Eternal Snow

106/虐殺の刻 〜前編〜

 

 

 

――――前日の夜、倉田家。

 

 

合同大会を近くした各学園は、それぞれ特別講義を予定していた。

大会前休み中だが特別授業を実施した風見学園然り、

地域の体育館を借り切って訓練会を実施した桜坂学園然り。

冬実市が誇る七星学園では生徒の自主性に任せ学園を開放し、自主練習をさせていた。

先日までは三年生や二年生がその使用可能期間で、明日からは一年生にお鉢が回る。

一弥や真琴、栞に美汐らは丁度初音島に行っていたので、

戻ってきて丁度良いタイミングということになる。

本当は戻ってきて即座に兄に報告するべきだったが、怖くて顔を出せなかった。

 

しかし、参加そのものは自由であり、特に一弥のように

他学年との混合チームに所属する者は、大抵が先日までの練習に参加し終わっている。

ちなみに一弥は端っから練習に行く気がなかった。

他のメンバーの実力は知り過ぎる程によく知っているし、慢心する訳ではないが

たかが数日程度の練習期間を設けたところで実力の底上げは出来ない。

更に言えば、全力も出せない練習に意味を感じないのだ。

『強い』からこその皮肉といえるだろう。

 

部屋で読書をしていた一弥だが、

コンコンというノックと共に入ってきた姉に向き直った。

 

 

 

 「一弥、明日練習行かないって本当なの?」

 

 

 「……身も蓋も無い上に直球な言い方ですね、姉さん。……本当のことですけど」

 

 

 

部屋に入るのにノックするのは良しとしても、せめて確認を取ってから

僕の部屋に入ってきて欲しいと思うのは我が侭? と言いたくなるのを堪える。

 

 

 

 「どうして?」

 

 

 「考えてもみてください、僕は他の学校の生徒とも組むんです。

  初音島は……まぁいいとしても、桜坂まで行けるわけがないでしょう?

  それに、昨日紹介しましたけどその初音島の友人が来てますから

  色々面倒見てあげないといけないんですよ。

  というわけで、明日は兄さんと出かけてきます」

 

 

 

純一は現在、冬実支部に寝泊り中。

到着した舞人と共に、ライブのことについて話し合っているのだろう。

止められなかった自分に猛省しつつ、過ぎたことと忘れよう。

明日から全員揃って練習をするらしい、まずは顔合わせで兄の説得となるはずだ。

 

 

 

 「一弥はお姉ちゃんの味方だよね?」

 

 

 

珍しい姉の猫撫で声に警戒する。

こうなると後々面倒になる可能性が高い。

美人で器量良し性格良しと理想的な女性のはずだが、こういう一面もある。

 

 

 

 「何が言いたいんですか? 当たり前でしょう?」

 

 

 「それじゃあ、明日祐一さんと出かけるの止めて♪」

 

 

 

姉にしては変にテンションが高い。

ははぁ……と言いたいことは読めたが、それでも断る。

 

 

 

 「駄目ですよ。初音島から戻ってきたら出かけるって前々から約束してたんですから。

  兄さんとデートしたいなら、僕が戻ってくる前に行けば良かったじゃないですか」

 

 

 「それが出来たら苦労しませんっ!

  ……ゆ、祐一さんに面と向かって、で、デートのお誘いだなんてっ!」

 

 

 「別に今更照れるような間柄でもないのに……。いつもの行動力はどうしました?

  というか矛盾しまくってます。積極的に当たって砕ければいいでしょう?」

 

 

 「砕けてどうするんですかっ!」

 

 

 「言葉のアヤですよ。兄さんの事になるとほんとに冗談が通じないんだから」

 

 

 

姉の有様に呆れて嘆息する。

これが七星学園の四天王だというのだから情けないというかなんというか。

 

 

 

 「とにかく、明日は予定ありますから協力は出来ません。次の機会にして下さい」

 

 

 「……薄情です」

 

 

 「そんなこと言われても。第一、練習に行くにしたって一人だけじゃ

  どうしようもないですよ。日付が違うから兄さんも浩平さんも来ないでしょう? 

