇が鎚となりて地を抉る。

 

束縛用能力技【ブラックプリズン】

本来元素能力の持ち主ではない舞人が、地味に繰り返した特訓によって得た技。

ちなみに特訓相手は、己の母【桜井舞子】ことG.A【将軍(ジェネラル)】

……もとい、G.A【将軍】こと母【桜井舞子】である。

特訓最中、神器である舞人が何度弱音を吐いたか。

徹底的な修行なんて神器に任命された頃以来二年振りだったので、余計辛かった。

戦闘中故、閑話休題。

 

 

 

 「うざいってんだよっ!」

 

 

 

茨迎が怒鳴り、全身から無数の刺を噴出させる。

一瞬檻に閉じ込められたのだが、接地の瞬間に粉砕された。

 

 

 

 「ち……課題アリかよっ!」

 

 

 

舞人は己の技を過信せず、茨迎から降り注ぐ刺を、雫を回転させることで弾く。

同じような武器を主力にするなら、舞人にとってもやり易い。

だが、合わせてやる必要は無い。こちらは、一人ではないのだ。

 

 

 

 「喰らいな!」

 

 

 

刺の対処を舞人に任せていた浩平が、ラムダガンナーのトリガーを引く。

装填タイプはレーザー。一条の光が直進し、茨迎を貫く!

 

 

 

 「がァ……ァ!?」

 

 

 

茨迎の腹を抉った閃光、マントはその部分だけが焦げ付いた。

こないだのお返しとばかりに浩平は連射する。

油断も慢心もない……殲滅だけが目的だから。

 

 

 

 「大蛇、それ以上は近付くな! 奴の刺は呪い付きだ!」

 

 

 

つまり遠距離から叩くのが妥当と言いたいのだろう。

しかしそうなると自分の立ち位置はこのまま盾役だ。

 

 

 

――――馬鹿なことを抜かすなよ、俺。えり好みしていい相手じゃない。

 

 

 

舞人は自分を叱咤して左手に力を込める。

呼応した闇の宝珠が、黒き力を宿主に与える。

 

 

 

 「ブラッディ……ダストォッ!」

 

 

 

【ブラッディダスト】、闇の力を無数の弾丸として撃ち出す技。

純一の能力技である【フローズンダスト】を参考にした。

威力は流石にダークネスブラスターに劣るが、

出力の大きい闇の元素能力を極力少ない消費で済ませるための苦肉の策。

苦肉とはいえ、元々の参考が純一の技であるから、決して失敗作ではない。

 

 

 

 「アシストは任せろ、後は頼むっ」

 

 

 

その言葉に返事は無いがそれでいい。

背中から伝わってくる、燃え盛った炎で充分だ。

 

 

 

 「調子に乗ってんじゃねぇぇぇぇっっっ!!」

 

 

 

延焼する筈の声が、蠢きて轟く。

大地が隆起し、牙を剥く。

地面が槍を生やし、浩平と舞人に襲い掛かった。

 

接地した大地を媒体に、自らの刺を遠方に出現させる茨迎。

蠢いた地面の変化に気付いた段階で舞人はその場から跳び上がり一撃をかわす。

浩平は隆起した刺を蹴り飛ばし、距離を取る。

 

 

 

 「甘ぇっ!」

 

 

 

着地した瞬間に、大地が槍を向ける。

立ち止まると同時に攻撃が来る。

音で表すなら、ドシュドシュドシュ……と言いたげに大地が敵対する。

足を踏みしめ腰を据えることが攻撃の基礎、それを封じるかの如く暴れる。

 

 

 

 「くそっ! 性格に似合った陰険な攻撃してきやがって……!」

 

 

 「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロシテ殺すっ!

  てめぇら仲良く全身穴だらけにしてブチ殺してやらぁっっっっ!!」

 

 

 

茨迎は叫ぶ。殺すことを快楽に、殺すことを己が望みに。

彼の白き牙は、全身を覆い尽くす。更に周囲の地面からも槍が隙間なくそそり立つ。

 

 

 

 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!」

 

 

 

そのまま茨迎が突撃を開始する。

まるでヤマアラシ、いや、地獄の針山が迫ってくる様子すら連想させた。

 

 

 

 「にゃろ……! SET――――Burst!」

 

 

 「ダークネスゥゥ―――ブラスタァァァァァッッッッ!」

 

 

 

