Eternal Snow

105/集合、そして……

 

 

 

一弥が初音島から戻ってきて二日後、冬実支部に神器五人が揃った。

理由は言わずもがな……舞人発案浩平同意による、神器強制参加のバンド練習だ。

しばらく振りに全員が顔を揃えるものの、祐一の機嫌が『非常に』悪かった。

 

 

 

 「『こないだの桜坂以来だな、元気にしてたか!?

  俺は皆と再会出来たのが嬉しくて嬉しくて仕方ない!

  感動に打ち震えてで今にも踊りだしそうなくらいだZe☆』

  ……なんて言うと思ってんのかこの阿呆どもっ!!!

 

 

 

祐一の一喝。

冬実支部担当守護者である浩平、結果として補佐役になった祐一、

同じく一弥用に用意された『特別執務室』に声が反響する。

その声の大きさに思わず一弥は身を竦めた。

 

 

 

 「何が『だze☆』だよ。お前は時代遅れのアイドルか?」

 

 

 

『ば〜かば〜か』と野次る浩平に、舞人も一緒になって『ば〜かば〜か』と野次る。

一弥は前述通りに身を竦めて祐一の怒りに同調しつつ、断れなかったことに反省。

残る純一は触らぬ神に祟りなしと無視を決め込む。

本心では物凄く浩平達にノリたいが状況悪化を心配した。

 

 

 

 「そこら辺でやめといた方がいいっすよ。

  流石にこれ以上は祐一さんというか……二人の方がヤバい」

 

 

 

ば〜かば〜かの野次の中、黙って微笑みだす祐一。

放っておくと風を巻き起こしそうだ。

 

何故か神器の五人は皆、微笑むことが多い。

味わった悲しみを誤魔化すためのブラフなのか、単なる癖なのかどうかは不明だが。

欠点は、その微笑に惚れ込んでしまう少女が多いことである。

 

――――閑話休題。

 

 

 

 「心配しすぎだな〜、純一は。

  大丈夫だって、ここには大事な書類が山のようにあるからな。

  祐一が風を起こしたら全部バラバラになるだろ? 

  お堅い祐一様がそんな手間になることするわけねぇよ。

  ……な? 神器リーダー『青龍』殿?」

 

 

 

にやりと浩平。

祐一の性格を熟知している結果の、確信犯だった。

 

 

 

 「うむうむ。まさかお偉いリーダーが今になって初めてそのことに気付いて

  思わずぶちかまそうとしていた風の塊を必死に消そうなんてしてないって。

  ……な? 神器リーダー『青龍』こと、相沢祐一君?」

 

 

 

してやったり、と嫌な笑顔で嫌味っぽく佇む舞人。

彼の言葉通り、密かに慌てている祐一が可笑しかった。

 

 

 

 「なるほど、流石は浩平さんに舞人さん。

  風は止めて刀を抜いても、まともに振ったら俺らは軽く避ける。

  だからって抜刀術に切り替えて放ったら、俺らが防いで弾いて大惨事、と」

 

 

 

最後に付け加える純一。

野次に参加しなかったが、安全と判れば所詮こんなものだ。

 

 

 

 「お・ま・え・ら〜〜〜」

 

 

 

祐一は最後の手段も見事に封じられ、怒りを内に溜め込まざるを得なかった。

怒鳴りたいが、逆に声を張り上げすぎて反響し、最悪その反動で書類が舞いかねない。

結局、さっきの一喝が限界音量だった。

 

 

 

 「ご、ごめんなさい兄さん! 僕が純一を抑えられなかったばっかりにっ!」

 

 

 「こら! お前一人良い子ぶるんじゃねぇっ!」

 

 

 「僕は出来る範囲で抵抗したじゃないかっ! それを無理やり純一が」

 

 

 「何言ってやがる! お前だって俺の

  “浩平さんと舞人さんがタッグ組んで祐一さんが勝てたことなんて無いっ!”

  って言葉に反論出来なかったじゃないかっ!」

 

 

 「う……いや、それは」

 

 

 

痛い所を突かれたが“本当のことだもんなぁ”とは口が裂けても言えない。

焦る一弥の肩を、ぽん、と祐一が叩く。

 

 

 

 「え?……に、兄さん?」

 

 

 「う、ら、ぎ、り、も、の」

 

 

 

にこやか〜♪ な黒い笑顔で、強張る一弥の腹に手を当てる。

 

 

 

――――――ズン!

 

 

 

 「へ?―――――がふっ!」

 

 

 

八つ当たり&オシオキの浸透剄……兄の不意打ちに倒れ伏す一弥。

元々得意分野ではないが、やりようによっては祐一でも可能。

 

 

 

 「へぇ、風を蓄積することで発剄クラスの勢いを出したのか」

 

 

 

この場で唯一、その分野に特化した浩平の言葉。

同情はしない。むしろ一人で人身御供になってくれたことを感謝する。

 

 

 

 「んなことはどうでもいいんだよっ! 