  一人で練習するのも寂しいですから。

  どうせ行かなくて暇だからって男同士で友情を深め合う予定なんです」

 

 

 

茶目っ気を加えて佐祐理に一手。

ろくに誘えぬ姉に比べて、同性だからと楽勝な弟。

それがどれだけ佐祐理にとって辛いか。

 

 

 

 「不潔ですよっ! 真琴ちゃん達と一緒に居ないなんてっ!」

 

 

 「……なんでそういう感想になるのか甚だ不明ですよ、我が麗しの姉」

 

 

 

『はくじょうもの〜っ』と言う佐祐理の声を風と流し、一弥は姉を追い出した。

 

 

 

――――――――昨晩の記憶を反芻し、一弥は後悔した。

 

 

理由があったにせよ、大人しく佐祐理の言うこと?に従っていれば

もしかしたら自分も学園に居たかもしれない。

そうすればこの事態にももっと素早く対応出来たかもしれない。

今こうして向かうその瞬間に、彼女達が襲われていないとも限らない。

逸る心が脈動し、心拍数が上がる。

焦燥心は判断を鈍らせる原因になるけれど、到底我慢できるものじゃない。

 

 

 

 「くそ……っ」

 

 

 

歯を食いしばり、悪態を吐く。

ポン、と隣に座る純一が肩を叩いた。

 

 

 

 「心配なのはお前だけじゃない。落ち着け」

 

 

 「でも」

 

 

 

沈痛な声に耐え切れなかったのか、浩平が口を開く。

 

 

 

 「お前が幼馴染で、俺は妹と後輩だ。こいつもいとこに幼馴染だろ?

  一刻も早く駆けつけたいのは山々なんだよ。だから落ち着け」

 

 

 「わかり、ました」

 

 

 「―――後少しで到着する、各自臨戦態勢を」

 

 

 『了解』

 

 

 

乗り込む時点で神衣を展開した、いつでも戦闘は可能。

このまま校庭に殴りこんで一挙殲滅をする腹積もりで、祐一 ――『青龍』は指示した。

 

 

 


 

 

 

 

――――――彼らが連絡を受け取る少し前。

 

 

 

学園生の自主練習の姿が、校内中で見受けられた。

室内でイメージトレーニングする者、型の確認をする者。

ビデオカメラを借りてフォームチェックする者や、過去の映像を見ながら対策を練る者。

体育館を使用する者も居れば、当然校庭を使う者もいる。

誰もが間近に迫った大会で良い結果を残そうと努力する。

 

それは彼女達も例外ではなく、校庭の一角にて

水瀬真琴と折原みさおの一騎打ちが繰り広げられていた。

 

 

 

 「みさお! あたしの勝ちよっ!」

 

 

 「あま〜い! 茜先輩の蜂蜜練乳ワッフルより甘いっ!

  真琴の弱点は…………鎖鎌を振った後の戻しが遅いことよっ!」

 

 

 

鎖鎌――――震(ふるえ)は、大きく弧を描き、寸分違わずみさおの足首を狙う。

勿論場合によっては大怪我やら重体もあるのだが、保険医が優秀だから問題無い。

即死でなければ大体治せるほどの腕前を持つとか何とか……この世は不思議で満ちている。

みさおは震が真琴の手元に戻るまでの間に、素早く内側に入り込む。

 

 

 

 「後は単純明快! お兄ぃ殺しの右ストレートで御陀仏よっ!」

 

 

 

毎朝毎朝寝ぼすけの馬鹿兄(みさお主観)を叩き起こす必殺技。

その威力は馬鹿兄が証明してくれている。

女の子が出す威力じゃないとか何とか言われたりするらしいが、そんなこと知らん。

 

 

 

――――――ズドム!

 

 

 

マジで女の子が繰り出すにはおかしい擬音が真琴の腹部から響く。

あっさりと喰らってしまった真琴は、即座に失神した。

 

 

 

 「ね♪ らくっしょーらくっしょー!」

 

 

 

可愛くVサインをして、勝利宣言するみさお。

チームメイトである繭の頭を撫でながら、ご機嫌状態。

 

 

 

 「みゅ〜♪ みさお、つよい〜♪」

 

 

 「当ったり前よっ! 伊達にお兄ぃをぶっ倒してないってば」

 

 

 「それって、自慢すること?」

 

 

 

最後のチームメイト、『みあ』嬢が呆れながら言う。

繭と仲が良いので、必然的にみさおと同じチームになった。

決して仲が悪いというわけではない、単にお気に入りの『繭』を取り合う間柄なだけ。

 