襲い来る全てが一撃必殺の槍の舞。

接近は無謀と判断せざるを得ず、二人は己の持ちうる砲撃系の攻撃を叩き込む。

しかし、標的の前は大地が槍となって壁を作る状態。

闇も爆炎も、大地が弾く。

 

 

 

 「ちっ……ちょこざい! 槍が邪魔で届かねぇ……拙いぞ、朱雀!」

 

 

 

敵の周囲の地面から生えた槍が邪魔で有効打が与えられない。

大技を放とうにも足元から槍が生え続けているので、

立ち止まることも不可能な状態ではままならない。

幸いと云えば、向こうも頭に血が上っている所為で

槍を繰り出す……それ一本の単調な突撃しかしなくなっていることか。

 

 

 

 「こうなりゃ……やるっきゃ、ねぇかっ!」

 

 

 「っておいっ!?」

 

 

 

再び足元を貪り喰らう地の牙を、その蹴りで叩き壊し浩平は踵を地面につける。

遠距離からの攻撃では決定打にならず、大技を放つ隙がないのなら

残すは、死中に活を見出すのみ。

覚悟を決めた浩平は全身に炎を纏い……大地の気を喰らい、体内の力を引き出す。

 

 

 

 「―――【縮地・陣】!」

 

 

 

彼は、地獄の針山へ神速の突撃を敢行した。

 

五行が一、地の極意。

縮地と言うと意味は通じると思うが、まさしくそのものである。

【縮地法】――初速から最大速度に達する極意を指す。

別名【神速】とも呼ばれ、仙術の一つとして数えられる技。

足先に気を集中させることで爆発力を生み、一気に茨迎との間合いを詰める。

 

 

 

 「―――【火靭・裂!】」

 

 

 

五行が一、火の極意。

【貫く】ことに主概念を置き、一撃で鋼すらも打ち抜くことを目標とした技。

通常の正拳突きとは違い、指を第二関節で曲げ拳の接地面積を小さくしている。

力が均等に伝わることを目的とせずに、

貫くことだけを理念とする結果として辿り着いた形状である。

弾丸の如く疾る火の拳。無骨なまでに直進する崩落の一撃。

眼前を捉える殺意を貫き、魂を狩る。

そう、炎を纏った浩平の一撃が槍の壁を纏めて薙ぎ倒す。

 

焦った茨迎は再度全身から刺を生やし、浩平を貫こうとするが……。

 

 

―――轟!

 

 

全身を炎の塊と変えた彼に刺の先端が触れ、焼き尽くされる。

 

 

 

 「んだとっ!?」

 

 

 

自らの能力によって生成された刺は、生半可な温度で焼けるはずがない。

動揺した茨迎に親切に答える浩平。

 

 

 

 「タバコの温度は、最大で800℃程度まで上がる。

  人間の細胞ってのは42℃を超えると死滅していく。

  ま、お前らみたいな帰還者に人間の都合が適用されるとも思わないが

  マグマの温度に晒されれば、いくら何でも燃えるだろ?

  火山から噴火した瞬間のマグマってのは、1200℃を超える。

  てめぇの体がどんだけ頑丈か知らないが、限界はあったらしいな?」

 

 

 「マグマ……だと? 人間如きの体がそんな温度に耐えられるはず」

 

 

 「残念ながら、それが出来るんだよ。俺の炎は全ての炎を統べる元素の炎。

  朱雀の加護がある限り、俺を炎で焼き殺すなんて行為は無駄ってことだ」

 

 

 

チッチッチッと指を振って、浩平は身を纏う炎を収束させる。

 

 

 

 「お前が殺してきた皆の怨念だ。精々苦しんで逝けよ」

 

 

 

尚且つ襲う槍を焼き尽くして、片手で茨迎の首を掴む。

結界も何もない状態で極限の炎を降臨させるわけにはいかない。

今まで自分を覆っていた炎で充分と、白いマントごと炎に晒す。

 

 

 

 「業火の祝福を――――アディオス」

 

 

 「画嗚呼嗚呼嗚呼ああ嗚呼嗚呼ああAA嗚呼あ嗚呼あ嗚呼

  AAアアアアアあああああアアああ!!! あ、――――」

 

 

 

茨迎の絶叫が響き渡り――――――突如消えた。

 

 

 

 (……? 死んだ、か)

 

 

 

炎ごと消滅した茨迎は、唯一の遺留品になる己の灰すらも残さなかった。

急に手応えが消えたのは釈然としないが、考えてみれば燃え尽きたのだ。

例え残っていたにしても、マグマに匹敵する温度の炎を浴びて形を遺すはずもない。

 

 

 

 


 

 

 

 

風集いて雷逆巻く。雷目覚めて風荒ぶ。

風踊りて雷謳う。雷叫びて風騒ぐ。

風刃散りて雷光轟き、双牙を携え魔を喰らえ。

数多の風が猛りて泣き、数多の雷が剛と鳴く。

謳え叫べ荒べ! 躍れ騒げ集え!