  どういうことか説明しろ、馬鹿浩平&馬鹿舞人っ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 「……んなことって。仮にも大事な弟なんじゃ」

 

 

 

純一の呟きには誰も取り合わない。

彼は仕方なく、見向きすらされない親友の介抱に回った。

 

 

 

 「……うう、兄さん」

 

 

 「その、なんだ。ドンマイ」

 

 

 

この瞬間、二人は話の中心から外れることが確定した。

 

 

 


 

 

 

 

 「馬鹿ですと!? 俺達のパーフェクトな催しを愚弄する気ですかっ!」

 

 

 「そこまで言うならお前には他に代替案があるとでも!?」

 

 

 「んなもん始めっから無いわっ! 下らない事考えてんじゃない!」

 

 

 

祐一に一蹴され、いじけるならともかく開き直った二人組。

芝居がかった様子で掛け合いを演じ出す。

 

 

 

 「……オイオイ舞人クン、下らないとか言われましたよ?」

 

 

 「全く、祐一にも困ったものだね浩平クン。

  どうやらこの御仁は我々にむざむざ笑い者になれと仰りたい様子ですなぁ」

 

 

 「笑われるのは今更だが、溜まっていくストレスは耐えろとのご命令。

  それはあまりにも、あまりにも! 酷ではなかろうかっ!」

 

 

 「その通りだMY同志KOUHEI=ORIHARAっ! 

  我々は! この不当な扱いに! 自らの名を以って反旗を翻す!」

 

 

 「この案件は、全て我らの主導によって執り行うっ!

  決定事項について反対する権利は貴様らにはない! 

  いかなる条件があろうとも、盲目的に従うことを命ずるっ!」

 

 

 「おい。ちょっと待て」

 

 

 「む? 今言ったことを理解出来ない輩がいるらしいな」

 

 

 「可哀想に。思考能力が欠如した輩は始末におえませんね。

  南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

 

 

そもそも誰も承認していない。丸っきり独裁だ。

蚊帳の外にいる一弥と純一は成り行きに任せることにしたらしい。

尤も、祐一がどう足掻いた所で結果は見えている。

見飽きた展開では茶飲み話にもならないから困る。

 

 

 

 「俺だってお前らの言いたいことは判るわっ!

  だからってゲリラライブなんざ承認出来るわけねぇだろ!」

 

 

 「何で?」

 

 

 「何で?もクソもあるかっ、なんでバンド組まにゃならんのだ!」

 

 

 

そこから攻めるのもどうかとは思うが、祐一は舌鋒を止めない。

無駄な反論でしかないので、純一も一弥も放置。

 

 

 

 「だって祐一、ドラムOKって言ったじゃん」

 

 

 「……え?」

 

 

 「お前が七星に来た最初に自分で言っただろ。

  何時喋ったかって具体的に言うなら、12話だ」

 

 

 

楽屋裏まで届く説明ありがとう。

祐一は自分の記憶を辿り、あ〜、と答えに至る。

 

 

 

 「って! 言った事は言ったけど、“なんとか出来る”ってニュアンスだったろ!?

  第一軽音部に入った理由自体、俺らが顔揃えられるってお前が言うからじゃねぇか」

 

 

 「うむ。だから今回のライブだって、俺らが五人きっかりで顔揃えられる」

 

 

 

全く悪びれることなく浩平。

シュンの一件のことが祐一達の脳裏を過ぎるが、

わざと意識しないように明るく振舞っているのが感じ取れた。

 

 

 

 「納得いくか!」

 

 

 

祐一は両手を上にあげ、怒りを顕にする。

 

 

 

 (風で書類が飛ぶとか気にしてられるか!)

 

 

 

と、本気で思い始めたらしい。

風が両手を中心に収束され始める。

 

 

 

 「強情なやっちゃな〜。しゃあない。舞人、よろしく〜」

 

 

 

ひらひら〜とどこからともなくハンカチを出し、振る浩平。

気だるげな様子で応えつつ、祐一に手をかざす舞人。

 

 

 

 「?」

 

 

 「あいよ――――アルティネイション」

 

 

 「な!……!?!?!?」

 

 

 

驚愕の声は、本人の硬直によって停められた。

舞人は浩平の指示に従い、祐一の動きを停めた。

風を構成する意思力までも硬直してしまったので、集まりだした風は霧散する。

 

 

 

 「(―――! ――――! ―――!)」

 

 

 

祐一は何かを言いたいのかもしれないが、その様子は外に現れない。

ふふん、と祐一を見ながら舞人が言った。

 

 

 

 「ここは公正に民主主義といこうじゃないか」

 

 

 

つまり多数決にしようと言いたいのだろう。

祐一の動きを停めたのは、無駄な抗議を退けるため。

リーダー特権とか、リーダー命令対策。

書類の未提出分やら給料の前借申請やら、突かれて痛い所が沢山あるのだ。

ついでに風を喰らうのも嫌。

 

 

 

 「(こら〜〜〜! 何が民主主義だ! ふざけんなおまえらっ!)」

 

 

 

と祐一は言いたいのだが生憎動けない。

 

 

 

 「多数決だ。ライブ参加賛成する奴は現状維持。反対する奴はジャンプすること」

 

 

 

何故ジャンプかと言えば、今の祐一が両手を挙げているので

手を挙げた者を賛成とするわけにはいかず、反対にしてもそう。

無言を保てなら祐一は『賛成』ということになる。

で、先ほどの浸透剄を喰らった一弥はまだジャンプするまで回復していない。

一弥も諦め始めているので、例え裏切りと言われても抵抗する気はないのだが。

要するに――――――。

 

 

 

 「よし、全員さんせー。んじゃけってー」

 

 

 

条件が条件であるため、反対者無し。

こと遊びに対する謀略については、浩平と舞人が負けるはずがないのだ。

 

 

 

 (むがーーー!!)