 

 

 「みあ……アンタにあたしの……あたしと瑞佳姉の苦労が、判る?」

 

 

 「そんな血涙流すみたいに言わなくても」

 

 

 「言いたいのっ! あの馬鹿兄には!」

 

 

 「こーへーの悪口はダメだもぉん」

 

 

 「繭、悪い事は言わないからお兄ぃは止めて。アレは繭じゃ無理だから」

 

 

 「みゅー……」

 

 

 

繭が兄、浩平に好意を抱いているというのは知っている。

しかし、それにも増して兄の人となりを知っているみさおは、決して良い顔をしない。

普段からアレは繭や澪じゃ無理、と断言する。

彼の悪戯を笑いつつ、諌めつつ、怒りつつ、堪え忍ぶことが出来ないと絶対無理。

 

妹主観で、ど本命は長森瑞佳。

やはり幼馴染要素は強い。伊達に普段から苦労していない。

どう考えても浩平を丸ごと許容出来るのは彼女くらいだろうと見ている。

 

対抗は里村茜。

物静かな性格でありながら、言うべきことはしっかりと発言する。

浩平をぐぅの音も出させずに諌められるのは彼女くらいだろう。

 

要注意は、七瀬留美。

普段、浩平の玩具に成り下がっている少女だが、その芯が強いのは判る。

怒りつつ堪え忍ぶという点では、瑞佳に匹敵する。

 

穴は、柚木詩子。

何より浩平に似たあの性格が美味しい。

相棒という意味では一番相性が良いはずだ。油断出来ない。

 

大穴は、川名みさき。

年上の包容力と、あのほわほわした性格が強み。

ハンデを考えても浩平がみさきを支える存在として成長する可能性はあるし

みさきの芯の強さは誰よりも強固だ、浩平を支える存在としても彼女は資質がある。

 

以上の様に分析しているので、親友とはいえ澪や繭を加えるのに躊躇いがある。

親友だからこそ要らぬ苦労をさせたくないという友達思いだった。

 

 

 

 「あう…………痛かったぁ〜」

 

 

 「復活はやっ!」

 

 

 「みあさん、その言い方は無いと思います。大丈夫ですか? 真琴さん」

 

 

 「ん。ちょっとまだ痺れるけど、保健室行くほどじゃないわ」

 

 

 「お疲れ様でした、真琴。これで2勝1敗。

  真琴が負けてしまったとはいえ、私達の勝ちですね?」

 

 

 「みゅー……」

 

 

 

肯定の意味を含ませた『みゅー』で返答する繭。

悔しそうに美汐を見て、項垂れる。

 

 

 

 「ああ! 繭っ! 泣かないで、あたしがついてるから。

  本番じゃ絶対勝てるから! だから繭は心配しないのっ」

 

 

 「みさお、繭を独り占めしないでよ!」

 

 

 「み、みゅ〜〜〜〜!!!!!」

 

 

 

ほんのちょっと目元に涙が溜まっただけなのに、

慌てたみさおとみあに揉みくちゃにされ苦しみの『みゅー』を発する繭。

だがその声は、腐女子?と化した二人には聞こえていない。

 

 

 

 「―――――――みゆ〜…………きゅぅっ」

 

 

 

か細い声で悲鳴を上げ、繭は気絶した。

原因を作った二人組は、そのことに気付かず繭を揉みくちゃにし続ける。

真琴達は当然それに気付いているのだが、今の二人に声を掛けるのが怖かった。

なので友の冥福を祈り、『休憩』と称してそそくさとその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

――――――惨劇は、その直後に始まった。

 

 

誰が、その危機にいち早く気付いただろう。

屋上に小さなひずみが生まれたのを誰が気付いただろう。

そのひずみから、白い“いでたち”の存在が現れたことを、誰が気付いただろう。

白い外套が身を覆い、フードから零れる紅い瞳が異質なモノ。

 

 

 

 「いるじゃんよ、餌だらけじゃんかよぉっ! こないだの傷が疼くぜぇ!

  疼いて疼いて堪らねぇよなぁ? 殺せ殺せって騒ぐのも無理ないよなぁ?

  やっぱガキの味だよなぁ? 生娘の血なんか美味くて最高だよなぁ?

  選り取りみどりの食べ放題ってか? ヒャッハーァッッ!