風と雷の協奏は狂騒という狂想へと移ろい、無を運ぶ。

担い手は己がままに風を使役し、雷を操る。

形を持たぬ極地の力が相克する。

 

 

 

 『―――――風!』

 

 

 

蒼穹の風が竜巻を為し、

 

 

 

 『―――――雷!』

 

 

 

紫電の稲妻が剣と為る。

 

 

 

 『―――――波!』

 

 

 

其は、閃光を宿した殺意の塊。

祐一と一弥が叫び、全く同じタイミングで能力を解放する。

二人の放った極北の風と、断罪の雷が相反し、同時に相乗し、

全てを薙ぎ払う螺旋の奔流となって帰還者をあっさり消滅させた。

相反する風と雷だからこそ初めて可能となる大技、【風雷波】。

相反するから必ず撃てる、というものでもない。

使い手が祐一と一弥だからこそ、二人が誰よりも信頼し合うからこその技。

 

断末魔の悲鳴すら上げることなく、消えていく帰還者達。

二人の活躍によって既に生徒も

先行していたDDEも避難を完了している。

校舎内には絶対に踏み込ませるわけにはいかないから、

浩平達とは離れた場所で彼らは戦っていた。

 

生徒達も皆無事で、今は安全な位置から

祐一と一弥を見守っていると云った具合だ。

本当は窓の近くに寄るのも危険なのだが、

怯えの中にも興奮を隠しきれない

生徒の多くがその基本を忘れていた。

 

 

 

 「こんなあっさり……神器の強さって、一体」

 

 

 「私達が推し量れるようなら、神器なんて名前は飾りですよ、きっと」

 

 

 

栞が口を開き、美汐が客観的な振りをしながら応じた。

彼女達は窓から離れていた賢い?面子だったが、やはり興奮を隠しきれてはいない。

真琴なんて口を開けて呆然としているほどだった。

まさか彼女達も眼下で戦う二人の神器が、自分達の幼馴染だとは思うまい。

 

 

 

 「後16体です、青龍」

 

 

 「らしいな。元の数が30体オーバーとして、大体半分か」

 

 

 

祐一と一弥は手加減という言葉を忘れていた。

一瞬でも油断して、生徒を巻き込むわけにはいかないから。

ここは自分達の学び舎であり、襲われた皆は友である。

自我持ちとは違った意味で強化されていたのは気付いたが、

だからといってイチイチ構っていては、護れない。

何よりも譲れない、護るべきモノが其処にある。

 

 

 

 「これ以上能力は使うな。俺の風とお前の雷じゃ与える被害が半端じゃない」

 

 

 「判りました」

 

 

 

既に手遅れな気がするのだが、二次的な被害拡大を懸念するのは正しい判断だった。

二人は同時に念じて、己の武器を顕現させる。

 

祐一の手に握られた一振りの刀。

青色の鞘に覆われている刃は、鞘にも増して蒼く、銀色の光を放つ翼人の秘宝。

一弥が握り締めた一本の大鎌。

蒼く澄み渡った空色の刃を持ち、使い手の想いを全て受け止める翼人の秘宝。

 

祐一は周辺の風すらも制御下に置きながら、仮面の下で鋭い眼光を走らせた。

 

 

 

 「ノルマは半分……絶対に生徒を巻き込むな」

 

 

 「いえ、青龍は一体で充分です――――――後は僕一人で片付けます!」

 

 

 

絶対の自信を胸に宿し、一弥は宣言する。

仮面の下でフッと口を零し、祐一はその言葉を信じた。

直後、一弥はまさしく【迅雷】と化し、祐一は【疾風】と変貌する。

 

 

 

 「祖の型――――空刃」

 

 

 