 

 

 

ひたすら続く無言の抗議。

ちゃんちゃん。

 

 


 

 

 

と、それで終われば全てが平和だったのだが……。

 

 

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!!

 

 

 

支部内にエマージェンシーコールが響く。

同時に、PIPIPIPIPI! と室内の電話が鳴り出す。

その音に、全員の体が強張った。

 

 

 

 『――――!?』

 

 

 

エマージェンシーコールが流れた、ということは

どこかで帰還者が出現したのだと予想はつく。

が、それだけならわざわざ彼らが強張る必要は無い。

帰還者が出ただけなら、支部にいるエスペランサが対処すれば済む話。

問題は、電話が鳴ったこと。

ここの直通回線に連絡が可能なのは一部のメンバーのみ。

掛かってくるアテが限定されるため、自分達を呼ぶのが目的としか思えない。

 

浩平が咄嗟に受話器を掴む。

同時に舞人がアルティネイションを解き、祐一を自由にする。

祐一は今までの怒りを忘れ、肌が粟立つことに恐怖した。

嫌な予感がする。それが彼らの一致した見解。

 

 

 

 「はい、こちら『朱雀』。はい、はい……何っ!?

  が、学園が!? ちょ、ちょっと待って下さいよっ!? 

  あ……祐、青龍に代わりますっ」

 

 

 

学園という単語に戦慄を覚えて、祐一が受話器を受け取った。

浩平は本来担当者であるが、祐一がいるのなら彼に任せた方が都合よい。

自分では頭に血が昇り、冷静な判断を下せない。

 

 

 

 「青龍です、代わりました。状況説明を。―――ええ、はい……なるほど。

  はい、規模は?―――了解。正直、芳しいとは言えませんね。

  愚痴ではありません。客観視した判断です。状況は、大まかに理解しました。

  悲観しているわけでもないですよ、運良く俺達が全員揃っていますから。

  何人向かうかは知りませんが、急行したエスペランサを全員

  学生の守護に回して下さい。周辺の封鎖は任せます。

  『神器』としての強制権を発動……俺達が行くまでの間【死守せよ】と伝えて下さい」

 

 

 

そこで受話器を叩きつけ、睨むように全員を見渡す祐一。

冷静さの中に、隠しきれない憤りを宿していた。

 

 

 

 「説明するぞ。七星学園敷地内にて帰還者が出没。

  特異点が発見されたとの連絡はないらしいが、可能性は濃厚、油断はするな。

  合同大会前ということで、練習に来た学生が多数学園内にいる。

  生憎その殆どが一年生だ。七星の四天王は期待出来ない。

  G.A【賢者】【零牙】【氷帝】の三人は今ここには居ない。

  つまり事実上、俺達が冬実支部実働部隊最強の駒になる。

  急行したエスペランサは学生の守りを担当させる。

  俺から出す命令は単純だ――――誰一人犠牲にするな。護りきれ

 

 

 

反論は許さない、求めるものは完璧さ。

それが出来る存在だからこそ、彼らは神器と呼ばれるのだから。

 

 

 

 「白虎、朱雀、玄武、大蛇……確認するまでも無いが、手加減するなよ?

 

 

 

呼びかける名は、称号。

 

 

 

 『―――――了解っ!』

 

 

 

真っ直ぐな瞳で応え、少年達は部屋から駆け出していく。

いや、少年ではない――――――戦士としての眼差しを宿していたのだから。

 

 

 

駐車場に向かい、純白のオープンカーに飛び乗る。

天井のある車だと素早く降りることが出来ないから。

運転席に祐一、助手席に浩平、他三名が後部座席に乗り込む。

 

 

 

 「不謹慎だって判ってるけど、言わせてくれ。

  すっげぇ怪しくね? 今の俺達」

 

 

 『………………』

 

 

 

後部座席左側に座った舞人が言う。そして揃って沈黙。

今の彼らは神衣を纏っているが、仮面も付けている。

オープンカーに乗る仮面を被った五人組は誰が見ても怪しい。

 

 

 

 「黙ってろ。ごちゃごちゃ喋ってると舌噛むぞ……とばすぜっ!」

 

 

 

レバーをPからDに移行させ、一気にアクセルを吹かす。

エンジンがエンストするギリギリのラインでバランスを取り、車が発進する。

守るための戦いを、始めるために。

 

 

 

 


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