  鬱憤晴らしのパーティだ……精々俺様を愉しませてくれよぉ、イヤッハァァッ!

 

 

 

愉快に不快に豪快に痛快に嘲う声。

愉しくて狂おしくて、悩ましいほどに快感だ。

肉を貫く感触も、滴る赤い血の味も、想像するだけで興奮する。

                            

性的欲求にも近い、抗えぬ衝動に動かされ男は狂笑ワラ った。

名を茨迎……永遠の使徒と呼ばれた、異端なる殺戮者。

 

 

 

 「おらよてめぇら! 思う存分暴れやがれ! 騒ぎやがれ!

  喰いたきゃ喰いな! 飲みたきゃ飲み干しな! 

  サイッコウの宴をっ!――――――好きなだけ、殺し尽くせぇっ!」

 

 

 

 

URUGUAAAGOOOOOAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

邪悪に染まった歓喜の咆哮が、共鳴した。

 

 

 

 


 

 

 

 

 「全く、茨迎さんにも困ったものです」

 

 

 

闇の中にも、室内がある。

永遠に染まった世界にも、居るべき場所はある。

声の男――――空名は、空洞と化した複数のカプセルを眺め、言う。

 

 

 

 「あれは未だ完成をせぬ代物。扱えるわけがないというのに……仕方ないですねぇ」

 

 

 

空名は笑った。

計算外の事態が起こったが、笑っていた。

それもまた一興、と歪な笑顔を顔に貼り付けていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

最初に気付いたのは、偶然屋上を、時計を見ようと顔を上げた男子生徒だった。

 

 

 

 「何だ、アレ?」

 

 

 

黒かったり、灰色だったり、くすんだ赤色だったり、

群青色だったりする物体が屋上の空を蠢いていたのを見た。

艶めかしく、それでいて醜悪だと判る肉質。

 

 

 

 「あ……え……?」

 

 

 

一体や二体なら、少年とて見たことがある。

運良く? それとも悪く?……彼は一度帰還者を葬ったことさえあった。

それが自分の強さの証と、自慢したこともあった。

一年生に過ぎない自分が、人類の害悪を倒したのだ。

しかし、あの数は初めて見た。

少年は肌を伝わる鳥肌と、冷や汗を感じ取る。

その不快感は異質さを物語り、やがて叫びを聴いた。

 

 

 

URUGUAAAGOOOOOAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

歓喜に打ち震えた、狂わされた快楽の歌。

誰もが憎み怖れる悪魔。

人々の、生命の営みを崩す『永遠』の存在――――帰還者。

 

 

 

 「う……うわああああああああぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

 

 

少年の叫びは、心からの恐怖。

腰が抜け、歩くこともままならず、失禁さえしていた。

それだけのおぞましさがあの光景にはあった。

叫びは周りに広がり、誰もが恐怖した。

これが二年生や三年生のように、多少でも経験を積んでいればマシだったかもしれない。

例えば四天王のように、頼れる存在がこの場に居たのなら良かったのかもしれない。

だが、世界はひたすらに無情。

学園にいるのは、一年生を大多数とし残りは救護役の保険医と当直扱いの監督教師。

誰もが安全に気を遣うと判っているから、警護もない。実力者もいない。

怯えて、座り込んで、咀嚼される……そう思った。

 

 

――――ソシテ、真実、ソウナッタ。

 

 

 

 「ぎゃあああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

肉が裂け、血が流れ、生きたまま咀嚼される。

異形が自分を見据え、人在らざる人の貌で嘲笑った。

 

 

――――――ダ・レ・カ・タ・ス・ケ・テ!

 

心はそう叫んでいるのに、口が動かない。

 

 

 

――――――ダ・レ・カ・テ・ヲ・ノ・バ・シ・テ?

 

心はそれを求めているのに、体が動かない。そして誰も近付かない。

 

 

 

 「ギャア嗚呼……亞、あハ……? アハハハハハハハァァァァァ!!」

 

 

 

脳が、堕落した。

痛みを忘れながら、心が痛み、心が狂った。

生きているから……コワレタ。

 

 

 

 「ひゃ? ヒャアアアアァァァハハハハハハハハハハハハ!?!?」

 

 

 

壊れた心が、逃避した想いが、大切な絆を砕く。

生きる意志を呑み込まれて、存在が変質する。

学び舎の中でつい先ほどまで生きていたのに、【死んだ】。

人を捨て、人を超えて、人を喪った……永劫への逃亡者。

 

 

ブチ、ブチブチブチブチ……。

 

 

肉体がリミッターを外して肥大化し、肌色の翼が背中に生える。

人を保とうとしている所為で、尚のこと歪。

 

 

 

UGOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!