今この場で見守る少年少女達が視認出来ない速度で抜刀し、納める。

納めた時には帰還者は両断され、灰と還るため何が起きたかすら判らない。

 

 

 

 「死への旅路を――――【死呼ぶ飛刃】death is called

 

 

 

一弥の意志に従うように、大鎌が空を舞う。

ブーメランの軌跡を経て手の中へと舞い戻り、刃にこびり付いた血が灰に変わる。

首を刈り取られた帰還者が、風と共に消えた。

本能に突き動かされた野獣は、己を超える殺気を放つ獣にひれ伏すのみ。

 

 

 

 「利口な連中で感謝しますよ……片付ける手間が省ける」

 

 

 

仮面の下に隠れている一弥の顔は、無表情。

殺すことの感慨もなく、殺めることの苦しみもない無我の境地。

斬り裂く感触を堪能し悦に入るなんて悪趣味はない。

かつての頃のように、兄の傍にいる自分が刃を振るう……その事実があればいい。

かつてのあの頃のように、自分を忘れる程狂わなくなっただけどれだけマシか。

 

斬撃は断末魔の悲鳴を招き、一弥が腕を振るう度に血が舞い、灰が霞む。

喪われた絆を求めて、己が快楽に更けて、欲望のままに人を殺すモノ達が消え逝く。

永遠の終焉。崩れた永遠の構図。終わりを迎える永遠。

 

 

 

 「―――懺悔なんて生温い……悶え、苦しみ――――果てろ」

 

 

 

空色の大鎌が血を纏い、夕焼け色に染まる。

染まった直後灰を被り、まるで曇天の色へと変貌する。

彼女の笑顔が――――視えなくなる。

それは彼にとって最大の苦痛で、しかし仕方の無いことだと割り切って。

 

 

ギシ、ギシ、ギシ……ギシ、ギシ……ウオォォォォゥォォッッッ!!

 

 

残り数体となったところで、突如帰還者が声を上げた。

けたたましい叫び声が一弥の鼓膜に突き刺さり、一瞬だけ平衡感覚が狂う。

 

 

 

 「ッ!……何だ?」

 

 

 

残っていた帰還者が喉を掻き毟り、自分の体を傷つけていく。

水に飢えた獣がそうするように、ただ傷つけていく。

同時に、皮膚がどんどん裂けていく……肉体が滅びゆく過程が眼前で起こる。

この時、浩平の手によって茨迎がこの場から消失していた。

どんな形にせよ、彼らを制御していた張本人がこの場から消えたことにより

自身の構成が不可能になったのだろう……既に瞳に生気すらない。

 

 

 

 「下がれ白虎! こいつら暴走してるっ! 悪化する前に風で吹き飛ばすっ!」

 

 

 「りょ、了解っ!」

 

 

 

暴走し、被害を拡大されるわけにはいかない。

能力をこれ以上使用しない腹積もりの祐一だったが、そうも言ってられない。

手の平に真空の風を巻き込んで、解き放つ!

 

 

 

 「ソニックエッジ!」

 

 

 

音速の域に到達する風の刃、ソニックエッジ。

判りやすく云うなら鎌鼬。

祐一の扱う風技の中で最も汎用性に長ける。

巻き起こした鎌鼬が暴れ出す帰還者の首を刈り取り、一瞬の内にその命を散らす。

紡ぐ言霊は終幕を。紡ぐ力は終焉を。

 

 

 

――――風の一刃が舞う。

 

 

 

 「散れ」

 

 

 

――――栄華を超えて、堕落を招く。

 

 

 

 「人を捨てた罪を、贖え」

 

 

 

――――風神が怒りのままに、暴れ狂う。

 

 

 

 「喰らった命の重みを――――知れ」

 

 

 

――――疾風の鉄槌が、青龍の優しき心が、哭き叫ぶ。

 

 

 

最後の仕上げ……と、一陣の風が上空を舞い、大きく螺旋を描く。

周囲の風を取り込んで渦が膨れ上がる。

まるで竜巻が一点に収束されているかのような圧力。

振りかざした腕を一気に振り下ろし――――――

 

 

 

 「跡形も無く――――砕けろ」

 

 

 

――――――凝縮された風が塊となって、大地へと叩きつけられる!