 

 

 

悲しみの声ではない、歓喜の声。

もう、人ですらない……永遠に染まったモノ。

その様子を眺めていた茨迎は、耐え切れずに吹き出した。

 

 

 

 「…………ック、ヒャハハハハハハハハ! こいつは面白れぇな! 

  まさか! まさかまさかよぉ! 俺様達と戦うために

  チンタラチンタラ勉強なんざしてる奴が! 仲間になっちまうだとよぉっ!?

  ククッ、ハハハッ! 興が乗ったぜぇっ、しばらく高みの見物とさせてもらうか」

 

 

 

屋上の端に立ち眼下を見る茨迎、その下では

 

 

 

 「GURUAAAAAAAAAAァァァァァアアアッッッツ鳴呼ッァ!!!!」

 

 

 

今までの記憶を失い、暴れようと咆哮するかつての生徒。

皆の記憶からリセットされ、消えた瞬間に記憶が戻る。

 

 

 

 「きゃあああああ!」

 

 

 「おい、よせっ! 正気に戻れ!」

 

 

 

攻撃を繰り出してくるのはかつての仲間。

たった今失った絆を、友を殺すことで快楽に変えようとする。

それは……あまりにも醜悪な、哀し過ぎる姿だった。

 

 

 

 「無理よっ! こうなったら倒すしかないわっ!」

 

 

 「畜生……なんでこんなことに……」

 

 

 

さっきまで自分達の仲間だった人間が、友が、帰還者と化してしまった事に動揺する。

人間だからこそその動揺は致し方ないこと。

理性は危険を訴えている……けれど、満足に戦えない生徒達。

 

戸惑い、混乱、恐怖は帰還者にとっては最高のスパイス。

愉快そうに眺めていた茨迎が、不気味に笑い続ける。

紅く染まった瞳は喜悦に歪み、白い貌は昂奮に打ち震える。

自分が連れてきた帰還者達の方を目を向け、一層濃いものにしていく。

 

 

 

 「クックック! 頑張れよぉガキども。生きるも死ぬも俺様次第ってな。

  さ、て? 空名んとこから連れてきた『強化型』とかいう連中は、っと」

 

 

 

視線の先には、生徒達が逃げ惑い……或いは立ち向かう姿があった。

 

 

 

 「くそっ! この野郎!」

 

 

 「なんなんだこいつら……強すぎる!」

 

 

 「誰か! 誰か手を貸してくれ! こいつを安全なところに――――うわぁっ!」

 

 

 

いくら人数が多いとはいえ生徒達は基本的に実践慣れしていない。

彼らは知らないが、この帰還者達は特殊に強化されている存在。

本来学生レベル程度で相手出来る訳が無い。

奇跡的に死者こそ出ていないものの(変化した生徒は別として)被害は甚大。

このままなら死者が出るのも時間の問題だった。

 

 

 

 「おうおう、いい感じに暴れてやがるなどいつもこいつもよぉ。

  空名の野郎も、普段から陰に隠れてコソコソやってるだけあって

  なかなか面白ぇモン造るじゃねえか」

 

 

 

機嫌が良すぎたのか、単なる不注意だったかは判らないが、茨迎は警戒を怠った。

そのことに彼が気付くよりも早く―――

 

 

 

タァァァァンッッ! ……ドサッ

 

 

 

 「あぁん?」

 

 

 

銃声と、何かが倒れるような音が響いた。

億劫そうに音の方角を見ると、

先刻帰還者と化した生徒が脳天を吹き飛ばされ倒れている。

 

 

 

 「何だ……? うおっ!」

 

 

 

訝しげにそれを見ていた茨迎のすぐ横を銃弾が通り過ぎる。

茨迎は、銃弾が飛来してきた方向を睨みつけた。

 

 

 

 「はぁん? やっと楽しめそうな奴が来たじゃねえか」

 

 

 

舌舐めずりをしながら、白い貌が歪んだ。

 

 

 

 


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