 

 

其は風を纏う龍の咆哮。

其は風を抱く龍の祝福。

其は風を薙ぐ龍の覚醒。

 

極地に来訪する大嵐の如く、風が猛威を振るう。

祐一の意志によって木々を薙ぎ倒すことはなく、帰還者だけが餌食と化した。

残った帰還者の上げた悲鳴は、可聴域を超える風が粉砕し、彼らの下に届きすらしない。

肉体を抉られ、構成を失い、永遠との繋がりさえも消滅して、帰還者は同じ末路を辿る。

 

 

 

 「撃退完了デトネイト・コンプリート

 

 

 

祐一が宣誓と共に風を打ち消し、学園を襲った帰還者は一体残らず殲滅された。

灰という亡骸が風と混じり、跡形も無くなっていく。

 

結果として一名の生徒を被害者としてしまったが、帰還者となった以上

残念ながら彼らの殲滅対象。世界は、永遠の暴虐に屈する訳にはいかぬから。

どんな理由があったにせよ、絆を諦め、絶望し、人を捨ててしまった者に慈悲は無い。

 

永遠という束縛から解放する――――それが、最期の手向け。

後に残るのは羨望と、興奮と、ある種の思慕と、一人の友を亡くした哀しみ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――――数時間後。

 

 

 

 

 「頼む……寝かせてくれ……」

 

 

 「ほんとお願いします……疲れて……」

 

 

 

音響設備の整った室内に、兄弟の声が木霊した。

 

 

 

 「馬鹿め! 何を甘ったれたことを抜かすかぁ!

  いいかっ、我々には時間がないのだ! 

  残り数日で完璧なものを仕上げねばならぬのだ!

  この程度で根を上げるとは……貴様らそれでも軍人かぁっ!」

 

 

 「俺達は軍隊じゃねぇっ!」

 

 

 「大体、あれから直で何時間練習してると思ってるんですかっ!」

 

 

 

帰還者を片付けて冬実支部へと戻ってくる。

報告は簡潔に必要な部分で済ませ、細かい書類は後日提出扱いで処理し

バンドの特訓開始である。休息は勿論無し。

既に外は深夜である……いい加減せめて休ませて欲しい。

 

 

 

 「いやでも……実際、眠いっすよ……マジに」

 

 

 「むぅ……浩平、どうする? 俺も結構喉痛いんだが」

 

 

 「駄目だ、休んでる暇があるなら練習しないと拙い」

 

 

 「何故だ? 大会まではまだ何日か余裕あるんだぞ? 

  慌てなくてもこの出来なら本番には間に合うだろう。

  こっち来る時いつまで掛かるか判らないって希望と小町には伝えてきたし。

  いざとなったら此処から現地に行ってもいい位だ。純一もそうだろ?」

 

 

 「ええ、まぁ」

 

 

 「本当ならそうなんだけどな。俺の正体が長森達にバレてるのが問題なんだよ。

  大会前の打ち合わせだけで誤魔化しきれねぇよ。何日も空けて、お前らと一緒。

  しかもみさおの口から神器が来たってのが絶対に漏れる。

  舞人と純一はともかく、最悪祐一や一弥のことがバレるかもしれないだろ」

 

 

 「お前の責任に俺らまで巻き込むなよっ」

 

 

 「だから死ぬ気で仕上げるって言ってんだ! 

  判ったら手を動かせ! 指を鳴らせ! 喉を張れっ!

  血反吐吐こうが俺は知らんっ! 痛みがあるなら根性で治せ! 

  改変だろうが治癒だろうが好きな方法で何とかしろ!

  ……そもそも【休憩】だぁ? ざけんな!

  此処から先、休憩なんて単語があると思うんじゃねぇっ!!」

 

 

 ((((…………拷問だ…………))))

 

 

 

浩平を除く全員が心の中で唱和した。

 

 

 

 「待て浩平っ! 俺の話を聞けっ!」

 

 

 「うっせぇっ! 練習しねぇとは言わせねぇぞ祐一っ!

  ついでにライブ却下なんて意見も認めねぇっ!」

 

 

 「話を聞けぇぇぇぇっ!」

 

 

 

ドラムをバンバンと叩き、祐一が他の音を鎮める。

その音が止み、浩平は仕方なく耳を貸した。

 

 

 

 「判った、わぁ〜った。で、何だよ?」

 

 

 「練習はともかく、当日の具体的な計画とかってどうなってんだ?」

 

 

 「あ〜。そういえば兄さんの言う通りですね。

  拷問にも等しい練習してますから、音楽そのものは

  この調子でいけばどうにかなると思いますけど」

 

 

 

先程『拷問』と心の中で唱和しているので、浩平以外は深く頷く。

が、舞人は頷いた直後に不敵に笑う。

 

 

 

 「どしたんです?」

 

 

 「心配召されぬな我が朋友達よ。

  その点についてこの俺、ワイズマン桜井が抜かるとお思いか?」

 

 

 

そう言って舞人が室内から出て行く。

少々の時間を空け、彼は紙の束を携えて戻ってきた。

 

 

 

 「何っすか、それ」

 

 

 「舞人さんが書類持ってきた……っ!? 何かの間違いですかっ!?」

 

 

 

冷静な純一と、驚愕する一弥。対照的な反応。

祐一は一弥に心から同意したが、顔には出さず問い掛ける。

 

 

 

 「そいつがライブの計画書だな?」

 

 

 「うむ。よく判ったな祐一」

 

 

 「パターンからしてそれ以外考えられん。

  舞人が出て行って浩平が何も言わなかったしな。

  つーことは、浩平がお前に任せてたってことだろ?」

 

 

 

祐一がそのまま目線で浩平に答えを促した。

 

 

 

 「オフコース。よく見てるじゃん」

 

 

 「あのなぁ。俺が何年お前らと一緒に居ると思ってんだ。

  ま、どうでもいいけど……で。シークレットライブプランA〜D?

  わざわざイラスト入りでご苦労なことだな」

 

 

 「こういうことには手間を惜しまないんですねぇ……感心して損しました」

 

 

 

ペラペラと紙をめくり、祐一が内容を確かめる。

ついでに一弥と純一も横から覗く。

 

 

 

 「ふ、俺の才能に嫉妬かね? 神器一の頭脳に恐れおおのくがいいのですよ」

 

 

 「舞人に頼んで、ありえそうなシチュエーションをいくつか纏めて貰った。

  一応対応策も練ってあるが、見ての通りだと思うぜ」

 

 

 「プランAが…………あぁ、あの覆面連中っすか。

  今思い出しても不思議な奴らだったなぁ」

 

 

 「不思議の一言で片付けられる人達じゃなかったけどね」

 

 

 

舞人が自慢し始めたが、浩平がスルー。なので他の皆もスルー。

舞人は一人部屋の隅までわざわざ移動し、『の』の字を床に書き出した。

 

 

 

 「ふ〜む。おい浩平、お前は内容確認してないのか?」

 

 

 「ああ、舞人が任せろって言うもんだからな。見るのは初めてだ。

  ん? プランSSS? なんだそりゃ―――げっ」

 

 

 

『最も警戒すべき』と書かれたプランSSS。

その一文の直後、『そうならないためにライブの許可を貰う予定』

と注釈がついている。

イラストに描かれたジャムの瓶。当然ながら色はアレ。

 

 

 

 「……舞人、なんでコレまで入ってるんだ?」

 

 

 

全員がガクガクと震えつつ、浩平が代表して声を出した。

 

 

 

 「仕方ないだろう。最悪の事態を考慮すればコイツを外す訳にはいかん。

  覚悟を決めるためにも書き加えたんだよ……絵を描いた俺の立場を考えろ貴様ら」

 

 

 

どうやら『アレ』は絵としてでも影響を与えるらしい。まさしく謎だ。

 

 

 

 「これだけ対処法書いてませんけど?」

 

 

 「――――アレをどうにかする手段があると思ってんのか、こら」

 

 

 「すいませんでしたっ!」

 

 

 

一弥が不用意な発言をし、舞人が威圧。無理もない。

 

 

 

 「なるほど。だからそうならないために許可貰うって書いてあるんですね?

  とりあえず秋子さんがOK出してくれればどうにかなる、と」

 

 

 「……で、それは誰がやるんだ?」

 

 

 

と、祐一が呟いて、全員の視線が――――――当然のように一箇所に集中。

 

 

 

 「ちょっと待てぇぇぇっっ!? 俺かよっ!? 普通浩平か舞人だろっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

それは冗談の様なにぎやかさ。それは滑稽な程の笑顔。

だが実際には――――守れなかった哀しみを隠した、ただの仮面に過ぎなかった。

奪ってしまった命を、救えなかった少年を、自分達の不甲斐無さを、誤魔化しただけ。

 

 


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